
(ポーランドの議事堂前で、議場占拠の翌日に行われた野党支持者らによる反政府デモ(2016年12月17日撮影)【2016年12月18日 AFP】 掲げられた“KACZO”という言葉、よくわかりませんがアヒル、更には実力者カチンスキー氏(Kaczyński)に関連した言葉でしょうか?)
【ポーランド:裁判所やメディアに対する統制を強める「法と正義」政権】
東欧ポーランドでは一昨年10月の総選挙で、愛国主義的な理念を掲げる保守派「法と正義」が中道右派の「市民プラットフォーム」から政権を奪還していますが、政権与党「法と正義」は人気取り的な公約バラマキと言う点で、昨日取り上げた“ポピュリズム”的な色彩も濃い政党です。
単に“公約バラマキ”なら日本でも珍しくありませんが、その強権的体質は欧米的な“民主主義”とはやや異質のものがあります。
そうしたことから、昨年から国内的には政治対立が表面化しています。
****27年ぶり大規模デモ、抑圧政治に怒れるポーランド国民****
欧州各国で、ポピュリズム勢力はかつてない高支持率を得ている。5月のオーストリア大統領選挙で勝利目前だった極右政党しかり、国民投票で欧州連合(EU)離脱へと英国を導いた前ロンドン市長のボリス・ジョンソンもしかり。
昨年10月、ポーランド総選挙で議席の過半数を獲得した保守派の「法と正義」(PIS)もまた同様だ。8年間続いた中道右派の市民プラットフォーム(PO)の政治に嫌気が差した国民が変化を求めてPISに投票したのだが、その代償は大きかった。
ポピュリズム政策で支持集めるも・・・・
PO政権は都会に住む高学歴、高所得者に支持者が多かった。そこで、前政権は低所得者の支持を得ようと富裕層に保持者の多かった任意の個人年金を基礎年金に統合し、積立額の一部の財源化を図ったため、PO支持者が見せしめにPISに投票、もしくは無投票という行動に出たのだ。
PISは選挙公約に「年金支給年齢の引き下げ」「高齢者への無料薬支給」「税金控除額引き上げ」をはじめ、大衆不満をすべて解決するかのようなポピュリズム政策を掲げた。
公約目玉の「子供がいる家庭への現金支給」。国内経済へのカンフル剤と期待されたが施行数ヶ月で目立った効果は出ていない。しかし、これは前政権の慎重な経済政策の結果、国の予算としてプールされたもの。専門家達はこのばらまき政策はすぐに国の財政が持たなくなると警告している。
また、出生数が激減しているこの国で年金受給年齢の引き下げ計画は現実を無視した暴走にすらみえる。このような財政計画の粗雑さに、国内の実業家、外国資本家は投資を躊躇し、国債価格も下げる結果となった。
“最後のとりで”を崩しにかかった政権
議席の過半数を占める現政権は法案を議会通過させることが可能だ。拒否権を行使できる大統領も現政権の息がかかる。最後のとりでは憲法だ。
ポーランドには憲法裁判所がある。法律の合憲性チェックと人権を保障する機関なのだが、PISは政権の座に就くと大統領をまきこみ、自党の息のかかった裁判官を同機関にねじこもうとした。
この一幕で国民の怒りは絶頂に達した。昨年10月には1989年の共産党政権崩壊以来初めて、「民主主義」を求めてデモ行進が行われた。この動きは一気に広がり、既に何度も全国規模で行われている。
しかし、「法による民主主義のための欧州委員会」からの勧告も無視され、ねじこみは強行された。現政権は、どの裁判結果が有効か、無効かを国会が決定できるようにしたのだ。
このような恐怖政治を思わせる法案がどんどん可決されている。最近では「反テロ法案」の名の下、国は個人メールなどの閲覧が可能となった。閲覧の合法性をチェックする機関はない。
また、右派の支持者を手中に収めたい現政権は、民族主義色の強い集会や外国人排斥行為に非常に寛容な態度を示している。全欧州で問題となっている中東の難民受け入れ問題からポーランド社会の中でも反多文化共生主義が浸透。それを政治的に利用している状態だ。
対メディアでは、国営放送のリベラル寄りとされるキャスターを次々に降板、もしくは解雇している。その結果、政権に都合のいい報道ばかりが流れることとなり、国営報道番組の視聴率は急降下した。
前選挙でPISに投票したことを悔恨する人々は多い。昨年から断続的に続いている反政府デモもその表れだ。
しかし国民の中には、現政権を熱狂的に支持する層がある。このような一部の国民だけの支持を受け、現政権は国際社会でどこまで迷走を続けるのだろうか。【2016年8月14日 WEDGE】
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EUの行政を担う欧州委員会は昨年1月、ポーランドのメディアや憲法裁判所の統制強化について、EUが基本原則に掲げる「法の支配」に違反する可能性があるとして、予備的調査を始めることを決定しましたが、「法と正義」の強硬路線は変わっておらず、政治混乱も拡大しています。
****野党議員が議場占拠、議事堂前で新たなデモ ポーランド****
ポーランドの政治危機がこの週末、新たな段階に入った。首都ワルシャワでは17日、数千人が新たな抗議デモを行い、ポーランド国旗を振り、エアホーン(空気警音器)を鳴らして、「ポーランドの破壊をやめろ!」と叫んだ。
デモ参加者らは厳重な警備が敷かれた議事堂に向かって行進。愛国主義的な理念を掲げる与党「法と正義(PiS)」と、議会報道の規制強化をはじめとする政策に怒りの声を上げた。
同国では人工妊娠中絶法の引き締めから憲法裁判所の意思決定に関する規則の変更に至るさまざまな政策が論争を呼び、政治危機を引き起こしている。
議会報道の規制強化への野党の怒りは16日に頂点に達し、議員数十人が議事堂の本会議場を占拠。野党の姿勢を支持する数千人が議事堂前でデモ行進した。
審議は中断を余儀なくされたが、数時間後に別の部屋で再開され、2017年の予算案は可決された。野党は採決は違法だと批判したが、定足数は満たしていた。
与党の報道規制案は、議会の記者席に入る人数を1社当たり2人に制限し、記者席からの写真や動画の撮影を禁じる内容。実施されれば報道機関は欠席した議員の代わりにするなどの規則違反を犯した議員を撮影できなくなる。
与党は規制案を議員と記者双方にとって快適な労働環境を目指すものだとしている。与党のアルカディウシュ・ムラルチク議員は以前、「それ(報道規制案)は透明性を損なうことを意図したものでは断じてない」と述べていた。
主要野党各党は17日、予算案の議決について調査を求めていくと発表。一方で議場を占拠した数十人の議員は、来週まで議場にとどまるとしている。
元ポーランド首相である欧州理事会のドナルド・トゥスク常任議長(EU大統領)はワルシャワで開催された式典で、「憲法の原則や価値観はもちろん、人々も」尊重するようポーランド政府に呼び掛けた。
約1年前に「法と正義」が政権について以来この闘いは続いているが、最新の世論調査によると与党の支持率は約35%となっており、主要野党2党の支持率合わせた数字を上回っている。
政府が支持されている一因として、最重要プロジェクトの子ども手当プログラムが挙げられる。このプログラムでは第2子以降の子ども1人につき毎月500ズロチ(約1万4000円)が支給される。【2016年12月18日 AFP】
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“子ども手当プログラム”は冒頭記事では“施行数ヶ月で目立った効果は出ていない”とのことでしたが、少なくとも“政治的”には一定のバラマキ効果を出しているようです(今後の財政問題は別にして)。
【地政学的に重要な”ポーランドの民主主義逸脱にどう向き合うべきか】
2016年8月14日の冒頭記事ではポーランドの民主主義からの逸脱を厳しく批判していた【WEDGE】ですが、昨今のロシアとの関係で厳しさを増す欧州情勢を配慮して考えが変わったのか、同じようにポーランドを批判した12月21日付のニューヨーク・タイムズ紙の社説に対して「西側の尺度で測るのは適当ではない」と以下のような記事も。(言うことがコロコロ変わるのは私も同じですので、そのことをとやかく言うつもりもありませんが)
****再注目すべきポーランドの重要度****
・・・・ポーランド国内では、政権の政策に反対する大規模なデモが発生しています。また欧州委員会のTimmermans第一副委員長は、「法と正義の党」の動きは「ポーランドにおける法の支配への重大な挑戦」であると厳しく非難しています。
西側の尺度で測るのは適当ではない
確かに「法と正義の党」政権の動きは懸念されますが、ポーランドはかつて共産主義から民主主義への移行の優等生だったとはいえ、民主主義の経験はそんなに長くありません。
民主主義の旗印を高く掲げるニューヨーク・タイムズ紙から見れば、ポーランド政治の危機と映るのは当然でしょうが、西側の尺度で測るのは必ずしも適当とは思われません。
ポーランドの重要性は、地政学的なものです。「法と正義の党」が従来の移民政策に批判的であることが指摘されますが、従来の移民政策に批判的なのはポーランドに限りません。また、ポーランド人自身、EUの多くの国に移住している人が多く、本気で移民政策を変更しようとするとは考えられません。
ポーランドは輸出の75%を、輸入の60%をEUに頼っていて、EUのメンバーであることはポーランドに大きな利益をもたらしています。
またポーランドは歴史的にロシアに対する警戒心が強いうえに、最近のプーチンの動きに神経をとがらせています。NATOのメンバーであることはポーランドの安全保障の根幹です。
一昨年7月NATOはワルシャワで開催された首脳会議で、軍事的圧力を強めるロシアに対する抑止力の強化策として、2017年よりバルト3国とポーランドに4000人規模の多国籍部隊を展開することを決定し、ポーランドはこれを歓迎しました。
ポーランドは、内政面で懸念すべき動きはあるものの、EUとNATOのメンバーであることに死活的利益を見出していることは明らかであり、ポーランド情勢はこの重要性を踏まえて判断すべきです。【1月24日 WEDGE】
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なお、12月21日付のニューヨーク・タイムズ紙社説は、前出のような「法と正義」によるポーランドの政治情勢を批判して以下のように論じています。
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1980年代のポーランドの反共運動の英雄であったワレサが言うように、独裁主義はポーランドにとどまらず欧州、米国と、広く民主主義に対する重大な脅威である。
いずれの場合も大衆主義の指導者たちは、彼らの主張は「国民」の意思を表すとの口実の下に、反対する個人、組織、法律を全く無視する。このような考えが20世紀の恐ろしい独裁政治を生んだのであり、今日それは他人ごとではなくなってきている。
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恐らく、ニューヨーク・タイムズ紙社説の念頭にあるのはポーランドだけの話ではなく、欧州全体でみられる極右・ポピュリズム勢力の台頭、そして足元アメリカにおけるトランプ政権の誕生という流れがあってのことでしょう。
これに対し、【WEDGE】は、「そうは言っても、民主化要求でポーランドが混乱すれば、ロシア・プーチン大統領が喜ぶだけではないか」という懸念を“地政学的重要性”として論じたものです。
アラブの民主化を要求した「アラブの春」がチュニジア以外ではうまく機能せず、シリア・リビア・イエメン・エジプトなどの中東混乱を招いていることも念頭にあってのことでしょう。
なかなか一概にどうこう言えるものでもなく、ケースバイケース、程度問題で判断するしかないでしょう。
随分日和った言い様なので、敢えて踏み込めば、アラブと異なり、ポーランドには中道右派の「市民プラットフォーム」など、“西側的な”民主化の受け皿がありますので、ロシアを意識した“地政学的重要性”から「法と正義」の“民主主義逸脱”を容認する必要はないのでは・・・と考えます。
【欧州のロシア対応には多様性も 親ロシア政権 南欧の温度差 そして「プーチンの有益な愚か者たち」】
で、その“地政学的重要性”というか、欧州とロシアの緊張関係ですが、2016年11月14日ブログ“欧州 NATOとロシアの対立 一部東欧にはロシア回帰も これから続く欧州の枠組みを決める選挙”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161114でも取り上げたように、必ずしもロシアと対立する動きだけでなく、モルドバやブルガリアでの親ロシアの大統領誕生のような“ロシアへの回帰”も見られます。
中東欧とロシアの関係の深さを考えれば、当然の動きでもあるでしょう。
また、前回ブログでは触れませんでしたが、西欧のなかでもロシアに対しては温度差があり、イタリアなどはロシア・プーチン大統領にかなり宥和的です。
***伊外相、ロシア加えた「G8」復活呼びかけ トランプ氏に配慮か***
イタリアのアルファノ外相は17日、ロシアは重要な国際的パートナーだとして、現在、先進7カ国(G7)で開催している首脳会議をロシアを加えたG8へと戻すことを検討すべきだとの考えを示した。
アルファノ外相は良好な米ロ関係を歓迎する考えも示しており、ロシアとの関係改善を目指すトランプ次期米大統領に配慮したとみられる。(中略)
アルファノ外相は「責任を持った人であれば誰でも(悪化している)米ロ関係の改善を願うに違いない」と強調。ロシアは「エネルギー供給において信頼に足るパートナーであると同時に、国際的なテロリズムとの戦いにおいても極めて有用なパートナーだ」と持ち上げた。
トランプ氏は、北大西洋条約機構(NATO)に関し「時代遅れだ」との見方を示し、欧州諸国に波紋を巻き起こしている。
アルファノ外相はこのことに関し、NATOは依然、ロシアのある東側を向いた冷戦時代の戦略に立脚したままだが、最近の脅威は南からやってきていると指摘。西側諸国は「南を視野に入れた防衛システム」を検討すべきだと述べた。【1月18日 ロイター】
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更に付け加えれば、欧州で台頭する反EU勢力はロシアと密接につながっています。
****反EUの指導者たちが続々とプーチン支持を表明****
17年春に予定されているフランス大統領選で、反EU、移民排斥を唱える極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が勝利すれば、第二次世界大戦後、米国と欧州が積み上げてきた自由と民主主義の価値は完全に吹き飛んでしまうだろう。
保護主義と孤立主義が世界を覆い始めるなか、独りほくそ笑んでいるのはプーチンだ。
「英国の離脱が引き金になり、EUが崩壊して一つひとつの国民国家に逆戻りすることはプーチンの長期戦略と合致している。EU離脱に投票した英国人は結果的にプーチンを助けたことになる」
こう解説するのは英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティのロシア研究センター所長、フォックスオール氏だ。
フォックスオール所長はオープンソースの情報からロシアのプロパガンダに利用されている人脈を分析した報告書「プーチンの有益な愚か者たち」をまとめている。報告書は、欧州に広がる反EUネットワークとロシアのつながりをあぶり出している。
14年12月、国民戦線はモスクワにある第一チェコ・ロシア銀行から、940万(約11億2600万円)を借り入れた。ルペン党首はプーチンを敬服していることを隠さず、13年のロシア訪問ではロゴジン副首相とナルイシキン下院議長(現・対外情報局長官)と会談した。
トランプ勝利を受け、ルペン党首は「巨大な動きが世界で進行中だ。政治とメディアのエリートは思い知らされるだろう」と雄叫びを上げた。
英国のEU離脱を主導した英国独立党(UKIP)のファラージ暫定党首は、クリミア併合が強行された14年3月に、最も尊敬する世界の指導者としてプーチンの名前を挙げ、シリア内戦への対応を「素晴らしい」と持ち上げてみせた。
ジェームズ前党首(16年9月に就任するも、20日もしないうちに辞任した)もプーチンのナショナリズムを讃えている。
これらは氷山の一角に過ぎない。
「愚か者たちのネットワーク」はシンクタンクや大学の討論会、ロシアのニュース専門局RTや情報通信・ラジオ放送局スプートニクへの出演などを通じて世界中に張り巡らされている。【1月24日 WEDGE】
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【ロシアに対峙するNATO 親ロシア・トランプ政権で?】
こうした中東欧のロシア回帰や、南欧における温度差、「プーチンの有益な愚か者たち」の存在はあるものの、全体としてはNATOはロシアと厳しく対立しています。
再三言うように、プーチン大統領にすれば、NATOの東方拡大こそが約束違反であり、ロシアはNATOのそうしたロシアへの敵対的な動きに防衛的に対応しているだけだ・・・という話にはなりますが。
そうしたなかで、ロシアが昨年10月初め、リトアニアとポーランドの間のロシアの飛び地カリーニングラードに、核弾頭搭載可能な弾道ミサイル「イスカンデル」を配備したこと、一方、NATOはバルト3国とポーランドに計15か国が参加する多国籍部隊を配備することを決定したことなどは、前回ブログで取り上げたところです。
上記NATO決定を受けて、1月12日には、ロシアに対する東ヨーロッパでの軍事的な抑止力を強めるためアメリカが新たに派遣した地上部隊がポーランドに到着し、現地で歓迎の式典が開かれました。
オバマ大統領の最後の仕事でしたが、トランプ大統領がどう扱うのかは知りません。
トランプ大統領がロシアとの関係改善を掲げる一方、NATOを「時代遅れ」として欧州側の加盟国に一段の貢献を要求していることは周知のところです。
NATOは“後から撃たれる”ような事態となるのか、トランプ氏も「プーチンの有益な愚か者たち」の最重要人物なのか・・・いつものことながら、話が長くなってしまったので、また別機会に。トランプ氏の動向もまだよくわかりませんし。