
(母親が建設現場で働く間、40℃を超す暑さの中、9時間石につながれる幼児 インド西部グジャラート州最大都市アフマダーバード 【2016年12月26日 ロイター】)
【「貧困層への拷問だ」】
インド・モディ首相による高額紙幣無効化断行については、2016年11月18日ブログ“インド 行動力自慢のモディ首相による突然の高額紙幣使用停止 深刻な大気汚染と水質汚染”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161118で取り上げたところです。
“発表から4時間後に実施”という“不意打ち”、経済の多くが現金によって回っている実態、銀行での新紙幣への交換・引出しの厳しい上限、ATM対応の遅れ、そもそも新紙幣印刷が遅れていることなどで、大きな混乱を招いています。
****全国で抗議デモ、混乱拡大=突然の紙幣無効化―日本企業にも影響・インド****
インドのモディ政権が突然、高額紙幣を無効化したことを受け、野党は28日、全国規模の抗議デモを実施した。左派勢力の強い南部ケララ州では、ゼネストの呼び掛けで公共交通機関が停止。東部の主要都市コルカタでもデモが行われるなど混乱が広がっている。
混乱の発端は8日夜、モディ首相による緊急テレビ演説だった。
首相は約4時間後の9日午前0時から、最も高額な1000ルピー(約1630円)と500ルピー紙幣を無効化すると発表。旧紙幣は12月末までは銀行に預け入れることができるが、公共料金支払いなど一部のケースを除き、使用は禁止された。
「貧困層への拷問だ」。野党国民会議派は突然の紙幣無効化をこう批判した。国民会議派のシン前首相も「(銀行口座を持たず、現金収入に頼る)多くの農家や庶民を苦しめ、通貨政策に対する信頼を損ねた」と述べ、モディ政権を糾弾した。
地元メディアによれば、西部グジャラート州では農業従事者らが幹線道路で抗議の座り込みを実施。コルカタでバナジー・西ベンガル州首相が左派政党によるデモ行進を率い、町中を練り歩いた。
現金決済が主流のインドでは、政治家や資産家が課税逃れのために現金を不正にため込むケースが横行している。政権は、高額紙幣の無効化により国民総生産の最大3割に上るとされるこうした現金を半ば強制的に銀行に預金させ、闇資金の摘発や汚職・脱税の根絶につなげることが狙いだと説明した。
だが、もう一つの目的は、最大の人口を抱える北部ウッタルプラデシュ州で来年行われる州議会選挙をにらんだ動きだと指摘する声もある。インドでは票買収などの不正が横行しており、アルビンド・マヤラム元財務次官は「政権は『不意打ち』で高額紙幣を無効化し、野党がため込んでいた闇の選挙資金の一掃を図っている」と解説する。
無効化された両紙幣は流通している全紙幣の約85%(金額ベース)を占めており、経済への影響は甚大だ。新紙幣の発行が追い付かず消費は低迷している。銀行の前には連日、新紙幣を手に入れようとする人々が長蛇の列を作っている。
さらに、銀行の支店のない地方では、多くの農家が種や苗を買うことができず、作付けが停滞している。家電や自動二輪の販売も落ち込むなど、インドに進出する日系企業にも大きな影響が出ている。【2016年11月28日 時事】
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当然予想された混乱で、モディ首相としては“多少の混乱”は覚悟のうえのでの断行でしょう。
“高まる不満にモディ氏は演説で「たとえ生きたまま焼かれようと、やめることはない」と強気の構えを見せている。”【2016年11月21日 産経】
モディ首相の狙いは、“現金を半ば強制的に銀行に預金させ、闇資金の摘発や汚職・脱税の根絶につなげること”にあると言われています。
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政府が取り組もうとしている身近な問題は、現金による課税逃れだ。不動産や宝飾品売買はとくに悪名高い。
ある自営業者は「大半を(所得として申告しなくてもばれにくい)現金でやりとりし、銀行送金額を減らして納税額を抑えるのが常識だ」と打ち明ける。小さな商取引でも、業者は税務当局に会計を知られにくい現金での取引を好む。
また、公共、民間を問わず、取引過程での中間搾取がはびこっており、こうした不正には現金が多用される。個人所得税の納税者は全国民の1%程度で、多くの富裕層や中間層が課税を逃れているのが実態だ。
不正な現金貯蓄はすでに金などに換えられているとして効果を疑問視する指摘があるほか、旧紙幣を安価で買い取り休眠口座に預金したり、人を雇って換金の列に並ばせたりして“資金洗浄”を図る悪質な手口も現れているものの、インド・ビジネス大学院のクリシュナムルシー・スブラマニアン准教授はタイムズ・オブ・インディア紙への寄稿で「今回の措置が、インド経済に良い結果を与える可能性がある」と評価した。【同上】
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首相は「高額紙幣廃止は目先の利益のために行ったことではなく、長期的な構造改革が狙い」と強調し、地下経済のマネーが表に出ることにより、実体経済は一段と活性化するとの見方を示しています。【2016年12月30日 ロイター】
首相の狙いはわかりますが、紙幣不足による市民生活の混乱ぶりも相当なもので、もっと穏健な手段はなかったのか?という疑問もあります。
【「現金依存経済」をデジタル経済、キャッシュレス経済へと一気に移行させる狙い】
混乱は落ち着いてき始めているようですが、ここにきて明確になってきたのは、モディ首相の狙いは、単にブラックマネーの捕捉・締め出しや偽札対策といったものにとどまらず、“不透明かつ非効率で脱税や不正蓄財を生みやすいインドの「現金依存経済」をデジタル経済、キャッシュレス経済へと一気に移行させるという途方もない狙い”【1月13日 フォーサイト】があるとのことです。
そういう話であれば、政府にはもともと新紙幣はあまり供給する意思がなく、紙幣不足は意図的につくられた現象と言えます。
****混乱も想定内?インド「高額紙幣廃止」の遠大な狙い****
不透明な現金依存経済から「キャッシュレス経済」へ
インド・モディ政権による衝撃的な「高額紙幣廃止」措置から2カ月、商売や市民生活の混乱もようやく収束に向かい始めている。
しかし、市中の紙幣流通量の86%、20兆ルピー(約32兆円)ものキャッシュを無効化しただけに、現金取引の多い小売りや消費財関連産業、2輪車販売、そして農村部などでは一時的とはいえ大幅な需要減に見舞われている。
これだけのダメージを承知の上で実施した高額紙幣廃止の狙いは、名目GDPの25%を占めるとされるブラックマネーの捕捉・締め出しや偽札対策、と言われているが、その先には不透明かつ非効率で脱税や不正蓄財を生みやすいインドの「現金依存経済」をデジタル経済、キャッシュレス経済へと一気に移行させるという途方もない狙いが見えてきた。
「デジタル優遇」策を続々と実施
政府は昨年12月上旬、まず国営保険会社の保険料について、オンライン支払の場合8~10%割り引く措置を発表。同月下旬には一般企業の給与支払いのキャッシュレス化を閣議承認した。ニティン・ガドカリ道路交通相は地元経済紙に対し、「近く高速道路の料金徴収を100%電子化する」と表明した。
国営石油会社のガソリンスタンドでは12月中旬から、クレジットカードやデビットカードでの支払いに対してガソリンや軽油代の0.75%割引を開始、1月からは割引を家庭用LPGにも拡大した。
また、国鉄の乗車券でも同様に1月から1%の割引を適用した。2月上旬にも発表する2017年度(2018年3月期)予算案では、電子支払いによる所得税の割引措置が盛り込まれる見通し。
あの手この手で市民の支払いをデジタル・キャッシュレスに誘導している。
デリー市政府も、2017年1月から運転免許や自動車の車検証発行手数料などに電子決済の導入を決めるなど、こうしたデジタル支払い優遇の動きは各州政府にも広がっている。
国営テレビ『ドゥールダルジャン』は12月上旬、デジタル支払いに関する「啓蒙チャンネル」を創設。国を挙げてデジタル・キャッシュレス経済を後押ししている。
計画委員会を改組して創設したインド変革国家機関委員会(NITI アーヨグ)のCEOで、商工省次官などを歴任したキャリア官僚のアミターブ・カントは昨年末、「インドには10億人を超える携帯電話ユーザーがいて、10億枚を超えるアーダール・カード(いわゆるマイナンバー・カード)が発行済みだ」と指摘。
モディ首相肝いりの「ジャン・ダン・ヨジャナ(国民金銭計画)」でこれまでに農民や貧困層など2.6億人が新たに銀行口座を開設したことなどを挙げ、「今こそキャッシュレス経済に移行する時だ」と呼び掛けた。
「おサイフケータイ」爆発的普及の予感
実際、今回の騒動に懲りた人々は続々とクレジットカードなどキャッシュレス支払いにシフトしつつある。電子決済サービス大手の「ペイtm(Paytm)」のスポークスマンによると、高額紙幣廃止から1カ月で同社の利用者は2000万人も増加し、1.7億人に到達した。
また現地経済紙によるとこの間、e-ウォレット、つまりおサイフケータイの利用も1日当たり3.9億ルピー(約6.2億円)から23.6億ルピー(約37.8億円)に、POS端末利用の取引も同11.2億ルピー(約17.9億円)から175.1億ルピー(約280.2億円)へと、それぞれ急拡大した。
携帯電話サービス・プロバイダー最大手で2.5億件の加入者を抱える「バルティ・エアテル」やこれを追撃する「ボーダフォン」も、相次ぎe-ウォレットのサービスを拡充している。12月末に発表したインド商工会議所連合会(ASSOCHAM)などの調査は、2021年度までに電子決済におけるe-ウォレットのシェアが50%を超える、と予想している。
「インド版マイナンバーカード」の普及を推進するインド固有番号制度庁(UIDAI)の長官も務めた大手IT企業「インフォシス」の元CEO、ナンダン・ニレカニ氏は12月、ニュース専門局『NDTV』に対して、「(高額紙幣廃止措置で)デジタル経済への移行が進み、国内に約150万台あるPOS端末が半年以内で2~3倍に増加する」との見通しを示した。内外電子機器メーカーやIT企業にとってはかつてない「特需」となりそうだ。(中略)
インド経済は再び高成長軌道に?
このように高額紙幣廃止措置の狙いは、単にブラックマネーや脱税を摘発することだけではない。すべての国民に銀行口座を開設させ近代的金融サービスを普及させるジャン・ダン・ヨジャナや、行政事務の電子化を進める「デジタル・インディア」など、モディ政権が取り組む一連の政策と歩調を合わせ、商取引の透明化や税収増をもたらすことが第一義だと言えるだろう。
中・長期的には、GDPの減速や国民の不満などを補って余りあるプラス効果が期待できるのは間違いない。
しかし、「高額紙幣廃止」前の時点では、インドにおける年間約800兆ルピー(約1280兆円)に達する商取引のうち、銀行やノンバンクを経由するデジタル・キャッシュレス取引はわずか20%にとどまっていた。
ジャン・ダン・ヨジャナで開設した銀行口座も、約25%が残高ゼロという。農村世帯の約3割はいまだに電気のない生活で、銀行ATMやパソコンの利用すらできない状況だ。
クレジットカードも2000年代半ばに第1次のブームが到来したが、無計画な利用による焦げ付きやカード破産が相次ぎ、発行枚数はまだ約2300万枚足らずと伸び悩んでいる。
そしてキャッシュレス化・デジタル化の推進には、金融リテラシー教育も必要となってくる。モバイル詐欺やハッキングにも目を光らせねばならない。
今後、新紙幣が順調に出回って現金不足による需要減が解消されれば、インド経済は再び7%前後の高成長軌道に回復する――。多くのエコノミストは先行きに大きな不安はない、との見方で一致している。
しかし、政府が掲げるデジタル経済・キャッシュレス経済への本格的移行には、まだ相応の時間がかかりそうだ。【同上】
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【「非公式部門は経済の進歩の結果として解消されるもので、人々を脅してなくせるものではない」】
確かにモディ首相は昨年11月段階から、「デジタルの世界に入るチャンスだ」と呼び掛け、モバイルバンキングのアプリやクレジットカードの決済端末を利用するよう求めていました。
しかし、キャッシュレス化は時間を要するもので、「一晩でやってしまおう」というのは無理がある、「馬鹿げている」との指摘も。
****15兆ルピー無効、足りぬ現金 織工に給与払えず・野菜売値暴落****
インドでは所得税を払う人が人口の約2%にすぎない。多くの庶民は課税対象になりにくい現金取引の世界で暮らす。「ならば現金を無効にしてしまえ」とモディ首相が昨年、強硬策に打って出た。成長の足を引っ張る「地下経済」の根絶を狙う巨額の「廃貨作戦」が、大混乱を招いている。
ニューデリーから大河ヤムナを渡った対岸のガンディナガルは、繊維関係を中心に町工場や問屋がひしめく。農村部からの出稼ぎ者は約50万人。昨年11月8日、モディ首相が突然、高額紙幣の廃止(廃貨)を宣言すると様子が一変した。
輸出用のシャツを作るビシャル・シンガルさん(43)の縫製工場は40台のミシンのうち動いているのは10台だけだ。織工を70人以上雇っていたが、25人に減った。廃貨宣言で現金が足りなくなり、給料の支払いが滞って来なくなった。
廃貨宣言後、政府は新札を供給し始めたが、銀行口座からの引き出し額に上限を設けた。1週間に普通預金なら2万4千ルピー(約4万1千円)、当座預金は5万ルピー(約8万6千円)だ。大量注文する布地や売り上げは銀行決済だが、ボタンや糸、発電用の軽油、社員が飲む紅茶を買うのは、税務当局の目が届かない現金取引だった。「1日に5万ルピーないと工場は回らない」とシンガルさんは訴える。
■闇経済の温床にメス
町工場や農家など昔ながらの現金取引に頼る経済は途上国に広く存在する。政府が実態を把握できず、課税もできないため、「インフォーマル・セクター(非公式部門)」と呼ばれる。
物やサービスの質は悪くても値段は安く、大量の雇用も生み出す低所得者層には不可欠な存在だ。インドの場合、GDPの23%に匹敵するという世界銀行の推計があり、雇用の9割を占めるとされる。
一方、非公式部門では労働法は無視され、雇用環境は悪い。汚職や不正蓄財、密売などの温床にもなる。所得税も、消費税のような間接税も払わないため、政府の財政を圧迫する。インドの人口約13億人のうち納税者は3千万人に届かない。財政赤字の原因となり、好調を維持する経済の不安要因とみられてきた。
モディ氏の廃貨宣言は巨大な非公式部門に流通する現金を「ブラックマネー」と位置づけ、一気に公式部門に組み入れる試みだ。
無効化された旧札は総額15兆ルピー(約26兆円)。先月31日、テレビ演説でモディ氏は、ヒンドゥー教の宗教用語を用いて「歴史的な浄化の儀式が進行中だ」と強調した。
一方で政府は、国民が新札で再び現金取引に依存することを警戒。口座引き出し制限を維持し、透明性が高いカードや電子取引を国民に勧めている。
■電子取引の拡大促す
政府の呼びかけに都市部では、三輪タクシーや露店でも電子取引を始める動きが広がる。スマートフォンを使った電子取引最大手「PayTM」は利用数が2・5倍に。物品税の納付額は12月、前年同月比で3割以上増えた。
だが、大手術の痛みも大きい。インド自動車工業会は10日、昨年12月の二輪車の販売台数が前年同月比で22%落ち込んだと発表。廃貨後1カ月余りで零細企業の収益は50%減り、35%の職が失われたと地元紙が報じた。
農村部はさらに深刻だ。首都から東へ100キロ余り。カヤリプール村は、首都向けの野菜や小麦の生産地だ。冬場はカリフラワーの収穫期だが、農家のナタン・シンさん(48)は苦悩をにじませる。「売れない。あと3~4日でカリフラワーは全部つぶす」
出荷する地元の卸売市場では廃貨宣言後、仲買人が現金不足に陥り、極端な買い控え状態になった。カリフラワーの売値は前年の1キロ15ルピー(約26円)から今は2ルピー(約3円)に暴落。「種や肥料など1万5千ルピー(約2万6千円)の費用を注いで育てたのに4千ルピー(約7千円)しか回収できない」
シンさんは売れ残った野菜を飼っている牛たちのエサにした。そのうちの1頭はトラクターの燃料代を得るために手放した。
■「一晩で解消しよう」ばかげている ノーベル経済学賞、アマルティア・セン氏
インド人でノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン米ハーバード大教授に尋ねた。
――廃貨宣言の評価は?
経済全体に打撃を与え、貧しい人ほど職を失い、ささやかな商売が難しくなっている。キャッシュレス化が正しいとしても、誰かにしわ寄せが行くことなく、何年もかけて実現されるべきことだ。
――そもそも政府や中央銀行は勝手に貨幣を廃止していいのでしょうか。
資本主義が成り立っているのは、本来価値のない紙切れに支払いの約束が伴っているからだ。中央銀行はその約束を破った。裁判沙汰になって当然だ。
誤算はブラックマネー対策とキャッシュレス化という二つの目的が矛盾をはらんでいる点にある。ブラックマネーを逃さないためには急ぐ必要があるが、キャッシュレス化には時間を要する。ブラックマネーの大半は貴金属や外国預金として蓄えられ、現金として存在するのは6~7%に過ぎないという推計がある。今回どんなにうまくやっても、根絶できない。
――非公式部門の解消は望ましいことでは?
非公式部門は日本や米国にもまだ残っている。それをなくすのが理想だとしても、「ならば一晩でやってしまおう」というのはばかげている。非公式部門は経済の進歩の結果として解消されるもので、人々を脅してなくせるものではない。【1月12日 朝日】
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長期的目標を見据えた剛腕モディ首相ならではの“英断”なのか、貧困層の苦しみなどもとより眼中にない権力者の“独断”なのか・・・。
少なくとも、国民の生活にこれほどの犠牲を強いる方策は日本では絶対にできないことです。国民の命や生活などは“軽い”インドだからできる施策です。
インドに残る絶対的貧困に暮らす人々と、モバイルバンキングのアプリやクレジットカードの決済端末というのは結びつかないものがあります。もともと、そういう人々は1000ルピーとか500ルピーとかには縁がないから関係ない・・・ということでしょうか。