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(バングラデシュへの入国を試みるロヒンギャ族の子供たち。バングラデシュで29日撮影【8月30日 ロイター】)
【アナン諮問委員会報告書 ロヒンギャに課されている規制の撤廃を求める“助言”】
ミャンマー政府が不法入国者とみなし、国民としては認めていないイスラム系少数民族ロヒンギャに対して、2016年10月の武装集団による国境検問所などへの襲撃を契機として掃討作戦に乗り出したミャンマー治安当局が“民族浄化”のような弾圧行為を行っているのでは・・・と、国連・人権団体等が懸念している問題については、これまでも何度も取り上げてきたように、民主化運動の象徴でもあったスー・チー氏も国軍・ロヒンギャを嫌悪する世論には抗しきれず消極的な対応に終始しています。
****ロヒンギャ****
ミャンマー西部ラカイン州に住むベンガル系イスラム教徒で、北端部を中心に推定約100万人が暮らす。ミャンマー政府との対立を深め、国連などは「世界で最も迫害されてきた民族」と位置付けている。
対立のルーツは英国統治時代の19世紀。仏教徒ラカイン族の土地にベンガル地方から大量の移民が流入したが、植民地支配を行った英国は自らに不満が向かないよう、優遇した少数派のベンガル系を通じて多数派を支配する分割統治を行い、両者を反目させた。【8月28日 毎日】
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ラカイン地方にロヒンギャと呼ばれる人々が流入した時期・経緯は上記のイギリス統治時代だけでなく、さかのぼれば、15世紀前半から18世紀後半にこの地にあったミャウー朝アラカン王国時代は仏教徒アラカンとムスリム・ロヒンギャはさしたる問題もなく共存していたと言われています。【ウィキペディアより】
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チッタゴンから移住したイスラーム教徒がロヒンギャであるとの学説があるが、英領インドから英領ビルマへ移住したムスリムには下記のように4種の移民が存在しており、実際には他のグループと複雑に混じり合っているため弁別は困難である。
チッタゴンからの移住者で、特に英領植民地になって以後に流入した人々。
ミャウー朝時代(1430-1784年)の従者の末裔。
「カマン(英語版)(Kammaan)」と呼ばれた傭兵の末裔。
1784年のビルマ併合後、強制移住させられた人々。【ウィキペディア】
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このように、ロヒンギャは長い歴史の結果としてラカイン州地域に居住するようになった人々で、昨日・今日の不法入国者ではありません。
島国である日本ではあまり民族の流入は多くありませんが、世界的に見れば、多くの民族が長い歴史の過程で、すむ場所を変えて流入・流出を繰り返しているのが現実であり、それを“不法入国者”だと言ってしまえば、世界中“不法入国者”だらけになってしまいます。
“消極的”とも批判されるスー・チー氏が唯一取り組んできたのが、アナン元国連事務総長を中心とした諮問委員会による調査ですが、ようやくその報告書が発表されました。
****ロヒンギャ問題踏み込まず ミャンマー政府諮問委報告書****
ミャンマー西部ラカイン州の少数派イスラム教徒ロヒンギャの問題で、コフィ・アナン元国連事務総長を中心とした政府の諮問委員会が24日、1年の調査を終え、最終報告書を発表した。
報告が相次ぐ警察などによるロヒンギャへの人権侵害について政府側の責任には踏み込まず、「地域の発展を進めるべきだ」といった「助言」に終始した。
委員会は昨年9月、アウンサンスーチー国家顧問の要請で組織された。報告書では、同地域での社会経済的発展の必要性▽イスラム教徒の国籍認定手続きの迅速化▽治安維持の強化などを助言した。
最大都市ヤンゴンで会見したアナン氏は、「今回の助言を政府が実行することこそが、問題の解決につながる」と述べた。政府がロヒンギャ問題で国連人権理事会の調査団を拒否していることについては、「調査団と我々は目的が違う」として評価を避けた。
委員会が調査中の昨年10月、ロヒンギャとみられる武装集団が警察施設などを襲い、その後、国連などが、ロヒンギャへの人権侵害を相次いで報告した。国際社会から責任を追及されたスーチー氏らは「我々独自の調査結果を待つべきだ」としてたびたび委員会の調査に言及していた。【8月25日 朝日】
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“ロヒンギャへの人権侵害について政府側の責任には踏み込まず”というのは、政府の諮問委員会という性格上、報告書という成果を現実のものにするうえでの限界と思えます。
仮に政府責任に言及すれば、国軍を中心とした激しい反発を呼び、報告書自体が批判の対象ともなるでしょう。
報告書の詳しい内容は知りませんが、“最終報告はミャンマー政府に対し、移動の自由の確保のほか、国際基準に即した国籍法の見直しなどを勧告している。ロヒンギャは移動が厳しく制限され、大多数が無国籍状態にあるとされる。”【8月24日 時事】と、一定にロヒンギャに課されている規制の撤廃を求める内容とはなっているようです。
第三者的に言えば、上述のような評価になりますが、治安当局の激しい暴力にさらされ、命を奪われ、住む場所も奪われてきたロヒンギャ当事者の視点からすれば、“形を取り繕った”だけの“無意味・偽善的”な報告書にも思えるのかも・・・。
【報告書発表直後に襲撃事件 暴力の連鎖が現実のものに】
“最大都市ヤンゴンで記者会見したアナン氏はラカイン州について「高い緊張が続いており、現状を維持することはできない」と指摘。「一刻の猶予もない。ラカイン州の情勢はますます危うくなりつつある」と訴えた。”【8月24日 時事】とのことですが、アナン氏がまとめた報告書がきっかけとなったように(実際のところがどうなのかは知りませんが)、アナン氏の懸念は現実のものとなりました。
報告書が発表されたのが24日ですが、その直後、“国家顧問府が発表した声明によると、25日未明に20か所以上の駐在所が推定150人の戦闘員らの襲撃を受けた。これに対し、兵士らが反撃を加えたという。”【8月25日 AFP】との戦闘状態に陥っています。
****<ミャンマー>ロヒンギャと戦闘激化 双方の死者100人超****
ミャンマー西部ラカイン州で少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の武装集団と国軍との戦闘が再び激化している。
ミャンマー政府によると、25日未明に武装集団による襲撃が始まってから既に双方の死者は合わせて100人を超えた。政府に対し強硬姿勢を強める武装勢力側に対し、国軍も鎮圧を徹底する構えで、緊張がさらに高まっている。
ミャンマー政府は、25日未明にラカイン州マウンドーの警察署などが一斉に攻撃されたとしている。ロイター通信は27日、政府側がこれまでに4000人の非イスラム教徒を救出したとする一方、数千人のロヒンギャが国境を越えてバングラデシュ側に避難したと報じた。
アウンサンスーチー国家顧問兼外相は25日夜、声明を発表。「テロリストによる残忍な攻撃を強く非難」し「平和と調和を構築する努力を損なおうとする計画的な企てだ」と指弾した。
ミャンマー政府は、地元の「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)による襲撃だとしている。アラカンは「ラカイン」の別称。
リーダーのロヒンギャの男は、パキスタン生まれでサウジアラビア育ちとされ、8月には映像を通じ「歴代政権による非人間的な圧迫から人々を解放する」などと活動目的を語ったという。
イスラム過激思想を唱えているかは不明。過激派組織「イスラム国」(IS)との連携を示す言動はないが、武器や資金はバングラデシュなど海外から入手しているとの見方も出ている。
ラカイン州では昨年10月にも警察施設などが武装集団に襲われ、軍が掃討作戦を展開した。この過程でロヒンギャに対する軍などの迫害疑惑が持ち上がり、国際的に問題となった。
対立の背景には、ミャンマー政府がロヒンギャを隣国バングラデシュからの不法移民とみなし、国籍を与えていないことなどがあり、ロヒンギャは、多数派の仏教徒から迫害を受けていると訴えている。
ロヒンギャ問題を巡っては、コフィ・アナン元国連事務総長を委員長とする政府の諮問委員会がこれまで状況を調査。戦闘は、同委が報告書を発表した24日夕の後に始まった。
報告書は、ロヒンギャの市民権を剥奪している「国籍法」を再検討することや、ロヒンギャの移動の自由を認めることなど人権面での改善をミャンマー政府に勧告している。【8月28日 毎日】
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「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)なる組織が政府の諮問委員会報告書をどのように評価したかは知る由もありませんが、先述のように政府責任に踏み込まない報告書を“拒否した”ともとれるようなタイミングです。
“血は血で洗うしかない”といった報復を正当化するものではありませんし、現実問題としては、このような暴力は当局の更なる弾圧を正当化するだけの結果になり、多くの住民が苦しむことになるのは明白ですが、一方で、弾圧がテロ・暴力を誘発するのは必然であり、そこまで彼らを追い込んだ側の責任も問われるべきでしょう。
これまで国際的には批判の矢面に立たされていたミャンマー国軍は、ここぞとばかりに鎮圧に向けた行動をアピールしています。
****ロヒンギャ襲撃「国の危機に関わる」 ミャンマー軍幹部****
ミャンマー西部ラカイン州でイスラム教徒ロヒンギャとみられる武装集団が警察施設などを襲撃した事件で、ミャンマー軍幹部が29日、首都ネピドーで記者会見を開き、「今回の事件はこれまでになく深刻だ。適切に対処しなければ国の危機に関わる」と述べた。地元メディアなどによると、同州では治安部隊の掃討作戦が続き、犠牲者が増え続けているという。
軍幹部は会見で「ラカイン州はミャンマーにとって『フェンス』の役割があった。外国で訓練されたテロリストが流入すれば国全体が危険にさらされる」と説明した。
また同日、最大都市ヤンゴンでは国家安全保障顧問が駐ミャンマー大使ら向けに今回の事件を説明。「隣国と連携してテロリストを根絶したい」と述べた。
治安部隊の掃討作戦は29日も続けられており、地元メディアによると、武装集団を含む100人以上のロヒンギャが死亡した。隣国バングラデシュへの避難民も3千人を超え、増え続けている。【8月30日 朝日】
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【多くのロヒンギャ住民がバングラデシュ国境で孤立】
「隣国と連携してテロリストを根絶したい」・・・・バングラデシュからは共同軍事作戦の提案がすでになされています。ロヒンギャは単にミャンマーから排除されているだけでなく、バングラデシュからもこれまで厄介者扱いされてきました。
****ロヒンギャ武装集団への共同軍事作戦 バングラがミャンマーに提案****
ミャンマー北西部ラカイン州でイスラム系少数民族ロヒンギャの武装集団が襲撃を繰り広げたことをめぐり、バングラデシュ当局はミャンマー側に共同軍事作戦を提案したことが分かった。
バングラデシュと国境を接するミャンマーのラカイン州では、25日にロヒンギャの武装集団が治安部隊に対して組織的な奇襲を仕掛け、それ以降戦闘が激化している。
また治安部隊の反撃により、武装勢力のメンバー約80人を含む100人超が死亡するとともに、多数のロヒンギャが国境を越えて隣国バングラデシュに避難する事態となっている。
そうした中、バングラデシュの外務省幹部は、首都ダッカ(Dhaka)でミャンマーの代理公使と会談し、両国の国境付近でロヒンギャの武装集団に対する共同軍事作戦を提案。匿名を条件に取材に応じたバングラデシュ外務省の当局者の1人は、「ミャンマーが望めば、両国の治安部隊は国境地帯で、武装集団や国家組織ではない当事者たち、もしくはアラカン軍に対する共同作戦を行うことができる」と述べた。
その一方、国連によると過去3日間で、ミャンマーからバングラデシュに3000人以上のロヒンギャが逃れた一方、大多数は国境で足止めをくらっているという。
またバングラデシュ国境警備隊の幹部はAFPの取材に対し、「国境には6000人ほどのミャンマー人(ロヒンギャ)が集まっており、バングラデシュに入国しようとしている」と述べた。また匿名を条件に取材に応じたある隊員は「われわれはロヒンギャのバングラデシュへの入国を認めないよう命じられている」と語っている。【8月29日 AFP】
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「われわれはロヒンギャのバングラデシュへの入国を認めないよう命じられている」とのことですが、すでに多数のロヒンギャがバングラデシュ側に入っているようでもあります。国境の状況がどのようになっているのかはよくわかりません。
****ミャンマー脱出のロヒンギャ族、1週間で最大1.8万人=国連機関****
国際移住機関(IOM)は30日、少なくとも過去5年で最悪の状況となっているミャンマー北西部の暴力から逃れるため、ここ1週間に国境を越えてバングラデシュに入ったロヒンギャ族が1万8000人前後に上っていると明らかにした。
ミャンマーのラカイン州北部では25日に発生した治安部隊に対する組織的な攻撃とそれに伴う衝突で、住民の一斉脱出が始まった。一方、政府はラカイン州の仏教徒数千人を避難させている。
IOMは、国境の無人地帯(ノーマンズランド)で孤立している人の数を推定するのは困難としているが「ものすごい数に上る」と付け加えた。【8月30日 ロイター】
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ロヒンギャの住民がバングラデシュに逃げるというのは、ミャンマー国軍にとっては厄介払いできて好都合なことでしょう。ただ、バングラデシュ側が入国を認めないという話になると、行き場を失った住民の安否が懸念されます。
【今必要なのは祈りではなく・・・】
いずれにしても、“暴力の連鎖”という懸念されていた最悪のシナリオが現実のものとなっています。
事態を懸念していたローマ法王も11月末にミャンマーとバングラデシュを訪問するようですが、事態はそれまで待ってくれません。
行き場を失って逃げ惑うロヒンギャ住民に必要なのは、彼らの安全を保障してくれる具体的な国際的調停ですが、北朝鮮問題など多くの問題を抱えた国際社会に多くは期待できないのも現実です。
****法王、ミャンマー・バングラ訪問へ ロヒンギャ迫害懸念****
ローマからの報道によると、カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)は27日、フランシスコ法王が11月27日から12月2日まで、ミャンマーとバングラデシュ両国を歴訪すると発表した。
法王はミャンマーの少数派イスラム教徒のロヒンギャへの迫害を批判しており、問題の解決を訴える狙いと見られる。
フランシスコ法王は今年2月、「独自の文化とイスラム教徒としての信仰を理由に拷問され、殺害されている」とロヒンギャ迫害を強く批判した。法王は27日、日曜恒例の「正午の祈り」で「ロヒンギャの兄弟姉妹たちの悲しいニュースが届いている。彼らにすべての権利が与えられますように」と最近の事態に強い懸念を表明した。
バチカンとミャンマーは、5月のアウンサンスーチー国家顧問のバチカン訪問の際、正式な外交関係を樹立した。ローマ法王がミャンマーを訪問するのは初めて。法王庁は、訪問はミャンマー、バングラデシュ両国の招待によるとしている。【8月28日 朝日】
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