(首都ボゴタで投票する保守派のイバン・ドゥケ氏(2018年5月27日撮影)。【5月28日 AFP】)
【埋まらない分断された世論の溝 依然として根強い和平合意の国民批判】
南米コロンビアでは2016年、半世紀に及ぶ内戦を終結させるため、政府と左翼ゲリラ「FARC(コロンビア革命軍)」の間で和平合意が成立し、サントス大統領がノーベル平和賞を受賞しました。
そのコロンビアでは、和平合意後初めての大統領選挙が行われていますが、27日の第1回投票で、元ゲリラに対する刑の減免などを批判し、和平合意の見直しを訴える右派候補が1位で決選投票に進むことになり、サントス大統領が推す候補は決選投票に進むことができませんでした。
****コロンビア大統領選、決選投票へ 内戦の和平合意に賛否****
南米コロンビアで27日あった大統領選は、現職のサントス大統領が結んだ左翼ゲリラ・コロンビア革命軍(FARC)との和平合意の見直しを訴える右派候補がトップ、2位に合意尊重を唱える左派が続いた。
和平合意で半世紀に及んだ内戦が終わったが、合意への賛否を巡ってコロンビア社会は分断を深めている。
選挙管理当局によると、右派で和平合意の見直しを訴えるイバン・ドゥケ前上院議員(41)が39.14%の得票率で1位。
合意を尊重する別の左翼ゲリラ出身のグスタボ・ペトロ前ボゴタ市長(58)が25.08%で続いた。いずれも過半数獲得には至らず、6月17日に決選投票がある。
FARCとの和平合意で2016年のノーベル平和賞を受賞したサントス大統領は、中道右派のヘルマン・バルガス前副大統領(56)を支持。だが、「極端な選択はすべきではない」と訴えたバルガス氏の得票率は7.28%と4位にとどまり、決選投票には進めなかった。
ドゥケ氏は、和平合意の結果、FARCの元幹部らが処罰されていないことなどを問題視。FARCが麻薬密売に関与してきたことから「麻薬密売者との交渉は認めない。正義を伴う平和が必要だ」と主張した。
大統領選では、こうした主張が一定程度、受け入れられた形だ。
内戦で25万人超が死亡・不明
コロンビアでは内戦の結果、死者・行方不明者が25万人を超え、少なくとも500万人以上が国内避難民になった。
和平合意により合法政党に移行したFARCだが、国民の間にはなお不信は根強い。和平路線に反対し、今もゲリラ活動を続けるFARCの分派組織もある。4月には隣国エクアドルの記者たちが殺害された。
一方、貧富の差が左翼ゲリラを生む温床ともなったのも事実だ。合意の継続を唱えた左派のペトロ氏は「暴力がコロンビア社会の不平等を助長してきた」とし、平和を維持しながら社会保障を拡充する必要性を訴えた。
分断された世論の溝は埋まらぬまま、6月の決選投票を迎えることになる。【5月29日 朝日】
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周知のように、和平合意は2016年10月の国民投票では予想に反して僅差で否決(賛成49.78%、反対50.21%)され頓挫しかかりましたが、投票直後に発表されたサントス大統領へのノーベル平和賞授与という国際社会からの後押しもあって、国民投票を避けて議会での承認を得る形で成立に至っています。
この経緯からもわかるように、“死者・行方不明者が255万人を超え、少なくとも500万人以上が国内避難民になった”という大きな犠牲に対し、和平合意はFARCに甘すぎる(凶悪・重大犯罪を除く元メンバーへの免責、FARCを政党化して一定議席を与えるなど)との批判が国民感情として根強くあります。
(3月に行われた上下両院議会選挙では、FARCからは両院で計74人が立候補しましたが、得票率は上院(定数108)で0.34%、下院(同172)で0.21%にとどまり、当選者は出ませんでした。ただ、2016年の和平合意に基づき、FARCには両院で26年まで自動的に計10議席が割り振られます。)
サントス大統領を批判しているウリベ前大統領や、彼が推薦する今回首位となったドゥケ氏は、“甘い”合意への批判を代弁する形となっています。
2016年の国民投票については、そうした内容に関する批判以外に、37%という低い投票率に示されているように、政権側が“当然に賛成される”と楽勝ムードで油断していたこと、大統領支持者の多い北部地域へのハリケーン襲来と投票日が重なったことも賛成派の敗因とされ、さらに、サントス大統領自身の支持率の低さが足を引っ張ったことなども指摘されています。
反対派勝利の結果に、反対派自身が驚く・・・といった状況でした。
“甘すぎる”云々に関しては、和平合意を牽引した側からすれば、“免責しなければ、FARCが合意に応じることは100%あり得ない”ということにもなります。
一方、反対派からすれば、“それなら和平合意など必要ない。弱体化したFARCをさらに徹底して武力で追い詰めればいい”という話にもなります。また、支持率が低く、功績も少ないサントス大統領が功績を求めて“合意ありき”で交渉を行ったために、FARCに交渉の主導権をとられた・・・との批判も。
和平合意しなければ、武力衝突が今後も続き、犠牲者はさらに増大する・・・ということにもなります。ノーベル賞授与など、国際社会は和平の実現を期待しましたが、コロンビア国民の考えは少し異なるようです。
今回大統領選挙の数字を見ると、依然として和平合意に納得していない国民が多いことがわかります。
【続くFARC残党との戦闘 元メンバーへの“報復”も】
和平合意のもとにある今現在も、合意にしがわないFARC残党のゲリラ発動は続いています。
****旧左翼ゲリラ残党11人殺害=コロンビア****
コロンビアのビジェガス国防相は28日、南部カケタ州で政府軍が旧左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」残党と交戦し、11人を殺害したと発表した。
ビジェガス氏は「残党を壊滅するための重要な作戦だ」と強調。掃討を進める考えを示した。
同国最大の武装組織だったFARCは、2016年11月に政府と停戦合意を締結。武装解除し、合法政党「人民革命代替勢力(FARC)」に衣替えしたが、一部勢力は組織を離れて辺境地帯で闘争を続けている。残党らは自治体や地元電力会社を脅迫していたという。【5月29日 時事】
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また、和平合意に従って社会復帰したFARC元メンバーに対する“報復”も続いていると、元FARC側は主張しています。
****Farc元ゲリラがまた殺害された コロンビア****
大統領選挙の翌日の5月28日月曜日、和平合意により合法政党に生まれ変わった人民革命代替勢力(Farc)は、バジェ デル カウカ県とカウカ県で5月22日から26日にかけて元Farcゲリラ3人が殺害されたと警告しています。
Farcの発表によれば、今回の3人を加え今年これまでにFarc元ゲリラ24人が殺害されています。
「合法政治活動のために武装を放棄した我々への暴力を許すことは出来ない。」とFarcは声明の中で強調しています。(後略)【5月30日 音の谷ラテンアメリカニュース】
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大統領決選投票がどうなるのかはわかりませんが、ドゥケ氏の39.14%の得票率という数字を見ると、かなり優位にあるということでしょうか。
仮に、ドゥケ氏が当選して、和平合意の見直しを始めるということになれば、FARC元メンバーの多くは再びジャングルに戻り、銃を手にとる・・・ということにもなるのでしょう。
合意破棄については、トランプ大統領によるイラン合意破棄もそうですが、そんなに簡単に合意を破棄していいのだろうか・・・という疑念もありますし、合意破棄の結果、厄介な事態となる責任をどうとるのかという問題もあります。
政権が代われば将来的に破棄される可能性があるということになれば、政治的合意などはますます難しくなり、力による決着が横行することにもなります。
ドゥケ氏の主張する“見直し”が“合意破棄”に至るものなのか、部分的な手直しに収まるのかは知りません。
【“駆け込み”的に進み始めた民族解放軍(ELN)の和平交渉】
一方、FARCに次ぐ武装ゲリラ組織の民族解放軍(ELN)の和平交渉は停滞していましたが、次期政権が厳しい対応をとりそうだ・・・との観測もあって、“駆け込み”的に、現政権で合意をまとめようとの動きもあるようです。
****コロンビア政府と左翼ゲリラ、和平交渉開始を発表****
コロンビア政府は5日、同国最大の左派武装ゲリラである民族解放軍(ELN)と和平交渉に臨むことで合意したと発表した。キューバ政府の仲介を受け、来週にもハバナで交渉を始める。
両者は1月に和平交渉を打ち切ったばかりだったが、27日に予定される大統領選でゲリラとの和平合意に批判的な右派候補が支持を集める中、方針を転換したとみられる。
ELNは1500人程度の構成員を抱えており、昨年にコロンビア革命軍(FARC)の武装解除が完了したことを受け、同国最大の勢力となっている。
サントス大統領は5日、ツイッターに「我々は政府が平和を獲得するという約束を達成する最後の日まで働く」と投稿。和平合意に自信を見せた。
2016年のFARCとの和平達成後も、ELNと政府はテロや掃討作戦でぶつかってきた。1月には度重なるELNの攻撃に対しサントス氏が「私とコロンビア人の忍耐力には限界がある」と述べ交渉を打ち切ったほか、両者の橋渡しとなっていたエクアドル政府が4月に仲介をやめたことで和平合意の実現は困難視されていた。
今回、双方が態度を変えた背景には、27日の大統領選でゲリラとの和平合意に批判的な右派のドゥケ氏が世論調査でリードしていることがあるとみられる。
ドゥケ氏が大統領になれば新たな和平合意は絶望的となる。ゲリラに対し融和的な現政権下で交渉をまとめたいELN側と、ノーベル平和賞を受賞したサントス氏のレガシー(政治的遺産)づくりを目指す政権との間で利害が一致した。【5月6日 日経】
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