孤帆の遠影碧空に尽き

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マレーシア  独立後初の政権交代 マハティール氏、異例の高齢再登板 難しいかじ取りも

2018-05-11 22:26:40 | 東南アジア

(【5月10日 ロイター】)

政権側の妨害を跳ね返して独立後初の政権交代 異例の高齢再登板
マレーシアでは、独立以来政権を維持してきた与党のナジブ首相に対し、その師匠筋にもあたる92歳のマハティール元首相が、かつて自らが権力から追い落とした旧敵アンワル元副首相(政治的陰謀とも言われる同性愛の罪で服役中)に代わって野党勢力を束ねて選挙戦を挑んでいたことは、5月3日ブログ“マレーシア総選挙、9日投票 ねじれた人間関係 マレー系票の争奪 横行する汚い選挙”でも取り上げました。

巨額の汚職疑惑を抱えるナジブ首相・与党側は、選挙区区割りを有利に変更するとか、政権批判を封じるようなフェイク(偽)ニュース対策法を選挙直前に成立させるとか、なりふり構わぬ手段で政権維持を図り、選挙前予想では、マハティール元首相の追い上げはあるものの、与党側に有利な選挙区区割り(これは“マハティール時代の負の遺産”とも言われていますが・・・・)などもあって議席数では逃げ切る可能性が高い・・・ともされていました。

しかし、9日に行われた投票結果は、周知のようにマハティール元首相・野党側の地滑り的勝利となっています。

****ナジブ氏、敗北認める マレーシア下院選 独立後初の政権交代****
9日に投開票されたマレーシア下院選(定数222、任期5年)で、首相候補として野党連合「希望連盟」を率いたマハティール元首相(92)が10日未明、首都クアラルンプールで、議席の過半数を獲得したとし、勝利宣言した。1957年に英国から独立後、マレーシア初の政権交代を実現した。
 
選挙管理委員会によると、与党連合「国民戦線」の79議席に対し、希望連盟は113議席を獲得。希望連盟が共闘する東部サバ州の野党議席を含めると計121議席に上った。
 
国民戦線を現職首相として率いて敗北したナジブ氏(64)は10日午前、クアラルンプール市内で与党幹部らとともに会見。「民主主義を受け入れ、尊重する」と敗北を認めた。質疑応答は行わなかった。
 
マハティール氏は10日未明の会見で、すでに国家元首の国王側と連絡をとり、10日中に新首相として認証式を行うと述べた。だが、王宮側はスケジュールの都合を理由に、11日以降に行うとした。
 
マハティール氏は、選挙に勝利した場合、10日と11日を公休日にすると公約。公約どおり、マレーシア政府は、一部の州をのぞき、政府施設や金融機関を両日、休みとした。週明けに再開させる。
 
マハティール氏は選挙期間中、政権を取れば、元側近で自身が追い落とし、同性愛行為の罪で服役中のアンワル元副首相(70)の恩赦手続きを進めると表明。国王の恩赦が認められれば、アンワル氏がマハティール氏に代わって首相に就く方針を掲げてきた。

マハティール氏は10日未明の会見でこれを再確認したが、「首相は議員でなくてはならない」とし、アンワル氏による補欠選挙などによる国政復帰を「可及的速やかにやる」と述べるにとどめた。
 
開業医から政治家に転じたマハティール氏は1981年から22年間の首相在任中にマレーシアの工業化を実現、東南アジアでいち早く経済発展を成し遂げた。また、欧米諸国ではなく日本の勤勉さに学ぶ「ルックイースト政策」を掲げ、米国とは距離を置く政策を取った。
 
2003年の首相退任後も重鎮として政界に存在感を保ち、16年2月、政府系ファンド「1MDB」からの巨額資金流用疑惑が浮上したナジブ氏を非難し、最大与党の統一マレー国民組織(UMNO)を離党した。

同年8月に新党を設立、汚職疑惑を批判しながら各地で精力的に集会を開き、野党連合の首相候補となった。【5月10日 産経】
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首相就任日程については、上記記事にもあるように異論もあったようですが、マハティール氏の希望どおりに10日に就任しています。世界的にも異例の高齢首相の返り咲きです。

****92歳マハティール氏、第7代首相に就任 異例の再登板****
1981年から5期22年、首相を務めたマレーシアのマハティール氏(92)が10日、首都クアラルンプールの王宮で首相就任式に臨み、第7代首相に就任した。2003年の退任から15年。92歳という高齢での再登板は世界的にも異例だ。
 
マハティール氏が率いる政党連合・希望連盟は9日投開票のマレーシア連邦下院選(定数222)で過半数の113議席をとり、マレーシアで初めてとなる政権交代を実現した。ナジブ政権が3年前に導入した消費税の廃止などの訴えが、生活費増大に苦しむ層の共感を呼んだ。
 
同年生まれの政治家にはすでに亡くなった野中広務元官房長官や英国のサッチャー元首相らがいる。選挙戦でナジブ政権側は「老人には未来を切り開けない」と攻撃した。だが、国民の間には「命を削って国に尽くしている」との同情も広まった。【9月10日 朝日】
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自分の身の回りの“92歳”を考えると、マハティール氏の若々しさは驚異的です。
“長寿の秘訣は「生涯現役」といい、「働くことは健康にとても良い」と力説。適度な運動、「何事も度を越えることはしない」と食べ過ぎないことにも留意しているという。”【5月10日 時事】

マハティール氏が首相就任を急いだ背景には、選挙で敗れた与党側の強硬策も想定されていたからではないかと推察されます。

投票結果が明らかになった与党側には、首相の座を潔く明け渡すべきだと助言する者もいる一方で、“断固たる態度を貫くべきだと主張する者もいた。予想外の地滑り的勝利で122議席を獲得した野党連合・希望連盟から、議員を切り崩すことは可能だと訴えた。2015年に汚職容疑で逮捕状に直面した時のように、容赦のない強硬策が奏功してきたとして、ナジブ氏を説得しようとした。”【5月11日 WSJ】とも。

マハティール氏については、ナジブ氏によって政権から遠ざけられていた自分の息子への政権移譲のために今回戦っているのでは・・・との批判的見方もあるようですが、あくまでも自分は服役中のアンワル氏の代理であり、早い段階でアンワル氏に政権を渡すとしています。

****アンワル氏、恩赦へ=服役中の「次期首相候補」―マレーシア****
マレーシアのマハティール首相は11日、クアラルンプールで記者会見し、同性愛行為の罪で服役中のアンワル元副首相について、ムハマド5世国王が速やかに恩赦を与える意向を示したことを明らかにした。
 
総選挙で勝利したマハティール氏率いる希望連盟は、恩赦が認められれば、アンワル氏をマハティール氏に代わって首相に就ける方針を明らかにしている。マハティール氏も選挙前に「(首相を務めるのは)短期間にすぎない」と話していた。
 
会見でマハティール氏はアンワル氏について、恩赦後すぐに釈放されるとの見通しを示した。ただ、閣僚に加えるかに関しては「まず国会議員になる必要がある」と述べるにとどめた。

また、副首相にアンワル氏の夫人のワンアジザ人民正義党(PKR)総裁を起用し、副首相以外の10閣僚を12日に発表すると述べた。【5月11日 時事】
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与党側票田を切り崩したマハティール人気
今回選挙で野党側が勝利した最大背景には、与党側の地盤であるマレー系住民をマハティール元首相の威光・人気が切り崩したという要員がありますので、政権が安定するまではマハティール氏が前面に立つ方がいいのではないかと思われます。

****<マレーシア下院選>増税に批判票、農村部支持****
マレーシア連邦下院選で野党連合・希望連盟の勝利が確実になった。野党連合・希望連盟による政権交代は、農村部のマレー系住民から支持を得られたことが大きな勝因とみられる。

マレー系を優遇する「ブミプトラ政策」などで与党連合から恩恵を受けてきた農村部は、従来、与党側の票田といわれ、過去の下院選では野党連合が苦戦してきた。
 
ナジブ政権が2015年に導入した6%の消費税や物価の急激な上昇は家計を圧迫し、農村部でも政権への批判が高まっていた。

そこにマレー系への政策で実績のある元首相のマハティール氏が登場し、潜在的な批判票が噴出した形だ。これまで与党連合の牙城とみられた南部ジョホール州などでも議席を伸ばした。

野党連合は08年と13年の下院選でも与党連合を追い詰めたものの、支持層が都市住民や華人系、インド系に集中していたため議席数では及ばなかった。今回はマハティール氏が野党連合の「顔」として先頭に立ち、92歳という年齢を感じさせない精力的な選挙活動を進めたことで支持層を拡大した。
 
選挙戦を通じてナジブ氏を巡る巨額の汚職疑惑を批判、追及したことも、国民の政権交代への期待感を高めた。人種や政策などの違いを超えた共通の問題を提示することで、新たな支持者の掘り起こしにつなげた。【5月10日 毎日】
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求められる“寄り合い所帯”の野党をまとめての難しいかじ取り
当然ながら、“寄り合い所帯”の野党側の今後の結束については、不透明感もあります。

****<マレーシア>寄り合い所帯に不安も マハティール政権****
(中略)ただ、野党連合は「打倒ナジブ政権」でまとまっていただけに、今後の政権運営では政策の違いが露呈する可能性がある。マハティール氏はナジブ氏と対立するまでは与党連合・国民戦線側にいて、野党と激しく対立してきた。(後略)【5月11日 毎日】
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そうした事情からすれば、本来はマレーシアにとって最大の問題であるとも言える、マレー系を優遇する「ブミプトラ政策」をどうするのか・・・という問題は、なかなか手を付けることは難しいのではとも推察されます。

就任後の会見でマハティール“新”首相は「今後は国の財政と経済政策に重点を置く。通貨リンギットの為替相場をできるかぎり安定させる」と述べて、経済対策に取り組んでいく姿勢を強調しましています。

マハティール氏へは国民から高い期待が寄せられていますが、課題も多く、“寄り合い所帯”の野党をまとめての難しいかじ取りが求められています。

****<マレーシア下院選>元首相へ高い期待 司法改革に課題****
プトラジャヤ(首相官邸)へ突き進もう−−。マレーシア連邦下院選で野党連合・希望連盟の勝利が確実になった10日未明、街中では支持者が歓喜の声を上げた。独立以来60年以上を経た政権交代への国民の期待値は高い。

ただ、汚職の根絶や生活費の安定など支持者が求めた改革が実現できるのか、難しいかじ取りになりそうだ。

(中略)支持者らには、かつて22年間政権を担い、今回も希望連盟を率いて勝利したマハティール元首相(92)への期待が高い。「これで古き良きマハティール時代に戻れる。生活を楽にしてもらいたい」。支持者の一人、モハマド・ベンハシムさん(77)は喜んだ。
 
一方で、初めての政権交代による政治の混乱や、マハティール氏の指導力に疑問を投げかける意見がある。高齢で健康を不安視する声もある。
 
新政権には、中立ではないと批判されてきた司法機関や選挙委員会などの制度改革、公務員の意識改革など課題は山積する。

また、マハティール氏はかつて在任中、敵対する野党幹部を国内治安維持法違反容疑で摘発して追いやったこともある。与党連合に有利な選挙制度などもマハティール時代の負の遺産ともいえる。
 
与党連合を支持するタン・チョンリムさん(53)は「マハティール氏は過去に間違いを犯してきた。おそらく野党内でほころびが出る。選挙のためだけに集まった政党に国を任せていいのか……」と悲観した。【5月10日 毎日】
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かつてマハティール氏が政権にあった頃に行ってきた野党勢力への厳しい強権的な対応を忘れていない野党支持者も少なくありません。

「これで古き良きマハティール時代に戻れる。生活を楽にしてもらいたい」・・・気持ちはわかりますが、“古き良きマハティール時代”などは、もはや存在しません。どうやって新しい時代を切り開くかが求められています。
そのあたりの意識のギャップが表面化すれば、政権も揺らぎます。

汚職疑惑解明に
さしあたり求心力維持に役立つのは、ナジブ政権の汚職疑惑の追及ではないでしょうか。

****マレーシア一党支配に幕、言葉失うナジブ氏****
・・・・ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は2015年7月、マレーシアの捜査資料を基に、1MDB の資金6億8100万ドル(約750億円)がナジブ氏の個人口座に流れていたと報道。米国、シンガポール、スイスの当局は1MDBへの刑事捜査に着手した。ナジブ氏は不正行為を否定している。

ナジブ氏は法務長官の解任に加え、汚職防止委員会による1MDB捜査をお蔵入りさせた。同委員会は汚職容疑でナジブ氏を逮捕すべきと勧告していた。

ナジブ氏はモハメド・アパンディ・アリ氏を新たな法務長官に任命。アパンディ・アリ長官は、ナジブ氏の個人口座に振り込まれた資金はサウジアラビアからの献金で、後に返金されたと説明した。

だが米司法省は2016年7月の訴訟で、1MDBから少なくとも45億ドルが消えていると指摘。6億8100万ドルの出所は1MDBだとして、アパンディ・アリ長官の言い分を退けた。

野党連合は今回の選挙で、勝利した場合には政権発足後100日以内に1MDBの汚職疑惑捜査を再開することを公約に掲げてきた。

新政権は海外の捜査当局と協力するとともに、国王が捜査権限を付与した特別調査委員会を設立して疑惑の解明にあたる方針だ。【5月11日 WSJ】
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ナジブ首相を裏で操り、マハティール氏とは犬猿の仲と言われるナジブ首相夫人の汚職疑惑にもメスが入るのではないでしょうか。

ナジブ前政権が進めた中国寄りの姿勢も変更されることが予想されます。

****マレーシア、中国との一部協定で再交渉する可能性=マハティール元首相****
9日に投票が行われたマレーシア議会下院選挙で勝利した野党連合を率いるマハティール元首相は10日、記者会見で、中国の「一帯一路イニシアチブ(BRI)」は支持するが、マレーシアには必要があれば中国政府との一部協定における条件を再交渉する権利があるとの見方を示した。

また与党連合「国民戦線(BN)」が実施していた物品・サービス税(GST)などの政策を撤廃する可能性があると述べた。【5月10日 ロイター】
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政権交代の成果をあげることで「民主主義」を示せるか
今回の選挙、及び、政権交代の成果では、マレーシアの民主主義が問われることになります。

****初の政権交代が迫る?マレーシアの「民主化度」は****
東南アジア屈指の政治的安定を誇つてきたが、強権と腐敗のナジブ政権に対する反発が広かっている

(中略)有権者が望むのは暮らし向きがよくなること。経済は手堅く成長しているが、庶民は物価上昇や所得格差の拡大に不満を募らせている。

だが見落としてはならないのは、今回の選挙ではマレーシアの民主主義の現状が問われていることだ。
 
英経済誌エコノミスト傘下の調査機関による17年の「民主主義指数」で、マレーシアは東南アジアではフィリピンに次ぐ2番目に民主的な国とされている。
 
この調査では、マレーシアの報道の自由については「おおむね自由がない」という評価だったが、今ならどうか。

今回の選挙の告示前、ナジブは内外の批判を押し切ってフェイクニュース対策法を成立させた。既に警察はこの法に基づいてマハティールの捜査に乗り出している。
 
NPO平和基全会による「脆弱国家ランキング」の指数を見ると、06年以降マレーシアの評価は比較的安定しているが、12の指数のうちいくつかは急速に悪化している。

その1つは「派閥化エリートの台頭」で、06年と比べ18年には24%悪化。同時期に「人権」と「不満分子の存
在」はそれぞれ18%、13%悪化した。「政府の正統性」に至っては25%も悪化している。(後略)【5月15日号 Newsweek日本語版】
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政権側の妨害の中で政権交代を実現したことで一定にその「民主主義」を示した形ですが、今後着実に政権交代の成果を示すことができれば、マレーシアの「民主化度」は格段に向上、日本も学ぶべき「ルックマレーシア」ということになります。


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