(ロシアの野党勢力指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(中央、2020年2月29日撮影)【12月22日 AFP】
プーチン政権による暗殺未遂?「被害妄想」に陥った「病人」?)
【パキスタン バルチスタン州の人権活動家、カナダ・トロントで死亡】
政府・権力に盾突く者は「消される」・・・あってはならないことですが、現実にはそういった疑惑を感じさせるような事件が多々起きているのも事実です。
多くの場合、その真相はわかりませんが。
そうした事件のなかから、たまたま今日目にしたニュースを3件。
一つ目はパキスタン。
事件が起きたカナダ・トロントの警察によれば、死因などに「不審な点はないとみられる」とのことです。
****パキスタンの人権活動家、亡命先のカナダで遺体で発見****
パキスタンの人権活動家カリマ・バローチさん(37)が、亡命先のカナダで行方不明になり、同国トロントで遺体で発見された。バローチさんは5年前からトロントで暮らしていた。
パキスタン西部バロチスタン地域出身のバローチさんは、同国の軍部や政府を批判してきた。
トロント警察は、20日にバローチさんが行方不明になったと発表。その後、遺体で発見されたと明らかにした。死因などに「不審な点はないとみられる」と話している。
バローチさんは2015年、パキスタン国内でテロ容疑をかけられたために亡命。その後も地元バロチスタンの住民の権利を求めてソーシャルメディアなどで活動していた。
同じくトロント在住の活動家ラティーフ・ジョハル・バローチさんによると、彼女は脅迫を受けていたという。
バローチさんの元には最近、「クリスマスギフトを贈る」、「教訓を与える」などと書かれた匿名の脅迫文送られてきていた。
また、バローチさんの姉妹のマガニさんはBBCウルドゥ語の取材で、バローチさんの死は「家族だけでなく、バロチ民族主義運動にとっても悲劇だ」と語った。
「カリマは行きたくて外国に行ったわけではない。パキスタンでは公の場での活動が不可能になってきている」
民族主義運動で有名に
バロチスタン地域は長年、分離主義者による暴動の温床になっている。バローチさんはこの地域で活動家として知られ、現在は活動が禁じられている活動団体「バロチ学生組織」で女性初の会長となった。
バローチさんは2005年、行方不明者に関する抗議デモに、行方が分からなくなった親族の写真を持って参加し、注目を集めた。
バロチスタン地域ではここ数年、多くの活動家が行方不明になっているという。パキスタン軍は、自治を求める同地域を抑圧しているとの批判を否定している。
バローチさんの親族も長い間、バロチスタンの反政府運動に関わってきた。バローチさんのおじ2人も行方不明になり、その後、遺体で発見された。
また、スウェーデンに住んでいた親戚でジャーナリストのサジド・フサイン・バローチさんも行方不明になった後、死亡が確認された。スウェーデン警察は死因を溺死と断定し、「明らかに不審な点」はなかったとしている。
BBC「100人の影響力ある女性」にも
バローチさんは2006年にバロチ学生組織に参加し、さまざまな役職を経験。この組織は2013年に政府から正式に活動が禁じられたが、その後も活動は続けられ、バローチさんは2015年に会長となった。
しかしその数カ月後、テロ容疑がかけられたために国外に逃亡。トロントで同じく活動家のハマル・バローチさんと結婚し、カナダや欧州を中心に人権活動家として活躍していた。
バローチさん死亡を受け、バロチスタン民族主義運動は40日間の服喪を発表した。
BBCは2016年に、バローチさんの活動家としての働きから、100人の影響力のある女性に選出している。【12月23日 BBC】
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上記記事だけでは、どういう状況で亡くなったのかもわかりません。現地警察が「不審な点はないとみられる」としていますので、とやかく言う話ではないのかもしれませんが、周辺状況は疑惑を邪推したくなる要素でいっぱいです。
バルチスタン州の反政府運動は昔からのものですが、最近では今年6月にパキスタン最大の都市カラチの証券取引所がバルチスタン解放軍に襲撃された事件が報じられています。
(カラチはシンド州ですが、バルチスタン州との境界近くに位置しています。)
****パキスタン・カラチの証券取引所襲撃事件 バルチスタン解放軍とは****
パキスタン最大の都市カラチにて6月29日、証券取引所が襲撃されました。自動小銃を持った襲撃犯たちは手榴弾を正面から投げ込み、建物の外にいた警備員たちに対して銃撃を開始。警備員4名、警察官1名、現場に居合わせた人1名の合計6名が犠牲となり、襲撃犯4名も治安部隊によって射殺されました。
この事件に関し、犯行声明を出したのがBalochistan Liberation Army (BLA、 バルチスタン解放軍)。 主に同国南西部バルチスタン州で、バローチ族による分離独立を目指する反政府武装組織の一つです。
なぜこのBLAがテロ事件を起こしたのか。そこには、均質な文化や言語を持つ日本に住む我々からは想像するのが難しい、パキスタンならではの背景があります。
多民族国家パキスタン
パキスタンは1947年にイギリス領インド帝国から独立した国で、国境をインド、中国、アフガニスタン、イランと接し、イスラム教徒が圧倒的多数を占めます。パキスタンの行政区分は概ね下記のように分けられますが、見てお分かりの通り、多くの民族や言語が存在し、ひとつの国の中に全く特色の異なる地域が併存しています。(中略)
その歴史的背景
バルチスタンの歴史を紐解いてみると、7世紀にはウマイヤ朝、8世紀にアッバース朝、13世紀はモンゴル人によるイルハン国、15世紀にチムール帝国の版図に入り、18世紀にサファヴィー朝ペルシアとムガール帝国が崩壊する事で独立。しかし1840年にはイギリス軍が侵攻し、その保護領となりました。
イギリスはバルチスタンを4つの藩王国に分割して統治しましたが、1947年にイギリスのインド統治が終わりを告げます。その後はインドやパキスタンには参加せずに独立する道を模索したものの、パキスタンの軍事的圧力によってパキスタンに併合されることとなりました。これが現在に至る独立運動の原点となります。
そして、分離独立を目指す武装勢力はBLAだけではなく、バルチスタン解放戦線(BLF)、バルチスタン共和国軍(BRA)などを中心に、多く乱立していますが、BLAが犯行声明を出しただけでも近年これだけのテロ事件を起こしています。
2017年5月 バルチスタン州グワダル湾近郊で道路作業員が銃撃を受け、10名死亡。
2018年11月 カラチにある中国総領事館が襲撃され、市民と警察官4人が死亡。
2019年5月 バルチスタン州グワダルでホテルが襲撃され、ホテル従業員4人と兵士1人が死亡。
ちらつく中国の影
こうしたテロを伴う独立運動を衝き動かしているのは、先述した歴史的背景だけではありません。バルチスタンはパキスタン国内でも発展が遅れている地域で、識字率も低く、多くの人が貧困に苦しんでいます。
また、バルチスタンは鉱物や天然ガスなどの資源に富む土地ではありますが、中央政府の不平等な扱いによって、バルチスタンの人々がその恩恵に浴することができていないという不満が堆積しています。
加えて見逃せないのが、世界の覇権への野心を隠さない中国の存在です。中国は2014年に、中国とヨーロッパやアジア・中東・アフリカを陸路と空路で結ぶ広域経済圏構想「一帯一路」を提唱し、この構想に基づき各国にインフラ構築支援をしています。
パキスタンについては「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」構想に基づいて、中国西部からパキスタンを南北に縦断し、バルチスタン州グワダルまでを結ぶ道路・鉄道・パイプラインなどを建設する大規模インフラ整備事業が進められていますが、これがバルチスタンの人々の不満を募らせる原因となっています。
なぜならば、このCPECの計画の要所となるグワダル港は中国の会社によって経営されており、この会社が向こう40年は収入の約9割を受け取る形となっており、地元バルチスタンの人々に還元される利益はごくわずか。これに対する反発が中央政府や、現地中国人に対して向かっている構図です。
事実、BLAは2019年1月、「中国が地元の資源を搾取し続ける限り、中国による一帯一路プロジェクトへの攻撃を続ける」と警告を発しています。バルチスタンの人々の目には、中国人はパキスタン中央政府と結託し、バルチスタンの重要な資源を奪っていく搾取者と映っているのでしょう。
パキスタンにおけるテロの発生件数は、ピークである2009年には3,816件に上り、死者・負傷者は2万5千人を超えましたが、その後武装勢力やギャングの掃討作戦によって状況は大幅に改善、2017年には9割減の370件まで減少しました。
しかし、その2017年に発生したテロ事件のうち、バルチスタン州が165件と半数近くを占める状況から、バルチスタン州については引き続き警戒をする必要があります。(後略)【7月14日 Spestee】
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【ロシアの党指導者アナワリヌイ氏暗殺未遂事件 偽装電話で「FSB」職員の自白引き出す? 誇大妄想?】
二つ目はロシア。
世界的にも注目された例の野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の件です。
****露の毒殺未遂「治安機関の暗殺チームが実行」 英調査報道サイトが公表****
ロシアの反体制派指導者、ナワリヌイ氏=ドイツで治療中=の毒殺未遂事件で、英調査報道サイト「べリングキャット」は14日、事件は露連邦保安局(FSB)の暗殺チームが実行したとする調査結果をウェブサイトで公表した。
調査にはナワリヌイ氏の支援団体や露独立系報道機関なども参加。容疑者として特定した8人の男の顔写真や氏名なども公開した。(後略)【12月15日 産経】
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****毒物盛られたロシア反体制指導者、プーチン氏が尾行を命令と「100%確信」****
ロシア反体制派指導者アレクセイ・ナバリヌイ氏がロシア連邦保安局(FSB)のエリート部隊に追跡されて毒を盛られとされる事件をめぐり、ナバリヌイ氏が15日にCNNのインタビューに応じ、プーチン大統領が事件前の長期に及ぶ尾行作戦を知っていたのは間違いないと語った。
ナバリヌイ氏は「私はプーチンが認識していたと確信している」と述べ、「あれほどのスキル、あれほどの期間をかけた作戦が、FSBのボルトニコフ長官の指示なしに存在するはずがない。そして同氏はプーチン大統領の直接的な命令がなければ決して敢行しない」と指摘した。(後略)【12月16日 CNN】
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これに対し、プーチン大統領は「毒殺したいなら最後までやった」と“もっともな”反論。
また、プーチン大統領は、テレビの大勢の視聴者に向けて、ほかの欧米諸国のメディアと共同で行われた「べリングキャット」の調査は、アメリカの諜報機関による「策略」だと、また、FSBがナワリヌイ氏を尾行するのは正しいことだとも述べています。
こうした流れのなかで、ナワリヌイ氏が連邦保安局(FSB)の職員をだまし、FSBが今夏に自身を殺害するため毒を下着に仕込んだと認めさせることに成功したとして、その音声を公開。
****FSB職員が毒殺未遂「自白」 ナワリヌイ氏、偽装電話の内容公開****
ロシアの野党勢力指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏は21日、連邦保安局の職員をだまし、FSBが今夏に自身を殺害するため毒を下着に仕込んだと認めさせることに成功したと明らかにした。
ナワリヌイ氏はブログへの投稿で、FSBの化学兵器専門家であるコンスタンティン・クドリャフツェフ氏に電話したと説明。ツイッターへの投稿で「私の殺人(未遂)犯に電話した。彼はすべてを自白した」と主張した。
ナワリヌイ氏は電話番号を偽装して電話をかけ、ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記の側近だと名乗った上で、毒殺未遂の公式報告書のために情報が必要だと説明したという。
ナワリヌイ氏は、電話の音声録音と会話の全文、さらに自身が電話で話している姿を映した動画も公開。音声の分析から、電話の相手はクドリャフツェフ氏本人であることが確認されたとしている。
録音の中で、電話の相手は当初ちゅうちょし、警戒感を示したが、最終的には事件の経緯を話し始め、ナワリヌイ氏が生き延びた理由を説明。ナワリヌイ氏を乗せた飛行機が緊急着陸をするとは予想しておらず、フライトがそのまま続いていたら同氏は死亡していただろうと語った。
FSBはロシア通信各社に対する声明で、この電話を「FSBの信用失墜を狙う計画的な挑発」と批判。電話は「外国の特別機関の支援」なしには不可能だったとの見解を示し、電話に臨むナワリヌイ氏を映した映像は「偽物」だと主張した。 【12月22日 AFP】
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なお、「毒殺したいなら最後までやった」(プーチン大統領)という点に関しては、“クドリャフツェフ氏は、ナワリヌイ氏が最初に手当てを受けた航空会社のパイロットや中南部オムスクの救急医療チームの迅速な対応により、ナワリヌイ氏を殺害できなかった可能性があると話した。”【12月22日 BBC】とのこと。
“なりすまし電話”で自白を引き出すというのも、陳腐なTVドラマみたいな話で、どこまで信用してよいのやら判断に迷います。
大統領報道官は、ナワリヌイ氏は「被害妄想」に陥った「病人」だとも。
****ロシア、EUに報復制裁 ナワリヌイ氏は「被害妄想」 毒殺未遂めぐり****
ロシアの野党勢力指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の毒殺未遂をめぐり、ロシア政府は22日、欧州連合が同国に制裁を科したことを受け、EU高官らに対し報復制裁を科すと発表した。
ナワリヌイ氏について、被害妄想に陥り自身を(キリスト教の救世主の)「イエスになぞらえている」と主張した。
同国外務省は、EUが10月に発動した制裁は「対立的」であるとしてEU高官らに対する新たな渡航禁止令を発表した。(後略)【12月23日 AFP】*
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【フィリピン 共産党関係者とみなされた人物が殺害 横行する「超法規的殺人」】
「邪魔者は消せ」の3件目はフィリピン。
****フィリピン、コロナと戦う女性医師はなぜ虐殺された****
フィリピン中部ビサヤ地方東ネグロス州で12月15日、地元自治体で保健行政や新型コロナウイルス拡散防止対策チームの責任者を務めていた女性医師が正体不明の男らに襲撃され、一緒にいた夫ともに射殺されるという凄惨な事件が起きた。
犯人は現在も逃走中だが、地元メディアなどによるとこの女医は非合法のフィリピン共産党とその軍事部門である「新人民軍(NPA)」と関係がある人物として反共産主義団体が作成したとされる「ブラックリスト」に別名で名前が掲載されたことがあり、女医自身がかねてから「生命の危険を伴う脅迫がある」と語っていたという。
このため今回の殺害事件の背景には、「共産党やNPAと関係がある」とする真偽不詳の情報があったのは確実とみられている。
フィリピンではドゥテルテ大統領が就任後に「国内の共産勢力の一掃」を公約として掲げ、大統領としての任期が終わる2022年5月までの「壊滅」を目指して国軍や国家警察による共産党、NPAの掃討作戦が各地で積極的に続けられている。
12月には国軍幹部が「共産勢力壊滅という政府目標の実現が近づいた」と表明している。しかし、一連の掃討作戦の中には、本人が共産党との関係を完全否定している人物や、信憑性に疑問が残る情報を流布された人物に対する逮捕・殺害も含まれている可能性があり、人権上の問題を指摘する声がある。(中略)
フィリピンでは、やはりドゥテルテ大統領が積極的に進める麻薬犯罪撲滅作戦で、現場の警察官らによる法的手続きによらない「超法規的殺人」が国際社会の批判を招いているのはよく知られている。
その超法規的殺人の中身には、「麻薬事案と無関係の殺人」や「警察官によらない麻薬組織内の抗争による殺人」、「私怨、私恨による殺人」などが含まれている可能性が指摘されているのだ。
実は「共産勢力一掃作戦」でも、同じような逮捕・殺害が行われている可能性を否定できない。それがフィリピン社会の実情だ。(後略)【12月23日 大塚 智彦氏 JBpress】
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ドゥテルテ大統領が積極的に進める麻薬犯罪撲滅作戦はフィリピン国内では支持されていますし、日本でも「こういう方法でしかフィリピンの現状は変えられない。おかげで治安がよくなった」と肯定する向きも少なくないようです。
ただ、警察や正体不明の暗殺団による「超法規的殺人」(間違いや、「麻薬」を装った口封じなども多数含まれていますが)を容認してしまうと、権力の暴力は単に麻薬犯罪者だけでなく、政権にとって政治的に都合の悪い者にもむけられるようになります。
それはもはや「民主主義」と呼べるものではないでしょう。