(モスクワ・クレムリンで、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(右)と握手するプーチン大統領(2018年6月14日)【6月17日 AFP】 近年のOPECを仕切るのは、サウジアラビアとOPEC外のロシアの協調で“ROPEC”とも。)
【米:イラン石油輸入を「ゼロ」しないと輸入国へ制裁 例外は認めない】
アメリカ・トランプ政権のイラン核合意離脱、イランへの経済制裁によって両国のせめぎ合いが激しくなっていますが、石油がその主戦場ともなっています。
アメリカは来月以降、制裁を発動し、原油の取り引きは11月から対象とする方針で、一部のヨーロッパ企業はイランからの撤退の検討を進めています。
イランは埋蔵量、生産量とも世界4位を誇る有数の原油産出国です。
イランにとっては石油は外貨収入の根幹であり(2016年度で、輸出額の約3分の2が石油関連)、石油収入は国家予算の3割を占めています。
制裁解除によって2015年のマイナス成長から2016年の高成長(GDP成長率6.5%)に転じたのも石油輸出拡大がけん引しています。
アメリカは、このイラン経済の命綱を完全に断ち切ろうと強い圧力をかけています。石油輸出停止でイラン経済が崩壊すれば、政治的にも現在のロウハニ政権は崩壊します。
****米政権、イラン産原油輸入でも「ゼロ寛容」 違反なら制裁****
トランプ政権は11月4日までにイラン産原油の輸入を完全停止しなければ、輸入国に制裁を科す構えだ。
米国はイラン産原油の輸入国に対し、11月4日までに輸入量を「ゼロ」に削減しなければ、制裁を科す方針だ。イランを政治、経済の両面から孤立させる狙いがある。米国務省当局者が26日、明らかにした。
イラン産原油の輸入国は、輸入量を著しく減らした国への制裁を免除する形で、長期間かけて輸入量を徐々に減らすことを米国が認めると考えていた。背景には、過去のトランプ政権当局者の発言に加え、オバマ前政権も、数年をかけてイラン産原油の輸入を減らすことを認めていたことがある。
だが、国務省の高官は、トランプ政権はいずれの国も免除する考えはないと指摘し、イランに対して強硬姿勢で臨む立場を示した。
一方で、他の中東産油国に対しては今後、十分な原油量を市場に供給するよう求めるとしている。
この高官の発言が伝わると、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で米ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)先物8月限は3%急伸し、バレル当たり節目の70ドルに乗せた。これはトランプ政権がイラン核合意からの離脱を表明した5月以来の高値。(中略)
各国政府は、マイク・ポンペオ国務長官やホワイトハウスはこの問題に関して「冗談を言っている訳ではない」とくぎを刺されたもようだ。
銀行がイランとの取引に消極的になっており、英調査会社ボルテクサによると、イランの原油輸出量は5月の日量270万バレルから今月は平均同220万バレルまで落ち込んでいる。
石油精製国内最大手のインド石油会社は今月に入り、国営インドステイト銀行がイランとの取引停止を決めたことを受け、イラン産原油の輸入削減を検討していると明らかにした。
イランが輸出する原油のおよそ3分の1を購入する欧州の精製会社も、イランとの取引を打ち切り始めている。イタリアのサラスは、11月4日の期限前から銀行が資金供給を嫌がっているとして、イラン産原油の輸入を停止することを検討しているという。
欧州の精製会社はすでに、サウジアラビアやロシア、イラクからの原油輸入を増やし始めているとしている。【6月27日 WSJ】
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米国務省発表では、すでにエネルギー産業を中心に約50の企業がイランとの取引を取りやめる意思を示したとのこと。【7月3日 共同より】
【今後の動向のカギは中国の対応】
日本にも影響します。
日本は、いまも原油輸入量の5%程度をイランに頼っており、かつて米国が制裁強化した時も一定量の輸入は黙認されてきた経緯がありますが、今回は完全停止を求められています。
菅義偉官房長官は、6月27日、「米国の措置が及ぼす影響について注意深く分析をしており、日本企業に悪影響が及ばないよう、米国を含め関係国としっかり協議していく」【6月27日 朝日】とも。
イランのロウハニ大統領は、アメリカが各国に対して、イラン産原油の輸入を停止するよう求めていることについて、「一方的な措置で、国際法に反する」と述べて強く非難していますが、当然ながらアメリカは聞く耳を持ちません。
イランの最大貿易相手国である中国は、アメリカの圧力を拒否する姿勢を示しています。
****中国、米のイラン産原油禁輸要請を拒否****
中国外務省の陸慷報道官は27日の記者会見で、米国によるイラン産の原油輸入禁止要請について「国際法に合致する枠組みの中で、正常な取引や協力を保持している」などと述べ、従わない考えを示した。【6月27日 産経】
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ただ、中国としても、制裁違反でアメリカの金融システムから締め出されることになるとその損失は大きく、どこまで耐えられるかは疑問です。
中国は、イラン産原油の主要購入先であり(2017年の輸入シェアは24%)、中国の動向が今後のカギとなります。
イランでは、アメリカの制裁措置を回避する手段として“物々交換”も検討されているとか。
****イラン原油取引、物々交換を検討 米制裁対応****
トランプ米政権がイラン産原油輸入の完全停止を欧州などに求めたことを受け、イラン政府は、各国との原油取引について、食物や日用品との物々交換方式とする検討を始めた。イラン学生通信が2日伝えた。
米国の制裁を回避し、大口顧客の中国やインドへの原油輸出を続けるための方策とみられる。
原油収入はイランの国家予算の約3割に当たり、経済の屋台骨だ。2015年のイラン核合意から離脱した米国は、第三国も対象とする「二次的制裁」の再開を表明し、各国に対しイラン産原油の全面輸入停止を求めている。
各国がイランから原油を輸入する際は、イラン中央銀行との間で決済が必要だが、決済に携わった外国銀行は制裁で米国の金融システムから締め出されるため、欧州などの銀行はイランとの取引に消極的にならざるを得ない。物々交換なら、制裁を回避できる可能性がある。
イラン学生通信によると、ロハニ大統領の側近でもあるジャハンギリ第1副大統領は2日、「原油輸出を減らしてはならない。米国の制裁を回避するためには、イランの原油と(小麦などの)農産物などとの物々交換も一つの方法だ」と強調。政府内で物々交換方式の作業部会をつくる方針を明らかにした。
ロイター通信などによると、イランは欧米から厳しい経済制裁を受けていた12年にも、原油や金塊との物々交換で米や紅茶を輸入するなどしていたという。【7月4日 朝日】
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【イラン:反米強硬派台頭 例によってホルムズ海峡封鎖の主張も】
ただ、こうした対応には限界があります。イラン国内では反米強硬派が勢いを増し、“例によって”ホルムズ海峡ズ海峡封鎖にも言及されています。
****反米強硬論勢い増す=イラン、原油禁輸要請に反発****
イランのメディアによると、精鋭部隊「革命防衛隊」の幹部は4日、米国が各国にイラン産原油の輸入停止を求めていることに対し、「イランの原油を止めたいなら、いかなる原油輸送もホルムズ海峡を通過させない」と述べ、海峡封鎖も辞さないと強調した。
米国の強力な圧力を受けて経済が変調を来しているイランでは、反米の強硬論が勢いを増している。
ロウハニ大統領も訪問先のスイスで3日行った記者会見で、「他の産油国は輸出できて、イランだけできないのは国際ルールに反する」と批判。
敵対するイランの苦境を尻目に原油増産に前向きなサウジアラビアなど近隣の産油国の輸出をイランが妨害しかねないとの受け止めが広がり、世界経済全体の混乱要因となる恐れもある。【7月5日 時事】
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ホルムズ海峡ズ海峡封鎖は、危機的状況に際してイランが持ち出す“切り札”でもありますが、どこまで現実性があるかは疑問です。
イラン革命防衛隊の海峡封鎖発言に対し、米海軍のビル・アーバン報道官は「米海軍は国際法の下で航海の自由と通商の自由な流れの確保を確実にするために用意を整えている」と、“やれるものなら、やってみろ”との対応。
軍事的に可能かどうかという問題もありますが、先述のようにイランの最大の貿易相手国は中国であり、万一、ホルムズ海峡が封鎖された場合、中国の中東からの原油輸入が大きく阻害されますので、中国がそういう措置を許さないという面もあります。
****中国、ホルムズ海峡封鎖警告巡りイランを批判 「平和のため努力を」****
イラン革命防衛隊高官が、ホルムズ海峡を通過する原油輸送を阻止する可能性があると警告したことについて、中国外務省の陳暁東次官補は6日、イランは中東の安定のため一段の努力を行い、隣国と良好な関係を保つ必要があるとの認識を示した。
中国にとってサウジアラビアやイラク、クウェートは最も重要な原油供給国であり、カタールは液化天然ガス(LNG)の供給国だ。ホルムズ海峡が封鎖されれば、中国経済に深刻な影響が及ぶ。
陳氏は記者会見でイランの警告について質問されると、イラン問題も含め、中東の平和について中国とアラブ諸国は緊密に連絡を取っていると答えた。
その上で「(イランは)湾岸の国であることから、良き隣人となり、平和的に共存するよう努力すべきだ」と述べ、「中国は引き続き前向きかつ建設的な役割を果たす」との考えを示した。
中国は来週、アラブ諸国との首脳会議を北京で開く予定で、習近平国家主席が10日に開幕の挨拶を行う。【7月6日 ロイター】
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【ロウハニ政権が崩壊すれば、そのあとは反米保守強硬派 イランの民主化も遠のく】
イランのロウハニ大統領は、IAEA(国際原子力機関)への協力に消極姿勢をとる可能性を示す一方で、この事態をなんとか乗り切る“覚悟”を示してはいます。
“ロウハニ氏はウィーンで、核合意存続に向け奔走中だ。米国の制裁について「犯罪であり攻撃」と指摘し、トランプ氏に立ち向かうよう欧州など各国に呼び掛けた。
同氏は「イランはこれまでと同様、今回の一連の米制裁を乗り切ってみせる。米国の現政権が永久に続くことは無い。ただ他国に対する歴史的評価は今日の行動に基づいて行われる」と述べた。”【7月5日 ロイター】
いずれにしても、イラン経済が非常に苦しいのは間違いないです。
イラン通貨の暴落、インフレ等の経済情勢悪化に対して、6月25日にはテヘランの大バザールで抗議行動があり、多くの店舗も閉鎖されるという異例の事態も。
“テヘランの抗議活動は各所に広がり、「シリアから撤退し、国民のことを考えろ」とか治安部隊の暴力を非難したり、ハメネイの退陣を求める垂れ幕等が出現したとしています。”【6月27日 「中東の窓】
****イランは米の圧力に屈しない=ロウハニ大統領****
イランのハサン・ロウハニ大統領は27日、米国による新たな制裁発動に備え、国民に弱気にならないよう演説で呼びかけた。経済不振が続く同国では抗議行動が広まり、イラン政府はその抑制に動いている。
(中略)ロウハニ氏は「賢く愛国的なイラン国民であれば、このような圧力、暴政、卑劣な言葉、そして侮辱には屈しない」と述べた。また国民に団結を求め、「米国を屈服させよう」呼びかけた。
イラン国内では政府の経済政策に不満が高まり、ここ数日にわたり抗議行動が広まっている。国際通貨基金(IMF)はイランの経済見通しに関し、核合意発表後は一部制裁の解除を受けて好転したものの、今年の国内総生産(GDP)成長率は低迷すると予測。イラン政府はふた桁台のインフレ率や失業率の高まりへの対応でも苦戦している。
その中で米国が新たな制裁を課すと警告したことで、ここ数カ月は下落基調にあった通貨リアルもさらに急落した。地元ビジネスも影響を受け、今週は首都テヘランにある国内最古のバザールでストライキが発生。抗議行動は各地に広まっている。
ロウハニ氏は演説の中で、「苦難に耐えられること、われわれの独立や民主主義、イスラムの教え、国の制度、そして信仰は手放さないことを世界に示すべきだ」と述べた。【6月28日 WSJ】
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ロウハニ大統領がどこまで耐えられるかはわかりませんが、トランプ大統領の強引な圧力が奏功して現政権が崩壊したとしても、そのあとに出現するのは、民主化や人権に消極的な反米強硬派でしょう。
何のためのイラン核合意離脱・強力な制裁再開なのか、よく理解できません。
【「二兎を追う」トランプ大統領 石油価格引き下げにこだわる背景には米国内事情も】
そのトランプ大統領は、イラン原油が市場から消えることで原油価格が高騰することのないように、サウジラビアに圧力をかけてOPECの増産を求めています。
****OPEC、日量100万バレルの小幅増産で合意 7月から実施****
石油輸出国機構(OPEC)は22日開催した定例総会で、OPEC加盟国とロシアなどの非加盟国が協調し、世界の原油供給量の1%に相当する日量約100万バレル増産で合意した。7月1日から実施する。関係筋2人が明らかにした。
OPEC加盟・非加盟国がこれまでの協調減産を転換して増産に踏み切ることについては、米国による経済制裁を理由にイランが反対姿勢を示していた。
ただ、米国や中国、インドなどの原油消費大国から価格抑制や供給逼迫回避に向けた増産要求が高まる中、総会が始まる数時間前に主要産油国サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相がイランのザンギャネ石油相を説得した。
関係筋によると、ベネズエラなど最近生産が落ち込んでいた一部産油国がフル稼働に戻る見通しは立っておらず、他の産油国が不足分を埋め合わせることは認められていないことから、実際の増産量は100万バレルを下回る見通し。(後略)【6月22日 ロイター】
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価格低下につながる増産にイランが最終的に同意したのは、増産の国別配分が明確にされなかったことでイランのメンツも立つこと、もともとの減産目標以上に落ち込んでいる現在生産量が本来の減産水準に戻るだけとも解釈できること、増産を求めるロシアへ配慮したことなどが挙げられています。
トランプ大統領の方は、OPECに対しまだ不満なようで、例によってツイッター外交を展開しています。
****トランプ氏、ガソリン高でOPEC非難 「今すぐ引き下げろ」****
トランプ米大統領は4日、ガソリン価格を吊り上げているとして石油輸出国機構(OPEC)を再び非難し、加盟国に価格引き下げに向けた一段の対応を求めた。
トランプ氏はツイッターに「市場を独占するOPECは、ガソリン価格が上昇していることを忘れるべきでない。OPECは助けになることをほとんど何もしていない。それどころか、米国が非常に少ない額で多くの加盟国を守っているにもかかわらず、OPECは価格を吊り上げている。これは双方向的なものでなければならない。今すぐ価格を引き下げろ!」と投稿した。【7月5日 ロイター】
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自分でイラン原油締め出しによる価格高騰を招いておいて、「下げろ!」というのもおかしな話です。
アメリカ国内のガソリン価格が上がることで有権者の反発を招くことを警戒しているのだろうか・・・とも思っていましたが、もっと明確な法的規制もあるようです。
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再三にわたり増産要請を行うトランプ大統領側にも米国防授権法の「縛り」がある。「2018会計年度」国防授権法は「イランからの原油供給が減少した場合に価格への影響が少ないことを証明しなければイランへの制裁を発動できない」としているからだ。
米国では夏のドライブシーズンを迎えガソリン価格の上昇懸念が高まっている状況下で、イランの原油生産減により原油価格が上昇すればガソリン価格は高騰する懸念がある。
秋の中間選挙を有利に戦いたいトランプ大統領は「イランへの猛烈な制裁」と「ガソリン価格の安定」を得たいところだが、「二兎を追う者は一兎を得ず」になりかねない。【7月6日 藤 和彦氏 JBPress「中国経済の急減速を織り込んでいない原油市場」】
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今後、原油価格がどう動くのかは、供給側・需要側双方のいろんな要因によりますが、そのあたりは今回はパスします。詳しくは上記記事で。藤和彦氏は、最大の要因として、米中の貿易摩擦激化でもたらされる中国の金融危機・急激な経済減速による石油需要減少を指摘しています。
ツイッターを利用し、原油市場を思い通りにしようとするトランプ米大統領のやり方は逆効果を招くことも。
イランのホセイン・カゼンプール・アルデビリOPEC理事は「あなたがOPECに命令し始めてからだ! そのツイートは原油価格を少なくとも10ドル押し上げた。どうかやめていただきたい。さもなければもっと上昇する!」「あなたは実際、彼らの名誉を傷つけ、主権を脅かしている。もっと礼儀を心得るべきだと思う」とも。【7月6日 WSJより】
イラン産原油を完全に市場から締め出し、一方で価格は下げろ・・・・“二兎”を捕まえることができるのか・・・どうでしょうか?
シェール革命で大幅増産したアメリカは中東石油の制約から解放された・・・とも言われていましたが、そう簡単には中東との関係は切れないようです。
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