(シリアの勢力図 【3月14日 毎日】)
【イラク:宗派対立を抑えられるかが今後のカギ】
周知のようにイラク軍は先月末、中部の要衝ティクリートをISから奪還しました。
****ティクリートをイラク軍が奪還 IS、昨年6月から占拠****
イラクのアバディ首相は3月31日、中部ティクリートを政府軍が制圧したと発表した。昨年6月以来、過激派組織「イスラム国」(IS)に占拠されていた。
イスラム教スンニ派が多数を占める地域で、政府軍が主要都市を奪還したのは初めて。スンニ派に根ざすISの攻略で成功例になると期待される一方、市民の犠牲が新たな宗派対立の火種になる恐れもある。
アバディ氏は声明で「ティクリート作戦の成功を他の地域でも繰り返す」と表明。ISの主要拠点である北部モスルの奪還に向けた足がかりとしたい考えだ。
ティクリートはフセイン元大統領の出身地として知られ、モスルや石油施設が集まるバイジに直結する幹線道路沿いの要衝都市。スンニ派が多数を占め、スンニ派国家の建設をめざすISに共鳴する住民も少なくない。シーア派主導の政府が率いる作戦は「侵略」と映る恐れもあった。
政府軍が奪還作戦を開始したのは3月初め。10日ほどで主要部を包囲したが、シーア派民兵がスンニ派住民やモスクに対して過剰な攻撃をしたとの報告も相次いだ。
3月下旬には、米軍などが空爆に参加。シーア派民兵の前線からの撤退をイラク政府に要求したとされる。政府が地元住民の支持を得られるかどうかが、作戦の成否を左右するカギになりそうだ。【4月1日 朝日】
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イラク政府は、ティクリートを完全に制圧したうえで、ISの最大拠点となっているイラク北部の都市モスルの奪還に向けた作戦の準備を本格化させるものとみられています。
ただ、モスルは首都バグダッドに次ぐ人口200万の大都市で、ISの戦闘員が大勢集結しているとみられるうえ、シーア派中心の政府軍に反感を持つスンニ派の住民の中にはISを支持する人たちもいるため、奪還作戦はティクリート以上に難航することも予想されます。【4月2日 NHKより】
ティクリートでは懸念されていたシーア派民兵による略奪行為等も報じられており、今後の対応が求められています。
****<イラク>スンニ派議員ら略奪や放火被害 ティクリートで****
・・・・ロイター通信などによると、シーア派民兵や政府軍兵士らはティクリート奪還後、少なくとも数百軒の商店や住宅に押し入り、衣類や日用品、家財道具を奪って建物に放火した。壁や窓にシーア派民兵組織の名称を落書きする例もあった。
アバディ首相は地元住民らの苦情を受け、略奪行為の中心になっていたとみられるシーア派民兵をティクリートから撤収させると約束。民兵らの大半は4日に撤収した。(後略)【4月6日 毎日】
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一方、アメリカ、イラン双方がティクリート奪還への貢献をアピールしており、その主導権争いも今後の展開に影響しそうです。
****ティクリート解放は「空爆支援の成果」米が誇示****
イラク中部ティクリート中心部をイラク軍が解放したことについて、オバマ米政権はイスラム過激派組織「イスラム国」掃討を目指す米軍主導の有志連合による「空爆支援の成果」と誇示している。
アーネスト米大統領報道官は3月31日の記者会見で、「(米軍主導の)有志連合の空爆による支援で進撃できているのは明らかだ」と述べた。(後略)【4月1日 読売】
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****<イラン>イラク・ティクリート奪還に祝福の声明****
イラン政府は3月31日、イラク政府側がイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)から同国北部ティクリートを奪還したことを受け、「イラクの軍や国民、部族兵の勇敢な勝利」と祝福する声明を発表した。
イランは要衝ティクリートでの戦いを積極的に支援しており、自国の成果として中東地域での存在感をアピールした形だ。【4月1日 毎日】
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【巻き返しをはかるIS】
いずれにせよ、アメリカ等の有志連合とイランの支援をうけてのイラク軍の攻勢で、ISはその支配地域を狭めているとの見方があります。
****IS、イラクでの支配地域25~30%失う 米国防総省****
米国防総省は13日、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に対する有志連合の空爆とイラク軍の攻撃を経て、ISがイラク国内での支配地域の「25~30%」を失ったと発表した。
数か月前、ISはイラク北部及び西部の広い地域を支配下に置いていたが、米軍主導の有志連合による空爆作戦とイラク軍の進撃を受けて、ISはイラク国内での掌握力を弱めているという。(中略)
ウォーレン報道官によると一方、シリアではISは地上での影響力を維持しており、北部アインアルアラブ(クルド名:コバニ)周辺の支配は最近失ったものの、中部ホムスや首都ダマスカス、ダマスカス南部のヤルムークにあるパレスチナ難民キャンプでの支配を強めている。【4月14日 AFP】
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しかしイラクにおいても、ISは巻き返しの動きも見せています。
****イラク西部ラマディでISIS攻勢、まもなく陥落か****
イラク西部アンバル州の議会幹部は15日、イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が数時間以内に同市を完全に制圧する可能性があると述べ、中央政府や米軍に助けを求めた。
同幹部はCNNに、政府軍があとどれくらい持ちこたえられるか分からないと訴えた。そのうえで政府からの兵員増派と、米軍主導の有志連合による空爆支援を要請した。
ラマディは首都バグダッドから西へ約110キロの位置にある要衝。ISISは昨年、市内の一部地域を占拠し、その後も激しい攻撃を続けてきた。
ISISは数カ月前に同市から南方へ向かうルートを支配下に収め、先週から今週にかけて市の東側と北側の地域を掌握。政府軍は唯一残された西側でも苦戦を強いられているという。
米軍は数週間前から、同市周辺でISISの拠点を狙った空爆を実施している。【4月15日 CNN】
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****イラク情勢 劣勢のISが巻き返し図る****
・・・・これに対し、ティクリットから撤退したISは、北におよそ40キロ離れたベイジにある国内最大の製油所に攻撃を仕掛けるなど巻き返しを図っており、予断を許さない状況が続いています。
またISは、北部の遺跡を破壊したとする映像をインターネット上に相次いで公開しており、力を誇示する思惑があるとみられます。(後略)【4月15日 NHK】
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情勢が不透明なイラク情勢ですが、シリアの情勢は更に混沌としています。
アサド政権、欧米が支援する自由シリア軍など様々な反政府勢力、クルド人勢力、アルカイダ系イスラム過激派組織「ヌスラ戦線」、さらにはISが入り乱れての戦いを続けています。
ISが首都ダマスカス郊外のパレスチナ難民キャンを制圧したという話は、4月10日ブログ「イエメンでも、シリアでも、戦闘激化で逃げ惑う人々」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150410でも取り上げたところです。
【シリアで存在感を強める「ヌスラ戦線」 反政府勢力を結集】
イスラム過激派としてはISが世界的に注目されていますが、侮れないのがアルカイダ系「ヌスラ戦線」の存在です。
****<シリア>アルカイダ系勢力、北部イドリブ制圧****
シリアの国際テロ組織アルカイダ系勢力「ヌスラ戦線」など反欧米の反体制派混成部隊は28日、アサド政権の支配下にあった北部イドリブを制圧した。ロイター通信などが報じた。
シリアの全14県のうち、アサド政権が県都の支配権を失うのは、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)が実効支配するラッカに次いで2カ所目。
米軍主導の有志国連合がISへの空爆を続ける中、ヌスラ戦線はアサド政権や親欧米反体制派との戦闘を優位に進め、支配圏を拡大しつつある。(中略)
ヌスラ戦線は昨年後半、親欧米の反体制派を次々と破り、武器などを奪って勢力を拡大。余勢を駆ってイドリブ中心部に迫っていた。
イドリブ県は、政権側と反体制派の激戦が続くアレッポ県や、アサド大統領一族の出身地であるラタキア県に隣接しており、政権側にとってヌスラ戦線の勢力拡大は脅威になりつつある。
ヌスラ戦線はISの前身組織から派生したが、2013年4月にIS側との合併を拒否して関係が悪化。独自の反体制派組織として、アサド政権、親欧米反体制派、IS、クルド人勢力とそれぞれ敵対している。【3月29日 毎日】
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注目されるのは、上記記事の“反体制派混成部隊”という言葉です。
「ヌスラ戦線」は単独ではなく、「司令部」のもとに他の勢力を結集して軍事行動を進めているようです。
****アルカイダ系の意外な指導力****
シリア アルヌスラ戦線の共闘の呼び掛けに応えて、反政府勢力が結束の兆しを見せている
・・・・その混乱に乗じて反アサド勢力の中で台頭しているのが、国際テロ組織アルカイダ系の武装勢力「アルヌスラ戦線」だ。
アルヌスラ戦線はISISの脅威と、穏健派反政府勢力の弱体化に付け込んで成長してきた。他の反政府勢力と手を組む戦略で成功を収め、そうした組織の多くをアサド後のシリア政府に迎え入れることに前向きだ。
アルヌスラ戦線は先月、イスラム過激派を含む他の武装勢力と同盟を結び、「司令部」を通じて協調。北部の要衝イドリブを制圧し、戦略の有効性を実証した。(中略)
アルヌスラ戦線の軍指導者はイドリブ攻勢で主導的役割を果たしたが、他の武装勢力に指揮を執らせることもいとわなかった。
過激派からイスラム穏健派勢力まで幅広い相手と手を組み、「総司令部」に迎える際も忠誠を誓うことを要求しない。アルヌスラ戦線のような比較的小規模な勢力が勝利できたのは、そうした柔軟さのおかげた。
アルヌスラ戦線の正確な戦力は不明だが、シリア国内に5000~8000人の戦闘員がいるとされる。政府軍の約15万人、ISISの推定動員力約3万人と比べれば少ないが、軍事戦略のおかげで、反政府勢力のなかでも特に強力な組織とリソースを共有できる。(中略)
単独統治は望んでいない
他の勢力との共闘は、シリア内戦初期からの戦略だった。アルヌスラ戦線は強硬派のイスラム過激派組織だが、単なる極端な宗教支配の推進者ではなく、シリアの守護者とのイメージをアピールしている。
「シリア反体制派の問では、アルカイダのようなイスラム過激派を除けば、見た目もレトリックも同じイスラム同士という雰囲気が増している」とリスターは指摘した。「その一方で、どんなシリア人もシリア人のアイデンティティーを第一に考えていることに変わりはない」
シリア政府軍やISISと違い、アルヌスラ戦線の戦闘員の大部分はシリア人なので、イデオロギー基盤が異なる反政府勢力であっても「反アサド」という軸で軍事的に連携することに前向きだ。
対照的に、政府軍は隣国レバノンのシーア派武装組織ヒズボラのとイラン軍の支援を受け、ISISも戦闘員の約
65%を外国人が占めている。
問題は、アルヌスラ戦線がシャリーア(イスラム法)の厳格な解釈に基づく統治をしたら、他の反政府勢力が参加するかどうかだ。(中略)
イドリブ進軍の同盟が結ばれると、アルヌスラ戦線は「司令部」にシャリーア委員会を加え戦闘中にもアルカイダ流の解釈が守られるようにした。
委員会は「司令部」メンバーが遵守すべき「十戒」を加えた。民間人を巻き添えにしない、爆撃は市外からのみとする、などだ。
13年12月、アルヌスラ戦線の指導者アブ・ムハマド・アルジヤラニは衛星テレビ局アルジヤジ上フのインタビューで、「解放」のお膳立てが整ったときにアルヌスラ戦線単独でシリアを統治するつもりはないと公言。
代わりに複数の反体制指導者による包括的政府を樹立し、アルカイダの解釈に基づくイスラム法支配を目指すとした。
「シリアにおける戦略は、連携する他の反政府勢力と共に共同統治の創出を促し、アルヌスラ戦線がかなりの影響力を持ち、自らのイスラム法解釈に基づく思いどおりの統治を実現できるようにするというものだ」とカファレラは言う。
「アルヌスラ戦線は統治実現の中心勢力になるのを望んでいるが、単独統治を望んでいるわけではいない」
共闘と決別を繰り返してきたシリアの反政府勢力が「反アサド」で結束すれば、シリア内戦の流れは大きく変わるかもしれない。【4月21日号 newsweek日本版】
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自分たち以外はすべて敵とみなすISとは戦略が大きく異なるようです。
イスラム穏健派と過激派の境は非常に曖昧だということはかねてより指摘されているところで、シリア人による「反アサド」連合を「ヌスラ戦線」が構築できれば、確かに大きな影響を持つでしょう。
なお、イドリブの攻防では、アサド政権側は隣国トルコ・エルドアン政権が過激派を支援したとして怒りを見せています。
****アルカイダ系が制圧 シリア北部の要衝****
・・・ロイター通信やAFP通信、アラブ紙のハヤトなどによると、戦闘は3月28日まで5日間続いた。連合部隊は約7千人で、イドリブを防衛していた政権軍の約4500人を上回り、トルコ経由で届けられた300万米ドル(約3億6千万円)相当の最新兵器を備え、政権軍を圧倒したという。
シリアのアサド大統領は29日に米CBSが放映した米ジャーナリストとのインタビューで、トルコのエルドアン大統領を名指しし、「日常的に、反政府勢力を物資、軍事両面で直接支援している」と批判した。またロイター通信によると、政権軍関係者はイドリブ撤退後、「トルコとヨルダンが作戦立案から実行まで、過激派組織を支援した」と述べたという。【4月1日 朝日】
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【クルド人勢力も地歩を固める】
一方、クルド人勢力も勢力を強めています。
****対「イスラム国」でクルド台頭=4勢力せめぎ合う―シリア内戦4年***
2011年の民主化要求運動「アラブの春」をきっかけに、シリアでアサド政権に対する大規模抗議デモが発生してから15日で4年。政権と反体制派に過激派組織「イスラム国」を加えた三つどもえの構図で21万人以上の死者が出た内戦は、新たにクルド人勢力が台頭して4勢力がせめぎ合う展開となり、一層複雑化している。
クルド人勢力は現在、シリア北部ラッカを「首都」とする「イスラム国」と北東部の支配圏をめぐり激しい争いを繰り広げる。
クルド人勢力は従来、シリアで拡大する内戦と距離を置いてきたが、「イスラム国」に基盤を脅かされ、全面参戦に転じた。
北東部ではキリスト教少数派のアッシリア人が「イスラム国」に迫害され、その「守り手」としても存在感を高めている。
クルド人勢力はこれまでに、「イスラム国」との対抗上、トルコ国境の町アインアルアラブの攻防戦などで反体制派と協力する局面もあった。しかし、アサド政権打倒の動きを見せておらず、反体制派との協力は限定的なものにとどまっている。【3月14日 時事】
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【アサド政権とも協力すべきだという声も】
混戦のなかで、シリア政府軍による化学物質を含んだ「たる爆弾」の使用も指摘されています。
****シリア政府軍、北西部で化学兵器使用か HRW報告****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は14日、シリア北西部イドリブ県で先月、同国政府軍が民間人に化学兵器を使用した可能性が大きいとの見解を示した。
HRWは、イドリブでの目撃証言とこれまでに収集された証拠は、シリア政府軍が民間人に対し有毒な化学物質を使った「たる爆弾」を数回にわたり使用したことを「強く」示唆するものだと発表した。
HRWによると、先月のイドリブでの激しい戦闘の際、政府軍は反体制派の支配地域にヘリコプターで爆発物を入れたたる爆弾を投下した。
一方、シリア治安当局の幹部は「被害を受けた反体制派のうそ」だとして、HRWの主張を否定した。
HRWは、使用された化学物質を特定することはできなかったが、シリア市民防衛団のボランティアらが攻撃があった現場でたる爆弾の残骸を発見し、犠牲者の衣服からは塩素ガスの臭いがしたと話したと述べている。【4月15日 AFP】
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甚だ不透明な混戦状態のなかで、ひとつはっきりしているのは、欧米が支援している穏健派自由シリア軍の影の薄さでしょう。
****シリア内戦 国連が再び和平調停へ****
泥沼化したシリアの内戦の終結に向けて、国連がアサド政権や反政府勢力、それに関係国の代表をスイスに招いて再び調停に乗り出すことになり、過激派対策を優先するにはアサド政権とも協力すべきだという声が上がるなか、事態の打開につながるのか注目されます。
シリアでは、アサド政権と反政府勢力のほかに過激派組織IS=イスラミックステートなども加わって泥沼の内戦が続いていて、この4年間で21万人以上が死亡、400万人が難民として国外に逃れたとみられています。
国連は去年、内戦の終結に向けてアサド政権と反政府勢力をスイスのジュネーブに招いて調停を試みたものの不調に終わり、その後、ロシアによる調停も停滞しています。
こうしたなか、国連のデミストラ特使が来月初めから再びシリアの各勢力や関係国の代表をジュネーブに招いて新たな調停に乗り出すことになりました。
国連のデュジャリック報道官は14日、「デミストラ特使はシリアや関係国の代表を個別に招き、内戦の終結と政治的な安定に向けた対話を始める」と述べ、当面は関係者が一堂に会する国際会議を開催するのではなく、個別に会談を重ねて調停に当たるとしています。
国際社会がISなどの過激派対策に追われ、各国でアサド政権とも協力すべきだという声が上がるなか、国連による新たな調停が事態の打開につながるのか、注目されます。【4月15日 NHK】
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このままでは、もしアサド政権が倒れることがあるとすれば、そのときの支配者はISかヌスラ戦線でしょう。
自由市アリア軍が“死に体”化している今、以前から再三指摘しているように、アサド政権抜きにシリアの安定はあり得ないと思われます。
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