孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

“真の労働改革” 馴染めない社会

2007-05-20 22:09:06 | 世相

内閣府の規制改革会議の再チャレンジワーキンググループがまとめた労働分野に関する意見書内容が公表されています。

最低賃金の引き上げについては「賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらす」と事実上反対。
「労働者保護の色彩が強い労働法制は、企業の正規雇用を敬遠させる。」
「労働者の権利を強めれば、労働者保護が図られるという考え方は誤っている」
女性労働者については「過度に権利を強化すると、雇用を手控えるなど副作用を生じる可能性がある。」
「あらゆる層の労働者のすべてに対して開かれた平等な労働市場の確立こそ真の労働改革だ」。

最近のワーキングプアに関する議論や格差社会の議論とは明確に一線を画する立場です。
労働市場でも自由競争の原則を貫徹することが結果的に労働者の利益に繋がるもので、労働者保護政策はこれをゆがめるものだという議論のようです。
随分と厳しい世の中になったものですね。

30年以上前経済学を勉強した頃は、当時の先進国経済体制は“混合経済”とも呼ばれ、古典的な自由主義・市場万能主義とは異なるものだという認識があったように覚えています。
当時もハイエクやフリードマン等の市場を重視して自由放任主義を主張する立場は存在していましたが、異端的な扱いでした。
しかし、アメリカではレーガンが登場して、“小さな政府”を目指す規制緩和政策がとられ始めていました。

その後のバブル経済・長期不況を経験する日本にも規制緩和・構造改革として及んで、現在の市場重視的な政策に至っているかと思われます。
昔よく見聞きした“福祉社会”なんてもう死語ですね。

確かに市場が優れた需給の調整機能を有するのは事実であり、そのことは重要です。
しかし、労働市場に提供される“労働力”は単なる大根や衣服などの財貨とは異なり人間そのものであり、その売れ残りや安売りは最低限の生活、人間としての尊厳や誇りを著しく傷つけるものである側面も同時に重視すべきでしょう。
なんだか大昔の著名な経済学者みたいなことを言っていますね。

“副作用”の恐れがあるから投薬しないというのでは、体力のある患者は自力で回復できても、体力のない患者は死んでしまいかねません。
“副作用”を減じる薬を併用しながら様子をみるべきかと思います。

厳しい国際競争の中で生き残っていくためには厳しい選択しかないと言うのでしょうが、弱者を切り捨てて突き進む社会は“効率”と同様に重要な基準である“公正”を軽んじているようで馴染めないものを感じます。

写真は今年GWに旅行したインドネシアのスマトラ島のコーヒープランテーション作業場。コーヒーパウダーの袋詰め作業です。特に本文とは関係ありません。

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