(バッキンガム宮殿で(7月)24日、ジョンソン氏(左)と握手するエリザベス女王。その後、英国の首相に任命した=ロイター【7月25日 朝日】)
【「非民主主義的」「独裁者」の批判も】
EU離脱期限の10月31日が目前に迫るイギリス。
ボリス・ジョンソン首相は持論の「合意なき離脱」に向けて、反対の多い議会を期限直前まで閉会して議論を封じ込めることで強行突破しようとの構えです。
****ブレグジットと英議会の閉会 ― 何が起きた?****
28日朝、イギリスでは劇的な展開を迎えた。
7月24日に首相に就任したボリス・ジョンソン氏が、議会を1カ月間、閉会することを決めた。つまり下院議員は、さらに限られた時間の中でブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)を協議することとなる。
議会は、EU離脱期限の10月31日が目前に迫る中、5週間にわたって閉会される。ジョンソン首相は、新たな会期を10月14日に始めたい考えだ。
例年、各党が党大会を開催することから、議会は9月から10月にかけて約3週間の休会に入る。しかし今秋は、9月10日ごろに議会が閉会することとなる。
時間がほとんど残されない中、議員にとって、合意なしのEU離脱を食い止めることは難しくなるだろう。
今回の決定について、EU残留派はクーデターだと反発しているほか、一部の離脱派も批判している。
ちょっと待って、何があった?
今回、議会を開かないのは、通常の休会ではない。ジョンソン氏は、EU離脱期限まで約9週間しか残されていない肝心なこの時期に、今会期を切り上げるというのだ。
イギリスは3月29日にEUを離脱する予定だったが、議会が離脱協定を3度にわたり否決したため、EUは離脱期限を10月31日まで延長した。
ジョンソン氏は「やるか死ぬか」だと述べ、合意ありなしに関わらず、ブレグジットを実現すると誓っている。
一方、残留派の下院議員のほとんどや、与党・保守党議員の多くは、合意なしの離脱を望んでいない。物価上昇など、イギリス経済へ打撃を与えるかもしれないと恐れているからだ。
彼らは合意なし離脱の回避を求めているが、それが失敗に終わった場合、内閣不信任案を提出する可能性がある。
議会閉会は合法なのか?
議会の閉会は合法だ。通常、会期末と次の会期までの間に起こるものだ。しかし、今回は状況が異例だった。
政府は法律を破っているわけではないため、異議申し立てを行うことは難しいだろう。議会手続きにのっとり、ジョンソン氏は、EUからイギリスを離脱させるという、自身の選挙公約を実現しようとしている。
下院議員は、この閉会に従い、合意なしブレグジットのリスクを負うこともできるし、内閣不信任案を提出することもできる。
ジョン・バーコウ下院議長は、今回の閉会決定は、議員にブレグジットを協議させないことを狙った「憲法侵害」行為だとしている。(後略)【8月29日 BBC】
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政治制度についてイギリスに範をとった日本でも、与野党間で妥協が見込めない議論については、審議日程をどうするかが現実的な駆け引きの場となることが日常的に見られます。
ただ、常識的には、極めて重要な国家の進むべき道の選択にあたって、民意を反映する議会を無視するような議会運営は「憲政の常道」に反するという話になるでしょう。
議会審議に委ねていてはいつまでたっても離脱はできない・・・と考えるジョンソン首相ですが、「合意なき離脱」に反対する議会を封じて離脱を強行する権限が首相にあるのかという問題にもなります。
形式的には合法な議会運営であっても、実質的にそうした議会無視の意図が明らかであれば、憲法上の疑義が生じるでしょう。
****ジョンソン英首相、EU離脱前に議会を閉会 各地で抗議デモ****
イギリスのボリス・ジョンソン首相は28日、9月第2週から5週間にわたって議会を閉会すると発表した。
英議会は現在夏休み中で、9月3日に再開される。イギリスは10月31日に欧州連合(EU)離脱を予定しており、9月と10月は離脱をめぐる重要な審議の期間と目されていた。
こうした中でのジョンソン政権による「閉会」発表に、ブレグジット(イギリスのEU離脱)反対派や合意なしブレグジットに反対する与党は、十分な審議の余地を与えない「非民主主義的」な方策だとして反発を強めている。
「議論の時間は十分ある」
また、イギリス各地で抗議デモが開かれており、閉会の取り止めを求める署名にこれまで100万人以上が参加した。
ジョンソン政権は、5週間の閉会後もEU離脱について議論する時間は十分にあるとしている。
ジョンソン首相はかねて、EUとの合意のあるなしに関わらず10月31日にブレグジットを決行すると述べている。
議会の閉会は通常、会期の初めなどに審議や投票の予定がない場合に行われ、期間も短い。閉会にはエリザベス女王の承認が必要で、女王は28日に今回の閉会を承認した。
これにより、議会は9月9〜12日のいずれかの日に閉会となり、10月14日に再開される。議員は閉会を阻止することはできないという。
10月17日には、ブレグジットをめぐる最後のEU首脳会議が予定されている。
ジョンソン首相は議員への書簡で、現在の議会は340日以上にわたって続いており、過去400年で最も長い部類に入ると説明。閉会の必要があると訴えた。
その上で、議会再開の際には「ブレグジットに関する重要な法的プログラム」を用意するとし、政府がEUと「新たな協定を結ぶ機会を」得るため、議会には「一致と決心」をしてほしいと伝えた。
また、マイケル・ゴーヴ内相はBBCの取材で、閉会について、合意なしブレグジットに反対する勢力を妨害する政治的動きでは「もちろんあり得ない」と強調した。
政界の反応は? 米大統領は支持
最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は、閉会は議員に法案を審議する十分な時間を与えず、合意なし離脱を強行するもので、「イギリスの民主主義を強奪」していると批判。閉会をやめさせるよう働きかけると約束した。(中略)
閉会支持の声も
一方、閉会を支持する政治家もいる。
保守党のEU離脱派、ピーター・ボーン議員は、閉会は「まったくもって標準の手続き」だと発言。ブレグジット以降まで閉会すると言わない限りは支持すると話した。(中略)
また、アメリカのドナルド・トランプ大統領はツイッターでジョンソン首相の判断を支持すると表明。首相が「イギリスがまさに求めていることを行っているという事実」をみれば、コービン氏が不信任案を議会で通すのは「非常に難しいだろう」と語った。
ウェストミンスターで抗議デモ
28日夜には議会のあるロンドン・ウェストミンスターに市民が集まり、「クーデターをやめろ」と声を合わせた。ブレグジットに反対するプラカードや、EU旗を掲げるデモ参加者もいた。
議会前で始まったデモはその後、首相官邸のあるダウニング・ストリートまで広がった。(中略)
一方、政府ウェブサイトに開設された、閉会をやめるよう求めるインターネット署名では、1日足らずで100万筆以上が集まった。
提訴は可能なのか
ジョン・メージャー元首相など政界の重要人物はかねて、ジョンソン首相が合意なし離脱のために議会を停止させた場合は提訴に踏み切ると話していた。
28日の発表を受けてメージャー氏は、ジョンソン氏は「自分のブレグジット政策に反対する議会を無視する」ために閉会に踏み切ったことは「明白」だとして、法的手段を模索すると話した。
スコットランドではすでに、スコットランド国民党(SNP)の主導で提訴の手続きが進んでいる。
イギリスでは、閉会を含む女王の特権行使について、法的に争うことはできない。
しかし、反EU離脱活動家のジーナ・ミラー氏によると、「閉会が議会の主権を制限する意図で行われ、そうした効果を持つなら、それは違法かつ違憲だと思う」と指摘した。【8月29日 BBC】
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ジョンソン首相は閉会したとしても、議会で離脱について議論する時間的余裕は「たっぷりとある」と主張していますが、10月17〜18日にEU首脳会議も控えており、現実的に10月末まで時間はほとんど残されていません。
そうしたことから「離脱の審議を妨害しており、民主主義と国民の代表である議会への攻撃だ」(バーカウ下院議長)など、野党議員からは「ジョンソン氏は独裁者だ」との声が上がっています。
ただ、法廷闘争とはいっても、判決が速やかにでないと意味がありません。そうした速やかな判決が可能なのかは不透明です。
もし閉会するまでの9月10日以前に内閣不信任決議が可決されれば、10月に解散総選挙となる可能性もあります。
総選挙が行われた場合の予想は・・・わかりません。
“保守党は、先週の世論調査での支持率が約31%となり、野党を上回っている。最大野党・労働党は前回調査から2ポイント上げて、21%だった。(中略)
しかし、保守党の勝利が、必ずしも確実というわけではない。中道左派・自由民主党やスコットランド国民党といったほかの党は、いかなる条件のブレグジットにも、かたくなに反対している。” 【8月29日 BBC】
【「政治的中立」を遵守するエリザベス女王 ただ、政界の混迷には失望】
エリザベス女王にも飛び火しています。
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今回の問題は、政治的中立を保つエリザベス女王にも飛び火している。
議会の停会を決める権限は首相ではなく、国家元首の女王にある。ただ、女王は今回、王室が首相の助言に従う英国の慣習により、ジョンソン氏の停会の要求を認めたとみられている。
労働党のコービン党首は、認可した女王に抗議するために、女王との面会を求めているという。【8月29日 産経】
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形式上、政府は議会閉会の承認を求める必要がありましたが、これは形式的なものにすぎません。
女王は、政治とは切り離された立場にあり、仮に承認を拒否したとしたら前代未聞でしたが、女王は拒否しませんでした。【8月29日 BBCより】
ただ、日本でも天皇の「お言葉」の真意をめぐっていろんな議論がかわされるように、イギリスにあっても「政治的に中立」とはいうものの、女王陛下の真意に関心が集まります。
イギリス政治の混迷について女王が失望していることは最近報じられたばまりです。
****エリザベス女王が政界失望、EU離脱混迷で英紙報道****
英国が欧州連合(EU)からの離脱を選んだ2016年の国民投票以降、英国政治の混迷が続く中、エリザベス女王が政界の統治能力の欠如に対して非公式に失望を示していたと、11日付サンデー・タイムズ紙が伝えた。
国民投票で離脱が決まり、当時のキャメロン首相が辞任した直後の非公式行事で、女王が失望を表明したとされる。政界はEU離脱派と残留派などの間で対立が深まり、王室筋によると、政治家のリーダーシップに対する女王の「怒りや失望」はその後も一段と強まっているという。
女王は政治的に中立とされ、公の場で見解を示すことはない。【8月11日 共同】
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更に一歩踏み込んで、離脱に関しどのように考えているのか、残留派なのか離脱派なのか・・・さすがに、そのあたりは明かしていません。
****エリザベス英女王、国民に「共通点」を見つけるよう求める ブレグジット懸念か****
エリザベス女王は(1月)24日、イギリス婦人会のサンドリンガム支部を訪問した際の発言で、国民に「共通点」を見出すよう求めた。さらに、互いに「異なる視点」を尊重するよう呼びかけた。
エリザベス女王は国家元首だが、政治問題については中立の立場を保っている。しかし、このメッセージはイギリスの欧州連合(EU)離脱をめぐる下院の紛糾に言及したものだとの見方が強い。(中略)
今回の発言は2018年12月のクリスマスにTV放送したあいさつとも関連するとみられる。
クリスマスのあいさつで女王は「どれほど深刻な違いがあっても、相手を尊重し、同じ人間として接することは常に、より良い理解への有効な一歩です」と語った。【2019年01月25日 BBC】
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この趣旨からすれば、今回のジョンソン首相の強引な手法にはエリザベス女王も納得はされていないようにも想像しますが・・・。
もっとも、2016年には、「エリザベス女王が離脱を支持している」との報道がなされ、王室がこれに抗議する異例の展開もありました。
****英王室、「女王がEU離脱支持」報道に抗議****
英王室は9日、英大衆紙サンが「英国の欧州連合(EU)離脱をエリザベス女王が支持している」と報道したことに抗議し、新聞業界の自主規制審査機関「独立新聞基準組織」(IPSO)に不服を申し立てた。
サン紙は9日付一面で、「女王はブレグジットを支持」という見出しを掲載。
EU支持派のニック・クレッグ前副首相と女王が2011年に昼食をとりながら「大ゲンカ」するのを目撃したという、
匿名の消息筋の話を報道した。(中略)
こうした報道内容に対して王室は女王が「政治的に中立だ」と反論。クレッグ氏も「まったくのでたらめだ」と一蹴したが、サン紙は報道内容に自信があると強く主張している。
サン紙は記事で、クレッグ氏と「口論」する様子から「欧州に対して女王がどういう思いを強く抱いているか、もはや疑いようがない」と書き、女王はクレッグ氏を「長々と叱責し、他の客を茫然とさせた」と続けた。
また「数年前」の別の機会にもバッキンガム宮殿で複数の議員に対し、「私はヨーロッパが分からない」と「憎々しげに思いを込めて」告げたと書いている。(後略)【2016年03月10日 BBC】
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この2016年の件はさておいても、スコットランド独立をめぐる住民投票のときも、エリザベス女王の「お言葉」がスコットランドのイギリス残留支持する発言と受け止められたことがあります。
****「将来を慎重に考えて」 英女王が異例発言****
イギリス北部のスコットランド独立の賛否を問う住民投票を前に、エリザベス女王が「人々は将来のことを慎重に考えてほしい」という発言をし、ふだんは政治的な問題には関わらない女王による異例の発言として注目されています。
この発言は、エリザベス女王が14日、スコットランド北東部の教会で日曜の礼拝に出席したあと、訪れていた人々に対して述べたものです。この中でエリザベス女王は、スコットランドで行われる住民投票に関連して、「人々は将来のことをとても慎重に考えてほしいと思います」と発言しました。
エリザベス女王は中立の立場を取らなければならないため、政治的な問題に関する発言をするのは極めて異例で、15日付のイギリスの新聞各紙は「女王がスコットランド独立の議論に介入した」などと伝えています。
このうち、有力紙デーリーテレグラフは「女王は独立に反対であるというサインだ」と伝えるなど、王室の政治的な中立性を損ねることなく反対派の支持を暗に表明する発言だという受け止めが広がっています。【2014年9月16日 NHK】
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このスコットランド独立の賛否を問う住民投票の際の発言をめぐる騒動もあって、今回のEU離脱に関しては、エリザベス女王も一層慎重になっているものと推察されます。
ちなみに、ジョンソン首相の方はエリザベス女王とは違って慣例にはとらわれず、7月24日にエリザベス女王に謁見して首相に就任した際、君主との会話は終生、外部に漏らしてはならないとの掟を簡単に破り、「どうしてその仕事をしたいと欲する人がいるのか理解できない」という女王の言葉をメディアに披露しています。
このあたりの奔放さが、多くの人に愛される理由でもありますが、今回の強引な手法がどうなるのか・・・・?
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