(木村菜穂子氏撮影 “シリア女性と友達。女性だけで出かけた日。シリアにいる時は想像もできなかったことです”【1月4日 木村菜穂子氏 Newsweek】)
【シリアで「大勝利」収めたトルコ】
昨年末のシリア・アサド政権崩壊について、トランプ次期大統領は12月16日、「トルコはとても賢い。多くの命を失うことなく、非友好的にシリアを奪取した」などと主張、今後のシリア情勢では「多くの不確定要素があるが、トルコが鍵を握ると思う」との見方も示しました。【12月17日 毎日】
これはトランプ氏に限らず、大方の見方です。
****政権崩壊シリアで「大勝利」収めたトルコ 影響力拡大、その先に****
トルコのエルドアン政権がシリアへの影響力を強めようとしている。トルコは、アサド政権を倒した旧反体制派武装組織の一部を支援してきたほか、暫定政権の主体となった「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS)とも一定の関係を持つとされる。今後の狙いはどこにあるのか。
「トルコはアサド政権崩壊で大勝利した」。米紙ニューヨーク・タイムズは端的にこう指摘する。
2011年に勃発したシリア内戦で、トルコは反体制派側を支援してきた。国境の管理を通じて、反体制派が陣取ったシリア北西部イドリブ県への人道支援や貿易の調整も実施。さらに、トルコ軍が17年からイドリブ県内に駐留し、この地を拠点とするHTSなどを政府軍の攻撃から守った。
トルコは、国際テロ組織アルカイダ系組織を前身とするHTSをテロ組織に指定しつつ、実際には間接的に支援してきたと言える。
エルドアン政権は近年、内戦で優勢だったアサド政権との関係改善を模索する時期もあったが、今年11月に反体制派の大規模な攻勢が始まると旗幟(きし)を鮮明にした。エルドアン大統領は「(反体制派の進攻が)問題なく続くよう願う」と述べ、後押しする態度を明示していた。
安保と難民帰還が狙いか
「トルコはシリア新政権による国家形成と改憲草案の作成を支援する」。エルドアン氏は12月20日、記者団にこう強調した。
アサド政権の崩壊以来、トルコはシリアの暫定政権との関係強化を進めている。14日には自国の在シリア大使館を再開した。トルコのギュレル国防相は15日に「要請があれば、必要な軍事支援を提供する用意がある」と述べ、安全保障分野での協力にも前向きな姿勢を見せた。
トルコがシリアに積極的に関わる目的は何か。 その一つは、両国の国境沿いの安全保障の強化だ。トルコは、自国からの分離独立を主張する「クルド労働者党」(PKK)を非合法武装組織とみなし、シリア北東部のクルド人主体の武装組織「シリア民主軍」(SDF)とつながりがあると見る。そのため、アサド政権崩壊後、トルコが支援する武装組織「シリア国民軍」(SNA)はSDFへの攻撃を激化している。
トルコに暮らす300万人以上のシリア難民を巡る事情もある。トルコはシリアでの内戦勃発以来、国を逃れた人々をイスラム教徒の同胞として受け入れてきた。しかし、トルコ経済の低迷が続く中、難民を負担とみて排斥を求める動きは強まった。シリアが安定すれば、難民の帰還につながるメリットもある。
各国の介入で混迷の恐れも
ただ、トルコの思惑通りに行くかは不透明だ。トルコが敵視するSDFは、過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討にもあたり、米国の支援を受けている。SDFが弱体化すれば、ISの伸長を許し、一帯が不安定化する恐れもある。また、シリア南部に軍を展開するイスラエルは、トルコの影響力増大を警戒してクルド人への支援を検討しているとされている。
シリアの暫定政権は、主要閣僚を指名するなど新体制構築の作業を進めている。そうした中、トルコを含む各国が自国に都合の良い勢力に肩入れすれば、シリアは混迷に陥る可能性がある。【12月26日 毎日】
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【早期帰還を望むトルコ トルコに逃れて、今まで「抑圧」されていたことを知ったシリア難民女性は帰還を望まず】
トルコには300万人とも、400万人とも言われるシリア難民が暮らしています。トルコ国内の難民への風当たりが強まる中で、エルドアン政権としては彼らの早期帰還を促進したいところでしょうが(アサド政権時代、エルドアン政権のシリア領内への侵攻は、シリア領内に領土を確保し、そこに自国シリア難民を移送するため・・・・とも言われていました)、シリア難民自身の帰還への思いは?
下記は、シリア・アレッポとの国境にほど近いトルコ・ガジアンテプに4 年以上暮らし、シリア難民支援の活動をされていた木村菜穂子氏によるものです。
****帰りたくない女性たち・帰りたい男性たち ― トルコのシリア難民の現状****
(中略)アサド政権の崩壊で、シリア人たちが一斉に国に帰っているかのような報道がなされているかと思いますが、実際に帰っている人たちの数はかなり少ないといえます。アサド政権が崩壊してからシリアに帰ったシリア人の数は 3 万人ほどと報告されています。この数を多いとみるか少ないとみるか...。
トルコでは 2024 年の時点で登録されているシリア人の数は320万人ともいわれています。ただし、登録されていないシリア人も非常に多いので、実際の数は 400万 ともいわれています。この数と比較すると、帰ったのはほんの一握りだといえます。
アサド政権崩壊後のシリア人たち
さて、アサド政権が倒れたことに対するシリア人たちの心境とはどういうものなのでしょうか。アサド政権が崩壊したことで、シリアに帰る道が開けるシリア人は多くいます。ですから、故国に帰る可能性が現実的になったことに対する喜びは大きいです。
例えば、政治犯として旧政権下で「wanted (お尋ね者)」になっていた人たちが多くいます。(中略)こうした危険性があるアサド政権下では、国に帰りたくても帰れないシリア人たちが多くいました。その政権がもう存在しないのですから、恐れる理由もなくなったわけです。
ただし新政権のポリシーははっきりしませんし、今後シリアがどんな風に変わっていくかは未知数です。ですから高揚感の一方で、多くのシリア人が様子見の段階であるといえます。
帰りたくない女性たち
興味深いことに、非常に多くのシリア女性たちの本音は「帰りたくない」というものです。実際、「帰りたい‼」と諸手を挙げている女性たちや「今すぐ帰るぞ」と息巻いているシリア女性に会ったことが私にはありません。(中略)
主に2 つの理由があると思います。1つは、シリア国内のインフラの破壊。電気・水道の供給もおぼつかなく、多くの場所がとことん破壊されたまま。シリアから出ずにそこでずっと過ごしてきたシリア人たちは飢えや寒さに直面しつつも何とかして生き延びるしかありませんが、トルコやその他の国々に逃れたシリア人たちにとっては暮らせるような状況ではありません。子供たちをそのような環境に置くことへのためらいもあります。
2つ目の理由が、トルコで得た「自由」を失うことへの恐れ。「トルコで "自由" を得た」「トルコで開眼した」と感じているシリア女性が非常に多いです。シリアではごく「普通の自由」が奪われていた女性たちも多く、そのことにすら気づかなかったのです。
(中略)多くのシリア人女性たちは、生まれ育った地域で身近な親族と結婚し、家にこもり、家事と子育てに追われて年を重ねていく...世代から世代へとこのサイクルが繰り返されてきました。
内戦で難民となり故国を追われることにより、これまで見ることも知ることもなかった外の世界に否が応でも触れることになりました。一人で買い物に出かけること、一人で近場の友達の家を訪ねることなどなど...シリアでは決して許されなかった「自由」を経験した女性たちが多くいます。そこで初めて、シリアでの生活は「抑圧」だった、あるいは「権利が奪われていた」のだと気づきます。
これは政権による抑圧ではなく、宗教的あるいは伝統的に受け継がれてきた慣習による抑圧です。女性の意志などは鼻から重要視されない世界です。こうした女性たちにとっては、シリアに戻ること=以前の抑圧に戻ることで、それを恐れています。
帰りたい男性たち
対してアラブ男性の非常に多くはとにかく帰りたい。男性たちが懐かしむのは「あのシリア」で、女性たちがどう扱われていたかなどに関心を払う男性は少ないでしょう。
「そのシリア」では、女性たちが徒歩 10 分の距離の外出でさえも夫または父親の許可を得る必要があり、男性 (父親、夫、成人の兄弟あるいは成人した男の子供) の同伴なしでは家から出ることすらできなかった社会なのです。 男性側としては、女性 (妻) の経験値が増えて意志を持つようになることが脅威です。
(中略)トルコはイスラム教国家で、欧米と比べると女性の権利がそれほど守られていないという印象があるかもしれませんが、女性たちはそれなりの発言力を持っています。トルコを建国したアタチュルクは政教分離を推し進め、そのアタチュルクの精神が多くのトルコ人に根付いています。
実際、トルコでは法律に守られていると感じているシリア女性たちが圧倒的に多く、反対に言うならアラブ男性側は思うほど好き勝手できないという現実があります。
ただし付け加えて言うなら、こうしたシリア男性が悪い人だという訳ではありません。あくまで彼ら自身が育った環境がそのようなものだったということです。多くのシリア人たちの交流は非常に限定的で、通常は家族・親族だけに限られます。ですから、この環境から出たことがない場合、そして交友関係が極端に限られる場合、その環境が「普通」になります。(後略)【1月4日 木村菜穂子氏 Newsweek】
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記事は省略しましたが、シリア難民女性には戻りたくない様々な事情がある者も少なくありません。
なお、トルコで初めて「自由」知った女性、シリアでは「抑圧」されていたことを知った女性、一方で男性は女性の立場を考えることなくふるまえたシリアでの生活を懐かしむ・・・アフガニスタンの旧政権時代に僅かながらも「自由」に開眼し、今それをまたタリバンに奪われて悲しみ怒る女性の姿、「かつてのアフガニスタン」に戻そうとするタリバンといったアフガニスタンの現状にダブるものがあります。
【シリア難民の早期帰還を支援する流れの欧州 新規の難民受け入れは停止】
シリア難民への厳しい世論が強まり、早期の帰還を求めているのはトルコだけでなく、欧州各国も同じです。
また、各国は新たなシリア難民受入れを停止しつつあります。
****欧州諸国、シリア人亡命希望者の受付を一時停止 政変で先行き不透明に****
シリアのバッシャール・アル・アサド政権の崩壊を受け、イギリスなど多数の欧州諸国が、シリア人亡命希望者の受付手続きを停止している。
オーストリアの暫定政府は、シリア人からの亡命申請受付を全て停止したと発表。シリア国内の状況が根本的に変わったとして、シリア人亡命希望者を本国に送還または国外退去にする計画を立てているという。
約100万人ものシリア人が居住するドイツや、イギリス、フランス、ギリシャは、当面の間、亡命申請に関する決定を停止するとしている。
アサド政権は50年にわたる残忍な支配の末、反政府勢力の進攻を受けて崩壊した。このため何万人ものシリア人が、先行きが不透明な状態に置かれる可能性が出てきた。
国連によると、2011年以降、1400万人以上のシリア人が家を追われている。
移民問題で強硬姿勢をとるオーストリアの保守派、カール・ネハンマー首相は、「現在オーストリアに避難していて、母国への帰還を望むすべてのシリア人を(オーストリア)政府は支援する」とソーシャルメディアに投稿した。
また、「将来的な強制送還を再び可能にするには、シリアの治安状況の再評価が必要だ」と付け加えた。
オーストリア内務省は声明で、「シリアの政治状況はここ数日で根本的に、そして何よりも、急速に変化した」とした。
オーストリアには現在、約9万5000人のシリア人が暮らしている。その多くは、2015年と2016年の移民危機の際にやって来た。そうした移民への反発から、オーストリア国内では極右や保守派への支持が加速してきた。
ドイツの連邦移民・難民庁は、シリア人亡命希望者の保留中の申請をすべて一時停止した。政府関係者は、シリアの政治情勢が非常に不透明なため、シリアが安全かどうか適切な判断を下すのは不可能だとしている。
ドイツでは現在、4万7270人のシリア人が亡命申請の結果を待っている。他方、すでに亡命が認められている人々への影響はないという。
ドイツには中東以外で最も多くのシリア人が集まっている。現在は約100万人のシリア人が暮らしており、うち約70万人は難民に分類される。
イギリスではイヴェット・クーパー内相が、「内務省が(シリアの)現在の状況を見直し、監視している間、(イギリスは)シリアからの亡命希望者に関する決定を一時停止している」ことを認めた。
シリアの状況は「アサド政権崩壊後、極めて速いスピードで動いている」とし、すでにシリアに戻っている人たちもいると内相は付け加えた。
イギリスでは2011年から2021年の間に、3万人以上のシリア人の亡命が認められた。その大半は人道的計画に基づいて、トルコやレバノンなどからイギリスに再定住した。
2019年時点では約4万7000人のシリア人がイギリス国内で暮らしているとされていたが、その後は3万人程度まで減少したと考えられている。
ロイター通信によると、フランスもドイツと同様の対応を取りまとめており、間もなく決定される見通し。
こうした中、隣国レバノンとヨルダンに亡命していた大勢のシリア人が故郷に戻りつつある。ただ、レバノン国境では、シリアへ向かう人と、シリアを出国する人の両方の動きが確認されている。
現地で取材するBBC特派員によると、レバノンに入国しようとするシリア人が増加しており、レバノン軍は国境地帯に部隊を増派した。シリア国内での混乱や犯罪の増加を懸念する人もいる一方で、そのようなことは起きないと保証されたという声もある。
レバノンは100万人以上のシリア人難民を受け入れているが、シリア人入国の規制を強化している。【12月10日 BBC】
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“母国への帰還を望むすべてのシリア人”の帰還支援は問題ありませんが、世論の流れは「もう、ここにいる必要はないだろう。早く出ていけ!」というものになりがちです。
なお、上記記事でオーストリアの状況が取り上げられていますが、オーストリアでは世論の移民・難民への反感もあって、去年9月の総選挙では、元ナチス党員らが創設した極右の「自由党」が初めて第1党に躍進。
その後、その極右「自由党」以外の政党で組閣しようと中道右派・ネハンマー首相は模索していましたが、交渉が破綻。ネハンマー首相は辞任を表明。今後は極右政党と中道右派との連立の可能性も取り沙汰されています。
【大量の難民帰還はシリアを不安定化させる懸念も】
シリア難民に話を戻すと、トルコも欧州も早期の帰還を望んでいますが、シリア側では大量の難民帰還はただでさえ不安定な情勢を更に不安定化させる懸念もあります。
****難民帰還、半年で100万人予測 シリア不安定化に懸念―国連****
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は17日、シリアのアサド政権崩壊に伴い、来年1~6月の間に最大100万人のシリア難民が帰国する可能性があるとの見通しを明らかにした。
国連の推計では、シリアでは1300万人超が内戦で家を追われ、うち約620万人が国外へ逃れた。
旧政権崩壊後に発足した暫定政府は難民帰還を歓迎する方針を示しており、最多のシリア難民を抱える隣国トルコなどから帰国を目指す動きも本格化している。
AFP通信によると、国際移住機関(IOM)のポープ事務局長は17日、シリアで人道支援や復興に向けた取り組みが不十分な中で、難民が大挙して祖国に戻れば「さらに国家を不安定化させる」と指摘。「帰還を促したり強制したりする前に、まずはシリア国内情勢の安定に集中すべきだ」と訴えた。【12月18日 時事】
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