孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ・エルドアン政権  首都・最大都市での地方選敗北 地域バランサーとしての役割を失い不安定要因化の懸念

2019-04-05 23:22:45 | 中東情勢

(トルコ政府はイスタンブールに50カ所、首都アンカラに15カ所の野菜直売所を設け、211日から安売りを開始。まあ、インフレ対策というより、選挙対策でしょう。しかし、両都市とも与党は敗北 【213日 産経フォト】)

 

【米ロを巻き込むパワーゲームで、アラブ・イスラム地域のバランサーの役割を失う危険】

中東世界にあってはトルコ・エルドアン大統領は地域大国として大きな影響力を発揮してきました。

 

それが、下記記事が指摘するような“絶妙な舵取りでバランサーの役割を果たしてきた”と言えるようなものだったかはどうかについては、トルコ・エルドアン大統領自身が地域の不安定化の要因になる近年の印象が強く、従来の“バランサー”という評価にはやや違和感も感じます。

 

それはともかく、近年は“アラブ・イスラム地域のバランサーの役割”をトルコが失いつつあると下記記事は指摘しています。(それは、上記印象と一致します。)

 

その背景にあるのは、エルドアン大統領が仕掛ける米ロ大国との危険なパワーゲーム、ドイツにおけるトルコ移民の問題が顕在化していること、そして北アフリカ・中東で再燃する“アラブの春”の兆候です。

 

****日本のメディアがちっとも報じない、中東トルコの「危険な賭け」****

(中略)

トルコの危険な賭け?!―地域の脆いバランスの崩壊の危機

国際情勢をめぐる世の中のニュースは、日本でも欧州でも、米朝・米中の駆け引きの裏側や、導入部でもちょっといつもより詳しく書いたBrexitを巡る攻防などが主ですが、その裏で起こっている中東地域・北アフリカ地域の大変動の可能性については、まだあまり報じられていません。今回は、この問題についてお話させていただきます。

 

この騒動の夜明けの引き金を引いてしまうかもしれないのは、アラブ・イスラム地域のバランサーの役割を果たしてきたトルコです。

 

トルコを巡る国内外、地域内外の状況次第では、トルコはその歴史的バランサーとしての立場を失うかもしれません。何が起きているのでしょうか?

 

1つ目は、トルコのエルドアン大統領が仕掛けている危険な賭けです。その最たる例が、エルドアン大統領が仕掛ける米ロを巻き込んだパワーゲームです。

 

トランプ政権になるまでは、いろいろとあったにせよ、トルコは、NATO軍の戦略的な基地を提供するなど、アメリカと安全保障上のパートナーとして、地域の安定の要としての役割を果たしてきました。

 

中東地域でいがみ合うイスラエルとイランの攻防は、いつ核戦争に発展してもいいといわれるぐらい、緊張と緩和の繰り返しですが、トルコが地域の要という地政学的な位置に君臨し、両サイドに睨みを利かせていることで、小競り合いこそ起こっていますが、まだ劇的な紛争に発展する手前で止めてきました。

 

それがトランプ政権になり、アメリカ側で、このトライアングルのバランスを無視したような動きが多くなり(これは実はオバマ政権からスタートしている)、米トルコ関係がギクシャクし始めます。

 

実際に、IS掃討作戦におけるクルド人勢力を巡る対立や、アメリカ人牧師の逮捕・勾留事件などのトリガーが何度も弾かれ、米トルコ関係は、以前のような蜜月とは言えなくなりました。

 

そこに入り込んできたのがロシア・プーチン大統領です。飛行機の撃墜を巡る緊張はありましたが、エルドアン大統領はロシアから最新鋭のミサイルS400を購入することに決めたり、シリア内戦や中東地域で激化する「イランvs. サウジアラビア他」の非難合戦や、トランプ政権が仕掛けたイラン包囲網では、ロシアとともにイランの側についたりと、一気にロシア寄りの姿勢を取り、アメリカや他のアラブ諸国を苛立たせる結果になっています。

 

地域による軍事的なバランスを保つという観点からは、形式は異なりますが、トルコはその歴史的なバランサーの役割を果たすことが出来ています。

 

しかし、それを米ロという大国間での微妙なバランスにおいてキープするという危険な賭けに出たことから、非常に難しい舵取りを強いられています。(中略)

 

それに比例するかのように、地域のバランサー・フィクサーとしての立場も以前の様に安定とは言えなくなってきました。そこにカショギ氏をめぐる事件でトルコに弱みを握られているサウジアラビアに付け入ろうとして、トルコ、イスラエル、イランのいびつな安全保障のトライアングルに割って入り、状況はさらに混乱を極めています。

 

その混乱は思わぬところにも飛び火しています。それは2つ目の要因となり得る「ドイツ国内での移民問題の再燃」です。ご存知のように、トルコ国外で最もトルコ人人口が多いのはドイツですが、そのドイツで、政治的に移民問題を巡る対立が深まっています。

 

メルケル首相がシリア難民を受け入れる決定をしたことで、国内での求心力の衰えに繋がり、その後、ドイツの政党は挙って、反移民の流れに傾きました。

 

トルコ人はもともとは移民ですが、すでにドイツ経済に同化しており、シリア難民の問題とは別問題として扱われてきましたが、エルドアン大統領が度々、トルコのEU加盟問題が前進しないことと、移民問題への協力を天秤にかけた“賭け”をメルケル首相とドイツに仕掛けるため、ついに昨年末ごろからでしょうか、この国内における移民問題のターゲットに“トルコ人人口”が加えられてしまいました。(中略)

 

これまでは、エルドアン大統領による介入でドイツ国内のトルコ人たちの動きも制することができており、メルケル首相もそれを知って利用してきましたが、両者ともに今は求心力の衰えが見える中、うまく政治的な安定を保つための仕組みが機能しなくなってきています。

 

その政治的な調整力の衰えが、ドイツによる中東イシューへのシンパシーの衰えに繋がり、エルドアン大統領の中東地域における欧州からの外交的支持の衰えに繋がっています。ゆえにバランサーとしての基盤も少し脆弱化しているといえるでしょう。

 

3つ目の要因は、北アフリカ・中東で再燃する“アラブの春”の兆候です。それは、アルジェリア、スーダンなどの独裁国家での体制への反抗が高まっていることから、他国への混乱の波及が懸念されています。(中略)

 

独裁の綻びは国家破綻の可能性をはらむため、非常にデリケートな調整が必要です。

 

これまで、実は、このようなデリケートな調整の影に、エルドアン大統領とトルコがいました。しかし、トルコ経済の低迷や中東地域でのデリケートなトライアングルへの対応、対シリア、対クルド人対応、そしてドイツ国内のトルコ人をめぐる欧州との攻防など、多方面での綱引きを行ない、自らの調整力に陰りが見える中、混乱の北アフリカの情勢まで調整できる余裕はないのが現状のようです。(後略)。【320日 島田久仁彦氏 MAG2 NEWS

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上記記事が指摘する点のなかでも、エルドアン大統領の“危険なパワーゲーム”、より具体的にはアメリカとの関係の悪化が国際的には目立ちます。

 

関係悪化の背景には、政敵ギュレンシ師の送還問題、シリアにおけるクルド人勢力の問題、ロシアからのミサイル購入の問題が絡み合っています。

 

ロシア・ミサイル問題では、米国防総省はロシア側に情報が洩れることを懸念し、最新鋭ステルス戦闘機「F35」に関連する機器のトルコへの出荷を停止。アメリカ・ペンス副大統領は「NATOに残るのか?それなら選択が必要」と、かなり厳しい言い様です。

 

****米、NATO残留の是非迫る トルコにペンス副大統領****

ペンス米副大統領は3日、ロシア製の地対空ミサイル「S400」を導入する方針のトルコに対して「北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であり続けたいかどうか選択しなければならない」と警告した。米政権幹部が公の場でトルコのNATO残留の是非に踏み込むのは異例で、トルコに導入断念を改めて迫った。

 

NATO創設70周年を記念し4日にワシントンで開かれるNATO外相理事会を前に米シンクタンクの会合で講演。

 

トルコのオクタイ副大統領はツイッターで「米国は選択しなければならない。トルコとの同盟を維持したいのか、友好関係を危険にさらしたいのか」と反発した。【44日 共同】

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【かつて「イスタンブールを制する者はトルコを制する」と自ら語ったイスタンブールと首都アンカラで敗北】

上記のような対外的問題以上に政権にとって深刻なのは国内経済問題です。

“3月に入って通貨リラ相場は乱高下が続き、29日にも対ドルで下げた。インフレ率は19%を突破したほか失業率も10%を超えており・・・”【330日 産経】

 

どこの国の政権にとっても、選挙に直結するのは国内経済状況です。

統一地方選挙を控えたエルドアン大統領には、意図的に国民の目を国内経済からそらす狙いの言動もみられました。

 

****トルコ大統領「イスラム教徒攻撃なら棺おけに」豪やNZ反発****

ニュージーランドの銃乱射事件をめぐり、トルコのエルドアン大統領が、イスラム教徒への攻撃が続くならば反撃するとも受け取られる激しい非難を口にし、オーストラリアなどが強く反発しています。

 

イスラム教徒が大多数を占めるトルコのエルドアン大統領は19日、ニュージーランドの銃乱射事件に関連して、第1次世界大戦でニュージーランドとオーストラリアの連合軍が当時のオスマン帝国に攻め入った「ガリポリの戦い」に言及しました。

エルドアン大統領は、「当時、あなたたちの祖父のある者は歩いて、ある者は棺おけで、帰っていった。もし同じことをするならば祖父たちのようにしてやろう」などと述べ、イスラム教徒への攻撃が続くならば反撃するとも受け取られる激しい非難を口にしました。

この発言にオーストラリアのモリソン首相は激しく反発し、「極めて攻撃的で見境のない発言だ。オーストラリアとニュージーランドの兵士を侮辱するものだ」と述べ、オーストラリアに駐在するトルコの大使に抗議して、発言の撤回を求めたことを明らかにしました。

またニュージーランドのアーダーン首相も副首相兼外相をトルコに派遣し、直接対話を行う考えを示しました。

エルドアン大統領は今月行われる地方選挙に向けて、イスラム教徒への攻撃を強いことばで非難することで支持の拡大をはかるねらいがあったとみられますが、外交問題に発展しています。【331日 NHK】

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エルドアン大統領の上記のようななりふり構わぬ取り組みにもかかわらず、与党が首都アンカラ、そして最大都市イスタンブールを落とす(イスタンブールはまだ揉めていますが)という周知の結果に。

 

あらためて、冒頭で指摘されたエルドアン政権の求心力低下を国内的に裏付ける結果にもなりました。

 

****内憂外患、エルドアン大統領に陰り、地方選敗北、対米関係の悪化****

トルコのエルドアン大統領が窮地に追い込まれている。このほど実施された統一地方選挙で、与党候補が首都アンカラ市長選で敗れ、最大都市イスタンブールでも暫定結果ながら敗北するという激震に見舞われた。

 

その上、ロシアの地対空ミサイル導入をめぐり、米国から最新鋭戦闘機F35の部品供給を停止されてしまった。内憂外患のエルドアン氏はどんな手を打つのだろうか。

 

開票への介入も検討?

現地からの報道などによると、異変が起きたのは開票日の331日の夜9時頃のことだった。それまで順調に開票状況を発表していた選挙管理委員会が突然沈黙したのだ。反国営のアナトリア通信も同様に開票発表を停止した。

 

これについて選挙の監視をしていた民間団体の当局者は、エルドアン氏の「公正発展党」(AKP)を中心とする与党連合の敗北が濃厚になり、開票への“介入”が検討されたため、との見方を示している。

 

過去の選挙でも開票の際の不正操作が取り沙汰されており、今回もそうした疑惑が浮上したということだろう。両市の市長ポストは1994年からAKPとその前身の政党が維持してきており、予想を超える劣勢に与党連合が衝撃を受けたのは間違いない。(中略)

 

選挙は全体としてみれば、与党連合の得票率が51.7%と過半数を超え、辛うじて勝利した格好だが、最も重要な2大都市の首長ポストを失ったことが確定すれば、エルドアン氏にとっては手ひどい打撃だ。同氏自身、1994年から同98年までイスタンブール市長だったいきさつもあり、それだけショックは大きい。

 

エルドアン氏の敗北の直接の原因は経済の悪化だ。その低迷ぶりは各指標に如実に表れている。インフレ率は20%を超え、失業率も10%に達している。とりわけ若者の失業率は30%と高い。通貨リラも30%近くまで下落、政府は3月、景気後退を宣言せざるを得なかった。

 

こうした状況に国民の日常生活は厳しさを増し、エルドアン政権への不満がうっ積していた。

 

大統領は野党をテロリストと罵り、遊説の際、最近のニュージーランドのモスク襲撃テロの動画を公開してまでイスラム教徒の宗教心と愛国心に働き掛け、経済問題から国民の関心を逸らそうとした。だが、この争点そらしの戦術はうまくいかなかった。(中略)

 

米説得を無視

しかし、選挙の敗北に塩を塗るようにトランプ政権が動いたのは、エルドアン氏の予想を超えるものだったのではないか。米国は1日、トルコに対する最新鋭ステルス戦闘機F35の関連機器の供給を停止したと発表、トルコがロシアから地対空ミサイル「S400」を取得するのは受け入れられないとの強硬姿勢を示した。(中略)

 

二股戦略が危機に

エルドアン氏が米国の説得を振り切り、ロシアからの兵器システムの導入に踏み切ったのはなぜか。それには大きく言って2つの理由がある。1つは政敵ギュレンシ師の送還問題だ。(中略)

 

エルドアン氏は当初、強権志向でウマが合うトランプ氏ならギュレン師を引き渡してくれるのではないかと思いこんだフシがある。だが、案に反してトランプ政権はギュレン師の送還に応ぜず、完全に当てが外れてしまった。期待が大きかっただけに失望もまた大きく、故に対米関係は悪化の一途をたどった。

 

エルドアン氏はさらに「サウジアラビアの反政府ジャーナリスト、カショギ氏の殺害事件を利用してギュレン師の送還を獲得しようと図った」(ベイルート筋)

 

事件を穏便に解決したい米国から、サウジへの追及を和らげることと引き換えに、ギュレン師送還を成し遂げようとしたが、これにも失敗した。

 

もう1つの理由は、シリアのクルド人に対するトランプ政権の対応への反発だ。

 

トルコにとって、シリアのクルド人はテロ集団と見なす自国の反体制クルド人組織「クルド労働者党」(PKK)と連携する勢力だ。米軍の支援を受けたシリアのクルド人が過激派組織「イスラム国」(IS)を掃 討する中、シリア北部一帯で勢力を拡大したことを安全保障上の深刻な問題として懸念した。

 

トランプ大統領がシリア駐留米軍の撤退を発表した後、米国はトルコに対し、クルド人を攻撃しないよう要求。これにエルドアン氏が激怒し、両国の話し合いは膠着状態に陥った。

 

その後、米国はシリアに400人規模の部隊を残留させる方針に転換したが、エルドアン氏は困った立場に追い込まれた。米部隊に損害を与えかねないため、クルド人への越境攻撃ができなくなったからだ。

 

エルドアン大統領はこうして対米関係が悪化する中、ますますプーチン大統領との関係を深めていき、「S400」の導入にまで踏み込んだ。エルドアン氏にとってみれば、ロシアとの親密な関係を見せつけることにより、米国から譲歩を勝ち取りたいとの思惑もあったかもしれない。

 

だが、今回、米国が事実上、F35の供給停止をトルコに通告、エルドアン氏の米ロを天秤に掛けた「二股戦略」が危機に瀕することになった。生き残りの名人といわれる同氏の出方が見ものだ。【44日 佐々木伸氏 WEDGE

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地方選挙での与党苦戦の背景には、やはり経済問題、それにエルドアン大統領の強権的姿勢があると指摘されています。

 

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地方選の苦戦の背景には、低迷する経済への市民の失望がある。18年に対米関係が悪化したことがきっかけで通貨リラが急落すると、インフレ率は一時25%まで上昇。輸入食料品が大幅に値上がりする一方、所得は伸び悩み、市民の生活水準は大きく悪化した。

 

消費や投資の低迷で、181012月期の国内総生産(GDP)成長率は9四半期ぶりのマイナスに陥った。エルドアン氏は選挙戦中、リラの下落を「外国勢力による操作だ」と主張。トルコ当局は通貨防衛のために巨額の外貨準備を投入したが、かえって市場に不安を広げた。

 

強権的な政治手法も都市部の市民の反発を招いた。20167月の軍の一部によるクーデター未遂事件以降、エルドアン氏は国内の反対勢力や言論機関を厳しく弾圧。17年の憲法改正を経て自らへの権限集中を進めた。政教分離や民主的な価値を重視する都市部の市民は強権化するエルドアン政権への不満を強めていた。【41日 日経】

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【更に対外的に強硬な姿勢に傾く懸念も】

エルドアン氏もイスタンブール市長から首相や大統領に上り詰め「イスタンブールを制する者はトルコを制する」と語っていたように、イスタンブール市長選敗北は与党・エルドアン大統領にとって大きな痛手となります。

 

選挙管理委員会は現在再集計作業を行っていますが、“不正”を印象付けるような方法でこの事態をひっくり返そうとすれば、トルコ国内には混乱が広がります。

 

“エルドアン政権には経済低迷から市民の目をそらすため、対外的に強硬な姿勢に傾く懸念もある”【同上】ということで、冒頭で指摘された地域安定化の“バランサー”ではなく、対アメリカ、対ドイツ・欧州、シリア問題などで、むしろ“不安定化要因”となることも危惧されます。


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