(昨年7月5日 ギラド・シャリト曹長の解放を求めるイスラエルでの大規模デモ 前列中央の男性がギラド・シャリト曹長の父親ではないでしょうか “flickr”より By saundersnp http://www.flickr.com/photos/7971992@N02/4763662364/ )
【パレスチナ国連正式加盟に先立つユネスコ加盟問題】
パレスチナ自治政府・アッバス議長はイスラエルとの和平交渉が進展しないなかで、1967年の境界を国境としてパレスチナ国家を独立させ、国連への正式加盟を求めるという、国際社会の支持を取り付ける「切り札」とも言えるカードを切りました。
次期大統領選を控えて、国内ユダヤ人社会への配慮が目立つアメリカ・オバマ大統領は安保理での拒否権を使っても認めない方針ですが、できればアラブ・イスラム社会を敵に回すようなことは避けたいところで、国連の場での綱引きが続いています。
この国連正式加盟に先立って、ユネスコ執行委員会は、現在オブザーバー資格のパレスチナを正式加盟させる勧告案を賛成多数で可決しています。
ユネスコでは安保理のような拒否権はなく、今月25日からの総会で3分の2が賛成すれば、パレスチナの正式加盟が決まります。国連正式加盟問題の前哨戦といったところでしょうか。
****ユネスコ執行委:パレスチナ正式加盟を勧告*****
国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部パリ)は5日の執行委員会(58カ国)で、現在オブザーバー資格のパレスチナを正式加盟させる勧告案を採決にかけ、賛成多数で可決した。40カ国が賛成した。
勧告案は今月25日から始まるユネスコ総会(193カ国)に諮られ、採決で3分の2が賛成すれば、パレスチナの正式加盟が決まる。ただ、ユネスコ予算中最大の22%を拠出する米国が反対しており、総会は紛糾する可能性もある。
勧告案は、アラブ諸国が主導して提出。採決では、米国など4カ国が反対、日本、フランス、スペインなど14カ国は棄権した。ユネスコ執行委に拒否権は存在しない。
外交筋によると、ユネスコ憲章の第2条は、加盟資格についてユネスコ執行委の勧告に基づき、総会の3分の2の賛成票を得れば「加盟国」になれると定めており、パレスチナ側は国連機関への正式加盟と国家としての地位確認を同時に狙っているとみられる。
フランス公共ラジオによると、ユネスコの米政府代表部は5日、「加盟は時期尚早だ」とあらためて反対を表明する声明を発表。「国連安全保障理事会がパレスチナの(国連)加盟申請を検討している最中に(パレスチナが)別の国連機関への加盟を申請するのは不適当」と訴えている。
パレスチナは9月、国家としての国連加盟を申請したが、イスラエルとの和平が実現しない段階での加盟に米国が反対。安保理は審議を加盟審査委員会に委ねた。【10月6日 毎日】
***************************
【1人対1027人で交換】
こうした状況で和平交渉は停止していますが、イスラエルのかねてよりの懸案事項であった、ガザ地区を実効支配するハマスに捕虜として拘束されている「ギラド・シャリト曹長」の解放が、イスラエルとハマスの交換(1人対1027人)という形で合意したことが報じられています。
****ハマス:イスラエル兵解放へ パレスチナ囚人と「交換」****
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは11日、5年以上ガザに監禁してきたイスラエル兵1人を解放することでイスラエルと合意した。双方が発表した。ハマスによると、イスラエルはパレスチナ人囚人1027人を釈放する。中断中の中東和平交渉に直接的な影響はないが、再開に向けた環境整備につながる見通し。
兵士は06年6月にイスラエル南部のガザ境界近くでハマスなどに拉致されたギラド・シャリト曹長(25)。曹長は戦闘で行方不明になった兵士のうち唯一生存が確実視されてきた。一方、イスラエルは「テロ容疑」などでパレスチナ武装勢力メンバーら約6000人を拘束している。
イスラエルのネタニヤフ首相はテレビ出演し「(曹長は)数日のうちに戻る」と述べた。国民皆兵のイスラエルでは、捕虜を取り返すことは重大な内政問題。今夏は経済問題でデモが続き、首相に重圧がかかっていた。
ハマス指導者のメシャル氏もテレビ演説し、1027人が2カ月以内に釈放されると発表。ハマスは、曹長の拉致で強まったイスラエルの軍事行動やガザ封鎖による困窮で住民の支持が落ち、アッバス自治政府議長の先月の国連演説でも影が薄まった。ハマス以外にファタハのメンバーらも釈放される見通しで、両者の協力態勢が強まる可能性が高い。【10月12日 毎日】
***************************
イスラエル軍のギラド・シャリト曹長(当時は伍長)が06年6月25日、同国南部のガザ境界近くで、ハマスの軍事組織などとの戦闘の末に拉致されました。イスラエル軍は救出のため同月28日にガザに侵攻、11月の停戦までに民間人を含むパレスチナ人400人以上とイスラエル兵5人が戦闘で死亡しました、曹長は救出できませんでした。【10年7月2日 毎日より】
以来、イスラエル側はガザ地区を封鎖しており、住民の生活は困窮を極めています。
08年12月末には、イスラエル軍による大規模なガザ侵攻作戦も実施され、大きな犠牲を出しています。
なお、06年7月には、レバノンのイスラム過激派ヒズボラによってもイスラエル兵士2名が拉致されており、イスラエル側はこれを契機に34日間にわたるレバノン侵攻を行い、レバノン側に1200人、イスラエル側に160人を越える死者が出ています。
このヒズボラによる拉致兵士は死亡が確認されましたが、08年6月末、イスラエル政府は、イスラエル兵2人の“遺体”との交換で、収監中のレバノン人戦闘員5人とパレスチナ人数名を釈放することを決定しています。
また、イスラエル側は、兵士2人の遺体と引き換えに、掘り起こしたパレスチナ人やヒズボラ戦闘員ら199人の遺体を引き渡すとも報じられていました。
イスラエルとハマスは、エジプトの仲介で、水面下で交渉を行ってきましたが、ハマスが拉致から5年以上たった現段階で解放に応じた背景には、ガザ地区住民の困窮、国連加盟に乗り出したファタハ・アッバス議長への支持拡大をうけてハマスへの支持が低下するなかで、受刑者らの釈放を実現することでパレスチナ市民の支持回復を図る狙いがあるとみられています。
イスラエルにとっては、捕虜となった自国兵士を取り戻すことは重大な内政問題であり、昨年6月にも解放を求める1万人規模のデモがイスラエル国内で行われ、ネタニヤフ首相への大きな圧力になっていました。
このときも、ネタニヤフ首相はレビ演説で「(ギラド・シャリト曹長の)家族と痛みを分かち合いたい」と話し、パレスチナ囚人1000人との交換に応じる意思を表明しました。
しかし、“ハマス側の要求には、イスラエル側が「第一級のテロリスト」と呼ぶ一部パレスチナ組織幹部らの釈放が含まれ、これは拒絶する構え。特にパレスチナ解放機構(PLO)の「次期指導者」と期待され、パレスチナ人の間で人気が高いマルワン・バルグーティ氏の釈放については応じないとみられる。演説でも「殺人者を釈放すれば、(新たな)犠牲者を生む可能性がある」と語り、世論を見極めようとしている”【10年7月2日 毎日】ということで、その後は進展がありませんでした。
なお、今回の交換で、「次期PLO指導者」とも目されているマルワン・バルグーティ氏の扱いがどうなっているのかは知りません。ファタハの組織再建にハマスが手を貸すのでしょうか?
【命の重さの現実的格差か】
いずれにしても、交換の合意が成立したことは喜ばしいことです。
ただ、“1人と1027人の交換”というのが、どう理解したらいいのか、釈然としないところもあります。
これまでも、人数に大差がある条件でもしばしば交換が行われてきました。
パレスチナ側にとって、なるべく大勢が帰ってくる方がいいのは間違いないでしょうが・・・。
命の重さは“数”ではないと言えばそれまでですが、この交換条件は、イスラエルとパレスチナにおける“命の重さ”の現実的な格差を表しているようにも思えます。
今回の交換の話だけでなく、捕虜1人を救出するためにガザ地区に侵攻し、パレスチナ人側の犠牲者が400人に上っていることもあります。
その後のガザ封鎖による住民の困窮・犠牲も膨大なものがあります。
また、イスラエルによって、「テロ容疑」などでパレスチナ武装勢力メンバーら約6000人が拘束されています。
捕虜になった兵士を解放したいというイスラエル側の長年の努力は、人命尊重として評価されるべきものでしょうが、そのために失われたパレスチナ側の多大な犠牲をどのように考えたらいいのでしょうか。
パレスチナ人の命の重さは、イスラエル人の1千分の1しかない・・・というのは、ひねくれた理解でしょうか。
あるいは、パレスチナにとっては、イスラエルに抗するには自らの多くの命を持ってするしか道がない・・・ということでしょうか。
イスラエルとパレスチナの和平交渉と言っても、その置かれている立場には大きな格差が存在しています。
なお、イスラエル側にも、これまでの捕虜交換について、代償が大きすぎるとの批判もあるようです。(ヒズボラとの交換では、“遺体”との交換で、イスラエル人3人を殺害したことで著名なレバノン人が解放されました。)
また、捕虜兵士家族は交換・解放を政府に強く迫っていますが、パレスチナ側のテロで死亡した犠牲者の家族は、交換でテロリストが解放されることに反対しています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます