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孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー  強硬派の仏教グループの扇動で高まる仏教ナショナリズム

2015-03-21 23:01:22 | ミャンマー

(米誌タイム2013年7月号は、ミャンマーで続く仏教徒とイスラム教徒との対立の扇動者として仏教の高僧ウィラトゥ師を特集し、表紙にその顔写真を「仏教徒テロの顔」として掲載、ミャンマー側からの強い反発を買いました。)

ミャンマーの変革の多くは、将軍たちが次に何をするかにかかっている
下記はミャンマー民主化の懸念される問題に関する記事です。

****進むミャンマーの改革と残された課題****
フィナンシャル・タイムズ紙が、ミャンマーが真の改革を達成しつつあると認める一方、憲法改正、少数民族への対応、経済的果実の分配、宗教対立の鎮静化といった課題がある、とする社説を2月15日付で掲載しています。

すなわち、ミャンマーは今年総選挙を迎えようとしているが、2010年に行われた選挙は、きわめて重要なものであった。

軍に議席の4分の1を保証する憲法に基づいて実施され、主要野党NLD(国民民主連盟)はボイコットしたが、真の変化の始まりであった。

アウン・サン・スーチーを含む、何百もの政治犯が釈放され、検閲は緩められた。少数民族の武装勢力との停戦が交渉され、補欠選挙では、スーチー以下40名のNLDの候補が議席を得た。議会が力を得て、本物の民主主義が生まれる余地が出来た。

しかし、ミャンマーの変革には、必要なことがまだある。軍が自信をもって権力から遠ざかることが不可欠である。軍は議席を返上し、憲法改正への拒否権を放棄すべきである。

また、スーチーを念頭に置いた、外国籍の子を持つ人が大統領になれないとの憲法の条項を削除すべきである。スーチーが大統領になることが排除された選挙は、正当性を欠くことになろう。

ただ、それは、ミャンマーの運命がことごとくスーチーにかかっている、ということではない。スーチーには、国家の運営に必要な資質があるか否か懸念がある。民主主義の象徴であることと、政治的・経済的問題を抱えた国家の指導者となることは、全く別問題である。

憲法問題は氷山の一角である。誰が大統領になるにせよ、多くの危険な問題に取り組まねばならない。特に次の3つである。

第一は、真の連邦主義を採用し、少数民族との和解に達することである。
第二に、経済成長の果実をより広く行き渡らせることである。
第三に、イスラム教徒との宗教的緊張をしっかりコントロールしなければならない。

ラカイン州では、イスラム教徒は酷い扱いを受け続けている。新政府は、イスラム教徒が二級市民として取り扱われないようにしなければならない。

ミャンマーの変革の多くは、将軍たちが次に何をするかにかかっている、と述べています。(後略)【3月20日 WEDGE】
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スー・チー氏の大統領資格を含む憲法改正問題については、1月17日ブログ「ミャンマー 民主化プロセスに停滞感も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150117)で、イスラム教徒ロヒンギャの問題や少数民族との停戦交渉については、2月15日ブログ「ミャンマー ロヒンギャ問題でも、少数民族との停戦でも“黄信号”」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150215)でも取り上げてきました。

コーカン族問題では、中国は事態の沈静化を図りたい考え
少数民族問題のうち、最近衝突が拡大した中国系コーカン族の問題については、2月24日ブログ「ミャンマー北東部で中国系少数民族と政府軍の戦闘 中国国内には介入を求める声も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150224)で取り上げましたが、衝突はまだ収まっていないようです。

****北東部の戦闘、死者約200人に=武装勢力と激戦続く―ミャンマー****
中国との国境に近いミャンマー北東部シャン州コーカン地区で続く国軍とコーカン族武装勢力の武力紛争で、政府系メディアによると、18日の衝突で国軍と武装勢力の計16人が死亡した。これまでの政府系メディアの報道を総合すると、2月9日に戦闘が始まって以来、死者は双方合わせて約200人に達した。(後略)【3月19日 時事】 
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この間、国境を接する中国雲南省の村が爆撃され中国の住民5人が死亡し8人が負傷する事件が発生。

中国側がミャンマー空軍機による爆撃と主張するのに対し、ミャンマー政府は「国軍の空爆ではない」と反論。
また、ミャンマー側はコーカン族武装組織の攻勢に中国が武器支援や傭兵送り込みなどで肩入れしているとみおいます。

“中国軍は15日までに、戦闘機や対空ミサイル、高射砲などの部隊をミャンマーとの国境地帯の雲南省臨滄市に移動させた”【3月16日 Searchina】と両国関係が緊張する事態も報じられており、中国ネット上では「ミャンマーの内戦に介入すべきだ」といった書き込みが殺到するなど、中国版クリミア介入のような事態も一部では危惧されています。

ただ、中国・習近平政権が欲しているのは、中国系コーカン族が暮らす辺境の地などではなく、東南アジア・南アジア・中央アジアから欧州にいたる世界戦略「一帯一路」において重要な位置を占めるミャンマー政府との協力関係であり、クリミア・ウクライナ東部に介入してロシア民族主義を満足させた一方で、ウクライナ本体を決定的に欧米側に追いやり、周辺国のロシア警戒感を高めることになったプーチン大統領のような愚策はとらないでしょう。

****ミャンマーと関係発展維持=中国外相が雲南省に―爆弾事件****
中国の王毅外相はミャンマーと国境を接する南部の雲南省を訪れ、16日、外交に関する省の会議に出席した。

ミャンマー国軍とコーカン族武装勢力の衝突に絡む爆弾落下で中国側の住民13人が死傷した事件に関し、国境の平和・安定と中国国民の生命財産を守り、両国関係発展の大局を維持することについて省幹部らと意見交換したという。

17日付の地元紙・雲南日報が伝えた。事件で中国政府はミャンマー軍機の爆弾として強く抗議。一方、ミャンマー側は関与を否定しつつ「深い遺憾」の意を表明し、両国の共同調査が始まっている。

国境の中国側には数万人の難民が流入しているとされるが、中国はミャンマーとの決定的な対立を避け、事態の沈静化を図りたい考えとみられる。【3月17日 時事】 
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ミャンマー政府も、コーカン族の問題はさておき、遅延している少数民族との全土停戦に向けた交渉を再開しています。

****停戦協定の交渉再開 ミャンマー****
ミャンマーで1948年の独立直後から内戦状態にある政府軍と少数民族武装勢力との「全国停戦協定」をめぐる交渉が17日、最大都市ヤンゴンで再開された。政府軍の代表や少数民族側交渉団長も加わる正式な交渉は、昨年9月に中断して以来6カ月ぶりだ。

同国北部で政府軍の攻撃が激化し、少数民族側に停戦機運が高まる一方、政府側も今年後半にある総選挙の前に全土停戦を実現したい思惑があるとみられる。【3月18日 朝日】
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仏像ヘッドホン事件
そうしたなかで、ミャンマー民主化の変質も懸念させる事件が起きています。
事件そのものは些細な三面記事的なものではありますが、背後には危険な流れが感じられます。

****<ミャンマー>「仏像にヘッドホン」絵…宗教侮辱で懲役判決****
ミャンマーでヘッドホンをした仏像のイラストをバーの広告に使ったとして、宗教侮辱罪に問われたニュージーランド人経営者(32)ら3人に対し、裁判所は17日、懲役2年6月の判決を言い渡した。

国際人権団体は「表現の自由の侵害だ」と反発しているが、仏教徒が大半を占める世論の大勢は判決を支持しており、民政移管(2011年)以降の仏教ナショナリズムの高まりを反映した形だ。

経営者は昨年12月、最大都市ヤンゴンで開店したばかりのバーで「ドリンク割引」を宣伝しようと、自身のフェイスブックにイラストを掲載。直後から強硬派の仏教グループが猛抗議したのを受け、警察は経営者とともに店のオーナーと従業員のミャンマー人2人も逮捕した。

逮捕翌日、店側はイラストを削除し「いかなる宗教を侮辱する意図もなく、無知だった」と謝罪文を載せた。裁判所は17日の判決で、「宗教を侮辱する意図的な企てだった」と断罪した。

ミャンマーでは、司法機関が政権から独立しているとは言い難く、判決の背景について「今年後半の総選挙に向け、(政権与党が)仏教徒の票を獲得するため政治利用した」との指摘も出ている。

ネット上では世界各地から「ミャンマーは寛容な仏教国ではなかったのか」「罰金や寺院の清掃奉仕で済む話では」といった批判が噴出。だが、国内では「より重い罪にすべきだった」との強硬論も根強い。

ミャンマーでは昨年、仏像のイメージを入れ墨にしているとして、カナダ人やスペイン人の観光客が相次いで強制送還される事件も起きている。

民政移管以降、仏教徒とイスラム教徒の対立が先鋭化し、暴動が頻発したことから、政権も世論も「宗教」に対し過剰反応する傾向が続いている。【3月19日 毎日】
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ムハンマドを“冒涜”するとされる風刺画などへのイスラム教徒の過激な反応をも想起させます。
もちろん現地住民の心情を逆撫でしたことに対しては反省する必要があるでしょうが、ムハンマド風刺画のような宗教的“冒涜”の意図はまったく感じられない事件です。

もし、今回ケースが問題とされるなら、日本国内で頻繁に見られる仏像や僧侶を面白おかしく取り扱うコントなども重罪となるでしょう。

更に言えば、現地住民による似たような行為は今までもあったものの、特段問題にされることもなかったとも。

外国人が標的にされたのは“仏教ナショナリズムの高まり”の結果であり、その原動力となっているのが“強硬派の仏教グループ”であるということが、非常に懸念されます。

少数派イスラム教徒に矛先を向ける偏狭で攻撃的な自文化至上主義
少数派イスラム教徒との緊張が高まっていることや、イスラム教徒ロヒンギャの対応においてミャンマー政府が事態を改善する手を打てないのも、“強硬派の仏教グループ”に扇動された“仏教ナショナリズムの高まり”が背景にあります。

ロヒンギャであっても「ホワイトカード」(暫定的な身分証明書)を発給されている一部の人に限り、憲法改正のための国民投票の投票権を与えるとする法律が成立したものの、多くの仏教僧が参加する抗議デモが起こり、わずか1日で、ホワイトカード制度自体が失効することになったこともあります。

“強硬派の仏教グループ”の中心的人物であるウィラトゥ師については、2013年8月17日ブログ「仏教界にもいろいろ タイの贅沢僧侶 ミャンマーの反イスラム・過激僧侶」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130817)でも取り上げたことがあります。

ウィラトゥ師は「イスラム教徒は仏教徒の文化や伝統を破壊し、女性を結婚によって無理やり改宗させている。信者が急増している」と社会の反イスラム感情を煽り立てています。

その活動は激しさを増しています。

****ミャンマー仏教僧「国連報告者は売春婦」 宗教巡り物議****
ミャンマーで反イスラム的な主張を掲げる仏教僧が、ミャンマーの人権状況に関する国連特別報告者を「売春婦」呼ばわりしたことが物議を醸している。21日に国連が抗議声明を出すなど国内外から批判が出ているが、過激な言動には歯止めがかかりそうにない。

発言したのは人口の9割近くを仏教徒が占めるとされるミャンマーでイスラム脅威論を唱えるウィラトゥ師。
16日、旧首都ヤンゴンを訪問していた李亮喜(イヤンヒ)・特別報告者への抗議デモで約500人を前に、李氏に対して「国連にいるからと言って自分を尊敬に値する人物だと思うな。私たちの国では、あなたはただの売春婦だ」などと述べた。

ウィラトゥ師らは、国連をイスラム教徒寄りだと見なす。国連総会は先月、西部ラカイン州で仏教徒とイスラム教徒のロヒンギャ族が対立する問題で、無国籍のロヒンギャ族に国籍を与えるよう求める決議を採択。李氏は、これらの問題などを調べるためにミャンマーを訪れていた。

発言には、ネットを中心に批判が出ている。2007年の反政府運動の指導者の1人だった仏教僧のトービタ師は朝日新聞に「僧としてふさわしくない発言で仏教のイメージを傷つける」と語った。

だが、ウィラトゥ師はAFP通信に「もっと激しい言葉があればそれを使った」と反発している。【1月23日 朝日】
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昨年には、ミャンマーの仏教過激派がスリランカの仏教過激派と国際連携に動き出したとも報じられています。

****スリランカとミャンマーに出現した仏教過激派連合を問う(荒木 重雄*****
奇妙な情報を聞いた。イスラム過激派「イスラム国」の台頭に刺激されてか、スリランカの仏教過激派がミャンマーの仏教過激派と国際連携に動き出したというのである。

スリランカ側の中心人物は、仏教国粋団体「ボドゥ・バラ・セナ(BBS)」のグナナサラ幹事長。相手は「ビルマのビンラディン」と呼ばれ、イスラム教徒へのあまりにも過激なヘイトスピーチ(憎悪表現)で名を売った高僧アシン・ウイラトゥー師。スリランカで会合し、「イスラム過激派による強制改宗と共に戦う」ことで合意したという(『選択』2014年11月号)

イスラム教徒は社会の脅威か
奇妙というのは、両国とも、イスラム教徒は絶対的な少数派で、しかも、むしろ多数派仏教徒から迫害を受けている被害者だからである。

スリランカのイスラム教徒は同国人口の約7%。主に、9世紀以降、インド洋貿易を担ったアラブ系の交易民の子孫や、17世紀以降、オランダ統治時代にマレーやジャワから、英国統治時代に北インドから、それぞれ移住してきた者の子孫である。

マレー系の農・漁民を除いては、商業に携わる者が多く、近年は宝石商として活躍する者も増えて、独自のコミュニティーをつくっているが、などを専業とする低いカーストとして仏教徒シンハラ人社会に組み込まれている集団もある。

裕福な宝石商などは、暴動などの際には真っ先に略奪や放火の対象とされている。

一方、ミャンマーのイスラム教徒は人口の僅か4%。15世紀以降、傭兵や商人として定住したベンガル系移民の子孫や、19世紀末の英国による植民地支配に伴ってインドから流入した移民の末裔である。

1980年代、アウンサンスーチーらの民主化運動を支持したことも一因で、軍政によって「不法移民」として国籍を剥奪されたり、財産没収や強制労働などの弾圧を受けるようになったが、尻馬に乗る仏教徒ビルマ人大衆の攻撃がエスカレートして、2000年代に入ってからは、集落が襲撃されて焼かれたり、数千人の避難民が小舟で海上に逃れて、そのうち数百人が漂流したまま行方不明になるなどの悲劇が、繰り返されている。

スリランカでもミャンマーでも、どう見ても、イスラム教徒が多数派仏教徒の脅威になるような状況ではないのだ。
とすれば、別の原因を捜さねばならない。

偏狭ナショナリズムに歴史あり
スリランカには、上記7%のイスラム教徒の他に、70%を占めるシンハラ人仏教徒と20%弱のタミル人ヒンドゥー教徒がいる。(中略)

(コロンボ市内で、4千人余りのタミル人がシンハラ人に虐殺され、内戦の契機となった)83年の暴動で目立ったのは大衆を扇動する仏教僧の姿だったといわれているが、この(タミル人との)内戦を通じて、仏教界の一部に過激化した僧侶集団が育ち、その一派が冒頭に述べたBBSである。

(内戦終結で)タミル勢力がもはやシンハラ人社会に対抗するものでなくなったいま、仏教ナショナリズムの鉾先がイスラム教徒に向けられたのである。

ミャンマーでも同様に、仏教徒とイスラム教徒の関係は、この国の民族・宗教対立の主要なテーマではない。

独立当時、英国植民地支配下でキリスト教徒となった者も多いカレン族、カチン族、チン族などをはじめとする少数民族は、ビルマ族仏教徒が主導する国造りに異を唱え、武装組織を創設してビルマ族に迫り、一時はビルマ族中央政府は当時の首都ラングーンを統治するのが精一杯の状況にまで追い詰められた。

第2次大戦中、キリスト教徒少数民族を傭兵とした英植民地軍と、仏教徒ビルマ族を兵力に用いた日本軍が戦った、その前史を含め、この過程で、仏教徒ビルマ族ナショナリズムはいやがうえにも肥大化・先鋭化したのだ。

内戦は、紆余曲折を経ながらも、軍政が各少数民族武装勢力を下して、現在、全面的な停戦合意に到達しつつある。

こうして、侮れない武装勢力をもつ有力な少数民族との緊張が薄れたなかで、いま、理不尽な近現代史で育まれた仏教ナショナリズムの刃が、弱小で、民族としての政治的自立性を主張したこともないイスラム教徒に向けられようとしているのである。

仏教徒にとって弱い者いじめは恥である
ナショナリズムとは本来、抑圧された少数派が権利を主張し、自らを鼓舞する叫びであった。だが、いつの間にか、多数派が少数派を排斥し抑圧するスローガン、ときには、体制による権力維持の暴力装置にさえ、変わり果ててしまった。

それは、これら両国にのみ認められることでなく、他のアジア諸国にも、また、近年とみに、欧米諸国における移民排斥や、我が国でのヘイトスピーチにも見られるところである。

だが、そのような偏狭で攻撃的な自文化至上主義は、「生きとし生けるすべてのものへの差別なき大悲」を旨とする仏教者にとっては、本来、最も退けるべきものであり、闘うべき対象であるはずではないのか。【1月20日 オルタ】http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%81%A8%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%81%AB%E5%87%BA%E7%8F%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BB%8F%E6%95%99%E9%81%8E%E6%BF%80%E6%B4%BE%E9%80%A3%E5%90%88%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86
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寛容で知られる仏教徒の一部が多数派による少数派排斥・抑圧を扇動する・・・まったく残念な事態です。
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イスラエル・ネタニヤフ首相の「2国家共存」否定にアメリカが強い不快感 アラブ系政党が第3党へ

2015-03-20 23:03:41 | 中東情勢

(18日 勝利宣言するネタニヤフ首相 ただ、アメリカ・オバマ政権との軋轢はかつてないほどに大きくなっています。 “flickr”より By scrolleditorial https://www.flickr.com/photos/115313787@N08/16664045409/in/photolist-rn6dBV-rpkMMd-rFoAJT-rGBzVR-rFD8Lp-rFoAvB-rFynQh-rFynHU-rnXTCm-rDERNA-ro8yrp-rFAerj-rERPUr-rENREy-rmxF34-rEkvz1-rocy2t-ro6Prw-roxA8K-rESesA)

与党勝利 危機感を煽る形で右派層の支持を固める
周知のように、注目されていたイスラエル総選挙は、ネタニヤフ首相率いる右派リクードが予想以上に大勝しました。

ネタニヤフ首相はリクードを中心に右派・宗教勢力を取り込んだ、解散前の政権よりもさらに右寄りの右派連立政権樹立に向けて動いていると報じられています。
その場合、ネタニヤフ首相は連続3期目、通算4期目の首相就任となります。

****右派リクードの第1党確定=イスラエル総選挙****
イスラエル選挙管理委員会は19日、17日に投票が行われた総選挙(国会定数120)の最終的な開票結果を発表した。第1党は30議席を獲得した右派リクードで、中道左派・労働党が主導する「シオニスト連合」(24議席)、アラブ統一会派(13議席)、中道「イエシュアティド」(11議席)、中道右派「クラヌ」(10議席)と続いている。

ネタニヤフ首相率いるリクードを中心とする右派・宗教勢力は、過半数の67議席を確保。首相は安定政権を築くため、同勢力内で連立を組みたい考えだ。【3月19日 時事】
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任期を2年以上残した前倒し選挙に入ったときは、安全保障を前面に出すネタニヤフ首相・リクードの一人勝ちとも見られていましたが、家賃や物価の高騰、格差是正など経済問題を争点した中道左派・労働党が主導する「シオニスト連合」の追い上げにあい、選挙戦終盤では逆転を許したとも報じられていました。

しかし最終的には、危機感を煽る形で右派層の支持を固め、右翼バネで勝利をものにしています。

****左派政権誕生」と危機感=強硬姿勢で右派固め―イスラエル首相****
・・・・首相は選挙戦終盤で「アラブ人が支持する左派政権が誕生する」などと危機感をあおった上、パレスチナ問題で強硬姿勢を改めて示して右派層の支持を固めたことが奏功した。

選挙戦では、中道左派の伸長を許して苦戦を強いられた。首相は、得意の安全保障を争点に掲げ、イランの核開発やイスラム過激派の脅威から国を守れるのは「自分しかいない」と訴えた。(後略)【3月18日 時事】
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今後の連立交渉に関しては
“エルサレム・ポスト紙(電子版)によれば、首相は極右「ユダヤの家」、極右「わが家イスラエル」、宗教政党2党、そして中道右派の新党「クラヌ」の各党首に対し、連立を要請する予定と語った。10議席獲得を見込む「クラヌ」の党首で、かつてリクード党員だったカハロン元通信相が連立交渉の鍵を握るとみられる。首相は選挙戦中、首相を支持すれば、財務相のポストを約束するとカハロン氏に持ち掛けていた。”【3月18日 時事】とのことです。

なお、極右政党「わが家イスラエル」の党首で、ウルトラナショナリストとして知られるリーベルマン外相は、選挙戦終盤の9日、「われわれの側につく者たちにはすべてを与えよう。だが、われわれに逆らう者たちに相応しいのは斧で首を斬る刑だ」と、イスラエル国家に忠誠を誓わないアラブ系イスラエル人は「斬首の刑」に処すべきだという趣旨の発言をしています。【3月12日 Newsweekより】

極右の聴衆はこれを聞いて熱狂したそうですが、外相の発言はイスラエルの刑法で禁じられた扇動に当たるとの指摘もあります。しかし、連立与党となれば、そういう話もなくなるでしょう。

【「首相でいる限りパレスチナ国家を樹立させない」】
問題はネタニヤフ首相自身の発言です。

****<イスラエル>「首相でいる限りパレスチナ国家樹立認めず****
・・・・ネタニヤフ首相は16日、占領地・東エルサレムのユダヤ人入植地を訪問。同日、極右系地元メディアに「イスラエルが支配するヨルダン川西岸からの撤退を主張する指導者は、イスラム過激派にイスラエルを攻撃するための土地を提供することになる」と発言。「首相でいる限りパレスチナ国家を樹立させないということか」との問いに「そうだ」と答えた。

ネタニヤフ首相は2009年の選挙で勝利した後、パレスチナ国家を樹立しイスラエルとの「2国家共存」を目指す考えを初めて公式に示した。今回の発言は極右票の取り込みを意識したものと見られるが、中東和平を必要視する中道右派議員の反発を招くなど、今後の連立協議に影響を及ぼす可能性もある。(後略)【3月17日 毎日】
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“極右票の取り込みを意識したもの”でしょうが、保守強硬派として知られるネタニヤフ首相の本音でもあるでしょう。

しかし、これまでのパレスチナ和平交渉を根底から否定するものでもあります。

****ネタニヤフ首相、「脅威」を前面に巻き返し 和平協議再開さらに困難に****
イスラエル総選挙で一時、劣勢が伝えられたネタニヤフ首相は、パレスチナ問題やイラン核問題など安全保障面の「脅威」に争点を絞り、国民の恐怖心を最大限にかき立てる戦術を取った。

投票直前には事実上、パレスチナとの「2国家共存」を目指す枠組みを否定。和平協議再開はいっそう困難となった。(中略)

労働党とハトヌアで作る中道左派連合が、物価や家賃高騰への国民の不満を背景に支持を拡大。リクードは投票数日前に支持率でリードを許した。

そんな中で飛び出したのが、地元メディアとの会見で、在任中はパレスチナ国家の樹立を認めないというネタニヤフ氏の発言だ。

同氏は「パレスチナ国家を認めれば、イスラム過激派に攻撃拠点を与えることになる」とも主張。
イスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム原理主義組織ハマスとの間では昨年夏、大規模な軍事衝突が発生しているだけに、一連の発言は有権者に一定の恐怖感と説得力を与えた可能性がある。

しかし、こうした強硬姿勢は、国際社会が求めてきた「2国家共存」による和平の枠組みを真っ向から否定するものだ

同氏は元来、和平に消極的だとみられてきたが、それを自ら鮮明にしたことで、和平協議再開を目指す米国との関係はさらに冷え込みそうだ。

一方、パレスチナ側はネタニヤフ氏の強硬路線継続は織り込み済みだ。自治政府高官は17日、イスラエル訴追を目的とした国際刑事裁判所(ICC)加盟をめぐる外交努力を加速させる考えを示した。

これに対してもイスラエルが反発を強めるのは必至で、和平問題は出口のない状況に陥っている。【3月19日 産経】
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アメリカ・オバマ政権 イスラエルへの対処方針の見直しを進める意向を表明
国際社会が求めてきた「2国家共存」による和平の枠組みは、アメリカ・オバマ政権が(国際的には、“今は無理じゃないか・・・”と思われるなかにあっても)執拗に求めてきたものでもあります。

****<米大統領>「パレスチナ国家樹立支持」イスラエルに伝える****
オバマ米大統領は19日、イスラエル総選挙で勝利したネタニヤフ首相に祝福の電話をかけたが、この中でネタニヤフ氏が選挙戦中に拒否したパレスチナ国家樹立について、米国の支持方針に変わりはないことを伝えた。ホワイトハウスが発表した。

アーネスト大統領報道官は同日の定例会見で、ネタニヤフ氏の発言を受け、米国が国連などで反イスラエル的な決議に反対してきた方針を見直す意向を表明。ホワイトハウス当局者によると、オバマ氏はこの点もネタニヤフ氏に伝達した。

米国と中東随一の親米国であるイスラエルの関係は、頓挫している中東和平交渉やイラン核問題への対処方針の違いなどから悪化の一途をたどってきた。

今回のネタニヤフ発言に対するオバマ政権の対応は異例の厳しさで、大統領や政権幹部の激しいらだちを示していると言えそうだ。

オバマ大統領は電話で、ネタニヤフ氏が3日の米上下両院合同会議での演説で批判したイランの核開発を巡る国際交渉についても「核兵器保有を防ぐためイランとの包括的合意を目指す」と明言、批判をはねつけた。

ネタニヤフ氏はイスラエル総選挙の投票日前日の16日、首相を続投することになればパレスチナ国家の樹立は承認しないと発言していた。

これについてアーネスト報道官は19日、中東和平交渉を仲介してきた米国政府の長年の方針は、イスラエルと将来のパレスチナ国家が並立する「2国家共存」だと説明。さらに、ネタニヤフ氏が選挙期間中、アラブ系有権者の選挙参加を疎外する発言をしたと厳しく批判した。

ネタニヤフ氏は19日放映の米NBCのインタビューでこうした発言を事実上取り消していたが、アーネスト氏はこれを受け入れず、「発言には責任が伴う」として、イスラエルへの対処方針の見直しを進めると強調した。【3月20日 毎日】
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“ネタニヤフ氏が選挙期間中、アラブ系有権者の選挙参加を疎外する発言”というのは、ネタニヤフ首相がフェイスブックに「右派政権は危機にある。アラブ系有権者が大量に投票する。左派組織がバスで輸送している」などと書き込んだもので、アーネスト米大統領報道官はアラブ系有権者を疎外しようとする発言だとして、「米国とイスラエルを結びつける価値と民主的理想を危うくするものだ」と批判しています。

ネタニヤフ首相は今月3日は、オバマ大統領の頭越しに、野党・共和党に招かれる形で訪米し、議会でオバマ政権が進めるイラン核開発交渉を「悪い取引だ」と批判、何も取引しないことの方が“悪い取引”よりましだとも話しています。

これまでも、リベラルな傾向のあるオバマ大統領と保守強硬派のネタニヤフ首相のそりが合わないことは知られていました。

パレスチナ問題やイラン核開発交渉の今後に向けて、オバマ政権はネタニヤフ首相の敗北・退陣を望んでいたとも言われていますが、予想外の勝利で逆にパレスチナ問題もイラン核開発交渉もますます困難な情勢となっています。

そうした事情もあって、さすがにオバマ政権もいささか“マジ切れ”したかのようにも見えます。
ネタニヤフ首相も、選挙終了後になって発言を事実上取り消すというのも姑息です。

アメリカは、パレスチナが2011年に国連加盟を申請した際、国連安全保障理事会での拒否権行使を示唆するなどしてこれを阻止したように、長くイスラエルの後ろ盾となってきました。

パレスチナ自治政府は国際刑事裁判所(ICC)に正式加盟する見通しの4月1日に、イスラエルを「戦争犯罪」で提訴する考えを明らかにしています。

ネタニヤフ首相続投、「2国家共存」否定発言で出口を失ったかのように思えるパレスチナ問題ですが、アメリカが本当に“イスラエルへの対処方針の見直しを進める”ならば、また別の展開もありえます。

アメリカ・オバマ政権の怒りがどこまで本気か・・・ということもありますし、共和党と厳しく対立する国内事情、更にはアメリカ政界で強い影響力を持つと言われるユダヤ人ロビーもありますので、どうでしょうか?

イラン核開発問題でも交渉の足かせに
なお、ネタニヤフ首相勝利は、イラン問題でもオバマ政権にとって足かせとなりそうです。

****イスラエル現政権継続 イラン核協議でオバマ政権の障害に****
米欧など6カ国とイランによる核協議の合意を目指すオバマ米大統領にとり、イスラエルのネタニヤフ首相が続投することになれば、残り2年を切った任期でレガシー(政治的遺産)を作る上で大きな障害となる。
核協議に反対するネタニヤフ氏が頼みとする米国の野党・共和党が勢いづき、制裁圧力を強めるのは確実だからだ。

ネタニヤフ氏の右派リクードが第1党の座を確実にするのに先立ち、アーネスト米大統領報道官は17日の記者会見で「イスラエル国民が誰を選ぼうとも、大統領は緊密に連携できると確信している」と述べた。

ただ、イラン核協議や、米国がイスラエルとパレスチナの和平協議の仲介で目指す「2国家共存」に異を唱えるネタニヤフ氏は、オバマ氏を阻む存在だ。

ネタニヤフ氏は今月3日、オバマ氏の頭越しに訪米し、米議会の上下両院合同会議で演説。イランとの核協議の危険性を訴えた。ホワイトハウスとの対立は極限に達しており、オバマ政権はリクードの敗北によるネタニヤフ氏の退陣を望んでいたとされる。(後略)【3月18日 産経】
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ネタニヤフ首相は、何も取引しないことは悪い取引よりましだと語っていますが、“何も取引しないこと”はイラン核開発の加速、それに対するイスラエルの核施設空爆、更にはイランの反撃・・・・という戦争のシナリオでもあります。それこそがネタニヤフ首相や共和党強硬派の望んでいることでしょうが。

アラブ系統一会派が第3党へ
今回イスラエル総選挙では、アラブ系統一会派が第3党に躍進しています。
こうした動きが、先述のネタニヤフ首相の“アラブ系有権者を疎外しようとする発言”にもつながっています。

****イスラエル総選挙でアラブ系統一会派が歴史的躍進****
イスラエルのアラブ系政党や極左政党などが加わった前例のない統一会派が、総選挙後の第3の政治勢力に躍進する勢いだ。

17日に投開票が実施されたイスラエル総選挙では、アラブ系、ユダヤ系双方の左派運動家、パレスチナ民族主義者などが初めて手を組んだアラブ系主体の「ジョイントリスト」が、出口調査の結果、13議席を獲得する見通しとなった。(中略)

ジョイントリストは、仮にシオニストユニオンが選挙に勝利したとしても、連立政権には加わらないと主張している。

ジョイントリストが結成された理由は、総選挙で最低3.25%を得票しないと議席が得られないよう規定が改訂されたことが大きい。アラブ系や極左の小政党は、規定の得票率に達せず1議席も得られないおそれがあった。

「人種差別、ファシズム、右派に対抗する連立だ」と、テルアビブ大学の学生でジョイントリスト支持者のタレク・アワドはアルジャジーラに答えている。「アラブ系とユダヤ系の平等を求め、女性の権利を促進させる。平和と民主主義の政党だ」

ジョイントリスト躍進の背景には、アラブ系住民が多数を占める地域で投票率が上昇したことがある。

与党リクードはこれに対抗し、アラブ系への恐怖を煽るキャンペーンを展開していた。投票前日にフェイスブックに投稿した動画では、「われわれの支配が危機に直面している。アラブ系が大挙して投票所に向かっている」

投票後、ジョイントリストのリーダー、アイマン・オデは「歴史的瞬間」を祝福し、「ネタニヤフの連立政権樹立を阻止する」と約束した。【3月18日 Newsweek】
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これまでイスラエル国会においては、ハダッシュ(イスラエル共産党主体のアラブ系政党)やタール、バラドというアラブ系政党があり、その議席数合計は11議席です。

今回のアラブ系主体の「ジョイントリスト」はハダッシュなど4党が統一会派を組んだものですが、従前アラブ系政党をどこまでカバーしたものかは知りません。

2013年のイスラエル中央統計局のデータでは、総人口は802万人で、そのうちユダヤ人が604万人(75.3%)、アラブ人が166万人(20.7%)、その他32万人(4.0%)となっています。【ウィキペディアより】

アラブ系住民は選挙権は有していますが「ユダヤ人国家」を標榜するイスラエル社会にあっては多くの制約を受ける「二等市民」的な立場にもあります。

政治における影響力も限定的なものでした。

****アラブ系市民の声を国政に届けるため、イスラエルのアラブ系諸政党は団結を****
イスラエル国会[クネセット]におけるアラブ系諸政党と、同国選挙におけるアラブ票 は、常に論争の的になってきた。

多くの人が、アラブ票は幻想にすぎないイスラエルの民主主義というイメージを見せつけるための幻想の覆いであるとみなしており、国内のアラブ系住民 に立候補や投票の権利を認めることは、彼らの平等を主張するイスラエルのためになっている と考えている。

イスラエルはアラブ系に選挙権を認めてはいるが、それと同時に、尊厳ある生にとって最低限求められるものを彼らから奪っている。投票の権利を与えはするが、彼らに対しあらゆる種類の人種差別を行っているのである。

辛い真実であるが、イスラエル国会におけるアラブ系議員は、これまで常に見せかけだけの存在 にすぎず、イスラエル国会でのパワーゲームに参与することができなかった。

アラブ系議員には政府を倒す力はまるでなく、政府の一員でも野党の一員でもない彼らには、政治的な力などないのだということを、国会内での彼らの立場が示している。

さらに辛い事実をいえば、アラブ系議員は彼らを選んだアラブ系住民たちに奉仕することもできない。彼らの立場は、イスラエルが民主主義国家であるとのイメージを見せつけるのを補完する、看板 にすぎないからだ。(後略)【2009年02月10日付アル・アハラーム紙(エジプト)】
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今回はアラブ系諸政党が分裂を乗り越えて統一会派を結成し、第3党の地位を得ました。
アラブ系住民は約2割存在しますので、数字のうえではもっと上積みも可能です。
“イスラエルが民主主義国家であるとのイメージを見せつけるのを補完する看板 ”を脱することも可能です。

ただ、そうした動きはイスラエル社会のなかで激しい反発を惹起することも予想されます。
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武器輸出  買い手を選ぶ国、選ばない国

2015-03-19 21:58:52 | 国際情勢

(2011年3月 国内少数派であるシーア派住民の反政府デモが起きているバーレーンに進駐したサウジアラビア治安部隊は、現地当局とともにデモ隊の鎮圧にあたりました。 
こうした装備も欧米からの輸入によるものではないでしょうか。
写真は“flickr”より By Sniper Photo Agency http://www.flickr.com/photos/sniperphotocouk/5540592500/)

防衛装備移転三原則
日本政府は昨年4月1日、従来の武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」を閣議決定し、従来からの武器の全面禁輸方針を転換しました。

新原則は安倍首相が提唱する「積極的平和主義」に沿う内容で、“従来の禁輸方針のもとで「例外化措置」としてなし崩し的に輸出を認めてきた個別の事例を整理し、ルールを明確にするとともに、将来の輸出拡大に備えるため枠組みに「柔軟性」を持たせている。政府の運用次第では、日本が掲げる「平和国家」の意味合いが変化することになりそうだ。”【2014年4月1日 毎日】とも。

****防衛装備移転三原則(骨子*****
<原則1>次に掲げる場合は、防衛装備の海外移転を認めない。
 (1)わが国の締結した条約その他の国際約束に基づく義務に違反する場合
 (2)国連安全保障理事会の決議に基づく義務に違反する場合
 (3)紛争当事国への移転となる場合

<原則2>移転を認め得る場合を次の場合に限定する。重要案件は国家安全保障会議で審議し、情報の公開を図る。
 (1)平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合
 (2)米国をはじめわが国と安全保障面での協力関係がある諸国との国際共同開発・生産
 (3)同盟国等との安全保障・防衛分野の協力強化
 (4)装備品の維持を含む自衛隊の活動及び邦人の安全確保

<原則3>移転の際に、原則として目的外使用と第三国移転についてわが国の事前同意を相手国政府に義務付ける。 【2014年4月1日 毎日】
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スェーデン:武器輸出よりも人権を重視する外交姿勢
世界には紛争当事国や明確な国際協約違反国でなくても、日本の価値観に照らした場合いかがなものか・・・と思われるような国も多く存在します。

中東の地域大国、サウジアラビアもそのひとつではないでしょうか。
サウジアラビアは女性の地位・権利が十分に保証されていないことでしばしば話題にもなりますが、女性問題に限らず、人権全般について日本とは価値観が大きく異なるようです。

そのあたりについては、1月18日ブログ「サウジアラビア その異様なまでに厳しい社会管理体制 むち打ち1000回、路上での斬首刑」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150118などでも取り上げていますので、今回は省略します。

ただ、アメリカの中東における最大の同盟国であり、日本にとっても原油輸入の30%を占める最大原油供給国ですから、当然に防衛装備海外移転の対象になるのでしょう。

****スウェーデン>サウジと女性人権問題で対立 武器輸出停止****
女性の地位向上などを柱にしたスウェーデンの「人権外交」にサウジアラビアが内政干渉と反発し、対立が深まっている。

スウェーデンはサウジに武器を輸出しない方針を決め、サウジが11日、大使を召還する事態に発展した。

スウェーデンのマルゴット・バルストロム外相が先月、サウジを独裁国家と呼んだうえ、同国の女性に対する扱いを非難した。

これに対しサウジは9日、アラブ連盟(本部・カイロ)で予定されていた同外相の演説を禁止した。演説で女性の地位向上を求めることが事前にわかり、特定の国を名指しはしていないものの、サウジ政府は自国への内政干渉と受け止めたようだ。

これにスウェーデンが反発し、今年5月に期限切れとなるサウジとの防衛協力協定を延長しないと10日に発表した。

同協定は2005年に締結されて10年に延長された。協定が延長されないことでサウジへの武器提供は終了する。サウジは昨年、スウェーデンから3900万ドル(約47億円)、11年以降では計5億6700万ドル(約688億円)分の武器を購入している。

サウジは女性に車の運転を認めないなど、女性の社会的地位が極めて低いことで知られている。
ただ、サウジは世界最大の武器輸入国でもあり、米英などは人権問題に目をつぶり武器輸出を優先させている。

昨年10月に発足したスウェーデンの中道左派政権は、武器輸出よりも人権を重視する外交姿勢を鮮明にしたと言えそうだ。【3月14日 毎日】
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人権尊重のイメージが強いスウェーデンですが、主要な武器輸出国でもあります。

なお、人権に対する考え方は様々で、3月17日、サウジアラビアは国連の人権委員会に対して、ミャンマーのムスリムである少数派民族「ロヒンギャ」への制度的な暴力が継続していることへの遺憾の意を表明しています。

武器輸出よりも人権を重視する外交姿勢・・・今の日本には無縁なものですが、ことあるごとに人権を盾にイラン、北朝鮮、ロシア、中国などを批判するアメリカなどが“人権問題に目をつぶり武器輸出を優先させている”現状、その二重基準について、本来は問題にされてしかるべきところでしょう。

【「中国は、買い手を政治的な観点で差別しない」】
一方、相手かまわず武器輸出している・・・とも言われる中国が、武器輸出実績を大きく伸ばしています。

****中国、ドイツを抜いて世界第3位の武器供給国に****
中国は過去5年間で武器・装備品の輸出を143%増やし、ドイツを抜いて世界第3位の武器取引国になった。

このデータはスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)がまとめたもので、中国の軍事面での影響力に対する諸外国の恐怖心を強め、隣国インドとの摩擦を激化させる公算が大きい。

過去5年間における最大の輸出先は、インドの南アジアのライバルに当たるパキスタンで、中国からの輸出品の41%を購入した。

買い手を選ばない中国、最大の輸出先はパキスタン
SIPRIによれば、中国からの武器輸出の大半は近隣のアジア諸国向けで、世界の武器市場における中国の輸出のシェアは2005~09年の3%から2010~14年の5%に拡大したという。

中国人民解放軍の退役大佐、岳剛氏は次のように話している。「パキスタンは何十年も前から中国と武器取引をしている。その理由の1つは、インドの怒りを買うことを恐れた多くの西側諸国がパキスタンへの武器輸出を拒んでいることにある。(パキスタンの)選択肢は限られており、必要に迫られて中国から買っているのだ」

また、中国には政治的な「しがらみ」がライバルの国々に比べて少なく、どの国にも武器を販売できると岳剛氏は指摘。「中国は、買い手を政治的な観点で差別しない」と言う。

中国の武器輸出は、上位の2カ国にまだ大きく水をあけられている。2010~14年に行われた世界の武器取引において米国の輸出が占めるシェアは31%に達しており、旧ソビエト連邦が冷戦時代に築いた巨大な武器産業を引き継いだロシアも27%を占めている。

しかし、中国は軍事予算を近年急増させており、先進的な技術も採り入れていることから、中国製の武器の競争力は高まっている。そのため、武器の輸出を増やして輸入を減らすこともできるようになっている。2010~14年の輸入は、それ以前の5年間より42%も減少している。(後略)【3月17日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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中国の輸出先は3分の2以上をパキスタン、バングラデシュ、ミャンマーの3か国が占めていますが、内戦・紛争も多いアフリカの18か国が10~14年に中国から武器を輸入しています。

欧米の二重基準
もっとも、先述のように“買い手を選ばない”のは別に中国だけの話ではなく、欧米の武器輸出も相当に怪しいものがあり、その意味では“目くそ、鼻くそ”の類でもあります。

****イギリス後援の展示会で独裁国家が武器を入手****
イギリス政府が後援する武器展示会で売買された武器が、テロリストの手に渡る恐れもある・・・・ロンドンを拠点とするNGOの武器貿易反対キャンペーン(CAAT)が警鐘を鳴らした。

「武器の寿命は政府の寿命より長い。ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)は、大昔にイラク政府に販売された武器を確保している。いったん独裁政権に売られたら、その武器の終着点は分からない」と、CAATの広報アンドルー・スミスは指摘した。「今日の友は明日の敵ということもあり得る」

スミスが警告した翌日、イギリスで内務省主催の武器展示会が聞かれた。出展企業には大型兵器や監視装置を扱う350社以上が名を連ねた。

ケムリング・テクノロジーソリューションズは、弾薬や催涙ガスの製造、対IED(即席爆発装置)技術の開発企業。世界3位の武器メーカーであるBAEシステムズは、バーレーンでデモ参加者の弾圧に使われた戦車を製造する。

この国内最大の展示会は秘密のベールに包まれている。マスコミと一般人の参加は不可。参加者名簿も非公開だ。ただしCAATが人手した昨年の名簿にはバーレーン、エジプト、サウジアラビア、ナイジェリア、イラクなどの国々が含まれていた。

英政府の外交政策の偽善を物語るイベントだと、スミスは訴える。「独裁者との絆を深め」、人権揉蹟に加担しているも同然なのだから。【3月24日号 Newsweek日本版】
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NATO加盟国トルコが中国からミサイル防衛システムを購入
一方、武器・兵器については、どこへ売るかだけでなく、どこから買うのかも問題になります。

****ミサイル装備をトルコに売却へ 中国、決定と報道****
中国共産党機関紙・人民日報(電子版)などは18日、中国製ミサイル防衛システム「紅旗9」がトルコ政府に売却されることが決まったと報じた。

トルコ側は2013年に購入する方針を発表したが、米国や北大西洋条約機構(NATO)の反発を受け、いったん見送っていた。

報道によると、「紅旗9」を生産している「中国精密機械進出口総公司(CPMIEC)」の関係者が中国メディアの取材に対し、購入が決まったことを明らかにした。

中国製ミサイル防衛システムをNATO加盟国が購入するのは初めてとみられる。

具体的な契約内容は明らかになっていないが、実際に導入されればトルコ軍に中国人技術者が関与する可能性もあり、NATO軍に関わる情報流出の懸念も出てきそうだ。

中国人研究者の間では、トルコ政府が購入を決断した背景には、安全保障面での協力を通じて中国との連携を深め、中東地域での米国の影響力に対抗する狙いがあるとの見方も出ている。【3月19日 朝日】
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NATO加盟国が中国からミサイル防衛システムを購入・・・なかなか奇妙な話ではあります。
エルドアン大統領のもとで、トルコは欧米にとって厄介な存在になりつつあります。

【「人権侵害者や独裁者の手に武器を委ねることがようやく国際法違反となる」】
最後に、日本企業の兵器売上の現状に関する記事

****兵器売上高、上位100社に日本企業4社も****
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は15日、2013年の兵器売上高上位100社を発表した。

ロシア企業が10社ランク入りし、売上高が前年比で約2割増えるなど、ロシアの国防産業拡大を示す内容となった。日本企業は、三菱重工業(27位)、三菱電機(68位)、川崎重工業(75位)、NEC(93位)の4社がランク入りした。(後略)【2014年12月16日 読売】
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なお、世界で850億ドル(約10兆2000億円)相当の規模を持つ武器取引に関する国際ルールを定めた武器貿易条約(ATT)が昨年12月24日に発効しており、日本も批准しています。

****武器貿易条約、(2014年12月)24日に発効****
・・・・武器の規制を求める非政府組織(NGO)による国際キャンペーン「コントロール・アームズ」のアンナ・マクドナルド代表は「あまりにも長い間、武器や弾薬はそれが誰の生活を破壊するのか、ほとんど問われないまま取引されてきた。今週発効される武器貿易条約によってそうした状態に終止符が打たれるだろう。人権侵害者や独裁者の手に武器を委ねることがようやく国際法違反となる」と述べている。

1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)以来の大規模な武器協定となるATTは、戦車や戦闘機からミサイル、小火器まであらゆる武器の国際取引を対象としており、これまでに計130か国が署名、60か国が批准している。

世界最大の武器生産国であり輸出国でもある米国は、署名はしているものの批准していない。

一方、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによれば、世界の武器輸出国上位10か国のうちの5か国、フランス、ドイツ、英国、イタリア、スペインは同条約を批准済みで、人権侵害の当事者に対する武器供給の削減を目指す厳密な基準に準拠することを誓っている。

またイスラエルは発効直前の今月に入って署名したが、中国とロシアは署名していない。【2014年12月23日 AFP】
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タイ  民主主義の後退が懸念される新憲法草案

2015-03-18 23:28:23 | 東南アジア

(2月25日朝、タイ国王の次女のシリントン王女が4月2日に60歳の誕生日を迎えることを祝賀する式典がバンコクのタイ首相府裏のパドゥンクルンカセーム運河で開かれ、プラユット首相(左)らが、舟で托鉢に訪れた僧侶に食品などを喜捨しました。 プラユット首相率いるタイ軍事政権は文化面で「タイらしさ」を振興する政策を打ち出し、パドゥンクルンカセーム運河に水上市場を開設するなど、タイの伝統、文化の復興に努めているとも。【2月25日 newsclipより】

一方、バンコクの観光名物の屋台が、歩行者の妨げになっているとの理由で当局から移転・撤去を迫られています。軍事政権によるタイの「イメージアップ」キャンペーンの一環だそうです。【3月12日 AFPより】)

【「半分の民主主義」】
タイ軍事政権は民政移管に向けて憲法起草委員会で新憲法案を審議してきましたが、その草案もまとまりました。
国会議員以外の首相就任を認める、比例代表制のウェイトを大きくする、上院は現在の公選・任命半々からすべて任命制にする・・・といった内容のようです。

****非議員首相、上院議員すべてを任命制に。「半分の民主主義」と批判も****
憲法起草委員会(CDC)が策定を急ぐ、新憲法の骨格が固まりつつある。

目玉の新選挙制度では、まず首相選出は国会議員以外、いわゆる非議員の選出も認め、任期は最長2期とした。

下院議員は、小選挙区比例代表制をそのままに、得票率が基準に達しなければ、当選としない最低得票数の規定は設けない。これにより、小政党にも議席獲得の可能性が高まる。

議会は小選挙区250人、比例代表200〜220人で構成。比例代表の選挙区は北部、南部、東北部を二分割、中部を二分割の6ブロックに分ける。

過去に汚職や選挙に絡む不正で有罪判決を受けた者は、下院議員への立候補資格を失う。一方、上院議員については定員200人のすべてを任命制とし、任期を6年、再選は認めない。議員は、元首相、軍首脳、元高級官僚、公社トップ経験者などから選出する。

また、首相や閣僚に対する罷免権に加え、首相が選ぶ閣僚や公社トップ人事を審査する権限をも与える。
さらに、CDCは、新たに首相や閣僚、国会議員に対する規律を作成し、監視機能を持つ組織を新設。規律に背けば、弾劾の是非を問う国民投票を実施できる力を与える。

新憲法の骨格について、タイ人ジャーナリストはこう評価する。「非議員が首相となることや、選挙を経ないで選ばれる上院の権限が強く、政治家の力が削がれる。まるで『半分の民主主義』と言われたプレーム政権時代(1980〜88年)と同じです」。

タクシン元首相派のタイ貢献党、ウォラワット元下院議員は「任命制で選ばれる上院が、最高機関であるべき内閣をコントロールすることは、もはや民主政治とは言えない」と批判。

民主党のニピット副党首も「首相と内閣が不信任決議されると同時に下院議会も解散とするのはおかしな話だ。本来であれば、首相と内閣だけに留めるべきだ」と不信感を募らせるなど、新憲法成立への道のりは険しそうだ。

とはいえ、プラユット暫定首相は、外遊先で今年中の新憲法成立と、早期民政移管を約束しているだけに、急がねばならない。着地点はどうなるのか、今後の成り行きに注目したい。【3月8日 WISE WEEKLY】
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非議員の首相については、“「軍・官僚を中心とする伝統的支配層の意に沿う人物を首相にする余地を残す狙いでは」(アッサダーン・パーニッカブット元ラムカムヘン大学政治学部長)との指摘がある。”【1月28日 朝日】とも。

小選挙区比例代表制については、現在は小選挙区が375人、比例代表が125人です。
比例代表の比率を高めることで、巨大政党の台頭を抑制する効果があります。

総じて改正内容は、タクシン派政党のような巨大政党が出現することを抑制し、選挙で選ばれた政治家の権限を一定の範囲内び限定し、選挙によらない機関(軍や司法機関、国家汚職追放委員会など)による政治コントロールを可能にする・・・そうしたものに思われます。

“タマサート大学講師のプラチャーク・コンキラティ氏(政治学)は「タクシン政権は、政党が多数派の大衆の支持を基盤に強い指導者・政権として国を運営する形だったが、タクシン氏の登場以前に引き戻そうという印象だ」と話す。”【1月28日 朝日】

相次ぐ政治家弾劾
政党政治を抑制しようという方向の流れがすでに強まっています。

インラック前首相(タクシン元首相の妹)は1月下旬、軍政が設置した暫定議会に弾劾を決議され、5年間の政治活動禁止となりましたが、タイ検察当局は2月19日、「コメ買い取り制度」の不正疑惑を巡り不正を見逃したとして、インラック氏を職務怠慢罪などで最高裁判所に起訴しています。

最高裁は3月中旬にも受理するかどうかを判断酢予定ですが、公判で有罪となれば最長10年の禁錮刑となります。

更に、タイ国家汚職追放委員会(NACC)は2月17日、インラック政権下で実施されたコメ担保融資制度で巨額の損失を出したとして、財務省に対し、インラック前首相に損害賠償を請求する訴訟を起こすよう求めることを決めています。

刑事・民事両方で、未だ国民的人気が衰えないタクシン派インラック前首相を徹底的に叩くつもりのようです。

抑制の対象はタクシン派だけでな、タイ国家汚職追放委員会(NACC)は2月24日、2010年に首都バンコクで起きた騒乱をめぐり、最大野党民主党のアピシット元首相とステープ元副首相の弾劾に向けた手続きも開始することを決めています。

NACCによる元上院議員38人を弾劾する動きもありましたが、こちらは頓挫しています。

****立法議会、元上院議員の弾劾決議案を否決****
立法議会で3月12日、改憲が違憲とされた問題に絡んで元上院議員38人を過去に遡って議員罷免とし、公民権5年停止に処すとの弾劾決議案が否決された。

弾劾は国家汚職制圧委員会(NACC)が請求していたものだが、賛成票が議員数の5分3に及ばず否決となった。
改憲は一昨年末に当時のインラック政権主導で行われたが、すぐに憲法裁判所が違憲と判断し、改正が無効とされた。【3月13日 バンコク週報】
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同様にNACCはタクシン派の元下院議員250人についても追及の構えですが、上院議員弾劾が否決されたことでどうなるのでしょうか。

****憲法改正支持の元議員250人の不正容疑を追求****
一昨年のインラック政権(当時)主導の憲法改正が違憲とされたことで国家汚職制圧委員会(NACC)がこの改憲に賛成した当時の下院議員250人の責任を問おうとしていることについて、NACCはこのほど、これら元議員の不正容疑に関する調書の立法議会提出を延期したことを明らかにした。

これは、議会で現在、同じ容疑をかけられている元上院議員38人のケースが取り上げられていることによるもの。同ケースに決着がついてから、NACCは元下院議員250人の調書を議会に提出する予定という。

なお、これら元議員の多くはタクシン派であり、仮に有罪となって公民権5年停止に処されれば、同派にとって大きな打撃となるのは必至だ。【3月4日 バンコク週報】
********************

政党政治をタイから根こそぎ引き抜いてしまおう・・・というようにも見えます。

一方で、国家平和秩序評議会(NCPO)などの軍事政権メンバーについて、新憲法制定後の政治活動は禁止されていません。

****軍政メンバーの政治活動禁止せず=憲法起草委で提案、暫定首相反対―タイ****
タイの憲法起草委員会は6日、昨年5月のクーデターに伴い軍事政権下で設置された国家平和秩序評議会(NCPO)など5機関のメンバーについて、新憲法制定から2年間は政治活動を禁止するとの提案を反対多数で否決した。

5機関はNCPOのほか内閣、立法議会、国家改革評議会、起草委。起草委の一部委員が「NCPOが権力の座に居座ることを防ぐ」などの目的で、起草作業中の新憲法案に政治活動禁止規定を盛り込むよう提唱した。

しかし、NCPO議長を兼務するプラユット暫定首相は5日、政治活動が禁じられるのは暫定憲法の規定通り起草委の委員のみとし、他の4機関を対象に加えることに反対する意向を表明した。

起草委スポークスマンによると、起草委は6日の会合で、「(起草委以外のメンバーは)政治活動が禁じられることを事前に知らされていなかった」などの理由で、他の4機関を禁止対象から除外することを決めた。【3月6日 時事】 
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意見を控えるように求めるプラユット首相
タクシン派も、反タクシン派の民主党も、今回新憲法案には民主主義をそこなうものと批判しています。

****旧与党・野党幹部がともに新憲法を批判、「民主主義の後退****
現在起草作業が進められている新憲法について、タクシン派・タイ貢献党の幹部が、「国民と主権への信頼・尊敬が感じられず、非議員のエリートに大きな権限を与えるものだ」などと批判した。

さらに、このような憲法が制定されれば混乱が生ずると指摘しているが、この点については、最大のライバルである反タクシン派・民主党とも意見が一致しているようだ。

アピシット民主党党首(元首相)は、「新憲法は政治問題に対する回答ではない。民主主義を後退させるものだ」などと批判的な見方を公言している。【3月10日 バンコク週報】
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現行の暫定憲法には、新憲法に関する国民投票を実施するとの規定は存在しませんが、主要政党などは国民投票実施を求める意見を表明しています。

こうした新憲法草案への批判に対し、プラユット首相は意見を控えるように求めています。

****憲法草案巡って喧々諤々、プラユット首相が自制を要求****
新憲法の最初の草案がまとまったことを受けて声高に国民投票の実施を求めたり、内容を批判したりする意見が出ていることから、プラユット首相は3月16日、現在はまだ憲法作成の初段階にすぎないと指摘し、批判者らに対し、憲法起草委員会(CDC)などの作業を妨害するような意見を控えるよう呼びかけた。

首相によれば、これからの選択肢は、憲法草案について意見をまとめた上で国王陛下のご承認を求めるか、憲法起草をやり直すか、の2つしかなく、批判などが続くようなら、憲法草案を最初から作り直す必要があるとのことだ。その場合、さらに時間がかかり、総選挙も新政権の誕生も遅れることになる。

また、新憲法の是非を国民に問う国民投票の実施を二大政党(タイ貢献党、民主党)が求めているが、プラユット首相は、「決定を下すのは時期尚早」と述べ、明言を避けた。【3月17日 バンコク週報】
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国王承認を求めるか、やり直すかの二つにひとつ、やり直すなら大幅に遅延するぞ・・・・殆ど“黙って従え”という恫喝に近い言い様です。

もともと、プラユット首相は“ぶっきらぼうな語り口と短気で知られ、記者会見の最中に怒り出し、机を叩いたり、言葉を荒らげることもしばしばだ。ただ、率直で裏表がないというイメージと、タイ人独特のユーモアで、国民の間で一定の人気を保っている。”【3月11日 newsclip】という人物評価があります。

軍政全般についても高い国民支持があります。

****世論調査、「プラユット政権に満足」が80%****
スアンドゥシットラチャパット大学の世論調査センターは3月1日、「80%以上がプラユット政権に満足している」との調査結果を発表した。調査は2月20日-28日にかけ全国の1632人を対象に実施された。

それによると、「過去6カ月間のプラユット政権の仕事ぶり」については、53・9%が「満足」、27・5%が「どちらかと言えば満足」、12・1%が「どちらかと言えば不満足」、6・45%が「不満足」と回答。

また「政府の措置で最も印象に残っているのはなにか」(複数回答)では、87・25%が「農民への支援と(インラック前政権が導入したコメ質入れ制度で遅延していた)農家へのコメ代金の支払い」、81%が「官民両部門における不正撲滅」、76・35%が「各省が打ち出した国民救済策」、74・5%が「大量輸送手段の開発と高速鉄道導入の道筋をつけたこと」、66%が「諸外国との関係改善」と回答した。

また、「現在の軍政の弱点はなにか」では、82・1%が「教育問題、物価高、薬物問題を解決できていない」、75・9%が「言論の自由が制限されている」、71・69%が「経験や高度な見識に欠ける分野がある」、70・3%が「自らの行為の評価・検証が不十分」、69%が「選挙を経ていない政権であるため、外国からあまり認められていない」と答えている。【3月2日 バンコク週報】
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評価が高い「農家へのコメ代金の支払い」は、弾劾理由となったインラック政権施策の履行でもあります。

軍事政権への高評価は、タクシン派と反タクシン派の対立・混乱に疲れた国民の選択ではありますが、権威に従順に従うことで、“お上”から善政の“施し”を受け、安定を手にするというアジア的権威主義のようにも見えます。

政治対立という角を矯めることで、民主主義という牛を殺してしまうことを憂慮します。
改めるべきは、大規模直接行動で反対勢力・政権に圧力をかける手法に安易に走る政治風土であり、政党政治・民主主義そのものではないと思うのですが。

もちろん、示威行動などの非暴力直接行動は民主主義の正当な手段です。
矛盾するようにも思えますが、タイにおいても現在の憲法改正の流れを是正するにはおそらく大規模直接行動しかないでしょう。

ただ、社会混乱も惹起する直接大衆行動の民主主義における位置づけは微妙なものがあります。

ある重要な広場を占拠することによって社会にあるメッセージを発していくといった民衆の直接行動が世界中に広がっていることが、現代政治の特徴とも思えます。

「アラブの春」や香港の雨傘革命、あるいはウクライナの政変等々

そのあたりの話になると、整理しきれないものがありますので、また別機会に。
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ベネズエラ  対アメリカ関係悪化 国民の不満を国外に向け、支持者の結束強化を図る思惑も

2015-03-17 23:00:06 | ラテンアメリカ

(2月24日 反政府デモの混乱に巻き込まれて14歳の少年が警官に撃たれて死亡しました。少年は現場近くの学校から下校途中にたまたま通りかかって衝突に巻き込まれたと見られています。
写真は、少年の流血を象徴して赤く塗ったノートを掲げて抗議する人々  “flickr”より By Canal Seis Noticias de Honduras  https://www.flickr.com/photos/canal6hn/16726798652/in/photolist-ru6dud-r97fub-rxyHT4-qxeVKA-riSbze-ru2vQT-rhwkyd-rrdAjT-qGiS8J-ricbS7-rk1uw4-roEeMN-qwSc2b-rEg8Jv-rkWDnx-qHqyVX-rCKs9y-rDEAnp-qEbjBH-rjpgPw-rARQic-rkGKmd-qH4HTD-ryF6HQ-rCbnKE-rBPmWg-rjomdm-rCgShH-rC2ZgB-rnreDB-rkwUFA-rjrfM4-riY4Ys-riELDP-ru1Xq2-qET9oW-rD3rZp-rAiuYq-qDBWea-rANVre-rBTAA3-qCzGdf-rjFnBv-rdf3bv-rf7rzF-qzLZLr-rwsRRU-qzyR9G-qzM2dV-qzySWE

アメリカ・キューバの関係正常化にも影落とすアメリカ・ベネズエラ関係悪化
アメリカとキューバの国交正常化交渉は、互いの綱引きもありますので“一気に”とはいきませんが、それなりに進展してきました。

****米国との国際電話再開=国交正常化に弾み―キューバ****
キューバ電気通信公社(ETECSA)は11日、第三国を経由せず、米国と直接通話できる国際電話サービスを再開したと発表した。両国間の通信環境整備が進み、1月以降続く米国との国交正常化交渉に弾みがつくとみられる。(後略)【3月12日 時事】
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16日には第3回国交正常化交渉が急きょハバナで行われることになったということで、“キューバのメディア関係者は、大使館開設に向けキューバが求めていた(1)テロ支援国家の指定解除(2)在ワシントンのキューバ利益代表部の銀行口座への制裁解除のいずれかで進展があったと見ている。”【3月17日 朝日】とも報じられていました。

交渉結果についてはよくわかりませんが、キューバ関係とは反対に、ますます険悪な状況になっているアメリカ・ベネズエラ関係が障害となったとの情報もあります。

****オバーマ政権のキューバ・ベネズエラ分断工作が失敗*****
玖米両国は3月16日ハバナで第3回国交正常化交渉を実施した。大使館開設が中心議題だったが、前2回と異なり、終了後の記者発表はなかった。ベネスエラ問題をめぐり対立したのが理由と見られている。
オバーマ政権によるクーバとベネスエラを分断させる工作は失敗した、と言える。(後略)【3月17日 伊高浩昭氏 「現代ラテンアメリカ情勢 」http://vagpress-salvador.blogspot.jp/2015/03/blog-post_17.html
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ただ、“同時に、ベネスエラ問題は米玖交渉を左右するほどには影響しないとの判断も聞かれる。月末にも次回交渉がワシントンで開かれる見込み”【同上】とも。

これまで格安原油提供でキューバ経済を支えてきた盟友ベネズエラを支持することをあきらかにしているキューバですから、今この時期にアメリカとの関係を大きく前進させるのは都合が悪いのかも。

****ベネズエラへの支援表明=米国による制裁に反発―キューバ****
キューバ政府は9日、米国が野党議員への弾圧を理由にベネズエラ政府高官に制裁を科したことに対し、「ベネズエラへの内政干渉だ」との声明を出し、ベネズエラへの無条件の支援を表明した。共産党機関紙グランマが10日報じた。

キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長もベネズエラのマドゥロ大統領に宛てた手紙を公表。マドゥロ氏が制裁に激しく反発する演説を行ったことに「祝福したい」とコメントし、連帯の意を示した。【3月11日 時事】
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強権的な対応で野党・国民の・不満を封じ込めようとするマドゥロ政権
そのベネズエラですが、“チャベスなきチャベス体制”のもとでの市場経済を無視した経済運営に加えて、昨年後半以来の急激な原油安で、“デフォルト”候補一番手をギリシャと争うような状態に追い詰められていることは12月5日ブログ「ベネズエラ 原油価格下落で経済悪化が加速 迫るデフォルト・社会不安の危機」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141205でも取り上げたところです。

“正念場は、90億ドル相当の債務が返済期限を迎え、ベネズエラが中間選挙に向けて準備に乗り出す年末にやって来るだろう。”【1月23日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】とも言われています。

そうした経済の悪化で高まる国民の不満に対し、マドゥロ大統領は強引な手法で政権批判封じ込めを図っています。

****首都カラカス市長を逮捕=「国家転覆図る」―ベネズエラ****
ベネズエラのマドゥロ大統領は19日、野党に所属する首都カラカスのレデスマ市長を逮捕したと発表した。政府高官は逮捕理由として「市長は米国の支援を受け、国家転覆を図った」と説明している。

地元メディアによると、マドゥロ氏は2014年2月以降計43人の死者を出した一連の反政府デモをレデスマ氏が先導していたと指摘。「ファシストから国を守るために団結する」と述べ、緊急会議を開催すると表明した。

マドゥロ氏は、レデスマ氏が空軍の一部と共謀し、クーデターを計画した疑いがあるとも述べた。

AFP通信によると、米政府は、レデスマ氏を支援したとするマドゥロ氏の主張を「根拠のないデマだ」と否定。経済の低迷による国民の不満をそらそうとしていると非難した。【2月20日 時事】 
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今年争われる中間選挙で与党のベネズエラ統一社会党(PSUV)が敗北すれば、リコール投票への扉が開く可能性もあるということで、政治的にも追い詰められてきています。

****支持率低下に苦しむ大統領、中間選挙を前に野党有力者を相次ぎ逮捕****
・・・・世論調査によれば、貧しい生活を送っている、政府の権力基盤の大部分は、まだ忠誠を尽くす可能性が高い。

しかし、故ウゴ・チャベス氏の後を継いだが、同氏の政治手腕と大衆へのアピールを欠くニコラス・マドゥロ大統領は、ベネズエラ経済が縮小し、物資不足が深刻化する中で国民の不満に直面している。

カラカスの政治アナリストで世論調査も手掛けるルイス・ビセンテ・レオン氏は、レデスマ氏――強硬な野党政治家で、ここ数年、中央政府によって市長としての権力を奪われてきた――の逮捕は、より抑圧的な局面の到来を告げる可能性があると見ている。

「政府は政治の急進化に向けて新たな境界を突破し、抑圧的な権力の強力なメッセージを送ろうとしている」。レオン氏はこう語り、マドゥロ氏がほぼ2年前に大統領に就任してから、政府に対する支持は半減したと付け加えた。

世論調査会社インテルラセスのオスカル・シェメル氏は、今ではベネズエラ人の7割がマドゥロ氏の国家運営を評価していないと述べている。(後略)【2月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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そうしたマドゥロ政権の抑圧的対応への抗議行動も続いています。

****14歳少年が警官に撃たれ死亡、抗議デモ再燃 ベネズエラ****
反政府デモが続く南米ベネズエラで、デモ隊と警官隊の衝突に巻き込まれた14歳の少年が警官に撃たれて死亡した。警官は殺人容疑で逮捕されたが、首都カラカスなど全土で25日、抗議デモが再燃している。(中略)

メレンデス内相は国営テレビを通じて、法に基づき警官を訴追すると約束。国民に平静を呼びかけ、昨年の衝突で死亡した43人のことを思い出してほしいと訴えた。

さらに、昨年の衝突を受けて警察改革を断行したと述べ、国家警察は人権を守るためにあると強調している。

一方、マドゥロ大統領は少年が死亡した経緯について、若者の集団が暴徒化し、警官を殴ったりロケット弾を投げたりなどしたため、警官が武力で応じたと説明した。【2月26日 CNN】
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人権侵害に対しアメリカが制裁措置 反発を強めるベネズエラ
一方、昨年来の反政府行動への強硬な姿勢を続けるマドゥロ政権に対し、アメリカは制裁措置を含む厳しい姿勢をとっています。
それに対しベネズエラ側が反発するという形で、チャベス時代から悪かったアメリカとベネズエラの関係は更に悪化しています。

アメリカ側は2月、人権侵害に関与したとされるベネズエラ当局者のビザを取り消し、米国内の資産を凍結する措置を承認しました。

これに対しベネズエラ側は、アメリカ人をスパイ容疑で拘束、また、アメリカ大使館規模の縮小を求めています。

****米国人数人を「スパイ容疑」で拘束 ベネズエラ****
ベネズエラのマドゥロ大統領は2月28日、複数の米国人をスパイ行為や勧誘活動の疑いで数日前に拘束したと述べた。

拘束者の中には中南米出身の米国人パイロットも含まれているという。大統領によると、パイロットは「さまざまな文書」を所持していたとされ、西部タチラ州で拘束された。身元は公表されていない。
ベネズエラ政府は近年、同様の発表を何度も繰り返しているが、裏付けを示したことはない。

反帝国主義」を掲げる集会で演説したマドゥロ大統領は同時に、米国からの渡航者全員に今後ビザ取得を義務付けると発表。

また、首都カラカスの米大使館の規模を在米ベネズエラ大使館に近い水準まで縮小するよう要請した。
米大使館には現在100人以上の職員がいるとされる。一方で米ワシントンのベネズエラ大使館は外交官17人の体制と、大きな開きがある。

大統領はさらに、米国のブッシュ前大統領、チェイニー前副大統領、テネット元中央情報局(CIA)長官や現役議員数人に対し、「イラク、シリア、ベトナムに対する爆撃」などの「テロ行為」に関与したとして入国禁止を言い渡した。(後略)【3月1日 CNN】
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一方、アメリカは9日、治安当局者ら7人を対象にした制裁措置を発動しました。

****米、人権弾圧に関与の7人制裁 ベネズエラとの関係悪化の一途「反政府勢力に対する威嚇増大****
米国とベネズエラとの関係がいっそう悪化している。オバマ米大統領は9日、人権弾圧に関与しているとして、ベネズエラの治安当局者ら7人を対象にした制裁措置の発動を命じた。ベネズエラがこれに反発して報復措置を取ることは必至だ。(中略)

米側が制裁法を整え発動に踏み切ったのは、ベネズエラの反米路線をとるマドゥロ大統領の下で、反政府デモの弾圧など人権侵害が続いているためだ。先月に各地で発生したデモでは、カラカスの市長で野党系のレデスマ氏が逮捕され、14歳の少年が警官に撃たれ死亡した。(中略)

ベネズエラと同じく反米左派であるキューバのカストロ政権は、米国との国交正常化交渉を進めており、対照的な動向ぶりが際立っている。【3月10日 産経】
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ベネズエラは更に反発を強め、同じ3月9日には、政府高官に対するアメリカの制裁への報復として、駐米臨時大使らを召還すると発表、アメリカとの対決姿勢を鮮明にしています。

【「仮想の敵をでっち上げ、経済政策の失敗から国民の目をそらさせようとしている」】
国内経済がうまくいかないときは、外敵を強調して国民の不満をそらすというのが古今東西の権力側の常套手段ですが、マドゥロ政権もアメリカとの解決姿勢を鮮明にすることで国内危機乗り切りを図っていると思えます。

****ベネズエラ、反米が激化 「脅威に対抗」 大統領に法律制定権****
米国との緊張状態が続く南米ベネズエラの国会は15日、マドゥロ大統領が国会審議を経ずに法律を制定できる「大統領授権法」を賛成多数で可決した。

オバマ米大統領によるベネズエラ政府高官への制裁発動に対抗し、「(米国の)帝国主義から平和と主権を守るため」としている。反米姿勢は強まる一方で、両国関係は急速に悪化している。

地元メディアによると、授権法の期限は今年12月末まで。法案はマドゥロ氏が10日、政権支持者が過半数を占める国会に提出した。

深刻な経済危機で政権が急速に支持を失うなか、野党側は、年内の議会選挙を有利に進めようとしていると批判。反政府派や米国関係者への弾圧につながる危険性もあると警戒している。(中略)

ベネズエラではチャベス前大統領が死去した2年ほど前から経済状況が悪化し、物不足が深刻化。政府は野党政治家やデモ参加者への弾圧を強化する一方、米国人にビザ取得を義務づけたり、首都カラカスの米国大使館の規模縮小を通告したりして反米姿勢を強めている。

野党指導者らは「仮想の敵をでっち上げ、経済政策の失敗から国民の目をそらさせようとしている」と非難している。【3月17日 朝日】
**********************

中南米諸国は、先述のキューバのように、アメリカのベネズエラへの圧力に対して批判も生じていますが、それも今後のマドゥロ政権の国内対応次第というところもあります。

****中南米、同調の動き*****
米州地域では、米国とキューバが半世紀ぶりに国交回復に向けた対話を始めたことで、反米色が強かった中南米諸国と米国との関係改善が進むとみられていた。

だが、米国によるベネズエラへの制裁を巡っては、キューバを含む中南米諸国が「主権国家への介入だ」と批判している。

米国の制裁に対し、キューバ政府は「内政干渉は許されない」とベネズエラへの支援を表明。共産党機関紙は10日、フィデル・カストロ前国家評議会議長がマドゥロ氏に宛て、「米国の乱暴な意図に対抗した勇敢な演説をたたえる」と書いた手紙を公表した。

ボリビアのモラレス大統領も「侵略の意図が隠れている」と米国を批判。「ベネズエラだけでなく、中南米全体に対する脅威だ」と語り、4月にパナマで開かれる米州サミットまでにベネズエラに謝罪するよう米国に求めた。

エクアドルのコレア大統領も「グロテスクで違法な介入」と非難した。

14日には南米諸国連合(UNASUR)に加盟する12カ国の外相らがエクアドルの首都キトで協議。米国に、ベネズエラを「脅威」とした発言を取り消すよう求めた。

ただ、各国の足並みがそろっているわけではない。地元メディアによると、ブラジルやコロンビア、ウルグアイなど米国と良好な関係を保っている国々は、米国の制裁に対し、それほど強硬な姿勢を示していないとされる。

ブラジルの有力紙は、チャベス前大統領の死去後の混乱などを理由に、「ブラジルが無条件にベネズエラの味方をする時代は終わった」とも指摘している。

ブラジルやコロンビアは、マドゥロ政権と反政府派の対話に向けた協力を表明している。ただ、ベネズエラがこれ以上、過激さを増せば、理解を示してきた各国の態度に変化が出る可能性もありそうだ。(サンパウロ=田村剛)
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ブラジルのルセフ政権などは、低迷するブラジル経済や国営石油会社ペトロブラスをめぐる大規模な収賄疑惑で、150万人とも200万人とも言われる大規模抗議行動が起きており、ベネズエラどころではない・・・のが実態ではないでしょうか。

今回のアメリカの制裁は、政府高官個人を対象にしたもので「政権を根幹から揺るがす効果はない」(外交筋)とみられています。【3月10日 時事より】

しかし、石油収入をもとにしたバラマキというチャベス流の経済運営のツケが表面化しており、チャベス前大統領のようなカリスマもないマドゥロ大統領がこの状況をコントロールするのはかなり難しいように思えまず。

今後、原油価格の急反発といったことでもなければ、デフォルトに向けていよいよ追い込まれ、それと同時に政治的に危機を迎える・・・という事態も想定されます。
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中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への相次ぐ参加表明

2015-03-16 22:56:44 | 中国

(AIIB当初参加合意国 【2014年11月13日 化学業界の話題】http://blog.knak.jp/2014/11/post-1473.html

【「米英が珍しく仲違いした」】
中国が主導する新たな国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)については、昨年10月、東南アジアや中東諸国など21か国が北京市内で創設計画の基本合意書に署名、11月にはインドネシアも参加を表明していましたが、先日、主要7カ国(G7)の中からもイギリスが参加を表明しました。

AIIBはアジア諸国のインフラ建設などの投資支援を目的とし、年内の発足を予定していますが、これまでのアメリカや日本が主導してきた国際金融秩序への挑戦であり、また、AIIBを通じて中国の国際的影響力が拡大するとも考えられ、両国はAIIBの創設・拡大に強い警戒感を有しています。

特に、日本政府は、恒常的に総裁を出しているアジア開発銀行(ADB)がアジアの途上国に大きく貢献していると自負していますので、その競争相手となるAIIBの設立構想に戸惑いを見せています。

****中国主導のアジアインフラ投資銀、英国がG7で初めて参加表明****
英国が、中国の主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設メンバーへの参加を検討していることが分かった。オズボーン財務相が12日明らかにした。主要7カ国(G7)の中で初めての参加表明となる。

オズボーン財務相は声明で「AIIBに創設時から加わることで、わが国およびアジア地域の投資と成長のため、無類の機会を創出することができるだろう」と述べた。同国は今月、ガバナンスなどの指針について他の創設メンバーと合意する予定だという。(中略)

ただアナリストの間では、目的が世界銀行およびアジア開発銀行(ADB)と重複しているとの見方があるほか、米国ではガバナンス基準に対する懸念も出ている。

米国家安全保障会議(NSC)のスポークスマンは、AIIBに十分なガバナンス基準や環境・社会基準があるか懸念していると発言。

「英国の主権に基づく決定だ」としながらも「英国が発言力を利用して、高い基準の採用を進めることを期待する」と述べた。(後略)【3月13日 ロイター】
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アメリカの強い牽制を振り切ってのイギリスの判断は「米英が珍しく仲違いした」(英紙フィナンシャル・タイムズ)とも評されています。

****英、露骨な現実志向 中国投資に期待****
・・・・英BBC放送などによると、対露経済制裁の導入でロシア側と関係を持つ英企業にはすでに打撃が表れている。ロシアがウクライナのクリミア半島併合を断念しない中、対露制裁の長期化は避けられず、ロシアと深い経済関係がある欧州全体に悪い影響を及ぼすものとみられている。

今年5月の総選挙での勝利を目指すキャメロン英政権は、中国などアジア諸国との経済関係を強化し、同政権の経済政策の成果を訴えたいものとみられる。(後略)【3月13日 産経】
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AIIBは習近平指導部が打ち出している、中央アジアや東南アジアの内陸国、南シナ海やインド洋の沿岸などへのインフラ投資や経済協力を進め、連帯を強めるシルクロード経済圏「一帯一路」構想の柱になるものですが、同構想が具体化すれば欧州経済にも大きなビジネスチャンスが生まれます。

****中国がG7に「風穴」 英独は参加へ 日米は慎重 3月末に駆け込み申請も****
・・・・英国がAIIB参加を決めた背景には、G7でも群を抜いて対中経済関係を強めていることがある。

中国商務省の統計によると、2014年の対中投資実行額は、日本が前年比で約39%減、米国が同約20%減、ドイツが同約1%減だったが、英国は逆に同約28%増やしている。

アジアの国際金融機関としては、アジア開発銀行(ADB)が存在し、ADBの最大出資国である日米はAIIBというライバル登場に警戒感を隠さない。一方で、ADBとの関係が薄かった英国はAIIBをチャンスと判断したようだ。

習近平指導部が打ち出したシルクロード経済圏「一帯一路」の構築にもAIIBからの資金が活用される見通しだ。中国を起点に中央アジアや東南アジア、中東などを経由して欧州までつなぐ構想で、鉄道や道路網、送電網、港湾などインフラ建設で欧州にとって経済的メリットがある。

9日付の中国紙、21世紀経済報道によると、中国財政省の史耀斌次官は、「ADBは貧困を減らすことが目的だが、AIIBはインフラ整備が目的で対立しない」と述べ、戦後の国際金融の枠組み「ブレトンウッズ体制」の秩序を乱すとの批判を一蹴した。【3月14日 産経】
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中国に追い風 戸惑う日本
中国にとっては、“米国とともに戦後の国際金融秩序の一角を担ってきた「大物」の参加は、発言力を増したい中国にとって、大きな追い風となりそうだ”【後出 朝日】と見られています。

****英の接近、中国に追い風 アジアインフラ投資銀に参加へ G7から初、高まる発言力****
・・・・英政府は近年、中国との経済関係強化を進めてきた。2013年10月には英国から中国市場へ人民元で投資ができるようにするなどの包括的な金融協力に合意。

14年6月にも、ロンドン市場での人民元取引の拡大、英国内外の原発計画や鉄道計画への中国国有企業の参加と、合意を重ねた。

今回の参加で、ロンドンの金融街シティーの銀行がAIIBの債券発行などに携わりやすくするねらいがあるとみられる。

中国がAIIBの設立を呼びかけたのは、世界銀行や国際通貨基金(IMF)といった米欧主導の国際金融秩序で、十分に発言権が与えられていないという不満からだ。

これまでに27カ国が参加を表明したが、途上国が多い。このままでは新銀行は格付けが低く抑えられ、資金調達で不利になる懸念があった。

中国側は3月末までに参加を表明すれば、「創始メンバー国」に迎える意向だ。AIIBが融資するプロジェクトへ自国企業が参加する際に有利になるなどの「特権」が期待される。

参加を検討しながらも米の反対にあって見合わせていたオーストラリアや韓国にも影響を与えそうだ。豪州紙の電子版は13日、ホッキー財務相が「(同じ英連邦の)ニュージーランドや英国の参加は検討の材料になる」と述べ、AIIBへの態度を再検討していると報じた。

欧州での「中国ビジネス」の取り込みを英と競う独仏などの動向も注目されそうだ。(後略)【3月14日 朝日】
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これまでの国際金融秩序を支えてきたアメリカ、日本は不快感・戸惑いを示しています。

****想定外の離反、戸惑う日米****
「G7の国が、とんでもない」。英国の参加表明を聞いた(日本)財務省幹部は13日、吐き捨てるように言った。別の幹部は「英国と中国で何か取引があったのではないか」。

麻生太郎財務相も記者会見で、「他国のことにコメントする立場にない」としながらも、「(AIIBには)理事会がないなど、問題がいっぱいある」と牽制けんせい)した。

日米両政府は、AIIBの融資の基準が不透明なことを懸念してきた。基準が緩ければ、環境破壊や人権侵害を招きかねない事業にもお金が流れてしまうからだ。

第2次世界大戦後の国際金融秩序であるブレトンウッズ体制に基づく枠組みに対抗する動きとも映り、距離を置いてきた。それだけに、米国とともに国際金融秩序をつくってきた英国が、参加を決めた衝撃は小さくはない。

アジアのインフラ需要に目をつけるほかの先進国が追随すれば、中国を中心とする新たな国際金融秩序の誕生につながりかねないからだ。

米ホワイトハウスは12日の声明で「我々はAIIBが高い基準を達成できるか懸念を抱いている。参加国は、導入される基準とその実施に責任を負う」とクギを刺した。

英フィナンシャル・タイムズ紙によると、ある米政府高官は「事前の相談はほとんどなかった」と指摘。「我々は中国を受容し続ける傾向を懸念している。最善の手段ではない」と不満を示したという。

日本にとっては、歴代総裁を出すアジア開発銀行(ADB)の活動範囲と重なるだけに、AIIBへの警戒心がとりわけ強い。

現時点ではAIIBへの参加は「難しい」(麻生財務相)との姿勢だが、今後、各国が相次いで参加する状況になれば、戦略の練り直しを迫られるおそれもある。【3月14日 朝日】
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主要国で加速する参加への流れ
アメリカ・日本の不快感・警戒にもかかわらず、イギリスの決断によって、これまではアメリカに配慮して参加を躊躇していた国々が、3月末までの「創始メンバー国」特権もあって、AIIB参加へと向かう流れが加速しそうです。

****豪、アジア投資銀参加へ=米の影響力低下―地元紙****
オーストラリアのアボット首相は、中国主導で年内発足を目指すアジアインフラ投資銀行(AIIB)に豪州が参加する方針を固めたもようだ。全国紙オーストラリアンが16日報じた。

創設メンバー入りは今月末が申請期限で、豪政府は近く正式発表する見通しだ。

英国が12日、先進7カ国(G7)で初めて参加を表明。これを受け豪政府内でも、経済的利益を優先し、参加すべきだとの声が強まったという。【3月16日 時事】 
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オーストラリアについては、“豪州政府内では、参加に前向きなホッキー財務相らと、AIIBを警戒する米国に配慮し参加に慎重なアボット首相ら間での意見が割れているとされる。昨年秋には、米国が豪州にAIIBに参加しないよう働きかけたとの報道もあり、最終的な判断が注目される。”【3月14日 毎日】とも報じられていましたが、経済的実利が優先したようです。

韓国も中国との強い経済的関係もあって本音では参加を希望しながらも、アメリカの強い牽制で参加を見合わせてきましたが、“韓国と中国はすでに韓国がAIIBに参加することで最終的な調整を行っており、韓国が正式にAIIBに参加することについては「すでにカウントダウンが始まっている」と報じた。”【3月16日 Searchina】とも。
ただ、アメリカのハードルがまだ残っています。

欧州からはフランスの参加示唆も報じられています。

****<仏外相>中国主導銀、参加示唆****
日仏の外務・防衛閣僚会合(2プラス2)のために来日中のファビウス仏外相は14日、東京都内で記者会見し、中国が設立を主導する国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)について「フランスとしても全く関与しないというのではなく、どういう形で参加できるのかということを検討中だ」と述べ、国際ルールの順守など一定の留保を付けつつも参加に前向きな姿勢を示した。

AIIBについては英国が主要7カ国(G7)で初めて参加を表明している。ファビウス外相は「インフラ整備への資金提供は必要不可欠」とAIIBの役割を評価する一方、「フランスとしては、国際的なルールに沿った組織になるのかをクリアにしてほしい」とも強調。参加表明には、まだハードルがあるとの認識も示した。【3月14日 毎日】
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ドイツについても“国際金融筋によると、ドイツが水面下で中国と参加交渉を急いでいる”【3月12日 朝日】とも報じられています。

“3月末”を控えて、堰を切ったように動き出すことも想定されますが、中国経済の影響力を考えれば当然の反応でしょう。

中国の悲願
国際金融の世界で影響力を高めることは中国の“悲願”でもあり、AIIBへの主要国参加でその悲願が実現に近づきます。
「AIIBは、アジアのリーダーは米国でも日本でもなく中国であるという習近平氏の夢を示す道具である」(日本国際問題研究所の野上義二理事長(元外務次官))とも。

****国際金融機関、中国の悲願国際金融機関、中国の悲願****
・・・・・きっかけは、進まない国際通貨基金(IMF)改革への失望だった。08年の金融危機後、新興国が世界経済を支え、中国やインドを含めたG20が首脳級の枠組みに格上げされた。

IMFをはじめブレトンウッズ体制の機関でも、出資比率の見直しが進んだ。10年、IMFは新興国の出資比率を高める「クオータ改革」を決めたが、「拒否権」を持つ米国で議会が承認していない。

中国には「既存の体制内で影響力を増すことも一度は考えたが、その期待は裏切られた」(外交筋)との思いがある。7月には他の新興4カ国とBRICS開発銀行設立を決めた。

中国経済が曲がり角を迎えた国内事情も見え隠れする。日本の援助関係者は「AIIBは中国経済が抱える『二つの過剰』の解消に役立つ」と指摘した。外貨準備と生産能力だ。

貿易の大幅な黒字が続いて約4兆ドルまで積み上がった外貨準備は、米国債などで運用するには限界がある水準に達した。外貨準備を海外のインフラ建設に流し込めば、中国内で余ったインフラ用素材も輸出への需要が生まれる。「一石二鳥」の効果である。

国際機関なら「国境をまたぐプロジェクトでも受け入れられやすい」(李向陽・中国社会科学院アジア太平洋グローバル戦略研究院長)との期待感もある。

上海国際問題研究院の張海氷・世界経済研究所執行所長は「新興国にも国際的な責任を果たせというのであれば新しい銀行はその象徴。日米も参画すべきだ」と話す。(後略)【2014年10月20日 朝日】
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AIIBの問題点
アメリカ・日本はAIIBに関して、従来の機関に加えてなぜ必要なのか、中国はAIIBを通じてみずからの政治的な意図を実現させようとしているのではないか、環境保全や人的・社会的保全の基準環境保全や人的・社会的保全の基準が軽視されるのではないか・・・といった懸念を抱いています。

****中国が主導する「アジアインフラ投資銀行」 ビジョンもガバナンスもなき実態****
・・・・AIIB設立の基本的な考え方は、設立準備委員会(多国間臨時事務局)の委員長(秘書長)である金立群氏が、北京の中央財経大学・金融学院で開催されたクローズド・ワークショップ「世界の金融ガバナンス」での発言や応答の中で示している。

要約すると、「既存の国際金融機関では、それらを主導する欧米諸国の意向が強く反映されて、必要な改革ができないので、新たな国際機関を設立することが必要だ」というものだ。

急成長するアジアでは、経済成長・発展を支えるために、毎年少なくとも7500億ドル(ほぼ90兆円)に上る巨額のインフラ投資が必要とされている。日本、中国を含むアジア地域は全体として経常収支黒字を計上していることにみられるように、十分な貯蓄を持っており、それをアジアのインフラ投資に振り向けていくことができる。

現在の世界経済には、日米欧の中央銀行による超金融緩和政策によって、短期流動資金は十分に供給されているが、それは必ずしも長期性のインフラ投資に結びついていない。

そうした中で、中国は法定資本金1000億ドル(当初は500億ドル程度の資本金から出発)のAIIBを設立する動きを始めたわけである。(中略)

問題点としてAIIBのビジョン・理念、ガバナンス、融資政策・条件、ドナー間の協調の4点が挙げられる。

(1)ビジョン・理念
新たな国際機関を設立するにあたっては、それがなぜ必要なのか理由を明らかにするとともに、使命とするビジョン・理念を明確にする必要がある。

AIIBは、「貧困削減」の使命を世銀やADBに委ねるとしつつ、それに代わるビジョンを提示していない。(中略)

(2)ガバナンス
本部は北京、総裁は中国人(初代は金立群氏と目されている)になることが予定されている。出資比率は各国の国内総生産(GDP)に応じて決められることから、中国が最大の出資国になり、その議決権シェアは最大50%と突出して大きくなろう。(中略)

こうしたガバナンス面での配慮がなければ、中国は総裁と本部をともに手にし、資本の半分ほどを拠出するだけで、みずから好む国にみずから望むインフラ支援を、二国間支援に比べて2倍のレバレッジを効かせて行えることになる。

要するに中国は援助予算総額を増やさずに援助効果を倍増させ、かつAIIBを対アジア外交強化のために用いることができるのである。(中略)

(3)融資政策・条件
AIIBがどのような融資政策を採用するかについては、大きな懸念がもたれている。とりわけ、インフラ事業における環境保全や人的・社会的保全の基準、調達の方式が問題だ。(中略)世銀やADBほどには、これらの問題を重視しない可能性がある。

(4)ドナー(資金提供者)間の協調
・・・・AIIBがベストプラクティス以下の基準でインフラ融資を競い、世銀やADBからインフラプロジェクトを奪っていく可能性があることだ。そのことは世銀・ADBの融資政策の基準の引き下げ圧力につながりうる。

環境や住民への影響を十分考慮に入れてインフラ事業を進めるためには、AIIBと世銀・ADBとの間の対話・協調を促し、非生産的な基準引き下げ競争を生まないことが必要になる。(後略)【1月6日 河合正弘氏】
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現実を踏まえた立ち位置検討の必要
ただ、アメリカ・日本の本音を言えば、中国の影響力拡大が気に食わないということにつきるでしょう。
しかし、主要国からも参加表明・検討が相次いでいるのが現実です。

特にアジア世界で中国がこれまで以上に大きな役割を果たすというのは不可避なことでしょう。

日本も中国と影響力を競い合うだけでなく、現実を直視し、その現実のなかで日本がどういう役割をはたしていけるか・・・という立ち位置を再検討すべき時期にきています。

「悪貨が良貨を駆逐するということにならないよう、極めて慎重な立場を取っている」(佐々江賢一郎駐米大使)と言うのであれば、AIIBに参加して問題点をクリアしていくというのも賢明な選択肢ではないでしょうか。

ニクソン・ショックのときのように、いつのまにかアメリカも方針を変えており、日本ひとりが取り残されるという事態にならなければ幸いです。

“個人的には、別に世界の真ん中で輝かなくとも、シルクロードの終点にあって、長安や洛陽にも勝る、美しく、豊かで、文化の花開く、成熟した住みやすい平和な国「黄金の国ジパング」であって欲しいと思っています。”【2014年12月4日ブログ「アジアインフラ投資銀行(AIIB)構想で動き出す「中国版マーシャルプラン」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141204
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シリア内戦、5年目に IS台頭で浮上するアサド政権容認を前提とした「安定」の模索

2015-03-15 21:54:43 | 中東情勢

(2014年大晦日 ダマスカス近郊 2年続く停電のなかで、わずかな火で暖を取る住民 “flickr”より By euronews https://www.flickr.com/photos/euronews/16792422225/in/photolist-rzTy68-qD7g6D-rijabq-rirzC8-rija8Q-riiVu7-rzME7L-rzMysi-rik5D9-qCTMpb-rf1kXP-qvuwH4-raHrVm-rsgRPZ-rsbt6j-rsaePk-rsadUp-r8Xsrn-raGq2b-rsbqDA-rpYWi5-qvhec7-rsPwPw-ratGUe-rCgSVy-rCh6iZ-rA5ZPw-rCgSCQ-rezzVk-rkVFG4-rkVFCB-qFnTAS-rkNh9A-rj47nn-rBGnsa-qEFSGC-qDZCmU-rACj7C-rAikjK-qCi7kr-rydz9e-ry4sbe-rgszvo-rubNYN-rcD63p-rbdmob-rscEtR-qvd8fA-rrPWFR-quKqLb)

国際社会で目立ち始めた「アサド政権との協力は不可欠」】
2011年の民主化要求運動「アラブの春」をきっかけに、シリアでアサド政権に対する大規模抗議デモが発生してから15日で4年が経過しました。

この間の内戦で、すでに21万人以上の死者が出ていますが、アサド政権に反体制派、ISやヌスラ戦線などイスラム過激派組織、更に最近存在感を増しているクルド人勢力を加えた多くの勢力が互いに争う複雑な展開となっています。

1月末には、アサド政権の後ろ盾であるロシアがアサド政権と一部反体制派を仲介し、モスクワで和平協議を開きましたが、反体制派の有力組織「シリア国民連合」はアサド体制の維持につながるとして協議に参加しませんでした。

2月には、国連が仲介する激戦地アレッポでの一時停戦案があり、アメリカもこれを支持していましたが、反体制派の反対などで頓挫しています。

****<シリア>一時停戦は頓挫…親欧米反体制が国連提案を拒否****
シリア北部アレッポの親欧米反体制派勢力は1日、デミストゥーラ国連事務総長特別代表(シリア問題担当)が提示したアレッポでの一時停戦案を拒絶する方針を明らかにした。

中東の衛星テレビ局アルジャジーラが報じた。アサド政権、反体制派の双方と緊張関係にある国際テロ組織アルカイダ系のヌスラ戦線も停戦には応じない構えで、一時停戦を本格和平の足掛かりにしようとしたデミストゥーラ氏の調停は、大きくつまずいた。(中略)

国民連合幹部は2月下旬にトルコでデミストゥーラ氏と会談。国民連合側は、ISやヌスラ戦線が停戦に応じないことを理由に、一時停戦案に難色を示したという。(中略)

デミストゥーラ氏は昨年7月に就任したが、これまでに目立った成果は上げていない。2月中旬にアサド大統領の続投を認めるような発言をしたため、反体制派から「アサド政権寄りだ」との反感を買っていた。【3月2日 毎日】
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こうしたなかで、アサド政権はイランが支援するヒズボラの本格参戦以降軍事的にも立ち直りをみせ、優位な戦いを進めていますが、特に、ISが台頭して以降は、これまでアサド政権を認めてこなかった欧米でも対ISのためにはアサド政権の存在が不可欠との認識も広がっています。

****アサド政権「容認」広まる=米欧、将来は政策転換も―シリア情勢****
シリアで過激組織「イスラム国」が活動する中、国際社会で「アサド政権との協力は不可欠」と考える意見が目立ってきた。

政権打倒を目指すシリア反体制派を支援してきた米欧も、反体制派が対イスラム国で戦果を上げられなければ、将来的に政策転換を余儀なくされる可能性も否定できない。

シリア内戦で和平仲介役を務めるデミストゥラ国連特使は13日、ウィーンでの記者会見で「アサド大統領は解決策の一部だ」と述べた。米欧に即時退陣要求を突き付けられてきたアサド氏が、今後の政権移行プロセスに参加することを容認したとも取れる発言。反体制派は、はしごを外された形で、反発を強めている。

ただ、国際社会ではイスラム国への対応や14日にデンマークで起きた銃撃事件などテロの脅威への対処が喫緊の課題となる中、シリア情勢をめぐっては「民主化」より「安定」を重視する声が高まりつつある。

これまでアサド政権を支援してきたロシアやイランに加え、地域大国のエジプトも情勢安定を重視、アサド大統領の続投を容認する方向へと軸足を移した。【2月16日 時事】 
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「民主化」より「安定」を重視・・・・内戦開始から4年。“民主化のための戦闘”と言うより、“戦闘のための戦闘”になっているように見えます。これ以上、戦いで死亡する兵士や民間人、混乱で家を追われる避難民がでないように、まずは戦いを停止することを最優先すべき時期と思われます。

現在の混乱を続けることは、どのような圧政よりも非人道的で過酷です。

対ISでは、アサド政権と連携しないと情報収集も難しいとの、西側情報機関から関係修復に向けた強い要望もあるようです。

****<フランス>シリア治安幹部と面会か 対ISで関係回復模索****
仏有力紙「フィガロ」は10日、政府関係者の証言として、仏政府高官が2月、外交関係を断絶しているシリア・アサド政権の治安機関幹部と面会し、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)対策などでの協力関係の回復を打診していたと報じた。

同紙は、仏政府が表向きはアサド政権を批判しつつ、水面下で協力を模索していると指摘している。(中略)

仏政府は2012年にアサド政権との外交関係を断絶、政権の正統性を認めていない。オランド仏大統領は2月26日、「内戦の原因を作り、自国民に爆撃を加え、化学兵器を使用した独裁者との対話は不可能だ」として、シリアを訪問した議員を非難。バルス首相も同日、アサド大統領を「虐殺者」と強調、会談を批判した。

だが、フィガロ紙は、(シリアを非公式訪問した)バラカン氏が事前に仏情報機関に訪問を通告し、帰国後にオランド氏の側近に報告書を提出したと報じている。

AFP通信によると、シリアとの国交断絶でイスラム過激派組織に関する情報収集が困難になったとして、西側諸国はそれぞれの情報機関から関係修復に向けた強い要望を受けているという。

一方、仏メディアは、フランスとアサド政権の関係が改善すれば、アサド政権と敵対するアラブ諸国とフランスの関係に悪影響を与える可能性があると指摘している。【3月11日 毎日】
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アメリカも求められるシリア戦略明確化
アメリカ・オバマ政権内部でもアサド政権存続を容認する考えが強まっているようです。

****米、アサド政権「容認」 対テロ優先、シリア政策転換か****
シリアのアサド政権打倒を掲げてきたオバマ米政権が、当面はアサド政権の存続を容認する方針に転じたもようだ。

アサド大統領の指揮下にあるシリア政府軍が同国内を拠点とするイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に打撃を与えることを期待したものだが、自国民に化学兵器を使ったとして国際的非難を浴びてきた同政権を延命させることに対して批判が高まる可能性がある。(中略)

米軍による穏健な反体制派勢力への訓練が本格化するのは3月以降とされ、米政府としては当面、アサド政権をイスラム国に対抗させておきたい方針とみられる。(後略)【1月31日 産経】
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アメリカなどの思惑はいろいろあるようですが、欧米にとってより危険なISの台頭でアサド政権への批判が弱まっているのは間違いありません。

****シリア内戦5年目、優先事項ではなくなったアサド政権打倒****
欧米やアラブ諸国の願いとは裏腹に、内戦が5年目に突入したシリアで、バッシャール・アサド大統領は権力基盤を強化している。

イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の台頭により、国際社会にとってアサド政権打倒は優先事項ではなくなった。

「アサド大統領の国際社会における地位は上がった。米国、欧州連合(EU)諸国、その他の国のいずれも、もはやアサド大統領の即時退陣を要求していない」と、ドイツ国際安全保障研究所のフォルカー・ペルテス所長は指摘する。

2011年3月の内戦開始以来、シリアでは21万人以上が死亡したが、その間、シリア政府軍は欧米の支援を受ける反体制派やイスラム過激派の勢力拡大阻止に成功してきた。

人権団体からは今も、アサド政権がたる爆弾を投下し市民を無差別に殺傷していると非難する声が上がるが、既に反体制派さえもアサド大統領の退陣を和平交渉の条件としてはいない。

ペルテス所長は言う。「欧米政府の声明からは、直接的にしろ間接的にしろ、アサド氏が大統領の座にとどまることを事実上黙認した上で、アサド大統領と穏健な反体制派による国家的連合を模索していることがうかがえる」

■分裂する欧米
シリアの首都ダマスカスをたびたび訪れている欧州の外交筋によると、EU加盟国内ではアサド大統領の扱いをめぐり分裂が起きている。

マニュエル・バルス仏首相は先月、アサド大統領を「虐殺者」と呼んだが、「フランス、英国、デンマークがシリアの将来においてアサド氏のいかなる役割をも拒絶しているのに対し、多くのEU加盟国は内戦が5年目に突入する中、そのような見方は支持できないと考えている」と、この外交筋は説明する。

スウェーデン、オーストリア、スペイン、チェコ、ポーランドは、アサド大統領を孤立させても益はないとみており、EUとして態度を軟化させたい構えだが、大国ではないそういった国々の意見は聞き入れられていないのが現状だという。

一方、ジョン・ケリー米国務長官は先日、アサド大統領について「うわべだけの正当性を全て失った」と述べつつ、「しかし、われわれにとって、ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語の略称)の掃討に勝る優先事項はない」と発言。アサド大統領に対する欧米のスタンスが変化したことが示された。

15年前の大統領就任直後こそ改革者とみなされていたアサド大統領は、2011年に始まった反体制派のデモを暴力的に鎮圧したことで国際社会から爪はじきにされた。

だが、国連(UN)のスタファン・デミストゥラ特使も、最近「アサド大統領もシリア問題の解決策の一部だ」と発言し、反体制派を激怒させている。

「バッシャールのシリア:独裁政治の解剖」と題した著作のあるジュネーブ国際開発研究大学院のスヘール・ベルハジ氏は、こう指摘する。
「欧米もアラブ諸国もトルコも、公式には対話を拒否している相手かもしれない。それでも、シリア政府、特にアサド大統領は、国際社会にとって対話の相手だ」

■アサド政権の交渉機会は
内戦が始まってしばらくは反体制派に敗北を喫したアサド政権だが、レバノンのシーア派原理主義組織ヒズボラやイランの革命防衛隊の支援で軍を立て直し、一部地域を奪還するなど攻勢を強めている。

戦火で荒廃するシリアを席巻したISには、米国主導の有志連合による空爆が圧力をかけている。

現在のシリア政府は国土の4割と国民の6割を支配下に置き、北部アレッポの半分と、ISが制圧し「首都」と称しているラッカを除くほぼ全ての大都市を掌握している。

とはいえ、戦闘終結への道はまだ遠い。

「シリア現政権は、軍事的には優勢を保っていると考えているはずだ」と、米テキサス州にあるトリニティ大学のデービッド・レッシュ教授(中東史)は言う。

「シリア:アサド家の凋落」の著作がある同教授は「一方で、アサド政権内でも、2大支援国のイランとロシアの不況の影響で、遠からぬ将来、兵力や財政、資源などが不足してくるという予測は認識されているだろう」

レッシュ氏は、2016年の米大統領選挙が近づいて米政府のシリア政策が制約を受け始める前に、アサド大統領が国際社会と対話できる環境が整うだろうとの見方を示した。【3月15日 AFP】
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中間選挙敗北以降は、野党・共和党との対決姿勢を強めているオバマ大統領ではありますが、2016年の米大統領選が近づくほどに、共和党からの批判を受けるアサド容認の姿勢は見せづらくなります。

それまでに、何らかの方針転換が可能でしょうか?
現在のところは、反体制派支援の方向で動いています。

****シリア反体制派の訓練 「4~6週以内に開始」 米国防総省****
米国防総省のジョン・カービー報道官は27日、米国とトルコの先週の合意を受け、シリアの反体制勢力の穏健派に対する軍事訓練を4~6週間以内にトルコ国内で開始すると発表した。(中略)
1度に約200~300人ずつ、1年間で約5000人を訓練する計画だ。(後略)【2月28日 AFP】
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訓練した反体制派が政府軍と戦闘を行う場合は、アメリカは反体制派を支援するとも。

****<米国>IS掃討でシリア反体制派支援 政府軍と交戦時****
カーター米国防長官は11日の記者会見で、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦でIS支配地域の奪還をシリアで担う穏健な反体制派について「訓練した反体制派の部隊を、その後支援する義務があるだろう」と語り、シリアの政府軍と交戦になった場合などは支援する可能性を示した。

ただ、どのような状況でどう支援をするのかは検討中とし「結論は出ていない」と強調した。

米軍が主導するIS掃討作戦では、有志国連合の空爆と共に、シリアの反体制派がISの支配地域を奪還することを想定。1年間で反体制派約5000人の訓練を行う予定だ。

しかし、反体制派はISだけでなく政府軍とも対峙(たいじ)する三つどもえの構図で、政府軍が反体制派を攻撃する可能性がある。シリア内戦への深入りを避けたい米国だが、見過ごせば結果的に政府軍を利することになるため、苦しい判断を迫られる。(後略)【3月12日 毎日】
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反体制派への資金的追加支援も実施しています。
これにより、アメリカによる支援総額はおよそ4億ドル(日本円にしておよそ480億円)に上ることになります。

****米 シリア反政府勢力に追加支援へ****
アメリカ政府は、シリアのアサド政権の打倒と過激派組織IS=イスラミックステートの壊滅を目指す穏健派の反政府勢力に対し、およそ7000万ドルの追加支援を行う方針を明らかにしました。(中略)

シリア情勢を巡っては、先月、フランスの議員団が、アサド大統領と面会するなど、ISとの戦いに集中するためにも、当面は、アサド政権とは対話を模索するべきではないかという意見も出ていますが、オバマ政権としてはあくまでもISとアサド政権双方との戦いの両立を目指し、シリアの穏健派の反政府勢力に対する支援を強化していく方針です。【3月14日 NHK】
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「2つの敵(アサド政権とイスラム国)がともに米国に対抗し、互いに暴力的に戦っている。いずれの勝利も米国の国益にならない」(キッシンジャー元国務長官)という状況ですが、“2つの敵”と同時に戦うことが現実問題として可能か? 更に言えば、たとえ反体制派が勝利したとしても、“穏健な反体制派”と“イスラム過激派”の間にどれほどの差異があるのか? 権力の空白のなかで今以上の混乱を生むだけではないか? という疑問もあります。

「オバマ政権は外交政策が受け身で、イスラム国を壊滅させる戦略がない」(共和党マケイン上院議員)
おそらくマケイン議員は反体制派支援をもっと明確に打ち出すべきとの立場でしょうが、アサド政権容認の方向でシリア政策を明確するのも現実的な方策だと思われます。

ただ、“既に反体制派さえもアサド大統領の退陣を和平交渉の条件としてはいない”【前出 3月15日 AFP】というのは本当でしょうか?

アサド政権容認を受け入れるよう反体制派を説得するのは非常に難しいことに思われます。
誰が首に鈴をつけるのか? アメリカ・オバマ政権しかありませんが、気の進まない話でしょう。

アサド政権もIS対応明確化を
一方、アサド政権にとってはISの存在は、政権への国際批判をそらす好都合なものです。
アサド政権はISとの実質的な戦闘を手控えて、ISが存続することを黙認しているとも言われています。

また、経済封鎖のなかにあって、石油資源をもたないシリアの軍戦闘機が飛べるのは、ISが資金源として売っている原油を入手しているためだとも言われています。

****EU、仲介者に制裁 シリアとISの原油取引****
シリアのアサド政権と過激派組織「イスラム国」(IS)の原油取引を仲介したとして、欧州連合(EU)は7日、シリアの土木建築会社オーナーを新たにEU域内への渡航禁止や資産凍結の対象とする制裁を発動した。

8日、ロイター通信が報じた。欧米各国はアサド政権がISから原油を購入している可能性が高いとして同政権を非難してきたが、それを裏付ける形となった。(後略)【3月10日 朝日】
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アサド政権とISは“持ちつ持たれつ”【2月号 選択】の関係にあるとも言われていますが、欧米側のシリア戦略に併せて、アサド政権もIS対応も明確化する必要があります。

アメリカ、アサド政権を含めた関係国が本音で最優先課題に向けた対応を明確化すれば、おのずと答えは出るのではないでしょうか。

ISやヌスラ戦線などのイスラム過激派、台頭するクルド人勢力の話は、長くなるので、また別機会に。
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アメリカ  イランの指導者宛の公開書簡など、野党・共和党の“なりふり構わぬ”抵抗

2015-03-14 22:42:06 | アメリカ

(左はハメネイ師宛公開書簡を中心的に取りまとめたトム・コットン上院議員 右は共和党内きってのタカ派と言われ、イラン批判の急先鋒でもあったボルトン前国連大使 “flickr”より By Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/16690410625/in/photolist-rqSHAr-qjCNjV-re77D7-rqSFGM-r9jjK1-rAWcBr-qz3W4m-rnHFcp-rAYa2r-qYRKku-r6kovy-r59nud-qu6h96-rozKrs-r9qLwt-rALL1f-ryFK6S-rhkj5c-qC1414-qqum2V-qbsJNA-qbF31g)

国土安全保障省予算を人質に、移民改革大統領令撤回を迫る
アメリカ国内におけるオバマ大統領と議会多数派・共和党の対立は今さらの話ではありますが、2016年11月の次期大統領選挙も視野に入ってくるなかで、不毛の争いと言うか、泥試合の様相も呈しています。

オバマ大統領が昨年11月に移民制度改革の一環として、不法移民のうち約500万人を救済する大統領令を出したことに反発する上下両院で多数を握る共和党は、この措置を無効化する法案に国土安全保障省の予算案を組み込むことで、予算承認を人質にとってオバマ政権の看板政策である移民制度改革を後戻りさせる法案を通そうと試みました。

予算が成立しなければ、国土安全保障省の一部閉鎖という事態にもなります。
国土安全保障省はテロや災害への対応を統括する組織であり、過激思想の拡散を受けて各国でテロの懸念が強まる中、一部が機能を停止すればアメリカ国内での対策に影響が出かねないと憂慮する声が強まっていました。

2013年9月の医療保険改革法(いわゆるオバマケア)を巡る与野党対立の結果、政府機関一時閉鎖に至った際には、世論は主に共和党の強引な政治手法を批判することになりました。

そうした経験もあって、今回は共和党が土壇場で譲歩し、国土安全保障省の一部閉鎖という最悪事態は回避されました。

****国土安保省閉鎖を回避=共和一転、予算成立へ―米議会****
米国土安全保障省の予算が切れ、一部が閉鎖される恐れが出ていた問題で、米下院は3日の本会議で、年度末である9月末までの国土安保省予算案を賛成多数で可決した。

予算案は既に上院を通過しており、オバマ大統領の署名を経て近く成立する見通し。これにより、国土安保省が閉鎖される恐れはなくなった。

下院の共和党は移民制度改革を阻止する条項を予算案に盛り込むよう求めてきたが、トップであるベイナー下院議長が要求を取り下げ、採決に進むことを決断した。共和党の強硬派が議長への反発を強めるのは必至で、党内対立が深まりそうだ。

米メディアによると、ベイナー議長は採決前の党会合で「国土への脅威が増す中、国土安保省閉鎖は選択肢にならない。テロリストに再び攻撃されることを想像してほしい」と述べ、採決はやむを得ないと強調した。

採決では共和党の下院議員の3分の2を超える167人が造反した。【3月4日 時事】
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最終的には譲歩した共和党トップのベイナー下院議長ですが、共和党内のティーパーティー(茶会)系強硬派は納得しませんでした。

ベイナー下院議長も、どんな戦略をもって今回戦術に踏み切ったのでしょうか?茶会系議員の突き上げに抗しきれず・・・といったところでしょうか。

アメリカ議会は、民主党、共和党穏健派、共和党茶会系の3勢力がせめぎあっている状況とも言えます。

【“47人の裏切り者”か“47人の愛国者”か
対外政策にあっては、共和党はイランへの不信感が強く、オバマ大統領が進めるイランとの核開発協議に対し、結局イランの核装備を認めることになると強く批判しています。

そうしたことから、イスラエル・ネタニヤフ首相にオバマ大統領の頭越しに訪米要請し、3月3日には議会で反イラン・核開発協議批判演説を許すという事態にもなりました。

そのことも外交上は異常なことですが、更に、イラン最高指導者ハメネイ師あて、たとえ米欧など6カ国とイランによる核協議合意が今回成立しても、「次期大統領が無効にすることができる」という公開書簡を発表するという挙に出ました。

****核合意「次期大統領が無効にすることができる」 米共和党がイラン指導者に警告 オバマ政権は議会承認阻止へ****
米共和党の上院議員47人が9日、イランの指導者宛の公開書簡を発表した。

米欧など6カ国とイランによる核協議が合意しても、「次期大統領が無効にすることができる」と指摘し、議会の承認を得られなければオバマ米大統領の後任が白紙化する可能性があるとイランに警告した。

コットン上院議員が提案し、マコネル院内総務、マケイン軍事委員長らが署名した。

共和党は核合意が平和利用を理由にしたウラン濃縮をイランに認めることを警戒し、ホワイトハウスに米議会の承認を得るよう求めている。

公開書簡は、議会承認がなければ、合意が成立しても「オバマ氏とイランの最高指導者ハメネイ師の(承認を必要としない)行政協定にすぎない」と強調。

オバマ氏の任期が2017年1月で終わるのに対し、上院議員は「おそらく数十年」は務めるとし、次期大統領がいつでも取り消せると指摘した。

これに対し、オバマ政権は議会承認を求めない方針だ。アーネスト米大統領報道官は9日の記者会見で、公開書簡を「外交を遂行し、安全保障上の利益を向上させようとする大統領の能力を弱める」と批判。共和党が「戦争に突き進もうとしている」と指摘した。(後略)【3月10日 産経】
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以前は、アメリカは国内で与野党が激しく対立しても、ことが安全保障に及ぶ場合は超党派で結束する・・・と言われていました。

しかし、前述の国土安全保障省の一部閉鎖を人質にとる試みといい、上述のハメネイ師あて書簡といい、もはや安全保障だろうが何だろうが、利用できるものは何でも利用して大統領に抵抗するという方針のようです。

しかし、それにしても交渉相手国に、“そんな交渉は無駄だ、いつでも白紙にもどせるぞ!”といった内容の書簡を野党が送るというのは尋常ではありません。

****イラン核協議を妨害する共和党議員は裏切り者か愛国者か****
オバマの核交渉の進展を阻む共和党の「裏切り」行為は許されるのか

イラン指導部宛ての公開書簡に署名した47人の米共和党上院議員は裏切り者なのか? 賛否をめぐって議論が巻き起こっている。

イランとアメリカ、ロシアなど6カ国との間で続く、イラン核問題をめぐる協議は、今月末に交渉期限を迎える。イラン指導部あてに送られた書簡は、オバマ政権と何らかの合意に達したとしても徒労に終わるかもしれない、と警告するもの。

イラン核協議では、イラン政府に核兵器の開発を放棄させる一方、エネルギー利用のための平和的な核開発は認める妥協策を模索している。だが共和党強硬派は、それでは弱腰過ぎるとオバマやケリー国務長官に対する苛立ちを募らせてきた。

そこで書簡は、オバマがどんなを約束しようと米議会が認めなければ行政上の合意に過ぎず、通常の大統領令と同じく次期大統領が反故にできる、とイラン側に知らせる内容になっている。

オバマ政権側は、この書簡は繊細な国家間交渉を頓挫させかねないものだと非難している。

議論はツイッター上でもヒートアップ。オバマ政権支持者が「#47Traitors(47人の裏切り者)」のハッシュタグで共和党議員への怒りを爆発させると、共和党議員の支持者は「#47Patriot」(47人の愛国者)のハッシュタグで反撃、オバマ政権支持者が「書簡を送った議員は全員、議会から追放すべきだ」と言えば、共和党議員支持者は「彼らは独裁者オバマを止める愛国者だ」と言い返す。

この書簡は、米政府の対外交渉に影響を与える目的で外国勢力と接触することを禁止する約200年前に成立した法律に違反するという指摘がある。

この法律に基づいて訴追されたのは、かつてフランスと結託して西部州の分割を要求したケンタッキーの農夫だけで、有罪にもなっていない。

アメリカン大学のスティーブ・ブラデック教授(法学)がアップしたブログによると、書簡を送った共和党議員が実際に訴追される可能性はほとんどなさそうだ。【3月11日 Newsweek】
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ケリー国務長官は、11日の上院外交委員会公聴会で「書簡は2世紀以上におよぶ米外交政策の慣行を無視している」と非難していますが、確かにこれでは外交は成立しません。
協議に参加する関係国もいい迷惑です。

イラン・ハメネイ師にしてみると、アメリカなどが大枠で合意したあと、詳細でハードルを高くしてイランを追い込むことになるのでは・・・という懸念をかねてよりもっていますので、今回の共和党有志議員の言う「いつでも白紙にもどせる」といった主張は、アメリカが自分の都合で合意をねじまけてしまうのではという懸念に沿ったものとも言え、「ほら見ろ!信用できない連中だ」という話になります。

****ハメネイ師、米上院議員の書簡を批判****
イランの核開発問題を巡る同国と欧米など6カ国の交渉について、同国の最高指導者ハメネイ師は12日、「あざむき、ぺてんにかけようとしている」と6カ国を非難した。イラン国営メディアが伝えた。
また国営テレビによれば、ハメネイ師は米上院議員47人が発表した公開書簡についても批判した。

この書簡では、もし核協議で合意に達しても、米議会の支持が得られず次の大統領が共和党から選出されれば白紙撤回される可能性があるとしている。

ハメネイ師はテヘランでの演説で「当然ながら私も懸念はしている。なぜならあちらは相手をあざむき、ぺてんにかけ、陰険な手段で陥れようとしているからだ」とし、米上院議員からの書簡について、土壇場で包括合意を台なしにしようという試みだと指摘。「連中の策略とぺてんだ」と述べたという。

核協議では、枠組み合意の期限が3月24日に設定されている。ここ数カ月の間に暫定合意にはたどり着いたものの、長期的な合意を結べるかは予断を許さない。

書簡は米政界にも波紋を呼んでいる。
ケリー米国務長官は12日、上院外交委員会の公聴会に出席し、書簡は「2世紀以上にわたる前例」にそむくものでまったく事実に即していないと述べた。

書簡をまとめたのは共和党のトム・コットン議員。オバマ政権の対イラン交渉を妨害するためだとはっきり認めている。【3月13日 CNN】
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内容的に見て今回公開書簡は、諸外国との関係でアメリカの唯一の代表である大統領が議会の承認を必要とするか、政権交代で国際合意を反故にできるか、それは国際法違反ではないか・・・かなり疑問・誤認が多いとの国内指摘もあります。

中心となったトム・コットン上院議員は、まだ37歳の血気にはやる新人議員ですが、54名の共和党上院議員のうち47名が署名しています。
さすがに共和党内部にも、“やりすぎ”ではないか・・・との反省もあるようです。

****核協議巡りイランへ書簡、米共和党重鎮が反省*****
イラン核協議をめぐり、米国の野党・共和党の上院議員47人がイラン指導部に送った書簡に批判が集まっている。書簡は欧米や中ロが参加する国際交渉で核開発縮小などで合意しても、米議会の承認がなければオバマ氏の次の大統領が無効にできると主張。

しかし、署名した共和党重鎮も「最善の方法ではなかった」と反省の弁を漏らしている。

書簡は、トム・コットン上院議員(37)が中心となって起草し、定数100人の上院議員のうち47人が署名。ランド・ポール氏やマルコ・ルビオ氏など、2016年の大統領選の有力候補の4人も賛同した。

憲法上の立法府の役割を説明し、米議会の承認がなければ「次の大統領がこうした行政上の合意を取り消すこともできるし、議会はいつでも修正することができる」と主張。「オバマ大統領は17年1月に退任するが、(上院議員の)大半は10年、20年と残り続ける」とした。

これに対し、オバマ氏は「(合意に反対するイラン強硬派と共和党の)異常な連立だ」と批判。民主党議員だけでなく、共和党内でもコーカー上院外交委員長ら7人が署名しなかった。

署名したマケイン上院軍事委員長も10日、「どんな合意に達しても、議会が重要な役割を果たすという意味だった」と釈明し、書簡は最善ではなかったと語った。【3月13日 朝日】
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【「アメリカはクリントンを信用できない」】
一方、共和党は民主党の大統領選挙候補になると目されているヒラリー・クリントン前国務長官への攻撃を強めています。

国務長官在任中に個人のメールアドレスとメールサーバーを使用していたことが明らかになり、国家機密を漏えいの危険にさらしたとの批判です。

****クリントン氏、潔白強調 共和追及、大統領選へ攻防 メール問題****
・・・・共和党全国委員会は「アメリカはクリントンを信用できない」との動画をホームページに掲載。有力候補も「透明性が問題だ。非機密扱いのメールは公表すべきだ」(ブッシュ氏)と、ここぞとばかりにクリントン氏への攻撃に躍起だ。

いまだ正式な立候補表明はしていないクリントン氏だが、批判が強まれば、大統領選への致命傷になりかねない。メール問題が報道されてから1週間ほど沈黙を守っていたが、自ら釈明会見を開き、懸念払拭(ふっしょく)に乗り出した。

「別々の(携帯)電話で二つのメールアカウントを使い分けるべきだった」としつつも、国務省職員との公務のやりとりは自動的に記録として保存され、連邦記録法違反にあたらないと主張。「機密資料をメールでやりとりしない」とも語り、私用アドレスを使うことによる機密情報漏洩(ろうえい)の心配もないとした。

公務に関するメールを公開する方針も示し、自ら「前例のない措置だ」と強調し、透明性をアピール。

会見で、この問題が大統領選立候補の決断に影響するかどうかを問われた際には、直接は答えず、「私は米国民の判断を信じている」と述べるにとどめた。

 ■反転、「敵陣営」を批判
守勢を余儀なくされたクリントン氏だが、この日の釈明会見では、「コメントしたいことがある」と共和党批判も切り出した。

共和党上院議員が9日、オバマ政権がイランとの核協議で合意しても次期大統領が無効にする可能性があるとした、イラン指導部あての公開書簡を発表したことに触れ、「米国のリーダーシップのよき伝統にそぐわない」。その書簡にランド・ポール氏ら大統領選に意欲を示す数人が署名したことを意識してか、「イランに役立とうとしているか、米国大統領に損害を与えようとしているのか。いずれにせよ署名した人の信用を落とす」と批判した。

この会見前には国連での女性の地位向上に関する会合に出席。「人権は女性の権利であり、女性の権利は人権である」と演説で力を込め、男女格差の是正はいまだ不十分だと指摘するなど、存在感を示して、大統領選に布石を打とうとの思惑もにじむ。

ただ、クリントン氏をめぐっては、一家が設立した財団がイスラム組織ハマスと関連が深いカタールなどから献金を受けていたことが問題視されるなど、攻撃材料はほかにもある。私用メール問題でも、国務省は数カ月精査した後に公開するとしているが、この内容次第では再びクリントン氏への疑念が再燃しかねない。【3月12日 朝日】
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まあ、“国家機密を漏えいの危険にさらした”と言えばそうなんでしょうが、こういうレベルの問題で世界を牽引するアメリカ大統領選挙が左右されるというのは、困ったことに思えます。
日本でも“うちわ”で国会が紛糾したりもしますが・・・・。
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日本ODA 「アジアや世界に対する無私の貢献」から「国益の確保」に 背景に中国との影響力競争

2015-03-13 22:13:12 | 中国

(2012年1月、中国政府が2億ドルを援助してエチオピアの首都アディスアベバに完成したアフリカ連合(AU)会議センター 【2012年1月31日 China.org.cn】)

規模を縮小してきた日本ODA
最後の「ODA白書」が13日、閣議決定されました。
日本のODAの在り方は、今後大きく変更されることになりました。

近年のODAの概況については、以下のとおりです。

****外交力強化を狙う「ODA」今どうなっているの*****
・・・・ODAは開発途上国の経済発展や貧困削減などを目的とします。国連などの国際機関を通じる多国間援助と二国間援助に大別され、日本の場合、多国間援助が約40%、二国間援助が約60%となっています。

二国間援助は、有償資金協力、無償資金協力、技術協力の3本柱から成り立っています。(中略)

ODA拠出国の1位はベトナム
現在、ODA拠出国の1位はベトナムとなっており、国土を南北に結ぶ高速道路や港湾、火力発電所の建設などにあてられています。2位のアフガニスタンでは道路建設や給水・灌漑施設の整備、識字教育などが、3位のインドではユニセフと連携してポリオの撲滅計画などが進められています(2012年度)。

そのほかソマリアなどでの海賊対策、アジアを中心とした感染症対策、人材育成、法整備、環境対策なども重要な課題となっています。

また、インドネシアやフィリピンに巡視船を供与することで中国の動きを牽制するといったことも行われており、自衛隊という限定された軍事力しか持たない日本にとって、重要な外交手段となっています。

ODA予算額は右肩下がり
少子高齢社会を迎えて厳しい財政状態が続く中、ODAの予算額は右肩下がりです。本年度ODAに向けられる予算は5502億円。

防衛費の約9分の1、公共事業費の約11分の1に相当し、決して小さな金額ではないものの、ピークであった1997年度の1兆1687億円に比べると約半額です。(後略)【2014年7月30日 THE PAGE】
*********************

ODAの規模を、支出総額から回収額(被援助国から援助供与国への貸付の返済額)を差し引いた実績額(支出純額)でみると、“日本のODA実績は、70年代、80年代を通じて増加、1989年にはアメリカを抜いて初めて「世界最大の援助国」になりました。その当時の援助総額は約90億ドル。その後も1990年を除き、2000年までの10年間、日本は世界最大の援助国でした。”【JICA】

戦後、日本がODAを増やしてきた理由としては以下のように指摘されています。

****************
・日本企業の海外進出を円滑にし対象国に対する市場開拓をするため。途上国のインフラ整備を進めることは、市場開拓がしやすくなるなど、日本企業にとっても利益が大きいため、財界の賛同を背景に、赤字財政の中でもODA予算を増加させることができたと考えられる。

・巨額の対米貿易黒字を貯め込んでいることへのアメリカ世論の批判をかわすため、軍事力に代わる国際貢献の手段としてODAに傾倒してきたと考えられる。

・対外的に行使する軍事力や情報発信能力が相対的に弱小で国際的影響力を発揮しにくい日本にとって、外国政府に対する影響を及ぼすための重要なツールとしてODAがその役割を担ったと考えられる。【ウィキペディア】
*****************

その後、日本の財政事情悪化に伴い、2001年にアメリカに抜かれて第2位へ、2006年にはイギリスにも抜かれ第3位、そして2007年には、ドイツ、フランスにも抜かれ第5位へと低下しました。
なお、2013年はフランスを上回り第4位となっています。

日本のODAをめぐっては、道路、橋、鉄道、発電所などのハードインフラ整備の占める割合が大きく、これを日系企業が受注する、いわゆる“ひも付き”(近年は減っているようです)の形で、そこが不正・癒着の温床となっている、あるいは、ODA事業が住民の生活や環境保全をないがしろにして行われ、住民福祉に結びついていない等々の問題も指摘されてきました。

一方、上記のように厳しい財政事情のなかで、日本国内に多くの課題があるなかで多額のODAを続ける必要があるのか?という疑問も出されています。

【「国益の確保に貢献する」ことを明記
そうした情勢にあって、やるなら相手国に一番歓迎される形で、日本にもメリットがある形でやるべきではないか・・・ということで、従来のODA大綱に代えて、2月に対外協力の指針「開発協力大綱」が閣議決定されました。

ポイントは、「国益の確保に貢献する」ことが明記されたこと、非軍事目的に限って他国軍への援助を認めたことです。

****開発協力大綱:「国益確保へ」ODA拡****
政府は10日、政府開発援助(ODA)大綱を2003年以来約12年ぶりに改定し、「開発協力大綱」として閣議決定した。

ODA予算が減少を続ける中、安倍晋三首相が掲げる「積極的平和主義」を踏まえ、支援の対象を従来より広げたのが特徴。

新たな協力を通じて、日本の平和と安全や国際秩序の維持という「国益の確保に貢献する」と初めて明記した。

その一環として、非軍事目的に限って他国軍への援助を認めるが、軍事目的への転用をどう防ぐかは課題として残ったままだ。

 ◇他国軍支援、監視に課題
政府のODA予算(一般会計当初ベース)は1997年の1兆1687億円をピークに減少に転じ、2015年度予算案では5422億円とほぼ半減した。

ODA大綱から開発協力大綱に名称を変更したのは、これまでの手法にとらわれず、「日本の判断でより主体的に援助する」(外務省国際協力局)ためだ。民間企業や地方自治体と連携した開発協力も進める。

国民所得が一定水準に達した「ODA卒業国」に対し、各国の開発実態や負担能力に応じて協力する方針は、他国軍への援助と並ぶ今回の柱。

具体的にはカリブ海のバルバドス、トリニダード・トバゴなどを想定している。将来の国連安全保障理事会常任理事国入りをにらみ、カリブ共同体(カリコム)との関係を強めたい政府の意図が透ける。この地域への関与を強める中国に対抗する狙いもある。

一方、新大綱は「開発協力の軍事的用途や国際紛争助長への使用を回避する」という従来の原則を踏襲したうえで、「相手国の軍や軍籍を有する者」への非軍事目的の開発協力を容認した。海上警察活動への巡視艇供与や、災害救助の際の軍への物資提供などが該当する。

これまでも01年にセネガルの軍病院の改修を支援した例があり、外務省は「考え方はこれまでもあった」と方針転換ではないことを強調している。

岸田文雄外相は10日の記者会見で「紛争後の復旧や復興など非軍事目的の活動に軍が重要な役割を果たすようになってきた」と指摘。「(軍事的用途への使用回避の)原則に抵触するためできなかったことが、新大綱でできるようになるのではない」と述べた。【2月10日 毎日】
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“他国軍への援助”に関しては、13日に閣議決定された最後のODA白書でも、「軍事的用途および国際紛争助長への使用を回避する」ことが強調されています。

****<ODA白書>「紛争助長を回避」強調 軍事協力容認巡り****
岸田文雄外相は13日の閣議で、2014年版「政府開発援助(ODA)白書」を報告した。2月にODA大綱を改定し、非軍事目的の場合の他国軍への協力を容認したことについては直接的には言及せず、「軍事的用途および国際紛争助長への使用を回避する」などと強調した。

白書では、戦後処理の賠償と併せて1954年から始まったODAの60年間の経緯を説明し「国際協調主義に基づく積極的平和主義の基本理念のもと、日々変化する国際環境の中で戦略的に対応し続けていく」とした。

ODA大綱を改定して策定した「開発協力大綱」を踏まえ、民間企業やNGO、地方自治体などとの官民連携の推進を挙げた。

外務省幹部は「日本のODAは引き続き、非軍事の協力・軍事的利用の回避を大原則として人道支援や災害支援などを行う」と説明している。(後略)【3月13日 毎日】
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しかし、他国軍隊の財布は一つであり、災害救助に援助することは間接的に戦争にも援助することになるのではないかとの指摘もあります。

【「国益」をかけた中国との競合
また、「国益」確保を前面に出した新方針は、近年激しさを増している中国との国際影響力競争が背景にあるとの指摘もあります。

****ODAを「国益重視」に転換させた「中国ファクター****
2月10日に行われた政府開発援助(ODA)大綱に代わる「開発協力大綱」の閣議決定は、日本の戦後の外交政策の歴史的な変革だった。

単に他国への軍事援助を「解禁」するという表面的な事象にとどまらず、新大綱が目指すものが、ODAは日本にとって何なのかという従来の理念まで覆すものだからだ。

それは、意識的に「国益」を消してきた日本のODAが、今後は「国益」を基本にすえるという180度の転換に踏み切ったことであり、日本がODAで育てた中国の台頭によって迫られた皮肉な結果でもある。

ODAは「贖罪」と「免罪符」
戦後長きにわたり、軍事力の行使ができない日本にとっては、外交政策が事実上、ODAの支出を通して組み立てられてきた。

同時に、ODAは日本にとって良くも悪くも、世界とアジアに対する「罪滅ぼし」の意味を有していた。
大戦によってアジアに混乱と犠牲を与えた日本が再出発するにあたり、アジアに何ができるかを考えたとき、日本の資金力+開発ノウハウをODAという形でアジアに供することで、平和国家日本のリスタートにおける「免罪符」にしたのである。

そのことは、ODAの原点が東南アジアに対する戦後賠償だったこととも密接につながっている。(中略)

こうして、ODAを通したアジア重視、ODAでは日本自身の国益より現地社会のニーズを重視するという、日本の戦後外交その姿が形成されていったのである。

日本のODAが育てた中国
ODAの贖罪性や非国益性が最も如実に現れていたのは、対中ODAである。対中ODAは日中国交正常化と同時に始まり、あっという間に中国が最大の対象国に躍り出た。

日本は中国のインフラ建設のために多大の円借款を行った。中国は「施しは受けない」というスタンスの国だったので、日本の円借款中心のODAは、中国にとっては借金であるという言い訳も立つものだった。

日本にとってはODAこそ日中友好の象徴であり、歴代首相は中国を訪問するたびに対中ODAの増額を打ち上げ、日中関係の安定を国内外にアピールできた。

中国は内心では「ODAは戦時賠償の代わり」と受け止めていたが、それを公の場であえて口にすることはなく、日本も中国の本音は見て見ぬ振りをするのが、1990年代以前の日中蜜月時代の「暗黙知」だったのである。

このODAを日本側として国益や経済的合理性から正当化する論理としては、「中国が経済発展して市場として成熟することで将来、日本にとっても大きなチャンスになる」ということを10年ほど前まで外務省の幹部たちはよく口にしていた。

私もそれは確かにその通りだと思った。そして、今日の日本経済をみれば、ある部分で正鵠を射ていたことは間違いない。

しかし、中国が経済発展するに従って日中関係は次第に悪くなり、日本ではODAに対して「中国は感謝しない」「中国にはもう出さなくていい」という世論が徐々に強まり、お互いが何となく気まずいまま、数年前に対中ODAは事実上終止符を打たれて現在に至っている。

さらに、日本が「ODAで育てた」中国という国が、今度は自分たちのODAを使うことで、世界の資源国やアジア、アフリカで影響力を高め、日本の「国益」を損ないかねない事態に直面しはじめた。(中略)

世界ルールを無視する中国
今回ODAの転換の理由として各メディアに書かれたのは、中国のこのODAによる国益追求が日本のODA方針の転換の背景にある、という解説だった。

新大綱を読んでもそんなことは書いていないので、恐らく外務省幹部のブリーフィングで霞(外務省)担当記者らがしっかり吹き込まれたのだろう。この論理は、現在の反中感情が蔓延する日本社会でそれなりに受け入れられやすい。

中国が行っているODAがやっかいなのは、世界のODAのルールに従っていないところである。世界には「OECD開発援助委員会(DAC)」という組織があって、先進国、つまり援助を行う国々が加わって、お互いに援助はこうあるべきでしょうというルールを決めているのである。たとえば、受注先を自国企業に決めておくような、いわゆる「ひもつき」援助は禁じられているが、DACに加盟していない中国はそのあたりはおかまいなしだ。

そのなかで、ODAは基本的にODA卒業国には供与しないというルールがある。ODA卒業国の定義とは、OECDに加盟して先進国の仲間入りができる国のこと。

ところが日本政府は今回、ODA改革の柱として、卒業国にも一定の援助を行う方針を打ち出した。卒業国にあえて援助をするということは、このDACのルールに原則的に反している。

もちろん官僚はそれなりに理屈を整えることでDAC違反にならないようにしていくだろう。しかし、これからは日本にとってプラスになる相手(国)を優先するということは、日本は明らかに別の方向に一歩踏み出したのである。

軍事的支援を始めるかどうかは、あくまでも技術論に過ぎない。武装できる海上警備艇の支援など、事実上解禁されている部分もあった。

ターニングポイントだった麻生演説
それよりも、今回の新大綱で最大のポイントは、その精神の変化である。それは、ODAにおける「国益」の概念を正式に新大綱に取り込んだことだった。

そのことは、恐らく今回のODA改正において、影の主役として理論的にリーダーシップを発揮したとされる麻生太郎財務大臣の言葉によく現れている。麻生氏は外務大臣だった2006年、「情けは他人のためならず」という歴史に残るODA演説を行った。全文外務省のHPに掲載されているので、関心のある方は参照していただきたい。
【麻生外務大臣演説「ODA・情けは他人のためならず」2006年1月19日】

そのなかで麻生氏はこんなことを述べている。
「我が日本のため、我が国民の、世界における幸福と存在感を高めるため実施するもので、言わば長い算盤を弾く類の事業だからです。国民から預かった大事なお金を、一度よそ様に使って頂き、その結果をおいおい自分たちの役に立てようという話ですから、考えてみればODAくらい、腰の据わった戦略を必要とするものもざらにはありません」

「国際機関を活用した援助にもメリットがあります。ただし我々国民国家というものが他国を援助する時、ODAとは結局、回り回って自分のために実施するものだという本質を、忘れてはならないと思うのです。つまりODAとは、『自分にとって好ましい国際環境を作り、最終的には、より良い国際社会を形成していくための、政治的政策手段である』と捉えるべきものだということです」

麻生氏は決して間違ったことを言っているわけではない。こういう視点からODAを捉えている国はほかにもある。米国がその代表格だ。冷戦時代は反共という観点からODAを各国に注ぎ込んだ。

この種の戦略的援助は、確かに即効性はあるが、時代の変化に伴って「怪物」を育てるリスクもある。その資金は、例えばアフガニスタンでソ連に対抗するムジャヒディン(イスラム戦士)たちを育て、今日のアルカイダの源流をつくり出し、今日のイスラム国問題の淵源になっている。

一方、国家利益を追求しないスタンスのODAも世界には存在する。特に北ヨーロッパにはその傾向が強い。ただ、フランスはどちらというと米国的だ。

そんな中で日本はこれまでずっと北欧的な援助国であり、米国的な「戦略的」とか「国家利益」というタイプのODAから一歩距離を置いていたのだが、この麻生演説は、北欧型から米国型へ、日本のODAがターニングポイントにさしかかったことを明言した演説だった。(中略)

それから10年近くが過ぎ、時代はまさに麻生氏の定義するような方向にODAを導いたのである。それは戦後日本の「アジアや世界に対する無私の貢献」を目指した1つの理想型の終焉であるとも言えよう。(中略)

日本のODAは「非国益」で
個人的な見方を言えば、日本のODAは、やはり「自分の役に立つ」よりも「他人を思いやる」ことのほうに重きを置くべきだと思う。かつては1兆円を超えたODAもいまや5000億円あまり。今後もますます減るだろう。中国と「国益」を賭けて競いあうのはどだい無理な話だ。

アフリカなどで中国によるODAを使った官民一体の攻勢にしてやられることはあるかも知れない。しかし、そんな生臭いODA以外の助けを必要としている国々や人々はたくさんあるはずで、より「優しさ」をODAに込める方向に向かうのが成熟した国家の姿であり、第2次世界大戦ですべてを失いながら、世界との自由な交易で経済大国になれた日本の恩返しではないのだろうか。

国益を唱えさえればすべてが通るような時代にこそ、ODAぐらいは「非国益」の聖域であると言えるぐらいの寛大な国であってもらいたい。

それが中国との違いを示す近道でもあると思える。しかし、日本にはそんな余裕はなくなってしまったようで、ここでもまだ1つの「戦後」が終わったのである。【2月19日 野嶋剛氏 フォーサイト】
********************

陸と海のシルクロード経済圏構想である「一帯一路」を掲げる中国の外交戦略の一環としてのアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設メンバーにイギリスが参加を検討しているとのこです。

かつての“アジアNo1”のプライドを引きずって、いたずらに中国と「国益」を賭けて競いあうのは無理なことに思えます。

現実を直視しつつ、成熟した国家・日本として、どのように中国との違いを見せられるかに留意すべきでしょう。
貴重な資金ですから「情けは他人のためならず」というのはわかりますが、あまりにそこが突出するのも、いかがなものか・・・という感があります。
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トルコ  暗殺に怯えながら権威主義的な姿勢を強めるエルドアン大統領  堕ちた「トルコ・モデル」

2015-03-12 21:56:25 | 中東情勢

(女性に対する暴力の根絶を訴えるデモにはスカートをはいて参加した男性 【2月26日 AFP】)

スカート姿で女性の権利訴えた男性たちは「テロリスト」?】
トルコ・エルドアン大統領の「女性と男性を平等にはできない。自然の法則に反しているからだ」「私たちの宗教(イスラム教)は、(社会における)女性の地位を母親と定義している」といった、いかにもイスラム的な女性観については、2014年11月26日ブログ「トルコ・エルドアン大統領 イスラム色全開で長期政権を目指す」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141126でも取り上げたことがあります。

そんなトルコでは女性が犠牲になる殺人事件が増加しており、その背景には上記のような女性の対等な権利を認めようとしない政治指導者の姿勢があるとの批判があります。

****女性殺しに「加担」するエルドアンの罪*****
性差別的な発言を繰り返す現政権 女性をおとしめる風潮が暴力を助長するとの批判が

トルコで殺害される女性が増えているのは、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領のせい・・・そんな非難の声がある。

活動団体「女性殺害根絶プラットフォーム」のフィキリエ・ユルマズによれば、トルコでは昨年、女性が犠牲になった殺人事件数が過去最高水準に達した。被害者数は294人で、一昨年の214人からまたも増加した。

「政府は女性への暴力根絶の取り組みを何一つせず、エルドアンは女性殺害を招く発言をしている」と、ユルマズは憤る。

「彼らにとって女性は『二級市民』だ。家庭にとどまって何人も子供を産み、故国に労働力を提供すべき存在と見なしている。女性殺害がはびこる最大の原因は、権力者である男性が、女性も自己決定権を求めている事実を認めないことだ」

ユルマズが怒るのも無理はない。トルコでは先月中旬、19歳の女子大学生オズゲジヤン・アスランがバスで帰宅途中、レイプに抵抗して殺害される事件が起きた。遺体は数日後に、切断されて燃やされた状態で発見され、男3人が逮捕された。

この残忍な事件を受けて国内各地で抗議デモが行われ、さすがのエルドアンも「女性への暴力はトルコの傷だ」と遺憾の意を表明した。従来の彼の発言を考えれば、意外とも言える。

政府関係者が繰り返す女性差別的な発言が、暴力の直接的な引き金になっていると、ユルマズらは主張する。エルドアンは昨年11月、「女性と男性を平等の地位に置くことは自然の摂理に反する」と演説した。

介入したがらない警察
暴力増加の責任は、メディアや司法制度にもあるという。トルコで人気のテレビドラマには最近、女性2人を殺した犯人が歓待されるシーンが登場した。

「この国では法律と現実の間に大きな溝かある」と、イスタンブール在住の記者アレブ・スコットは指摘する。
いい例が05年に制定された法律だ。人口5万人以上の自治体は、家庭内暴力(DV)被害者の保護施設を最低1ヵ所開設すると定められ、計3000ヵ所以上の施設が誕生するはずだった。

だが国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの調査によると、これまでに設立された施設はわずか90力所だ。

開設済みの施設も適切に運営されておらず、被害者が夫に連れ戻されたケースが何件もあると、スコットは言う。
「女性への暴力は家族内の問題であり、自然に解決するというのがトルコ社会の考え方だ。警察は積極的に介入しない」

それでも希望はある。アスランの殺害事件に対する抗議の嵐が示すように、女性の抑圧に反対する動きが広がっているからだ。「女性たちは暴力に対して沈黙したくないと思っている」と、ユルマズは言う。

与党・公正発展党(AKP)に所属するゼイネプ・カンデュルは先週、英BBCにこう語った。「女性の権利拡大のための法律が導入されている。男性が一家の長であるという法律規定も、今では廃止された。女性の地位は以前よりずっと向上していると思う」【3月17日号 Newsweek日本版】
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女性の権利が十分に認められておらず、性犯罪などが多発しているのはトルコだけではありませんし、女性どころか、人間の生命の価値すらないがしろにされているような国も珍しくありません。

そういう意味ではエルドアン大統領ひとりを責めるのは片手落ちの感もありますが、かつてはイスラム民主主義のモデルとも見られたトルコにあって、エルドアン大統領の姿勢が急速に保守化・イスラム化していく感はあります。

エルドアン大統領は自身の考えに同意しない人々の存在がいたく不愉快なようで、女性に対する暴力に抗議するデモにスカートをはいた男性が参加したことについても、「テロリスト」という言葉で批判しています。

****トルコ大統領、スカート姿で女性の権利訴えた男性たちを批判****
・・・デモのきっかけとなったのは、大学生のオズゲジャン・アスランさん(20)が性的暴行を目的としたバス運転手に殺害された事件で、市民の間に怒りが広がり、活動家らが主導する抗議デモがイスタンブールで行われた。

女性に対する暴力の根絶を訴えるデモにはスカートをはいた男性数十人が参加した。

エルドアン大統領は25日、テレビ放送された首都アンカラの大統領府からの演説のなかで「彼らは自らを『男』だと称しているが、どういった類の男なのか?男はズボンをはくものだ。なぜ彼らはスカートをはいているんだ?」と発言した。

またエルドアン大統領は、スカート姿の男性活動家たちを、トルコ政府が取り締まりを強化しようとしている暴力的な抗議デモの参加者たちと関連付けようとした。

「残念ながら、彼らはスカートをはいて自分たちの素性を隠せると思い込んでいる」と前置きし、「彼らはテロリストでありあらゆる手段を用いる。なぜマスクをつけるのか?テロリストでなければ顔を隠す必要はないはずだ」と発言した。【2月26日 AFP】
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スカートをはいた抗議がどうしてテロリストにつながるのかはわかりませんが、イスラム的価値観を破壊しようとしているということでしょうか。

国内的には根強い人気・・・・その自信が強気な姿勢にも
トルコ全体で言えば、エルドアン大統領、および与党・公正発展党(AKP)は、今も高い支持を得ています。
背景には、イスラム的価値観を重視する人々の存在とともに、エルドアン氏がトルコ経済を牽引してきた実績があります。

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AKP政権は、発足前年の2001年に起きた過去最悪の金融危機を終息させたのです。国際通貨基金(IMF)のスタンドバイ取り決めに基づく経済構造改革を地道に実行し、財政を健全化して高インフレも抑え込みました。政治、経済ともに安定して対内直接投資が増え、トルコ経済は年平均4.9%(2002~2013年)の高成長を遂げました。

もっとも評価が高いのは、国民一人当たりの所得を底上げしたことでしょう。2002年の3492ドルから、2013年には3倍増の1万807ドルとなりました。この間、トルコリラが対ドルで増価基調だったとはいえ、国民の購買力は大きく伸びました。

ゼロプロブレム外交も奏功し、中東アラブ諸国との経済関係が発展しました。2012年の中東アラブ諸国への輸出額は2002年の11倍、輸出額全体に占める割合は13.1%から32.8%に増えました。この間、トルコの輸出総額は4.2倍増にとどまっていますので、いかに中東アラブ諸国の比重が大きかったかよくわかると思います。【3月12日 伊藤 歩氏 東洋経済オンライン】
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そうした支持を背景に、昨年の大統領選挙では1回目の投票で過半数を獲得して勝利しました。

一方で、国民から支持されている自信から、強気の、権威主義的とも批判される姿勢を強めているとも言えます。

イスラム色を強め、権威主義とも言われるような支配体制を固めていくエルドアン大統領に対し、2013年5月~6月、イスタンブールのタクスィム広場付近の緑地再開発計画に反対する抗議活動が反エルドアン抗議に急速に拡大したように、世俗派や若者などからの批判もあります。

抗議行動に対する警察の強硬な対応が、そうした批判を更に強める形にもなっています。

****少年の死から1年の追悼デモ、警察が鎮圧図り衝突 トルコ****
トルコ・イスタンブールで11日、反政府デモ中に催涙ガス弾を頭部に受けた少年(当時15)の死から1年を迎えて行われた抗議行動に対し、警官隊が鎮圧に乗り出し、激しい衝突が起きた。

衝突が起きたのはイスタンブールのオクメイダヌ地区で、現場のAFPカメラマンによると、デモの参加者の一部が花火や火炎瓶を投げつけ、警官隊が放水や催涙ガスで応酬した。

この日のデモは、昨年3月11日に死亡したベルキン・エルバンくん(当時15)を追悼するため、エルバンくんの自宅があったオクメイダヌ地区で行われていた。

エルバンくんは、2013年6月のレジェプ・タイップ・エルドアン首相(当時)に対する抗議デモ中に頭部に催涙ガス弾を受け、269日間の昏睡状態の末に死亡した。【3月12日 AFP】
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中東でも見向きもされなくなった「トルコ・モデル」】
こうしたエルドアン大統領のイスラム色を強める権威主義的な姿勢に対しては、欧米からは批判が強まっています。
また、ISを巡っては、アサド政権との対決姿勢と国内クルド人対策などもあってISへの姿勢をはっきりせていないことで、有志連合を率いるアメリカとの関係でも軋轢が生じています。

中東にあっても、トルコはかつての輝きを失っているようです。

****トルコが中東地域で孤立感を深める理由 イスラム国とトルコの複雑な関係****
 ――周辺諸国からの評価は?
トルコはドラマ輸出というソフトパワーも発揮してアラブ人視聴者の心をつかみ、トルコのシンクタンクが行ったアンケート調査では、2010年頃まで中東アラブ諸国で好感度ナンバーワンの国はトルコでした。

2011年に「アラブの春」が始まった当初は、EU加盟基準に調和する民主的な法体系の下で経済成長を遂げつつ、イスラム的価値観も大事にするAKP政権下のトルコを、民主化の「モデル」とみなす動きもありました。

しかし、「アラブの春」が変転するにつれて、「トルコ・モデル」は見向きもされなくなりました。

 ――それはなぜですか。
トルコがアサド政権打倒を掲げてシリア内戦に間接的に介入したことで、イスラム教の宗派対立に深入りしてしまったからです。

トルコには、アレヴィ―派というシーア派の異端とされる宗派を信じている人々がかなりの比率でいますし、少数ですがキリスト教徒やユダヤ教徒もいるので、決してスンニ派のみの国ではないのですが、AKP政権はスンニ派の反体制勢力に加担する形でシリア内戦に介入したのです。

アサド政権はシーア派の一派であるアラウィ派の政権です。アラウィ派はアレヴィー派とは別の宗派なのですが、アサド政権を支援するシーア派のイランやシーア派政党が政権を握るイラクとの関係が悪化しました。

エジプトではムスリム同胞団のムルシ政権を支持し、軍事クーデタで同政権を倒したシシ国防相(現大統領)を強く非難したため、エジプトとの関係も悪化しました。

ムスリム同胞団を危険視し、シシ大統領就任を歓迎したサウジをはじめとする湾岸王制諸国も、トルコの姿勢を快く思っていません。

 ――そうなると、経済への打撃も当然ある。
2012年に32.8%だった中東アラブ諸国向け輸出の比率は、2014年に28.6%まで縮小しました。陸路での主要輸出ルートだったシリア、イラクが内戦状態となり、トルコの輸出業者はルート確保に苦労しています。

イランへ迂回したり、イスラエルやエジプト、サウジアラビアまで船で運び、そこから陸送するなどの手段を取っていますが、輸送コストはかさむ一方です。

最大の貿易相手であるヨーロッパ諸国の経済低迷も長引いており、経済成長は2012年2.1%、2013年4.1%と減速しています。

「ゼロプロブレム外交」は「ゼロフレンド外交」と揶揄されるようになり、トルコは中東地域での孤立感を深めています。【3月12日 伊藤 歩氏 東洋経済オンライン】
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暗殺を怯える権力者
国内外に批判も抱えるエルドアン大統領ですが、最近奇異な言動も目立ちます。
巨費を投じて新築した大統領公邸の件は前回2014年11月26日ブログで取り上げましたが、こんな話も。

****すべての食事、「毒」検査 トルコの大統領、暗殺恐れ****
トルコのエルドアン大統領が暗殺を恐れ、国内だけでなく国外の訪問先でも、全ての食事を検査させていると同大統領の主治医が明らかにした。

首都アンカラの巨大公邸には、食品検査専用の施設を新たに設ける予定という。野党議員からは「被害妄想」との批判があがっている。

大統領の主治医ジェウデット・エルドル氏が、3日付のトルコ大手紙ヒュリエットで明らかにした。

記事によると、5人の専門家チームが、大統領に提供されるすべての食事や飲み物について、放射性物質、化学物質、重金属、細菌など、人体に有害な物質が含まれていないか検査しているという。

トルコでは過去、大統領の暗殺未遂が度々発生。エルドル医師は、「食品に毒を盛る手口は広く使われている」と説明している。【3月6日 朝日】
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エルドアン大統領が警戒しているのは、これまで登場したような世俗派や若者の国内批判とか、欧米・中東諸国との不和といった話ではなく、同じ保守派内で権力闘争を展開している「ギュレン派」の存在ではないでしょうか。

****ギュレン派」との対立****
・・・・もう一つの背景は「ギュレン派」と呼ばれる親イスラム勢力との対立です。

エルドアンの公正発展党とギュレン派は、よりイスラム的価値を反映した政治を求めて共闘してきました。軍部の政治への介入を排除するという面でも、両者は協力関係にありました。

ところが公正発展党の10年以上にわたる政権下で既に軍部の政治的な影響力は失われてしまいました。また公正発展党だけで選挙に勝てる状況が明確になりましたので、エルドアンはギュレン派を必要としなくなったのです。

ギュレン派とはアメリカのペンシルバニア州で亡命生活を送るギュレン師と呼ばれる宗教指導者を慕う人々の総称です。イスラムと近代化の融合を目指す運動で、全世界的な規模で活動しています。

トルコ国内では多くの私塾を経営しています。またメディアにも影響力があるとされています。さらに司法当局に多くのシンパを送り込んでいると見られています。

昨年来のエルドアン周辺の汚職疑惑の暴露は、ギュレン派の仕掛けた政治的な攻勢であるとも見られています。

国民的な支持の高まりを背景にして、この時期にギュレン派の影響力を削ごうとエルドアンが動いており、その結果が強権的な手法につながっているとの解釈も可能ではないでしょうか。

国民の支持が続く限りエルドアンの強硬な手法が続きそうです。【1月7日 高橋和夫氏 THE PAGE】
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“すべての食事や飲み物について、放射性物質、化学物質、重金属、細菌など、人体に有害な物質が含まれていないか検査”・・・まるで中世の王様か中国の皇帝のようでもあります。

こうした疑心暗鬼が、反対派へのヒステリックなまでの強硬姿勢ともなるのでしょう。
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