孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ベネズエラ  経済崩壊、抗議行動弾圧、不正選挙・・・それでも続くマドゥロ政権

2017-10-21 22:46:15 | ラテンアメリカ

(政府寄りの州知事候補者を支持するスローガンを叫ぶ有権者たち【10月16日 CNN】 チャベス以来の政権支持者が存在するのも事実です。)

崩壊しない強権支配体制 権力の座を追われた独裁者のうち民衆の反乱によって追放されたのはわずか7%
下記記事は、“一向に現実のものとならない「中国崩壊論」”に関するものですが、引用部分は中国だけでなく、多くの問題を抱えながらも維持される強権支配体制全般についても当てはまるものでしょう。

****共産党支配が崩壊しない理由****
何度も終焉を予測されながら一党支配が続いているのは体制崩壊の「必要条件・十分条件」がそろわないから
共産党は周到な対策を重ねるが永続を信じるのは危険だ

・・・・(中国が崩壊するという)一連の予測が外れた原因は、タイミングのまずさだけではない。政治体制の崩壊は、それが民主的なものであれ独裁的なものであれ、もともと起こる確率が極めて低いのだ。
 
英ケンブリッジ大学の調査によれば、政治体制が崩壊する確率は平均して2.2%前後。つまり、誰かが体制崩壊を予測しても、100回中98回までは外れるということだ。
 
独裁体制が民衆蜂起によって崩壊する確率も同様に低い。別な調査によれば、1950~2012年の間に権力の座を追われた独裁者は473人いるが、そのうち民衆の反乱によって追放されたのはわずか33人(7%)だ。
 
体制崩壊の事例を精査してみると、独裁体制の終焉には必要条件と十分条件の両方がそろわなければならない。
 
必要条件は、比較的に分かりやすい。
インフレ率や失業率の上昇、経済成長率の低下などだ。経済的な恩恵がなければ民衆は独裁体制を支持せず、反乱
が起きやすくなる。支配層のエリートによる腐敗や権力乱用も、同様に民衆蜂起のリスクを高める。

体制崩壊の引き金は予測不能
まずは社会的な緊張が高まり、そこにラジカルな反体制の政治勢力が出現すること。一般論として、これが革命の必要条件だろう。また軍事政権などの強権的な支配層が無能で非効率的な統治を続けていれば、そうした体制を支えてきた産業界のエリートから見放され、結果として体制崩壊を招く可能性が高まる。
 
しかし、こうした必要条件だけでは体制崩壊の「引き金」にならない。無能な独裁政権が上述のような弱みや失敗の兆候を見せながらも権力の座を維持している例はたくさんある。
 
つまり、体制崩壊には必要条件に加えて、いくつかの十分条件がそろわねばならない。ところがこちらは概して偶発的な事象であり、予測不能だ。
 
筆者が70年代以降の体制崩壊の歴史を通覧した限りでは、一般に独裁政権崩壊の直接的な引き金となる事象には4つのタイプがある。

選挙での不正、軍事的な敗北、近隣国での独裁体制崩壊、そしてアラブの春のような偶発的暴動の民衆蜂起への拡大だ。

ちなみに、97~98年のインドネシアの例を除けば、経済危機が体制崩壊の引き金となったことは一度もない。この点は留意しておくべきだろう。(後略)【10月24日号 Newsweek日本語版】
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無力感も漂うベネズエラ情勢
南米・ベネズエラのマドゥロ政権は、国民生活を犠牲にする深刻な経済危機を抱えながらも、また、野党勢力の強い抗議行動を受けながらも、いまだ存続しています。(その混乱ぶり、批判に対する弾圧等については、これまでも再三取り上げてきましたので、今回はパスします。)

餓死者が出ているとか、三食満足に食べられない国民も少なくないとか言われる経済の崩壊、無能で非効率な支配体制、これに強く抗議する野党・国民の抗議・・・・等々はあるものの、それでもマドゥロ政権は終わりません。

そうした“悪政”だけでは、政権は崩壊しないこと、崩壊に至るには“引き金”が必要なことを上記は論じています。

体制崩壊の“引き金”要因のいくつかが挙げられていますが、ベネズエラの場合、それすらも決め手にはならないようにも見えます。

後述のように“選挙での不正”に対する批判も政権にはこたえないようです。
軍上層部も政権と既得権益を分け合っており、政権に立ち向かう気配はありません。
隣国キューバの緩やかな方向転換も、あまり影響していないようです。
120人超の死者を出した抗議行動も“力”でねじ伏せられたように、今は静かになっているとも。
軍・警察だけでなく、政権の意を受けた民兵組織が、抗議行動うを封じ込める“暴力装置”にもなっています。

国内抗議行動は“力”で抑え込まれ、野党が多数を占める国会は強引な改憲・選挙で権限を奪われ、南米・アメリカ各国の批判も効果を示すこともなく、内外に無力感すら漂う感もあります。

知事選挙 予想を覆す与党勝利 更に野党側に“踏み絵”を迫る
ベネズエラでは15日、23州の知事選が行われました。与党はこれまで23州のうち20州を押さえていましたが、有権者は経済危機を受けた食料不足などに強い不満を感じており、世論論調査では野党連合の優勢が示されていました。しかし、ふたを開けてみると・・・・“与党勝利”とのこと。

****ベネズエラ知事選、与党が勝利 反政府デモ再燃の恐れ****
国会の権限を上回る制憲議会が招集されマドゥロ大統領の強権的な姿勢が強まる南米ベネズエラで15日、全23州の知事選が行われ、選挙管理当局は少なくとも17州で与党候補が勝利したと発表した。

野党連合は「不正があった」と強く反発しており、沈静化していた反政府デモが再燃する可能性もありそうだ。
 
報道によると、選管が発表した投票率は61・14%。政府の経済政策の失敗で物不足やインフレが深刻化するなか、事前の世論調査や専門家の分析では野党が優勢と見られていた。
 
野党側は「選挙結果は認めない。全プロセスの検証を求める」と批判。選挙前に一部の候補の資格が取り消され、直前になって投票所の変更があったとも訴えており、街頭で抗議活動をする姿勢を示している。
 
勝利宣言したマドゥロ氏は「ベネズエラでは民主主義が完全に機能していることを(この選挙で)世界に示した」と語った。
 
同国では7月末、野党が参加を拒否した制憲議会議員選挙が強行され、政権支持者のみで構成する制憲議会が8月に事実上の全権掌握を宣言。約4カ月間続いた抗議デモで120人以上が死亡し、野党は「独裁だ」と批判している。【10月17日 朝日】
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野党連合幹部は“108万人の有権者が投票を邪魔されたり、少なくとも9万票以上の野党票が無効となったりしたと主張。「政権側は民意を否定するため、不正、暴力、ごまかし、強要の道を選んだ」と非難した。”とのことで、信頼できる国際監視団の下での選挙全体の検証を求めていますが、もちろん政権側がこれに応じることはありません。

応じないどころか、野党側が勝利した州について、与党主導の「制憲議会」を認める“踏み絵”を迫る形で圧力を強めています。

****ベネズエラ 知事選挙めぐり大統領と野党側の間で混乱****
南米ベネズエラのマドゥーロ大統領は20日、今週行われた知事選挙の野党側の当選者について、大統領派のメンバーで構成する「制憲議会」を認めなければ、野党側が当選した州で再選挙を行うとともに、当選者を政治的に追放すると述べるなどけん制し、選挙をめぐる混乱が続いています。

ベネズエラでは15日、全土の23州で知事を選ぶ選挙が行われ、与党側が18の州、野党側が5つの州で勝利を収めました。

これを受けて、マドゥーロ大統領は20日の演説で、「当選者は制憲議会を認めないといけない。さもなければ、野党側が当選した州で再選挙を行うとともに、今回の当選者を政治的に追放する」と述べました。

マドゥーロ大統領は今回の知事選挙の前から、大統領派のメンバーで構成する国の最高権力機関、制憲議会で宣誓をしない当選者は知事の職に就けないとしていました。

しかし、野党側は制憲議会は違憲だとしていて、その存在を認めておらず、当選した5人は制憲議会で宣誓をしていません。(後略)【10月21日 NHK】
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“選挙をめぐる混乱が続いています”とは言うものの、これまでの経緯を見ると、結局政権側に抑え込まれることになるのでは・・・とも思えます。

決め手を欠く国際圧力
国際的な圧力もありますが、軍事介入をも示唆したようなアメリカ・トランプ政権と南米の不協和音もあったりして、なかなか・・・。
ブラジルに代表されるように、南米各国とも国内に不正疑惑を抱えており、ベネズエラどころではない事情もあるでしょう。

****カナダ政府、ベネズエラ問題で外相会議を開催  圧力強める****
カナダ政府は20日、ベネズエラの政治的な混乱に対応するため、米州各国による緊急外相会議を開催すると発表した。強権姿勢をさらに強めるマドゥロ政権への圧力について話し合う。

15日投開票の統一地方知事選では事前の世論調査を覆し与党が圧勝した。野党連合が不正の証拠を示すなど、選挙自体の公正性に疑いが持たれている。
 
会議は26日にトロントで開催する。ブラジルやアルゼンチン、メキシコなど主に中南米の国が参加する。カナダはマドゥロ政権に独自の経済制裁を科すなど圧力を強めている。中南米の国はベネズエラ政府を非難するものの制裁まで踏み込んでおらず、会議では具体策が焦点となりそうだ。
 
ベネズエラの野党連合は20日までに、選挙管理委員会が発表した投票数と投票所での数字の差異をもとに票数操作が行われていたと発表した。一方、政権側は「選挙は公正に行われた」と無視する構えを崩していない。【10月21日 産経】
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デフォルトになっても・・・・
このままいくと、経済崩壊状態のベネズエラはやがて借金を返済できないデフォルト(債務不履行)に追い込まれるのではとも予想されます。

通常なら、デフォルトに至れば政権は崩壊しますが、マドゥロ政権の場合はどうでしょうか?

“国会を制圧した今となっては、万一デフォルトしても、86年にデフォルトしたキューバがそうであったように、債務免除あるいは一部免除や支払い延期の交渉を行うことで、政権は生き延びよう。”【10月17日 WEDGE】

資金的にマドゥロ政権を支えてきた中国の反応次第でしょう。ただ、中国はマドゥロ大統領の首のすげ替えは求めても、体制の転換は求めないのでは?

デフォルトとなると国際金融が混乱しますので、IMFは救済策の検討に入っているようです。

****デフォルト目前、ベネズエラ救済を検討し始めたIMF****
必要な支援は年間3兆円超?(英フィナンシャル・タイムズ紙 2017年10月17日付)

国際通貨基金(IMF)が今後あり得るベネズエラ救済に向けて準備を始めた。

救済には年間300億ドル(約3兆3600億円)以上の国際支援が必要になる可能性があり、併せて世界でも特に複雑な債券のリストラ(再編)が行われ、IMFの規則が大きな試練に見舞われることになる。
 
ベネズエラが2007年にIMFとの関係を絶って以来、両者には正式な関係がなく、IMFは過去13年間、現地調査を実施していない。
 
IMFの高官らは、差し迫った救済はないと主張。公にはIMFは単に通常の調査を行っているだけだと述べ、時折、ベネズエラからのデータの要求に職員が対応することを除けば、ベネズエラ政府とは一度も意味のある接触をしていないと強調している。
 
だが、IMFのスタッフはこの数か月、仮に実現したら、大きな批判を浴びたギリシャへの関与より金銭的に規模が大きく、政治的に複雑になる可能性がある救済に向け、静かに数字を分析してきた。(中略)
 
ベネズエラは15日に23州の知事選を実施した。
(中略)「ほかの人たちと同じように、我々もベネズエラの劇的な経済的・人道的状況について非常に懸念している」
 IMFはこう述べた。(中略)
 
すでにベネズエラ政府関係者に選択的な制裁を科しているトランプ政権は一時、データ共有の義務に違反したことでベネズエラに制裁を科すことを検討するようIMFに働きかけていた。
 
だが、その後、そうした対策には効果がなく、将来の救済を複雑にするだけだと判断した。
 
ベネズエラは事実上、国際資本市場から締め出されており、今年、米ゴールドマン・サックスに売却して物議をかもした債券は、推定利回りが48%にのぼっていた。対照的に、IMFは大抵、2%の金利で融資している。
 
だが、IMFによるベネズエラ救済の最大の障害は、辞任を迫る圧力が高まるなかで権力の座にしがみついているニコラス・マドゥロ大統領の政府だ。街頭デモでは今年、125人以上の死者が出ている。
 
IMFの救済プログラムは、政府からの支援要請にかかっている。しかし、「対話が一切行われていないため、(どんなプログラムについても)時間枠が不確実になる」とあるIMF高官は言う。
 
「それに加え、多くのことが(政治的な)体制移行の性質に左右される。もし移行がぐちゃぐちゃで、コンセンサスがないとすれば、国際社会はこれ以上無駄金をつぎ込もうとしないだろう」(中略)

それでも、少なくとも1つの問題は、すでに片づいているのかもしれない。IMFのプログラムは、緊縮と関連づけられてきた。だが、ベネズエラはすでに、劇的な消費の落ち込みに苦しんでいる。
 
米ハーバード大学国際開発センター(CID)の経済学者、ミゲル・アンヘル・サントス氏は、「多くの意味で、最も痛みの大きい調整はすでに起きた」と話している。【10月19日 JB Press】
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IMF救済がマドゥロ政権、もしくは首をすげ替えただけの政権の延命につながるのでは考えものです。
ただ、これ以上の経済混乱で食料輸入も途絶え、国民生活が更に圧迫されるのも困ります。難しいところです。

チャべスの威光とキューバの後援で地位を得、“革命を成就した”マドゥロ大統領
「このまま飢え死にするよりは・・・」という民衆蜂起に至るギリギリのところまで追い込まれなければ、体制は変わらないということでしょうか。

マドゥロ大統領がバス運転手出身ということは広く知られていますが、それは職場での地道な活動の結果として重きをなすようになったという話ではなく、単に共産主義革命のオルグのためバス運転手として潜入しただけで、キューバ・カストロ政権とのつながりが現在の地位をもたらしたとのことです。

インドの聖者サイババの敬虔な信者でもあるそうです。

****バス運転手から独裁者への道、ベネズエラ大統領マドゥロの正体****
・・・今回設立された制憲議会とは民主主義とはまったく無関係な存在である。今後自由選挙は実施されないし、自由な報道は完全に封じ込められる。

野党や反対派は無力感に打ちひしがれ、海外に出るか、地下に潜り散発的なテロに訴えるか、あるいは、80年以上も前にフリードリッヒ・ハイエイクが予言した、全体主義下での隷属した存在になるしかない。
 
国際的に孤立しているなどと報道されるが、そんなこともあるまい。大国の中国とロシアは必ず支援する。
 
一方アメリカはマドゥロ個人やそのとりまきへの銀行口座凍結、石油公社の債権購入禁止、政府高官のアメリカ入国禁止などの制裁を行っているが、致命的であろうベネズエラからの原油輸入を止めることはあるまい。アメリカ国内にも影響するし、ベネズエラへの影響力を失ってしまう。

ドナルド・トランプはできもしない軍事行動もオプションのひとつだと威嚇したが、それはむしろ敵に塩を送る発言だった。中南米諸国の反発を買っただけではない。
 
ベネズエラはありもしないヤンキーの軍事介入の恐怖を煽り、街の老若男女に武器を配り、100万人を動員した軍事訓練を行うことができた。素晴らしい成果である。

危機を煽る機会を与えてくれる外敵の存在は、独裁維持のための不可欠な養分なのだ。遅まきながら、日本外務省もベネズエラの民主主義の後退を懸念する談話を発表している。
 
さらに国会を制圧した今となっては、万一デフォルトしても、86年にデフォルトしたキューバがそうであったように、債務免除あるいは一部免除や支払い延期の交渉を行うことで、政権は生き延びよう。
 
今後は、すでに始まっている小グループによる軍の隆起が散発的に続いた後に反体制派学生グループと結合し、例えば「革命民主軍」(Revolución Democrática)のような地下組織が結成され、1、2年の間は軍と諜報機関による血生臭い都市ゲリラ狩りが続くことになる。
 
すなわち、チャべスは南米の領主になるという誇大妄想のもとに、石油資源を内外にばらまいて、ベネズエラの懐を空にした。

一方マドゥロは、現実から遊離したパラノイアとして、左手に遠い昔に敗北したマルクスレーニン主義、右手に聖者のサイババを掲げる。そして、チャべスの威光とキューバの後援で地位を得、ついにチャべスができなかったキューバ風共産主義国家を成立させた。革命は成就したのである。長い年月を経て、地獄にいるだろうフィデル・カストロやチェ・ゲバラの宿願がついに果たされた。
 
大統領官邸内のマドゥロの机の上には、サイババの信仰を象徴するハスの花びらから成るサルバダルマのメダルが置かれている。【10月17日 WEDGE】
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インド社会の実情  タージマハル、生体認証システム、そしてスマートシティー

2017-10-20 22:47:59 | 南アジア(インド)

(【10月 3日号 Newsweek日本語版】 最初見たとき遮光器土偶か何かと思いましたが、虹彩認証データを登録する農村の住民だそうです。)

【「タージマハルはインド文化の汚点だ」】
インドが抱える大きな問題と言えば、カースト制に絡む身分差別や女性へ性的暴力など差別の問題、絶対的貧困の問題、国内イスラム教徒への暴力や隣国パキスタンとの対立などの対イスラムの問題などがすぐに思い浮かびます。

このうち、最初の差別意識に関する問題については、10月3日ブログ“インド 高速鉄道建設の一方で、優先して取り組むべき社会に根深い差別意識等の問題も”や7月18日ブログ“インド 被差別民ダリット出身の新大統領選出でも続く、よそ者には理解しがたい差別社会”などでも取り上げました。

今日は、最近目にしたインドの現状を示す興味深い記事をいくつか。それらは直接・間接に貧困やイスラムとの関係というインドの抱える大きな問題にもかかわっているように思えます。

一つ目は、タージマハルに関するもの。
インドには数多くの観光資源がありますが、「インドと聞いて思い浮かべる観光地は?」と問えば、間違いなく“白亜の廟”タージマハルがトップに挙げられるでしょう。(個人的には、あまりに有名で多くの写真などを見ていたせいもあって、既視感が強く、さほど感動もありませんでしたが)

そのタージマハルが現地観光ガイドブックから消えた・・・という話題です。

****タージマハルが観光ガイドから消えた! イスラム系王朝の建造物なのでヒンズー至上主義勢力が反発か****
インドの至宝とも称される世界遺産タージマハルが、地元州が作成したガイドブックから削除されて物議を醸している。

不掲載の経緯は不明だが、イスラム系王朝による建造物のため、ヒンズー至上主義勢力の反発が背景にあるとみられる。過激な意見も登場するなど“白亜の廟”が議論の的となっている。
 
タージマハルは17世紀、ムガル帝国の5代皇帝シャー・ジャハーンが先立った寵妃のために建てた墓で、年間数百万人が訪れるインドを代表する観光地だ。
 
騒ぎとなっているのは地元の北部ウッタルプラデシュ州が今年作成したガイドブック。放送局NDTVなどによると、歴史的建造物の一覧にタージマハルがなかったことが判明した。
 
ヨギ・アディティヤナート同州首相は、モディ首相と同じインド人民党(BJP)出身で、強硬なヒンズー至上主義者として知られることから、意見が反映された可能性がある。自身はヒンズー教僧侶でもあるが、所属する寺院はガイドブックに記載されているという。
 
インド国内からは不掲載に反発する声が上がったが、過激な発言で知られるBJPのサンギート・ソン議員は「シャー・ジャハーンはヒンズー教徒を抹殺したいと思っていた」と持論を展開して削除を擁護。「(タージマハルは)インド文化の汚点だ」とまで言い切った。

発言に対してBJP側は「個人的見解だ」と火消しに回ったが、党内からはソン氏の発言を支持する声も上がっており、問題は根深さを見せている。【10月19日 産経】
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モディ首相ものとで強めるヒンズー至上主義については、これまでも再三取り上げてきましたので、今回は詳細はパスします。

8月28日ブログ“インド・モディ首相の“ダークサイド” 改めて問われる「全国民とともに」”
7月2日ブログ“インド・モディ首相 キャッシュレス化・単一市場に向けた経済改革断行 強まるヒンズー至上主義”など

個人的な経験でも、タージマハルの話と似たようなものを感じたことがあります。

北インドを旅行していると、観光スポットになっている歴史的建造物の多くが歴代イスラム王朝によって建造されたものであることを実感します。

昨年2月に旅行した際、デリーで時間があって、ガイド氏(ヒンズー教徒)と「どこに行こうか?」と相談したときの話。

「以前行ったことがあるけど、クトゥブ・ミーナール(イスラム系王朝の戦勝記念塔で世界遺産)にでも・・・」と提案したところ、「塔があるだけ。つまらないですね」と即座に却下。
かわりに、近年建てられた世界最大のヒンズー教寺院「スワーミナーラーヤン・アクシャルダム」を提案されました。【「インド2016・・・(9)デリー ムガル帝国「赤い砦」 ヒンズーの心意気を感じる巨大寺院 夜のメインバザール界隈」】

イスラム王朝建造物も丁寧に案内してくれたガイド氏はヒンズー至上主義ではないでしょうが、クトゥブ・ミーナールはヒンズー寺院を壊した石で作ったイスラム系王朝の戦勝記念塔ということもあって、お気に召さなかったのだろうか・・・、ヒンズー教徒としては、ヒンズーにも立派なものがあるということを見せたかったのだろうか・・・といったことも感じました。

そうした経験からすれば、タージマハルが地元ガイドブックから消えた・・・という話も、さもありなんという感があります。

ただ、この軽いトピックス的な話は、ヒンズー至上主義の台頭というインド社会の深刻な社会問題に根差すもので、新聞一面を賑わすような政治・経済問題より注意を要する必要があるかも。

生体認証「アドハー」を利用していないことで、食糧配給を拒否され“餓死”】
二つ目の話題は、インドで進むキャッシュレス化の根幹をなす生体認証の個人識別番号制度「アドハー」の話。

7月2日ブログ“インド・モディ首相 キャッシュレス化・単一市場に向けた経済改革断行 強まるヒンズー至上主義”でも触れたように、キャッシュレス化と言うと、中国のモバイル決済が思い浮かびますが、インドも「アドハー」によるキャッシュレス社会構築を進めています。

****インド13億人を監視するカード****
<生体認証の個人識別番号制度「アドハー」が誕生して7年。数々のメリットがある半面、プライバシー上の懸念も>

イアン・セクエイラが働くインドの首都ニューデリーの政府シンクタンクで不気味な変化が始まったのは、2015年のことだった。

まず、オフィスの全ての階に生体認証マシンが2台ずつ設置された。その1カ月後には、紙の勤務記録シートが廃止された。今後は、生体認証マシンに指紋をスキャンさせ、自分の「アドハー」の番号を入力して出退勤を記録しろというのだ。

インド政府は09年、アドハーという新制度を導入し、一人一人の国民に12桁の個人識別番号を付与し、13億の全国民の情報を1つのデータベースに集約する取り組みを開始した。アドハーとは、ヒンディー語で「基礎」という意味。福祉受給の有資格者に漏れなく給付を行い、さらには不正受給をなくすことが目的としてうたわれた。

(中略)7月の時点で成人の99%以上、11億6000万人近くが登録を済ませた。世界最大の生体情報データベースは、ほぼ完成に近づいていると言っていいだろう。

今では福祉だけでなく、銀行取引や住宅ローンの契約、携帯電話の利用など、暮らしのさまざまな領域にアドハーが入り込み始めている。セクエイラのような政府職員は、勤怠管理もこの数字を使って行う。

個人識別番号の導入には多くの利点があるが、危うい面もある。セクエイラの職場に新しいマシンが導入されたとき、「職員たちは自分の番号を把握していなかった。そこで、マシンの隣に全員の氏名と番号を記した紙が張り出された」と言う。「ばかげている。個人データのずさんな扱いに腹が立った」

不正受給対策として出発
個人識別番号のアイデアが最初に持ち上がったのは、2000年代前半。国民全員に個人識別番号を与えれば、福祉の効率性が高まり、コストも節約できるという考えだった。

当時、低所得者向けの食料や肥料の配給の4分の1が不正に受給されていた。その根本的な原因は、適切な個人識別制度が存在しないことにあると、政府は主張した。インドでは、出生証明書を持っている人は全国民の半分以下。納税している人はもっと少なく、運転免許を持っている人はさらに少ないのだ。

「アドハーを導入した理由は主に2つあった」と、インドのIT大手インフォシスの共同創業者で、インド固有識別番号庁(UIDAI)の初代総裁としてアドハー導入を推し進めたナンダン・ニレカニは言う(現在はUIDAI総裁を退任)。

「第1に、社会生活に参加できる人を増やしたかった。それまでインドでは、身分証明書を持っていない人が非常に多く、貧困層はそういうケースがとりわけ顕著だったから。第2に、インド政府は莫大な予算を福祉に費やしてきたが、不正受給や無駄遣いが絶えなかった。そこで、正しい対象者に給付が行われるように、強力な個人識別制度を確立する必要があった」

ニレカニによれば、アドハーの導入により政府の出費が既に70億ドル近く節約できた。その上、身分証明書を手にしたおかげで経済活動に参加できるようになった人が何百万人もいるという。

多くの人が新たに銀行口座を開設したり、融資を受けたり、送金をしたり、携帯電話を利用したり、モバイル決済を行えるようになった。
金融機関を利用している女性の割合は27%増加し、アドハーを利用した銀行口座の開設件数は2億7000万口座を上回っている。携帯電話の利用率はそれ以前に比べて倍増し、人口の79%に達した。

「恩恵を感じている」と、西部の都市プネの家事サービス労働者アニタ・ペレイラは言う。「2人の子供と私は、身分証明書もパスポートもなく、配給カードしか持っていなかった」(中略)

救急車に乗れない場合も
(中略)問題は、アドハーがこのように障壁を壊す一方で、新たな障壁を生み出してもいることだ。アドハーの番号を持っていないと、子供たちは学校で給食を食べられず、母親は子供手当を受け取れない。農家は収穫保険金を受給できないし、障害者は割引価格で電車に乗れない。

しかも、福祉以外の分野でもアドハーが欠かせなくなってきた。インドの有力紙ヒンドゥスタン・タイムズの4月の記事によると、アドハーが必須とされている61種類のサービスのうち、福祉関連は10種類にすぎない。今では、納税、主要な銀行での口座開設、携帯電話の契約などにも、アドハーの身分証明カードが要求される。

6月には、北部のウッタルプラデシュ州が救急車利用者にアドハーの身分証明カード提示を義務付けることを決めた。カードを見せないと、救急車に乗せてもらえなくなったのだ。

「アドハーに登録することは義務ではないが」と、ニレカニは言う。「カードが必須とされるサービスが増えるにつれて、実質的にカードなしでは済まなくなってきている」

しかし、インドの最高裁判所は15年、アドハーへの登録は「国民の義務ではない」という判断を示している。今でも、アドハーによりプライバシーが侵害されていると裁判所に訴える国民は後を絶たない。

また、アドハーが国民生活のさまざまな場面で使われるようになる背後に、もっと邪悪なもの――国家による監視が潜んでいると考える人もいる。

バンガロールに本拠を置くシンクタンク「インターネット社会センター」のスニル・エーブラハム専務理事はこう語る。「政府は当初、アドハーは貧困層のためのものであるかのように喧伝した。それからなし崩しに対象が広がり、中流階級の人々や納税者もカードを取得しなければならなくなった。(政府は)行政の改善を掲げつつ、他方では監視を強めている」

エーブラハムはセキュリティーの問題も懸念している。「生体情報は変更が利かない。一度漏洩したら安全を取り戻すことはできない」

データ漏洩事件も発生
インドにはプライバシー保護法もなければ、集められた生体情報を守る法律もない。それでもニレカニに言わせれば、アドハーは安全だ。全ての生体認証データは暗号化され、ファイアウォールに幾重にも守られ、ネットとつながっていない場所に保管されている。それに政府機関であれ民間業者であれ、アドハーを利用するには免許が必要だというのだ。

だがエーブラハムは納得しない。「データベースが不正侵入されるのは時間の問題だと思う。政府がフェイスブックより優秀なセキュリティー専門家を抱えているというなら話は別だが」

既に、政府の4つのウェブサイトから1億3000万人以上の名前と銀行口座のデータとアドハー番号が流出し、ネット上で公開される事件も発生している。(中略)

アドハーは国民に利益だけをもたらす無害な存在であり続けるのか、それとも抑えの利かない暴走を始めるのか。
「アドハーについて、『政府がやっているのは正しいことだけだ』と誰もが信じているとは思えない」と冒頭のセクエイラは言う。「ラテン語の格言で『誰が番人の番をするのか』というのがあるが、同じことだ」【10月 3日号 Newsweek日本語版】
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推定2億4000万人が電気のない暮らしを送っているとされるインドと「生体認証システム」・・・なんだかうまく結びつかないような感も。
せっかく多数の銀行口座が開設されたものの、有効に機能していない実情もあるとの話をどこかで見たような気もします。

政府は制度の進展を図るべく、年末時点でアドハーと連結していない銀行口座は凍結する・・・という強硬措置に出ているとも。【10月5日 日経より】 “剛腕”モディ首相らしい対応です。

しかし、アドハーへの統合を行っていないことで食料配布が拒否され、女児が餓死するという事件も。

****11歳女児が餓死、食糧配給拒否が原因か インドで調査開始へ****
インド東部ジャルカンド州で食料配給を拒否された家族の娘(11)が餓死したことをめぐり、同州知事は17日、地元当局の過失が原因かどうか調査を命じたと明らかにした。
 
母親や社会福祉活動家らによると、娘は先月死亡。手続きの不備を理由に当局者が一家への食料配給を拒んでいたといい、そのことが娘の死の原因だと家族は訴えている。(中略)
 
母親によると、所持していた低所得世帯向けの食料配給カードと、指紋や虹彩を登録する生体認証IDシステム「アドハー(Aadhaar)」の統合を家族が行っていないとして、当局者らは一家が食料配給を受けられないと主張していたという。
 
しかし、インド最高裁はアドハーの登録にかかわらず低所得世帯の国民全員が食料配給を受ける権利があるとの判断を示しているとして、活動家らは当局者がこれに違反したと非難している。(中略)

インドでは人口の3分の1近くに当たる3億6000万人以上が貧困ラインを下回る水準で生活しており、政府の食料配給を受ける資格を有しているという。【10月19日 AFP】
*****************

個人識別番号制度の意義はわかります。ただ、個人データの国家管理の問題は脇に置くとして、また、アドハーが貧困からの脱却に有効であるにしても、億単位で残存する貧しい人々の実生活を切り捨てて、形だけ強引に整えようとすれば多くの悲劇にもつながります。

スラムをつくらせない「スマートシティー」建設 貧しい市民の行き場は?】
三つ目の話題は、新都市建設の話。

****インド初「スマートシティー」でスラム阻止****
建設予定の新都市はドローンやAIなどハイテクを使って秩序を維持する計画

インド・アンドラプラデシュ州の新州都として同国初の「スマートシティー」が建設される。だが政府の担当者は、計画を実現する上で解決しなければならない問題があることを自覚している。
 
その問題とは、インドで近年に建設された計画都市が当初思い描いた通りにはなっていないことだ。どの都市にもスラムが生まれ、混雑や混乱に見舞われている。
 
担当者はドローンを飛ばしたり、送電線を地中化したり、生体認証データベースと土地の登記をリンクさせることで問題をクリアしようとしている。

2014年にアンドラプラデシュ州の従来の州都だったハイデラバードを含むテランガナ地方が新たな州として独立したことで、アマラバティがアンドラプラデシュ州の新州都に決まった。(中略)

計画によると、新州都の人口は350万人となる予定。建設予定地には現在、29の村があり、10万人の農民や農村労働者が暮らしている。
 
農民は所有地を手放す代わりに、以前の土地より狭いものの金銭的価値は高い州都の区画を手に入れることになっている。土地を持たない農村労働者は公営住宅に入居できる。小規模の飲食店や小売業者など低所得の事業主には、50平方メートルほどの区画――もっとも安いもので3000ドル――が提供される予定だ。(中略)

こうしたやり方には批判の声もある。世界資源研究所(WRI)「持続可能な都市のためのロスセンター」(ワシントン)のグローバルディレクター、アニ・ダスグプタ氏は、インドの貧しい市民は低所得者向けの公営住宅や経済ゾーンを出て、大都市の賃金の高い職場に近いスラムに住むことが多いと指摘する。

インド政府は最新技術を持ち出すより、既存の都市を支援したりスラムを改善したりすべきだとダスグプタ氏は主張する。
 
新州都計画の関係者はアマラバティをインドの次の都市開発の波の青写真として位置付けている。国連は2050年までにインドで3億人が地方から都市に移住するとみており、インドは対策を急いでいる。(中略)

州首相のナイドゥ氏は、アマラバティが中国や日本や東南アジアの豊かな近代都市のようになる、と話す。67歳になるナイドゥ氏は自身の遺産としてこのプロジェクトに賭けているという。「自信はある。人々はアマラバティを見てわたしを思い出すだろう」【10月20日 WSJ】
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これも先ほどのアドハーの話同様に、単に“スラムをつくらせない”ということが目的とするのではなく、スラムで暮らさざるを得ない人々の実情にどれほど配意できるかによって、「スマートシティー」の意義も変わってくるでしょう。
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イラク・クルド自治政府の独立に向けた“危険な賭け”は頓挫 “IS後”のシリアでも再現の可能性

2017-10-19 22:07:02 | 中東情勢

(キルクークでクルド自治政府の旗を降ろすイラク治安部隊 【10月17日 BBC】)

クルド側の抵抗なく、キルクークはイラク軍支配へ
イラク・モスルに続いて、シリア・ラッカからもISは追われ、イラク・シリア情勢は“IS後”の支配権をめぐる各勢力の争いという第2ステージが本格化しています。

クルド自治政府がイラクからの独立を問う住民投票を強行し、自治区外にある油田地帯であり、クルド側がISを実力排除して実効支配するキルクークをめぐるイラク中央政府とクルド自治政府の緊張が高まっていること、イラク同様にクルド人を自国内に抱えるトルコ・イランがイラク中央政府と協調してクルド側に軍事的圧力を含む強い圧力をかけていること、これまでクルド側と協調して対IS作戦を戦ってきたアメリカもクルド独立は支持していないこと、そしてイラク軍にキルクーク奪還に向けた進軍の情報があること・・・などは、10月13日ブログ“イラク・クルド自治政府が実効支配するキルクークをめぐり、イラク軍が奪還作戦開始の報道”で取り上げました。

その後事態は急展開し、前回ブログでも触れたイラク軍の奪還作戦が本格的に行われ、クルド側は大きな抵抗を示すことなく撤退、IS侵攻時にはキルクークを捨てて逃走したイラク軍が、1日程度の“電撃作戦”でキルクークを再び支配する形になっています。

これにより、キルクークの石油収入を財政的な柱としてあてにしていたクルド自治政府の独立計画は大きく後退することにもなっています。

****クルド独立の夢遠のく、イラク軍がキルクークの油田制圧****
イラク軍が17日、係争地の北部キルクーク州内の油田をほぼ制圧したことで、独立を目指すクルド自治政府の希望は打ち砕かれる形となった。
 
9月25日にクルド自治政府が独立の是非を問う住民投票を実施したことを受け、イラク軍および親政府派勢力はキルクークに進軍して知事庁舎や主要基地などを掌握。クルド人治安部隊ペシュメルガの部隊は抵抗せずに撤退した。
 
親政府派の部隊が進軍してくる中、クルド人の技術者らは16日夕方に油田の操業を停止して避難。AFPのカメラマンによれば、イラク軍は17日午前、バイハッサンとアバナの原油施設の上に掲げられていたクルドの旗を降ろし、イラク国旗を掲揚した。
 
クルド自治政府は中央政府の意向を無視して原油を輸出してきた。1日当たりの原油輸出量65万バレルのうち40万バレル以上がキルクークの油田で産出されたものだ。原油生産拠点をイラク軍に掌握されたことは、すでに財政難にあり、経済的自立を目指している同自治政府にとっては大打撃となる。
 
キルクークでクルド人が今も掌握している最後の油田は、クルド自治区の中心都市アルビル南方のクルマラにあり、1日の産油量はおよそ1万バレルと規模は小さい。
 
キルクークとクルド自治区からトルコ経由で輸出される原油は、クルド自治政府の財源の大部分を占めている。クルド人部隊がキルクークの多くの地域を掌握したのは2014年。この時期、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が勢力を拡大する中で、イラク軍は弱体化していた。
 
フランスの地理学者でクルド問題専門家のシリル・ルーセル氏は、油田をイラク軍に掌握されたことでクルド自治政府の歳入は半減するとみている。
 
クルド自治政府が実施した住民投票では独立賛成票が圧倒的多数を占めたが、ルーセル氏はキルクーク産の原油収入がなければ同自治政府が選挙結果を実行に移すことはないだろうと指摘している。【10月18日 AFP】
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クルド側がほとんど抵抗することなく撤退したのは意外な感もありますが、クルド自治政府内部に二大勢力の“内紛”があるとの報道もなされています。

****<イラク軍>キルクーク掌握 背景にクルド内紛****
・・・・衛星テレビ局アルジャジーラなどによると、ほぼ1日でイラク軍がキルクークを掌握した背景には、クルド側の「内紛」があったとの見方が出ている。

主戦派が多かった自治政府トップのバルザニ議長の出身母体・クルド民主党(KDP)に反発する有力政党・クルド愛国同盟(PUK)が支配地域の明け渡しでイラク軍側と協力したとの情報がある。
 
イラク軍と進軍したシーア派民兵はイランの支援を受けるとされ、PUKの地盤はイランに近く親イラン派も多い。ペシュメルガ高官は「歴史的裏切り」とPUKを批判した。
 
クルド情勢に詳しいカイロ大学のハッサン・ナファ教授は「クルド側が本格抗戦し内戦になればシーア派とスンニ派が結束していた」と分析。「勝ち目なし」とみたクルド側が撤退したと分析する。
 
トランプ米大統領は16日の記者会見で「どちらにも肩入れしない」と述べた。【10月17日 毎日】
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対IS作戦で評価を高めたクルド人治安部隊ペシュメルガも、内実はクルド民主党(KDP)支持勢力とクルド愛国同盟(PUK)支持勢力が同居しているに過ぎない・・・とも言われています。

クルド民主党(KDP)とクルド愛国同盟(PUK)という二大勢力は今は連立与党を組んでいますが、かつては内戦を戦った犬猿の仲でもありますので、上記のような話にもなるのでしょう。(事実関係はわかりませんが)

財政的な柱を失い、遠のく独立の夢
もとより、今回の混乱のもとになった独立を問う住民投票自体が、こうした政治的対立を抱え、任期の切れた議長職に関する正統性に疑問も出ているバルザニ議長が、その求心力を高めるために打って出たものだ・・・との指摘もあります。

そういうことであれば、バルザニ議長の“危険な賭け”だった・・・とも言えます。
住民投票実施直後は思惑どおり、民族的一体感が高揚しましたが、“虎の子”のキルクークを失うことになって、風向きは大きく変わることが予想されます。

****賭けに負けつつあるイラクのクルド自治政府****
キルクークの陥落は、住民投票がクルド人自治の存続を危うくしたことを示す
 
イラク政府軍が16日にキルクークを掌握したことは、イラクのクルド自治政府が実施した独立の是非を問う住民投票の一つの具体的な帰結を明確にした。

クルド自治政府は先月、国際社会からの助言に反して住民投票を実施したが、それは既存のクルド人による自治の存続自体を危うくしたということだ。
 
イラク連邦政府(中央政府)は電撃的な軍事作戦を行い、クルド人が実効支配するキルクークとその周辺の油田を制圧した。(中略)

この軍事作戦は、クルド人自治区内の空港への国際便の飛行を停止する動きや、同地区からトルコを経由した石油輸出を遮断する動きに続くものだ。

中央政府のハイダル・アバディ首相は、16日に新たな要求を突き付け、常時独立した活動を行ってきたクルド武装勢力のペシュメルガに対し、中央政府の支配下に入るよう求めた。

キルクークのあっけない陥落は、クルド人自治区内に大きな亀裂を生じさせている。キルクークは歴史的に重要な都市で、クルド人たちが「クルドのエルサレム」と呼ぶほどだ。

自治区の2つの主な政治勢力が互いの背信行為を非難し合うなか、このいがみ合いが1994年から97年まで続いたような内戦につながりかねないとの懸念が再燃している。
 
英エクセター大学のガレス・スタンスフィールド教授(中東政治)は、「問題は、クルド人自治区が生き残れるかどうかだ。自治政府の指導部は賭けに出て、負けたのだ」と述べる。
 
実際、最近の出来事は、内陸に閉じ込められているクルド人自治区がいかに脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれているか、そして、自治政府を率いるマスード・バルザニ議長がクルド人の政治力と軍事力をいかに過大評価していたかを示している。

米国はこれまでのところ、双方に自制を求める以上の介入はしておらず、近隣のトルコとイランはイラク中央政府を支持している。このため、クルド自治政府をめぐる状況は当面、苦しさが増すばかりだろう。(中略)
 
クルド人自治区では、2015年にバルザニ議長の任期が切れると、自治区内で同議長の正統性に疑問を投げかける政治勢力が現れた。こうした勢力は、同議長の住民投票計画にも反対していた。 
 
しかし米国の駐イラク大使や国連大使を務めたザルメイ・ハリルザド氏は、バルザニ議長に対するこうしたフラストレーションを、クルド危機への米国の今後のアプローチに反映させ続けるべきではないと論じる。
 
ハリルザド氏は「バルザニ氏はイラクに逆らい、この地域に逆らった。そして住民投票を実施しないよう彼に助言し、交渉のオプションを与えた米国にも逆らった」と述べた。その上で「それでも、米国の国益は、出来るかぎり早急にこの危機を封じ込め、交渉を開始することだ。実施されてしまった住民投票に対する怒りにもかかわらず、クルド人自治区とイラク間の戦争は、イランの影響力が自治区とイラクで増している現在、我々の利益にならない。自治区の不安定化は我々の利益ではないのだ」と語った。
 
イランは自国内に反体制的なクルド人住民を抱えており、クルド人自治区の独立に最も声高に反対した。

イラン革命防衛隊の精鋭組織、コッズ部隊のトップであるカセム・ソレイマニ少将は、イラク中央政府、そしてクルド人自治区内の反バルザニ勢力と密接な関係を育んできた人物で、16日のキルクーク接収で主要な役割を果たした。

この動きを受けて、バルザニ議長の運動母体は激しい反イラン姿勢をとっており、この対立を、もっと広範な中東の亀裂と同列にする潜在性がある。つまり親テヘラン陣営と反テヘラン陣営の亀裂だ。
 
住民投票以前、クルド人地域は自治のピークにあった。クルド勢力は広大な領土を掌握した。とりわけ石油の豊富なキルクーク地域で、イラク軍が2014年にこの領土を放棄し、過激派組織「イスラム国(IS)」の手に下った地域だった。

クルド人自治区内のエルビル、スレイマニヤ両空港はバグダッドから独立したビザ発給政策を実施し、ビジネスマンや援助活動家を運ぶ国際航空便でにぎわった。イラク北部の都市モスルからISを放逐する共同軍事作戦を受けて、クルド人自治区とイラク中央政府の関係も過去になく親密になったかにみえた。
 
しかしバルザニ議長は、イラク中央政府、クルド人自治区内のライバル勢力、そして事実上すべての国際社会(例外はイスラエルであることが注目される)からの反対を無視して、独立を問う住民投票の実施を主張した。

これを受けてイラク中央政府は、権威を取り戻す口実を得た。そして2014年に失ったキルクークなどを再び取り戻すための主張をする口実を得たのだ。
 
だが、この対立が激化し、イラク中央政府が強く出過ぎれば、国際世論、そして米国の支持はクルド人たちへと揺り戻される可能性がある。
 
シンガポール国立大学のイラク政治専門家、ファナール・ハダド氏は、バルザニ議長がまさしくこの種のエスカレーション戦略(対立激化)の道を選択する可能性があると警告する。

そうなれば、「バルザニ氏を、自治の存立を危うくさせる失態を犯した人物としてではなく、むしろクルド人の誇りの唯一の庇護者に見せることになるだろう」とハダド氏は予想している。【10月17日 WSJ】
****************

これ以上クルド自治政府を追い込むと、自治政府内で反イラン勢力と親イラン勢力の争いが勃発する危険、また、バルザニ議長が事態をエスカレーションすることで、自らの失敗を糊塗しようとする危険があるとの指摘です。

ただ、住民投票後にイラク中央政府が態度を硬化させること、クルド自治政府のキルクーク支配を座視することはないであろうこと、更にはトルコ・イランは猛反対するあろうこと、アメリカもあてにできないことは、誰もが思っていたところで、そこらへの対応をバルザニ議長が考えていなかったというのも不思議な話です。

IS侵攻に戦わず、兵器を捨てて敗走したイラク軍を見くびっていた、また、キルクークを実力でISから奪い取ったペシュメルガの力を過信していたのでしょうか?

バルザニ議長は、クルド人に「団結と信念」の維持を呼びかけ、「独立を求めた声は無駄にはならない」と述べて将来的に独立を達成できるとの見通しを改めて示しています。

****独立」追求捨てず=クルド議長、イラク進軍非難****
イラク北部クルド自治政府のバルザニ議長は17日の声明で、イラク中央政府と帰属を争う係争地キルクークをイラク軍が掌握したことに対し、「クルド人は長年抑圧を受けながら、決して戦争を求めなかった。いつも戦争を押し付けられてきた」と非難した。

また、「クルド独立のために上げた声は無駄にはならない」とクルド人住民に訴え、9月の住民投票で示された「独立支持」の実現を追求する考えを示した。
 
自治政府の治安部隊ペシュメルガは、イラク軍と大規模な衝突がないままキルクークから撤退した。議長は「イラク政府などとの合意に基づく措置だ。クルド人自治区の安定のため、必要なすべてのことを行う」と強調した。
 
一方、イラクのアバディ首相は17日の記者会見で、「キルクークの住民は中央政府による管轄を求め、独裁的な支配を終わらせるよう促した」とキルクーク制圧を正当化。「違法な投票は、クルド人の利益を害することになる」と語った。【10月18日 時事】 
*******************

【「イラク政府などとの合意」でこれ以上の混乱拡大は回避?】
キルクーク撤退について、議長が「イラク政府などとの合意に基づく措置だ」と語っているように、キルクーク周辺ではイラク軍とペシュメルガの間の棲み分け・共同統治がなされているとも。

****クルド問題(イラク****
一時は非常に緊迫していたかに見えたクルド自治区問題は、その後イラク軍とペッシュメルガが話し合いで、協力したり、ペッシュメルガが撤収したり、どうやら現在のところは大きな衝突は生じていない模様です。

なお、クルド自治区の選挙委員会議長は、11月の始めに予定されていた、クルド自治区の大統領と議会の選挙を、暫定的に凍結すると発表しました。
その理由は大統領選への立候補者が出ていないこと、その他準備期間の不足等の由。

・イラク軍はモースルダムに入り、そこでの任務をペッシュメルガと分担したと発表した。双方の合意で、ダムの西側は楽軍が管理し、東側はペッシュメルガが管理する由
・モースル南のmakhamour 郡では、イラク軍とペッシュメルガの合同軍が展開することになったが、重要拠点に関しては、イラク軍はペッシュメルガの展開を拒否している由
・al rabia地域では、双方の衝突が起きた(ペッシュメルガによれば、イラク軍がその前進について、事前に通告しなかったための由)が、イラク軍のニノワ西部司令官の仲介でおさまった由
・モースルの北では、クルド自治区との境界の最後の検問所からペッシュメルガが撤退し、クルド自治区内2㎞地点まで撤収した由
・イラク軍によれば、ペッシュメルガは2014年のISの占拠前の、クルド自治区内に撤収した由【10月19日 「中東の窓」】
******************

イラク軍とペシュメルガの間の棲み分け・共同統治が実行されているということは、これ以上の“エスカレーション”はない・・・・ということでしょうか?

“クルド系メディアは、自治政府の治安部隊ペシュメルガが19日未明にキルクーク周辺に展開し、再び奪還の準備を進めていると伝えている。”【10月19日 時事】といった報道もありますが・・・・。

“16日以降、キルクークから約10万人が混乱を恐れて退避したと明らかにした。ロイター通信が伝えた。多くはクルド人自治区内の主要都市に逃れたという。”【10月19日 時事】ということで、戦争・内戦の最大の被害者はいつも一般市民です。

【“IS後”のシリアでも再現されそうなクルド人をめぐる問題
クルド人をめぐる“IS後”の混乱は、シリアでも再現されることが予想されます。

****ISの弱体化、新たに表面化する紛争とは****
・・・・「ISの弱体化は今や既成事実と見なされている。ISに反対してきた勢力の間にはもはや共有点はなくなった。ISの崩壊で、中東地域では新たに多くの紛争が発生するだろう」。レバノン議会のバセム・チャブ議員はそう予想する。(中略)

ISが2014年に急速に台頭して以降、ISに対する戦いは異例の連携関係を生み出してきた。その中には、米国と地域の宿敵イランとの事実上の連携もあった。ISと対峙する必要性が、地域の一部主要プレーヤーの間の長年にわたるライバル関係をも抑え込んだのである。(中略)
 
国境をまたいだシリアでも(イラクと)同じような紛争が起きる可能性がある。米国が支援するシリアのクルド人勢力は、ISをシリア北部のラッカから追放する主要勢力となった。(中略)

だが今後は、シリアのクルド勢力も同国の中央政府軍の攻撃を受ける可能性がある。イラクの中央政府と同国のクルド人との対立では、米国は中立の姿勢を維持すると宣言した。シリアで同様の紛争が起きた場合、連携するクルド人勢力を守るために米国が行動を起こすどうかは分からない。(後略)【10月18日 WSJ】
*******************

シリアの場合、イラクのとき以上に、トルコが強く介入すると思われます。
イラクのクルド自治政府はトルコとは友好関係にありましたが、それでもトルコは独立の動きには強く反対しました。

ましてやシリアのクルド人勢力はトルコにとっては国内テロ組織PKKと同じものですから、勢力拡大を容認することはないでしょう。

アサド政権の後ろ盾ロシア、クルド人勢力を敵視するトルコを相手に回してアメリカがクルド人勢力を支援する・・・というのも考えにくいところです。

シリアのクルド人勢力が“IS後”の権利を強く主張すれば、イラクの自治政府同様、孤立無援の状況に置かれるでしょう。どこまでなら権利主張が容認されるか・・・そのレッドラインを慎重に見極める必要があります。

比較的安定したイラクとは異なり、多くの勢力が入り乱れ、血みどろの戦いが続くシリアでは皆が銃の引き金に指をかけた状態にあります。
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中国・習近平政権  IT技術によるビッグデータ活用で目指す「デジタル・レーニン主義」

2017-10-18 22:14:57 | 中国

(IDカードと顔認証システムを使って駅の改札を通過する乗客(8月、湖北省武漢)【10月18日 WSJ】)

35年までに統治体系が現代化し経済格差が著しく縮小した「社会主義の現代化」の実現
中国・習近平国家主席が二期目に向けての党大会に臨んでいるのは多くの報道があるところです。

****強国路線」鮮明=習氏の思想「行動指針」に―権威確立に自信・中国共産党大会****
中国共産党の第19回党大会が18日、北京の人民大会堂で開幕した。

習近平総書記(国家主席)は中央委員会報告(政治報告)で、1949年の建国から100年を迎える21世紀半ばまでに「社会主義現代化強国」と「世界一流の軍隊」の建設を目指す方針を表明し、強国路線を鮮明にした。
自らが提唱する指導思想を「行動指針」として堅持することも求め、毛沢東らに並ぶ権威確立に自信を示した。
 
習氏は今大会のテーマを「中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現に向けた奮闘」と定義。総書記就任以来の5年間を「歴史的な成果を収めた」と自賛した。
 
その上で従来の目標だった「小康社会」(ややゆとりのある社会)を2020年までに完全実現した後に目指す国家の姿として、35年までに統治体系が現代化し経済格差が著しく縮小した「社会主義の現代化」の実現、今世紀半ばまでに世界トップレベルの総合国力と国際的影響力を持つ「社会主義現代化強国」の建設を掲げた。
 
軍事的にも、35年までに国防・軍隊の現代化を、今世紀半ばまでに「世界一流の軍隊」の構築をそれぞれ目標に掲げた。「強国」を目指す新たなビジョンを提示することで、建国した毛沢東、改革・開放政策で「小康社会」を目指したトウ小平に続く、新時代の到来を印象付けた。
 
習氏は自ら提唱する指導思想を「新時代の中国の特色ある社会主義思想」と表現した上で、全党・全人民が「行動指針」として堅持するよう要求。党大会で改正される党規約の「行動指針」に、毛沢東思想やトウ小平理論などと共に習氏の思想が明記されることを示唆したものとみられる。【10月18日 時事】 
********************

一言で言えば、これまでの成果について自信を示しているというところで、様々な観測がなされてきた権力闘争においても、“習近平総書記(国家主席)を含む「習派」の指導者が政治局常務委員(7人)の過半数を占めることが確実になった”【10月18日 毎日】ということで、“勝利”を明確にするようです。

更には、自身の名を冠した思想だか理論だかが明記される形で、毛沢東にも並ぶ権威を得るのでは・・・とも。

そのあたりの政治的な話はまた別機会に譲るとして、今日は中国経済を中心にした話。

上記のように、習近平氏が成果を誇り、権力基盤を確実にし、更に大きな視点で言えば、中国が国際社会における存在感を強めていることの源泉は中国経済の力にあります。

****裕福」まであと0.1ポイント 中国のエンゲル係数****
10月10日、国際通貨基金(IMF)は中国の2017年GDP予想成長率を6.7%から6.8%に上方修正した。これで今年に入ってからIMFが中国の予想成長率を上方修正するのは 4度目となる。
 
今回の上方修正は、上半期の中国経済の成長率が予想を超えていたことと、中国と米国の経済見通しが改善したことも要因の一つとなった。
 
中国国家統計局の寧吉喆(Ning Jizhe)局長は10日に行われた記者会見で、中国の2016年のエンゲル係数が30.1%で2012年より2.9ポイント下がり、国連で定められている20~30%の「裕福な家庭」のレベルに限りなく近づいたと発表した。(中略)

IMFの統計によると、1980年の中国1人あたりの国内総生産(GDP)は309ドル(約3万4657円)、当時貧困とされていた北アフリカは1551ドル(約17万3960円)で中国の5倍だった。

それから約30年間、中国は必死に走り続け、2016年は中国の1人あたりGDPが8123ドル(約91万1075円)となり、世界平均の1万151ドル(約113万8536円)との差が縮まるまでに成長した。(後略)【10月18日 CNS】
*******************

上記は中国メディアのものですから手放しの称賛ですが、もちろん問題点は都市・農村の格差や地方政府の多額の債務、成長の結果としての環境悪化等々、多々あります。

多々ありますが、中国という極めて巨大な国民経済を急速にここまで押し上げてきたこと、細かい数字については信ぴょう性などいろいろ言われているにしても、また、“中高度成長”と言いつつも、日本などに比べる遥かに高い成長を維持していることは、まぎれもない事実です。(大きな問題を抱えているのは、日本を含めてどこの国も同じです)

【“中国崩壊”を防いでいる中国指導部の対応力
日本で長年“待望”されている“中国の崩壊”は今のところ起きていません。

****石平「中国『崩壊』とは言ってない。予言したこともない****
08年の北京オリンピックの前後から、「反中国本」「中国崩壊本」はまるで雨後のたけのこのように日本で出版されてきた。(中略)

複数の「崩壊本」を執筆してきた中国問題・日中問題評論家の石平(せきへい)にジャーナリストの高口康太が聞いた。

――いわゆる「中国崩壊論」に対する批判が最近高まっている。現実とは真逆ではないか、という指摘だ。あなたは崩壊本の代表的筆者として位置付けられている。

誤解があるのではないか。私自身のコラムや単著で「崩壊」という言葉は原則的には使っていない。対談の中で触れたことはあるが。

私の主張は「崩壊」というより「持続不可能」という表現が正しい。消費拡大を伴わず、公共事業と輸出に依存した、いびつな経済成長は持続不可能という内容だ。(中略)

――『中国──崩壊と暴走、3つのシナリオ』という単著もあるが。

書名は出版社の管轄だ。見本が送られてくるまで私がタイトルを知らないこともあった。(中略)

――中国崩壊論は10年以上前から続いているが、いまだにその兆しは見えない。いつがXデーなのか?

いつ崩壊するなどと予言したことはない。持続不可能と指摘しているだけだ。ただし、誤算があったことは認めたい。中共(共産党)は胡錦濤(フー・チンタオ)政権末期の危機的状況に際し、成功体験である毛沢東時代を再現すべく習近平(シー・チンピン)に権力を集中させた。この対応力は私を含めチャイナウオッチャー全員が予想できなかった。それでも先送りしているだけで構造的問題の解消にはなっていないと思うが。

次の著書では自らの誤算と中共の変化について詳述する予定だ。【10月17日 高口康太氏 Newsweek】
*******************

敢えてこの種の対談に応じた石平氏は立派ですが、「『崩壊』とは言ってない」「書名は出版社の管轄だ」云々には首をかしげます。

“中国嫌い”の日本ネットユーザーに人気があるとされる石平氏の対談を取り上げたのは、別に“中国崩壊論者”石平氏をどうこう言うためではなく、石平氏も認めている中国指導部の“対応力”を取り上げたいためです。

日本の“中国崩壊論者”の多くが読み違えているのは、中国共産党もバカではない・・・ということでしょう。
危機が迫れば、それに対応すべく手を打ってきたこと、それが“崩壊”を防ぎ、成長を持続させていると思われます。(今後とも、その対応がうまくいく・・・という話ではありませんが)

市場経済をコントロールする国家統制強化へ
大きな流れで言えば、鄧小平氏の「改革解放」で市場経済を大幅に取り入れ、急速な成長軌道に乗った中国ですが、習近平政権にあっては、市場のもたらす危険性を重視して、国家統制の方向に大きく舵を切ろうとしているように見えます。

****習近平氏、2期目は市場と気まずい関係に****
「市場びいき」は影を潜め、経済介入と国有企業支援に傾く

習近平国家主席はトップ就任の際、中国経済にもっと市場が関与する余地を与えると約束した。国有企業を監督する巨大な政府機関を廃止することさえ検討した。
 
現在、習氏はそのような考えを捨て去ったようだ。中国は今、原材料価格や株価、為替相場などさまざまな経済の産物を、国家の介入によって操作しようと試みている。その結果、民間資金がつぎ込まれた国有企業は肥大化し、習氏が解体案まで持ち出した政府機関は息を吹き返している。
 
2期目を目前にした習氏は、市場に依存するのはあまりにリスクが高く、国家資本主義のほうが優れたモデルだとの考えに行き着いた。

現在の中国指導部が「改革」を語るとき、意味するのは鄧小平時代のような経済自由化ではない。政府主導の経済モデルを「微調整」することだ。(中略)
 
2015年の市場ショック
市場の力は中国共産党を助けるのか、それとも足を引っ張るのか――この疑問が重大局面を迎えたのは2015年だ。
同年、中国は株価急騰に湧いていた。個人投資家は「習おじさんの強気相場」に乗じようと、信用取引による株購入に熱中した。
 
だが6月の株価暴落で潮目が変わる。その影響は世界中に波及し、中国政府を当惑させた。8月には人民元の基準値を切り下げる通貨当局の試みを機に、元安が進行した。
 
この混乱は習氏に大きな試練をもたらし、投機的な動きを止められない当局に同氏は不快感をあらわにした。その後数カ月で、中国の市場原理の力に対する傾倒は崩壊した。

国有企業は株の買い支えで協力し、政府は空売り規制を強化した。元安による大規模な資金流出を受け、中国人民銀行は全力で元を買い支えた。
 
市場の変動サイクルは自分たちでは制御できず、あまりにも不透明な結果をもたらす――中国指導部はこうした結論を導き出したと当局者や政府顧問は話す。(中略)

習主席がここに来て次第にイデオロギーの純度を高めていることは、欧米スタイルの資本主義に残された余地がほとんどないことを意味する。
 
鄧小平とその改革開放路線を受け継いだ信奉者が1980年代~90年代に用いた言葉は「中国の特色をもつ社会主義」だ。力点を置いたのは、明らかに国家主導の経済が抱える問題に市場の解決策を応用することだった。
 
この言葉を今の中国で用いると、別のメッセージを伝えることになる。欧米流の資本主義が入る余地はもうないことだ。

習氏は昨年7月、中国共産党創立95周年の記念講演でこう述べた。「中国が構築しているのは中国の特色をもつ社会主義であり、他のなにものでもない」【10月17日 WSJ】
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習近平氏の言う“中国の特色をもつ社会主義”とは、今日の党大会演説で言うところの“統治体系が現代化し経済格差が著しく縮小した「社会主義の現代化」”でしょう。

習近平氏は民間企業や市民団体に党組織の設置を命じて、党のコントロールを強化し、国営企業の合併再編で“巨大な国営企業”の復活を進めています。

市場に委ねることなく(もちろん、これまで中国が完全に市場に経済を委ねたことなどありませんが)“中国は今、原材料価格や株価、為替相場などさまざまな経済の産物を、国家の介入によって操作しようと試みている”・・・・かつて失敗が明らかになった“ソ連型社会主義・計画経済”の復活のようにも聞こえますが、中国の場合は、経済の大部分は市場の論理に従って動かし、企業内党組織や巨大国営企業の力で全体の方向性をコントロールしようという経済システムです。

【「見えざる手」に代わるのはIT技術によるビッグデータ活用
市場の場合は「見えざる手」によって自律的に制御されるのに対し、計画経済にあっては、計画者の人知は「見えざる手」には遥かに及ばず、様々な非効率が生まれる・・・というのがソ連型計画経済の失敗でした。

中国・習近平氏が目指す「社会主義現代化強国」にあっては、そのあたりをカバーする技術としてIT利用によるビッグデータの活用という、いかにも現代を象徴する要素が重視されます。

****習近平氏、「ビッグデータ独裁」の中国目指す****
デジタル・レーニン主義で国民と経済を管理へ

スターリンから毛沢東に至るまで、旧来の中央計画経済の立案者たちは皆、同じ問題に直面した。計画経済システムは機能しないという問題だ。
 
ソ連では、パンの無料配給を待つ市民で長蛇の列ができたほか、製造目標をトンで規定したため、重すぎて天井からつり下げられないシャンデリアが生産された。

中国では、毛沢東の妄想的な鉄鋼生産目標(1950年代末の「大躍進政策」に基づく)を達成しようと、農民たちは自分たちの鍋やフライパンをホーム・ファーネス(家庭用のかまど=中国の農村各地に作られた土法炉と呼ばれる原始的な溶鉱炉を指す)に投げ込んだ。この結果、食糧生産がおろそかになり、飢饉(ききん)が発生した。
 
習近平国家主席は、市場に「決定的な」役割を与えると常々述べているにもかかわらず、究極的には国家が主導すべきだと信じている。

習氏は、毛沢東のような地位にのし上がりつつあるなか、過去の計画経済の過ちを正すためビッグデータや人工知能(AI)を活用したいと熱望している。そして経済をきめ細かく管理しつつ、市民の監視を続けることを意図している。
 
情報技術(IT)は、多くの人々が考えたように中国の独裁モデルを弱体化させるどころか、むしろ強化しつつある。
 
ドイツの政治学者セバスチャン・ハイルマン氏は、「デジタル・レーニン主義」という言葉を作りだした。これは、中国共産党の生き残りを確実にしようと習氏が編み出したプログラムを表す言葉だ。
 
中国共産党はこの任務を「頂層設計(トップレベル・デザイン)」と呼び、次段階の成長の実現を目指している。ロボティクス、3D印刷や自動運転車といった先端技術がけん引する成長の実現だ。
 
中国の技術者たちが現在取り組んでいるのは、センサーやカメラを使ってこうした先端技術のパフォーマンスを監視し、産業上の諸目標と比べたその達成度を測るというものだ。

政府の規制当局は、企業のデータフィードにより、信用と投資の流れをつかめるほか、不正行為さえもリアルタイムで検知できるだろう。想定通りにいけば、アルゴリズムは、この緻密な情報を利用してマクロ経済上の意思決定を最適化し、市場を落ち着いたバランス状態に維持して、投機的なバブルを回避するだろう。(中略)
 
「スマート・プランニング(賢明な計画化、つまり情報処理機能を持った計画化)」は、中国がもっと近代的な経済にシフトする一助になるかもしれない。それならば、何が状況を誤ったものにするのだろうか。
 
第1に、データのオーバーロード(過負荷)だ。データを収集することは、それを知的に分析することとは全く別物だ。

第2に、そして中国の一般市民とハイテク企業にとってさらに不吉なのは、官僚が過度に経済に介入することだ。その顕著な表れが規制当局の動きだ。それは、最大級の中国ハイテク企業に対し、株式の1%ならびに経営の決定権限を政府に譲渡するよう強制しようとする最近の動きだ。

共産党の中央機関が彼らハイテク企業の取締役会に命令し始めれば、習氏が意図している計画化構想への企業首脳たちの熱意は、急速に冷める可能性があるだろう。
 
究極的に、習氏の過酷なアプローチは、「ビッグブラザー(ジョージ・オーウェルの小説に登場する独裁的な監視者)」の概念を新しい次元に押し上げるものだ。
 
ノーベル賞を受賞した経済学者のF.A. ハイエクは著書「隷属への道」のなかで、経済の計画化(統制)は「他(の部門)と分離し得る人間生活の一部門を統制するだけではない」とし、「それは、我々のあらゆる目標のための手段を統制するのだ」と書いた。
 
この本が書かれたのは1940年代だった。ハイエクも毛沢東も、習氏が心に描いている知識駆動型の全体主義を想像していなかっただろう。【10月18日 WSJ】
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新たな「ビッグブラザー」の恐怖も
モバイル決済の世界に先駆ける急速な普及による個人データの蓄積は、上記のような「デジタル・レーニン主義」を支えるビッグデータ入手を可能にします。

「デジタル・レーニン主義」が機能するか否かという経済問題とは別に、そこには「ビッグブラザー」による国民生活監視、「隷属への道」の危険性が潜んでいることは、9月11日ブログ“中国 顔認証システム、信用の可視化 その次にやってくるのはSNSによる「ランク社会」か”でも取り上げました。

特に、下記のような政治体質が強い中国にあっては、その危険性が憂慮されます。

****死ぬよりつらい思いさせてやる」拷問、監視で狭まる中国の自由 弁護士、鉄の椅子で手錠18時間 ネットで官公庁批判、拘束も****
「死ぬよりつらい思いをさせてやる」。警官が敵意むき出しの目ですごむ。北京の弁護士、余文生さん(49)は3年前に受けた中国当局の厳しい取り調べが脳裏に焼き付いている。

きっかけは2014年に香港で起きた民主化デモ「雨傘運動」。同年10月、デモに賛同し拘束された北京の人権活動家を支援するよう弁護士仲間に頼まれた。本人との面会を当局に拒否され、ネット上で抗議すると2日後に拘束された。

取り調べを受けた北京市第1看守所(拘置所)では鉄の椅子に座らされ、後ろ手に手錠をかけられた。1日13〜18時間、その姿勢を続けると「死んだ方がましなくらい痛い」。手錠を外すと、手首は倍の太さに腫れ上がっていた。

拘束は99日間に上り、最後は身に覚えのない罪を認めるよう迫られた。あたかも自白したように、「私は過ちを犯した」などというせりふを暗唱させられ、その姿を動画撮影された。起訴はされずに釈放となったが、長期の取り調べで腹膜が傷つき、開腹手術を受けなければならなかった。(中略)

中国では、民主主義の実現を求める運動だけでなく、言論や信仰の自由といった法律に定められた市民の権利を守る活動さえも弾圧の対象となる。

自由な言論活動を放置すれば、共産党の一党独裁を否定する「西側の価値観」が氾濫し、現体制を揺るがしかねない−。そんな危機感が当局の厳しい対応の背景に見え隠れする。(中略)

人権活動家や市民が連携を深める場だったネットは、習指導部1期目の5年で、当局が個人の発言を監視する道具へと変わりつつある。「習指導部が言う法治とは、悪い法律で市民を抑え込むことだ」と余さんはため息を漏らす。

集団指導体制から“習1強”へ突き進む中国。「鬼が何匹もいる状態より、1匹だけの方が怖い。暴れても誰も止められないから」。さらに自由が狭められる中国社会の将来を思い、余さんの表情が険しさを増した。【10月12日 西日本】
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北朝鮮問題  核開発断念と政権存続保障の米中合意の可能性 “信頼”を損ねるイラン核合意“破棄”

2017-10-17 23:11:13 | 東アジア

(「頭越し外交」と日本を驚愕させた1972年のニクソン訪中【https://jaa2100.org/entry/detail/045215.html】)

【“対話の余地がありうるのは、11月の米中首脳会談まで”】
北朝鮮とトランプ大統領の激しい罵りあいが続くなかで、核戦争を含む軍事衝突の緊張も高まっています。

****米空母打撃群、朝鮮半島周辺で訓練へ 北朝鮮反発「超強硬対応措置の引き金****
米海軍第7艦隊司令部(神奈川県横須賀市)は13日までに、朝鮮半島周辺の日本海と黄海で韓国海軍との共同訓練を16〜26日に実施するとウェブサイトで明らかにした。米軍側は原子力空母、ロナルド・レーガンを中心とする空母打撃群などが参加する。
 
北朝鮮外務省米国研究所の研究員は13日、原子力空母を派遣するなど圧迫を強めるトランプ政権を非難し「こうした軍事的妄動は、われわれに米国を炎で罰すべきだとの決心を固めさせ、超強硬対応措置の引き金を引くよう後押ししている」と警告する論評を発表した。朝鮮中央通信が報じた。(後略)【10月13日 産経】
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****北朝鮮の国連次席大使、核戦争は「いつでも起こり得る」米国けん制****
北朝鮮のキム・インリョン国連次席大使は16日、国連総会の軍縮委員会に出席し、朝鮮半島情勢について「一触即発の時点にまで達しており、核戦争はいつでも起こり得る」と述べるとともに、米国が北朝鮮に対する敵対的な政策を変えない限り、核兵器廃棄の交渉には応じないと言明した。(後略)【10月17日 AFP】
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現在の状況、軍事衝突の可能性について、高橋洋一氏は“対話の余地がありうるのは、11月の米中首脳会談まで”とも指摘しています。

****衆院選前に把握しておきたい、北朝鮮への武力行使の現実度 米中軸に北の軍事拠点攻撃も****
・・・・今の中国が北朝鮮を抑えることはできないだろう。両国首脳が一回も面会したことがなければ、やりたくてもできない相談だ。
 
中国は、最後の最後に北朝鮮を見捨てて、中国の国益になる南シナ海問題で、米国とバーター取引する可能性すらある。
 
ロシアは米中の交渉を見守っている。そしてロシアの存在感を高めるように、北朝鮮と交渉しているのだろう。正恩氏の亡命先をロシアが保証するという噂も出ているほどだ。
 
米国は国連などでの対話を続けつつ、既にカウントダウンに入っているだろう。これは本コラムでも書いているとおりだ。
 
以上の状況を総合すると、対話の余地がありうるのは、11月の米中首脳会談までだ。それまでに北朝鮮が折れないと、軍事オプションが浮上する。国連軍または多国籍軍となるが、事実上、米中が中心だろう。
 
軍事オプションは短期間で終わる可能性が高いが、想定外の事態はいつもつきものだ。米軍は北朝鮮の軍事拠点のほとんどを一撃で壊滅できるが、それでも韓国や日本に一定のリスクはある。

日本は憲法の制約があるので、軍事では部外者に近い。米国との良い関係から情報が早く入ることだけが救いだ。事実として現状はここまできていることを認識したほうがいい。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)【10月17日 産経】
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核開発断念と引き換えに北朝鮮政権存続を保障する内容で米中合意の可能性も
北朝鮮にとって、“対話”の目的は、“政権存続の保証”です。

****核戦力、唯一の自衛手段=北朝鮮代表団がロ議長に****
タス通信によると、ロシアのマトビエンコ上院議長と北朝鮮の安東春最高人民会議副議長が16日、サンクトペテルブルクで会談した。安氏は、核戦力は「国と国民を守るための唯一の有効な手段」と主張した。
 
サンクトペテルブルクでは各国の議員が参加する国際会議が開かれており、北朝鮮は安氏を団長とする代表団を派遣。会議には韓国の代表団も参加していることから、ロシアは南北の対話仲介に意欲を示してきた。
 
しかし、マトビエンコ氏は会談後、「北朝鮮側は今は対話の準備はできていない」と述べ、現時点で実現は難しいという認識を示した。【10月16日 時事】
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北朝鮮には、リビアのカダフィ政権やイラクのフセイン政権のように、核を放棄した国家はアメリカにやがて潰される・・・という恐怖があります。(それは一定に事実を反映していますが)

逆に言えば、核に依らずに「国と国民を守る枠組み」が保障されるなら、核開発放棄も・・・という話にもなる余地があるとも言えます。

そこで注目されるのが、「アメリカは北朝鮮の政権交代も、政権崩壊も、朝鮮半島再統一の加速も求めない。(南北朝鮮を隔てる)北緯38度線の北側に米軍を派遣する理由も求めない」というティラーソン国務長官が5月に説明した対北朝鮮政策です。

この考えを土台に、11月の米中首脳会談で大きな外交的転換が話し合われる可能性の指摘もあります。

****北朝鮮危機、ニクソン訪中に匹敵する米中合意の可能性****
<ティラーソン国務長官、マティス国防長官らトランプ政権の賢人閣僚は対話路線。あとはトランプに、外交的偉業は戦争よりカッコいいことをわからせればいい>

近代外交史のなかで、それは最も大胆で危険な行動の1つだった。

リチャード・ニクソン米元大統領は冷戦下の1972年、極度に貧しく世界から孤立した中国の首都北京を訪問し、共産革命の父とされる中国の毛沢東主席と歴史的な会談を行った。

アメリカは当時、国民党が率いる台湾を、中国の唯一の合法的政府として認めていた。ニクソンが訪中した目的は、時代の潮流を変えるためだった。当時ニクソンの国家安全保障問題担当補佐官を務めたヘンリー・キッシンジャーは後年こう言った。「ニクソン訪中は、米中和解の可能性を見極めるためのものだった」

10月初めにホワイトハウスでドナルド・トランプ米大統領と会談したのが、94歳で弱りきっているとはいえ、やはりキッシンジャーだったことは、多くを物語る。トランプ政権は、11月初旬にトランプが東アジア歴訪に出かける前に、対中政策を見直そうと必死だ。

キッシンジャーとトランプの会談はまさにこのタイミングで行われた。中国も日本も韓国も、北朝鮮の核・ミサイル開発の加速を非常に憂慮しているからだ。

北朝鮮が「炎と怒りに直面する」と発言したり、「嵐の前の静けさだ」と開戦前夜のようなことを言ってのけるトランプの好戦的なレトリックは、アメリカの同盟国だけでなく中国をも不安にさせた。(北朝鮮の激しい反発のレトリックが、関係国の不安に拍車をかける)。

トランプがキッシンジャーと会談
だがレックス・ティラーソン米国務長官とジェームズ・マティス米国防長官は、上司のトランプよりよほど外交的解決の必要性を強調しており、中国は困惑している。果たしてこれは、脅したりすかしたりするトランプ政権の戦術なのか、それともトランプが単に愚かなのか。

キッシンジャーは過去にもトランプと外交政策について意見を交わしたことがあるが、今回ホワイトハウスに招かれたのは、トランプは正気、というシグナルを中国に送るためだったと情報筋は言う。

中国指導部はキッシンジャーのことを中国の古い友人と見なしている。中国という国を理解し、正当な歴史的文脈で中国を捉えてくれる人物だと評価している。

だがキッシンジャーのホワイトハウス訪問には、それ以上の意味がある。北朝鮮の核の脅威が高まっているのを受け、トランプ政権は中国との重大な取引を視野に入れている。それは、ニクソンの電撃訪中に匹敵するほど大胆だ。

もし中国が、外交面、経済面で北朝鮮に対する影響力を徹底的に行使して金正恩政権を核開発断念に追い込み、検証可能な方法で核開発放棄の要求に従えば、アメリカは北朝鮮を国家として承認し、経済支援を行い、将来的に2万9000人の駐韓米軍を撤退させることに合意するという内容だ。

これには、北朝鮮の長年にわたるアメリカへの要求が集約されている。

この構想の土台になっているのは、ティラーソンが5月に説明した対北朝鮮政策だ。ティラーソンはこう言った。「アメリカは北朝鮮の政権交代も、政権崩壊も、朝鮮半島再統一の加速も求めない。(南北朝鮮を隔てる)北緯38度線の北側に米軍を派遣する理由も求めない」

戦争ではなく外交的偉業を
ティラーソンが「4つのノー」と命名したこの発言に、中国は注目した。中国共産党の一部は、アメリカはむしろこの4つすべての実現を目指しており、北朝鮮核危機を口実に金政権の崩壊するつもりだと信じている。

だが中国共産党の幹部は米政府に対し、ティラーソンの構想は米中合意の土台になり得ると伝えた。

(中略)米国務省のヘザー・ナウアート報道官は記者会見で、もし北朝鮮が「検証可能で完全な」非核化を行えば、その後にトランプ政権はティラーソンが披露した構想の実現に取り組むと言った。(後略)【10月17日 Newsweek】
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もちろん、北朝鮮が“唯一の有効な手段”とする核を断念することがありうるのか、“断念”ではなく“抑制”がせいぜいではないか、イラン核合意をも忌み嫌うトランプ大統領がこうした外交的譲歩に本気で取り組むつもりがあるのか、中国に北朝鮮をコントロールする力があるのか、経済関係で米中が対立するなかで、こうした米中の外交的合意が可能なのか、日韓が同意するのか(同意しなくても、アメリカは踏み切るだろう・・・と言うのがニクソン訪中の教訓ですが)・・・・等々、疑問は多々あります。

疑問は多々ありますが、軍事的衝突を避けて外交的に緊張を緩和させる道筋としては、こういう方向での交渉しかないようにも思えます。

時間もかかり、曖昧な余地を残すような合意しか得られない・・・ということで、こうした交渉を嫌うなら、あとは東京・大阪に核爆弾が降ってくる危険性もはらんだ軍事的解決しか残されません。

北朝鮮としても国際的環境がこれまでになく厳しくなりつつあることは認識しています。

“マレーシアが北からの輸入停止、大使館も閉鎖へ 狭まる包囲網”【10月13日 産経】
“北朝鮮からの輸入額、9月は38%減 中国税関が発表”【10月13日 朝日】
“北朝鮮労働者へのビザ発給停止 UAE”【10月13日 朝日】
“EU、原油禁輸など対北朝鮮制裁強化で合意へ 域内労働者にも制約”【10月16日 ロイター】

中国に代わって北朝鮮との関係を強化しているとも言われるロシアも、深入りは避けたいようです。

****ロシア プーチン大統領 対北朝鮮協力を制限する大統領令署名****
ロシアのプーチン大統領は、国連安保理の制裁決議に基づき、北朝鮮との協力を制限する大統領令に署名しました。ロシアとしては、決議を履行し、北朝鮮と一定の距離を取ることで、国際社会からの批判をかわすとともに、北朝鮮にくぎを刺し、対話を促す狙いがあるものと見られます。(中略)

北朝鮮は、核・ミサイル開発をめぐって、アメリカのトランプ政権との対決姿勢を強めているだけでなく、後ろ盾の中国ともぎくしゃくした関係が続いていて、ロシアに接近する動きを見せています。

ロシアとしては、国連安保理の制裁決議を履行し、北朝鮮と一定の距離を取ることで国際社会からの批判をかわすとともに、このままでは孤立することになるとくぎを刺すことで、北朝鮮に対話を促す狙いがあるものと見られます。【10月17日 NHK】
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“まとも”な国家なら、真剣に出口を模索するでしょう。

アメリカの“誠意・信頼”を北朝鮮に疑問視させるトランプ大統領のイラン核合意“破棄”問題
“まとも”かどうか・・・ということでは、“トランプは正気、というシグナルを中国に送るためだった”というようなシグナルが必要なトランプ大統領の方も困ったものだと言うか・・・・。

何をするかわからない・・・・というイメージは相手に不安感を与え、ときに非常に効果的であるのは事実ですが、長期的には同盟国を含めた国際関係を壊してしまいます。

外交的合意のためには、“まとも・正気”であることに加え、“約束は守る”という誠意・信頼も不可欠です。

その点において、トランプ大統領が北朝鮮問題と並行して、イラン核合意の問題で、合意を破棄するような動きを示していることは大きな問題があります。

オバマ前大統領の最大の「レガシー(政治的遺産)」を否定したいトランプ大統領が、合意対象外のミサイル開発やヒズボラ・ハマス支援などをあげつらう「無理筋のこじつけ」とも評される形で“破棄”を主張しつつも、議会には制裁措置の発動を勧告せず、議会にその後の対応を委ねるという形になっていることには、“トランプ氏が最大の公約の1つを実行した、という政治的ポーズを示す国内向けの戦略にすぎない、との声もある”【10月10日 WEDGE
】とも。

もっとも、正気かどうか定かでない大統領は、重ねて“破棄”の可能性を強調しています。

****イラン核合意、改めて破棄示唆 米大統領、修正へ圧力****
米欧など6カ国とイランが2015年に結んだ核合意について、トランプ米大統領は16日の記者会見で、「完全な終結はあり得る。非常に現実的な可能性だ」と改めて破棄を示唆した。

トランプ氏は合意を当面は維持する意向を示しつつ、議会や関係国に事実上の修正を迫っており、破棄をちらつかせて圧力をかけているとみられる。
 
トランプ氏は「米国は何十年も利用されてきた。嫌悪感を覚える」とした上で、「イラン核合意は何らかの手立てを加えられなければならない」と核合意への不満をあらわにした。
 
米法では、イランの合意の順守状況や実効性などについて、90日ごとに大統領が認定する。トランプ氏は今月15日の期限までに議会に認定を報告することを拒否。議会が制裁を再発動するかを60日以内に判断することになっている。
 
だが、トランプ政権は合意の崩壊につながる制裁の再発動をしないよう議会に働きかける一方で、イランの弾道ミサイル開発を規制するため国内関連法の改正を求めている。さらに、関係国とも新たな合意の協議を模索する考えだ。
 
トランプ氏はこの日の会見で、事実上の修正に向けた動きを「第2段階」と呼び、「非常に前向きにも、非常に後ろ向きにも(結果は)なり得る」と話した。「何が起きるか様子を見よう」として、トランプ政権が望む形の修正がなされなければ、合意を破棄することを明言した。【10月17日 NHK】
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この問題はまた別機会で取り上げるとして、北朝鮮問題との関連で言えば、“欧州連合(EU)の高官らは、イランによる合意順守が繰り返し確認されているにもかかわらず破棄されれば、北朝鮮に対して国際社会との交渉は時間の無駄だというメッセージを送りかねないと警告している。”【10月17日 AFP】という問題があります。

慰安婦問題で合意を破棄しようとする動きが韓国であることに、日本国内では“信用できない”“交渉しても時間の無駄”といった反応が出ていますが、それと同じでしょう。

核開発抑制を合意し、それを履行しているイランに対し、「無理筋のこじつけ」で難癖をつけて“破棄”を迫る姿を見ては、北朝鮮もおいそれとアメリカを信用できないでしょう。
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スペイン・カタルーニャ  “板挟み”状態の州側 自治権停止の強権に手をかける中央政府

2017-10-16 22:57:09 | 欧州情勢

(カタルーニャ自治州の州都バルセロナで8日、カタルーニャのスペインからの独立に反対する大規模なデモが行われ、地元警察によると35万人が参加した。【10月9日 ロイター】)

【「独立宣言」を棚上げして協議を求めるカタルーニャ 「独立」の明確化を求める中央政府
スペインからの分離独立を求めるカタルーニャ自治州では10月1日、中央政府の反対、憲法裁判所の差し止めを振り切って住民投票を実施。独立反対派の多くがボイコットしたと思われる43%の低い投票率ながら、独立賛成が90.2%という“予想された”結果となりました。

これを受けてプッチダモン州首相は10日、「独立宣言」に署名したうえで、注目されていた議会演説を行いましたが、その内容は「スペイン政府との対話のため、独立宣言の効力をいったん凍結するよう提案する」という“棚上げ”的なものとなりました。

「カタルーニャは独立する権利を得た」と言明する一方で、独立宣言は凍結するという“曖昧”とも言えるもので、
「独立宣言」したのか、しなかったのか・・・も、明確ではありません。

州政府の報道官は、プチデモン州首相による独立宣言への署名は「象徴的な意味合い」しか持たないとも説明しています。

「独立宣言」を明確にすると、自治権剥奪等の中央政府による強力な介入を招くことになることからの“対話路線”提案でしたが、当然ながら独立強硬派からは突き上げられることになります。

また、“対話”とは言っても、中央政府ラホイ首相はかねて「話し合いをしたいなら法を守る道に戻ってからだ」と繰り返しており、交渉に応じる状況ではありません。

更に、頼みとする仲介に向けた国際的な動きも現段階ではあまり期待できません。

****強硬派は猛反発、国際的には孤立 プチデモン州首相が独立宣言棚上げで板挟み****
スペイン東部カタルーニャ州のプチデモン州首相が10日の演説で独立宣言の棚上げを表明したことで、州議会の独立強硬派は不満をあらわにした。

一方、欧州連合(EU)の近隣諸国は「独立は違憲」とするスペイン中央政府を支持している。プチデモン氏は国際的に孤立する中、州内で突き上げを受け、板挟みになっている。
 
プチデモン氏の演説後、独立強硬派の左派「人民連合」(CUP)幹部議員は「厳粛な独立宣言を行う機会だったのに、それが失われた」と失望感を示した。

州政府に対し、中央政府との交渉開始に「1カ月以内」という期限を設けるよう要求した。独立派の中には、州議会選挙を行うべきだとの声も出ている。
 
プチデモン氏の州議会与党は複数の小政党が統合した政党連合。2015年の州議会選挙で過半数に満たず、CUPの協力を得て政権を発足させた。

政党連合内には独立強行への反対論が残っており、同氏の「対話戦略」は、政権基盤である独立派陣営を分裂させる可能性がある。
 
州議会演説は欧州各国のニュース局が生中継するほど注目された。だが、EU側の反応は冷淡だった。イタリアのアルファノ外相は、ツイッターで「カタルーニャ州の一方的な独立宣言は受け入れられない。国民の権利を代表するスペイン中央政府を支持する」と表明した。
 
また、フランス外務省も11日、「これは内政問題であり、スペイン憲法の枠内で解決すべきだ」とする声明を発表した。声明は「州政府による一方的な独立宣言は違法であり、全く認められない」として、州政府の動きを強く牽制した。
 
スペイン全国紙パイス(電子版)は11日、中央政府支持の立場から、プチデモン氏が独立宣言を延期しながら対話を呼びかけたことを「罠」と断じた。
 
中央政府との仲介要請にはEUが全く応じず、カトリック教会など非政府チャンネルにも目立った動きがない。中央政府は「投票自体が違憲」の立場を崩さず、プチデモン氏は孤立無援状態に陥っている。【10月12日 産経】
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9日には、ドイツ・メルケル首相もスペイン中央政府のラホイ首相との電話会談で、「スペインの統合」への支持を伝えたと発表されています。

国内の“分離主義勢力”を抱える各国政府が、自国に影響が及びかねないカタルーニャの動向を警戒し、独立に否定的なことは容易に予想されていたことです。

やや意外な感があったのは、各国の“分離主義勢力”自体にあっても、カタルーニャの動きには“距離を置く”冷めた姿勢が目立つことです。

****距離を置く欧州各地の分離主義勢力 自治拡大のてこ入れに活用の思惑も****
カタルーニャ自治州の独立要求について、英国スコットランド、ベルギーのフランドル地域、イタリアのロンバルディア州など欧州各地の分離主義勢力は距離を置いている。

欧州連合(EU)離脱につながる独立に慎重姿勢を示す一方、同州の独立宣言の動きを自治拡大のてこ入れに使おうという意欲も見える。
 
スコットランド行政府のスタージョン首相は8日の英BBC放送で、カタルーニャ州の住民投票の実施を支持する一方、「独立すべきか否かについて、私が発言すべきではない」として投票結果を受けた独立の是非には言及しなかった。
 
スタージョン氏は6月の英総選挙でスコットランド独立をめぐる再投票を主張し、保守党に大きく議席を奪われた。英国のEU離脱が決まった後、同国からの独立に動くことに住民の懸念が強いためで、同氏はカタルーニャ独立派への同調を避けたとみられる。
 
イタリアでは今月22日、ミラノがあるロンバルディア州、ベネチアがあるベネト州でそれぞれ、自治拡大をめぐる住民投票が行われる。ミラノを拠点とする右派地域政党「北部同盟」のサルビーニ書記長は「カタルーニャ州の住民投票とは違って、法律の枠内で行うものだ」と違いを強調。かつては地域独立を目指していたが、現在は自治拡大を重視する立場を示した。
 
ベルギーのオランダ語圏フランドルの地域主義政党、新フラームス同盟も、カタルーニャ州の住民投票で警察が抵抗する有権者に暴力をふるったことを批判する一方、独立への支持表明は避けた。【10月11日 産経】
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こうしたなか、中央政府ラホイ首相はプチデモン州首相に対し、“棚上げ”という曖昧な10日の州議会演説がスペインからの「独立宣言」だったのか否か、「イエス」か「ノー」か、16日午前10時(日本時間午後5時)までに改めて明確にするように求めていました。

ラホイ首相は、もし独立を宣言したと認めた場合は19日までに撤回しなければならないとし、撤回しない場合は憲法155条に基づいて同州の自治権を停止する考えを示していました。

これに対し、プチデモン州首相は明確な返答を避け、再度“独立に向けた動きを2か月間「延期」し、協議を開始したい”との考えを主張しています。

****カタルーニャ州首相、独立への動きを「延期」 政府に協議求める****
スペイン北東部カタルーニャ自治州のカルレス・プチデモン州首相は16日、中央政府に対して独立に向けた動きを2か月間「延期」し、協議を開始したいとの考えを表明した。
 
プチデモン氏は、マリアノ・ラホイ首相に充てた書簡の中で、「今後2か月間は、われわれの主要目的はあなたを対話の場に連れ出すことだ」と述べた。
 
プチデモン氏はラホイ氏に「可能な限り早急」に会見したいと要請。「さらに状況を悪化させるべきではない。善意を持って問題を認識し、正面から向き合えば、われわれは解決への道筋を見つけることができると確信している」と書簡で呼び掛けた。(後略)【10月16日 AFP】
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「独立宣言」した明言すれば中央政府の介入を招き、しなかった明言すれば独立強硬派の支持を失う・・・という苦しい立場です。

しかし、中央政府側はプチデモン州首相の書簡に納得せず、再度、19日までに明確な姿勢をしめすように迫っています。

****スペイン政府、独立めぐる立場明示を再び要求 自治州首相に19日まで****
スペイン中央政府は16日、北東部カタルーニャ自治州のカルレス・プチデモン州首相が同国からの独立を宣言したのか否か明確にしていないとして、同氏に対して19日午前10時(日本時間同日午後5時)までに立場を明らかにするよう改めて求めた。(後略)【10月16日 AFP】
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【「独立」明確化なら自治権停止も
住民投票を強行したことで袋小路に入った感もあるプチデモン州首相ですが、一方の中央政府ラホイ首相も、自治権剥奪という強硬手段を取らざるを得なくなる状況に苦慮しているとも思われます。

****カタルーニャ州独立問題、未知の領域に****
スペインのマリアーノ・ラホイ首相はカタルーニャ州の自治権の一部剥奪へ向けた最初の一歩を踏み出す中で、同国政府が使える最も過激な手段の一つに手を伸ばしつつある。その手段とはこれまでに一度も使われたことのないものだ。(中略)
 
スペイン政府は11日、同国の一体性を維持するために憲法155条の発動への第一歩を踏み出した。
スペインの憲法155条は、ドイツの憲法の同様の条項を手本としたもので、一定の条件下で中央政府が州の自治権を停止することを認めている。
 
だが、この条項が発動されたことは一度もないため、専門家は中央政府が州政府の権限と機能をどの程度停止するか把握できない。
 
マドリードのファン・カルロス大学のホセ・マヌエル・ベラ教授(憲法学専門)は「当該条項の本当の適用範囲は誰も知らない。権限の停止は幅広い意味を持ち得る」と述べた。
 
憲法には、スペインに17ある自治州が同法で課された義務を果たさない、または自治州の行動がスペイン全体の利益を脅かす場合、中央政府は「各州にこれらの義務を順守させたり、国全体の利益を守ったりするのに必要な措置を講じることができる」と定められており、その目的で政府は全ての州に「指示を出す」ことができる。
 
例えば、中央政府はカタルーニャ州警察の指揮権や同州の教育の権限を停止することができる。その場合、同州の規則に基づいて行政に介入し、正常な行政機能を維持するために、中央政府の代表者を任命することができる。専門家によれば、州首相の権限を停止することもできるという。
 
スペイン政府は、憲法155条を発動する前にカタルーニャ州に対し、憲法に違反する行為を是正するよう正式に要請しなければならず、是正期限を設定することができる。ラホイ氏は11日、プチデモン氏に独立を宣言したかどうか明らかにするよう求めたため、その要件を満たしたことになる。
 
カタルーニャ州がスペイン政府の要請に応じなかった場合、同政府は議会上院にカタルーニャ州の自治権停止の承認を求めることができる。専門家の話では、この手続きには少なくとも4〜5日かかる。
 
バルセロナ自治大学のラファエル・アレナス教授(法律学専門)は「ラホイ首相の責任は大きい。首相は今、とても孤独を感じていると思う」と語った。(中略)
 
一方、カタルーニャ州は、中央政府と州政府間の紛争解決を担うスペインの憲法裁判所で、中央政府の決定に異議を唱える可能性がある。【10月12日 WSJ】
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憲法裁判所は一連の今回問題では中央政府を支持する判断を下していますので、自治権停止についてもカタルーニャ側にはあまり期待できないと思われます。

税収に対するカタルーニャ中間層の不満 教育の問題も
独自の文化・歴史を持つカタルーニャが分離独立を求めている背景に、金融業と工業の強さを誇るカタルーニャの税収がスペインの他の地域に流出し、無駄に使われているとの不満があるとされており、所得階層で見ると、労働者層よりは中間層がこうした不満を強めていると指摘されています。

****カタルーニャ独立を熱望する中間層の不満****
自分たちの富がスペインの他地域に流出していると見る向きが多い

スペイン北東部カタルーニャ自治州の中間層は、分離・独立志向を持つ住民の中心的な存在になってきた。独立志向に拍車を掛けているのは、金融業と工業の強さを誇るカタルーニャの税収がスペインの他の地域に流出し、無駄に使われているとの不満だ。

カタルーニャ人の間では、スペイン中央政府が裕福な同州からカネを吸い上げていると広く信じられている。これが独立運動を推進させる主な要因の1つとなっており、スペインは憲政上の危機に立たされている。(中略)

「カタルーニャ独立は中間層の反乱だ」と、英カーディフ大学の歴史家、アンドリュー・ダウリング氏は語る。「カタルーニャの中間層は独立がより良い生活をもたらすと考える一方、労働者層は独立しても生活はよくならないと考える傾向がある」
 
中間層の反乱はカタルーニャで劇的な結果を引き起こした。中間層は欧州の他の地域でも不満を口にしており、例えばイタリア北部地域やドイツの裕福なバイエルン州がそうだ。
 
カタルーニャの調査機関が7月に行った世論調査によると、自らを中間層または上位中間層に位置づける人の約半数は、カタルーニャが独立国家になることを望んでいた。対照的に、労働者階層で独立を支持したのは28%にとどまった。(中略)

一方で独立反対の一部カタルーニャ人は、裕福な地域は貧しい地域より大きな負担や責任を担わねばならないとの考え方を受け入れており、それが国家としての連帯の証しだとみている。

中央政府は、カタルーニャも他の地域も国家的連帯から恩恵を受けていると主張。カタルーニャが独立すれば、主要な貿易パートナーである国内他地域との間に、大きな関税が立ちはだかることになると警告している。(中略)

これとは対照的に、労働者階層は分離独立にはるかに消極的だ。
 
裕福なカタルーニャ州は歴史的にスペインの他地域から移住者を引き寄せてきた。(中略)こうした移住者の多くは出身州との結び付きを維持し、家ではカタルーニャ語ではなくスペイン語を話し続けた。このため独立への熱意は薄い。
 
実際、言語は独立への支持を予測するうえで強力な要素だ。カタルーニャの調査機関によると、カタルーニャ語を母語とする人々のうち、独立を支持しているのは4分の3に達している。そしてカタルーニャ語を母語とする人々の55%は中間層だ。【10月12日 WSJ】
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“裕福な地域は貧しい地域より大きな負担や責任を担わねばならない”という“連帯”“国家的一体感”を阻害しているのは、文化・歴史の違いもありますが、地域的独自性を重視する教育にも原因がありそうです。

****カタルーニャ、亀裂あらわ 派遣の警官へデモ/暴力抗議に脅迫電話****
授業の言語でも対立
分断の下地は教育の現場でもつくられている。
 
学校教育では、カタルーニャ語による授業が基本だ。バルセロナ郊外に住むアナ・ロサーダさん(48)は、家で話すスペイン語による授業を、一部に導入してほしい、と娘が通う学校に求めた。州法が認める権利だが、裁判を経て2年前に認められた。
 
だが、校長は保護者会で「一つの家庭のために正しいカタルーニャ語を学ぶ権利が危険にさらされた」と発言。保護者仲間から「エゴイストだ」と言われ、娘のサベラちゃん(9)は当時、級友が集う「お誕生会」に呼ばれなくなった。
 
スペイン語での授業の導入に、別の親から感謝の言葉も聞くが、こっそりとだ。「それが現実です」
 
電子部品の商社を経営するアグスティン・フェルナディスさん(52)も、2人の息子にスペイン語での教育を受けさせることができたが、裁判所の決定が出ると、「カタルーニャは独立を」と学校前にデモ隊が来た。自分たちが標的なのは明らかだったという。別の学校に転校させた。「暴力はないが圧力をかけられた」
 
独立への動きが沈静化しても「社会の修復には長い時間がかかる」。そう感じている。【10月12日 朝日】
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地域文化の重視、政治的独立という“大きな声”に反対しにくい社会的雰囲気もあるようです。

****独立すればEU脱退を迫られ、経済は立ちゆかなくなる」 バルセロナ自治大政治社会学部長のホアン・ボテラ氏****
カタルーニャ自治州の住民投票では90%が独立に賛成したが、実際に独立を支持する住民は全体の半分程度だ。独立反対派は声をあげにくい状況があり、多くは投票に行かなかった。

同州では1978年の憲法で自治権が認められ、地域言語で教育が行われている。若者にとってスペイン語は「学ぶ言葉」になった。テレビやゲームソフトで接するが、仕事で使えるレベルに達していないことも多い。

政治やメディアは独立派が主導権を握る。スペインに征服された被害者の歴史が強調され、中央政府への反発を強めてきた。
 
中央政府にも問題がある。地方自治が進んでいるのに改革が遅れ、中央集権の思考から脱皮できていない。同州の自治剥奪に動けば、スペイン民主化以来、40年間かけて築かれた地方自治制度は大きく揺らぐ。
 
欧州連合(EU)で分離運動がさかんなのは、イタリア北部、ベルギーのフランドル地域など国内産業を支える富裕地域が多く、カタルーニャ州もその一つ。「貧困地域のためにわれわれの税金を使いたくない」という地域エゴでもある。だが、実際に独立すれば、EU脱退を迫られ、経済は立ちゆかなくなるだろう。【10月11日 産経】
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カタルーニャの場合、分離独立の必然性も、独立後の自立可能性もあまり大きくないように思われますので、独立に固執せずに“より良い関係”に向けた協議が必要でしょう。そのためには、中央政府もカタルーニャ側を追い込みすぎて、強権発動に至るのはマイナスの効果しかないように思われます。中央集権的な姿勢に対する自省も必要でしょう。お互いが譲るところからしか解決策は出てきません。
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合法化が進むアメリカの大麻(マリファナ)事情 

2017-10-15 22:24:25 | アメリカ

(ラスベガスの大麻栽培施設【8月31日 WSJ】)

大規模山火事 全米で消費される大麻の6割を生産しているカリフォルニアに打撃
先週発生したアメリカ・カリフォルニア州の山火事は、カリフォルニア州史上最も多い40人の死者、消失建造物約5700棟という大きな被害を出し、いまだ鎮火していません。

“北風の勢いは今日いっぱい続き、今夜までには弱くなると予想されている”【10月15日 AFP】とのことですので、そろそろ下火になるのでしょうか。

****山火事の死者40人に=スヌーピー作者の家も焼失―米加州****
米メディアによると、西部カリフォルニア州で広がった山火事による死者数は14日、40人に達した。1万人以上を投入して消火作業が続いているが、これまでに約10万人が避難を強いられ、数百人と依然連絡が取れていない。
 
ソノマ郡の中心都市サンタローザでは、スヌーピーのキャラクターで有名な漫画「ピーナッツ」の作者チャールズ・シュルツ氏が2000年に亡くなるまで長年暮らした家が焼失した。作品などは近くの博物館に所蔵されており、難を逃れたという。
 
今月8日に発生した山火事は、ワインの産地として知られるナパ郡やソノマ郡を中心に燃え広がり、これまでに約5700棟の建物が損壊した。【10月15日 時事】 
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アメリカ西部の大規模山火事は毎年のようにニュースで見るような感じもしますが、広いアメリカのことですから、現地住民からすれば「思いもかけない」災害なのでしょう。

記事で言及されているワインよりも影響が大きそうなのが、大麻(マリファナ)生産です。

****<米国>山火事、大麻産業にも打撃・・・・全米消費の6割生産****
ワインの産地として有名な米西部カリフォルニア州北部の山火事で、米メディアは12日、死者の数がソノマ郡など4郡で29人になったと報じた。火災が広がった地域は全米有数の大麻の生産地で、大麻産業にも打撃を与えている。
 
米紙によると、同州は全米で消費される大麻の6割を生産しているとされる。連邦法では大麻の所持や販売は禁じられているが、同州では医療用大麻は合法で、来年1月には娯楽用も解禁になる。生産者は大麻の全面解禁による需要増に備えてきたという。
 
8人の死亡が確認されたメンドシーノ郡は「エメラルド・トライアングル」と呼ばれる全米最大の大麻生産地の一角にある。サンフランシスコ・クロニクル紙によると、その南のソノマ郡も推定3000〜9000の大麻農園があり、「両郡の被害は過去最悪だ」という業界団体の分析を伝えている。
 
大麻生産は違法とする連邦法に従い、被害に遭った生産者は政府の緊急救援基金や火災保険の対象外となるため、復旧に時間がかかる見通し。
 
8日の発生から4日がたった12日も火は燃え広がっており、東京23区の面積(約620平方キロ)を超える770平方キロが焼失した。【10月13日 毎日】
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28州とワシントンD.C.で大麻が解禁
連邦法では違法だが、州法で認められている・・・このあたりが日本人からするとピンと来ないところで、“合衆国”の合衆国たる所以でしょう。

大麻(マリファナ)については、世界的に許容する方向の流れとなっていますが、アメリカでも先の大統領選挙に合わせて多くの州で住民投票が行われ、合法化が一段と加速されたようです。

****全米9州の住民投票で大麻が合法化。大麻合法化州が28州に拡大****
全米9州で11月8日、大麻(マリファナ)に使用を合法化する住民投票が行われた。
「大麻」とは植物そのものであり、それを乾燥させ、吸引用にしたものをマリファナという。

大麻の全面合法化を問うたのが、メーン州、カリフォルニア州、マサチューセッツ州、ネヴァダ州、アリゾナ州の5州。

医療目的での限定的な大麻合法化を問うたのが、アーカンソー州、フロリダ州、モンタナ州、ノースダコタ州の4州。

そのうちアリゾナ州を除く8州で、大麻合法化賛成が多数を占め、合法化されることとなった。
 
米国では他の州でも大麻の合法化が進んでいる。すでに全面合法化を決めている州は、アラスカ州、ワシントン州、オレゴン州、コロラド州で、今回の新規4州を含めて全部で8州となった。

医療目的限定の合法化を定めているのは、アリゾナ州、ニューメキシコ州、ミネソタ州、ミシガン州、イリノイ州、ルイジアナ州、ペンシルバニア州、メリーランド州、デラウェア州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、コネティカット州、ロードアイランド州、バーモント州、ニューハンプシャー州、ハワイ州の16州で、今回の合法化4州を含めて20州となった。

結果、今回の住民投票を受け、28州とワシントンD.C.で大麻が解禁されることとなった。合法化州は、北東部のニューイングランド地域や西海岸エリアなど、リベラル派住民の多い都市州に多いことが特徴的だ。
 
米国では、連邦政府レベルでは、大麻は医療用、嗜好用共に禁止されている。しかし州内での合法化は州政府レベルで決定できることとなっている。

米国での大麻合法化のプロセスは、まず医療用として栽培・使用したいという要望があがり、続いて嗜好用の栽培・使用につながってきている。

例えば、カリフォルニア州では、1996年に医療用大麻の栽培・使用がまず合法化。2010年に嗜好用大麻の栽培・使用に向けた住民投票「プロポジション19」が実施されたが、結果は反対53.5%、賛成46.5%で否決されたが、今回の住民投票「プロポジション64」では賛成56.66%、反対43.34%で合法賛成が過半数を占めた。
 
カリフォルニア州では、大麻の合法化により、21歳以上の人は嗜好用として最大6鉢の大麻を栽培・使用できるが、栽培は個人宅など閉じられた空間のみに限定されている。またライセンスを得た場合には販売も可能となる。

学校、児童館、ユースセンターの600フィート(約182メートル)以内では販売活動は禁止される。

また、嗜好用大麻の栽培や販売には税金が課せられる。州レベルでは、栽培には花の部分に1オンス(約28g)当たり9.25米ドル、葉の部分に2.75米ドルで、販売には価格の15%相当の課税が予定されている。

また、郡政府や市政府にも独自の許認可付与制度と追加課税権限を付与した。大麻合法化には、政府の税収増の側面もある。税金の使途としては、大麻関連の研究、若者向け薬物関連の教育プログラム、違法な大麻栽培による環境破壊の修復等。
 
では、医療用大麻の効用はどの程度立証されているのだろうか。世界保健機関(WHO)のホームページには、ハーバード・メディカル・スクールのBertha K. Madras精神生物学教授とマサチューセッツ州のマクリーン病院アルコール・薬物乱用リサーチプログラムの共同論文「Update of Cannabis and its medical use」が掲載されている。

この研究では、医療用の大麻の使用に関する過去の論文335本をレビューした。結論としては、医療用大麻の効果を確実に示す根拠は乏しいと述べ、また安全性や副作用につながる可能性も指摘している。
 
ギャラップ社が10月に実施した調査によると、大麻に加え、ヘロイン、コカイン、アルコール、たばこなどの問題性に関し、一般市民が危険度が低いとしたのは断トツで大麻。次いで、コカイン、アルコール、タバコ、ヘロインの順で、米国ではマリファナやコカインより、アルコールやタバコのほうが社会の危険度が高いという声が多い。

特に大麻は合法化しても良いという声が増えており、今後大麻合法州が増えていく可能性が高い。【2016年12月3日 Sustainable Japan】
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大麻はともかく、コカインよりもアルコールやタバコのほうが社会の危険度が高いというのも、“そうかな・・・・?”という感もありますが、大麻、たばこ、アルコールは似たようなものでしょう。嗜好性においても、害毒においても。

個人的にはたばこは吸いますが、アルコールは飲みません。ですから、最近のたばこを“迫害”する風潮の一方で、アルコールが咎められない社会、飲めない人間が肩身が狭いような社会については“理不尽”なものを感じています。正直なところ、正体なく酔っ払った者などは撃ち殺してもいいぐらいに感じるのですが。

そのように社会的規制というものは所詮“理不尽”なものに過ぎませんから、大麻についても害毒・副作用を強調するような声には、あまり説得性を感じません。

解禁で供給過剰・値崩れ 健康志向・環境重視に沿った差別化も
アメリカではこれまで、大麻が各州で解禁される流れの中で、供給過剰による値崩れが起きていました。

****マリフアナ栽培業者、新たな試練は価格下落****
合法化が進み生産増加、健康・環境志向で差別化狙う業者も
 
警察の捜査をかわし、合法化を求めて長年闘ってきた米国の大麻栽培業者が新たな難問に直面している。価格の低下だ。
 
米国では多くの州で娯楽用・医療用としての大麻の使用が合法化され、大麻の生産ブームを招いた。その結果、ワシントン州やコロラド州など各地で卸売価格が下落している。
 
大麻の市場規模は、年間小売売上高が1190億ドル(約13兆円)に上る米たばこ産業と比べるとまだ小さい。それでも市場調査会社ユーロモニター・インターナショナルと証券会社コーウェン・アンド・カンパニーのデータによると、大麻の年間の小売売上高は60億ドルを超えた。
 
大麻を吸う人間にとって価格下落はありがたい話だ。米大麻市場を調査するニュー・リーフ・データ・サービシズによると、卸売価格の下落で利益を上げた小売業者も一部あったものの、娯楽用・医療用の小売価格も下がっている。
 
調剤薬局2店舗を運営するシアトルの小売業者ハッシュタグ・カナビスでは、卸売価格の下落は小売価格に如実に現れている。共同経営者のジェリーナ・ピラート氏によると、ボンディ・ファームス(ワシントン州)が生産した「スーパー・シルバー・レモン・ヘイズ」――緑色と褐色の塊で、プラスチック製のボトルに詰められて陳列されている――は現在1グラム約10ドルで販売されているが、2015年9月には1グラム15ドルだった。

しかし栽培業者――ハイテク倉庫で栽培している業者も、田舎で合法的に栽培を始めた業者も――にとって価格下落は厳しい事態だ。
 
ニュー・リーフによると、米国の大麻の平均卸売価格は15年9月に1ポンド(約454グラム)当たり2133ドル前後の高値を付けたが、今年7月には1614ドルにまで下落した。米国中西部でトウモロコシや大豆を生産する農家が記録的な豊作のあとに直面するような価格の下げ方だ。
 
ニュー・リーフのジョナサン・ルービン最高経営責任者(CEO)は「業界や生産者、小売業者の側では、市場がコモディティー(日用品)化したとの認識が高まっている」と話す。

食品業界に倣う
こうした状況を受けて一部の栽培業者は、健康志向・環境志向の消費者へのアピールを強める食品業界に倣おうとしている。

有機食品の売上高は従来の食料品を上回るペースで伸びている。遺伝子組み換え作物やグルテン、人工香味料を使用しない食品は陳列棚を好きなだけ使って、高い価格で売られている。スティーブン・ジェンセン氏は15年にワシントン州で大麻栽培の免許を取得した。まだ利益は出ていないが、自然栽培が売りだという。
 
「私たちの製品を選ぶ理由を消費者に与える必要があった」。ジェンセン氏は経営するグリーン・バーン・ファームズで合成殺虫剤の使用を控え、強力な照明機器ではなく自然光で大麻を育てている。州内に1100以上あるライバル業者との差別化を期待してのことだという。
 
連邦法では大麻は今も違法であるため、大麻は農務省だけが付与できる「有機」認証を受けることができない。
 
栽培業者は有機認証の代わりに、太陽光の使用と水を保全する手法を義務付ける「屋外栽培認証」などの表示を使用している。29の州で大麻が何らかの形で合法化された今、業者はこうした表示を使うことで、消費者の関心を引き、より多くの製品が陳列棚に並ぶことを期待している。

こうした差別化の動きは栽培業者の分裂を招いている。
 
業界関係者によると、屋内栽培の大麻は品質が比較的安定している。制御された環境と強力な照明により、年間で複数回の収穫が可能だ。屋内栽培の大麻はつぼみに隙間がなく、黄緑色であることが多く、消費者の目を引く。比較的高い値段が付くが、生産コストも高くなることもある。
 
屋外や温室で栽培された大麻を提唱する人々によると、屋内の栽培施設は合成肥料に頼っており、大量の電力を消費する。12年にカリフォルニア大学の上級科学者エバン・ミルズ氏が発表した論文では、大麻の屋内生産は国内の電力消費の1%を占めるとの試算があったという。ただし電力消費量の少ないLED照明を使い始めている栽培業者もある。

栽培は屋内か屋外か
カナソル・ファームス(ワシントン州)の経営者で、屋外栽培業者団体の代表を務めるジェレミー・モバーグ氏は大麻喫煙者が今後、環境への負荷を気に掛けるようになると話す。(中略)
 
多くの大麻業界関係者は最終的にはビール業界に似た状況になると予想している。ビール業界ではバドワイザーやブッシュといった安価な大量生産品の陰で価格の高いクラフトビールがファンを集めている。
 
栽培業者や小売業者によると、高品質の大麻や専門のブランドが高い価格で販売される可能性がある一方で、多くの低品質の大麻はオイルに加工され、噴霧器用カートリッジや、ブラウニーやクッキーなど大人向けの焼き菓子に使われるようになるという。
 
シアトルのジェンセン氏は、太陽光の下で時間をかけて自然な状態で生産した自社の大麻が市場価格の平均を20~30%上回ることを期待しているという。
 
ジェンセン氏は「私は買い物に行けばいつも自然食品を買う。(大麻)業界でも将来、同じようなことが起きると思う」と話す。ただ「そういう意識を広めるのは戦いだ」。【8月31日 WSJ】
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環境にもやさしく、有機栽培で“健康志向”にも沿ったマリファナ・・・そのうち“特保”認定マリファナも出てきたりして。

いずれにしても、全米で消費される大麻の6割を生産しているカリフォルニア州の大規模山火事は、大麻供給サイドにすれば、生産調整・価格回復につながる話かも。

ビールを駆逐するマリファナ
ちなみに、上記記事でビールの話が出ていますが、マリファナ解禁でビールが駆逐されているとも。

****米ビール業界を襲うマリファナ「快進撃****
<娯楽使用のマリファナが合法化されたアメリカの各州で、マリファナの人気に押されてビールの消費が落ち込んでいることがわかった>

・・・・アメリカの若者の間では、ビールやマリファナは盛大に楽しむのに欠かせない必須アイテムになっている。だがそんなアメリカで今、ビールが近い将来、存在感を失うかもしれないことが話題になっている。

アメリカのマリファナ研究団体「カナビズ消費者グループ(C2G)」が最近公表した調査結果によれば、現在、アメリカ人の4人に1人が、ビールよりもマリファナに金を使うようになっていることがわかった。

マリファナ派の中には、まだマリファナが合法化されていない州の住民も含まれ、彼らの多くは娯楽用のマリファナが地元で合法になれば、ビールよりもマリファナを選択すると答えている。

アメリカでは最近、マリファナの娯楽使用を合法化する動きが進み、現在8つ州がすでに合法化している。そんな背景もあってマリファナ吸引者はどんどん増加中で、2016年には2400万人以上のアメリカ人がマリファナを使用している。

しかもマリファナは、合法化が進む中で若者たちの間にも広がりを見せている。最近の若者は、酒を飲んで騒ぐよりもマリファナでキメるのを好む傾向がある。

言うまでもなく、この傾向は米ビール業界にとっては深刻な打撃になりそうだ。全米のビールの売り上げは現在、年間1000億ドルに達する。だがマリファナが全米で合法化されれば、ビール業界は全売上の7%ほどを失うと指摘されている。これは20億ドル規模の損失を意味する。(中略)

その逆に、マリファナによる経済効果は大きい。例えば2014年に大麻を合法化したコロラド州では、大麻の売り上げが9億9600万ドルに達し、1万8000人以上の雇用を創出している。マリファナを吸いに行く「大麻ツーリズム」なるものも誕生している。

マリファナの合法化が、コロラドでは約24億ドル規模の経済効果をもたらしているという。そんな状況を見た他の州が、合法化を考慮しないはずがない。ちなみにマリファナ市場は今後、500億ドル規模にまで成長すると見込まれている。(中略)

ただビール業界にとっては朗報もある。ドナルド・トランプ大統領の存在だ。

実は、米連邦法では大麻は違法だ。それにもかかわらず、各州が独自の州法で合法化しているというのが実情だ。米司法省によれば、各州が未成年者の手に渡らないよう適切に規制などをしていれば、国が州の方針に介入することはないという。

ただトランプはマリファナを違法な薬物であると否定的に見ていて、すでに娯楽使用を合法化している8つの州を取り締まる可能性すらあると言われている。少なくとも、トランプ(と、マリファナ嫌いで知られるジェフ・セッションズ司法長官)がホワイトハウスにいる間は、連邦法などでマリファナの規制が大幅に緩和されることはなさそうだ。

いずれにしても、アメリカでマリファナを支持する人は多く、各種調査結果などを見ても今後さらに需要が高まっていくことになるだろう。

アメリカのビール業界は戦々恐々としている。【3月24日 Newsweek】
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なお、“マリファナ成分入りのビール”も開発されているとか。
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フィリピン  ドゥテルテ大統領の高支持率が急落 国民からの批判に暴力が及ぶ懸念も

2017-10-14 21:34:05 | 東南アジア

(官邸前で焼かれる大統領の肖像画 【9月22日 BBC】)

誤った事実認識による、いつもの過激発言
フィリピン・ドゥテルテ大統領の進める“麻薬撲滅戦争”という名前の“超法規的大量殺人”に対する欧州議員からの批判に対し、ドゥテルテ大統領がブチ切れたようです。

****なめるなよ!」 比大統領、EU加盟国の大使らを国外追放と脅迫*****
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は12日、欧州諸国がフィリピンを国連から追放しようとしていると非難し、そうした国々の大使らを24時間以内に国外追放すると脅迫した。
 
ドゥテルテ大統領は報道陣に対し「お前らがわが国に言っている『国連から追放される』という言葉をそのまま返す。やってみろ」と述べ、欧州諸国を非難。
 
またフィリピンの貧しさに付け込んでいるとし、「お前らはわが国にお金を与えた後、わが国で行われるべきこと、起きてはいけないことについて口を出し始めた。ふざけるな。わが国が植民地だったのは過去のことだ。なめるなよ」と批判した。

「お前らはわが国をうすのろの集まりだと思っているのだろうが、うすのろはお前らだ。今この話を聞いている欧州諸国の大使ども。今のうちに何とか言ってみたらどうだ。わが国は明日にも外交ルートを断つことができる。わが国から24時間以内に出ていけ、お前ら全員、全員だ」
 
欧州連合(EU)はフィリピンを国連から追放したい意向について一切公式なコメントを出していない。また、ドゥテルテ大統領はフィリピンが国連から追放されるのではないかと思うに至った理由についても説明しなかった。
 
ドゥテルテ大統領の発言について、エルネスト・アベリャ大統領報道官は、欧州議員などの少数グループが9日に首都マニラで記者会見を行い同大統領が推し進める「麻薬撲滅戦争」を非難したことに対する「怒りの表れ」だと述べた。
 
ドゥテルテ氏は昨年、麻薬撲滅戦争を推し進めると公約して大統領に就任。以来、警察による麻薬取り締まり作戦で少なくとも3850人が殺害されている。人権団体は麻薬撲滅戦争が人道に対する罪に当たる可能性があると警鐘を鳴らしている。【10月13日 AFP】
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この発言に関しては、欧州議員の一部グループ発言をEUとしての公式見解として認識した、ドゥテルテ大統領の事実誤認もあったようです。

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今回の大統領の言動は、社会民主党系議員らの国際代表団が今月初旬に訪比し、麻薬対策に絡む殺害が続くならフィリピンはEUが付与する一般特恵関税を失う可能性があるとする警告への反応とみられる。

ただ、EUは代表団はEUの使節ではなく、その声明はEUの立場を反映したものではないと説明した。ドゥテルテ氏の大使追放の発言は、今回の批判の出所を誤解した可能性もある。

これに対し比大統領は声明で、代表団は自らをEU使節と誤って名乗っていたと指摘。「フィリピンの国内問題に不当に干渉する全てのグループや個人は主権国家としての我々の立場をおとしめている」と主張した。【10月14日 CNN】
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フィリピン側は、いつものように大統領発言の後始末・火消しに追われています。

*****EU各国大使の国外追放計画はない」 フィリピン大統領報道官****
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が12日に、欧州諸国がフィリピンを国連から追放しようとしていると非難し、そうした国々の大使を24時間以内に国外追放すると発言した問題で、エルネスト・アベリャ(大統領報道官は13日、大使らを国外追放する計画はないと発表した。
 
アベリャ報道官は12日夜に声明を発表し、ドゥテルテ大統領が大使らを国外追放すると発言したことを認めたものの、翌13日に記者団に対し、大使らを国外追放せよという指示は出されていないと述べた。
 
アベリャ報道官は、ドゥテルテ大統領が怒りをあらわにしたのは、フィリピン・マニラを訪れた欧州諸国の議員や関係者らの少人数の一団が今月9日に記者会見を行い、多数の死者が出ている同国の麻薬戦争を非難したという報道がきっかけだと説明。

「大統領は基本的に、自分が読んだ記事の内容に反応している」と述べ、大統領は報道されている内容が正しいと「想定していた」と付け加えた。

「つまりこれは基本的に、クリティカルに(正確さや妥当性などを評価しながら)報道することや、クリティカルにニュースを読むことが必要だという、私たちにとっての教訓でもある。大統領は、国家主権を侵害された時にどんな指導者でもするであろう反応をした。われわれはメディアに正確な報道をしてほしいという大統領の要請を聞き入れるよう求める」(アベリャ報道官)
 
大使らを国外追放するというドゥテルテ大統領の「脅迫」を受けて、EUの駐フィリピン代表部は、今回フィリピンを訪れたのはEUが派遣した代表団ではないと発表。アベリャ報道官も13日、EU代表部の発表は正しいと認めた。
 
今回フィリピンを訪れた欧州諸国の議員らの公式声明や地元の大手メディアによる報道によれば、この議員らの一団が、フィリピンが国連から追放されるとの見通しを示した事実はない。

ドゥテルテ大統領がなぜ、欧州の議員らが国連からのフィリピン追放を望んでいると考えるに至ったのか、アベリャ報道官は明らかにしなかった。【10月14日 AFP】
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“ドゥテルテ大統領がなぜ、欧州の議員らが国連からのフィリピン追放を望んでいると考えるに至ったのか・・・”
被害妄想にとらわれているのか、何か悪いものでも飲んだか食べたのか・・・。

いきさつは別にしても、まるでチンピラの喧嘩のようなような発言でもあり、国家指導者としての品格も何もありません。子供の喧嘩のようなトランプ大統領の発言といい、昨今はこの手が世界的に流行っています。

急落し始めた支持率
もっとも、ドゥテルテ大統領の下品な発言にはいまさら驚きませんが、大統領をとりまく環境が大きく変わってきていることには驚きました。

従来は、“超法規的大量殺人”を含め、大統領の言動の問題を指摘する際、必ず“しかしながら、大統領は国内では高い支持率を維持している”という話が最後についてまわっていました。

そのあたりに大きな変化が出ているようです。

****比大統領、EU圏大使の国外退去要求 支持率減少の中で****
・・・・ドゥテルテ氏の今回の演説は12日のことで、「馬鹿者」などの言葉を交ぜる激しい内容。外国指導者を対象にした同大統領の痛罵(つうば)は過去にもあり、オバマ前米大統領もやり玉に挙がったことがある。

一方、今回の演説の背景には、大統領の支持率減少が絡むとの見方もある。比世論調査機関は演説の数日前、支持率が大統領就任後初めて50%を割り、48%だったと発表した。

警察などはこれまで少なくとも1万2000人を殺害したともされ、過酷な麻薬対策に国民が嫌気をさしているとの指摘もある。【10月14日 CNN】
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支持率が50%を切った・・・改めて、そのあたりの情報を探してみると、ここ1~2か月で大きく支持率が低下しているようです。

****ドゥテルテ大統領の支持率が急落、それでも株価が上がる理由***
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領に対する「市場の評価」は上がっている。つまり、同国ではここ3か月ほど、株価の上昇が続いているのだ。

だが、大統領の支持率はこのところ大幅に下落している。どうやらフィリピンの株式市場は、大統領が一部国民の信頼を失っても、それを意に介さないようだ。

フィリピンのニュースサイト、インクワイアラー・ドット・ネットが9月末に行った調査によると、大統領の支持率は前回調査時(6月)の66%から、48%へと大幅に下落した。一方で同国の主要な株価指数PSEiは、過去3か月間に8%上昇している。

「着目点」が変化
株価が上がっているのには、もっともな理由がある。株式市場は経済を反映するものだ。そして、ドゥテルテの経済政策のかじ取りはうまくいっている。今年6月に世界銀行が発表した報告書「世界経済見通し」では、フィリピンの経済成長率は今年、世界第10位となる6.5~7.5%の伸びが予想されている。

また、フィリピン経済が大きく依存するアジア太平洋地域への輸出も好調だ。今年4月の輸出額は、前年同月比12.1%増の48億1000万ドル(約5400億円)となった。国内総生産(GDP)に占める同地域への輸出の割合は、30%近くに上る。

こうした好調なフィリピン経済と、ドゥテルテを切り離して考えることはできない。大統領は安定したマクロ経済環境を維持しており、インフレ率と債務残高対GDP比は低く保たれている。そして、これらが国内需要の健全な成長の維持に役立っているのだ。

ドゥテルテの支持率急落に対する株式市場のこうした反応は、昨年とは全く対照的だ。南シナ海問題で大統領が態度を二転三転させるなか、主要な株価指数は1か月で7.2%下落した。

投資家らは明らかに、地政学的な問題よりもフィリピン経済のファンダメンタルズに焦点を移している。そして、少なくとも現時点では、国内で続く政治的混乱の一方で、活気を維持するフィリピン経済の現状を好意的に見ている。

不安要素は残る
ただし、フィリピン経済にとっての大きな問題は、先ごろ発表された世界経済フォーラム(WEF)の報告書でも指摘されているとおり、依然としてなくならない汚職だ。

この問題はフィリピン経済の将来にとって、大きな懸念事項だ。腐敗と政治的な抑圧は、過去にも経済成長を犠牲にしてきた。この問題を制御不能のまま放置すれば、今後も同じことが繰り返されていくだろう。【10月12日 Forbes JAPAN】
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経済政策は順調に推移しているようです。

****終焉?】ドゥテルテ大統領の支持率が下降、国民もいい加減気付き始めた模様****
国民の圧倒的な人気を集めていたドゥテルテ大統領ですが、最新の世論調査で支持率に陰りが出てきたことが分かりました。

このほどソーシャルウェザーステーションが行った世論調査で、ドゥテルテ大統領が就任以来、最低の支持率を記録しました。

9月に行われた世論調査で、支持率が前回6月の78%から67%への11%の下降となりました。

満足から不満足のポイントを差し引いた純満足度は、前回の66ポイントから48ポイントとなり、18ポイントの大幅な下落となりました。

特に貧困層になるほど支持率の低下が激しく、最も貧しいクラスEでは前回67ポイントから35ポイントと32ポイントの下落となり、薬物戦争や経済政策などへの失望が広がっているようです。

野党のトリリャネス上院議員が、「国民が大統領の本当の姿に気づき始めている」と評価する一方、大統領府は「ハネムーン期間が終わっただけ」と指摘し、支持率の下降が想定内であると主張しました。【10月12日 「フィリピンのニュースあれこれ」】
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貧困層では支持率が半減していますが、一体何があったのかは知りません。“麻薬撲滅戦争”の被害者の大部分が麻薬売人などの貧困層であるのは間違いありませんが。

フィリピンでは大統領就任時には支持率が異様に高く、その後急落する・・・というのは一般的傾向であり、「ハネムーン期間が終わっただけ」という大統領府説明もその傾向に依ったものです。

今後、高まる大統領批判に“暴力”が牙をむく懸念も

****フィリピンで大規模デモ ドゥテルテ氏「独裁主義」に抗議****
フィリピンで21日、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領(72)が推し進め物議をかもす厳格な治安政策に抗議する集会に何千もの人々が集まった。

大統領の反対派は、ドゥテルテ大統領が戒厳令を復活させるかもしれないと公言していることや、多くの死者を出した容赦のない「麻薬戦争」を批判した。21日には、ドゥテルテ氏を支持する集会も開かれ何千もの人々が参加した。

一方、ドゥテルテ大統領の息子でダバオ副市長のパオロ・ドゥテルテ氏(42)は麻薬密売疑惑に直面している。

大統領は記者団に対し、疑惑が事実であればパオロ氏の殺害を承認すると語った。「お前が捕まれば私は殺害を命ずる。疑惑が事実であれば、私はお前を殺害する警察を擁護する」とパオロ氏に伝えたという。(中略)

ドゥテルテ氏は市民と警察に対して容疑者たちを超法規的に殺害するよう繰り返し呼びかけており、国際社会から人権侵害にあたると批判されてきた。

独裁者フェルディナンド・マルコス元大統領が45年前に行ったのと同様に、ドゥテルテ大統領がフィリピン全土に戒厳令を敷くことを懸念するデモ参加者たちは、「殺害をやめよ」、「戒厳令にノー」などと書かれたプラカードを街頭で掲げた。

大統領選でドゥテルテ氏と同じ陣営ではなかったリベラル派のレニー・ロブレド副大統領は、マルコス政権下の圧制の記憶を思い出すよう、国民に呼びかけた。
「過去の記憶をとどめなければ、過ちを繰り返すことになる」と副大統領は言った。

ドゥテルテ大統領はマルコス一家に同情的な態度を取っていることを批判されており、圧制を強いた過去にも関わらず、マルコス氏を尊敬していると公言した。

デモは、マニラの大統領官邸前のほか、大学や軍本部前でも開かれた。
デモの中で大統領の肖像画が焼かれ、ロブレド副大統領は「独裁政治が勢いを得つつある」兆しがあることを国民は見逃すべきではないと警告した。

しかし一方で、反政権デモに対抗する集会にも多くのドゥテルテ支持者が集まった。ドゥテルテ氏への支持率も、物議をかもす政策や発言にも関わらず依然として高い。【9月22日 BBC】
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9月時点での上記記事では、“ドゥテルテ氏への支持率も、物議をかもす政策や発言にも関わらず依然として高い。”となっていますが、状況が変わってきているのは前述のとおりです。

今後、大統領の拠り所であった高い国民支持が失われ、国民から公然と批判が高まる状況になったとき、“超法規的大量殺人”に示される大統領の“暴力性”がどういう形で誰に向かうのか・・・懸念されるところでもあります。
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イラク・クルド自治政府が実効支配するキルクークをめぐり、イラク軍が奪還作戦開始の報道

2017-10-13 21:22:36 | 中東情勢

(住民投票終了後の25日夜、クルド自治区の中心都市アルビルでは、クルドの旗を手にした人や車であふれ、祝賀ムードに包まれた 【9月26日 読売】)

(【9月5日 朝日】)

独立を問う住民投票強行で“四面楚歌”状態へ
中東のイラク、シリア、トルコ、イランなどに暮らすクルド人が、第1次大戦後の列強による線引きによって分断され、“国家を持たない世界最大の民族”として、イラク・フセイン政権時代の化学兵器攻撃などの辛苦を経験してきたこと、シリア・イラクのIS掃討の過程において存在感を増したそのクルド人の処遇が今後の中東安定の最大のカギとなること(成り行き如何では、新たな中東動乱を惹起すること)などは、これまでも再三取り上げてきたところです。

イラクのクルド自治政府(クルディスタン地域政府 KRG)が悲願である分離独立に向けた住民投票を強行する構えであることは、9月22日ブログ“スペイン・カタルーニャ州とイラク・クルド人自治政府  独立を問う住民投票が近づき、緊張も高まる”でも取り上げました。

住民投票は9月25日に強行され、予想されたように独立賛成が9割を超える圧倒的支持を集めました。

クルド側の熱狂に対し、イラク中央政府、やはりクルド人を多く国内に抱え波及を警戒するトルコ・イランは空路封鎖や境界での合同演習などで圧力を強め、IS掃討でクルド人勢力と協調してきたアメリカも対IS戦線のほころびを警戒して“失望”を表明するなど、国際的にはクルド側は四面楚歌(クルド支持はイスラエルのみ)の状況に置かれています。

“クルド住民投票 「100年の夢がかなった」 “国家なき民”の悲願”【9月26日 産経】
“米政府、クルド人の住民投票に「深く失望」”【9月26日 産経】
“イラン、西部でミサイル増強=クルド人の動き警戒か”【9月26日 時事】
“住民投票で独立賛成多数 クルド議長「脅迫より対話を」”【9月27日 産経】
“「空港返せ」「油田返せ」イラクと周辺3カ国が独立反対で四面楚歌のクルド人”【9月28日 Newsweek】
“クルド領内へ運航中止続々=空路の封鎖強化―イラク”【9月28日 時事】
“強まるクルド包囲網 トルコ、イランが圧力”【9月28日 産経】
“クルド自治政府、イラク政府の要求拒否=対立激化、孤立深める”【9月29日 時事】
“イラクのクルド自治区、外国人が続々脱出 国際線禁止受け”【9月29日 AFP】
“クルド自治区への国際線、全線欠航へ”【9月29日 産経】
“クルド問題、米はイラク統一支持 ISへの悪影響を懸念”【9月30日 朝日】
“イラク首相、クルド自治区の石油収入は中央政府が管理と主張”【10月2日 ロイター】
“<イラン・イラク>クルド境界付近で合同軍事演習”【10月3日 毎日】
“<イラク中央銀行>クルドにドル供給停止 独立投票への報復”【10月4日 毎日】
“クルド独立阻止へ制裁強化も=断固反対で一致―イラン・トルコ首脳”【10月4日 時事】
“イラクとの国境・空域閉鎖へ=クルド自治政府の独立投票で―トルコ”【10月5日 時事】

油田地帯キルクークをめぐり“一触即発”状態 イラク軍は奪奪還作戦開始とも
投票結果を受けて即独立宣言という訳ではなく、今後に向けて長期的にイラク中央政府も何らかの対応が必要なことの認識はあるとも言われていますが、双方にとって譲れないのは、自治区外にあってクルド側が実効支配しており、今回住民投票の対象となった油田地帯キルクークの扱いです。

****キルクーク州****
イラク北部の州。州都キルクーク。元々クルド人が多く住んでいたが、20世紀初頭に油田が見つかり、他の民族も移り住んだ。
 
フセイン政権(1979~2003年)はクルド人を追放し、アラブ人を移住させる「アラブ化政策」を推進。03年のイラク戦争後はクルド人が戻り、多数派になった。【10月5日 朝日】
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住民投票直後にイラク議会は、キルクークの油田奪回に向けた動議を可決しています。

****産油地帯に部隊派遣決議=反クルド、空路封鎖―イラク****
イラク議会は27日、北部のクルド自治政府が実効支配するイラク屈指の産油地帯キルクークを含む係争地域に向け、イラク中央政府が部隊を派遣し、油田を奪還するよう求める動議を可決した。

自治政府が、中央政府と帰属を争うキルクークで独立の是非を問う住民投票を強行したため、強い反発を招いていた。
 
自治政府は「独立賛成」の民意を盾に、1〜2年かけ独立交渉を中央政府と行いたい考えだが、アバディ首相は27日、「投票と結果を無効にしなければ協議に応じない」と一蹴。また、自治政府の治安部隊ペシュメルガの係争地域からの撤退を要求し、軍事的緊張も強まってきた。(後略)【9月27日 時事】
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クルド側も、キルクークはもともとクルド人が多く居住していた地域であること、また、キルクークの石油収入を独立後の財政的柱にしていることから、譲る気配はありません。

こうした事態を受けて、クルド側が実効支配するキルクークでは“一触即発”の状態が続いています。

****キルクーク、一触即発 クルドが支配「イラク軍来るなら応戦****
イラク有数の油田地帯がある北部キルクーク州をめぐり、少数民族クルド人を主体とする同国北部の自治政府「クルディスタン地域政府」(KRG)と、イラク政府が「一触即発」になっている。

同州は両政府が帰属を主張する係争地だが、KRGは独立の賛否を問う住民投票を同州でも強行し、緊張を高めた。

一方、住民の間には「和解と安定」を望む声も強い。
 
「我々は交渉による問題解決を望む。だが、イラク軍が来るなら、応戦する準備はできている」
4日、キルクーク州北西部にあるKRGの軍事組織「ペシュメルガ」の西部前線司令部。ケマル・キルクーキ司令官が断言した。
 
KRGは先月25日に住民投票を実施。イラク国会は「対抗措置」として、キルクーク州を実効支配するKRGから同州を取り返すため、イラク軍を派兵するようアバディ首相に求める決議を採択した。
 
兵器や装備ではペシュメルガはイラク軍に劣る。だが、過激派組織「イスラム国」(IS)の2014年の攻勢時、総崩れになったイラク軍に対し、ペシュメルガは戦闘の前線に立ち、キルクーク州などでISを撃退した。キルクーキ氏の「強気発言」には実績に基づく自信がうかがえる。
 
キルクーキ氏は住民投票では独立賛成が9割超だったと強調し、こう続けた。「我々は住民の意思を尊重する。独立を勝ち取るのに必要な士気と能力が、ペシュメルガにはある」

 ■両政府とも油田依存
KRGとイラク政府がキルクーク州を手放せないのは、両政府ともに原油収入に依存しているためだ。
 
イラク北部のクルド語紙ハワルによると、KRGの歳入の約8割は原油収入だ。KRG自治区とキルクーク州で産出される原油は日量約60万バレル。キルクーク州産はその約4割という。
 
一方、イラク政府も歳入の約8割を原油収入が占める。キルクーク州産はイラク全体の産油量の約1割を占めるうえ、同州には未開発の油田も多いという。
 
また、キルクーク州の人口構成も問題を複雑にしている。同州の人口統計は未公表だが、ハワル紙の推計によると、クルド人5割強、アラブ人2割強、トルクメン人2割弱だ。
 
キルクーク州のアラブ人部族のシェイキ・アンワル族長は「ここはアラブ人、クルド人、トルクメン人が共存している。クルド人国家の一部ではなく、自治権を持つ特別州になるのが望ましい」。

ハワル紙のブルハン・ハジ・スレイマン編集長(45)は「キルクーク州の住民の多くは、多民族が共生し、ペシュメルガに治安を保障された現状に満足しており、その継続を望んでいる」と指摘した。【10月9日 朝日】
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事態は“一触即発”から、更に一歩踏み込んで“衝突前夜”の状況になっています。

****<クルド治安部隊>イラク北部キルクークに配置 侵攻に備え****
イラク北部クルド自治政府は12日までに、イラク北部の油田都市キルクークにクルド治安部隊「ペシュメルガ」の兵士約6000人を配置した。ロイター通信などが伝えた。

イラク中央政府軍がキルクークへの大規模攻撃を準備しているとの情報が11日ごろから流れており、クルド側は侵攻に備えた「自衛措置」としている。
 一
方、中央政府のアバディ首相は12日、「国民に武力を行使せず、クルド人とも交戦しない」と攻撃の意図を明確に否定した。

キルクークは公式には中央政府の管轄だが、2014年以降はクルド側が実効支配を続け、双方の係争地となっている。

自治政府は12日、「イラク軍のクルド地域への侵入を防ぐため」として、自治区の中心都市アルビルと中央政府側の都市モスルを結ぶ幹線道路の境界を封鎖した。
 
クルド自治政府は中央政府の反対を押し切り、9月25日にイラクからの分離・独立の是非を問う住民投票を強行。これに対し中央政府は自治区内の空港に乗り入れる国際線の運航を禁止するなどの制裁を発動し、「クルド封鎖」を進めている。【10月13日 毎日】
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“「国民に武力を行使せず、クルド人とも交戦しない」”(イラク・アバディ首相)とのことですが、前出のイラク議会の動議もあって、イラク軍はキルクークへの進軍を開始したと報じられています。

****イラク軍、クルド人勢力支配地の奪還作戦を開始****
イラク軍は13日、油田地帯として知られ、帰属をめぐって中央政府とクルド自治政府が対立するキルクーク県にあるクルド人勢力の軍事拠点の奪還を目指す作戦を開始した。
 
匿名でAFPの電話取材に応じたイラク軍司令官は「2014年6月に奪われた軍事拠点を奪還するため、イラク軍部隊が前進を開始した」と語った。(後略)【10月13日 AFP】
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つい先ほど報じられたニュースで、詳細はわかりません。

圧力をかける“進軍”にとどまるのか? 奪還に向けた“衝突”に至るのか? “衝突”した場合、戦線は拡大するのか? トルコ・イランはどう動くのか?・・・・等々、今後の展開が注目されますが、本格的衝突に至れば、中東情勢は新たな段階・混乱に進むことにもなります。

イラク中央政府は、先の住民投票を無効とする構えです。

****イラク裁判所、クルド自治政府の選管トップらに逮捕状****
イラクからの独立の是非を問う住民投票をクルド人自治政府が強行した問題で、イラクの裁判所は11日、自治政府の選挙管理委員会トップらの逮捕状を出した。イラク中央政府はこの問題をめぐって自治政府側への圧力を強めている。
 
イラク北部のクルド人自治政府は先月末、中央政府が違法と非難していたにもかかわらず住民投票を実施。法的拘束力はないものの、圧倒的多数が独立を支持した。
 
首都バグダッド東部の裁判所はハイダル・アバディ首相が議長を務める国家安全保障会議の請求に基づき、住民投票を実施した選挙管理委員会の委員長ら3人の逮捕状を出した。
 
同裁判所は3人について「イラク最高裁判所が違憲と判断し、中止を命じた住民投票を組織した」と指摘している。【10月12日 AFP】
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危険なまでに孤立した状態で、苦境に立ち向かうことになる
“四面楚歌”状態で孤立するクルド自治政府にとって、軍事的手段での独立達成は不幸な結果につながる選択と思われます。
現在の“一触即発”状態を招いた住民投票強行は、長期的戦略を欠いた選択であったようにも。

****クルド独立への道、崩れる理想と問われる是非****
住民投票を経て孤立、支援もなく四面楚歌

イラクのクルド人自治区の独立がまだ遠い目標であって喫緊の課題ではなかった2年前、当時クルディスタン大学の副学長を務めていたカリード・サリー氏(現在は学長)は新たな国家のあるべき姿を頭に描いた。
 
イラク北部のクルディスタン地域がモデルとすべきは、2006年に平和的にセルビアから独立したモンテネグロであってコソボではない。同氏はそう考えたと振り返る。コソボは暴力に訴えて独立を図り、セルビアや国連からいまだに国として認められていない。
 
「クルディスタンも最初にイラクから承認を受けることで事態はかなり穏健に進み、それによって国際社会の一員に加わることも容易になる」とサリー氏は指摘。「それがなければまず独立のために戦う必要があり、その後も国として認識されるために戦わなければならない。コソボを見れば一目瞭然だ」と続ける。
 
そのクルディスタンで25日、賛否ある中で独立の是非を問う住民投票が実施され、93%の有権者がイラクと別れる道を選択した。これにより、イラクのクルド人にとってコソボが通った独立への道はもはや最悪のシナリオではなく、それさえも可能かどうか微妙な情勢になった。
 
コソボには少なくとも、隣国のアルバニアに全面的に支援してくれる同じ民族がいた。セルビアからの独立を可能にしたのは、1999年に米国や西側の友好国が軍事作戦を展開したからだ。

一方、イラク内陸に位置し周囲国の善意のみによって成立しているクルディスタンは、背景が異なる。危険なまでに孤立した状態で、同地域は苦境に立ち向かうことになる。
 
過去20年で国際社会から独立が認められた国は、わずか3カ国。東ティモール、モンテネグロ、そして2011年の南スーダンだ。

これら国々はもともと所属していた国の政府から承認を得て独立した。それでも完全なサクセスストーリーとなったのは、北大西洋条約機構(NATO)の最新メンバーであるモンテネグロだけだ。

南スーダンはアフリカでも最も血なまぐさい争いのひとつとされる内戦によって荒廃し、すでに人口の3分の1が住む場所を失っている。
 
コソボの国連加盟は、ロシアが阻止した。中国、インド、そしてスペインなど自国内の分離独立運動を刺激したくない主要国も、コソボを国として認識していない。

米国務省も「深く失望」
過激派組織「イスラム国」(IS)へ抵抗する勢力の一角となったこともあり、イラクのクルド人たちはここ数年間で各国との友好関係を強化してきた。これら国々の多くは500万人の人口を抱えるクルド人自治区がいずれ国家として独立するかもしれないことを暗に受け入れた。

しかしISとの戦闘が終わらない中で25日に住民投票が実施されたことで、こうした恩情の大部分はかき消された。国家として新たに独立することが難しくなりつつあるなかで目的を達するために、イラクのクルド人はなるべく多くの友好国を必要としているが、彼らとの間にも不和が広まった。
 
イラク政府はほんの数カ月前まで前例がないほどクルド人自治区と友好的な関係を維持していたが、住民投票を強く批判。イラクに限らず自治区の隣国や地域の大国、そして米国も非難に回った。
 
独立への反発はイラク政府内で対立していた政治家たちすらをも団結させた。またシーア派が多数を占めるイラク政府は、つい今週までクルド人の自治政府を支援していたトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と互いに歩み寄っている。
 
イラクのシンクタンク、アルバヤンでマネージング・ディレクターを務めるサジャド・ジヤド氏は、「アラブの強硬派を含む誰もが、クルドが一国家として独立することを夢見るべきではないなどとは言っていない。しかしタイミングや国境の件など、まず解決しなければならない問題が複数ある。その中で今回のように強引に話を進めようとしたことが、多くの人をうんざりさせた」と話す。
 
米国務省は住民投票の前に厳しい警告を含む声明文を発表し、投票後は「深く失望している」と言及。投票によって「情勢はより不安定になり、クルディスタン地域やその住民に苦難がもたらされるだろう」とした。

意外なクルド人の団結
欧米諸国の多くの当局者からすれば、今回の住民投票のタイミングは正当な戦略的意図を持って決まったものには見えず、クルディスタン地域政府(KRG)のマスード・バルザニ大統領が地域内の政治的な都合で決めたようにうつる。

そのような事情もあり、各国からの反応はここまで厳しいものになった。2015年に任期が終わった後も退陣していないバルザニ氏は、クルド人の中のライバル勢力から抵抗を受けつつあった。
 
今回、投票に向けて有権者のナショナリズムをあおったことで、バルザニ氏は見事なまでに地域内の支持を集めることに成功した。
 
シンクタンクの国際危機グループ(ICG)でイラクを専門に研究するマリア・ファンタッピエ氏は、「住民投票はクルド人たちを真に団結させるイベントになった。自治区内の政治の状況を考えると、住民投票を求めていた人たちにとってすらこれは意外だった」と指摘。

「クルディスタンは住民投票を実施した影響に苦しむことにはなるが、投票を求めた指導者たちは、新たに生じる課題に対するテコを手に入れた(中略)自らの政治的正当性を再び主張できることになる」と話す。
 
25日の住民投票はイラクのクルド人たちの自治権が拡大することにはつながらず、少なくとも今のところはその逆に進んでいる。

KRGは長年にわたって国境検問所やアルビルとスレイマニエにある国際空港の運営を担い、ビザの発給や移民政策についてもイラクの他の地域とは異なる独自の制度を持っている。
 
しかしイラクのハイダル・アバディ首相は29日を期限とし、国境検問所と空港の管轄を連邦政府に委ねるよう求めている。KRGがこの求めに応じるとは考えにくいが、イラク政府の判断に逆らう航空会社はほとんどないだろう。エジプト、レバノン、そしてイランの航空会社はクルド人自治区への運航をやめるとすでに発表している。【9月29日 WSJ】
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中国の“台湾進攻”の可能性は? 今後も続く“一つの中国”をめぐる綱引き

2017-10-12 22:30:39 | 東アジア

(台北市で9月24日、台湾大学で開かれた中国の歌手らが出演する中国側主催のコンサートに抗議し、ステージで「台湾独立」などと書かれた旗を掲げる学生ら これに対し、中国との統一を支持する台湾の政治団体のメンバーが学生らに暴力を振るい、複数の学生らが骨折するなどのけがをした。【9月25日朝日より】)

現時点では考えにくい“台湾進攻”】
中国の台湾進攻、武力統一・・・・もちろん、台湾の併合は中国にとって“核心的利益”の最大のものであり、こと台湾の話になると、中国人はその政治的スタンスを問わず、民主・人権を標榜する人々まで含めて異様に熱くなるとも言われていますので、できるものなら今日・明日にでも・・・という思いは中国側には常に潜在的にあります。

戦略的に考えても、常に台湾側に“台湾進攻”の可能性という圧力をかけ続けることは、台湾を独立宣言に走らせないためにも有効でしょう。

ただ、現実問題としては、軍事的にその能力があるか否かという話のほかに、国際的に着実に存在感を高めている中国が、アメリカとの衝突の危機、国際的孤立を招く超ハイリスクの“台湾進攻”に敢えて踏み切るとは考えにくいものがあります。

アメリカとしても、そのような事態を許せば世界のリーダーとしての地位と信頼を完全に失います。NATO加盟国でもないウクライナの一部クリミアがロシアにかすめ取られるという話とは次元が違います。

まあ、“世界の警察官”を否定するトランプ大統領が、自国第一で、中国との棲み分け・経済関係重視の観点から、太平洋の西半分は中国に委ねるということで習近平主席と話がつけば、風向きも多少変わるでしょうが。

【“2020年に台湾侵攻の極秘計画”に台湾ネットユーザーは冷ややか
現時点での可能性ということではあまり考えられない台湾進攻ですが、最近幾つか、その可能性に触れたものも目にします。

ひとつは、アメリカの中台問題研究家とされるIan Easton氏の新著『中国 侵略の脅威』

****中国が2020年に台湾侵攻? 米学者「中国にその能力ない****
アメリカの中台問題研究家、Ian Easton氏が、中国が2020年に台湾侵攻の極秘計画を立てていると暴露し、議論を呼んでいます。

元ホワイトハウス官員やシンクタンクの学者たちが、中国は台湾を攻撃する能力を有せず、アメリカは座視しないと指摘しています。

中国は2020年に台湾に武力侵攻するのでしょうか?Easton氏の新著『中国 侵略の脅威』が台湾で話題になっています。

カーネギー財団中国安全保障問題専門家 Michael Swain氏:「この本を基にこう解釈するとすれば、まさにフェイクニュースである。」

戦略国際研究所軍事問題研究員 Richard Fisher氏:「彼は2020年に中国が台湾に侵攻すると言ってはおらず、2020年以降、台湾に侵攻する可能性が増加すると言っている。」

著者のEaston氏は、メディアに対し、2020年の台湾侵攻については、台湾の国防白書が記していると述べています。また、アメリカに台湾が直面している軍事的脅威を知らせるために、この本を著したと説明しました。台湾侵攻はすなわち、全アジアの民主制度との対決であり、中国には台湾に攻め込む力も勇気もなく、自殺行為だと指摘しています。

戦略国際研究所軍事問題研究員 Richard Fisher氏:「ノルマンディ上陸の時と同じで、短期的、中期的に未来を予見することは不可能だ。中国の台湾侵攻は政策的にも軍事的にも力不足であり不可能である。中国にできることは台湾封鎖だけだが、それもアメリカとの大きな衝突を招くだけだ。」

元ホワイトハウス国家安全局官員のDennis Wilder氏は、2020年は中国の軍事力増強の目標に過ぎず、侵攻計画があるわけではないと指摘します。もし一たび台湾が攻撃を受ければ、アメリカは黙って見ていないとも言います。

元ホワイトハウス国家安全局官員 Dennis Wilde氏:「台湾が孤立無援になることはない。アメリカがついている。アメリカは台湾の国防戦略を理解しており、もし中国が台湾に侵攻すればアメリカがどういう行動を取るかを、台湾も知っている。」【新唐人2017年10月10日】
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この件に関する台湾ネットユーザーは、“冷ややか”なものだったとか。

**** 中国、2020年までに台湾を武力侵攻か=台湾ネットは意外な反応****
2017年10月4日、環球網は記事「米研究者が予言、中国は2020年までに台湾を武力侵攻する=また金をせびる気なの?と台湾ネットユーザー」を掲載した。

「中国本土は秘密の軍事計画を持っている。2020年までに台湾を武力侵攻する計画だ」 米保守系メディア「ワシントン・フリー・ビーコン」は3日、中国人民解放軍の内部文書を入手したと称する研究者Ian Easten氏の署名記事を掲載した。

ところが台湾ネットユーザーの反応は意外なものだったという。

「2020年は台湾総統選の年ではないし、わざわざ台湾を侵攻する意味はない」「中国は20〜30年前から米国をターゲットにしている。世界のリーダーを狙うためだ。台湾だけを見ているわけではない」「やれやれ、また中台緊張を煽って、米国の兵器を台湾に買わせるつもりかね」など、冷ややかなコメントが寄せられていると記事は伝えている。【10月5日 Record china】
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軍首脳人事は「台湾進攻シフト」か?】
一方、中国の軍首脳部の交代人事を、習近平主席の“台湾進攻シフト”と解釈する見方も。

****中国軍部「台湾進攻シフト」の不気味 習近平二期目の隠さぬ野望****
(中略)
台湾専門家で固めた軍首脳
党大会を前に軍首脳部の顔ぶれは一新した。連合参謀部に直属する陸、海、空、ロケットの四軍と情報戦の主体となる戦略支援部隊の司令官、政治委員がほぼ全員変わった。

新しい顔ぶれは習近平の縁故者が多く起用されたが、見逃せない共通項がある。台湾と向かい合う「福建省」と、福建省の部隊が所属していた旧「南京軍区」だ。
 
福建省はかつて習近平が省長までつとめた土地で、台湾海峡を挟んで台湾軍とにらみ合っている。習近平外交は「一帯一路」外交で西のシルクロードを向いているはずなのに、なぜか軍首脳は台湾攻略戦に特化している。(中略)

解放軍のトップをこれだけ台湾正面の専門家で固めた以上、習近平主席が二期目の政治的実績として台湾統一を意識していないはずがない。米国第一のトランプ政権の登場は、習近平の目に、まさに千載一遇のチャンスと映っているのだろう。
 
朱日和基地の閲兵を映した中国国営中央テレビの映像には、背景に台湾総統府の実物大のビルが映し出されていた。計算されたアングルの映像は、まさにこれから台湾シフトが強まるという威嚇に他ならない。【「選択」 2017年10月号】
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軍首脳人事が旧「南京軍区」に集中しているのは事実ですが、それを「台湾進攻シフト」と見るのは“深読み”に過ぎる感も。単に、太いパイプを持つ同軍区軍人の抜擢で権力固めを図った・・・というだけなのかも。

****習氏、軍中枢権力固め 旧南京軍区関係、4人****
18日に開幕する中国共産党大会に向け、軍中枢の新たな人事が固まってきた。

軍の最高指導機関である中央軍事委員会主席を兼ねる習近平(シーチンピン)国家主席は、ゆかりのある「旧南京軍区」から信頼する幹部を続々と登用。人事を通した権力固めを支えるのが、地方で軍と関係の深いポストを兼任してきた習氏の異色の経歴だ。(中略)
 
特徴的なのは、習氏が福建省や浙江省で勤務した時期に、両省を管轄内に含む「旧南京軍区」(現東部戦区)で勤務経験がある幹部が4人も昇格したことだ。
 
習氏は清華大学を卒業した1979年、中央軍事委に配属され、父親の習仲勲の戦友だった耿ヒョウ(コンピアオ)秘書長(のちの国防相)の秘書を務めた。

その後、福建省や浙江省で勤務した約20年間、民兵などを管理する軍分区党委員会や、兵力や物資の確保などで地元と調整する国防動員委員会など、旧南京軍区の機関幹部を兼務してきた。この経験が同軍区の軍幹部との太いパイプを生んだとされる。(中略)
 
ただ、習氏が意中の幹部を抜擢(ばってき)する傾向が強いあまり、人材の昇格が追いついていない状況だ。新たに軍中枢ポストに就いた8人のうち、4人が将校の最高位である上将ではなくまだ中将だ。(後略)【10月8日 朝日】
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国民党サイドからは、台湾独立を主張する勢力のせいで「武力統一」に対する懸念が高まっている・・・とも
前出Ian Easton氏の著書との関連は知りませんが、国民党・馬英九政権で総督府副秘書長などを務めた羅智強氏は「中国大陸が台湾を武力統一する可能性が皆無でなくなってきた」とも。

****台湾で中国による武力統一への懸念高まる、「ゼロではなくなった****
馬英九(マー・インジウ)政権下で中華民国(台湾)総督府副秘書長などを務めた羅智強(ルオ・ジーチアン)氏は9日、フェイスブックに「中国大陸が台湾を武力統一する可能性が皆無でなくなってきた」と書き込んだ。台湾ではこのところ、「武力統一」に対する懸念が高まっている。

羅氏は1970年生まれで、国民党の将来を担う人物の一人とみなされている。フェイスブックに「私は以前、台湾が法的な独立宣言さえしなければ(中国大陸側による)武力統一はありえないと断言していた。しかし、現在は予想可能な将来の範囲内ではあるが、武力統一の可能性は『高くない』との認識だ」「武力統一はありえないと信じることはできない」などと書き込んだ。

羅氏は危険な兆候として、大陸側で台湾を敵視する世論が高まっていると指摘。「民主的政治体制であろうと非民主的体制であろうと、政府は人民の感情を映し出す鏡だ」「大陸当局も(民衆の声)に連帯して、衝突の度合いを高める可能性がある」と論じた。

羅氏は、台湾独立を強く主張する勢力を「口先の戦士」と批判。大陸側が武力統一をする具体的動きが出れば「開戦前に米国に逃げて亡命政府を樹立し、台湾独立の口先攻撃を続けることを保障する」などと書き込んだ。

羅氏のこの書き込みは、中時電子報などの台湾メディアや環球網、新浪網などの中国メディアが紹介している。

2016年に蔡英文(ツァイ・インウェン)政権が発足して以来、中国は同政権が「一つの中国」の原則を認めていないとして、台湾側との対話の停止や、政治面の各種圧力、軍事分野における威嚇などを繰り返している。そのため、台湾では大陸による武力統一の可能性に対する懸念が発生した。

10月になってからは、武力統一についての懸念や関心がさらに高まった。第19回中国共産党全国代表大会(党大会)が18日に始まることが影響していると考えられる。中国共産党は5年に一度の党大会の前には、表立った動きを示さないことが通例で、大会後に思い切った動きを示すことが多いからだ。ただし中台の専門家の多くは現在のところ、全面的な武力衝突の可能性は高くないとの見方を示している。

中時電子報は9日、大陸側の台湾研究会の王在希(ワン・ザイシー)副会長が、台湾問題について「最終的に『和』か『戦』か。鍵を握るのは台湾当局」と述べたと報じた。

王副会長は武力統一の可能性を完全には否定しなかったが、「台湾側が遠慮なく『脱中国化』と称して『台湾独立』の分裂活動を進める」場合を想定した上で「(台湾回教の)両岸関係が緊張していくことは避けられない。面倒な事も増えるだろう。ただし、大局はコントロール可能だろう」との考えを示したという。

自由時報は9日、台湾側の対大陸窓口組織である海峡交流基金会の洪奇昌(ホン・チーチャン)元董事長(理事長)が、中国共産党が第19回党大会の後に、台湾の武力統一に向かうことはないとの見方を示したと伝えた。

洪元董事長は、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が優先する戦略目標は「大国としての勃興」や軍事、経済、法治であり、台湾統一も含まれるが武力統一を優先しているわけではないと説明。

台湾で1947年に発生した2.28事件を挙げ、「発生後70年も経過しているが今もなお台湾社会の問題になっている」として、中国側が台湾を武力統一する道を選んだ場合「この社会がどれだけ長く、問題を残し続けることか」と論じたという。

洪元董事長は、中国が台湾を武力統一した場合、台湾が極めて長期にわたり中国の重荷になると指摘したことになる。

2.28事件は、国民党政権の強引な台湾統治に対する不満が爆発し、1947年2月28日に台北で民衆が蜂起し台湾全土に広がった事件。国民党はだまし討ちの形で軍を投入し、多くの台湾人を虐殺した。犠牲者数については諸説があるが、台湾政府は1万8000人〜2万8000人としている。同事件に伴う戒厳令は87年まで続き、恐怖政治により多くの人が投獄・処刑された。【10月11日 Record china】
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新首相「私は台湾独立を主張する政治家」】
羅智強氏の攻撃の対象は、台湾の独自性を重視し、中国との関係を悪化させているとする民進党・蔡英文政権であり、「そんなことをしていると・・・・」と言いたいのでしょう。

羅智強氏は「「私は以前、台湾が法的な独立宣言さえしなければ(中国大陸側による)武力統一はありえないと断言していた」とも語っていますが、新首相の頼清徳行政院長が「私は台湾独立を主張する政治家だ」と明言して注目されています。

羅智強氏の書き込みは、こうした動きを牽制するものと思われます。

****私は台湾独立を主張する政治家」台湾の行政院長が言及、中国の反発招く可能性****
台湾の頼清徳行政院長(首相に相当)は26日、立法院(国会)の本会議で「私は台湾独立を主張する政治家だ」と述べた。

就任後初めて行った施政方針報告の質疑で、野党の立法委員(国会議員)の質問に答えた。蔡英文総統が中台関係の「現状維持」を掲げる中での踏み込んだ発言で、中国当局の反発を招きそうだ。
 
頼氏は「現実的な『台湾独立』主張だ」とも述べ、独立宣言を行わないことや、台湾の将来は住民投票で決める必要があることを強調した。
 
「台湾共和国」の建国を目指す党綱領を事実上修正した1999年の党決議におおむね沿った内容だが、中国共産党の党大会を来月に控え、中国側を刺激する可能性が高い。
 
頼氏は与党、民主進歩党の中でも独立色の強い最大派閥「新潮流派」に属しており、台南市長時代にもたびたび独立に言及してきた。ただ、6月には、自分は「親中愛台」だと述べ、軌道修正を図ったとみられていた。
 
頼氏の発言について、側近は「政治家個人の立場を改めて述べたもので、行政院長として蔡政権の路線から離れるものではない」と解説した。【9月27日 産経】
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当然、中国側は「いかなる形であれ『台湾独立』の言動に断固反対する」「『一つの中国』原則を堅持しなければ、平和発展の正しい方向を維持できない」と反発しています。

これに対し台湾側は、中国が何を言おうとも、「中華民国」が主権国家であることは「客観的事実」だと反論しています。

蔡英文総統は“新たなモデル”を提唱 中国側は一蹴
一方、「1992年コンセンサス」を認めていない蔡英文総統は“新たなモデル”を提唱しています。

****台湾・蔡総統「新たなモデルで」 中国に対話呼びかけ****
台湾の蔡英文総統は10日、総統府前で行われた建国記念日に当たる「双十節」の式典で演説し、中国に対し「両岸(中台)交流の新たなモデルを探すべきだ」と対話を呼びかけた。
 
蔡政権は「一つの中国」原則に基づく「1992年コンセンサス」を認めておらず、中国側は当局間対話を停止し圧力を強めている。

蔡氏は中台関係の停滞を認めた上で、「関係改善の突破口を探るべきだ」と述べた。ただ、「われわれは最大の善意を尽くした」とも述べ、台湾側からはこれ以上、譲歩する意思がないことも強調した。

また、中国軍が台湾周辺での活動を活発化させていることを念頭に「全力で戦力を強化し、台湾の自由と民主主義を守る」と訴えた。(後略)【10月11日 産経】
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中国側はこの呼びかけを“一蹴”したとのこと。

****台湾総統の呼び掛け一蹴=中国****
新華社電によると、中国国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は10日、台湾の蔡英文総統が演説で中国に関係改善に向けた対話を呼び掛けたことに関し、「どんな主張をしようと、カギは台湾と本土が『一つの中国』に属するという核心的な認識を認めるかだ」と指摘。

その上で、「『一つの中国』と台湾独立反対を堅持して初めて、両岸(中台)関係は安定的に発展できる」と述べ、「一つの中国」原則を受け入れない蔡総統の提案を一蹴した。【10月10日 時事】 
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“台湾進攻”はともかく、“一つの中国”をめぐる綱引きは今後も中台間で続きます。
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