(韓国入りする北朝鮮レストランの女性従業員。2016年4月に統一部が公開した【5月20日 聯合ニュース】)
【すでに繰り広げられている厳しい交渉】
交渉事はすんなりとは進まないのは世間の常識ですが、特に“取引”が得意なトランプ大統領と、アメリカ・中国、国際社会を相手に外交戦をくぐりぬけてきた北朝鮮の交渉となると、一筋縄でいかないようです。
“6月12日の米朝首脳会談を控え、北朝鮮は最大の争点である非核化プロセスをめぐり、トランプ米政権へのけん制を強めている。金正恩朝鮮労働党委員長は非核化への意思を強調する発言を繰り返してきたが、その真意はうかがい知れない。北朝鮮の「完全な非核化」を目指す交渉には不透明感が漂い始めている。”【5月19日 時事】
北朝鮮は16日に板門店で行うことで合意していた南北閣僚級会談を、定例の米韓共同訓練を理由に、会談当日になって無期延期とするよう韓国側に通知。
北朝鮮の李善権祖国平和統一委員会委員長は、「会談を中止させた重大な事態が解決されない限り、対話は容易に実現しない」としたうえで、会談の中止に遺憾の意を示した韓国政府に対し、「判断能力のない無知無能な集団」とののしり、「完全な核廃棄が実現するまで圧力を加えるべきだとするアメリカと結託している」と批判。
また、金桂寛(キム・ゲグァン)第1外務次官の16日談話では「米国の一方的な核放棄強要」に反発し、米朝首脳会談の中止も示唆。
交渉の主導権を握るための“揺さぶり”とも思われていますが、北朝鮮側の真意や揺さぶった結果がどうなるのかは・・・誰にもよくわかりません。すでに水面下で、厳しい交渉が繰り広げられています。
【2年前に起きた「女性従業員集団脱北事件」の問題が表面化】
北朝鮮は韓国に対しては、南北閣僚級会談無期延期に加え、23〜25日に行われる予定の核実験場廃棄の式典取材を希望する韓国記者団の名簿の受け取りを拒否するという強硬姿勢を見せています。
そうした“先行き不透明”な状況で、2年前に起きた「女性従業員集団脱北事件」について、北朝鮮側が、脱北ではなく韓国側による「集団拉致」だったとして、脱北従業員の北朝鮮への送還を求めています。
****北朝鮮、食堂従業員の送還要求=集団亡命は「拉致」****
朝鮮中央通信によると、北朝鮮の朝鮮赤十字会中央委員会報道官は19日、2016年4月に中国の北朝鮮運営レストランの女性従業員が集団で韓国に亡命した事件について、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)が仕組んだ「拉致」だったことが韓国テレビ局の報道で暴露されたと主張した。その上で、文在寅政権に対し、関係者の厳重な処罰と女性従業員の送還を要求した。
また、先の南北首脳会談で署名された「板門店宣言」に南北離散家族など「人道問題の解決」が盛り込まれたことに関連し、「『集団拉致事件』をどのように処理するかが人道問題解決の展望に大きな影響を与える」と指摘。韓国政府の対応次第では、離散家族の再会行事実施に支障が出かねないと警告した。
韓国のJTBCテレビは最近、レストランの男性支配人のインタビューを放映。支配人は自分が国情院の協力者だったと告白し、国情院の指示で女性従業員をだまして連れ出したと証言していた。【5月20日 時事】
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この問題の結果、米朝会談等での「人道問題の解決」が暗礁に乗り上げることになれば、日本人拉致問題の進展も難しくなります。
北朝鮮側の「拉致」主張は以前からのものですが、この時期に再びこの問題を持ち出したのは、交渉での「人道問題」の封じ込めが狙いではないかと思われます。
真相はともかく、「女性従業員集団脱北事件」は発生当時から、多くの脱北のなかでも“奇妙”というか“不思議な”事件との指摘がありました。もっと言えば、韓国国内の選挙対策として“作られた脱北”ではないかのとの疑惑も。
下記は、2016年の事件発生から数か月後の記事です。
****北朝鮮「12人の美女が韓国に亡命」報道への、ぬぐい切れない疑惑****
(中略)中国浙江省で北朝鮮が運営していた朝鮮レストラン「柳京」で、12人の女性従業員と支配人の男性1人が失踪した事件は、真相が見えぬまま4ヵ月が経過した。
この間、南北朝鮮では、「自らの意思のもと集団で脱北した」とする韓国政府と、「集団で誘因拉致された」と訴える北朝鮮とが激しい論争をくりひろげてきた。(中略)
事件が起きたのは今年4月5日。中国浙江省の朝鮮レストランで働いていた従業員20人のうち、女性従業員12人と支配人の男性(ホ・ガンイル氏)1人、計13人が忽然と姿を消した。
それから3日後の4月8日、韓国統一省は、13人が集団で店を脱出し、7日に韓国に入国したと発表。このときの統一省の説明によれば、女性従業員らは中国で生活するなかでテレビやインターネットに触れ、北朝鮮の虚構を知ったことで集団脱北を決意したという。
統一省の発表にもとづき、韓国や日本のメディアは「これほどの大規模な『脱北』は初めて」(4月9日付『朝日新聞』)などと報じた。
筆者も当時、朝鮮半島問題を主に取材している全国紙記者から「こんな大胆な脱北が可能になるなんて、北もずいぶんと変わったものだ」という話を聞いた。多くのメディア関係者が「集団脱北」と確信していたのだ。
ところが中国に残っていた従業員7人が北朝鮮本国に帰国すると、事態は思わぬ展開を見せる。4月12日、北朝鮮当局は「(支配人のホ・ガンイル氏を除く)女性従業員12人は誘因、拉致された」という談話を発表したのだ。
普通ならば、受け流してもいい「北朝鮮の常套句」である。ところが、韓国の「ハンギョレ新聞」が独自取材に着手したところ、意外な事実が分かった。
レストラン支配人のホ氏が共同経営者と金銭トラブルを抱えていた疑いがあったことを掘り起こした上で、韓国元高官の「無理に『集団脱北』を作り出そうとしたのではないか」というコメントを掲載したのである。(4月12日付『ハンギョレ』)
怪しい「常連客」
北朝鮮当局は5月3日、36年ぶりの党大会取材のために平壌入りしていた外国メディアを相手に、帰国した7人と失踪した12人の家族らによる共同記者をセッティングした。その模様は北朝鮮国内でも放送された。
事件当日の出来事を赤裸々に語ったのが従業員のリーダー格だったチェ・レヨンさんである。
チェさんの話によれば、当日、レストランの裏口に見知らぬバスが乗り付けたという。するとレストランの支配人ホ氏は女性従業員らに「新たなレストラン展開のための視察に行く」「特殊任務だ」と告げ、急いでバスに乗るよう促した。
実はこの時、現場には頻繁にレストランに出入りしていた「常連客」の男の姿もあった。チェさんや他の従業員もよく知っている顔だったそうだ。
その時、チェさんは、支配人ホ氏が「常連客」の男に対し「国情院チーム長」という呼称で呼び、頭をぺこぺこ下げている光景をはっきり目にしたという。
国情院とは、韓国の大統領直属の情報機関「国家情報院」のこと。その前身は中央情報部(KCIA)で、韓国の国家安全保障の中枢機能を担ってきた捜査機関である。
何が起きているのか飲み込めぬまま、チェさんはまだバスに乗っていなかった従業員らに「逃げろ」と指示。みずからもレストランから逃げ出した。バスはそのまま発車し、消え去ったという。(中略)
不可解なことばかり
チェさんの証言がどこまで信用に値するかは筆者には判断できない。記者会見をセットしたのも本人たちというより北朝鮮当局の情報戦と考えるのが自然だろう。しかし、その点をさしひいても、この事件には不可解な点がいくつも残る。
北朝鮮はこれまで、どんな形の「脱北」であれ、それを国内向けに発表することはなかった。国家の恥とも取られかねない事象であることに加え、事実を公表すれば次なる脱北者を生みかねないからだ。
それが今回は違った。帰国した7人や12人の家族らが表に出て、国内メディアにも海外メディアにも「集団拉致」を大々的に訴え、国をあげてキャンペーンを展開したのだ。
異例の対応をとっているのは北朝鮮だけではない。韓国が脱北の事実や、(公人を除く)脱北者の身元を公開することそのものがイレギュラーだ。
公開すれば北朝鮮に残された家族や親戚・縁戚の身の安全にかかわる可能性がある。裁判で脱北者が証言しなければならない場合でも、裁判を非公開にしたり、脱北者に仮名を使うことを許してきた。それが今回は13人の韓国入国の翌日に、実名と「脱北」事実を公にしている。
ミステリアスな部分は他にもある。脱北者が第三国(今回はマレーシア)を経由して韓国に入るまで、書類の準備など行政手続きに費やす時間は短くて数週間、長いと数カ月はかかるとされる。それが今回はわずか1日で完了し、韓国へと入国しているのだ。
北朝鮮を蛇蝎のごとく嫌っている韓国のある政治学者も、筆者の取材に「韓国側の準備が周到すぎる。いくら何でも1日そこらで行政手続きを済ますのは不可能だ」と指摘する。
これまでの「脱北」には、NGOなど民間団体がサポートするケースもあったが、今回の事件には関与したと思われる民間団体の存在が見えないし伝えられてもいない。
NGOの支援も韓国政府の関与もなしに、レストラン従業員13人がわずか1日で韓国へと渡ることができるだろうか――これが、この事件の謎である。
なぜ、12人は韓国メディアに登場しないのか
事件を側面支援したのはレストラン支配人のホ氏と見て間違いないだろう。金銭トラブルを抱えていたホ氏が何者かに買収された疑いが濃厚である。
見えないのは女性従業員12人の「意思」だ。12人が公の場に出て、自分たちの口で意思を表明する場が設けられれば、事件の輪郭は一定程度見えるはずだ。
韓国の「民主社会のための弁護士会」(民弁)は5月13日、国情院に対し12人との面会を要請したが、国情院は拒否。民弁はその後も12人の人身保護救済審査請求をするなど12人が公の場で語れるよう繰り返し政府に働きかけたが、国情院は応じなかった。
韓国政府によれば、12人は6月3日付で大韓民国の国籍が付与されたという。その上で、韓国政府は彼女たちの「亡命意思」を確認したというのだ。
そして8月16日、韓国の聯合ニュースは、支配人ホ氏を除く12人が当局の調査を終え、韓国の各地で新たな生活をはじめたという当局発表の記事を掲載した。
しかし、これも不自然だ。
脱北者は通常、韓国に入国すると最長180日間「保護センター」に収容され、国情院の尋問を受ける。スパイの可能性も含めて徹底的に取り調べられるのだ。そこで「シロ」の判定が下されれば、次は「ハナ院」と呼ばれる教育施設に入れられる。ここで資本主義社会への適応トレーニングを受け、数週間から数ヶ月ののち一般社会に出る――。
この流れは1997年に制定された「北韓離脱住民の保護及び定着支援に関する法律」に則った措置だ。
しかし今回、12人がハナ院に送られることはなかった。最後まで国情院の下に置かれ、「各地で新たな生活をはじめた」とは発表されても、どのメディアも現状、彼女たちと接触できていないのだ。
「みずからの意思」で脱北したのが事実であれば、韓国当局にとってメディアに接触させることは不都合ではないにもかかわらず、である。
12人が実社会で新生活をはじめたという韓国政府の発表に、北朝鮮はさっそく反応した。
8月21日、事件を受けて起ちあがった「強制拉致被害者救出非常対策委員会」のスポークスマンが「(彼女たちと)メディアとの接触を一切遮断しているのは、(韓国発表が)でっち上げた偽りだからだ」という談話を発表し、「わが女性公民たちを救出して連れてかえるまでたたかう」と対決姿勢を鮮明にしたのだ。
もはや、後戻りはできなくなった。
選挙に利用した?
韓国では4月13日に総選挙(定数300議席)が実施された。(中略)総選挙が行われたのは、韓国統一省が異例の超スピードで「集団脱北」を発表した4月8日の5日後のこと。
韓国では選挙前になると対北政策における「北風政策」が奏功している、とアピールすることがたびたびあった、と言われる。
今回の事件でも、「選挙前のアピールのために『集団脱北』を政府が企画した」と指摘する有識者やメディアは(少数派だが)ある。しかしこうした主張は「親北」「従北」勢力の言うことだと一蹴されているのが実状だ。
言うまでもないが、北朝鮮はミステリアスな国家である。しかし、この「集団脱北」に関しては、そのミステリアスさを「利用した」勢力が存在するのではないかと疑ってしまう。国家機密、といえばそれまでかもしれない。しかし、繰り返すがここまで情報が伏せられているのは、異例のことなのだ。
真相を厚いベールでふさいだままでは、今後、韓国は北朝鮮に対して言うべきことも言えなくなるのではないか。【2016年8月25日 新垣 洋氏 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49503】
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北に残った女性の話にも疑問はありますが、なぜ脱北した12人が表に出てこないのか・・・(そうすれば、“疑惑”は一気に解消します)、よくわからない点が多々あります。
事件から2年が経過し、今月11日、事件のカギを握るレストラン支配人ホ氏がテレビ番組で、女性らが集団亡命したのは韓国情報機関の作戦の一環でだまされてのことだった・・・・という暴露を。
****北朝鮮レストラン集団亡命、女性らは「だまされた」 店長が暴露****
北朝鮮が中国で経営するレストランから2年前、女性従業員12人が韓国へ集団亡命したのは、韓国情報機関の作戦の一環でだまされてのことだった──。女性らと共に韓国入りした同レストランの店長が、韓国テレビ局に対し衝撃の暴露を行った。(中略)
10日夜に放送されたテレビ番組で、従業員らが働いていた中国・寧波にある北朝鮮レストランの店主、ホ・ガンイル氏は、従業員らにうその最終目的地を伝え、自分について韓国へ行くよう脅したと告白した。
ホ氏がケーブルテレビ局JTBCに語ったところによると、同氏は2014年、韓国情報機関の国家情報院(NIS)に、中国国内で採用されたという。
2016年になって発覚を恐れた同氏は、NISの工作員に亡命手配を要請。同工作員は直前になって、従業員らも連れて行くよう指示したという。(中略)
韓国は亡命者に対して社会適応教育を行うのが常であり、女性らも4か月間の受講後に韓国社会での生活を開始したが、NISはその所在を隠しており、当事者による公の場での発言は今回放送されたテレビ番組が初めてとなった。
ホ氏は、見返りとして約束されていたNISでの職と勲章が得られなかったことから、今回の暴露に踏み切ったと話している。
これについて韓国統一省は、事実確認を要するという見方を示している。【5月11日 AFP】
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検察は国情院が強制的に集団脱北させたとする疑惑の捜査に乗り出していますが、統一部の趙明均(チョ・ミョンギュン)長官は17日、関連する部署などが状況を確認しているが、「これまでの立場と変わっていない」と述べた上で「女性従業員は自由意思で韓国に来て、現在は韓国の国民として生活している」と説明しています。
【板挟みで対応に苦慮する韓国政府 日本人拉致問題にも影響】
いくら朴政権時代の事件としても、この時期に韓国による拉致を認めるのは難しいものがあります。
仮に、“拉致”だったとしても、今現在は北への送還を希望していない者がいる場合、どう扱うのか?
いずれにしても、脱北女性従業員の送還を公式に要求する北朝鮮の強硬な姿勢で、融和の兆しを見せていた南北関係が脱北者問題で暗礁に乗り上げています。
****融和ムードが一転・・・・南北関係が脱北問題で暗礁****
(中略)しかし韓国政府は、脱北者の人権保護と北朝鮮からの要求の間で板挟み状態になっているという。
19日、脱北民団体が政府ソウル庁舎前で開いた脱北女性従業員の北朝鮮送還反対の記者会見で、北朝鮮人権団体総連合のパク・サンハク代表は「脱北従業員と北朝鮮に抑留されている韓国国民6人の交換の可能性を検討しているという話に3万人の脱北民は怒っている」とし、「脱北民全体は脱北女性従業員が金正恩の手に渡ることを座して見てはいない」と主張したという。
この報道を受け、韓国のネットユーザーからは7000件を超えるコメントが寄せられており、この問題への関心の高さがうかがえる。
コメント欄には「前から分かっていたことだろう。事前に準備していなかった方が悪い」「地獄から逃れてきた人たちを再び地獄に送り返してはならない」「北朝鮮に送り返したら、その人たちがどうなるか分かっているだろう」「北に送り返したら、3万人の脱北民だけじゃなくて韓国国民も黙っていない」「核問題だけじゃなくて、人権問題の解決も必要」など脱北民擁護の声が多く並んだ。
また「北朝鮮が無理なことを言い出した」「いつものパターンだ」など北朝鮮のやり方に「うんざり」といった意見も見られた。【5月21日 Record china】
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先述のように、この問題が大きくなって北の姿勢が硬くなればばるほど、日本人拉致問題の進展も難しくなります。