孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

北朝鮮 2年前の「女性従業員集団脱北事件」で、“拉致”された女性の送還を韓国に要求

2018-05-21 22:20:23 | 東アジア

(韓国入りする北朝鮮レストランの女性従業員。2016年4月に統一部が公開した【5月20日 聯合ニュース】)

すでに繰り広げられている厳しい交渉
交渉事はすんなりとは進まないのは世間の常識ですが、特に“取引”が得意なトランプ大統領と、アメリカ・中国、国際社会を相手に外交戦をくぐりぬけてきた北朝鮮の交渉となると、一筋縄でいかないようです。

“6月12日の米朝首脳会談を控え、北朝鮮は最大の争点である非核化プロセスをめぐり、トランプ米政権へのけん制を強めている。金正恩朝鮮労働党委員長は非核化への意思を強調する発言を繰り返してきたが、その真意はうかがい知れない。北朝鮮の「完全な非核化」を目指す交渉には不透明感が漂い始めている。”【5月19日 時事】

北朝鮮は16日に板門店で行うことで合意していた南北閣僚級会談を、定例の米韓共同訓練を理由に、会談当日になって無期延期とするよう韓国側に通知。

北朝鮮の李善権祖国平和統一委員会委員長は、「会談を中止させた重大な事態が解決されない限り、対話は容易に実現しない」としたうえで、会談の中止に遺憾の意を示した韓国政府に対し、「判断能力のない無知無能な集団」とののしり、「完全な核廃棄が実現するまで圧力を加えるべきだとするアメリカと結託している」と批判。

また、金桂寛(キム・ゲグァン)第1外務次官の16日談話では「米国の一方的な核放棄強要」に反発し、米朝首脳会談の中止も示唆。

交渉の主導権を握るための“揺さぶり”とも思われていますが、北朝鮮側の真意や揺さぶった結果がどうなるのかは・・・誰にもよくわかりません。すでに水面下で、厳しい交渉が繰り広げられています。

2年前に起きた「女性従業員集団脱北事件」の問題が表面化
北朝鮮は韓国に対しては、南北閣僚級会談無期延期に加え、23〜25日に行われる予定の核実験場廃棄の式典取材を希望する韓国記者団の名簿の受け取りを拒否するという強硬姿勢を見せています。

そうした“先行き不透明”な状況で、2年前に起きた「女性従業員集団脱北事件」について、北朝鮮側が、脱北ではなく韓国側による「集団拉致」だったとして、脱北従業員の北朝鮮への送還を求めています。

****北朝鮮、食堂従業員の送還要求=集団亡命は「拉致****
朝鮮中央通信によると、北朝鮮の朝鮮赤十字会中央委員会報道官は19日、2016年4月に中国の北朝鮮運営レストランの女性従業員が集団で韓国に亡命した事件について、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)が仕組んだ「拉致」だったことが韓国テレビ局の報道で暴露されたと主張した。その上で、文在寅政権に対し、関係者の厳重な処罰と女性従業員の送還を要求した。
 
また、先の南北首脳会談で署名された「板門店宣言」に南北離散家族など「人道問題の解決」が盛り込まれたことに関連し、「『集団拉致事件』をどのように処理するかが人道問題解決の展望に大きな影響を与える」と指摘。韓国政府の対応次第では、離散家族の再会行事実施に支障が出かねないと警告した。
 
韓国のJTBCテレビは最近、レストランの男性支配人のインタビューを放映。支配人は自分が国情院の協力者だったと告白し、国情院の指示で女性従業員をだまして連れ出したと証言していた。【5月20日 時事】
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この問題の結果、米朝会談等での「人道問題の解決」が暗礁に乗り上げることになれば、日本人拉致問題の進展も難しくなります。

北朝鮮側の「拉致」主張は以前からのものですが、この時期に再びこの問題を持ち出したのは、交渉での「人道問題」の封じ込めが狙いではないかと思われます。

真相はともかく、「女性従業員集団脱北事件」は発生当時から、多くの脱北のなかでも“奇妙”というか“不思議な”事件との指摘がありました。もっと言えば、韓国国内の選挙対策として“作られた脱北”ではないかのとの疑惑も。

下記は、2016年の事件発生から数か月後の記事です。

****北朝鮮「12人の美女が韓国に亡命」報道への、ぬぐい切れない疑惑****
(中略)中国浙江省で北朝鮮が運営していた朝鮮レストラン「柳京」で、12人の女性従業員と支配人の男性1人が失踪した事件は、真相が見えぬまま4ヵ月が経過した。

この間、南北朝鮮では、「自らの意思のもと集団で脱北した」とする韓国政府と、「集団で誘因拉致された」と訴える北朝鮮とが激しい論争をくりひろげてきた。(中略)

事件が起きたのは今年4月5日。中国浙江省の朝鮮レストランで働いていた従業員20人のうち、女性従業員12人と支配人の男性(ホ・ガンイル氏)1人、計13人が忽然と姿を消した。

それから3日後の4月8日、韓国統一省は、13人が集団で店を脱出し、7日に韓国に入国したと発表。このときの統一省の説明によれば、女性従業員らは中国で生活するなかでテレビやインターネットに触れ、北朝鮮の虚構を知ったことで集団脱北を決意したという。

統一省の発表にもとづき、韓国や日本のメディアは「これほどの大規模な『脱北』は初めて」(4月9日付『朝日新聞』)などと報じた。

筆者も当時、朝鮮半島問題を主に取材している全国紙記者から「こんな大胆な脱北が可能になるなんて、北もずいぶんと変わったものだ」という話を聞いた。多くのメディア関係者が「集団脱北」と確信していたのだ。

ところが中国に残っていた従業員7人が北朝鮮本国に帰国すると、事態は思わぬ展開を見せる。4月12日、北朝鮮当局は「(支配人のホ・ガンイル氏を除く)女性従業員12人は誘因、拉致された」という談話を発表したのだ。

普通ならば、受け流してもいい「北朝鮮の常套句」である。ところが、韓国の「ハンギョレ新聞」が独自取材に着手したところ、意外な事実が分かった。

レストラン支配人のホ氏が共同経営者と金銭トラブルを抱えていた疑いがあったことを掘り起こした上で、韓国元高官の「無理に『集団脱北』を作り出そうとしたのではないか」というコメントを掲載したのである。(4月12日付『ハンギョレ』)

怪しい「常連客」
北朝鮮当局は5月3日、36年ぶりの党大会取材のために平壌入りしていた外国メディアを相手に、帰国した7人と失踪した12人の家族らによる共同記者をセッティングした。その模様は北朝鮮国内でも放送された。

事件当日の出来事を赤裸々に語ったのが従業員のリーダー格だったチェ・レヨンさんである。

チェさんの話によれば、当日、レストランの裏口に見知らぬバスが乗り付けたという。するとレストランの支配人ホ氏は女性従業員らに「新たなレストラン展開のための視察に行く」「特殊任務だ」と告げ、急いでバスに乗るよう促した。

実はこの時、現場には頻繁にレストランに出入りしていた「常連客」の男の姿もあった。チェさんや他の従業員もよく知っている顔だったそうだ。

その時、チェさんは、支配人ホ氏が「常連客」の男に対し「国情院チーム長」という呼称で呼び、頭をぺこぺこ下げている光景をはっきり目にしたという。

国情院とは、韓国の大統領直属の情報機関「国家情報院」のこと。その前身は中央情報部(KCIA)で、韓国の国家安全保障の中枢機能を担ってきた捜査機関である。

何が起きているのか飲み込めぬまま、チェさんはまだバスに乗っていなかった従業員らに「逃げろ」と指示。みずからもレストランから逃げ出した。バスはそのまま発車し、消え去ったという。(中略)

不可解なことばかり
チェさんの証言がどこまで信用に値するかは筆者には判断できない。記者会見をセットしたのも本人たちというより北朝鮮当局の情報戦と考えるのが自然だろう。しかし、その点をさしひいても、この事件には不可解な点がいくつも残る。

北朝鮮はこれまで、どんな形の「脱北」であれ、それを国内向けに発表することはなかった。国家の恥とも取られかねない事象であることに加え、事実を公表すれば次なる脱北者を生みかねないからだ。

それが今回は違った。帰国した7人や12人の家族らが表に出て、国内メディアにも海外メディアにも「集団拉致」を大々的に訴え、国をあげてキャンペーンを展開したのだ。

異例の対応をとっているのは北朝鮮だけではない。韓国が脱北の事実や、(公人を除く)脱北者の身元を公開することそのものがイレギュラーだ。

公開すれば北朝鮮に残された家族や親戚・縁戚の身の安全にかかわる可能性がある。裁判で脱北者が証言しなければならない場合でも、裁判を非公開にしたり、脱北者に仮名を使うことを許してきた。それが今回は13人の韓国入国の翌日に、実名と「脱北」事実を公にしている。

ミステリアスな部分は他にもある。脱北者が第三国(今回はマレーシア)を経由して韓国に入るまで、書類の準備など行政手続きに費やす時間は短くて数週間、長いと数カ月はかかるとされる。それが今回はわずか1日で完了し、韓国へと入国しているのだ。

北朝鮮を蛇蝎のごとく嫌っている韓国のある政治学者も、筆者の取材に「韓国側の準備が周到すぎる。いくら何でも1日そこらで行政手続きを済ますのは不可能だ」と指摘する。

これまでの「脱北」には、NGOなど民間団体がサポートするケースもあったが、今回の事件には関与したと思われる民間団体の存在が見えないし伝えられてもいない。

NGOの支援も韓国政府の関与もなしに、レストラン従業員13人がわずか1日で韓国へと渡ることができるだろうか――これが、この事件の謎である。

なぜ、12人は韓国メディアに登場しないのか
事件を側面支援したのはレストラン支配人のホ氏と見て間違いないだろう。金銭トラブルを抱えていたホ氏が何者かに買収された疑いが濃厚である。

見えないのは女性従業員12人の「意思」だ。12人が公の場に出て、自分たちの口で意思を表明する場が設けられれば、事件の輪郭は一定程度見えるはずだ。

韓国の「民主社会のための弁護士会」(民弁)は5月13日、国情院に対し12人との面会を要請したが、国情院は拒否。民弁はその後も12人の人身保護救済審査請求をするなど12人が公の場で語れるよう繰り返し政府に働きかけたが、国情院は応じなかった。

韓国政府によれば、12人は6月3日付で大韓民国の国籍が付与されたという。その上で、韓国政府は彼女たちの「亡命意思」を確認したというのだ。

そして8月16日、韓国の聯合ニュースは、支配人ホ氏を除く12人が当局の調査を終え、韓国の各地で新たな生活をはじめたという当局発表の記事を掲載した。

しかし、これも不自然だ。
脱北者は通常、韓国に入国すると最長180日間「保護センター」に収容され、国情院の尋問を受ける。スパイの可能性も含めて徹底的に取り調べられるのだ。そこで「シロ」の判定が下されれば、次は「ハナ院」と呼ばれる教育施設に入れられる。ここで資本主義社会への適応トレーニングを受け、数週間から数ヶ月ののち一般社会に出る――。

この流れは1997年に制定された「北韓離脱住民の保護及び定着支援に関する法律」に則った措置だ。
しかし今回、12人がハナ院に送られることはなかった。最後まで国情院の下に置かれ、「各地で新たな生活をはじめた」とは発表されても、どのメディアも現状、彼女たちと接触できていないのだ。

「みずからの意思」で脱北したのが事実であれば、韓国当局にとってメディアに接触させることは不都合ではないにもかかわらず、である。

12人が実社会で新生活をはじめたという韓国政府の発表に、北朝鮮はさっそく反応した。

8月21日、事件を受けて起ちあがった「強制拉致被害者救出非常対策委員会」のスポークスマンが「(彼女たちと)メディアとの接触を一切遮断しているのは、(韓国発表が)でっち上げた偽りだからだ」という談話を発表し、「わが女性公民たちを救出して連れてかえるまでたたかう」と対決姿勢を鮮明にしたのだ。

もはや、後戻りはできなくなった。

選挙に利用した?
韓国では4月13日に総選挙(定数300議席)が実施された。(中略)総選挙が行われたのは、韓国統一省が異例の超スピードで「集団脱北」を発表した4月8日の5日後のこと。

韓国では選挙前になると対北政策における「北風政策」が奏功している、とアピールすることがたびたびあった、と言われる。

今回の事件でも、「選挙前のアピールのために『集団脱北』を政府が企画した」と指摘する有識者やメディアは(少数派だが)ある。しかしこうした主張は「親北」「従北」勢力の言うことだと一蹴されているのが実状だ。

言うまでもないが、北朝鮮はミステリアスな国家である。しかし、この「集団脱北」に関しては、そのミステリアスさを「利用した」勢力が存在するのではないかと疑ってしまう。国家機密、といえばそれまでかもしれない。しかし、繰り返すがここまで情報が伏せられているのは、異例のことなのだ。

真相を厚いベールでふさいだままでは、今後、韓国は北朝鮮に対して言うべきことも言えなくなるのではないか。【2016年8月25日 新垣 洋氏 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49503】
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北に残った女性の話にも疑問はありますが、なぜ脱北した12人が表に出てこないのか・・・(そうすれば、“疑惑”は一気に解消します)、よくわからない点が多々あります。

事件から2年が経過し、今月11日、事件のカギを握るレストラン支配人ホ氏がテレビ番組で、女性らが集団亡命したのは韓国情報機関の作戦の一環でだまされてのことだった・・・・という暴露を。

****北朝鮮レストラン集団亡命、女性らは「だまされた」 店長が暴露****
北朝鮮が中国で経営するレストランから2年前、女性従業員12人が韓国へ集団亡命したのは、韓国情報機関の作戦の一環でだまされてのことだった──。女性らと共に韓国入りした同レストランの店長が、韓国テレビ局に対し衝撃の暴露を行った。(中略)
 
10日夜に放送されたテレビ番組で、従業員らが働いていた中国・寧波にある北朝鮮レストランの店主、ホ・ガンイル氏は、従業員らにうその最終目的地を伝え、自分について韓国へ行くよう脅したと告白した。
 
ホ氏がケーブルテレビ局JTBCに語ったところによると、同氏は2014年、韓国情報機関の国家情報院(NIS)に、中国国内で採用されたという。
 
2016年になって発覚を恐れた同氏は、NISの工作員に亡命手配を要請。同工作員は直前になって、従業員らも連れて行くよう指示したという。(中略)

韓国は亡命者に対して社会適応教育を行うのが常であり、女性らも4か月間の受講後に韓国社会での生活を開始したが、NISはその所在を隠しており、当事者による公の場での発言は今回放送されたテレビ番組が初めてとなった。
 
ホ氏は、見返りとして約束されていたNISでの職と勲章が得られなかったことから、今回の暴露に踏み切ったと話している。
 
これについて韓国統一省は、事実確認を要するという見方を示している。【5月11日 AFP】
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検察は国情院が強制的に集団脱北させたとする疑惑の捜査に乗り出していますが、統一部の趙明均(チョ・ミョンギュン)長官は17日、関連する部署などが状況を確認しているが、「これまでの立場と変わっていない」と述べた上で「女性従業員は自由意思で韓国に来て、現在は韓国の国民として生活している」と説明しています。

板挟みで対応に苦慮する韓国政府 日本人拉致問題にも影響
いくら朴政権時代の事件としても、この時期に韓国による拉致を認めるのは難しいものがあります。
仮に、“拉致”だったとしても、今現在は北への送還を希望していない者がいる場合、どう扱うのか?

いずれにしても、脱北女性従業員の送還を公式に要求する北朝鮮の強硬な姿勢で、融和の兆しを見せていた南北関係が脱北者問題で暗礁に乗り上げています。

****融和ムードが一転・・・・南北関係が脱北問題で暗礁****
(中略)しかし韓国政府は、脱北者の人権保護と北朝鮮からの要求の間で板挟み状態になっているという。

19日、脱北民団体が政府ソウル庁舎前で開いた脱北女性従業員の北朝鮮送還反対の記者会見で、北朝鮮人権団体総連合のパク・サンハク代表は「脱北従業員と北朝鮮に抑留されている韓国国民6人の交換の可能性を検討しているという話に3万人の脱北民は怒っている」とし、「脱北民全体は脱北女性従業員が金正恩の手に渡ることを座して見てはいない」と主張したという。

この報道を受け、韓国のネットユーザーからは7000件を超えるコメントが寄せられており、この問題への関心の高さがうかがえる。

コメント欄には「前から分かっていたことだろう。事前に準備していなかった方が悪い」「地獄から逃れてきた人たちを再び地獄に送り返してはならない」「北朝鮮に送り返したら、その人たちがどうなるか分かっているだろう」「北に送り返したら、3万人の脱北民だけじゃなくて韓国国民も黙っていない」「核問題だけじゃなくて、人権問題の解決も必要」など脱北民擁護の声が多く並んだ。

また「北朝鮮が無理なことを言い出した」「いつものパターンだ」など北朝鮮のやり方に「うんざり」といった意見も見られた。【5月21日 Record china】
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先述のように、この問題が大きくなって北の姿勢が硬くなればばるほど、日本人拉致問題の進展も難しくなります。
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中国  米との太平洋「東西分割」に向けて 台湾・南シナ海・南太平洋で強まる圧力・影響力

2018-05-20 22:59:43 | 中国

(南太平洋・バヌアツのルーガンビル 中国の援助でできた埠頭。クルーズ船の旅客ターミナルの入り口(手前)には「ウェルカム」とあるが、今年は月1隻ほどの寄港にとどまる【5月19日 朝日】)

台湾への軍事的圧力 南シナ海での軍事拠点化
トランプ米大統領は中国との貿易摩擦がピークに達した3月半ば、アメリカと台湾の閣僚や政府高官の相互訪問の活発化を目指す「台湾旅行法」案に署名し、中国はこれに強く反発。

さらに、台湾で最も人気がある若手政治家とも評される頼清徳(ウィリアム・ライ)行政院長(首相)が議会で台湾の独立に言及していることもあって、実弾演習、空母「遼寧」を中心とする「空母編隊」を台湾側の防衛体制の手薄な南東部へ派遣しての演習などで、中国が台湾に対する軍事的圧力を強めていることは、4月28日ブログ“台湾 軍事的圧力を強める中国”でも取り上げたところです。

****威圧的な軍事演習で台湾を脅かす中国──もうアメリカしかかなわない****
中国が4月に南シナ海と台湾海峡で行った実弾演習は台湾に対する警告であり、必要ならば武力で台湾を併合するという意思表示だと、中国当局者が語った。

中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は「一つの中国」原則を認めない台湾への締め付けを強めており、南シナ海で史上最大規模の観艦式を実施するなど、このところ盛んに軍事力を誇示している。

中国の国務院台湾事務弁公室の安峰山(アン・フォンシャン)報道官は5月16日の記者会見で、一連の軍事演習は「二つの中国」に固執する台湾当局に対するメッセージだと語った。(後略)【5月17日 Newsweek】
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“もうアメリカしかかなわない”とのことですが、そのアメリカ・トランプ政権にどれだけの中国に対峙する意思と能力があるのか・・・と言う話は、また後ほど。

一方、南シナ海での中国の軍事拠点化は着々と進んでいるようです。
中国は3つの島に対艦巡航ミサイルと地対空ミサイルシステムを配備したもようだと、米CNBCが2日、米情報機関の関係筋の話として報じています。

****中国、南シナ海にミサイル配備か 外務省は確認避ける****
中国政府は3日、ベトナムやフィリピンなどとの係争が続く南シナ海について、中国は同海に「国防」設備を建設する権利を有すると改めて主張する一方、中国が同海の人工島に新たにミサイルを配備したとの報道については確認を避けた。
 
米経済専門局CNBCは2日、米情報機関に近い筋の話として、中国軍が対艦巡航ミサイルと地対空ミサイルを南沙諸島(スプラトリー諸島)にある複数の軍事基地に配備したと報じていた。同局は、配備が行われたのは過去30日間のことだとしている。
 
報道内容が事実なら、戦略的要衝である同海の周辺諸国との間で緊張が再燃する恐れがある。
 
中国外務省の華春瑩報道官は3日の定例記者会見で、ミサイルの配備について事実関係を明言しなかった。
同報道官は「必要な国防設備の配置を含め、中国による南沙諸島での平和的な建設活動は、中国の主権と安全保障の保護を目的としている」とし、「(主権を)侵害する意図がない者に心配する理由はない」と述べた。
【5月4日 AFP】
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ミサイル配備に続いては、爆撃機も。

****<南シナ海>中国空軍が初めて爆撃機を着陸****
米シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は18日、中国空軍が南シナ海の西沙(英語名・パラセル)諸島のウッディー島に、初めて爆撃機を着陸させたと発表した。中国のソーシャルメディアなどが伝えたもので、H6K爆撃機が離着陸訓練を繰り返しているという。

H6K爆撃機の航続距離は約1800キロで、ウッディー島から南シナ海全域をカバーできる。中国は、ミスチーフ礁など南沙(英語名・スプラトリー)諸島の三つの人工島にも戦闘機や爆撃機の収容施設の建設を続けるなど、南シナ海の実効支配や軍事拠点化を進めている。【5月19日 毎日】
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中国としては、自国の領域に自衛のための国防配備をして何が悪い・・・というところでしょう。

米海軍提督「南シナ海での米軍側の劣勢は否めない状態」】
こうした状況に、アメリカ側にも、南シナ海における中国の軍事的優位を認める声が出ているようです。

****米海軍提督の危惧「海洋戦力は次第に中国が優勢に**** 
中国の“科学者”の団体が、「南シナ海での科学的調査研究活動をよりスムーズに行うために、これまで『九段線』によって曖昧に示されていた南シナ海における中国の領域を、実線によってより明確に表示するべきである」という提言を行い始めた。(中略)

いずれにしても、中国が南シナ海の8割以上の広大なエリアでの軍事的優勢を手にしつつあることへの自信の表明ということができるだろう。

海軍力を誇示し合う中国と米国
3月末には、中国海軍が南シナ海に航空母艦を含む43隻もの艦艇を繰り出して、「南シナ海での軍事的優勢は中国側にある」との示威パレードを行った。
 
これに対抗して、トランプ政権はセオドア・ルーズベルト空母艦隊を南シナ海に派遣し、中国大艦隊の示威パレードに対抗する措置をとった。
 
これまでトランプ政権はFONOP(公海航行自由原則維持のための作戦)を断続的に続けることにより、フィリピンや日本などの同盟国に対して「アメリカは南シナ海情勢から手を退いたわけではない」というアリバイ表明を続けるに留まっていた。

だが、FONOPは通常1隻の駆逐艦が中国が自国領と主張している南沙諸島や西沙諸島の島嶼沿岸12海里内海域を通航するだけであるため、軍事的な示威活動とはなっていなかった。
 
それに反して数十機の戦闘攻撃機を搭載した原子力空母を中心とする空母打撃群を南シナ海に展開させることは、「アメリカ海軍は南シナ海から引き下がったわけではない」という軍事的姿勢を示す行動と見なせる。

威力が衰えつつある米海軍の空母戦力
しかしながら米海軍関係者からは、「米海軍空母部隊が深刻な脅威になっているのか?」という疑問が浮上している。
 
かつては米海軍空母打撃群が出動してきたならば、中国海洋戦力は「なりを潜め」ざるを得なかった。だが、その状況は大きく変化した。

とりわけ、中国本土から突き出た海洋戦力前進拠点としての海南島からさらに1000キロメートル以上も隔たった南沙諸島に7つもの人工島を建設して、それらを軍事拠点化してしまったという状況の南シナ海では、「米空母神話」は崩れつつある。
 
南シナ海とりわけ南沙諸島の軍事情勢は急変してしまった。まもなく中国軍は、人工島のうちの3つに建設された航空基地に、米空母打撃群数個部隊に匹敵する航空戦力を配備することが可能になる。

そして人工島には強力な地対艦ミサイルや地対空ミサイルが設置されて、南沙諸島周辺海域に近寄ろうとする米海軍艦艇や航空機を威圧する。

また、中国本土から発射して米空母を撃沈する対艦弾道ミサイルの開発改良も順調と言われている。それらの攻撃力に先行して、すでに人工島には多数の各種レーダー装置が設置されつつあり、中国側の南沙諸島周辺海域の監視態勢は万全になりつつある。(中略)

次期アメリカ太平洋軍司令官の危惧
このような南シナ海における「中国海洋戦力による優勢」に関して、南シナ海や東シナ海を含むアジア太平洋戦域を統括する次期アメリカ太平洋軍司令官(現在はハリー・ハリス海軍大将)に指名されているフィリップ・デービッドソン海軍大将は、「これまでのような状況が続けば、南シナ海での米軍側の劣勢は否めない状態である」と連邦議会の司令官指命審査質疑に対して回答している。
 
デービッドソン提督は議会に対して、「アメリカ太平洋軍は現状のままではアジア太平洋戦域での責任を果たすことはできない」

「同戦域での責任を果たすためには、潜水艦戦力、スタンドオフ・ミサイル戦力(敵ミサイルの射程圏外から敵を攻撃する空対空ミサイル、空対艦ミサイル、艦対艦ミサイル、地対艦ミサイルなど)、中距離巡航ミサイル戦力、海上輸送戦力、航空輸送戦力、巡航ミサイル防衛能力、空中給油能力、通信能力、航法制御能力、ISR(情報・監視・偵察)能力、指揮統制能力、サイバー戦能力などを著しく強化し、ロジスティックス分野の非効率を解消する必要がある」といった趣旨の証言をしている。
 
要するに、現代の海洋戦に必要なほとんどすべての分野で、中国海洋戦力が優勢を手にしつつあることを次期アメリカ太平洋軍司令官は危惧しているのだ。(後略)【4月26日 北村 淳氏JB Press】
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中国は嫌いだ云々、日本の属国化云々の話ではなく、南シナ海の軍事的優越者がアメリカから中国へと移行しつつある現実、そして、この流れは今後ますます強まるであろうことは、念頭に置いて日本の立ち位置を議論する必要があるでしょう。

昨今の日中関係改善の動きは、中国側にも日本を必要としている事情があってのことでしょう。そのたりを含めての議論が必要でしょう。

南太平洋地域での中国の影響力拡大 豪・NZは警戒、対応策
南シナ海からさらに遠く、南太平洋に目をやると、ここでも中国の存在感が強まる流れが顕著です。

****中国、南太平洋で援助攻勢 バヌアツの埠頭や庁舎、続々整備****
国際会議場に港湾、スポーツ施設。小さな島国が多い太平洋地域で近年、中国の援助が目立っている。

日米豪が関与してきた太平洋の秩序を変える狙いではないか。そんな見方が広がるなか、日本は18、19の両日、14カ国の首脳を招いて「太平洋・島サミット」を福島県で開く。(中略)
 
バヌアツ最大の島、エスピリットサント島の拠点ルーガンビル。第2次大戦中に米軍が前線基地を設けた天然の良港に全長360メートルの埠頭(ふとう)がある。人口27万人余りの小国では屈指の大型施設は、中国が約90億バツ(約91億円)を融資して昨年8月に完成した。(中略)

同国では、ほかにも中国のインフラ援助が相次ぐ。
首都ポートビラでは2016年、国際会議場が完成。昨年は首相府庁舎や、12月に主催した太平洋諸国のスポーツ大会のメイン会場の複合施設もできた。中国は大会前の半年間、バヌアツ選手190人を自国に招いてトレーニングの機会も提供した。

「中国は『欲しいものを言って』と提案する。単刀直入だ」。現地紙記者が解説する。

■「海軍基地候補」報道に波紋
中国が援助攻勢をかけるなか、今年4月、この埠頭が注目を集めた。豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドが豪州の安全保障当局筋の話として、中国がバヌアツに海軍基地を設けるためにバヌアツ側と協議を始め、この埠頭が候補地だと報じた。
 
両政府は否定したが、波紋は広がる。
 
赤道以南の太平洋地域で、米軍が駐留する国は同盟国の豪州だけだが、ルーガンビルは豪東岸から2千キロ。東京・石垣島間ほどの距離しか離れていない。

豪州国立大のロリー・メドカーフ教授は「現時点で基地の計画はなくても、中国のルーガンビルへの投資は純粋に商業上の文脈では理解しにくい。中国は(太平洋に)『島国を結ぶ鎖』を築き、米国を無力化する戦略的な野望を持つと考える。小さいがその始まりかもしれない」とみる。
 
こんな見方が出るのは他国の例からだ。中国の融資でできたスリランカの港は利用が伸びず、債務免除と引き換える形で昨年、中国企業が99年の運営権を得た。軍港としても利用可能との臆測がくすぶる。
 
ヌウェレ氏によると、ルーガンビルへのクルーズ船の寄港は今年、年15隻にとどまる。20年には年100~150隻程度と見込むが、期待通りに埠頭の収益が上がらないと、債務返済は厳しくなる。
 
中国が援助で存在感を高める構図は太平洋の島国で共通する。豪ローウィ研究所によると、中国は06~16年に国交のある8カ国に計17億2900万ドルを援助。豪州には及ばないが、主な援助国の日本やニュージーランドを上回る。(中略)

■太平洋の島国での中国のインフラ支援の例(援助額)
 <パプアニューギニア> 州立病院(1億6264万ドル) 大学キャンパス(2535万ドル)
 <バヌアツ> 陸上競技場などスポーツ複合施設(960万ドル) 国際会議場(1461万ドル) 首相府(960万ドル)
 <フィジー> 公立病院(597万ドル)
 <サモア> 国際空港改修(1995万ドル) 国立医療センター・保健省(5996万ドル)
 <トンガ> 政府合同庁舎(1100万ドル) ※豪ローウィ研究所調べ 【5月17日 朝日】
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南太平洋地域にこれまで大きな影響力を行使してきたオーストラリアやニュージーランドは、中国進出への警戒を強めています。

****中国の影響増で太平洋に「戦略的懸念」 NZ外相が暗に指摘****
ニュージーランドのウィンストン・ピータース外相は1日、豪シンクタンクに向けた演説で太平洋地域における「戦略的懸念」に触れ、太平洋島しょ国の間で中国の影響力が高まっていると暗に指摘した。
 
ピータース外相はオーストラリアの外交シンクタンク、ローウィー研究所への演説で、ニュージーランド最大の貿易相手国である中国への直接の言及は避けながらも、ニュージーランドが太平洋地域で協力を模索しているとする「パートナー国」の中に、当て付けのように中国を加えなかった。(中略)

さらにピータース外相は「太平洋全体もまた、争いが激しくなる戦略的範囲となった。もはや大国の野心に放っておいてはもらえない」と述べ、そのような状況が太平洋地域での戦略的懸念を生み出していると指摘した。
 
一方でピータース外相の演説に先立ち、中国の習近平国家主席は南太平洋の島国トンガのツポウ6世国王と北京で会談。国営新華社通信によると、習主席は「トンガへの経済的・技術的な支援提供を続ける」と約束した。【3月2日 AFP】
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NZ・ピータース外相は、同国・オーストラリア両政府は影響力維持のために一層の努力が必要だと強調していましたが、その具体策も。

****豪州とNZ、中国の攻勢に対抗 太平洋の島国へ援助拡大****
豪州とニュージーランド(NZ)両政府が、17日までに発表した7月からの新年度予算案で、太平洋の島国への援助を大幅に増やした。太平洋地域で高まっている中国の援助攻勢に対抗する側面がある。
 
豪政府は8日、太平洋諸国への援助に前年度比17%増で史上最高額の12億8360万豪ドル(約1070億円)を予算案に計上した。

目玉事業の一つは、ソロモン諸島と豪州を結ぶ高速通信網の整備。この通信網をめぐっては昨年、ソロモン政府が、中国の華為技術(ファーウェイ)の子会社が建設すると発表。豪政府が機密情報が中国側に漏れるのではないかと懸念を示し、計画変更を働きかけていた。
 
NZ政府は17日、太平洋諸国向けが6割を占める開発援助に、これまでの水準より3割増の、4年間で約7億1400万NZドル(約545億円)をあてる予算案を発表した。太平洋地域への関与を改めて強める「パシフィック・リセット」と呼ぶ外交戦略の一環だ。
 
豪ローウィ研究所によると、中国は2006~16年、国交のある8カ国に計17億2900万ドル(約1920億円)を援助した。
 
中国のインフラ支援には、豪州のフィエラバンティウェルズ国際開発・太平洋担当相が1月、「白い象のような無用な建物であふれている」と懸念を表明している。NZのピーターズ外相も今月8日、「我が国が(太平洋地域から)いなくなれば、他の(国の)影響力が取って代わる」と語った。
 
両国は、日本政府が18日から太平洋諸国の首脳を招いて開いている「太平洋・島サミット」に担当相を送り、参加している。【5月19日 朝日】
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「太平洋・島サミット」の首脳会合で、安倍首相は基調演説を行い、法の支配に基づいて南太平洋の秩序を守るための支援を進める考えを示していますが・・・・。

11年前の「太平洋東西分割」の現実化も
“もうアメリカしかかなわない”というアメリカですが、“米中貿易戦争”の方は、ワシントンで17、18日に開いた閣僚級貿易協議の共同声明を19日に発表。

声明が協議日程終了から1日遅れての発表となったことからも、問題が多いことがうかがわれます。
“中国が農産物や資源など米国産品の輸入を増やし、対米貿易黒字を「大幅に減少させる」ことで一致したが、数値目標など具体策は盛りこまれなかった。知的財産権保護などもあいまいな表現にとどまっており、米中間でなお隔たりがあることを示した。両国は今後も協議を継続する。”【5月20日 毎日】

ただ、これ以上“戦争”を拡大させない方向での合意は得られ、“5月上旬の初会合が平行線だったのに比べれば、米中の「貿易戦争」に発展する懸念は後退したものの、双方の対立が根深い問題については対応を軒並み先送りした形で、依然として火種が残っている。”【同上】

今後は経済問題だけでなく、北朝鮮の扱いという安全保障も含めた形で、米中間の関係調整が図られるのでしょう。
東アジア・南太平洋を含めてアメリカ国外の情勢に関心がないトランプ大統との間で、ウィンウィンの新たな大国関係へ・・・ということにも。

米太平洋軍のキーティング司令官(当時)が中国を訪問した際、会談した中国海軍幹部から、ハワイを基点として米中が太平洋の東西を「分割管理」する構想を提案されたのは2007年のことで、もう11年も前の話です。

「太平洋東西分割」は、「中国の夢」を掲げ、「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」とも語る習近平国家主席の思いでもあるでしょう。

11年が経過して、現実はその「太平洋東西分割」の方向へ進んでいるようにも思えます。
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コンゴでエボラ出血熱拡大 ナイジェリアのラッサ熱、南アのリステリア感染 日本の麻疹流行

2018-05-19 22:53:27 | 疾病・保健衛生

(コンゴ民主共和国でエボラ出血熱への対応にあたる人々 【5月9日 CNN】)

エボラ出血熱 コンゴで都市部に感染拡大
エボラ出血熱というと、2014年3月に西アフリカ・ギニアで集団発生し(最初の感染者は2013年12月)、その後リベリア、シエラレオネに拡大、WHOの完全終結宣言が出された2016年3月まで2年間にわたり、死者1万1300人以上を出す事態となった最悪の流行がまだ記憶に新しいところです。

致死率の高さ(50~90%とも)、犠牲者の多さ以外にも、感染地域が強制隔離され、なかに人々が取り残されるといった、パンデミック映画さながらの惨劇が印象に残っています。

エボラ出血熱はアフリカ大陸で10回ほど突発的に発生・流行しており、最近もコンゴ民主共和国における発症が話題になっています。

かつては、有効なワクチンや治療薬がなく恐れられたエボラ出血熱ですが、現在はまだ実験段階ながらも有効と思われるワクチンが存在し、WHOは感染地域でのワクチン投与を集中的に行っています。

****エボラ流行のコンゴ、WHOがワクチンや対応チームを送る****
世界保健機関(WHO)は15日までに、エボラ出血熱の流行が宣言されたコンゴ民主共和国(旧ザイール)に対し、流行の抑制に向けて4000回分のワクチンと緊急対応チームを送った。同国では39人の感染が疑われており、そのうち19人が死亡している。

WHOは、エボラが流行している地域での予防接種実施に向けて、同国の保健省や国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」と連携している。

感染者と接触した人や、その接触者と接触した人に予防接種が行われる予定。
WHOの広報担当によれば、4000回分のワクチンがすでに発送されたほか、ワクチンの第2便も送られる見通し。

今回のエボラの流行は、同国北西部のビコロ地区で起きている。4月5日以降、39件の感染が報告された。

WHO幹部によれば、エボラが流行しているのは隣国のコンゴ共和国や中央アフリカと非常に近い地域。また、百万都市であるムバンダカにも近いことから状況を深刻に受け止めているという。

WHOによれば、「rVSV−ZEBOV」と呼ばれるワクチンは実験段階のものだが、人体に安全でエボラウイルスに対する高い効果がみられるという。2016年の研究では、14年から15年にかけてエボラが流行したギニアでの治験で100%の効果がみられたという。【5月15日 CNN】
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しかし、上記記事でも危惧されていた都市部への感染拡大が起きているようで、今後の封じ込めが難しくなっています。

****エボラ熱、都市部に拡大 「流行が新たな段階に」 コンゴ****
アフリカ中部コンゴ民主共和国(旧ザイール)で流行宣言が出されたエボラ出血熱に関連して、世界保健機関(WHO)は17日、都市部で新たな感染者が確認されたことを明らかにした。

同国衛生省は、都市部に感染が拡大したことを受けて16日、流行が新たな段階に入ったとの認識を示した。

WHOによると、エボラ熱の新たな症例は、同国北西部、赤道州の州都ムバンダカ(人口約120万人)で確認された。地方から都市部へと感染が拡大したことで、感染拡大のペースが速まり、対応が難しくなる恐れもある。

衛生省の17日の発表によると、今回の流行ではこれまでに45人の症例が報告され、うち25人が死亡した。14人については検査で感染が確認された。

これまでの感染や死亡の報告は、ムバンダカから150キロほど離れたビコロ地区に限られており、当局が患者と接触した疑いのある全員にワクチンを接種する対策を試みることができていた。しかし人口密集地で患者が確認されたことで、そうした対策は難しくなる。

WHOは調査のために専門家約30人を同市に派遣するとともに、同国衛生省や医療支援団体の国境なき医師団と協力して、治療や啓発などの対応に当たる。

ムバンダカとビコロでは、感染者と接触した可能性のある514人が、当局による経過観察の対象となっている。病院には隔離区画が設置され、エボラ治療施設も増設されている。

ムバンダカで感染の疑いのある患者2人が隔離されたのは14日。流行発生地域が隣国コンゴや中央アフリカ共和国に近いことも懸念されている。【5月18日 CNN】
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ただ、感染が起きているコンゴは、反政府武装組織が跋扈していることでたびたび取り上げているように、政府の統治が全土に及んでいるとはとても言えない国だけに(隣接する中央アフリカも同様です)、今後の展開が心配されます。

コンゴ民主共和国内でエボラ出血熱が確認されたのは今回で9回目で、今回ビコロで見つかったエボラウイルスは西アフリカで流行し1万1300人を超える死者を出した「ザイール型」だとのことです。【5月13日 AFPより】

WHOは「最悪の事態を含めてあらゆる可能性に備えている」としながらも、現時点では国際的な対応が必要とされる「公衆衛生上の緊急事態」には当たらないとしています。

ナイジェリアのラッサ熱 南アフリカではリステリア菌感染
エボラ出血熱ほど関心を集めることはありませんが、アフリカでは様々な感染症で多くの犠牲者が出ています。

****ラッサ熱による死者142人に ナイジェリア****
ナイジェリアで、今年に入ってからのラッサ熱による死者数が142人に上った。ナイジェリア疾病対策センターが5日、発表した。死者数はここ1か月では32人増加した。
 
NCDCは「2018年の(ラッサ熱の)流行が始まってから、142人が死亡した」と発表。感染はナイジェリア36州のうち20州で報告されているという。またNCDCは、「8州では流行のピークは脱したが、12州では依然、流行が続いている 」とし、最も被害が大きいのは南部のエド州、オンド州、エボニー州だと述べている。
 
世界保健機関は先月、ラッサ熱の感染が過去最高を記録したと述べ、感染拡大の抑制と感染者の治療を支援していくと言明していた。
 
ラッサ熱は、感染すると発熱や嘔吐、最悪の場合には出血を伴う、エボラ出血熱やマールブルグ病と同じウイルス性出血熱。【4月5日 AFP】
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厚労省【FORTH】によれば、“ラッサ熱は、西アフリカの風土病で、毎年、季節に伴う流行が12月から6月に発生します。2018年4月20日にWHOから公表された情報によりますと、ナイジェリアでの流行はかつてない規模となり、疑い患者の数は1,800人を超えました。”【4月23日 FORTH】とのこと。

その後どうなっているのかは・・・知りません。アフリカの風土病で何百人死のうが、何千人感染しようが、世界はあまり関心がないようです。

ラッサ熱はマストミスというネズミの一種が自然宿主だとか。

南アフリカでは、リステリア菌の感染が史上最悪規模になっているとか。

****南アフリカのリステリア感染、死者200人以上に 史上最悪の被害****
南アフリカで、食品を媒介して広がるリステリア菌の感染による死者数が200人以上に上っていることが、17日に発表された最新の公式統計で明らかになった。今回の被害は史上最悪の規模だという。

同国の国立感染症研究所の報告によると、2017年1月からこれまでに確認されている、リステリア菌感染による死者数は少なくとも204人。2か月前に報告された死者数は183人だった。

各週の症例数は減少しているものの、これまでに計1033人がリステリア症にかかったという。リステリア菌は土壌や河川、植物、動物のふんなどに分布する細菌で、肉などの生鮮食品を汚染する。

保健当局は3月、感染源が首都プレトリアの北東300キロにある食品加工メーカー「エンタープライズフード」であると突き止め、汚染された製品の全国的な回収を即座に命じたと発表した。

南アフリカ政府は17日、「感染源を特定し、関連のある製品を回収して以来、リステリアの症例数は大幅に減少した」と発表していた。

国連によれば、今回の南アフリカでのリステリア症の流行は、世界的にも史上最悪の規模だと考えられるという。【5月18日 AFP】
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リステリア感染症の推定患者数は年間200人(平成23年)、食品由来によるリステリア症は、年間住民100万人あたり0.1~10人とまれ【厚労省 FORTH】ということで、今回の死者200人超という発生は異常事態ですが、感染源がはっきりしているので、対応は可能でしょう。

毎年多大な死者を出し続けるマラリア
熱帯地域の感染症の代表はマラリア。

“世界保健機関(WHO)によると2015年の新症例は2億1200万件以上、死亡者は42万9千人に上り、その9割以上がアフリカで発生している。”【2017年8月18日 産経WEST】と桁違いです。

これだけの規模の疾病への有効・実用的なワクチンが未だ開発できていないというのは、先進国製薬会社としては、購買能力のないアフリカなどの疾病の薬を開発しても儲けにならない・・・という市場原理でしょう。
個人的には、日本で盛んにおこなわれているガン研究より緊急性が高いと思いますが。

まあ、何もやっていない訳でもないようです。

****マラリア制圧に大きな一歩 渡航者向けワクチン来年にも治験開始、72%の予防効果、阪大など世界初の実用化へ****
大阪大微生物病研究所と製薬ベンチャー「ノーベルファーマ」が、世界初となるマラリア流行地域への渡航者用ワクチンの実用化に向け、来年にもドイツで治験(臨床試験)を始めることが(2017年8月)17日、分かった。ビジネスや人道支援で流行地域に向かう渡航者らの保護に役立てるため、2025(平成37)年にも製品化を目指す。
 
感染症のマラリアはアフリカ、東南アジアなど広い地域で流行し、年間約2億人が感染して40万人以上が死亡。予防薬や治療薬もあるが、副作用があったり耐性ができたりしている。(中略)
 
亜熱帯、熱帯地域に流行するマラリアは、世界的な健康課題となっている感染症だ。媒介する蚊によって罹患(りかん)しやすく、命を落とす危険もある疾患。ただ、その予防ワクチンは現在、実用化されたものがなく、開発が急がれている。(中略)

新薬開発にも助成
一方、日本では製薬会社や厚生労働省などでつくる官民ファンド「グローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)」が、大阪大学とノーベルファーマが開発を進める流行地域用の予防ワクチンをはじめ、エーザイ、武田薬品工業といった国内企業が取り組む抗マラリア薬開発にも助成を行ってきた。
 
GHITの広報担当者は「マラリア制圧に向けた種が日本の企業や研究機関にはある。新薬の開発が進めば、世界に大きなインパクトが与えられる」とする。
 
また、流行地域であるアフリカには近年、ビジネスや人道援助、軍隊派遣などを目的にした渡航者が増加。さらに新たな労働力として中国やインドからの出稼ぎ労働者も急増しているとの指摘もあり、非流行地域からの渡航者に向けた予防ワクチンの開発が急がれている。【2017年8月18日 産経WEST】
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麻疹 ワクチンへの不信感が生む感染犠牲者
日本国内で最近問題になったのは“はしか”(麻疹)の流行。

麻疹は有効なワクチンがあるのですが、日本の場合、その副作用が過度に取りざたされる傾向もあって、ワクチン接種が十分に行われていないことが背景にあります。

“ワクチン接種が感染症対策に効果的と言われながら、日本はワクチン接種の「後進国」とも言われてきた。厚生労働省や国立感染症研究所によると、2010年度以降、第1期(1歳児)では95%以上の高い接種率を保っているが、それでも根づよくはびこるのが、「(ワクチン接種は)百害あって一利なし」「なぜこんな副反応が出るの」「知られざる“ワクチン”の罪」といったネガティブな話だ。”【2016年10月14日 漆原次郎氏 WEDGE Infinity】

アメリカでは麻疹の予防接種はほぼ義務化されており、余程の理由がない限り接種してない子は学校への入学が許可されないとのことで、感染者数も全米で年間100人程度。その多くは日本などからの“輸入”感染。

もっとも、麻疹ワクチンへの不安から接種が不十分なため、結果的に犠牲者が発生するというパターンは日本だけでもないようです。

****ワクチンに対する親の不信感で子ども多数が死亡、ルーマニア****
ルーマニアでは依然としてはしかが若者の命を奪っており、ここ2年弱で40人近い子どもたちが死亡している。これについて多くの人々が、はしかの予防接種は危険だという噂に親たちが振り回されたことに起因していると非難している。
 
欧州連合で2番目に貧しい同国では、2016年後半以降約1万2000人がはしかにかかり、うち46人が死亡している。
 
死亡者のうち39人は、予防接種を受けていない3歳未満の子どもだった。欧州ではしかの流行が続く中、ルーマニアは最も感染者が多い国の一つとなっている。
 
同国南部のプラホバ県公衆衛生当局のシルバナ・ダン医師は、「人々は、インターネットであらゆる種類の話を目にしているので、不信感を抱いています」と話し、予防接種が自閉症を引き起こすという根強い噂を引き合いに出した。(中略)
 
はしかは非常に感染力の強いウイルス性疾患で、とりわけ子どもの患者が多いが、これまで大幅に制御されてきた。世界保健機関によると、はしかによる死者は、2000年の55万100人から2016年のわずか9万人未満へと激減したという。
 
その一方で、この大きな成功によって人々の警戒感は弱まり、予防接種は本当に必要なのかという疑問の声が上がるようになってしまった。
 
医療従事者らは、はしかは根絶可能な危険な疾患だというメッセージを国全体とりわけ地方都市に広めるため、「最前線で」あらゆる手段を講じていると地方当局者は話す。だがそれは、一筋縄ではいかない。(中略)
 
■とりわけ感染者が多いロマ人
プラホバの北東約250キロメートルに位置するバレア・セアカでも今年2月、生後10か月の赤ちゃんがはしかで死亡した。
 
イオアン・プラバト市長はAFPに対し、「赤ちゃんの両親は、予防接種は死亡のリスクがあるというテレビ報道を見た後、自分たちの子どもに予防接種を受けさせることを書面で拒否した」と語った。
 
ルーマニア国立感染症監視・制御センターによると、はしか患者の多くは、社会的立場の低い貧しいコミュニティーで確認されており、その大部分を占めるロマ人はかかりつけ医がいないケースが多く、たとえいたとしても緊急の場合にしか助けを求めないと述べた。
 
WHOは、はしかの効果的な抑制のために予防接種の接種率を95%にすることを推奨している。しかし当局が発表した最新データによると、ルーマニアにおける2016年のはしかワクチン接種率は、1回目が87%で、2回目はわずか75%だった。
 
同国ではワクチンの供給が定期的に行われておらず、数量も不十分であることから、責任の一端は当局にあるという声も一部から出ている。
 
こうした声に急き立てられる形で、同国政府は、子ども用ワクチン10種を義務付けることで接種率向上を誓ったが、昨年提出された法案をめぐる議論はほとんど進展していない。
 
議会の衛生委員会で議長を務める、医師で社会民主党議員のフロリン・ブイク氏は、「われわれは多数の提案を受け取っており、現在、それらを分析しているところだ」と語った。
 
同氏によると、その大半は、ワクチン反対派の団体から提出されたもので、これらの団体は活動を活発化させているという。
 
これに対し、医療専門家らは激しい怒りをあらわにしている。
ルーマニアの微生物学会会長のアレクサンドル・ラフィラ医師は、「われわれは、(ワクチン接種を重視する)科学的な研究結果を擁護する必要性に追われているが、科学的根拠のない情報がなんの証拠もなしに真実のように受け取られている」と語っている。【5月4日 AFP】
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様々な情報が氾濫する社会における“フェイクニュース”の弊害の一例でしょう。
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ロシア  続く国際的孤立 “勝利”したシリアではイラン・イスラエルの対立激化

2018-05-18 22:05:57 | ロシア

(昨年テヘランで会談するプーチン露大統領(左)とイランのロウハニ大統領【5月15日 WSJ】)

クリミア併合で国民支持を確立したプーチン大統領 ただ、社会には閉塞感も
ロシア本土とウクライナ南部クリミア半島を結ぶクリミア橋が今月15日開通し、プーチン大統領がトラックを自ら運転して通行するパフォーマンスを。
 
ロシア国営テレビは、カジュアルな上着にジーンズ姿のプーチン大統領が建設用トラックの運転席に座り、工事作業員らと共に橋上19キロを走行する様子を放映したそうですが・・・。

****プーチン大統領が無免許運転****
自らトラックのハンドルを握り運転して見せたロシア・プーチン大統領だが「免許を持っていないのではないか」との指摘が相次ぎ、大統領府が火消しに追われている。(中略)

インターネット上では「大統領はトラックの免許を持っていないのではないか」と指摘された他、プーチン大統領がシートベルトをしていないように見えることから「シートベルトを着用していない」との書き込みが相次いだ。

これ受け大統領府の報道官は「大統領は20年前にトラックの免許を取得した」と反論する一方、シートベルトについては「私は見ていなかった」と述べるにとどまっている。【5月17日 日本テレビ】
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紛争中のチェチェン共和国に戦闘機で乗り付け、ホッキョクグマを優しくなで、トラに麻酔銃を撃ち込み、F1用レースカーに乗り、小型潜水艇で世界最深の湖底に潜り、上半身裸でシベリア地方を乗馬し・・・・と、様々なパフォーマンスで「タフガイ」ぶりをアピールしているプーチン大統領。

その感覚はいささかズレているようにも思えますが、“体を張った”奮闘ぶりは、ある意味では称賛に値するかも。
そのように国民へのアピールを常に意識しているということは、単なる力による強権支配ではなく、一定に民意に基づく民主主義を基盤とした支配体制である・・・ということでしょうか。

無免許運転云々はともかく、クリミア橋の話の本筋は以下のようにも。

****露・クリミア、橋で直結 併合の既成事実化進む****
ロシアが2014年に一方的併合を宣言したウクライナ南部クリミア半島と、ロシア南部を結ぶ自動車橋が15日、開通した。プーチン露大統領は現地での式典で「帝政時代にも人々はこの橋の建設を夢見た。歴史的な日だ」と述べ、自ら大型トラックのハンドルを握って橋を渡るパフォーマンスを見せた。
 
ロシアによる併合以降、クリミアはウクライナ本土からの物流やエネルギー供給を絶たれ、物資輸送は主にケルチ海峡の船舶に頼っていた。自動車橋の開通で人や物の移動が容易になり、併合の既成事実化が進むことになる。
 
この橋は、露南部タマニ半島からケルチ海峡のトゥズラ島を経由し、クリミア沿岸に至る全長19キロ(海上部分7・5キロ)。16年2月から自動車・鉄道橋として建設されており、鉄道部分は19年初頭に完成する予定だ。

建設費は2279億ルーブル(約4036億円)と見込まれている。ロシアは16年、クリミアへの海底送電ケーブルも敷設した。【5月15日 産経】
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クリミア併合で、一時低迷気味だったプーチン人気が復活し、先の大統領選挙でも圧勝したのは周知のところです。
プーチン大統領にとってクリミア併合は、現在の地位・体制を支えるうえで極めて重要な影響をもたらしています。
今後、ロシアがクリミアを手放すことは絶対にありません。

ただ、野党勢力指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が主導する抗議デモに見られるように、ロシア社会にはプーチン長期政権に対する閉塞感もない訳ではありません。

****プーチン大統領4期目就任=長期政権に不満も―ロシア****
3月のロシア大統領選で当選したウラジーミル・プーチン大統領(65)は7日、モスクワのクレムリンで就任宣誓を行い、通算4期目に入った。欧米との対立が先鋭化していることに加え、国内では長期政権に対する閉塞(へいそく)感も漂っており、難しいかじ取りを迫られそうだ。
 
プーチン氏は宣誓後の演説で「ロシアは国際社会において強く活発で影響力のある国であり、国家の安全はしっかりと保障される。今後も絶えず必要な注意を払い続ける」と表明。

続けて「しかしながら、われわれは今、すべての能力をまず国内の最も喫緊の課題への対処や、経済と技術の躍進のために使わなければならない」と述べ、内政課題に注力する姿勢を示した。
 
プーチン氏は7日、これまで首相を務めていたメドベージェフ氏の続投を提案。下院が8日に承認する見通しだ。
 
3月18日投票の大統領選で、プーチン氏は得票率76.69%と大統領選史上最高の得票率で圧勝した。しかし、就任式直前の5日に野党勢力指導者ナワリヌイ氏の呼び掛けでロシア各地で反政権デモが行われ、モスクワでは数千人が参加。若者を中心にプーチン政権に対する不満が蓄積されていることが浮き彫りになった。【5月7日 時事】 
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だからこそ、自らハンドルを握ってクリミア橋を渡るようなパフォーマンスも必要になるのでしょうし、また、若者らの間で閉塞感があるからこそ、冒頭の“無免許運転”云々の話題もネット拡散するのでしょう。

やはりロシア経済の重しとなっている経済制裁
欧米を敵に回してのクリミア併合で「大国ロシア」の誇りを鼓舞したプーチン大統領ですが、今後も高い支持率を維持できるかは経済状態次第でしょう。

プーチン大統領もそこは認識していますので、“内政課題に注力する姿勢を示した”ということにもなります。

しかし、ロシアはクリミア併合以来、欧米の経済制裁を受けており、経済的には厳しい状況が続いています。

“ロシア経済は、リーマンショック発生前の2000年代半ばには高成長を遂げたが2010年代に入ると失速し、2015年にはマイナス成長に陥った。2016年には回復が続き同年末には成長率が辛うじてプラスとなり、2017年はプラス成長を維持しているが、足元の景気の動きはまだ弱い。さらに、ロシアは、主力輸出品である原油の価格低迷に加えて、クリミア併合などの対ウクライナ紛争問題を巡る米国やEU等からの経済制裁によって、苦境に陥っており、回復しつつあるように見えるロシア経済の先行きを不透明なものにしている。”【1月17日 三菱UFGリサーチ&コンサルティング】

経済制裁が(欧米が期待したほどには)あまり大きな効果をあげていない・・・とも言われるなかで、ここのところは回復基調にはあるようですが、やはり制裁続行はロシアにとって重しになっています。

特に、アメリカ・トランプ政権は4月6日、ロシアのプーチン大統領に近い新興財閥(オリガルヒ)などを対象にした追加経済制裁に踏み切り、トランプ政権ではこれまでで最も強いロシアへの対抗路線を示していますが、これが結構効いているとの指摘も。

****対ロ経済制裁が一変、絶大な効果を上げ始めた****
1. 米国の対ロ経済制裁の主役はSDNリストとSSIリスト
「これまでそんなに効かなかったのに、なぜ今回はこんなに効いたのだろう」
ここ1カ月ほど弊社内でもロシアビジネス関係者の間でもよく聞かれるのがこのセリフだ。
 
2014年にロシアがクリミアを併合して以来、米国は再三にわたってロシアの関係者・関係団体などに対して経済制裁(以下単に制裁)を科してきた。
 
しかしそれらの制裁が短期的にはっきりした効果を示すことはほとんどなく(長期的には効いているはずだが)、ロシアビジネス関係者の間でも「米国の対ロ制裁の効果は少なくとも短期的には限定的」というのがコンセンサスになりつつあった。
 
しかし4月6日に米国財務省の「Office of Foreign Assets Control(以下OFAC)」が発表した一連の制裁は、一部商品市況やロシア関連市場を揺り動かし、先述のロシアビジネス関係者のコンセンサスをあっさり打ち砕いてしまった。
 
果たして今回の対ロ制裁は過去の対ロ制裁と何が違うのか。(中略)

一部のメディアは当該制裁のプレスリリースに明記された“さらに非米国人は、本日ブロックされた個人または団体のための重要な取引を意図的に支援することで制裁に直面する可能性がある”が原因であるとしている。
 
しかしこれ以前の対ロ制裁の中にも、非米国人の制裁参加を要求したり、制裁に違反した非米国人を制裁対象としたりするものは存在する。(中略)

ここから先は筆者の考えだが、CAATSA(「敵対者に対する制裁措置法」)のSEC.226/228が制裁対象の属性を示しているに過ぎない(制裁対象が固有名詞で示されていない)のに対し、4月6日のOFAC発表は制裁対象を固有名詞で示した点が効果の違いを生み出したのではないだろうか。
 
また2014年以降の対ロ制裁で中心的役割を果たしてきたSDNリストへの掲載や、取引そのものを禁じるという「分かりやすさ」も情報伝達の観点から市場の反応を増幅した可能性が高い。
 
さらに制裁対象企業の規模の大きさも影響したと思われる。(中略)

今後クレムリンリストのメンバーが保有する企業は常にSDN(Specially Designated Nationals and Blocked Persons)リスト入りの懸念にさらされることとなった。
対ロ制裁はまた新たな段階に入ったと言えよう。【5月10日 榎本 裕洋氏  JB Press】
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国際的に孤立するロシア
アメリカでのトランプ政権・ロシア疑惑やイギリスでのロシア人元スパイ暗殺未遂事件もあって、ロシアの国際的孤立は当分続きそうで、制裁圧力から逃れることも難しい状況が続きます。

****サッカーW杯】欧米との関係悪化、国際的孤立・・・・開幕まで1カ月も熱意冷めた露政権****
サッカーのワールドカップ(W杯)を初めて開催するロシアは、競技場や交通インフラの整備を突貫工事で間に合わせ、開幕まで1カ月を迎えた。

国際的威信を求めてW杯を招致した2010年とは状況が一変し、欧米との関係悪化やロシアの国際的孤立が決定的となっている。政権のW杯への熱意は冷め、国内の排外的機運が強まっている中での開催となる。
 
国内11都市の12会場で試合を行う野心的な計画で、会場建設などW杯開催に向けた官民の支出は6780億ルーブル(約1兆1968億円)に膨らんだ。半年前の時点で7競技場の建設や改修が完了していないなど準備の遅れも目立ったが、国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティノ会長は今月3日、「ロシアの準備は万全だ」と述べた。
 
W杯開催は、14年のソチ冬季五輪などと並んで「プーチン・プロジェクト」と称された。ロシアで00年から実権を握ってきたプーチン現大統領が、思い入れを持って招致を成功させたためだ。
 
ロシアはソ連崩壊のショックから立ち直り、繁栄した大国として復活した−。プーチン氏は、大型の国際行事を通じてこうアピールし、先進諸国からの認知と敬意を得ようとした。
 
10年当時の大統領だったメドベージェフ氏は「近代化」をスローガンに、欧米との協調によって技術移転や経済発展を図る路線を打ち出していた。メドベージェフ氏は、W杯までに欧州連合(EU)との間のビザ(査証)が撤廃されることへの期待感すら示した。
 
しかし、12年にプーチン氏が大統領に復帰すると対外強硬路線が鮮明になり、ロシアの国際的イメージは地に落ちた。
 
14年のソチ五輪後、ロシアはウクライナ南部クリミア半島の併合や同国への軍事介入で欧米の制裁を科され、主要8カ国(G8)からも事実上追放された。ソチ五輪では国ぐるみのドーピングを行っていたことが発覚。16年の米大統領選に干渉したとされる問題も尾を引いている。
 
今年3月、英国でロシア人元スパイらが神経剤による襲撃を受けた事件では、欧米側とロシアがそれぞれ150人超の外交官を追放し、両者の関係は冷戦後で最悪の水準に冷え込んだ。
 
政権のプロパガンダにあおられて国民の対外感情も悪化している。外国からの選手団や観客の安全確保は、円滑な輸送と並ぶ重要な課題だといえる。【5月13日 産経】
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“政権のW杯への熱意は冷め・・・”とのことですが、突貫工事は結構進んでいるようで、笑える話も。

****W杯目前のロシア、突貫工事相次ぐ 家に数日閉じ込められた人も****
サッカーW杯の開幕を来月に控えたロシアでは、試合開催都市の改修作業が急ピッチで進められており、先週にはその突貫工事ぶりを露呈させる出来事が発生した。(中略)

舗装作業員らは仕事をとにかく早く進めようとするあまり、アンナ・チモダノフさんの自宅入り口の門までセメントで固めてしまい、アンナさんは家から一歩も出られなくなってしまった。(後略)【5月18日 AFP】
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ロシア外交の“勝利”となったシリアでイラン・イスラエルの対立激化 ロシアは?】
国際的に孤立したロシアですが、アサド政権を支援してのシリアでの優位確立は、アメリカの存在感が薄れたこともあって、ロシア・プーチン外交の“成果”となっています。

シリアでは、ロシアはイラン・トルコと強調して今後の政治プロセスを勧めようとしています。
また、ロシアはイスラエルとも一定の関係を維持しています。

しかし、ここにきて、シリアを舞台にしてイランとイスラエルの対立が激化して、ミサイル攻撃・空爆を応酬するようなホットな事態になっており、トランプ政権のイラン核合意離脱によって、さらに危険な状況となることも懸念されています。

ロシアは、このイラン・イスラエル対立の間に立つ形にもなっています。

****イランとイスラエルに自制求める=ロシア****
ロシアのラブロフ外相は10日、イランがシリア領内からイスラエルの占領地ゴラン高原を攻撃し、イスラエル軍が報復攻撃するなど緊張が高まっていることを受け、「憂慮すべき傾向だ。あらゆる問題は対話を通じて解決すべきだ」と呼び掛けた。
 
シアは、シリアのアサド政権支援でイランと連携。一方、イスラエルとも首脳同士が頻繁に会談するなど良好な関係を保っている。【5月10日 時事】 
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ロシアとイランの関係は微妙なものがあるようで、ロシア・プーチン大統領としては“ロシアの利益を損なわない、または中東での全面戦争を招かない程度に、イランとイスラエルは戦火を交えて欲しい”というのが本音だとの指摘も。

****露イラン関係亀裂 イスラエルのシリア攻撃で****
イスラエルの空爆にロシアの反応は抑制的

シリア内でのロシアとイランの共闘体制に亀裂が生じている。イスラエルがシリア内のイラン軍施設に容赦のない攻撃を加えたことがその引き金で、ロシア・イラン関係は今、その限界が試される局面に入った。
 
イスラエルは先週、シリア領土内で過去最大の空爆を行った。これはベンヤミン・ネタニヤフ首相が9日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と共に、モスクワで年次軍事パレードに参加したその数時間後のタイミングだ。

だが、ロシアはイスラエルの空爆に対して目立った反応を示しておらず、ネタニヤフ、プーチン両首脳は、双方にとって許容可能なところで手打ちした公算が大きい。こう指摘するのは、ロシア政府のアドバイザーを務めるフョードル・ルキヤノフ氏だ。
 
ロシアとイランが協力したことで、シリア情勢はバッシャール・アサド大統領に有利な方向へと傾いた。その結果、ロシアは再び世界の大国としての地位を取り戻し、イランは中東での影響力を拡大した。

だが足元では、イスラエルとの敵対ムードが強まる中、ロシアとイランとの緊張増大が露呈している。
 
アサド氏がシリア国内の大半を再び掌握した今、ロシアとイランの利害は逆方向を向き始めた。イランがシリアを足がかりにイスラエルを脅かすとともに、レバノンやヨルダン、パレスチナ地区で自らの影響力拡大を目論んでいることに対し、ロシアは懸念を強めているとみられる。
 
イランに駐在した経験を持つ元ロシア外交官で、現在はサンクトペテルブルクにある欧州大学の教授、ニコライ・コザノフ氏はこう話す。
 
「内戦終結後のシリアがどうあるべきかを巡り、イランとロシアは著しく異なる考えを持っている。そのため、ロシアはシリアでのイランの影響力を削ぎたいはずだ」
 
シリアにおけるイランとロシアの共通目標は、アラブ諸国の独裁政権が次々と崩壊した「アラブの春」の二の舞を防ぎ、アサド政権を温存することだった。(中略)

戦略国際問題研究所(CSIS)の中東プログラムで非常勤フェローを務めるディナ・エスファンディアリー氏は、「イランは、制裁下でも味方になってくれたロシアのようなパートナーを持つことに満足している」と指摘。「だがこれは実利的な関係であり、良い時も悪い時も共に切り抜けるような相手ではないと考えている」と話す。
 
ロシアはイスラエルの国境付近でイランが存在感を高めていることを問題視しており、イスラエルの要求に応じるため、イランに限られた影響力を駆使しようとしたもようだ。

ロシア軍はイランに対し、政府軍、またはシリア南西部に見られるイランの代理勢力に対して、航空支援を提供しないと警告したという。

前出のコザノフ氏は、ロシア政府は、イスラエルとイランの間に非公式な外交経路を確立させようとさえ試みたと語る。(中略)
 
またイランとロシアは、戦利品を巡っても対立している。(中略)

昨年には、イランが後ろ盾となっている兵士が、ロシアとイランが合意した標的を無視し、その兵士らが標的とする相手に対してロシアの空爆を求め、ロシア側を激怒させたという。
 
こうした中、シリアのアサド大統領は、ロシアとイランの分断につけ込み、揺さぶりをかけている。シリア危機問題にかかわった欧州の外交官はこう語る。「アサド政権は、イランへの依存度を強めるかもしれないとの素振りを見せ、ロシアとイランと争わせようと仕向けるのがうまい」
 
広範な戦略を欠くプーチン氏は、おなじみの戦略である様子見姿勢に徹している。ロシアの利益を損なわない、または中東での全面戦争を招かない程度に、イランとイスラエルは戦火を交えて欲しいというのが本音のようだ。
 
前出のロシア政府アドバイザー、ルキヤノフ氏は「プーチン氏にしてみれば、イスラエルとイランが一定の範囲内に収まっている限り、戦い続けても大丈夫ということだろう」と話す。【5月15日 WSJ】
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それぞれの思惑を秘めた海千山千のプレイヤーぞろいのシリア情勢ですが、“(戦火・対立が)一定の範囲内に収まっている”保証もありません。
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トルコ大統領選挙  拘束中のクルド系政党前共同党首も出馬 エルドアン政権の止まらない“弾圧”

2018-05-17 22:47:04 | 中東情勢

(【5月15日 TRT】 訪英したエルドアン大統領とメイ首相の共同記者会見 ここでも「歴史はアメリカを許さない、イスラエルを決して許さない」とエルドアン節全開に、メイ首相もちょっと不安げ)

【「クルドのマンデラ」 どこまで支持を広げられるか
トルコでは大統領選挙と議会選挙を1年4カ月以上も前倒しして本年6月24日に実施します。

昨年、首相職を廃止し、大統領の権限を強める憲法改正が承認されており、こんどの選挙は新制度施行(実権型大統領制)となる初めて選挙です。

エルドアン大統領が大幅前倒し選挙に打って出た背景については、5月1日ブログ“トルコ 前倒し選挙で強行突破をはかるエルドアン大統領 野党側の足並みそろわず”でも取り上げたように、今後景気の悪化が予想されている状況では、シリアのクルド勢力掃討での成果が国民に支持されている現段階で選挙を行った方が得策との判断があるとされています。

****ダブル選挙の大幅前倒しにみえるトルコ大統領の思惑****
トルコのエルドアン大統領が4月18日、2019年11月3日に予定されていた大統領選挙と議会選挙を1年4カ月以上も前倒しして本年6月24日に実施することを表明した。
 
同大統領はテレビ演説で「シリアなどの動きは強力な政策を取れる新行政制度への早急な切り替えが必要なことを示している」「旧制度の旧弊を取り除くためにも新たな選挙が必要」と述べ、国内外の情勢が早期選挙による新統治体制への移行を求めていると説明した。
 
トルコは昨年4月16日、首相職を廃止し大統領の権限を大幅に強化する内容の憲法改正を国民投票に付し、賛成51・41%、反対48・59%の僅差で承認した。但し、エルドアン大統領は新権限を行使できるのが次の大統領選挙後からとなるため、自らに有利な時期に実施しようと機会をうかがっていた。
 
同大統領が大幅な前倒しでダブル選挙に踏み切った背景には2つの理由があろう。第一は、シリアのクルド人を抑制する軍事作戦により、国内で大統領に追い風となる民族主義が高まってきたことである。
 
第二は、今後の経済がさらに悪化するのを懸念したことである。実際、トルコ・リラが歴史的な安さとなるなか、2月の経常収支は42億ドルの赤字となるなど、赤字が常態化しており、インフレ率も4月は11%弱と目標の5%の2倍強の水準となっている。(中略)
 
だが思い起こす必要があるのは、昨年4月の大統領権限を強化する憲法改正の国民投票では賛成派と反対派の支持地域が明確に分かれたことだ。大まかに言えば、大都市は反対派、地方部が賛成派であった。
 
ただし、地方部も世俗派の多い地中海沿岸は、東南部を中心にクルド人が多く居住しているため概ね反対派、黒海沿岸と内陸部は保守派が多いことから賛成派であった。
 
エルドアン大統領が憲法改正に関する国民投票でも明確になった二分された国論のなかで、国民の民族主義を刺激することにより、思い描くような勝利をダブル選挙で得られるのか。同大統領の指導者としての力量が改めて問われる選挙となるだけに注目される。【5月17日 WEDGE】
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前回ブログでも触れた、一時、野党統一候補として名前があがったギュル前大統領(これまで与党を支えてきた人物ですが、エキセントリックなエルドアン氏とは対照的に穏健な性格から、野党勢力にも一定に受け入れられる余地があるとされています)は、野党勢力がまとまらず、結局出馬しません。

その点では、エルドアン大統領は一安心でしょう。
候補者は、現職エルドアン氏のほか、最大野党、共和人民党(CHP)のインジェ議員やクルド系有力野党、国民民主主義党(HDP)のデミルタシュ前共同党首、昨年創設された優良党の女性党首、アクシェネル元内相ら。

このなかで注目されるているのは、15年の総選挙でクルド系HDP躍進の立役者になったデミルタシュ前共同党首です。同氏は16年、反政府武装組織クルド労働者党(PKK)と関係があるとして逮捕され、テロ組織を運営した罪などで最大で禁錮142年を求刑されて拘束されています。

****強権エルドアンに対峙する新星は「クルドのマンデラ****
6月24日の選挙では大統領と与党の勝利が確実だが、若きクルド人指導者への支持が広がりつつある

(中略)大方の予測によれば、エルドアン大統領の再選と与党・公正発展党(AKP)の勝利は固い。主要な野党
はあまりに弱く、政権はメディアを完全にコントロールしており、万一の場合には選挙結果を操作する力も握っている。
 
しかし、エルドアンにとって明るい材料ばかりではない。その強権的な手法が反発を買い、クルド系左派政党である国民民主主義党(HDP)のセラハッティン・デミルタシュ前共同党首の政治的威信と影響力が高まりかねないのだ。

デミルタシュは、南アフリカの黒人解放運動の指導者として尊敬を集めたネルソン・マンデラのような存在になる可能性すらある。
 
デミルタシュも、6月の大統領選への出馬を表明している。しかし、16年11月以降、テロ教唆・支援の疑い(冤罪の可能性が高い)で拘束されている。

この容疑により、最長で142年の禁則刑を言い渡される可能性もある。まだ有罪が確定していないので立候補は認められるが、支持者との連絡は制限されるだろう。
 
エルドアン政権は、クルド人の政治運動から指導者を奪い、穏健で理性的なクルド人リーダーの台頭を防ぐために、さまざまな容疑を握造してHDPの幹部たちを続々と収監。

3月前半の時点で、HDPのメンバーの約3分の1(1万2000人近く)が拘束されている。関係者の逮捕や閉鎖命令により、クルド系のメディアやNGOも弱体化した。

長期投獄も釈放も厄介
トルコの人目の18~20%を占めるクルド人は、1923年のトルコ共和国樹立以降、数々の迫害を受け、基本的な権利を否定されてきた(クルド人は近隣のシリア、イラク、イランの領内にも居住している)。
 
今では、トルコ人の左派系の有権者や学生、中流層の中にも、デミルタシュを支持する人がいる。彼が登場するまで、クルド人以外の有権者から支持を獲得できたクルド人政治家はいなかった。
 
デミルタシュは、若くてテレビ映りがよく、鋼の意志を待った政治家だ。被告人として臨んだ法廷では、法律の専門知識と弁舌を武器に政府の主張を完全に打ち砕いた。この点も、南アフリカで迫害されていた頃のマンデラを連想させる。
 
デミルタシュはトルコ人とクルド人の共存を訴えることで、トルコの政治に新風を吹き込んだ。HDPは、トルコ政府に対して武力闘争を続けてきたクルド労働者党(PKK)の支持者に加え、これまでAKPを支持してきた保守系クルド人の支持も得ようとしている。

エルドアンが国内外でクルド人への敵対的な政策を実行してきた結果、最近は保守系クルド人のAKP離れも見られる。
 
いまエルドアンは、ジレンマに直面している。司法を完全に統制下に置いているので、デミルタシュを釈放するか、獄中につなぎ留めておくかは自由に決められるが、どちらを選んでも好ましい結果は待っていない。
 
デミルタシュを釈放すれば、最も手ごわい政敵に自由を与えることになる。しかし、獄中にとどめ置き、立候補の権利を否定すれば、国内のデミルタシュ支持者だけでなく、外国政府や国際NGOの反発を買う。
 
そして、事実無根の罪で長期間投獄すれば、デミルタシュがカリスマ性を獲得し、「クルドのマンデラ」になる可能性がある。エルドアンにとっては望ましくないシナリオだろう。【5月22日号 Newsweek日本語版】
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エルドアン・与党AKPだけでなく、最大野党の共和人民党(CHP)などに伍して、クルド系のデミルタシュ前共同党首がどこまで支持を広げられるか、注目です。

数少ない政府批判メディアには強権で
エルドアン政権の“強権支配”については、再三取り上げてきたところですが、特に2016年7月のクーデター未遂事件以降は、タガが外れたように批判勢力の拘束、反政府的メディアへの弾圧が続いています。

****トルコ政権の言論抑圧、訴え 有罪のトルコ紙編集長「我々を見せしめにして圧力****
「我々を見せしめにして政権を批判する報道機関に圧力をかけている」――。トルコのジュムフリエット紙のムラット・サブンジュ編集長が朝日新聞と会見し、エルドアン大統領が言論の自由を抑圧していると訴えた。

同紙は先月、経営幹部や記者ら14人がテロ組織支援の罪で実刑判決を受けた。国際社会からはエルドアン氏に対する批判の声が上がるが、トルコメディアは9割が政権寄りで、団結するのは困難だ。

(中略)4月26日、イスタンブールのジュムフリエット紙本社。サブンジュ氏が断言した。同紙の最高経営責任者や記者ら計14人は4月25日、イスタンブールの裁判所で禁錮2年6カ月~8年の実刑判決を言い渡された。サブンジュ氏も禁錮7年6カ月の判決を受けた。
 
14人はテロ組織を支援した罪を認定された。テロ組織とは、2016年7月に起きたクーデター未遂事件で政府が首謀者と主張するイスラム教指導者ギュレン師の信奉者団体や、少数民族クルド人の非合法武装組織「クルディスタン労働者党」だ。裁判では同紙に掲載された約30の記事やコラムが証拠として示された。
 
サブンジュ氏は「我々はギュレン師や信奉者団体を批判してきたが、テロ組織支援の罪に問われた。恐ろしいことだ」と訴えた。(中略)

 ■報道機関を次々閉鎖
(中略)トルコではクーデター未遂事件後、非常事態宣言が出され、エルドアン大統領が議長を務める閣僚会議が国会の審議や議決を経ずに法律と同等の効力を持つ政令を発布できるようになった。

エルドアン政権は政権に批判的な報道機関を政令で次々に閉鎖。閉鎖された報道機関は約150社に及ぶ。政権に批判的なジャーナリストの逮捕も止まらない。

CPJによると、収監されているジャーナリストの人数で、トルコは2年連続で世界最多。17年は世界262人中73人、16年は同259人中81人だった。
 
先月には、政権と一定の距離を置く大手中道メディアグループが、政権に近い企業に買収されることが決まった。すでにトルコメディアの大半は政権寄りで、政権ににらまれる報道を避ける傾向が強まっている。【5月3日 朝日】
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欧州でも“反体制派狩り”】
エルドアン政権による執拗な“反体制派狩り”は国際刑事警察機構(インターポール)などを通じて欧州にも及んでいます。

****トルコの反体制派狩りは続く****
人権無視のエルドアン政権はインターポールを悪用し、国境を超えた身柄拘束で反体制派潰しを画策している

近代トルコの誇る世俗主義も法治主義もかなぐり捨て、このところレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は独裁への道をまっしぐらだ。

16年7月のクーデター未遂事件を逆手に取り自分の気に入らない者には片っ端から「テロリスト」のレッテルを貼って検挙。その数は既に5万人を超えている。
 
国内だけではない。ジヤーナリストや作家、学者や人権活動家、亡命した政治家への弾圧は国境を超えて行われている。政権に批判的な人たちを刑事犯に仕立て、国際刑事警察機構(インターポール)などを通じて追い回す手口だ。
 
現地メディアの報道によればエルドアン政権は昨年7月、インターポールの国際手配データベースに6万人もの「容疑者」名を登録しようとした。
 
いったい何の容疑か? アメリカに亡命中の宗教家で、エルドアンによってテロリストと断罪され、16年のクーデー計画の首謀者と名指しされているフェトフッラー・ギユレン師の信奉者という容疑だ。
 
インターポールには192カ国・地域が加盟しており、登録された容疑者名は全加盟国に通知される。ただし被疑者の身柄拘束と強制送還を求める国際手配(いわゆる「レッドーノーテイス」)については、その背景に政治的動機がないかどうかをインターポール側か独自に審査している。

しかし国際協力要請/警告(ディフュージョン)と呼ばれる手配通知は無審査だ。インターポールも手続きの改善に着手しているが、トルコ政府による悪用は防げなかった。

昨年の夏にはドアン・アクハンリ(トルコ政府に批判的なドイツ系トルコ人作家)とハムザ・ヤルチン(スウェーデン系トルコ人ジャーナリスト)が、インターポールの通知を根拠にスペインで身柄を拘束された。

このときドイツのアングラーメルケル首相は、「インターポールのような国際機関を、そのような
目的で悪用することは許されない」と強く批判している。
 
だがエルドアンは、そんなことではひるまない。国外に逃れた反体制派を威嚇する方法はいくらでもあるからだ。
 
例えば、トルコ政府の公式ウェブサイト「指名手配テロリスト」だ。そこにはISIS(自称イスラム国)などのテロ組織のメンバーと並んで、著名な人権活動家やジャーナリストなども「テロリスト」として掲載されている。有力な情報提供者に、政府が莫大な報奨金を約束している例もある。(後略)【5月22日号 Newsweek日本語版】
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【軋轢も辞さないエルドアン政権の外交 露か欧米か「近い将来、選択を迫られるだろう」】
こうした民主主義を逸脱したエルドアン政権の姿勢に欧州では反発も広がり、その関係は悪化しています。
また、シリアのクルド人勢力をめぐっては、アメリカとの対立も表面化しています。

一方でエルドアン政権はシリアでは、ロシア、イランと協調する姿勢をもみせています。

****エルドアンのトルコ 長期政権の実像(下)】露か欧米か、迫られる選択****
地中海に浮かぶキプロス島。その東方沖に2月上旬、トルコ軍の艦艇が姿を現した。名目は軍事演習。周辺海域では石油大手の伊ENIや仏トタルの船が、発見されたガス田の調査に向かっていた。
 
「軍艦は状況に応じ、必要なあらゆる指示に従う」。トルコのエルドアン大統領はこう述べ、ロイター通信は調査船が作業を行わずに引き返したと伝えた。(中略)

トルコは石油・ガスの大部分を輸入に頼るが、消費量は年々増加している。エネルギーの発見がエルドアン政権の激しい反応を引き起こした形だ。
   ■    ■
軋轢(あつれき)も辞さないエルドアン政権の外交でも際立つのが、ともに北大西洋条約機構(NATO)に加盟している米国との衝突だ。
 
トルコはシリア北部に越境して少数民族クルド人の民兵組織を攻撃しており、エルドアン氏は、同組織を支援する米国を「一体どちらの味方だ」と厳しく非難している。16年のクーデター未遂の黒幕と断定した在米イスラム指導者、ギュレン師についても身柄引き渡しを迫っている。
 
矛先は欧州にも向かう。マクロン仏大統領が政権とクルド勢力の間を取り持つ意向を示した際は「越権行為だ。テロ組織との調停などと、一体誰が言っているのだ」と突き放した。

トルコの人権問題などで批判的なドイツの外相には、「私たちに物事を教えようとしている。一体あなたは何歳なのだ」と反論した。
   ■    ■
エルドアン氏は近年、シリア内戦をめぐって当初は対立関係にあったロシアやイランと接近。このことも欧米の神経を逆なでする。トルコが目指してきたEU加盟について、欧州側で懐疑論が強まっていることも意に介する様子はない。
 
欧米への対決姿勢は、西洋からイスラム教などの伝統的価値観を軽んじられてきたと感じる国内の支持層を喜ばせてはいる。
 
だが、欧米との関係悪化がトルコ自身を痛めつけているのもまた、確かだ。イスタンブール・バフチェシェヒル大のギュルセル教授(68)によると、海外からトルコへの直接投資の8割は欧州だったが、最近は急激に落ち込んでいる。「外交政策が影響しているのは間違いない」という。
 
トルコではインフレ率と失業率が10%を超え、先行きに不透明感も残る。ギュルセル教授は、エルドアン氏が大統領選を1年以上も前倒しして6月24日に行うと決めたのは、経済のマイナス要素が選挙に影響するリスクを最小化する狙いがあるからだと分析する。
 
西側の同盟国との関係悪化が経済に悪影響を与えつつある中で、ロシアやイランとの関係はどこまで深めるか。教授は「近い将来、選択を迫られるだろう」と予測する。「エルドアンのトルコ」を左右する大きなテーマだ。【5月8*******************

イスラエルとも派手な“打ち合い” 選挙にはプラス
“軋轢も辞さない”エルドアン大統領は、最近のパレスチナでの混乱に関しても、イスラエル・ネタニヤフ首相と激しい“打ち合い”を演じています。

****<ガザ銃撃>非難の応酬 トルコ大統領とイスラエル首相****
パレスチナ自治区ガザで14日にイスラエル軍がデモ隊を銃撃して多数の死傷者が出たことを巡り、各国でイスラエルの対応への非難や自制を求める声が高まっている。

特に批判の急先鋒(せんぽう)のトルコのエルドアン大統領は、イスラエルのネタニヤフ首相とツイッター上で激しいやり取りを展開。両国は互いに駐在外交官に本国への帰国を要請するなど、外交的にもパンチの応酬を続けている。
 
「ネタニヤフ氏はアパルトヘイト国家の首相だ。彼の手はパレスチナ人の血でぬれている。人道について学びたいなら、(ユダヤ教とキリスト強の教えとなっているモーセの)十戒を読んだらどうか」。エルドアン氏は15日、ツイッターにこう投稿した。

ネタニヤフ氏は「トルコやシリアの数え切れないクルド人の血にぬれた手を持つ人物は、戦闘倫理を説教するのに最もふさわしくない」と即座に反論した。
 
トルコは米大使館のエルサレム移転に最も激しく抗議してきた国の一つで、米大使館移転の祝賀式典が開かれた14日には米国とイスラエルに駐在する大使を本国に召還。15日にはトルコ駐在のイスラエル大使に一時帰国を要請し、デモ隊への銃撃に抗議した。
 
イスラエルは対抗してエルサレムに駐在するトルコ領事に帰国を要請。トルコはこれを受けてイスタンブールに駐在するイスラエル総領事に帰国するよう求めた。(後略)【5月16日 毎日】
******************

こうした激しい“打ち合い”は、イスラムの誇りを鼓舞することで国民受けがよく、選挙戦にプラスに作用する・・・と踏んでのパフォーマンスの面もあるでしょう。
また、イスラエルとの関係を配慮して及び腰のサウジ・エジプトに代わって、中東・イスラムの代弁者という心地よい立場をエルドアン氏に提供してくれます。
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新疆ウイグル自治区  「再教育収容所」への「不穏分子」送り込みに邁進する「工作組」

2018-05-16 22:03:27 | 中国

(新疆ウイグル自治区のグルジャ 再教育のために使用されると考えられるセンターにつながるセキュリティー・ポストの警備員(2017年11月2日)【4月30日 「仮称 パルデンの会 ・Free Tibet Palden」】)

【「妻は『訓練』を受けており、子どもたちの世話は政府がみている」】
中国政府がウイグル族の分離独立支持勢力によるテロの脅威にさらされていると強く警戒し、新疆ウイグル自治区において極めて厳しい統治をおこなっていることは、これまでも再三取り上げてきました。

2017年8月31日ブログ“中国 故郷にも国外にも安住の地がないウイグル族”では、民族運動の温床とみなされた旧市街で取り壊し・移転が進められているという話を

2017年12月23日ブログ“新疆ウイグル自治区 圧倒的な治安維持強化のもとで進む「完全監視社会」構築”では、顔認証システムなど中国得意の先端技術も駆使した、近未来小説に表現されているような「完全監視社会」がつくられていることを

2018年2月17日ブログ“新疆ウイグル自治区における強制収容所の実態 「唯一の罪は、ウイグル族に生まれたことだけ」”では、当局が「教育センター」と呼ぶ「再教育」のための収容所の実態を取り上げてきました。

強制収容所については、3月15日ブログ“チベット動乱から10年 焼身自殺続くもペースは減少 監視強化か情勢安定か? “Xデー”問題も”でも、チベット問題との関連で取り上げました。

下記は、仕事の関係でパキスタンで暮らしている夫が、中国に残しているウイグル人の妻や子どもと連絡がつかなくなり、中国当局者から「妻は(再教育)『訓練』を受けており、子どもたちの世話は政府がみている」と言われ、会うこともかなわない・・・という話です。

****中国で消えたウイグル人妻たち、パキスタン人の夫ら募る不安****
毎年秋になると、中国の最西部に住むパキスタン人商人らは、中国人の妻たちにひと時の別れを告げる。古代シルクロードの一部だった山深いカラコルム・ハイウエーをたどって国境を越え、自国で冬を過ごすためだ。
 
雪が積もる頃、男たちは離れ離れになった妻たちと電話で連絡を取り合う。だが昨年、そのような電話の多くが突然通じなくなった。
 
後に男たちは、中国に残してきた家族が、イスラム系少数民族ウイグル人を排除するための謎に包まれた「再教育収容所」に送られたことを知った。

「妻と子どもたちは昨年3月、中国当局に連れ去られた。それ以来、家族とは連絡が取れていない」とイクバルさんは語った。
 
昨年7月、イクバルさんは家族を見つけるために中国へ向かったが、国境で追い払われた。イクバルさんはAFPに対し、中国当局者から「妻は『訓練』を受けており、子どもたちの世話は政府がみている」と言われたと説明した。
 
中国・新疆ウイグル自治区と国境を接するパキスタンのギルギット・バルティスタン州の議員、ジェイブド・フセイン氏によると、ビザやビジネス上の理由でパキスタン側に戻り、中国に住むウイグル人の家族と連絡が取れなくなった男性は州内に多数いるという。
 
そうした多数のパキスタン男性の場合と同様、イクバルさんの家族も中国・パキスタン経済回廊沿いにあるウイグルの古都カシュガルに住んでいた。
 
中国は近年、パキスタンとの関係強化に力を入れており、インフラ事業であるCPECに何百億ドルもの資金をつぎ込んでいる。

だが、中国は開発の野望と、ウイグルの分離独立派がパキスタンから暴力を国内に持ち込むのではないかという恐怖の間で折り合いをつけることに苦心している。

■「過激主義者の排除」
中国当局は長年、ウイグルのイスラム教徒に対する弾圧を国際テロ対策のためだと主張してきた。ここ数年は、テロリスト、宗教過激派、分離独立派を「3大勢力」と呼び、徹底的に排除する方針を強めている。
 
2017年、中国政府は「過激主義者を排除する」ためとして、ウイグルに何万人もの治安要員を送り込んだ。都市部ではほぼ1区画ごとに警官の詰め所が設置され、厳しい法律が制定された。

これにより、分離独立派に共感を抱いたと疑われるものは誰でも、強制的に「再教育」されることが増えた。
 
イクバルさんを含むパキスタン男性らは、自分の妻、時には仕事上のパートナーまでもが当局の標的にされたのは、パキスタンから電話やメッセージを受け取ったためだと信じている。
 
中国当局は再教育収容所の存在を否定している。だが、昨年3月にウイグルで可決された過激主義を取り締まる法律は、当局に政治的再教育の強化を求めている。
 
米議会の出資により設置された放送局ラジオ・フリー・アジアによると、1月に収容所に送られた人数は、カシュガルだけでも12万人以上に上るという。これはこの地域の人口の約3%に当たる。
 
AFPが国営メディアと政府資料を元にしたところ、少なくとも30か所以上の収容所が存在し、約4000人が収容されたことを確認できた。
 
ビジネスマンのアリさんは、12月から妻と連絡が取れていない。アリさんは、妻が当局によって連れ去られ「共産主義について教えを受け、愛国者になるための訓練」を受けていると述べた。

「妻は、家に中国の警察がやって来て、パキスタンから電話がかかってくることについて聞かれ、東トルキスタン・イスラム運動(ETM)とのつながりを説明するよう言われたと私に言っていた」とアリさんは言う。ETIMは、中国当局がウイグルの分離独立主義を扇動していると非難している組織だ。
 
アリさんは5月に家族を探すために中国入りする計画だが、子どもたちは中国政府が保護していると言われており、再び家族に会うことが出来るかどうか分からないと言う。「彼らは何も教えてくれない。家族は訓練を終えたら戻って来ると言うだけだ」【4月30日 AFP】
******************

拘留型の閉鎖的「再教育収容所」以外にも、昼間に授業に出席し、夜間に帰宅できるようにする「開放型政治再教育キャンプ」も存在するようで、「軽度」と評価された者が一定期間ここで学習することを強要されるようです。

ここでは中国国旗掲揚から始まって、政治的な勉強会のほか、中国語、特に中国の歌詞を国歌に習うように強制されているとのことです。【5月10日 「仮称 パルデンの会 ・Free Tibet Palden」より】

【「不穏分子」摘発で成果を誇る「工作組」】
ウイグル族社会に送り込まれたのは治安要員だけではありません。
ウイグル族住民の再教育収容所送りに“成果”をあげているのが、当局が現地に送り込んでいる民間人団体の「工作組」と呼ばれる組織だそうです。

****不穏分子」を毎日訪問、中国・新疆ウイグル自治区でさらなる弾圧****
「人民の心をつかむ」という政府の掛け声のもと、中国・新疆ウイグル自治区の村に民間人の団体が押し寄せている。だがその団体には、政府に対する脅威を特定し罰するという裏の任務がある。
 
中国共産党が「工作組」を阿克切坎勒村に送り込んでから4か月後、100人以上が拘束され再教育収容所に送られた。これは村の成人人口の5分の1にあたる。
 
工作組は地方の大学の職員などで構成され、昨年は1万以上のグループがウイグルの農村に派遣された。この制度はイスラム教徒が多数派を占めるウイグルで、政府が実施する分離独立派と宗教過激派への対抗策の一環として導入された。
 
政府は「人民の状況を調べ、人民の生活を改善し、人民の心をつかむ」のスローガンのもと、職員や教授を募集している。多数派の漢民族が大部分で、党のプロパガンダを広め、農村の貧困を撲滅し、「民族調和」を推進する。
 
政情不安定なウイグルでは、全人口を政治的に洗脳しようという試みが日常のあらゆる場面で行われており、このような工作組が極めて重要となる。
 
共産党は昨年、すでに厳しい宗教と個人の自由に対する制限を、さらに強化する任務を工作組に課した。これは、何十年にもわたり毛沢東の下で行われた残酷な思想改造を思い起こさせる。
 
阿克切坎勒村の工作組は、新疆兵団廣播電視大学(BBTU)から派遣された。このような工作組が多数地方に送り込まれ、膨大な数の人々を刑務所や秘密の再教育収容所に送るのを手伝い、家族を壊し、村をも破壊した。
 
BBTUの工作組は2017年初めに村に入った。まずは村人が春節を祝うための赤いちょうちんを村中に吊るすのを手伝い、政府が約束する職業訓練の実施、クリーンな政府の実現と安全な水の供給を後押しした。
 
しかしその後の活動の焦点は、反対意見の兆しがないか村人に問い詰めることに移っていった。

BBTUの広報部門はソーシャルメディアの公式アカウントで、「工作組の士気は高い。我々は阿克切坎勒村の背後関係を洗い出し、膿を出し切ることができる」と、工作組の裏の仕事を、珍しくおおっぴらに褒めたたえている。
 
AFPは、BBTUと新疆ウイグル自治区当局に対し工作組のプログラムについてコメントを求めたが、回答は得られなかった。
 
だが、何百もの国営メディアの記事、政府文書、公的機関によるソーシャルメディアへの投稿で、工作組の手段とその破滅的な影響がはっきりと浮かび上がってくる。

■「不穏分子」を毎日訪問
阿克切坎勒村は、新疆ウイグル自治区のカラカシュ県にある。同自治区の中でもウイグル族が多数派を占め、地球上で最も厳重な警備が敷かれるようになった場所の一つだ。
 
2009年に新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで暴動が起こって以来、ウイグル人は国中で発生し多数の死者を出した大量殺傷事件や爆破事件に結び付けられている。秩序不安と政府との衝突で何百人以上も殺されている。
 
その結果行われた弾圧は、国際社会に衝撃を与えた。米国務省は4月、「広い範囲で拘束が行われ、かつてない規模で監視も実施されており」懸念が高まっている、と述べた。
 
人権保護団体は中国政府の差別的政策が怒りを招き暴力をあおっていると指摘する。一方、政府はムスリム過激派の責任だとしている。
 
2016年12月、3人のウイグル人がカラカシュの県共産党委員会に突入し幹部2人が死亡した。これをきっかけに政府は弾圧を強めた。何万人もの追加の治安要員を送り込み、厳しい法律を制定し、強制的再教育に送る人の数を増やした。
 
同地域では公の場の監視カメラの数が何倍にも増え、工作組は農村で国家の目となり耳となった。
 
工作組の素晴らしい取り組みを報じるメディアによると、工作組はインフラを整えるのを手伝い、職業訓練を行い、人々が「党に感謝する」よう勧めている。

だがこの他に、村のすべての家庭を少なくとも週1回は訪問して中に入り、違法行為が行われている証拠がないか探るよう指導されている。
 
さらに「重要人物」や「不穏分子」と呼ぶ人物に至っては、毎日訪問する。ウイグルの司法当局は、過激派に洗脳されやすい人の特徴として、信仰心が厚い人、パスポート所持者、16〜45才のすべての男性、読み書きができない人などを挙げている。
 
BBTUに派遣された工作組は阿克切坎勒村で、違法な宗教行為に従事したことがある村人、もしくはそのような人物を知っている人は届け出るよう呼び掛けるビラを貼った。
 
工作組は人物調査書をまとめ、疑わしい人物は監視リストに載せ、毎日情報交換のためのミーティングを行う。
 
BBTUは工作組の基準を公表していないが、他の地方政府では職員に、25件の違法行為と75件の過激派の兆候を警戒するよう通告している。これには、一見無害に見える「禁煙」や「テントを買う」などの行為も含まれている。
 
地方政府のウェブサイトには、些細な違反でも1〜3か月「教育的改造」施設へ収容されると記されている。
 
そのような施設への収容は無期限で、適性な手続きも取られていない。収容者には軍隊風の訓練や、マルクス主義と中国語のクラスの受講など様々な思想改造が科せられる。
 
BBTUの工作組は、6月までに情報提供者の助けを得て100近い「手掛かり」を収集したと述べている。工作組は当局に支援を求め、当局は容疑者を拘束し、「違法な宗教活動に長期的に携わっている集団を暴いた」という。

■「家に残されたのは年寄り、弱い女性や子どもだけ」
再教育収容所は、阿克切坎勒村から車で少しの距離にあり、有刺鉄線が張り巡らされた塀で囲まれている。厳重な警備が敷かれている入り口付近で家族がひしめき合っている姿が、平日にも見られる。
 
拘束される人があまりにも増えたため、学校は両親が連れていかれた子どものための支援プログラムを提供している。

また、工作組は残された人々の農作業を手伝っている。ウイグルの農業当局はいくつかの家庭について、「家に残されたのは年寄り、弱い女性や子どもだけだ」と述べた。
 
国営メディアは、家族がいなくなった何万もの家庭に政府が手を差し伸べていると報じている。
 
工作組の一人は、「誰が家族にこのような事態をもたらしたか、誰に復讐すべきか、誰の親愛の情に感謝を示すべきか、を(家族に工作組が)理解させなければならない」とソーシャルメディアに投稿している。
 
だが、地方政府は反発に備えている。工作組派遣プログラムが怒りを引き起こし、危険な状況になっていると警告するメモが内部で回覧されているのだ。
 
政府の農業部門のウェブサイトでは、工作組に対する事前注意事項が掲載されている。襲われた場合の緊急対策を考えること、村人の居住区に決して一人きりではいかないことなどを呼び掛けている。
 
だが、BBTUの工作組は阿克切坎勒村の村人の心をつかめると確信している。昨年7月までに約50人の村人が共産党に入党したと誇らしげに語る。一方、拘束された村人は117人に上り、その数はすぐに「さらに増加する」とも工作組は述べている。【5月15日 AFP】
*****************

自らの“成果”を誇らしげに語る「工作組」・・・・かつて文化大革命の時代、思想的に誤っているとみなした多くの人々を摘発して、自己批判という“つるし上げ”で猛威をふるった紅衛兵の嬉々とした様子を彷彿させます。

“右”でも“左”でも、自らの信じているものを疑うことを知らず、その思想に照らして他人を裁き、思想的に誤った者を糾弾することに“正義”を感じる・・・・そうした政治的“無邪気さ”は非常に怖いものがあります。


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パレスチナ  ガザ住民200万人の苦しみや米大使館移転に対する拒絶を自らの“血”で世界に発信

2018-05-15 22:06:16 | パレスチナ

(米大使館移転セレモニーに出席したイバンカ氏 その優美さが、境界で起きている惨事と対対照的です。上下とも【5月15日 WSJ】)


【「彼を早く冷蔵室に入れろ。次が到着している」】
パレスチナ・ガザ地区のイスラエル境界では、米トランプ政権による大使館のエルサレム移転に抗議する大規模なデモが連日行われており、イスラエル軍の実弾を使った鎮圧行動もあって、14日だけで59人が死亡、1359人が負傷【5月15日 NHK】と報じられています。

抗議行動が行われているここ7週間では、死者は109人【5月15日 AFP】とも。イスラエル側には死者は出ていません。

****米大使館移転抗議デモ、パレスチナの流血と悲しみ****
パレスチナ自治区ガザ地区にあるシファ病院では14日、家族や友人らを必死に捜す人々の姿があった。

中には、その対象が遺体となって運ばれてきたことを知りながら確認作業を進める人や、安否に関する情報がなく、病室を見て回った後に遺体安置所へと向かう人々の姿もあった。
 
病院では、ストレッチャーに横たわるきょうだいの遺体を前にして、「なぜ私を残して逝ってしまったんだ」と若い男性が叫んでいた。彼の悲痛な叫びは、遺体を移動するよう命令する職員の声でかき消された。「彼を早く冷蔵室に入れろ。次が到着している」
 
死亡した男性は、14日に行われた米大使館のエルサレム移転に抗議する大規模なデモの最中に、イスラエル軍による銃撃などで死亡したパレスチナ人の一人だ。

この日の衝突では、少なくとも55人のパレスチナ人が死亡した。死者数としては、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとイスラエルが衝突した2014年の戦闘以来で最も多かった。
 
シファ病院の状況は深刻だ。ここ7週にわたって続いていた抗議デモを背景に、必要な薬が著しく不足していたのだ。ガザの保健当局は、輸血用の血液が不足しているとして、市民に献血を呼び掛けている。
 
この7週間で、パレスチナ側の死者は109人に上っているが、イスラエル側はゼロだ。
 
イスラエルは、抗議デモを背後で扇動しているとしてハマスを非難する。そして、パレスチナへの攻撃については、自国を守っているだけと主張している。

一方のパレスチナの人々が求めているのは、1948年に追われた土地への帰還だ。彼らはタイヤに火を付けて煙幕としながら、境界線付近に向かって石や火炎瓶を投げ込んでいる。イスラエル側はその行為に対して催涙ガスを撃ち込み、そして実弾を用いた。
 
若いパレスチナ人男性のグループは、境界線付近に設置された有刺フェンスを突破しようと数時間にわたり試みた。最後まで成功することはなかった。さらにこのフェンスの先には、より頑丈な仕切りがさらに設置されており、デモの参加者らがイスラエル軍に近づくことを強固に拒んでいるのだ。

■「戦闘機や戦車が攻撃(準備)を始めた」
イスラエルとの衝突でパレスチナの人々は次々と倒れていったが、それでもデモの参加者らはフェンスをめがけて進んでいった。
 
ラビア・カワジャさんは、「私たちは、境界線を越える試みを続ける」とAFPに語った。
 
フェンスを突破するという目下の目的は果たせなかったものの、ガザの住民200万人の苦しみや米大使館移転に対するパレスチナ人たちの拒絶を世界に向けて発信するという、より大きな目標は達成された。
 
この衝突を受けて南アフリカは、イスラエル駐在の自国大使を帰国させて抗議し、またクウェートも国連安全保障理事会の緊急会合を15日に開くよう要請し、イスラエルを非難した。
 
シファ病院では、ベッドの数も足りていない。(中略)午後になると、テントにはより多くの負傷者が搬送された。医師らはスペースの不足を理由に人々を家へと帰した。
 
夕方が近づくと、イスラエルによる銃撃計画があるとのうわさが飛び交った。そして、境界線付近から離れるようよびかける音声が拡声器を通じて流された。デモはこれを境に収束していった。
 
カワジャさんは、「戦闘機や戦車が攻撃(準備)を始めたのを見て、私たちは撤退した」とAFPの取材に明らかにした。【5月15日 AFP】
******************

“パレスチナの人々は次々と倒れていったが、それでもデモの参加者らはフェンスをめがけて進んでいった・・・・”
まるで乃木大将の二百三高地攻略を描く映画の一場面のようですが、今繰り広げられている現実です。

犠牲者の中には、生後8か月の女の子も。

****ガザ衝突、催涙ガスで乳児1人が死亡 保健省発表****
パレスチナ自治区ガザ地区とイスラエルとの境界付近で発生した在イスラエル米大使館のエルサレム移転に抗議するパレスチナ人とイスラエル軍との衝突で、ガザの保健省は15日、催涙ガスを吸い込んだパレスチナ人の乳児1人が死亡したと明らかにした。
 
死亡したのは生後8か月の女の子で、14日にガザ市東部で行われた大規模な抗議デモ中に催涙ガスにさらされたという。同省によるとこの抗議デモでパレスチナ人58人が死亡し、死者の多くが狙撃者から銃撃を受けたという。(後略)【5月15日 AFP】
*******************

なんとも痛ましい限りです。

【「致命傷を与える武力は、最初ではなく最後の手段として用いられてしかるべき」】
イスラエル側は“自国を守っているだけ”とのことですが、まだ境界を越えていない群衆を実弾で狙撃していいのか?

****ガザ抗議では「誰も射殺を免れないように見える」、国連報道官が指摘****
パレスチナ自治区ガザ地区でイスラエルとの境界付近で発生した衝突について、国連人権高等弁務官事務所の報道官は15日、抗議を繰り広げるパレスチナ人は誰であれ、直接的な脅威をもたらしているかどうかにかかわらずイスラエル軍によって殺害されることを「免れない」ように見えると述べた。
 
OHCHRのルパート・コルビル報道官はスイス・ジュネーブで報道陣に対し、「フェンスに近づいたという事実だけでは、致命的な、生命を脅かしかねない行為ではないがゆえに、発砲は正当化できない」と指摘。
 
にもかかわらずガザでは「誰も射殺を免れないように見える」と述べたコルビル氏は、イスラエルにも適用される国際法には「致命傷を与える武力は、最初ではなく最後の手段として用いられてしかるべき」ということが明記されていると強調した。
 
また「これは(イスラム原理主義組織の)ハマスによるものだから構わないのだと言ってのけるのは容認できない」と述べ、多くのパレスチナ人犠牲者を出していることについてのイスラエルの弁解を一蹴した。【5月15日 AFP】
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近年、パレスチナ問題は、和平の可能性が遠のいたこともあって、シリア内戦などの陰に隠れる形にもなっていましたが、“フェンスを突破するという目下の目的は果たせなかったものの、ガザの住民200万人の苦しみや米大使館移転に対するパレスチナ人たちの拒絶を世界に向けて発信するという、より大きな目標は達成された。”

サウジ・エジプトも非難 ただし、温度差も
今回の激しい衝突によって、埃をかぶっていた“アラブの大義”の旗が、再び持ち出されることにも。

****<米大使館移転>怒る中東、米へ非難拡大 「集団虐殺だ****
在イスラエル米大使館のエルサレム移転を受け、中東のイスラム諸国ではイスラエルや米国への非難が拡大している。

トルコ政府は14日、米国とイスラエルに駐在するトルコ大使を召還。イスラエル軍がパレスチナ人デモ隊に発砲し、多数が死傷したことについて、トルコのエルドアン大統領は「ジェノサイド(集団虐殺)だ」と怒りをあらわにした。パレスチナ人の犠牲者はさらに増える恐れがあり、緊張が高まっている。
 
中東の衛星テレビ局アルジャジーラなどによると、トルコの最大都市イスタンブールでは14日、6000人規模の抗議デモが発生。参加者は「イスラエルはテロ国家」「パレスチナ人を見捨てない」と訴え、米国旗を燃やす市民もいた。トルコ政府はパレスチナへの連帯を示すため、15日から3日間を服喪期間にすると宣言した。
 
トルコは北大西洋条約機構(NATO)の一員で米国の同盟国だが、近年はトルコが敵視する一部のクルド人勢力を米国が支援したことなどから、対米関係が悪化している。
 
また、イラン核合意離脱問題などで米国やイスラエルと敵対するイランのザリフ外相は、ツイッターで「世界最大の野外監獄(ガザ)で、数え切れないパレスチナ人が無残に殺害された。大いなる恥の日だ」と述べた。
 
アラブ連盟(21カ国と1機構、本部・カイロ)は対応を協議する緊急会合を16日に開催する。アブルゲイト事務局長(エジプト元外相)は、14日の移転式典に多くの国が参加したことを「恥ずべき行為」と指摘した。
 
親米のサウジアラビアやエジプトの外務省なども14日、イスラエル軍によるパレスチナ人殺害を非難。チュニジアの労組団体は、米国船の入港禁止を検討していると伝えられた。

宗教界からも懸念の声が上がり、エジプトにあるイスラム教スンニ派最高権威機関アズハルのタイエブ総長は「世界の15億人のイスラム教徒の心を傷付ける行為だ」と大使館移転を批判した。【5月15日 毎日】
*******************

イランに対抗する構図から、アメリカ・イスラエルと接近しているサウジアラビアも、さすがに(抑制されたトーンながら)非難しているようです。どこまでの本気度かはわかりませんが、イスラエルと大ぴらに連携することは難しくなります。

問題がさらに拡大すれば、イスラエル・サウジアラビアと連携してイランを叩く・・・というトランプ大統領の目論見にも齟齬をきたしかねません。

もっとも、街頭での反イスラエル・反米デモはトルコの様子などが報じられていますが、サウジアラビアやエジプトからは報じられていないようにも。政府だけでなく、社会レベルでパレスチナ問題への“変化”が生じているのでしょうか。

なお、イスラエル軍による銃撃については、フランスやEUなども14日、相次いで声明を発表し、イスラエルの武力行使を非難しています。

アメリカ「ハマスに責任」 国内選挙事情優先のトランプ政権
大使館移転という混乱の引き金を引いたトランプ大統領(混乱の背景には、トランプ大統領の露骨なイスラエル寄りの姿勢で、「2国家共存」の可能性すら遠のいている現実もあります)が、この混乱にどのようにツイートしているのかは知りませんが、アメリカは「ハマスに責任がある」としています。

****パレスチナ人死傷「ハマスに責任」=イスラエル擁護明確―米報道官****
シャー米大統領副報道官は14日の記者会見で、パレスチナ自治区ガザで起きた米大使館のエルサレム移転に抗議するデモ隊への発砲で、パレスチナ人多数が死傷したことに関し「(イスラム原理主義組織)ハマスに責任がある」と非難した。

銃撃したイスラエル軍の責任を問わない姿勢を明確にしたことで、パレスチナ側がさらに反発を強めるのは必至だ。
 
シャー氏は、ガザを実効支配するハマスが「意図的に(パレスチナ人の)反発をあおってきた」と主張した。イスラエル政府については「暴力を用いない事態収拾を何週間も試みてきたと思う」と擁護。「イスラエルには自衛権がある」と強調した。【5月15日 時事】
******************

あまり説得的とも思えませんが、トランプ大統領の中東の安定・平和より国内選挙事情を優先させるような“良識”にも疑問を感じます。

****開いた「パンドラの箱」、エルサレム分断 米大使館移転****
・・・・米国が仲介した1993年のオスロ合意では、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」を目指す和平交渉への道が開かれた。だが、両者は不信をぬぐえず衝突を繰り返し、2014年4月を最後に交渉は行われていない。

米大使館移転を受けて、米国が仲介する形での和平交渉の再開は絶望的になった。パレスチナ自治政府のアッバス議長は「米国はもはや公平な仲介者ではない」と断じた。
 
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地があるエルサレムの帰属を決めるのは至難だ。国際社会は「イスラエルとパレスチナの交渉で解決されなければならない」として、和平交渉の推移を見守ってきた。だが、和平が進む見通しが消えたことで、聖地の帰属も未解決のまま放置される。

トランプ氏、中間選挙へアピール
13日夜、エルサレムのイスラエル外務省。イスラエル政府が米国政府からの派遣団を招いて、米国大使館のエルサレム移転を歓迎する式典が開かれた。
 
「トランプ大統領は歴史をつくろうとしている。勇敢な決断に感謝する!」
イスラエルのネタニヤフ首相がトランプ氏をたたえると、ムニューシン米財務長官も「米国にとってイスラエル以上のすばらしいパートナーはいない」とネタニヤフ氏を持ち上げた。
 
だがイスラエル外務省によると、式典に招待された86カ国の駐イスラエル大使らのうち、出席したのは23カ国。経済支援や安全保障で米国の強い影響下にある中米グアテマラ、南米パラグアイ、東欧ルーマニアなどだ。イスラエルとパレスチナの「2国家共存」を重視する欧州の主要国や日本の大使は出席しなかった。
 
トランプ氏は大統領選の時から一貫してイスラエル寄りの姿勢を堅持する。10日には「歴代大統領が選挙で公約しながら、決してできなかった米国大使館のエルサレム移転が、ついに実現する」と自賛した。
 
背景には、米人口の4分の1を占めるとされる最大の宗教勢力、キリスト教福音派の支持を確実にしたい思惑がある。同派の大半はイスラエルは神がユダヤ人に与えたと考え、ユダヤ人を祝福すれば神の祝福を得られると信じ、大使館移転を熱烈に歓迎している。
 
今年11月には米中間選挙が控える。トランプ氏が率いる米共和党が上下両院の過半数を確保するには、キリスト教福音派の支持が不可欠だ。共和党が過半数を割れば、トランプ氏は「米国第一」の政策をやりにくくなるうえ、ロシア疑惑をめぐって議会から弾劾(だんがい)を受ける可能性も出てくる。
 
トランプ氏は昨年12月の首都宣言からわずか半年で大使館移転を実現したが、実態は既存の領事施設を使い、わずかな職員が働くだけだ。フリードマン駐イスラエル大使は新たな大使館に常駐しない。
 
一方、首都宣言に猛反発するパレスチナに対しては、トランプ氏は「兵糧攻め」に出ている。米国は、パレスチナ難民に医療や教育を提供し、食料を配布する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の拠出金の最大負担国だ。

トランプ氏は今年1月、拠出金の半分以上を凍結すると表明。圧力をかけて相手の譲歩を引きだそうとする手法は、イラン核合意からの離脱表明にも共通する。(後略)【5月15日 朝日】
********************

【“本番”15日を迎え・・・
非常任理事国のクウェートの要請で、国連安全保障理事会は14日、緊急会合を15日午前(日本時間同日深夜)に開くことを決めたとのことですが、どんなイスラエル批判がでても、アメリカが拒否権を行使するだけでしょう。

パレスチナは現在、15日の午後。「大惨事(ナクバ)」70年目の記念日“本番”を迎えて、14日に引き続き混乱が予想されていますが、そのあたりの情報は日本語メディアではまだ入っていません。

****反イスラエル抗議デモ続く=建国70年で「帰還の行進」―パレスチナ****
パレスチナ自治区ガザでは15日も、米国が在イスラエル大使館をエルサレムに移転したことに反発する抗議デモが続く見通しで、混乱が拡大する恐れもある。

3月末からのデモでは14日、イスラエル軍の銃撃で子供や女性を含む少なくとも59人が死亡、2014年のガザ戦闘以来、1日としては最大の犠牲者数となった。
 
パレスチナにとっては、1948年のイスラエル建国で70万人以上が故郷を追われた「ナクバ(大惨事)」から15日で70年。市民からは「このまま戦争につながるのでは」という懸念も出ている。(後略)5月15日 時事】 
******************

あまりの混乱に、事態が暴走するのを恐れたハマスが抑止行動に出れば、14日とは違った展開にもなりますが・・・・。

混乱が拡大しないことを願う気持ちが半分、そうはいっても、国際社会の目をパレスチナに向けさせるためには結局のところパレスチナの人々の“血”しかないのかも・・・という思いも半分。
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ベネズエラ  破綻した経済 しかし、マドゥロ大統領は再選の見込み 命綱の石油生産は減少 

2018-05-14 22:42:46 | ラテンアメリカ

(お札で作ったバッグ【2月14日 BQ NEWS】「紙幣を持っていたって何も変えないから、みんな平気で捨てているよ。新聞やノートには使いみちがあるのに、お金が使えないんだよ。使えないけど、投げ捨てるよりはマシな使いかたがないかと思ってね」 バッグやサイフ、ハットに生まれかわったお札のファッションアイテムは、タバコや肉と物々交換出来るため、本来のお札よりも価値があるとか。)

それでもマドゥロ大統領再選の見込み
経済破綻している南米・ベネズエラでは、大統領選挙が今月20日に行われます。

****ベネズエラ大統領選 前倒しから一転延期 批判かわす狙いか****
独裁色を強めている南米ベネズエラのマドゥーロ政権は、ことし12月から来月(4月)に前倒しすると一方的に発表していた大統領選挙を5月に延期することを明らかにし、周辺国をはじめ国際社会からの批判をかわす狙いがあるとみられます。

ベネズエラでは、ことし12月に予定されていた大統領選挙について先月、マドゥーロ政権が来月22日に前倒しすると一方的に発表し、これに対して野党側が、公正な選挙が行えないとして選挙をボイコットすると表明したほか、南北アメリカ諸国でつくる米州機構も日程の変更や国際的な監視団の受け入れを勧告しました。

こうした中、ベネズエラの選挙管理当局は1日、大統領選挙を5月20日に延期し、国連の監視団を受け入れることを明らかにしました。

マドゥーロ大統領をめぐっては、独裁色を強めているとして内外の反発が高まっており、来月開かれる米州首脳会議への出席を開催国のペルーが拒否したばかりで、今回の決定には、周辺国をはじめ国際社会からの批判をかわす狙いがあるとみられます。【3月2日 NHK】
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マドゥロ大統領は、経済破綻の責任及び強権支配を理由に、国際的には批判の集中砲火を浴びていますし、国内的にも野党勢力からの強い批判・抗議はあります。

ただ、国内にはチャベス前大統領以来の現政権を支持する層も存在することも事実で、野党勢力の足並みがそろわないこともあって、今回大統領選挙も現職マドゥロ氏が再選されることになりそうです。

****経済破綻も、現職マドゥロ氏優勢=ベネズエラ大統領選まで1週間****
経済破綻に陥っている南米の産油国ベネズエラの大統領選挙(20日)が1週間後に迫った。4人が立候補しているが、国会多数派の野党連合「民主統一会議(MUD)」はボイコットを表明しており、独裁色を強める反米左派の現職マドゥロ氏の再選が濃厚だ。

マドゥロ氏は、国の苦境は原油を狙う米国などの策謀のせいだと主張。仮想通貨「ペトロ」を通じた外貨獲得や通貨切り下げなどで乗り切るとしており、「帝国主義者や裏切り者の寡頭政治家に教訓を与えるため、圧勝する」と自信を示す。
 
一方、対抗馬と目されるファルコン前ララ州知事も「20日に国民は変化の勝利を祝い、国際社会はわれわれの勝ちを認めるだろう」と強気。ただ、同氏はMUDの反対を押し切って立候補したため野党勢力の支持は得られておらず、苦戦している。
 
ベネズエラは世界最大の原油確認埋蔵量を誇るにもかかわらず、国際原油価格の低迷と失政で経済破綻。昨年のインフレ率は2600%を超え、食料や生活必需品の欠乏にあえぐ国民が雪崩を打って国外に逃れている。
 
マドゥロ政権下での過去の選挙は与党寄りの中央選管による組織的な不正が強く疑われ、中南米や欧米諸国は大統領選中止などを求めてきた。【5月12日 時事】
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インフレ率1万3779%に加速 飢えに苦しむ国民の体重が11キロも減少
“昨年のインフレ率は2600%を超え”とありますが、足元では大幅に加速しています。

****ベネズエラ、インフレ率1万3779%に加速 国会が公表****
南米ベネズエラの国会は7日、4月時点の物価上昇率(インフレ率、年率換算)が前年同月比1万3779%に達したことを明らかにした。ハイパーインフレがさらに加速した。ベネズエラのインフレ率は群を抜いて世界最高であると推定されていたが、今回の統計でそれが裏づけられた格好だ。
 
世界一の原油確認埋蔵量を誇るベネズエラだが、国債は部分的なデフォルト(債務不履行)に陥り、国内では食品や医薬品の不足が深刻化している。
 
外貨準備も落ち込むなか、ニコラス・マドゥロ政権は紙幣を刷り続け、通貨ボリバルはほとんど価値がなくなっている。
 
インフレ率は、野党が多数を占める国会の財務・経済開発委員会が報告書の中で明らかにした。
同委員会のラファエル・グズマン委員長は記者会見で「われわれは世界で最も高いハイパーインフレに見舞われた国にいる」と述べ、「通貨を安定させるために新たな財政・為替政策が必要だ」と訴えた。【5/8 AFP】
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インフレ率100%の場合で物価が2倍。インフレ率200%で3倍になる訳ですから、インフレ率1万3779%ということは1年前に比べて物価が138倍になった・・・・ということでしょう。このような混乱状態になると、まともな数字の把握も困難でしょう。

ひと頃の南アフリカ・ジンバブエの天文学的数字のハイパーインフレーションに比べればまだましですが、これではまともには経済は機能せず、状況は加速度的に悪化していきます。

なお、“物価高騰により供給不足となっているキャッシュ(紙幣)を十分に持たない顧客を呼び込もうと、野菜売りからタクシー運転手まで多くの人がモバイル決済アプリに登録している。”【2月18日 ロイター】と、デジタル時代のイノベーションも進行しているようです。

それはいいとしても、食事が満足にとれない国民が多く、飢えに苦しむ国民の体重が11キロも減少したとか。

****経済危機のベネズエラで国民がやせ細っていく****
<石油依存経済が破綻して物質不足が深刻化。飢えに苦しむ国民の体重が11キロも減少している>

経済破綻と食料不足にあえぐベネズエラで深刻な数字が明らかになった。17年の1年間で国民の体重が平均11キロ減少し、貧困率は90%にも上るというのだ。

国内の3大学が毎年行っている調査によると、体重は16年が平均8キロ減だった。貧困率は14年が48%、16年が82%で、事態は明らかに悪化している。

17年の調査は、20〜65歳の6168人を対象に実施された。そのうち60%の人が、過去3カ月の間に空腹で目が覚めたことがあると答えている。ベネズエラの人口3100万人のうち、約4人に1人が1日2食以下で過ごしている。
その食事も、調査の報告書によると、ビタミンとタンパク質が不足している。

食生活の偏りの一因は超ハイパーインフレだ。ブルームバーグの調べでは、1月中旬までの12週間で年率換算約45万%と、驚異的な水準に達している。

複雑な通貨制度と外貨不足のために輸入代金の支払いがままならず、ベネズエラ国内では食料品と日用品を中心に物資不足が続いている。小麦粉など基本的な食料品を求めて、店に長蛇の列ができるほどだ。

「収入はないも同然だ」と、調査チームに参加したアンドレス・ベーリョ・カトリック大学のマリア・ポンセは言う。「物価上昇と人々の給料との差は社会全体に広がっている。貧困ではないベネズエラ人は事実上、1人もいない」

今回の調査は、ベネズエラの福祉について最も包括的に分析したものの1つと言える。政府が貧困に関するデータを発表したのは15年上半期が最後で、その際の貧困率は33%だった。

数十万人が国外に流出
つらい空腹は、国民の生産性を大きく損なう。石油生産など主要な経済部門でも、食べ物を買う余裕のない従業員は体力が落ちて力仕事をこなせない。

ベネズエラ国営石油公社の労働組合の幹部によると、17年11月と12月に北西部スリア州の掘削基地で栄養不良の従業員12人が倒れ、病院で治療を受けた。別の組合には、北東部の都市プエルト・ラ・クルスで仕事中に空腹のあまり意識を失った複数の従業員が窮状を訴え出た。

99年にチャベス政権が発足して以来、ベネズエラは社会福祉の財源を石油産業に頼ってきた。しかし、国の石油政策は失敗し、原油価格が世界的に急落したため、ベネズエラは国民の命さえ脅かされる人道的危機の瀬戸際に立たされている。

13年にマドゥロ大統領が就任した後、ベネズエラは深刻な不況に陥っている。14年後半から食料は配給制になり、割り当てを管理するための指紋認証システムがスーパーに導入された。マドゥロは15年に、このシステムを全国2万店舗に拡大すると発表した。

マドゥロは5年前にトイレットペーパー不足が問題になった際に、「食べ過ぎ」のせいだと言ったこともある。当時の調査によると、ベネズエラの国民の9割以上が1日3、4食を取っていた。

多くのベネズエラ人が、食べ物と仕事を求めて祖国を後にしている。17年以降、50万人が国境を越えてコロンビアに入った。ガイアナやブラジルなど、近隣諸国に移り住む人も増え続けている。

ドイツに入国したシリア難民は60万人。ミャンマーでの激しい暴力行為を逃れて、バングラデシュに避難したイスラム系少数民族ロヒンギャは100万人。それに匹敵する危機が起きようとしているのかもしれない。【3月3日 Newsweek】
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それでも大統領が再選される見込み・・・というのが不思議なところですが、支持層にはそれなりに配給等がなされているということでしょうか?

マドゥロ政権も何もしていない訳でもなく、政府は2月、独自の仮想通貨として、確認埋蔵原油を裏付けとする「ペトロ」と、金が後ろ盾の「ペトロ・オーロ」を発行すると発表しています。

しかし、トランプ米大統領は3月、アメリカ国内での流通やアメリカ人による取引を禁止する大統領令を出しています。ベネズエラが仮想通貨を使って外貨を調達し、経済制裁を回避することを封じるのが狙い。【3月20日 時事より】

基本的には、市場を無視した経済政策を改めない限りは(つまりは、政権が代わらなければ)、状況脱出は無理でしょう。

差し押さえに走る債権者 石油生産減少で世界の原油価格高騰
このベネズエラの経済破綻は、世界経済にも影響します。

最近、トランプ大統領のイラン核合意破棄から、イランの石油輸出が減少することが見込まれ、原油価格が上昇していますが、実際のところは、イランの問題よりベネズエラの問題の方が原油価格に影響が大きいことが指摘されています。

****イランより深刻か、ベネズエラ発の石油危機****
原油生産に壊滅的な打撃を与えかねない2つのリスク

今週の原油関連のトップニュースは全てイラン絡みだった。だが南米ベネズエラで次々に持ち上がる厄介な事態はそれ以上に深刻かもしれない。

政権維持のために選挙日程が前倒しされるなど、物議を醸すベネズエラ大統領選の投票日まで2週間を切る中、同国の主な収入源である原油輸出がさらに急激に落ち込む可能性が出てきた。

S&Pグローバル・プラッツの推定では、同国の直近の原油生産量は日量141万バレルと、石油産業で大規模ストライキが発生した2002~03年を除き、少なくとも30年ぶりの低水準にある。1年前と比べても50万バレル以上少ない。現職のニコラス・マドゥロ大統領は今度の選挙で再選(任期6年)がほぼ確実視されている。
 
ベネズエラは2つのリスクに直面する。両方とも実現すれば、原油生産量の落ち込みは、イランへの経済制裁が再開された場合に同国で起きる減産の予想最大値を上回る可能性がある。

リスクの原因は、ベネズエラが国内で産出する重質原油にブレンドする軽質原油を輸入に頼っていることにある。国産の重質原油を運搬しやすく希釈するには、そうした軽質原油を米国から輸入する必要がある。

1つめの状況はすでに展開中だ。ベネズエラ沖のオランダ領キュラソー島およびボネール島には、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)が保有する石油精製・貯蔵施設がある。

米 石油大手コノコ フィリップスは、ベネズエラ政府が2007年に同社の資産を接収した問題で国際仲裁機関に調停を申し立て、最近同社への補償を認める裁定が下ったため、PDVSA保有施設の実質的な差し押さえに動いている。

ベネズエラ政府はこれらの施設に原油を運び込まないように(コノコがそれも差し押さえるのを恐れて)指示している模様で、石油精製がストップする可能性がある。
 
米国がベネズエラへの希釈剤の輸出を停止すれば、2番目の状況が発生するだろう。この措置は、ベネズエラの残る原油生産量の半分以上を危険にさらすことになる。マイク・ペンス米副大統領はすでに同国の大統領選を「偽りの選挙」と非難している。
 
エネルギー問題のエコノミスト、フィリップ・バレジャー氏は、コノコの動きだけで、ベネズエラの原油輸出が最大で日量50万バレル減少するとの見方を示した。

この数字は、米国によるイラン制裁の再開で予想される影響の上限と一致する。さらに米国の禁輸措置が実施されれば、一段と大きな打撃となりかねない。原油市場の次のワイルドカード(波乱要因)は中東だと思ってはいけない。南米に要注意だ。【5月11日 WSJ】
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経済破綻を懸念する債権者が石油精製施設を差し押さえ、アメリカが希釈剤輸出を停止すれば、ベネズエラは石油輸出が出来なくなります。

アメリカはベネズエラから石油を輸入しており、国内ガソリン価格上昇という返り血を浴びる、そうした厳しい施策に踏み込むほどの本気度があるかどうかは不明です。

しかし、債権者の方は、上記記事の米石油大手コノコ フィリップスだけでなく、今後さらに加速しそうな気配です。
更に、“最大の債権者”中国がどうするのか?

****産油国ベネズエラが恐れる「死のスパイラル****
「死のスパイラル」というのは使い古された表現だが、現在のベネズエラの石油業界を表現するにはこの言葉がふさわしい。エネルギー消費国と投資家はこうした状況に注意を払うべきである。
 
ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の産油量はこれまで急減してきたが、投資家は同社が世界市場への原油供給を続け、同国に外貨をもたらし続けると想定していたが、そうした想定は崩れ始めている。
 
2007年にベネズエラ政府によって資産を接収された件に関連して20億ドルの調停金を受け取る裁定を受けた後、米 石油大手コノコ フィリップスはPDVSAのカリブ海にある施設の差し押さえに動いた。

ベネズエラの重質原油を海外で売りやすくするためには、軽質原油とブレンドするための貯蔵施設、精製施設が必要なため、この措置だけでも同国にとっては打撃となる。

エネルギー問題のエコノミスト、フィリップ・バレジャー氏は、この問題によってベネズエラが生産している日量140万バレルの原油のうち最大50万バレルが輸出できなくなるかもしれないとみている。これに加えて米国のイラン制裁措置が再開すれば、原油価格はこの数年間の最高値を上回る可能性もある。
 
コノコフィリップスのこうした措置に続いて他社も、タンカーや石油貨物船などPDVSAがベネズエラ国外に保有する資産の差し押さえにあわてて動いている。

例えばカナダの金鉱会社ルソロはPDVSAが保有する米製油所、CITGOホールディングを差し押さえようとしている。CITGOはベネズエラにとって米国市場にアクセスするために欠かせない施設であり、国境によって守られていない数少ない施設の1つでもある。
 
このような差し押さえの合法性には疑問の余地もあるが、事業運営にはすでに不透明感による影響が出ている。

PDVSA代表者のコメントは得られていないが、ロイターの報道によると、カリブ海の施設に向かっていた9隻の船が先週、ベネズエラとキューバの海域に進路を変更した。積み荷が差し押さえられるのを回避するためと思われる。
 
PDVSAには、コノコフィリップスよりずっと大きな債権者がいる。中国は同社に約500億ドルを貸し付けており、原油価格が現在の水準の半分ぐらいだった2016年に一部融資の返済猶予で合意している。

中国が万一、返済再開を要求してきたら、PDVSAは生産した原油の4分の1近くを中国に出荷することになり、原油輸出から得られる収入は大幅に減少するだろう。

中国からのさらなる圧力や5月20日の大統領選に関連して米国が行う恐れのある制裁措置がなかったとしても、ただでさえ不足しているベネズエラ政府の外貨収入は直近の困難でさらに減り、国内での不安がより深刻化する可能性が高まるだろう。
 
同国の産油量が2002-2003年のストライキを除き、数十年間での最低水準にあることが報道されると、世界の原油価格は急騰した。こうしたことが今後も繰り返されていく公算はますます大きくなっている。【5月14日 WSJ】
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いよいよ“崖っぷち”に向かって流されるベネズエラですが、そこに至るまでは、権力の暴力装置に守られ、一部支持層には利益ももたらす強権支配政権は揺るがない・・・ということのようです。
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ミャンマー  ロヒンギャ以外の少数民族問題 停戦合意に向けて個人の立場で尽力する日本人も

2018-05-13 23:43:09 | ミャンマー

(「タアン民族解放軍」の基本綱領が書かれた冊子【2014年4月28日 アジアプレス・ネットワーク】)

【ロヒンギャ問題 国連安保理視察団を受け入れたものの、国際社会との溝は埋まらず】
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する“民族浄化”の問題については、ミャンマー民主化を期待されたスー・チー国家顧問の消極的対応への国際的失望などを含め、再三取り上げているところです。

****スーチー氏への失望広がる ロヒンギャ問題****
国連安全保障理事会の視察団がミャンマーの少数イスラム教徒ロヒンギャ族の問題に関連して、避難民として逃れているバングラデシュのキャンプや元々居住していたミャンマーのラカイン地方、そして首都ネピドーを訪問した。

各国国連大使など15人からなる視察団はネピドーでアウンサンスーチー国家顧問兼外相やミンアウンフライン国軍最高司令官と会談し、ロヒンギャ問題で意見を交換したものの「ミャンマー国軍による深刻な人権侵害や民族浄化」を証明しようとする国連側とあくまでテロリストを対象にした軍事作戦であるとするミャンマー側の主張の隔たりは埋まらなかった。

ロヒンギャ問題が2017年8月に大きくクローズアップされて以来、国連による初の大規模視察団をミャンマーが受け入れたものの、ロヒンギャ問題の根本的な解決にはほとんど無力だった。(中略)

ネピドーに戻った視察団の英国連大使ピアース氏はロヒンギャ族に対するミャンマー国軍の数々の人権侵害に関し「きちんとした捜査が必要だ」と述べた。その上で人権侵害事案の捜査を「国際刑事裁判所(ICC)」に委ねることも一案との考えを示した。

国連をはじめとする国際社会がミャンマー国軍など治安組織によるロヒンギャ族への人権侵害は「民族浄化」であるとの主張を繰り返しているものの、ミャンマー側は一貫して「人権侵害の事実はなく、国軍の行動は(ロヒンギャ族の)テロリストに対して行ったものである」と主張、双方が立場を譲らない状態が続いている。

ピアース大使の発言は、その膠着状態を打開する方策の一つとしてICCの介入を示唆したものとみられている。

■ スーチー女史との会談も平行線
視察団はラカイン州を訪問する前日の4月30日にネピドーでスーチー国家顧問兼外相と会談した。

会談ではスーチー顧問が「(ロヒンギャ族の)帰還プロセスの手続き促進にはバングラデシュの協力が不可欠である」と強調しながらも現在まで帰還が始まっていないことについては「バングラデシュ側が準備した帰還希望者の書類に不備があったため遅れている。ミャンマー側の受け入れ態勢はすでに整っている」と主張し、バングラデシュ側に責任を押し付ける姿勢をみせた。

さらにスーチー顧問は今後の問題点として「帰還した人々と他の地域の住民の信頼関係をどう構築するか。帰還者に市民権を与えるかどうか」などを指摘したものの、具体的な方針には触れなかった。

その後視察団はミンアウンフライン国軍最高司令官とも会談したが、司令官は視察団がバングラデシュの収容施設で聞いた人権侵害の数々の事例について「誰一人としてバングラデシュでは幸せではない状態で、そうした悲劇的な事例の話をして同情を買おうとしているだけで、全ては誇張されている」と反論。

その上で「帰還した人々の安全を心配することはない。彼らが決められた地域にいる限りは安全だ」と強調し、視察団の懸念の払しょくに努めた。

視察団は国際社会の「ミャンマー国軍による人権侵害」の実態把握とバングラデシュに逃れた約70万人の避難民の帰還プログラムのスムーズな実施に向けた実情を視察する目的があった。

しかし、人権侵害との指摘には「ロヒンギャ族のテロリストを対象にした軍事作戦である」として完全否定の姿勢を崩さず、帰還プログラムに関しても「ミャンマー側は準備万端だが、バングラデシュの問題で遅れている」などと責任転嫁に終始するなど、国際社会とは平行線をたどったままで視察は終わったといえる。(後略)【5月13日 大塚智彦氏 Japan In-depth)】
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今も交戦状態にある少数民族も
ロヒンギャ“民族浄化”問題はそういった状況ですが、周知のようにミャンマーはロヒンギャ以外にも多くの少数民族問題を抱えており、そのうちのいくつかについては交戦状態にあります。

****ミャンマー北部 政府軍と武装勢力の戦闘で住民5000人超が避難****
(中略)カチン州では、自治権の拡大を求める少数民族のカチン族の武装勢力と政府軍との間で戦闘が続いていますが、先月以降、戦闘の影響で5000人を超える住民が州内の別の場所に避難しています。

国際社会からは政府軍が住宅地を攻撃しているという批判も出ているため、政府は11日までの3日間、現地を初めてメディアに公開しました。

住民が避難したという村では、戦闘が続いている様子は見られず、政府は「戦闘は最小限の規模ですでに終了し、住民への被害は出ていない」と説明しました。

しかし、避難所では多くの人が身を寄せ合って生活していて、取材に答えた住民たちは、「村の近くで銃声が聞こえた」とか、「以前のように、軍人に拷問を受けるのではないかと思い、逃げてきた」と話していました。(後略)【5月12日NHK】
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“住民への被害は出ていない”など、政府・軍が現状を隠蔽しようとする体質は、ロヒンギャ問題と共通しています。

ミャンマー北部シャン州でも激しい交戦があったようです。(上記カチン州の動きとの関連はよくわかりません)

****軍と武装勢力の衝突で19人死亡 ミャンマー****
ミャンマーのシャン州で12日、ミャンマー軍と少数民族武装勢力との間で新たな武力衝突が発生し、少なくとも19人が死亡、数十人が負傷した。同軍および地元の情報筋がAFPに明らかにした。
 
武力衝突はミャンマー軍と、自治権の拡大を求める少数民族武装勢力の一つである「タアン民族解放軍」の間で発生したものとみられる。
 
人権団体は、国際社会が西部ラカイン州における、イスラム系少数民族ロヒンギャの問題に重点的に取り組む中、中国と国境を接するミャンマー北部では過去数か月の間に武力衝突が増加していると指摘した。(後略)【5月12日 AFP】
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上記衝突は中国国境付近で起きており、中国をも巻き込む形になっています。

****ミャンマーの中国国境近くで武力衝突、中国側に砲弾が着弾****
2018年5月12日、環球網は、ミャンマーで武力衝突があり、中国側に砲弾が着弾したと伝えた。

記事によると、5月12日午前6時45分ごろ、徳宏タイ族チンポー族自治州瑞麗市と隣接するミャンマーのシャン州ムセ地区で、政府軍と武装勢力との間で武力衝突が発生し、避難民が国境を越えて中国側へ避難したほか、砲弾が中国側に着弾したという。記事は、「砲弾の1発は中国側の約200メートルの所に着弾し爆発したが、負傷者は出なかった」と伝えた。

瑞麗市は、直ちに「国境安定応急処置作業対応策」を始動し、国境と市民の命や財産の安全を確保して、同時に国境を越えて流入した避難民に対して適切に対応し、登録を強化して違法な流入を防ぐ対策をとったという。

記事によると、現在のところ中国側の人的被害は報告されていない。記事は市民に対し、「しばらくは国境付近での生産活動を避け、勝手に国境を越えず、特別な事情で国境を越える必要がある場合は、中華人民共和国出入国管理法を厳守し、決して密出入国しないように」と呼びかけている。

中国中央テレビは、ミャンマーのムセ地区での武力衝突で、19人が死亡、29人が負傷したと伝えた。【5月13日 Record china】
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日本も関与して進められる停戦合意
スー・チー顧問は、全少数民族との停戦協定締結を重点施策として進めていますが、これまでのところ、従来の8民族に加え、今年2月には新たに2民族との停戦協定が締結されています。

この交渉には、日本も深く関与しています。下記は河野外相の談話です。

****ミャンマーにおける少数民族武装勢力との停戦合意署名について(外務大臣談話****
1 (2月)本13日(現地時間同日),ミャンマー連邦共和国の首都ネーピードーにおいて,新モン州党とラフ民主連盟の全国停戦合意への署名が行われたことは,ミャンマーの国民和解実現に向けた前向きな動きであり,日本政府として心より歓迎します。

2 署名式典では,笹川陽平ミャンマー国民和解担当日本政府代表が様々な協力をミャンマー側関係者と相談しつつ実施してきたことを受けて,我が国から同代表が証人として署名しました。


定住のための支援を重視しており,これまで,カレン州を中心に,日本財団等の日本のNGOと連携して住居,学校,病院,橋などの建設を行ってきています。

今後は,ミャンマー政府や地方政府とも協議しつつ,モン州等において紛争の影響下にあった住民にも対象を拡大して,復興・開発支援を行っていきます。

4 ミャンマーにおける和平と国民和解の実現は,インド太平洋地域の安定と平和のために極めて重要です。ミャンマー政府,国軍,少数民族武装勢力が全国停戦合意を実現し,和平プロセスを進展させることで,より多くの人々が平和を実感することを強く期待します。

【参考1】ミャンマーにおける和平プロセス
ミャンマー政府は,2011年8月以来,国内和平達成のため,少数民族武装勢力と和平交渉を実施。2015年10月,カレン民族同盟(KNU)等の少数民族武装勢力8勢力が署名していたが,新モン州党等残る勢力との停戦合意実現が課題となっていた。

【参考2】新モン州党(NMSP)
 ミャンマー東部モン州を拠点とする少数民族武装勢力。1948年以来,国軍との間で戦闘が繰り返され,多くの避難民が発生してきた。

【参考3】ラフ民主同盟(LDU)
 ミャンマーのシャン州東部とタイを拠点とするラフ族の少数民族武装勢力。ラフ族の一部は,シャン州及びタイ領内で避難民となっている。【2月13日】
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【『ビルマのゼロファイター』】
上記記事にもある、日本政府お墨付きの大きな団体だけでなく、個人としてミャンマーの停戦合意に尽力されている方もいます。何の後ろ盾もなく、身ひとつで活動していたことから、現地では『ビルマのゼロファイター』とも呼ばれていたそうです。

****ミャンマー少数民族和平に尽くす日本人****
山澤
「けさは、今も内戦が続くミャンマーの和平交渉で大きな役割を果たしてきた、井本勝幸さんをご紹介します。」

丹野
「ミャンマーと言えば、ロヒンギャの人たちへの対応が国際社会から批判を浴びていますが、それと同様に大きな課題となっているのが、国内の紛争問題です。
ミャンマーでは、イギリスからの独立以降、70年にわたって少数民族の武装勢力と政府軍との間で内戦が続いていますが、政府はおよそ20ある武装勢力のうち、これまで10の勢力と停戦協定を結びました。」
山澤
「この和平交渉のプロセスで大きな役割を果たしたのが、井本さんです。
単身ミャンマーの山岳地帯に入ったのが8年前。それ以来、武装勢力と政府の仲介などに尽力してきました。
外国人、そして一般人でありながら、長年対立する人々をなぜ和解に導くことができたのか。ミャンマーから一時帰国した井本さんに話を聞きました。」

ミャンマー和平交渉 命をささげる日本人
(中略)井本さんは、大学時代からボランティアやNGOのメンバーとしてソマリアやタイ、カンボジアの難民支援活動に携わってきました。

その後、28歳で出家。
福岡の叔父の寺で副住職を務める一方、仏教徒ネットワークを立ち上げ、東南アジアの難民や農村地域の支援を行ってきました。

中でも、井本さんが特に気になっていたのがミャンマーでした。
当時、軍事政権下にあったミャンマーへの入国を何度も試みていた井本さん。 8年前、タイから入り、初めて目にした現地の状況が井本さんの人生を大きく変えました。

1948年にイギリスから独立して以降、平等と自治権を求める少数民族と政府軍の間で戦闘が続き、多くの人たちが難民となっていたのです。

井本勝幸さん
「少数民族の地域に入ると、まだ当時内戦の最中だったんですね。そうすると被害者を見るわけですね。
悲惨な状況にある人たちのことを見て、知ってしまって、しかも知り合ってしまって、これ、知らないフリしたら罰が当たるなというかですね、人としてどうだろうかっていう部分で、これはきっと自分に課された試練じゃないのかなというふうに、僕自身は思ったんですね。」

周囲の反対を押し切り、単身ミャンマーに飛び込んだ井本さん。
まず始めたことは、互いに団結するよう説得するため、各武装勢力を訪ねて回ることでした。
井本さんの熱意に、やがて心を開いていった少数民族たち。

2011年11月に、主要な11の武装勢力で構成される組織を設立しました。

山澤
「和平に向けた交渉は長年実現できなかったことですし、そんなに簡単なことではないと思うんですけれども、なぜ、少数民族たちは、この交渉を受け入れたんでしょうか?」

井本勝幸さん
「当時は敵は、ミャンマー国軍じゃないですか。なのに、こちらは一枚岩でないどころか、お互いに喧嘩してたりするんですよね。

当時は、ミャンマーはテイン・セイン政権になって、民主化に向けて大きく舵がきられたんですね。
そういう中にあって、君たちこのままいったら取り残されるぞ、国はある意味、世界から認められて、民政移管を達成しつつある。

ここで一枚岩になって話さなかったらいつ話すんだというふうに説いて回った。

紛争地というのはどこもそうなんですが、長年の間戦ってきてますので、お互いに、その身内を殺されてきた。
これは簡単には拭えないですね。

敵対者同士だと、やっぱり不信感がありますから、あるいは恨みがありますから、簡単には仲よくなれない。
けれども、私のような第三者がいる。 双方とも双方それぞれに信頼されている。そういう意味では、彼らもストンといったでしょうね。」

こうして一枚岩となった少数民族と交渉せざるを得なくなったミャンマー政府。
井本さんは代理人として、政府との最初の接触を託されました。

井本勝幸さん
「ネピドーまで行って、1人で行ったんですよね。やっぱり緊張しますね。
武装勢力のボスたちからは、行ったら出されたものは食べるな、飲むな。かつて俺たちのリーダーたちは毒殺されたことはあるとかですね、言われるわけですよね。

だからもう、相当緊張して行きましたよ。
ですが、行ってみれば、向こうの方は準備してくれていて、要件はUNFCをやっているようだけれども、和平交渉の仲介をやってくれないかと。あの時は、驚きと達成感がありましたね。」

そして3年前の8つの武装勢力に加え、今年(2018年)2月、新たに2つの勢力と政府の間で停戦協定の合意が締結されました。

しかし、それ以降、両者の交渉は大きく進んでいないという声も聞かれます。

井本勝幸さん
「やはりミャンマーの国っていうのは、民主化したとはいえ、まだ軍が力を持ってますし、そういった中で、スー・チーさんができることっていうのは限度があると思いますし、しかし、少なくとも政治的な部分では後退はしていないですよね。

そういう中で、今やらなきゃいけないことは、批判よりもむしろ手を取り合って、みんなで何ができるのか、それはもう国軍も含めて、武装勢力を含めて、みんなで考えていくことなので、私自身は、この政権がいいとか悪いとかっていうのは一切考えてないですね。どこの政権になろうと、やることっていうのは決まってるわけですから。」

山澤
「現地では戦闘が続いている状態です。 全土での戦争終結するにあたって何が必要だと、井本さんはお考えですか?」

井本勝幸さん
「やっぱり関わってる人間の中に、この問題に命を捧げるっていうんですか、腹をくくるっていうんですか、リスクを最後までしょいきるっていうんですか。そういう人間がいることが大事、基本だと思いますね。 一番大事だと思います。

僕自身は、全部捨てたつもりで入ったんですね。 正直言って、そこで死のうと思ってたんです。これでダメなら、もう自分の人生を賭けたんですね。

それからもう1つは、敵対したもの同士が同じ地域にいるわけですから、やはり共存していかなきゃいけないんですね。

じゃあ、共存するためには何が必要か。それには、彼らがそれを通して共に生きていくことができるというような場所を提供していく。これが必要だと思いますね。」(後略)【5月7日 NHK「特集ワールドアイズ」】
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日本人にもエライ人がいるものです。

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アメリカのエルサレムへの大使館移転 反対が多い米ユダヤ人社会 強く支持する原理主義的福音派

2018-05-12 21:26:57 | アメリカ

(エルサレムで演説するトランプ氏。左はイスラエルのネタニヤフ首相(2017年5月)【2017 年 12 月 8 日 WSJ】
それにしても、イスラム教徒女性のスカーフはあちこちで問題視されますが、アメリカ大統領がキッパを被るというのは、どうなんでしょうか?)

準備が進む大使館移転 パレスチナではさらなる抗議行動も 懸念される流血の事態
TPP離脱、パリ協定離脱、イラン核合意離脱などと並ぶエルサレムを首都と認めるトランプ大統領の“決断”による在イスラエル大使館の移転が、イスラエル建国70年となる今月14日に行われます。

****エルサレムで米大使館移転準備進む 標識設置、道路脇には花畑****
米国の在イスラエル大使館が西部テルアビブからエルサレムに移転する14日が迫る中、エルサレムでは「米国大使館」の方角を示す標識の設置が進んでいる。
 
大使館はエルサレム市内の南部にある総領事館の建物に移転する。小高い丘の上にある総領事館に向かう道路の両脇には米、イスラエル両国の国旗が並び、道路脇には米国旗をかたどった花々が植えられている。
 
ロイター通信によると、米国大使館が移転した後の16日には、中米グアテマラが大使館をテルアビブからエルサレムに移すほか、5月下旬には南米パラグアイも同様に大使館を移転する見通し。

パレスチナ自治政府のアッバス議長は、「残る米大陸の国々が、大使館を移転しないよう願っている」と述べた。【5月12日 産経】
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当初はトランプ大統領自身の開設式典出席も・・・との話もありましたが、結局、トランプ氏の長女イバンカ大統領補佐官、ムニューシン財務長官の他に多くの連邦議員らが出席する形で、トランプ大統領はビデオによる演説を行うと発表されています。

アメリカに追随する南米パラグアイは伝統的な友好国であり、グアテマラはイスラエルへの支援を信仰の柱とするキリスト教福音派の影響が強く、影響力のあるユダヤ社会も存在しているとか。キリスト教福音派については、また後ほど。もちろん、アメリカの強い影響力もあるのでしょう。

今回の措置については、立場によって賛否が明確に分かれます。
移転を喜ぶイスラエル側に対し、長年住んでいた土地を追われたパレスチナ側では、エルサレムの首都認定は現状を固定化し、将来的な問題解決を放棄するものとして、反発が広がっています。

イスラエルにとって建国70年なら、パレスチナにとっては、土地を奪われて70年ということになります。

ガザ地区境界での抗議デモにイスラエル軍は実弾で応戦、犠牲者が増えています。
(4月10日ブログ「イスラエル・パレスチナの“憎悪”の連鎖 反ユダヤ主義の欧米への拡散 新たな反ユダヤ主義」など)

****米大使館移転の抗議デモ、死者40人超える ガザ地区****
米国がイスラエル建国70年の14日に大使館をエルサレムに移転するのを前に、パレスチナ自治区ガザ地区の境界付近で11日、パレスチナ難民の帰還を求める大規模な抗議デモがあった。ガザ保健省によると、イスラエル軍の銃撃などでパレスチナ人1人が死亡、900人超がけがをした。
 
イスラエル軍によると、デモには約1万5千人が参加した。一部が火炎物を使ったり、タイヤを燃やしたりし、軍は実弾や催涙弾などを発射した。3月末から毎週金曜日に行われているデモでの死者数は、40人を超えた。
 
パレスチナ側は、米大使館がエルサレムに移転する14日と、イスラエル建国に伴ってパレスチナ人約70万人が難民になった「ナクバ」(大破局)から70年の15日、大規模な抗議デモをする予定。イスラエル側との緊張が一段と高まる恐れがある。【5月12日 朝日】
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ガザを実効支配しているハマスのガザ地区指導者シンワル氏は10日、イスラエルとの境界のフェンスが近く大規模デモによって突破される恐れを警告しています。【5月11日 時事より】もし、そうした事態となれば、これまでにない流血は避けられません。

リベラル傾向が強い米ユダヤ人社会 即時移転賛成は16%、移転そのものに反対する人は44%
一方、アメリカ国内に目を転じると、トランプ支持派と反トランプ派の深い分断があることは周知のところです。
ユダヤ人社会に限ってみれば、トランプ大統領の親イスラエル路線を強く支持しているのだろう・・・と思いがちですが、必ずしもそうではないようです。

もちろん、アメリカ・ユダヤ人社会には、全米ライフル協会をも凌ぐ最強のロビー団体とも言われる共和党支持のAIPACのような団体もありますが、ユダヤ人全体で見ると、むしろリベラルな傾向が強く、トランプ大統領のエルサレム大使館移転やイラン核合意離脱などに反対し、イスラエルの保守的姿勢に距離を置く人々が多いようです。

****党派政治の深い溝がユダヤ系社会を分断する****
米大使館のエルサレム移転に米ユダヤ人が反対 保守・リベラルの対立軸は信仰にも勝る

アメリカで5人のカトリック教徒に信仰を語らせれば、同じ宗教の話をしているとは思えないかもしれない。人々の宗教的志向は、この半世紀の問で、政治的な党派性を色濃く反映するようになった。

例えば保守派のカトリック教徒は、リベラルなカトリック教徒より保守派のユダヤ教徒とのほうが、共感するところは多いだろう。
 
政治的な断層はさらに、ユダヤ系アメリカ人とイスラエルを疎遠にしつつある。若い世代を中心とするアメリカのユダヤ系コミュニティーは、米大使館のエルサレム移転、イラン核合意、パレスチナ問題の3つの外交政策について、明らかにイスラエルと距離を置き始めている。
 
アメリカーユダヤ人委員会(ATJC)が昨年9月に発表したユダヤ系アメリカ人の世論調査によると、米大使館の「即時移転」に賛成する人は16%、「イスラエルとパレスチナの和平交渉の進展と連動して後日の移転」に賛成する人は36%。移転そのものに反対する人は最も多い44%だった。
 
この数字は、アメリカにはびこる党派分裂を如実に反映している。共和党ユダヤ人連合と保守派のロビー団体「米・イスラエル広報委員会(AIPAC)」は、大使館移転を称賛する。

一方で、リベラルな親イスラエルのロビー団体「Jストリート」は、「具体的な恩恵はなく、深刻なリスクを招きかねない無益な策」だと批判。昨年12月には米国内の大学でユダヤ研究に従事する学者186人が、トランプ政権に失望したと訴える公開書簡に署名した。(中略)

リベラルの理想と現実
こうした国際情勢の動向は、ユダヤ系アメリカ人とイスラエルをさらに疎遠にする恐れがある。ユダヤ系アメリカ人の49%がイラン核合意に賛成しており、反対は31%だ。 

昨年12月、イスラエルのハーレツ紙にある論説が掲載された。タイトルは、「トランプに愕然とし、ネタニヤフに裏切られ、ユダヤ系アメリカ人のリベラル派は見捨てられた孤立感に襲われている」。
 
アメリカのリベラルなユダヤ人は、「自分たちが夢見る啓蒙的なイスラエルと、ユダヤ人入植を推し進める神権政治の現実との折り合いをつけることができない」のだ。(中略)
 
ユダヤ系コミュニティーに占める保守派の割合は、アメリカの19%に対し、イスラエルは約2倍の37%。彼らイスラエルの保守派は「イスラエル・ファースト」を掲げ、国家主義的な傾向を強めている。
 
「イスラエルで新国家主義と宗教的右派が台頭」するにつれて政治的にはるかにリベラルなユダヤ系アメリカ人とますます疎遠になっていくと、政治学者のブレントーサスリーは言う。
 
それが最も顕著なのは、パレスチナ問題だ。ガザ地区のパレスチナ人に対するイスラエルによる不当な扱いを、ユダヤ系アメリカ人の論客は厳しく批判している。

ポートマンも、「70年前にホロコースト(ユダヤ人人虐殺)からの避難場所として建設された」イスラエルが「残虐
行為に苦しむ人々を虐待することは、私のユダヤ人としての価値観と相いれない」と語る。(後略)【5月15日号 Newsweek日本語版】
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トランプ政権の公約実行に大きな影響力を持つキリスト教原理主義・福音派
ユダヤ人社会が決して親イスラエルではないということになると、何がトランプ大統領を親イスラエルの方向に走らせているのか・・・。

よく指摘されるのが、保守的・原理主義的なキリスト教福音派の存在です。

****キリスト教原理主義とは****
キリスト教原理主義の特徴は、宗教的体験によって回心し、聖書の言葉をそのまま神からの言葉と信じ、個人救済を求めて福音活動に勤しむことにある。

個人救済よりも社会正義を重視し、聖書を歴史的・批判的に解釈し、他の宗教にも割と肯定的なキリスト教主流派(穏健派、世俗派)とは対照的だ。

今日、米国人の約4分の3がキリスト教徒、そのうち約半数がプロテスタント、約4分の1がカトリックである。プロテスタントはメソジスト派やユニテリアン派などさらに細かな宗派に分かれるが、それらは総じて主流派に属する。

かたや、原理主義はそうした宗派にまたがって広がっており、しばしば「福音派」(エバンジェリカルズ)と称される。

カトリックにはそうした宗派は存在しないが、それでも保守派と主流派は存在する。現在、キリスト教徒の約半数近くが原理主義的と言われている。

つまり、大雑把に言えば、米国人の約4割近くがキリスト教保守派ということになる。【2015年12月09日 渡辺靖氏 BLOGOS】
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宗教に関する知識がなく、上記解説がどこまで正確なものかの判断はできませんが、近年のアメリカ政治において、宗教保守派の影響が極めて強いことは周知のところで、“米国人の約4割近くがキリスト教保守派”となれば、それもそのはず・・・といったところでしょう。

女性スキャンダルを見るまでもなく、トランプ大統領自身が敬虔なキリスト教徒とは全く思えませんが、ペンス副大統領がこうした宗教右派の代表的存在で、その支持票を集めることでトランプ大統領の現在の地位があります。

****エルサレム首都認定、背後にキリスト教福音派の強力な根回し*****
ドナルド・トランプ米大統領は6日、エルサレムをイスラエルの首都に認定すると発表した。トランプ氏が大統領に就任する前から、保守的なキリスト教福音派はエルサレムの首都認定を求め、ロビー活動を展開していた。
 
ユダヤ系米国人の間では、エルサレムの首都認定では賛否が分かれている。これは、パレスチナ側とのいかなる和平合意にも多大な影響を及ぼす政治問題となる。

エルサレムの首都認定は、聖書の指示だと多くの福音派教徒が考えており、福音派指導者はほぼ一様に首都認定を支持している。
 
福音派の指導者は支持者に対し、在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転するよう嘆願する電子メールをホワイトハウスに送るよう呼び掛けた。トランプ氏に近い複数の福音派指導者によると、トランプ政権発足以降、大統領やホワイトハウス関係者とは頻繁にこの問題を話し合っていた。
 
トランプ氏の福音派助言団体のメンバー、ジョニー・ムーア氏は「これは福音派への対応だけで決定されたわけではないが、福音派の影響なしでは決まらなかっただろう」と語った。(中略)

歴代大統領はエルサレムを首都に認定すると公約に掲げたものの、いったん就任すると実行を見合わせた。
 
多くのユダヤ系米国人は現状に満足し、米国の曖昧な姿勢が和平交渉に役立つとみていた。米国ユダヤ人協会(AJC)が9月に実施した調査によると、大使館を直ちにテルアビブからエルサレムに移転することを希望したのは全体の16%に過ぎない。和平交渉と合わせてのみ移転するべきだと回答したのは35%。全く移転するべきではないと回答したのは44%だった。
 
リベラル派ユダヤ系ロビー団体「Jストリート」のジェレミー・ベンアミ代表は、出口調査によると多くのユダヤ系米国人は政治的には左寄りで、トランプ氏に投票したのは23%だけだと指摘。エルサレムを直ちに首都と認定することを推したのはキリスト教福音派と少数のユダヤ系米国人だと語った。
 
ベンアミ氏は「外交政策を不必要に逸脱させ、抗議行動をもたらしかねない無謀な決定だ」と指摘。その上で「圧倒的多数のユダヤ系米国人が求めたことではない」と話した。
 
ただ、エルサレムの首都認定を後押しするユダヤ系団体の中には、共和党に多大な影響力を持つものもある。カジノ業界の大立者で共和党候補への超大口献金者であるシェルドン・アデルソン氏は、在イスラエル米国大使館の移転を長年求めてきた。アデルソン氏の広報担当者はコメントの要請に応じなかった。
 
正統ユダヤ教の指導者もお概ね移転を支持している。正統派はユダヤ系米国人の1割程度を占める。米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)の関係者によると、AIPACもこれ以上遅らせないようにトランプ氏に圧力を掛けていた。
 
イスラム教団体からローマ法王フランシスコに至るまで、そのほか多数の宗教家はトランプ氏の決定を批判している。

福音派はトランプ氏のコア支持層
大使館移転はユダヤ人にとっては一般的に政治問題だが、多くのキリスト教福音派には信仰上の問題だ。2013年のピュー研究所の調査によると、白人の福音派の8割超は、イスラエルは神がユダヤ人に与えた土地だと信じていた。一方、この割合はユダヤ系では4割にとどまった。
 
大統領選で圧倒的にトランプ氏に投票した福音派は、トランプ氏のコアの支持層でもある。トランプ氏は宗教的保守派との数々の選挙公約を実行に移している。(中略)
 
(保守派団体「家族研究協議会」(FRC)の代表で南部バプテスト派牧師の)パーキンス氏は、エルサレムの首都認定で和平合意成立の可能性が高まったとの見方を示した。

ただ、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが併合した東エルサレムを含めて、エルサレムのどの部分もパレスチナ側に与えることには賛成していない。

多くの人々がエルサレムを首都と認めることに反対するのは、和平合意が結ばれれば、エルサレムの一部をパレスチナに委譲しなければならないと考えているからだ。
 
パーキンス氏は「イスラエルが自分たちの土地をさらに放棄するようになる合意に乗り気な福音派などいないと思う」とし、「われわれは聖書の見地から考える。その土地は誰に与えられたのか」と話した。
 
エルサレムを巡る福音派の動きを非難する向きは、福音派はユダヤ人のためではなく、イエスの復活にはユダヤ人がエルサレムを支配しなければならないと黙示録が説いていると信じているからだと指摘する。(中略)
 
トランプ氏の福音派助言者はこの説明を退けた。
ファースト・バプテスト・ダラス教会の牧師でトランプ氏の福音派助言団体のメンバーを務めるロバート・ジェフレス氏は創世記を引用し「神はユダヤ人にイスラエルを与え、3000年前にエルサレムをイスラエルの首都に決めた」と語った。「神がイスラエルを愛するから、われわれもイスラエルを愛する」と話した。【2017 年 12 月 8 日 WSJ】
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キリスト復活・最後の審判のためには「イスラエルの回復」が必要・・・と言われても・・・・
「聖書の見地から・・・」と言われるなんとも言いようがありませんが・・・。

****クリスチャン・シオニズム****
クリスチャン・シオニズムは、神がアブラハムと結んだ「アブラハム契約」に基づき、シオン・エルサレムがアブラハムの子孫に永久の所有として与えられたとするキリスト教の教理の一つ。

全教派で認められている・信じられている訳ではなく、むしろ信じている者は一部であり、アメリカのキリスト教プロテスタントの福音派の一部や、ドイツルーテル教会のマリア福音姉妹会[1]、末日聖徒イエス・キリスト教会などで信じられている教理である。この教理を信じる人をクリスチャン・シオニストと呼ぶ。(中略)

この立場では、イスラエル(パレスチナ)を神がユダヤ人に与えた土地と認める。さらに、イスラエル国家の建設は聖書に預言された「イスラエルの回復」であるとし、ユダヤ人のイスラエルへの帰還を支援する。

キリストの再臨と世界の終末が起こる前に、イスラエルの回復がなされている必要があると考え、イスラエルの建国と存続を支持する。【ウィキペディア】
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世界の終末、キリストの復活、最後の審判・・・のためには、ユダヤ人がエルサレムを支配しなければならない、だからエルサレム首都認定を支持し、パレスチナ人に返すことなどとんでもない・・・・という話になると、信仰の話であり、もはや議論のレベルを超えています。

ただ、決定のすべてではないにしても、こうした宗教右派・福音派の影響が世界のリーダー国アメリカの姿勢に大きく影響しているとしたら・・・どうしたらいいのでしょうか?
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