孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア  越境トルコ軍車列に政府軍空爆 イドリブ支配のイスラム過激派は要衝から撤退か

2019-08-21 22:16:18 | 中東情勢

(19日、シリア・イドリブ県を走行するトルコ軍の車列=AFP時事【8月20日 朝日】)

 

【越境トルコ軍車列、シリア政府軍空爆で足止め】

シリアでは、反体制派最後の拠点イドリブ(旧アルカイダ系ヌスラ戦線が実質支配)に対する政府軍・ロシアの攻勢、北部クルド人支配地域をめぐるトルコとアメリカの協議、イランおよびヒズボラなどの動きに対するイスラエルの警戒・攻撃など、多くの側面が混然一体となってグチャグチャしています。

 

そうしたなかで、ここ数日動きがみられました。

トルコ軍がシリア領内に再び侵攻したとのこと。

 

****トルコの「侵攻」非難=反体制派支援で越境―アサド政権****

シリアのアサド政権軍は19日、内戦を戦う反体制派の最後の拠点である北西部イドリブ県の要衝ハンシャイフンに向け、反体制派を支援するトルコ軍が国境を越えて進軍していると非難した。シリア国営メディアが伝えた。

 

在英のシリア人権監視団によれば、政権軍は18日、2014年以降で初めてハンシャイフン郊外まで進出し、反体制派と激しく交戦した。

 

政権軍は、トルコ軍の車両には兵器や弾薬が積まれていると主張。「トルコはテロリストを継続的かつ無制限に支えている」と批判した。

 

同監視団の情報では、19日にはトルコ軍車両の近くが空爆され、同行していた反体制派の戦闘員1人が死亡した。【8月19日 時事】

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“トルコの「侵攻」”という表題を見て、私はてっきりクルド人勢力支配地域への侵攻を開始したのか・・・と思ったのですが、そうではなく、これまでトルコが支援してきた反体制派支配地域のイドリブ方面に向かったとのこと。

 

このトルコ軍の侵攻に対し、政府軍・ロシアは空爆でその進行を阻止したようです。

 

****トルコ軍がシリアに越境、政権側の空爆で足止め****

シリア情勢をめぐり同国とトルコの緊張が高まる中、トルコ軍の車列が19日、国境を超えてシリア北西部イドリブ県に入り、シリア政権側部隊による爆撃で足止めを受けた。

 

シリア反体制派を支援するトルコは、自国部隊が空爆の標的にされたと主張。一方、シリア政府は、トルコの部隊が「テロリスト」を支援していると非難した。

 

イドリブ県では現在、ロシアが支援する政権側部隊が、イスラム過激派と反体制派から要衝の町の支配を奪うため戦闘を行っている。トルコ軍の車列は同県に入った後、この町に向かっていた。

 

トルコは、車列に対する空爆で民間人3人が死亡したと主張。一方、観測筋は、ロシアの空爆により周辺で反体制派3人が死亡したと報告した。

 

シリア内戦は開始から8年が経過し、イスラム過激派が支配する北西部の対トルコ国境地帯が反体制派最後の主要拠点となっている。

 

イドリブ県には約300万人の住民がいる。トルコとロシアが昨年、一帯に緩衝地帯を設置することで合意し、イドリブ県は保護される見通しとなったが、シリア政府とロシアの部隊は4月下旬から同県への空爆を強化。多数の死者が出ている。 【8月20日 AFP】

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イドリブについては、シリア政府は8月1日から停戦に入ることに同意したと発表しましたが、イドリブを支配するイスラム過激派勢力は2日、停戦の主要条件の順守を拒否し、設置が予定される緩衝地帯から撤退しないと断言しました。

 

これを受けて、政府軍は停戦を撤回し、5日から空爆を再開しています。

 

イドリブ県と周辺地域では、4月以降に政府軍とロシア軍が空爆や地上作戦を拡大。国連によると、7日までに少なくとも450人の民間人が死亡し、約52万人もの避難民が発生する危機的状況に至っています。【8月7日 共同】

 

今回のトルコ軍車列について、トルコ側は監視所の補給路を確保するためとしていますが、シリア政府側は“劣勢にあるテロ組織を支援するため”と主張しています。

 

****シリア反体制派、一部撤退 軍事的均衡が崩れる可能性****

(中略)19日には反体制派を支援するトルコ軍の車列がイドリブ県内で空爆を受けた。トルコ国防省によると、車列はハーンシェイフンの南に位置する反体制派支配地域にある同軍の停戦監視所に向かっているところだった。

 

市民3人が死亡、12人が負傷したという。部隊を展開したのは監視所の補給路を確保するためで、政権軍を支えるロシアには事前に通知したと主張している。

 

一方、シリア国営通信は19日、「武器弾薬を積んだトルコ軍の車列が、劣勢にあるテロ組織を支援するために越境してきた」とするシリア外務省関係者の非難の声を報じた。

 

トルコ軍部隊を空爆したかどうかには触れていないが、シリア人権監視団は、政権軍とロシアの軍用機が、トルコ軍を足止めするために空爆したとしている。【8月20日 朝日】

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【イドリブ支配のイスラム過激派 要衝から撤退か】

このトルコ軍の支援が間に合わなかったせいかどうかは知りませんが、イスラム過激派は要衝からの撤退を始めたようで、これまでの“軍事的な均衡が崩れ”【同上】て、政府軍側に傾く様相を示しています。

 

****シリア反体制派、北西部イドリブ県の主要地域から撤退****

在英NGOシリア人権監視団によると、シリア政府軍が北西部イドリブ県への攻勢を強めている中、同県を支配するイスラム過激派勢力および同勢力と協力関係にある反体制派が20日、主要地域から撤退した。

 

シリア人権監視団によれば、反体制派戦闘員らは20日未明、イドリブ県南部ハンシャイフンとその南郊から撤退した。

 

同監視団のラミ・アブドルラフマン代表はAFPに対し、これにより、近くのモレクにあるトルコの監視拠点や周辺の村々は、実質的に政府軍に包囲されたことになると説明。外部に通じる道路はすべて政府軍が抑えるか、同軍による攻撃の射程内に入っていると述べた。

 

一方、トルコのメブリュト・チャブシオール外相は、モレクの監視拠点を放棄するつもりはないとし、「兵士と監視拠点の安全を確保するため手を尽くす」と明言した。

 

北西部の対トルコ国境に接するイドリブ県は、バッシャール・アサド政権と戦う勢力にとって最後の主要拠点。今年1月から国際テロ組織アルカイダの元傘下組織の出身者が主導する反体制派連合「タハリール・アルシャーム機構」が支配してきた。

 

HTS(タハリール・アルシャーム機構)はモレク郊外からの撤退を否定した上で、激しい空爆の後、ハンシャイフンの南で再結集したと述べた。

 

アサド政権を支持するロシアは、トルコの監視拠点があるにもかかわらず、イドリブ県の西にあるロシアの重要な空軍基地と政権側が支配する民間人居住地域に対する反体制派の攻撃は続いていると主張。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、これらの攻撃に「対応する」とトルコ側に警告したと述べた。

 

アサド大統領も「イドリブ県における最近の戦闘により、トルコ政府がテロリストを明確かつ無制限に支援していること(中略)が明らかになった」とする声明を出し、トルコによるイスラム過激派と反体制派への支持を非難した。 【8月21日 AFP】

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【クルド人支配地域に関するトルコ・アメリカの「合意」?】

なお、今回のトルコ軍の車列侵攻については、クルド人勢力支配地域に関するアメリカとトルコの合意に関連するものとの報道もあるようです。

 

トルコ軍の思惑はともかく、そのトルコ・アメリカの「合意」なるものは興味を引きますので、その記事を引用しておきます。

 

ただし、下記「中東の窓」も指摘しているように、あくまでも出所が曖昧な未確認情報です。

 

****北部シリア情勢****

トルコの車列のkhan shikhon への増派と、これに対する政府軍機の攻撃については先にお伝えしましたが、この問題と米トルコのユーフラティス東岸問題は矢張り関連がある模様で、al sharq al awsat net は、シリアの北東部の国境地帯について米トルコでの合意ができ、トルコは北西部でのロシアとの非戦闘地域に関する合意についてのロシアのコミットを確認するために車列を送ったと報じています。


上記地図がその米トルコ合意とやらですが、この情報は同紙が西側外交官筋から得たものと言う以上は不明で、事実か否かは確認できません。

それはともかく、地図の南のピンク色のところはシリア政府軍等支配地域。
その北の黄色のところが民主シリア軍(YPGが中核)支配地域。
北西部の紫のところがイドリブ等で反政府軍支配地域。
その北の緑の地域がトルコ軍と反政府軍支配地域。
斜線部分が非戦闘地域で、その中でも斜線の色の濃い所(raas al ain からtel abyadhの間)が合意された非戦闘地域。


記事によると、この非戦闘地域の長さは70~80㎞、幅は14~15㎞で、トルコ米合同パトロールが行動し、YPGはこの地域から撤収し、重火器も撤収されるが、地域行政については合意されていない由。


この合意に基づき、トルコはロシアの非戦闘地帯合意に対する意向を確認するために、khan shikhon に車列を送ったが、これが政府軍機とロシア軍機に攻撃された由。

 

もっともらしい話ではあるが、ソースが西側外交筋と言うだけで、事実確認は困難かと思います。


いずれにせよ、北部シリアの情勢は、トルコに加え、米やロシアも関係してきて、複雑になってきていることは事実のようです。【8月20日 「中東の窓」】

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【絡み合った複線で動く事態】

トルコはアメリカと、クルド人勢力に関する交渉だけでなく、ロシア製ミサイル防衛システム「S400」購入に関する問題でも揉めています。

 

S400購入を撤回しないトルコに対し、アメリカは、F-35戦闘機開発プロジェクトからトルコを締め出す措置も。

 

****F-35計画から締め出しのトルコ、中国やロシアに機密情報売却も?****

2019年8月16日、新浪軍事は、米国のF-35戦闘機開発プロジェクトから外されたトルコが、これまでに知り得た同機の機密情報を中国やロシアに売り渡すことを検討しているとする記事を掲載した。

記事は、トルコと米国は60年余りにわたり固い絆で結ばれていたが、このほどトルコがロシアからS-400防空ミサイルの購入を決定したことで米国が激怒し、直ちに厳しい制裁を発動、トルコ向けに製造していたF-35の納品を禁止するとともに、同国企業のF-35生産ラインのシェアを取り消すことにしたと紹介した。

そして、米国による全面的な制裁が同国に与える影響は日増しに深刻になっており、同国最新鋭のT-129武装ヘリコプターがエンジン不足で生産を停止したほか、同国が開発を進めてきたT-FXステルス戦闘機も航空エンジンが手に入らなくなってしまったと説明。

 

「トルコはNATO(北太平洋条約機構)を利用して米国から無数の恩恵を受けてきたが、状況の変化によって直ちに巨大な代償を支払うことになったのだ」と評している。

一方で、トルコ政府も「F-35Aの機密資料を売り出す」との意思を示し、米国がこれに強く抗議したと紹介。「トルコが製造にかかわっていた部品は決して多くないが、これらの部品には極めて先進的な製造技術が包含されており、これが外部に流出すればたちまち予測不可能なリスクを引き起こす」と解説した。

そのうえで、イスラエルメディアからは「中国やロシアに資料が輸出される可能性が高い。中国からは資料と引き換えにFC-31戦闘機を手に入れるかもしれない。これは米国は絶対に受け入れられない状況だ」との分析が出ていることを伝えた。【8月18日 レコードチャイナ】

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これも「本当かな???」という記事。

 

本当にトルコがF-35Aの機密資料をロシア・中国に売り出すとしたら、本気でアメリカとケンカすることにもなりますのでいくらなんでも・・・・とも思われます。

 

いずれにしても、トルコはアメリカとS400やF-35Aで揉めながら、一方でシリア北部クルド人支配地域についてアメリカと協議。

 

一方で、アメリカの反対を押し切ってロシアからS400を購入するものの、イドリブでは政府軍のトルコ車列攻撃をロシアは支援。

 

ものごとは単純な単線ではなく、ねじれて絡み合った複線で動いているようです。

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オーストラリア  太平洋諸島諸国で影響力を中国と競うも、その高圧的姿勢に反発も

2019-08-20 22:29:22 | オセアニア

(【2012年5月25日 WEDGE Infinity】

 

【太平洋諸島諸国で影響力拡大を競う中国とオーストラリア】

中国が各地で影響力を強めているのは今更の話ですが、太平洋諸島諸国においても、インフラ支援をてこにして関与を強めています。台湾が外交関係のある国の3分の1がこの地域に集中していることも、中国がこの地域への関与を強める背景にあります。

 

****中国の拠点、サモアにも? 港建設を支援****

中国が南太平洋のサモアで、新しい港の建設支援を検討している。安全保障上の戦略的な思惑もあるとみて、米国やオーストラリアが警戒。

 

日本が最大の出資国であるアジア開発銀行(ADB)が5月の年次総会をフィジーで開いた背景にも、太平洋諸国に及ぶ中国の支援攻勢がある。

 

(中略)新港の必要性について、パパリイテレ公共事業・運輸・インフラ相は取材に「アピア港が手狭になってきている」と説明した。

 

だが、アピア港は昨年6月、日本政府の35億円の援助で、埠頭(ふとう)の長さが2倍の約300メートルに拡張され、大型クルーズ船も停泊できるようになったばかりだ。

 

新港建設は、サモア政府の依頼でADBが2016年に将来の港湾整備計画を作ったが、「経済性が低い」と評価された。貨物量の増加も予想されず、アピア港の改修で十分、との判断からだ。ADBの立入政之・太平洋地域ディレクターは「新港への投資を(利用収入などで)回収するのは難しい」と話す。

 

それでも、政府は「アピア港には、クルーズ船がいる間、貨物船のスペースがない」(パパリイテレ氏)と新港建設をあきらめていない。

 

だが、人口20万人の島国に「建設に十分な財源はない」。そこで中国に支援を要請。これに中国が応じ、事業可能性調査を年内に終える予定だという。(中略)

 

 ■軍事利用の懸念も

(中略)サモアでは、中国による空港や病院、政府庁舎などのインフラ支援が目立ち、対外債務の国内総生産(GDP)比は50%に迫る。中国の融資で港を建設したものの返済に窮し、中国企業が運営権を得たスリランカのように、中国の「債務のわな」に陥りかねないと米国などは懸念している。

 

中国が採算を度外視して南太平洋の島国を支援するのは、安全保障上の利益があるためだ。港は南米からの食料や鉱物資源の輸入船の寄港拠点になりうる。

 

豪戦略政策研究所のマルコム・デービス上級アナリストは「港には中国の軍艦も寄港できる。サモアがそうなれば、太平洋の戦略地図を変え、米豪には大きな懸念になる」と指摘する。

 

ハワイから豪州の間の赤道以南の太平洋地域で米軍が駐留するのは豪州だけだ。サモアのすぐ東には米領サモアがあるが、米軍基地はない。安保上の「空白地帯」に、中国が手を伸ばす動きとの見方がある。

 

南太平洋では昨年4月、豪紙が「中国がバヌアツに海軍基地を設ける協議を始め、中国の支援でできた埠頭(ふとう)が候補地だ」と報道。両政府は否定したが、豪州では警戒感が広がった。(後略)【5月3日 朝日】

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“中国にすり寄る太平洋諸国”【同上】に対し、従来よりこの地域に影響力を有してきたオーストラリアは危機感を強め、中国に対抗する形で関与を強めようとしています。

 

****豪、ソロモン諸島に資金協力=最大188億円、中国に対抗****

オーストラリアのモリソン首相は3日、訪問先の太平洋の島国ソロモン諸島でソガバレ首相と会談し、インフラ整備で豪州が10年間に最大2億5000万豪ドル(約188億円)の資金協力を行うことで合意した。

 

インフラ支援をてこに太平洋諸島諸国への影響力を強める中国に対抗する狙いがあるとみられる。5月の総選挙で勝利したモリソン首相は選挙後初の外遊先としてソロモン諸島を選び、太平洋諸島重視の姿勢を打ち出している。【6月3日 時事】 

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【中国からの債務増大に警戒感も】

太平洋諸島諸国も、こうした中豪が影響力を競う構図を利用して最大限に利益を引き出そうとしています。

 

****パプア、中国に8500億円分の「借金」要請 債務返済のため異例の対応****

パプアニューギニア(PNG)政府が中国に、総額約270億キナ(約8500億円)に上る政府債務の借り換え支援を求めた。

 

異例とも言える要請が通れば、太平洋の島国の間で広がる中国の影響力がさらに強まる可能性がある。豪紙オーストラリアンが7日、伝えた。

 

PNGの政府債務の金額は、同国の国内総生産(GDP)の3割相当にまで拡大。主な輸出品である原油や天然ガスの価格が落ちた影響で歳入が伸びなかったためとされる。この「借金」返済のために、中国から新たに借金する形だ。

 

5月に就任したマラペ首相は6日、薛冰・中国大使に会って借り換えの支援を求め、両国の中央銀行とPNG財務省が具体的な協議を進めるよう提案した。

 

同紙は「中国は、PNGが返済できなくなったときのために、大型の資源事業といった担保を求めるだろう」との国際金融筋の見方を伝えた。

 

PNGは資源が豊富。最大の援助国の豪州のほか、日本や米国が関係を重視している。近年は、中国が国際会議場や幹線道路などの整備支援を通じて、PNGでの存在感を増している。【8月8日 朝日】

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ただ、太平洋諸島諸国も中国からの債務が大きな負担となりつつあり、いわゆる「債務の罠」に対する警戒感も強まっています。

 

*****太平洋諸島フォーラム開幕 中国巨額援助の「債務の罠」に危機感****

オセアニアの地域協力機構「太平洋諸島フォーラム(PIF)」の年次総会が(2018年9月)3日、太平洋の島国ナウルで始まった。

 

太平洋諸国は中国からの巨大経済圏構想「一帯一路」などを通じた巨額の援助で「債務のわな」に陥る危険性が指摘されており、4日の首脳会合では債務放棄要請が議題となる可能性がある。

 

一方、台湾は外交関係のある国の3分の1がこの地域に集中し、中国に対抗して現地で存在感の維持に努めている。

 

オーストラリアのローウィ国際政策研究所によると、中国が2011年以降、太平洋諸国に援助した総額は低利融資を含め約12億6千万ドル(約1400億円)。豪州に次ぐ2位で、ニュージーランドを上回る。公約ベースでは59億ドル(約6500億円)に上り、地域全体への援助公約額の3分の1を占める。

 

ロイター通信によると、トンガでは対外債務の約60%、バヌアツでは約半分が中国に由来する。世界銀行の幹部は同通信に、太平洋諸国の債務は「継続的に返済できる限界に近づいている」と指摘している。

 

こうした批判に対し、中国外務省の華春瑩(か・しゅんえい)報道官は8月30日、中国による「債務のわな」の指摘は「西側メディアの誇張だ」と反論。「中国の融資は被援助国政府と人民の熱烈な歓迎を受けている」と強調した。

 

トンガのポヒバ首相は8月中旬、ロイター通信の取材に対し、PIFの首脳会合で、太平洋諸国が一致して中国に債務放棄を求める計画があると明かした。だが、その直後に「債務問題は各政府が個別に解決策を模索すべきだ」と発言を翻した。中国の圧力が原因の可能性がある。(後略)【2018年9月3日 産経】

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【オーストラリアの高圧的対応への反発も】

一方、この地域を「自分たちの裏庭」と呼ぶようなオーストラリアの傲慢・高圧的な姿勢に対する反発・批判も目立っています。オーストラリアがそうした無礼な対応を続けるなら、今後は中国に・・・という話にもまります。

 

****フィジー首相、豪首相を「無礼」と非難 中国人の方が善良とも*****

フィジーのボレンゲ・バイニマラマ首相は16日、南太平洋地域の独立国・自治政府が加盟する「太平洋諸島フォーラム」の首脳会議の閉幕を受けて、オーストラリアのスコット・モリソン首相を「とても無礼」と非難し、より友好的な外交を持ちかけているとして中国を持ち上げた。

 

ツバルで開催されたPIF首脳会議は、気候変動で存亡の危機にひんする島しょ国側と、石炭業界に好意的な豪政府が反目。15日の閉幕後、バイニマラマ首相はモリソン首相の高圧的な手法を批判した。

 

バイニマラマ首相は16日夜、英紙ガーディアンの取材に対し、「(モリソン)首相はとても無礼で恩着せがましかった。(両国の)関係にとって良くない」と語った。

 

米ニューヨークで来月開かれる国連気候行動サミットを控える中、PIFは気候変動の矢面に立つ国々の側から、行動を迫る国際的なメッセージを表明することを目指していた。

 

だが、島しょ諸国の首脳たちによると、涙が流れ、怒号が飛び交う有様となった12時間にわたる協議の末、モリソン氏の強い要求で首脳会議の共同コミュニケ(合意文書)が骨抜きにされ、期待に遠く及ばない代物となった。

 

モリソン首相は、再生可能エネルギーおよび気候変動からの回復力強化への投資、さらには太平洋地域で影響力を高める中国への対抗策の一環として、太平洋の島しょ諸国に5億オーストラリア・ドル(約360億円)の支援を約束。

 

だが、他の首脳らは豪政府に対し、二酸化炭素の排出削減と、利益をもたらす石炭産業の抑制を要求した。

 

バイニマラマ首相は、「(モリソン首相が)ある段階で、他の首脳らによって窮地に立たされたようになり、オーストラリアが太平洋諸国に与えてきた金額がどれほどのものになるかと言い出した」「とても無礼だ」と語った。

 

バイニマラマ首相はさらに、オーストラリアと中国の間に、太平洋地域をめぐる「競争は存在しない」とした上で、中国政府の外交アプローチを称賛。「中国政府はこれだけの金額を太平洋諸国に与えてきたと世界に触れ回ったりしない。中国人は善良で、確実にモリソン氏より善いと言える」と主張した。 【8月18日 AFP】

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オーストラリアからすれば、これまでどれだけ支援してきか・・・という思いがあるのは当然でもありますが、気候変動の問題は太平洋諸国にとっては国が海面下に水没するかも・・・という、譲れない問題でもあります。

まあ、とかくカネの話は「それを言っちゃ、おしまいよ」といった面も。

 

水没の危機にあるツバル首相の怒りはフィジー首相以上に激しいものがあります。

 

****ツバル首相、豪州を新植民地主義的と批判 地域機構からの追放求める****

南太平洋地域の独立国・自治政府で構成する「太平洋諸島フォーラム」の有力加盟国の首脳が、オーストラリア政府の「新植民地主義的」な姿勢、および気候変動に対する早急な行動を同国が拒絶していることを批判し、同国はPIFから追放されるべきだと訴えた。

 

先週ツバルで開かれたPIF首脳会議は、気候変動で存亡の危機にひんする島しょ国側と、石炭業界に好意的な豪政府が反目。

 

米ニューヨークで来月開かれる国連気候行動サミットを控え、気候変動をめぐり世界に向けて行動を呼び掛けるメッセージを発しようとしていた参加国の首脳らを黙らせたとして、オーストラリアは批判を浴びている。

 

マイケル・マコーマック豪副首相は、島しょ国の懸念を一蹴し、「こっちに来て果物を収穫して」生計を立てれば良いとの侮辱を口にした。

 

ツバルのエネレ・ソポアンガ首相は、マコーマック氏の発言を「無礼で侮辱的」だとし、豪州にPIFの加盟国資格に疑問を投げかけた。

 

ソポアンガ首相はニュージーランド国営のラジオ・ニュージーランドの取材に対し、「彼ら(豪政府)はパシフィックウエーの精神が分かっていない。私は彼らが何も理解していないと思っている」と語り、「もしそうならば、彼らがPIFの首脳会議にとどまる意味は何だというのだ?私にはいかなる意義も見いだせない」と続けた。

 

同首相は今回の気候変動をめぐるPIFでの騒動について、「宗主国」が議題を決めていた数十年前の地域会合を思い起こさせたと指摘。「彼らが話したことに、この新植民地主義的な姿勢の反映および表明が見て取れる」と語った。

 

これに先立ち、フィジーのボレンゲ・バイニマラマ首相も先週末、スコット・モリソン豪首相を「とても無礼」と非難し、より友好的な外交を持ちかけているとして中国を持ち上げていた。

 

太平洋の島しょ国は、豪政府から毎年合計約14億豪ドル(約1010億円)の支援を受け取っている一方、両者の関係は複雑だ。

 

島しょ国側は寛大な支援を受けているにもかかわらず、豪政府当局者が「自分たちの裏庭」と呼ぶなど、太平洋地域に対するオーストラリアの姿勢にたびたびいら立ちを見せている。 【8月19日 AFP】

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オーストラリアが難民認定希望者をパプアニューギニアなどに放置している問題でも、パプアニューギニア側にはオーストラリアに都合よく利用されているという感があるようです。

 

****パプア首相、豪に難民認定希望者引き受けの期限求める 施設では自殺未遂頻発****

パプアニューギニアのジェームズ・マラペ首相は19日、祖国を逃れてオーストラリアにたどり着いた後、パプアニューギニアのマヌス島に数年にわたり留め置かれている難民認定希望者数百人について、再定住の期限を定めるようオーストラリア側に求めた。同首相が豪公共放送ABCに述べた。(中略)

 

マラペ氏はABCに対し、「われわれが相手にしているのは人間だ。彼らの将来について真剣に考えることなく、彼らを不安定な状態のまま放置しておけない」と述べた。(後略)【7月19日 AFP】

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オーストラリアも太平洋諸国の声に真摯に向き合わないと、ますます中国へ・・・・ということにもなりかねません。

 

【中国の台頭とアメリカの衰退・自国中心主義 オーストラリアには核武装論も】

オーストラリアは、これまで安全保障はアメリカとの同盟に頼る一方で、経済的には鉱物資源輸出などで中国への依存を強めるという形で、両者とのバランスをとってきましたが、そうした対応がいつまで続くのかという疑問もあるようです。

 

****核武装論も浮上、米中のはざまで国防めぐる議論続くオーストラリア****

同盟関係を必ずしも重視しない姿勢の米国大統領と、好戦姿勢を強める中国との両にらみの中、オーストラリアの軍事戦略家たちは独自の核抑止力の開発を検討する必要性について慎重に議論を進めている。

 

長年、オーストラリアは国防に関して懸念すべきことはあまりなかった。米国との100年に及ぶ同盟関係は確実な安全保障を、同時に中国への鉱物資源の輸出は不況知らずの28年を国内にもたらした。

 

しかし、ドナルド・トランプ米大統領の同盟関係に対する配慮が限定的である一方、中国の習近平国家主席は太平洋地域における自国の優位性を追求しており、オーストラリアの安全保障を構成する二つの柱は不確かなものとなっている。

 

長らくオーストラリアの国防について再考を求めてきた軍事戦略家のマルコム・デービス氏は、オーストラリアの戦略的地位について「軍事戦略の辺境どころか、オーストラリアは今まさに最前線国となっている」と指摘する。

 

これまでのところ豪政府は慎重な対応を見せている。米国との同盟関係を維持しつつ、同時に経済大国として台頭する中国との貿易関係も続けている。

 

しかし、首相補佐官を長く務め、豪政府の軍事戦略ブレーンの第一人者としても知られるヒュー・ホワイト氏は、そうしたどっち付かずな態度をそろそろ改める時期だと考えている。

 

戦略的自立、国益、戦力といった難解な議論が交わされる中、ホワイト氏は今月出版された著書「How to Defend Australia(いかにオーストラリアを防衛するか)」において、あるシンプルな問いを投げ掛け、激論に火を付けた。その問いとは「核兵器の保有」だ。

 

オーストラリア国立大学で戦略研究の教授も務めるホワイト氏は、核兵器の保有に賛成も反対もしていないものの、議論は避けられないものになりつつあるとしている。

 

ホワイト氏は「アジアにおける大きな戦略的転換」という言葉を用いつつ、オーストラリアの国防にとって「核兵器が意味のないもの、という考えはもはや真偽不明だ」と指摘し、「新しいアジアにおいて核兵器を諦めるという戦略的コストは、これまでよりずっと高くつく可能性もある」と主張する。

 

ただ、たとえ限定的な核抑止力の開発であってもオーストラリアには甚大な経済的、政治的、外交的、社会的負担がのしかかり、核拡散防止条約からの脱退や隣国との関係悪化も強いられることになる。

 

しかし広大な大陸国であるオーストラリアにとって、限られた人口と通常兵器で自国を防衛することは極めて困難であるかもしれない。

 

ホワイト氏はまた、米国という確固たる保証がなかったら、通常の戦争でオーストラリアは中国からのささいな核攻撃の脅しでも屈服させられかねないと指摘する。(中略)

 

だが一方で、ホワイト氏の主張は費用面で実現不可能な上、非現実的で無用なものだと批判する向きもある。豪シンクタンク、ローウィー研究所のサム・ロゲビーン氏は、ホワイト氏の著書の書評において「控えめに言ってもオーストラリアの防衛政策に関する超党派の政治的コンセンサスは、ホワイト氏が取る立場とは程遠い」と指摘する。

 

それでもロゲビーン氏は、中国の台頭と米国の衰退というホワイト氏の見解は「冷静な分析に基づいている」とし、自身にとっても「説得力のあるもの」だと考えている。

 

誰もが同じような考えにあるわけではないが、ホワイト氏の主張がまともに受け止められているという事実こそ、世界におけるオーストラリアの立ち位置に関する懸念が高まっていることの証しとなっている。 【7月15日 AFP】

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インドネシア  首都移転の前に考えるべきパプアの現状

2019-08-19 22:30:49 | 東南アジア

(【8月19日 AFP】 騒乱状態となったインドネシア・西パプア州マノクワリ)

 

【数十年にわたって続く衝突が一気にエスカレート】

ジャワ、スマトラ、バリ、カリマンタン、スラウェシ等々、多数の島々からなるインドネシア。

その一番東(経度で言えば、日本と同じぐらい)に位置するのがニューギニア島。

 

ニューギニア島は日本の国土の約2倍、世界の島の中ではグリーンランドに次ぐ面積第2位という大きな島です。
西半分は独立国家のパプアニューギニアで、東半分がインドネシア領のパプア州・西パプア州となっています。

 

そのインドネシア領ニューギニアにおける反政府・分離独立運動と、インドネシア国軍の激しい鎮圧行動については、2月25日ブログ“インドネシア・パプア州  襲撃事件、国軍の掃討作戦で混乱も ミャンマー“ロヒンギャ”のミニ版”でも取り上げました。

 

その中から、下記記事を再掲しておきます。

 

****子ども数百人が戦闘逃れ避難か、インドネシア・パプア州****

情勢不安が続くインドネシア東部パプア州で、児童・生徒数百人が戦闘を逃れて避難したと、地元の非政府組織が明らかにした。

 

同地では、独立派ゲリラによって民間人の建設作業員が殺害された事件を受け、軍事的な報復措置が取られたとの報告があるものの、今のところ確認されていない。

 

パプア州では昨年12月、人里離れた森林地帯にあるキャンプで、政府の関連事業に携わる作業員16人が独立派ゲリラに殺害された。

 

これを受け、装備が貧弱かつ組織化されていないゲリラと、強力なインドネシア軍との、散発的ながらも数十年にわたって続く衝突が一気にエスカレートした。

 

NGOや地元の教育当局者によると、この事件後に衝突が相次いだことを受け、同州ンドゥガ県当局は400人を超える児童・生徒を、隣接するジャヤウィジャヤ県の中心地ワメナに避難させたという。

 

NGO「ンドゥガのための人道ボランティア」の関係者はAFPに対して、「一部の子どもたちはトラウマ(精神的外傷)を負っている」と述べ、「軍服姿の兵士らが学校にやって来た際、(恐怖で)逃げ出した子どももいた」と明かした。

 

兵士らが放火や嫌がらせをしたり、家畜ばかりか民間人を殺したりしているとの訴えもある中、地元住民や活動家らによると、他にも多くの住民が隣接県に避難したか、森林地帯に逃げ込んだとみられるという。

 

地元の軍司令官は、子どもたちが避難した事実を認める一方、理由は軍の存在ではなく、域内の教員不足だと説明している。

 

NGO関係者によると、授業はテントの中で行われており、子どもたちは親族の家に滞在。児童・生徒と一緒に教員約80人も避難したという。

 

パプア州の教会指導者や活動家らと連絡を取り合っているという、弁護士のベロニカ・コマン氏は、ンドゥガの軍事作戦で避難を余儀なくされた人々は少なくとも1000人に上ると指摘。「インドネシア政府は軍事作戦を命令したものの、国内避難民への支援は全く行っていない」と語った。 【2月24日 AFP】AFPBB News

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【強引に進められたインドネシア領編入】

パプアにおける抵抗運動は、この地をインドネシアが領土に編入して以来のものです。

 

****パプア紛争****

19世紀後半からニューギニア島西部(イリアンジャヤ)はオランダ領ニューギニアとしてオランダ領東インドの一部を構成していたが、太平洋戦争における日本軍の侵攻はオランダ本国の植民地における統制力を大きく弱め、ついに戦争終結間もない1949年インドネシア独立を手に入れた

 

しかし、デン・ハーグで行われた独立をめぐる円卓会議上、オランダ側はイリアンジャヤは新生インドネシア国家に含まれないとし、将来の帰属解決を保証する一方で植民地体制を維持することとなった。

 

これに大きな不満を抱いたインドネシアは、1952年にオランダがイリアンジャヤの将来について先住民パプア人の自治権を優先し、インドネシアから完全に分立した新国家としての独立を認めようとしていることを知ると対抗してイリアン地方自治省を設立し、イリアンジャヤはあくまで自国領であるという認識を示した。

 

そして、1961年、オランダがオランダ領ニューギニアの独立を正式に認めると翌1962年から空挺部隊魚雷艇部隊を出撃させ本格的な武力介入を開始した。

 

時のアメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディはこの紛争の調停に乗り出し、8月15日ニューヨーク合意と呼ばれる合意を取り付けることに成功した。

 

これによりイリアンジャヤは一旦国際連合の統治下に置かれ、1963年5月1日までにインドネシア統治に移管すること、1969年末までにイリアンジャヤの最終的な帰属をパプア人自身に決定させることが合意された。

 

国際連合もこれを歓迎し、早くも9月21日国連総会決議1752において事務総長へ適切な措置の実施を求め、行政機構である国際連合暫定統治機構(UNTEA)と治安機構である西イリアン国際連合保安隊とが協力して暫定統治にあたり、1963年にニューヨーク合意に基づいてイリアンジャヤはインドネシア政府の統治を受けることとなった。

 

しかし、1965年9月30日事件以降インドネシアでは軍部による独裁が強まり、インドネシア国軍のパプア人も容赦なく弾圧された。

 

1969年にはこれもニューヨーク合意に基づいた帰属確定のための住民投票が行われたが、インドネシア国軍により操作された投票結果を元にイリアンジャヤを西イリアン州とし、自国領への併合を完了した。

 

イリアンジャヤの完全独立やパプアニューギニアとの連合を目指すパプア人はなお諦めることなく自由パプア運動(略称:OPM)を設立した。

 

OPMはインドネシア国軍や警察を標的としたゲリラ戦、さらに、外来のインドネシア人入植者や外国人を対象とした誘拐からパプア州特別自治法を始めとするインドネシアの弾圧体制に対する様々な抗議活動、独自の国旗掲揚式典まで行い抵抗活動を展開している。

 

これに対しインドネシアが行った無差別暴力や表現の自由の抑圧は苛烈なものであり、1961年以降インドネシア国軍・警察によって殺害された西パプア人は10万人以上にのぼるとされている。【ウィキペディア「パプア紛争」】

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混乱のもとにもなっている1969年の“帰属確定のための住民投票”については、およそ“住民投票”と言えるものではなかったようですが、結局国際社会はこのインドネシアの強引な領土編入を容認することになっています。

 

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インドネシア准将のサルウォ・エディ・ウィボウォは1969年7月14日から8月2日にかけて実行された自由選択行為の計画と実行を監督した。

 

国際連合代表大使オリティズ・サンズは1968年8月22日に来り、一人一票原則を繰り返し訴えたが、インドネシア側は1962年のニューヨーク協定で明記も要求もされていないとしてこれを拒否した。

 

1025人のパプア人の成人がニューヨーク合意にあった手続きを経て非民主的に選ばれて民族自決協議会を結成させ、「話し合い」の名の下に買収や女性の供与、銃での脅迫等も行った上で選挙が実施された。

 

その結果「全会一致」でインドネシアへの編入が決まったが、同年11月に行われた国際連合総会でガーナがこの行動を正当な民族自決行為と言えないと否定、15カ国がこれに同調したが、結局は正当な民族自決行為とされ、インドネシアへの編入が承認された。【ウィキペディア「自由パプア運動」】

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インドネシア領となった時点から、ボタンの掛け違えがあったように思われます。

なお、インドネシア国軍の強引な支配は、ポルトガル領だった東ティモールでも再現されています。

 

【軍の存在感を示す場所】

****インドネシア東端で激化、軍と武装集団の衝突****

(中略)インドネシア領としては最東端に位置するパプア州は民族的にはニューギニア高地人とメラネシア系の住民が先住民族で、インドネシア併合後は移民政策でジャワ人などが多数入植、インドネシア同化政策が進められている。

 

首都ジャカルタがあるジャワ島から遠隔地であることや山岳地帯が多いことなどからインドネシアでは最も開発が遅れた地域とされ、分離独立を求める武装組織「自由パプア運動(OPM)」による独立運動が、弱体化しながらも現在も続いている。

 

そのため外国メディアによる自由な取材活動も制限され、OPMやその分派が活動を続ける中部山岳地帯などの取材には警察当局の許可が求められることが多い。

 

警察官を拉致して殺害

そのパプア州で現在、2018年に発生した道路建設作業員19人の殺害事件に関連して「治安維持」を名目に増派された国軍、警察部隊と武装勢力による衝突が繰り返されていることが改めて注目される事態となっている。(中略)

 

 

事件はインドネシア国内で大きく報道され、ユスフ・カラ副大統領は14日に「反撃する必要がある」と発言。リャミザード・リャクード国防相も「警察官を殺害したグループは壊滅させる」と強硬姿勢を示し、インドネシア世論は現地武装勢力に対して厳しいものになりつつある。

 

相次ぐ襲撃や治安部隊との衝突

(中略)地元紙「テンポ」や「ジャカルタ・ポスト」などの報道を総合すると、軍や警察の増援部隊が展開する中、同郡ではパプア人の一般住民が近隣の村落や山間部に避難したり、学校が休校したりするなど市民生活に深刻な影響が出はじめていたという。

 

そうした事態のさなかに起きた今回の警察官殺害事件だけに、政府や治安当局は事態を重視して「掃討作戦の徹底」を進めようとしている。

 

もっとも増派部隊による一般のパプア住民への尋問・捜索はこれまでも過酷を極め、放火や脅迫、暴行が横行し深刻な人権侵害が起きているとの情報もある。

 

国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」やパプア人の人権擁護団体、さらにキリスト教徒が多数のパプアで活動するカトリック教会関係者などは、ンドゥガ県地域を中心に多数の住民が治安部隊から逃れるため難民化しており、その結果2018年12月から2019年7月までに飢餓や治安部隊の暴行などで182人が死亡したとしている。

 

「軍や警察は地域の教会を占拠してそこを拠点にして武装集団捜索の名目で民家を焼き払っている。そのため多数の住民が山間部に避難せざるをえなくなっている状況だ」とパプア人人権団体関係者は指摘している。

 

これに対し政府側の発表によると死者は59人であり、「182人の死者説は偽情報であり、人権侵害も事実ではない」としている。

 

国家警察のデディ・プリセトヨ報道官も地元メディアに対して「国軍と警察は現地の地域の安定に寄与しており、我々の存在に住民は安心して生活している。人権侵害をしているのは現地の犯罪者集団であり、独立組織である」との見解を示し、双方による非難合戦、責任の押し付けが繰り返されている。

 

パプアのンドゥガ県やプンチャック県などの遠隔地で何が起きているのかは、地元インドネシアメディアも現地取材が困難なため、インターネットやテレビ電話などで現地治安当局者にインタビューするなどして情報を得るしかなく、実情はよく分からない、というのが正直なところだ。

 

インドネシア軍の侵攻で葬られた独立

パプア州と西パプア州はかつてイリアンジャヤ州と呼ばれる一つの州で、1961年に植民地支配していたオランダが独立を認めたものの、直後にインドネシアが軍事侵攻して占領。1969年に住民による「独立か、インドネシア併合か」を問う住民投票を実施したが、結果を無視してインドネシア領に併合され、以後OPMなどによる独立を求める武装闘争が今日まで続いている。

 

パプア州南部にあるティミカは世界的な銅・金の産出地である。米フリーポート社による銅・金の産出と精錬の一大工場地帯で部外者の立ち入りが厳しく制限された場所で、インドネシアがパプアを手放さなかった最大の理由がその豊富な地下資源にあると言われている。

 

こうした背景はスマトラ島北部で長らく独立武装闘争が続いたアチェ特別州も豊富な石油資源があったことと同じである。

 

実際に何が起きているのかは不明

インドネシア政府の姿勢をさらに強硬にしたのは8月13、14日に南太平洋のツバルで開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)という南太平洋の18カ国・地域が参加する国際会議に、主催国バヌアツの代表一員という形で英国在住のパプア独立武装組織の幹部が参加したことだ。

 

人権問題を主に伝える「ブナール・ニュース」の報道によると、インドネシア政府は外交ルートを通じてフィジーのPIF本部に口頭と書簡で「インドネシアはそもそもPIF正式メンバーではなく、パプアの問題は内政問題であり、武装勢力の参列はインドネシアに対する敵対行為である」と抗議したという。

 

1998年に民主化の波で崩壊したスハルト長期独裁政権の時代には、パプア地方(当時はイリアンジャヤ州)は東ティモール、アチェとともに国軍による「軍事作戦地域(DOM)」に指定され、精鋭部隊が派遣されて独立武装組織との戦闘が繰り返された。

 

その結果、多くの犠牲者とともに人権侵害事件が発生、国際世論の批判を浴びた。

 

その後、東ティモールは2002年に住民投票結果を受けて独立を果たし、アチェ特別州は2004年12月のスマトラ島沖地震・津波の甚大な被害を契機に特別自治を認める形で独立運動は終焉した。

 

そのため、現在も独立武装運動が継続されている唯一の地域であるパプアは、インドネシア政府や治安部隊にとっては「喉に刺さったトゲ」であると同時に、国軍部隊や警察が唯一「実戦」として作戦を実行できる地域として残されている。

 

OPMはアチェの「自由アチェ運動(GAM)」や東ティモールの「ファリンテル」などの武装組織・勢力に比べると組織も構成員、所持する武器も貧弱で、インドネシア軍が本腰を入れて掃討作戦を実行すれば間違いなく壊滅は可能と言われている。

 

しかし、そうしない理由が民主化の時代に武装治安組織として軍が存在感を示し、社会安定に寄与する姿を国民に示す場所、機会としてパプアが利用されているとの見方が説得力を持って指摘されているのだ。

 

「実際には何が起きているのか分からない」と多くのインドネシア人記者は見ている。そして「何が起きていてもおかしくない」とも断言する。(後略)【8月16日 大塚 智彦氏 JB Press】

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“インドネシアがパプアを手放さなかった最大の理由がその豊富な地下資源にあると言われている”とのことですが、もっと深層には、かつて欧州列強が支配したこの地域を統治するのはインドネシアであるとの強烈な自負があると推察されます。

 

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このようにインドネシアが西パプアの独立に過剰ともいえる反応を示すのには、彼らなりの理由があった。

 

インドネシアにおいて西パプアは、旧オランダ領東インドの後継国家であるにもかかわらず独立に際して大インドネシア失った領土と考えられており、手続きの面からも旧宗主国から領有権交渉を一方的に打ち切られた西パプアの存在は、インドネシア政府にとって植民地主義者の象徴であった。

 

そして同地を「解放」することは、インドネシアによるオランダ帝国主義との戦い、そして第三世界諸国による西側諸国への抵抗の一部と考えられるようになっていた。【ウィキペディア「自由パプア運動」】

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しかし、どのような考えに基づくものであったにせよ、強権的な住民支配を正当化するものではありません。

 

****インドネシア領パプアで暴動、議会に放火も 独立派の拘束受け****

太平洋南西部にあるニューギニア島のうち、インドネシア領パプアで19日、暴動が発生し、地元議会の庁舎が放火された。これに先立つ土日に、パプア独立派の学生の活動家らが身柄を拘束されており、これが大規模な抗議行動につながった。

 

西パプア州の州都マノクワリの現場を取材したAFP記者によると、街頭デモの参加者は数千人に上ったとみられ、人口約13万人の同市全体がまひ状態に陥った。中には、店や車両に放火する、標識を倒す、政府庁舎に投石するなどの行為に及んだ参加者もいたという。

 

オーストラリアのすぐ北にある独立国家、パプアニューギニアと国境を接するインドネシア領パプアでは、インドネシア政府による統治への抵抗が長く続いている。

 

かつてオランダの植民地だったパプアは、1961年に独立を宣言。その後、国連の支援の下で行われた独立住民投票を経て、隣国インドネシアが天然資源豊富なパプアを支配下に置いた。ただこの投票には不正があったとの見方が強い。

 

インドネシア独立記念日の17日には、同国第2の都市スラバヤで、パプア出身の大学生43人前後が当局による催涙ガスを浴びて身柄を拘束された。

 

地元メディアとパプア活動家らによると、警察の機動隊が学生寮に突入し、催涙ガスを使ってインドネシア国旗を損壊したとされる学生らを強制連行したという。

 

警察は機動隊が催涙ガスを使用したとの報道については否定しなかったものの、学生らは短時間「取り調べを受けた」だけで釈放されたと主張している。 【8月19日 AFP】

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【首都移転が「平等と公正」「多様性の中の統一」ということであれば・・・】

インドネシア・ジョコ大統領は首都をジャワ島ジャカルタからカリマンタン島(ボルネオ)に移転することを公表しています。

 

「経済の平等と公正を実現することが目的だ」とも。【8月16日 ロイターより】

また、“同国の中心に位置し、国是「多様性の中の統一」にふさわしいからだ”とも。【8月17日 朝日より】

 

「平等と公正」「多様性の中の統一」ということであれば、パプアの現状を再度考える必要があるでしょう。

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改革進むエチオピアが建設するナイル川巨大ダム 下流エジプトでは「ナイルの賜物」の変容も

2019-08-18 21:51:35 | 北アフリカ

(【8月18日 朝日】)

 

【“政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例”】

これまでも何度か取り上げてきたように、東アフリカ・エチオピアでは、アビィ首相による内政・外交の改革が進行しており、一部にはノーベル平和賞候補に推す声があがっているような高い評価を得ています。

 

下記は、日本の在エチオピア大使である松永氏のエチオピアの状況に関するレポートです。

 

****エチオピアが何故いま熱いのか【アフリカと日本】*****

注目の原因 

いまエチオピアに注目が集まっている。

2桁の経済成長を過去10年以上ほぼ毎年続けてきたのは、サブサハラ・アフリカでは、異例のことだ。この結果、1990年から現在までで、GDPは倍増した。

 

人口では、ナイジェリアに次ぐアフリカ第2の大国であり、GDPの規模(2018年IMF統計)では、サブサハラ・アフリカでナイジェリア,南アに次ぐ第3位である。ナイジェリアが産油国であることを考慮すれば、非産油国としては第2位となる。

 

もっとも、エチオピアが現在注目されているのは経済成長だけが理由ではない。昨20184月に就任したアビィ・アフメッド首相が大胆に政治や社会の改革を進めていることも、もう一つの注目点になっている。

 

筆者が当地赴任後、内閣改造が行われたが、閣僚の半数が女性で占められることになった。また、新たに女性の大統領(象徴的に国を代表する)が指名され、その後最高裁長官にも女性が任命された。

 

エチオピアでは、現在新しい風が吹いている。アビィ首相がノーベル平和賞のショートリストに入っているとの報道もなされている。(中略)

 

アビィ政権による改革とその背景

近年の経済成長の背景にはこうした産業政策(メレス前首相が採用した、市場経済を活用しつつ政府が産業育成に積極的に関与する、計画経済でもなく自由放任主義でもない産業政策)がそれなりの功を奏した事実があると思われる。

 

しかし、経済成長の実現は社会の不安定化をもたらすことが多い。急速な都市化の伸展、成長にうまく乗れたものと乗り遅れたものとの間の格差拡大、そして今日の社会特有のソーシャルメディアの発達による現状への不満の組織化が起こってくる。

 

それは、建前上は四民族のアンブレラ組織でありながら事実上はTPLF(2007年国勢調査で総人口の6%にすぎないティグライ民族を基盤とするティグライ民族解放戦線)が牛耳る政権の実体に対する不満と批判の広がりという形として現れ、2015年頃から頻繁に反政府活動が起こるようになり,2016年10月には非常事態宣言が発出され政治的な不安定は深まっていった。

 

これは、TPLFを中心とする現政権内で既得権益化が進み、権力の濫用や汚職が一般大衆の許容範囲を越えたためと思われる。

 

これ以上混乱を続かせることは国家・社会のためにならないと判断したハイレマリアム首相(メレス首相の死去に伴いその後任として南部諸民族州の出身でありながら2012年に首相に就任)は昨2018年2月に急遽辞意を表明し、その後を多数派であるオロモ民族(2007年国勢調査で総人口の37%)出身のアビィ首相が引き継いだ。(中略)

 

アビィ首相は就任以来、内政・外政の改革を進めている。

 

内政面では、前政権に対する抗議運動で投獄されていた多くの人々が解放されている。海外に逃れて反政府活動をしていた人々も続々帰国している。また、前政権の中にいて弾圧や人権抑圧(不当な拘禁・処刑・拷問など)を行った疑惑のある者たちが逮捕されている。その中には、巨大国営企業であるMETEC社の幹部の汚職容疑による逮捕も含まれる。

 

前政権の間に対外債務が大きく膨らんだことは無視できない。アビィ首相は、これについても新たな政策を打ち出し、政府自身及び国営企業による非譲許的借款を一切認めないことにした。

 

また、債務負担軽減のため、アディス・アベバ-ジブチ間鉄道に関わる対中債務の返済期間を10年から30年に延長させることに成功している。

 

旧政権時代に中国からの借款が大きく増えたこともあり、現政権は中国との間にはある程度の距離を置きつつ、先進諸国やドナー諸国(エチオピア人は、パートナー諸国という言葉を好む)とのつながりを深めることで対外関係を多様化しようとしている。(中略)

 

なお、アビィ首相の改革は外政にも及んでいる。1993年の分離独立以来、紛争の絶えなかったエリトリアとの和解がその最も注目される例である。

 

エリトリアとの和解は、経済的にも大きな意味を持つ。エリトリアの分離独立以来、内陸国としてジブチをほぼ唯一の海へのアクセスとしてきたエチオピアが、アッサブ港とマッサワ港という代替的なルートを確保できる希望が生まれたからである。

 

物流ルートが増えることは、外貨不足と並んで日本企業を含む外国企業進出の最大の障害とされる物流コストの高さの是正につながることが期待される。

 

欧米諸国や世界銀行は、アビィ政権の推進する改革路線を定着させるべくこれをテコ入れして行こうとの姿勢を示している。

 

欧米諸国は従来、TPLFを中核とする前政権を人権、民主主義、法の支配の面で問題ありとしてきたのに対し、アビィ首相がこれを反転させて改革を進めているのを後戻りさせてはならない、との立場からである。(中略)

 

アビィ首相による改革が実を結び、エチオピアが目標とする2025年までの中進国入り(一人当りGDP1,000ドル以上)が実現すれば、政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例が東アフリカに誕生することになる。それは、後に続こうとする国々に対する前向きなメッセージとなるであろう。(後略)【424日 松永 大介氏 霞関会】

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“政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例”・・・・今どき珍しい明るい希望です。

(もちろん細かく見ていけば、アビィ首相の改革にも問題はいろいろあるのでしょうが・・・)

 

【ナイル川巨大ダム建設をめぐるエチオピアとエジプトの対立

ところで、エチオピアはナイル川上流国になりますが、今後の経済成長を支える電力を確保すべくナイル川に巨大ダムを建設していること、それに対し、これまでナイル川の水資源管理を牛耳っていた下流国エジプトが反対していることは、2018121日ブログ“水資源をめぐる対立  インダス川のインド・パキスタン ナイル川のエジプト・エチオピア 生命線が断層線に”でも取り上げました。

 

エチオピアは、エジプトの反対にもかかわらず、ダム建設を続けています。このあたりはエジプトの国際影響力低下という近年の国際事情を反映したもののようにも思えます。

 

****ナイル川、巨大ダムの衝撃 上流のエチオピア、建設****

人口が急激に増加し、経済発展を続けるアフリカ大陸。エチオピアで今、成長を支えるアフリカ最大級となるダムの建設がナイル川上流で進められている。水資源をナイル川に頼る下流のエジプトを大きく揺さぶっている。

 

 ■経済成長、電力不足解消狙う

エチオピアの首都アディスアベバから北西に500キロの拠点都市アソサ。そこからデコボコ道を車で3時間かけて走る。スーダンとの国境に近い山間部に巨大なコンクリートの壁が現れた。建設中の「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」だ。

 

メインのコンクリート製ダムは全長1800メートル、高さ155メートル。さらに全長5千メートル、高さ50メートルの岩石などで造るロックフィル式の補助ダムが続く。(中略)

 

名前に付けられた「ルネサンス(再生)」には、かつて世界最貧国とされた時代から決別し、大きな飛躍を願う思いが込められた。

 

エチオピアは近年、年10%前後の経済成長を遂げている。国内総生産(GDP)は843億ドル(約9兆円)。この20年間で11倍近くに拡大した。人口もこの間、1・7倍以上に増加して約1億900万人に達した。

 

だが、電力は不足しており、送電線などの整備も途上にある。地方を中心に多くの人が明かりや炊事を牛ふんなどバイオ燃料に頼っているのが現状で、経済成長を支える海外企業の誘致にも電力インフラの拡充は欠かせない。このダムが稼働すれば、スーダンなどの周辺国への売電も視野にしており、国家収入の柱の一つになる。

 

この期待を一手に背負うダムの規模は桁違いだ。総貯水容量は740億立方メートルで、世界7位。日本最大の徳山ダム岐阜県)の100倍以上の規模だ。

 

発電能力は全16基の発電タービンで合計6千メガワットになる。総工費は33億9700万ユーロ(約4千億円)とされ、国民や在外エチオピア人に向けた国債を発行して多くをまかなう形を取っている。

 

 ■「流域国、協調を」

水資源をめぐる政治学を専門とするアディスアベバ大学のヤコブ・アサノ教授は、このダムの建設を「上流の流域国が水資源利用の正当な権利を行使できる時代が到来したことの象徴だ」と話す。

 

エチオピアはナイル川の上流に位置するにもかかわらず、その水利権を下流域の国に無視されてきた。

 

ナイル川の取水権は1959年にエジプトとスーダンが協定を結び、エジプトが8割、スーダンが2割を持つとされた。エチオピアなどの上流域国が水資源を利用するプロジェクトを実施するには、エジプトに監督権があるとされた。

 

エチオピアは反発し続けたが、地域大国エジプトとの力関係は明白だった。ダム建設は、エジプトの影響力低下を如実に物語っている。

 

アサノ教授は協定の有効性はすでに消滅しているとしつつ、「エチオピアが電力供給拠点となれば、エジプトはそれを利用した工業振興につなげられる。スーダンは地域の食糧供給拠点になる。このダムが契機となり、水資源を有効活用する流域国の協調の枠組みができる」と語った。

 

関係者によると、ダム本体は80%、発電施設は60%ほど工事が完了している状況だという。エチオピア側は近く貯水を開始し、2022年にも発電設備を稼働させる意向だ。

 

 ■下流のエジプト、危機感 人口増、水不足に拍車の恐れ

エチオピア政府は下流への流量を変えないと強調している。だがエジプトの警戒心は強い。

 

「ナイルの水が2%減っただけで、農民ら100万人が収入を失うとの試算がある」

ムハンマド・アブドルアティ水資源灌漑(かんがい)相は朝日新聞の取材にこう強調した。 

 

エジプトは水資源の約95%をナイル川に依存しており、そのうち青ナイル川の流量は80%以上を占める。アブドルアティ氏は「ナイル川に全面的に依存する我が国が、リスクを排除することは当然の権利だ」とし、科学的なダムの影響調査の必要性を訴えた。

 

調査実施について、15年にスーダンも含めた3カ国が合意し、調査は始まったが、結果がまとまる時期ははっきりしていない。エジプト側は結果を踏まえて、貯水にかける期間や量などをエチオピアと協議したい意向だが、エチオピアが調査結果を待たずに貯水を始めるのではとの懸念も出ている。

 

アブドルアティ氏は、ダムがナイル川の水量に影響を与えれば、社会の混乱を招き、不法移民の増大やテロ組織の伸長さえ想定されているとした。

 

 ■生命線に「蛇口」

エジプトの人口は00年に6883万人だったが、18年には9842万人となり、1億人突破は目前。人口増に伴い、水の需要も高まっている。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、1人あたりの年間の水消費は14年で700立方メートルだが、30年には「絶対的な不足」とされる500立方メートルを割り込むことが予想されている。

 

この予想にはダム建設による影響は考慮されていない。まさに生命線である青ナイル川に「蛇口」を取り付けられ、エジプトの命運をエチオピアに握られる形だ。

 

ダムを巡っては、ムルシ前政権下では、与党議員がダム建設阻止のために軍事行動を示唆するなど強硬姿勢も目立った。

 

しかし、14年に誕生したシーシ政権は、ダム建設を容認する姿勢を示す。現実に建設阻止は不可能と判断したとされる。ただ、ナイル川の流量を変化させるなどの悪影響を排除することが絶対条件としてきた。

 

水資源問題が専門のナーデル・ヌールエルディン・カイロ大学教授は「このダムはあまりにも巨大過ぎる」と指摘。貯水時の下流への流量変化やダム湖からの大量蒸発、地下への浸水などの可能性が排除できないという。また、その規模ゆえに想定外の事態が起きた場合、エジプトが被る影響は甚大だとし、「国の存亡にも関わる」と警鐘を鳴らした。

 

ヌールエルディン氏は「リスク回避のため、今後のエチオピアとの協議が重要だ」とした上で、「協議で折り合わなければやがて紛争となり、『水戦争』になる可能性もはらんでいる」と語った。(後略)【818日 朝日】

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エチオピア発展の生命線ともなる巨大ダム建設に関しては、アビィ首相も従来政権の強気な姿勢を踏襲しているようです。エチオピアにすれば、「当然の権利」ということでしょう。

 

【「ナイルの賜物」の変容】

ただ、古来よりエジプトは「ナイルの賜物」と言われてきているように、下流国エジプトにとってもナイルの水は生命線です。

 

しかし、「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」の話を別にしても、ナイルの水資源利用とともに、その様相は変化してきています。

 

****「ナイルの賜物」今は昔 塩害に苦しむエジプト文明の地****

「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」。この有名な言葉は、ギリシャの歴史家ヘロドトスのものだ。ナイル川が運ぶ肥沃な土が文明を育んだと、世界史の授業で学んだ人も多いだろう。

 

しかし、現代のナイルデルタを歩くと、まったく異なる光景が広がっていた。(中略)

 

ナイル川の最下流域カフルシェイク県。首都カイロから北へ車で4時間以上かかる。ナイル川の支流を使った運河の終点に行くと、底を掘り返して盛った土手が白いもので覆われていた。塩だ。 

 

エジプトのような乾燥地では、雨がほとんど降らない。農業用水や地下水には塩分が溶け込んでいるので、灌漑した農地の地表からの蒸発量が多いと、塩を残してしまう。

 

しかも、ここのようなナイルデルタの下流では、水量が作物栽培に十分でない。農地からの排水を農業用水に再利用するうちに、さらに塩分濃度が高まる。(中略)

 

さらに北上すると、塩分濃度が高すぎて農業には適さないため、土地が養魚場に変えられた地域もあった。一度塩分を含んだ土地はなかなか元に戻せない。

 

なぜ、こんなことになったのか。地元の人たちは、19世紀に造った「せき」と、1970年にできたアスワンハイダムの影響が大きいという。

 

以前はナイル川が定期的に洪水を起こし、それを利用した伝統的な灌漑が流域に肥沃な土をもたらしていた。ダムのおかげで洪水はなくなり、水力発電による電力をもたらした一方、土は徐々に疲弊し、肥料を大量に投入しなければならなくなった。

 

さらに急激な人口増加が追い打ちをかけた。エジプトの人口は今年、1億人を突破するといわれる。エジプトは世界有数の小麦輸入国だ。政府は砂漠の農地開発を進めており、それにはナイル川の水が大量に必要となる。最下流域に回る水が少なくなり、塩害を加速させているともいわれる。(中略)

 

エジプトではずっと、人々は国土の4%ほどしかないナイル川沿いの土地に住み、その恵みに頼って生きてきた。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教の熊倉和歌子(39)によると、12世紀の土地文書には、すでに土の肥沃度と水はけを考慮した「地力」が記されていたという。(中略)

 

世界四大文明のひとつに数えられるエジプト文明は、ナイル川と流域の土地に支えられてきた。人口増加や水不足で、その土に疲れが目立ってきたのは、悠久の歴史の中で、ごく最近になってからだ。

 

政府系シンクタンクのアハラム政治・戦略研究センター研究員アマーニ・タウィール(59)は「ナイル川流域のデルタは5000年以上にわたって人々を養ってきたが、いまや、やせて疲弊してしまった」と嘆いた。

 

やはり四大文明のひとつメソポタミア文明も、大河が運ぶ豊かな土で栄えたが、人口増に伴う森林伐採による土壌侵食や塩害が滅亡の原因になったといわれる。

 

こうした状況に、エジプト政府は力ずくで立ち向かおうとしている。疲弊したデルタ下流地帯に固執することなく、砂漠に農地を広げようというのだ。

 

カイロから約60キロ北東の砂漠地帯に車を走らせると、スプリンクラー灌漑が施された大規模な農地でジャガイモや小麦が栽培されていた。土はさらさらとして黄色い。砂漠の土そのものだ。50年余りで約60万ヘクタールを新たに開墾。更にシナイ半島やアスワンより上流の砂漠計49万ヘクタールの開発計画もある。

 

耕す人は確保できるのだろうか。タウィールはいう。「エジプト人は仕事や糧を求めて、移動を繰り返してきた。道路が整備されれば、塩害に悩む農民は新たに開墾された砂漠に移動するだろう」。隣国スーダンやエチオピアでも、農地の確保を目指す。(後略)【55日 GLOBE+

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“疲弊したデルタ下流地帯に固執することなく、砂漠に農地を広げよう”とは言っても、その砂漠開墾のための水はナイル川ではないでしょうか。

 

結局はナイル頼みの構造には変わりなく、「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」建設で水利用が制約されることになれば、大きな影響を受けます。農業以前に、カイロ等に暮らす1億人の飲料水確保も難しくなります。

 

今後、世界は石油以上に、水資源をめぐって争う状況が懸念されます。

 

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インド・モディ政権  カシミール問題でヒンズー至上主義を煽るポピュリズムの脅威

2019-08-17 22:40:01 | 南アジア(インド)

(【814日 毎日】 パキスタン支配地域は、、今年3月にフンザ方面を旅行しましたが、少なくともフンザ・ギルギットなどは特別の緊張感はありません。カシミールで問題になるのはインド側です)

 

【高まる印パ両国の緊張 銃撃戦の発生、核への言及も】

85日ブログ“インド  ジャム・カシミール州の自治権はく奪 高まる緊張 印パ対立激化の懸念もでとりあげた、ヒンズー至上主義の傾向があるインド・モディ政権が進めるイスラム教徒が多数派のジャム・カシミール州自治権はく奪の問題は、予想されたように、ともに核保有国である印パ両国の厳しい対立を呼び起こしています。

 

****自治権剥奪、与党の党勢拡大に=カシミール問題―印首相*****

インドが、自国北部のパキスタンとの係争地ジャム・カシミール州の自治権を剥奪した決定は、ヒンズー至上主義を掲げるモディ首相の与党インド人民党(BJP)が訴え続けてきた公約に基づき実行された。

 

「悲願」の達成は今後実施される地方議会選への弾みとなり、地方議員が選出する上院議員の過半数確保への道を開く可能性がある。

 

モディ氏は8日、自治権剥奪の決定後初めて国民に対し演説。英国からの独立時の有力政治家やBJPのバジパイ元首相らの名前を列挙し、「たくさんの指導者の夢が実現した」と成果を誇った。

 

BJPは今年4、5月の下院総選挙で、汚職撲滅などを掲げて政策を進めてきたモディ首相の指導力を背景に単独過半数を確保した。ただ、上院の議席は、他党と組む与党連合としても過半数には達していない。

 

上院議員は、主に地方議会議員による間接投票で選出される。インドでは今年、大規模州の西部マハラシュトラ州、首都ニューデリーに隣接する北部ハリヤナ州で州議会選が実施予定だ。BJPが勝利すれば、同党の上院議員が増加する。

 

モディ首相の就任後、インド経済は7%前後の成長を続けてきたものの、2018年は6.8%と停滞気味。7日に発表された19年の成長予測は6.9%で、4、6月の発表に続き下方修正された。【89日 時事】 

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****パキスタン首相、傍観する国際社会は「ヒトラーに譲歩した世界」 カシミール問題****

パキスタンのイムラン・カーン首相は11日、イスラム教徒が多数を占めるカシミール地方に広がるインドのヒンズー国家主義について、国際社会は傍観するのかと問いただし、この様子をナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーへの譲歩になぞらえた。(中略)

 

こうした中カーン首相はツイッターに憤りをあらわにし、「ヒンズー至上主義のイデオロギーは、ナチスのアーリア人至上主義のように(カシミールで)止まらない」と指摘。

 

この動きを「ヒトラーの生存圏のヒンズー至上主義版」と呼び、その行き着く先は「インドにおけるイスラム教徒の弾圧であり、最終的にはパキスタンを標的とするだろう」と述べた。

 

カーン氏は「この試みはカシミールの人口動態を民族浄化で変えることだ」と非難。「問題は、ミュンヘンでのヒトラーの時のように、世界は傍観し譲歩するのかだ」と問いただした。 【812日 AFP】AFPBB News

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****インドに反撃も=カシミールで演説―パキスタン首相****

パキスタンのカーン首相は、独立72周年の記念日を迎えた14日、インドと領有権を争うカシミール地方のパキスタン側を訪問し、インドが同地に対する攻撃を計画していると主張し「対応する準備がある」と演説した。インドが自国北部ジャム・カシミール州の自治権を剥奪し、支配強化を図った問題を踏まえた演説で、インド政府の反発は必至だ。

 

カーン氏は演説で、インドがジャム・カシミール州の支配強化を図るだけでなく、2月に実施したパキスタン領空爆より「さらに悪質な攻撃を計画している」と主張。攻撃された場合は「対応する準備はある。徹底的にだ」と述べ、国民が一体になって反撃すると強調した。(後略)【814日 時事】 

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****カシミールの停戦ラインで銃撃戦 パキスタン兵3人死亡****

インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方の停戦ライン付近で15日、両国軍による銃撃戦が起き、パキスタン兵3人が死亡した。パキスタン軍が公式ツイッターで明らかにした。

 

パキスタン軍は「インド兵5人を殺害した」と主張しているが、インドメディアによると、インド軍は被害を否定している。(後略)【816日 朝日】

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インド側からは、「核」使用に関する発言も。

 

****核の先制不使用「状況次第」=パキスタンけん制か―インド国防相*****

インドのシン国防相は16日、ツイッターに「インドは核の先制不使用方針を固く守っている。将来どうなるかは状況次第だ」と投稿した。(後略)【816日 時事】 

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【格差の存在、経済問題をヒンズー至上主義を煽る形で糊塗するモディ政権 ポピュリズムによる民主主義の衰退】

今回のモディ政権の動きは、インド全体でみれば圧倒的多数派のヒンズー教徒への受けはいいのでしょうが、少数派の意向を無視して多数派、あるいは支持層の国民受けを狙った政策に傾倒する姿勢は、インドに限らずアメリカ・トランプ大統領に代表されるように、現在の政治の大きな流れにもなってきており、時代の歯車が逆回転しているような不吉な感じを抱かせます。

 

****カシミールの自治権剥奪、インドが強める排外主義****

ヒンズー至上主義で大衆迎合、イスラム教徒圧迫するモディ首相

 

カシミール地方を巡って、インドとパキスタンの対立が激化している。

 

今年2月にカシミールのインド支配地域でインド治安部隊がテロ攻撃を受け、その報復として、インド空軍機が越境してパキスタンを攻撃するなど、軍事的対立が続いている。

 

ヒンズー教徒の「入植」に対する危惧も

イギリスの植民地であったインドは、第二次大戦後にパキスタンとインドに分かれて独立を果たすが、カシミール地方については、両者、それに中国も加わって領有権を争っている。カシミールは、インド支配地域、パキスタン支配地域、中国支配地域に三分割されており、しかも三国とも核武装をしている。

 

第二次大戦後に、インドとパキスタンは三度戦火を交えているが、そのうち二度はカシミールをめぐる紛争である。

 

カシミールの住民の多数はイスラム教徒であり、インドは支配地域のジャム・カシミール州に自治権を与えてきた。独立当時、この地を支配するマハラジャ(藩王)はヒンズー教徒であり、最終的にインド帰属に決まったのである。

 

このような事情があるため、インドは憲法370条でこの地に自治権を付与したのであるが、85日、インド政府はこの自治権を剥奪する措置に出た。

 

パキスタンのカーン首相は、ヒトラーのチェコスロバキア併合を認めた1938年の「ミュンヘンの融和」を引用し、それと同じようなことを世界は認めるのかとツイートして反発している。

 

カーン首相は、住民の自治を踏みにじり、事実上のインドへの併合、直接統治を目指す暴挙だと言っているのである。インド政府は、州外の住民の土地取得禁止の規定も撤廃したため、ヒンズー教徒による「入植」が始まると危惧している。

 

「ミュンヘンの融和」については、私の近刊『ヒトラーの正体』(小学館新書)でも詳しく説明したが、オーストリアを併合したヒトラーがチェコスロバキアを次なる標的としたとき、戦争を避けるために英仏が妥協し、ヒトラーの領土的野心を許したのである。この融和姿勢がヒトラーを増長させ、第二次大戦へとつながった。

 

パキスタンは、国連安保理の開催を求め、常任理事国の中国がパキスタンを支持し、安保理開催を要求したため、16日の安保理での協議が決まった。安保理は「カシミールは中立地域で住民投票によって帰属を決定すべきである」という決議を採択している。

 

(中略)カシミールはイスラム教徒が多数で、住民投票をすれば同じ宗教のパキスタン帰属となる危険性がある。そこで、インドは断固として住民投票を拒否しているのである。

 

「カシミール州自治権の剥奪」が選挙公約

(中略)背景はイスラム教とヒンズー教の対立であるが、カシミールとインドの関係は香港と中国の関係に似ている。一国二制度、「港人治港」というように香港は高度の自治を享受してきたが、ジャム・カシミール州もまた高度の自治が憲法上保証されてきた。

 

ところが、ヒンズー至上主義を掲げるインド人民党(BJP)のモディ政権は、この45月に行われた総選挙で、公約に「カシミール州自治権の剥奪」を掲げたのである。選挙は、BJPが圧勝し、単独過半数を維持した。その結果、早速、公約の実現に乗り出したというわけである。(中略)

 

インドと言えば、第二次大戦後、ネルー首相、その娘のインディラ・ガンジーの率いる「インド国民会議」が政権を担い、日本の自民党のように多様な階層にアピールする包括政党で、一党優位制(one party dominance)を維持した。

 

しかし、2014年の総選挙では543議席中44議席しか得ることができず、282議席を獲得したモディのBJPに惨敗している。

 

宗教に関しては、国民会議派がキリスト教やイスラム教に寛容なのに対して、BJPはヒンズー教以外を排除する。このヒンズー至上主義は、白人至上主義やトランプのアメリカ第一主義と同様に、自己中心主義、排外主義的色彩を帯びる。

 

インドの領土でありながら、ヒンズー教徒が多数を占めない地域が残っており、しかも、そこではヒンズー教徒の自由な活動が阻害されるのは問題だと主張する。また、パキスタンが裏で糸を引くイスラム教徒のテロが、インドによる統治を困難にしているとBJPは強調する。これが功を奏して、総選挙の大勝につながったのである。

 

しかしながら、2014年以来5年間政権の座にあるモディ政権に何の問題もないわけではない。格差の拡大が大きな社会問題になっている。

 

トランプを大統領の座に押し上げたのは、繁栄から取り残された白人労働者たちである。「ラストベルト(錆び付いた工業地帯)」と呼ばれる地域では、工場は閉鎖され、失業や麻薬中毒に喘ぐ人々の群れがいる。その不満を上手く利用したのがトランプであった。

 

(中略)モディ政権下で、年率68%の経済成長を遂げているが、年間2000万人の雇用を生み出すという公約は果たされず、700万人程度にとどまっている。その恩恵に浴さない農民や低所得層の不満は高まっている。

 

1%の富裕層がインドの富の半分を所有する格差社会である。農家の所得を倍増させるというモディ首相の公約は実現されておらず、貧困に喘ぐ農民の自殺者は年間1万人を超えている。20186月時点での失業率(男性・女性)は、都市部で7.1%・10.8%、郊外で5.8%・3/8%と、6年前の調査より上昇している。

 

「ヒンズー至上主義」の下にイスラム教徒に暴行

そのため、選挙前にはBJPは苦戦が予想されていた。しかし、モディ首相は、カシミール問題でパキスタンを空爆するなどして、支持率アップを画策したのである。

 

つまり、経済格差に伴う国民の不満を宗教感情やナショナリズムに向けさせることで、選挙を乗り切ったのである。トランプの手法と似通っている。

 

インドの宗教構成を見てみると、(中略)人口の8割がヒンズー教徒であるが、モディ政権の誕生とともに、「ヒンズー至上主義」の旗印の下に過激なヒンズー教徒がイスラム教徒に暴行を加えるなどの事件が多発している。

 

人種的、宗教的少数派に対する差別や迫害は、移民や難民を排斥する極右の台頭という世界的現象と軌を一にするものである。

 

差別や排外的ナショナリズムは、失業などの経済的苦境に対する不満のはけ口となっており、ポピュリスト政治家たちが、それを利用して政権の座に就く。その結果、社会全体に非寛容の風潮が生まれる。

 

これは選挙で勝つための大衆迎合主義であり、トランプもモディもボリス・ジョンソンも同じである。しかも、SNSがその傾向を助長する。

 

民主主義の根幹であるはずの普通選挙が、民主主義そのものを破壊するという皮肉な現象が起こっている。民主主義は生き残れるのか。86年前にヒトラー政権を生んだワイマール共和国は、遠い過去の話ではなくなっている。【817日 舛添 要一氏 JB Press

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【インド部隊 フェイク・エンカウンター「偽りの遭遇戦」による住民殺害】

テロ問題などカシミールの現状に問題がない訳ではありませんが、それにも増して問題とされるべきは、インド側による圧政でしょう。

 

****通信遮断に報道規制、いまカシミールで起きている事****

過激派との戦闘を装いインド部隊がやりたい放題

 

(中略)

外部との通信が遮断されたカシミール

(中略)自治権剥奪以降、10日以上が経った今も、同州のイスラム教徒が多数を占める州都スリナガルでは、外出禁止令が敷かれ、携帯やインターネットが接続できない状態が続いている。完全に「外界」から遮断され、孤立しているが、その現実が世界でも大きく報じられない状況が続いている。

 

一体、何が起きているのか。

(中略)今回のニュースを受け、知人に連絡をしてみたが、ほとんど通じない状況が続いている。その中でも何人かは、カシミール地方から脱出してインド国内にいるので、連絡がついた。

 

彼らの話によれば、現地は外部からの通信が遮断され、インターネットも使えないような状況にある。特に、815日はインド独立記念日であるが、カシミール地方の住民らは「ブラック・デー」と呼ばれ、かねてより「カシミールに対するインドの強硬な支配が始まった日」と認識されている。(中略)

 

過激派との遭遇をでっち上げて誘拐や殺人

(中略)そのスリナガル(ジャム・カシミール州の夏の州都)が争いの舞台になる理由は、住民のほとんどがイスラム教徒であり、その地域をインド政府が自治権を与えながら強硬支配していることにある。

 

もちろんパキスタンもここに絡んでくる。「イスラム教国として、カシミールを救う」という大義で、パキスタン軍がテロ組織などを支援して、カシミール地方を混乱に陥れようとしている。それによって、インドがカシミールを手放すよう仕向けようとしているわけだ。

 

それに対してインドは、インド中央予備警官隊(CRPF)や準憲兵部隊をスリナガルやパキスタンとの国境(実効支配線=仮の国境線)地域などに派遣し、常に街中には武装したインド人隊員を配置し、住民を監視させている。

 

さらに1990年には、「軍事特別法」と呼ばれる法律を施行し、カシミールに駐留する部隊の権限を大幅に拡大した。逮捕だけでなく、殺害すら、法的な手続きなしでも行なえるようになっており、これがインド部隊によるカシミール住民への犯罪行為の温床になっている。

 

その所業はあまりにもひどい。

例えばこうだ。「軍事特別法」により、「フェイク・エンカウンター」と呼ばれる事件が頻発するようになった。フェイク・エンカウンターとは、「偽りの遭遇戦」だ。

 

つまり、インド部隊が過激派などとの戦闘を「でっち上げる」行為を指す。過激武装勢力と遭遇したことにして、それを隠れ蓑に、カシミール人を狙った誘拐や殺人などが発生しているのだ。

 

元インド軍少将のVK・シンは、この「フェイク・エンカウンター」について、「過激派を何人殺害したかで兵士や部隊員の評価や勲章に繋がるために、軍や警察が偽りの遭遇事件をでっち上げる危険性がある」と指摘している。それくらいインド部隊にとって、「フェイク・エンカウンター」は誘惑的行為なのだ。

 

また、女性に対する性的暴行事件も多数起きている。(中略)

 

彼らを「治安部隊」と呼ぶのはやめてくれ

(中略)スリナガルで住民に話を聞くと、インド部隊のなんとも無慈悲な行為がどんどん出てくる。

 

もちろんどこまで根拠のあるものかは分からないが、「外出禁止令の際にちょっと外出したら容赦なく射殺された人がいた」「夜に道を歩いていたら、犬と間違われて射殺された少年がいた」「ある村は過激派をかくまったとして焼き払われた」「紛争が始まってから、武装勢力とは関係のない1000以上の学校や関連施設が破壊された」といった表に出ないような話が次から次へと語られるのだ。(中略)

 

では、そもそもカシミールの住民は何を求めているのか。彼らは、インドにもパキスタンにも支配されたくはないと考えている。住民らのほとんどは、「自己決定権」による分離独立を目指している。

 

国連安全保障理事会も、これまで何度かカシミール紛争について「自己決定権」を与えるべきとの見解を示してきたが、インドがすべて無視してきた。

 

ただ今回の自治権剥奪により、カシミールは独立から後退したと言える。だからこそパキスタンはこの決定に、インドとの貿易を停止し、両国間を走る鉄道を止め、インドの駐パキスタン大使を追放した。イムラン・カーン首相は、「今回こそは思い知らせてやる」と反応している。(中略)

 

世界は、インドとパキスタンという核保有国が冷静な対処をするよう働きかける必要がある。【817日 山田敏弘氏 JB Press

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【国連介入を嫌うインド 中国以外は「印パ2か国間で解決されるべき」との立場】

国連安保理での対応に関して触れるスペースがありませんが、インドとの間でやはりカシミール領有権問題を抱え、パキスタンとの関係を近年強化する中国はパキスタンの立場を支持しています。

 

しかし、国連安保理は1948年、カシミールの帰属は「自由で公平な住民投票で決められるべきだ」と決議しましたが、住民投票での敗北が確実なインド側はこれを無視しており、国連安保理がカシミール問題に介入することを嫌っています。

 

また、中国以外の多くの国も、この厄介な問題への関与を避け、インドとパキスタンの2か国間で解決されるべきとの考えが根強いと指摘されています。

 

こうした状況では、国連が大きな役割を果たすことは期待できません。

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イタリア  EU懐疑派の極右「同盟」サルビーニ副首相、総選挙実施で政権主導を狙う 市場は警戒

2019-08-16 22:58:52 | 欧州情勢

(支持者と写真に収まるサルビーニ氏(中央 髭の男性)【812日 WSJ】)

 

【支持率で優位に立つサルビーニ副首相、連立解消で総選挙を目指す】

欧州・EUでは反グローバリズム・反EUの動きが大きなうねりとなっていますが、その代表がEU離脱を目指すジョンソン首相のイギリスです。

 

ここにきて、もうひとつ、EU離脱の方向を目指しそうな動きを示しているのがイタリア。

 

イタリアでは昨年の総選挙で、過半数を占める政党はなかったものの、ポピュリズム政党「五つ星運動」が第1党、経済的に豊かな北部を地盤としてきた移民排斥・極右の「同盟」が第2党となりました。

 

いずれも従来のイタリア政治の枠外にあった政党で、両者はともにEUに対して懐疑的ということでは一致しますが、その他の政策ではあまり類似性がありません。

 

いろいろ紆余曲折はありましたが、大学教授のコンテ氏を首相とすることで、この両党の連立政権が成立しました。

 

基本的な政策で差異の大きい「五つ星運動」と「同盟」ですが、ここのところ「同盟」の支持率が急速に上昇。昨年総選挙時は15%程度だったものが今では40%程度にも。一方の「五つ星運動」は昨年の30%程度から現在は15%程度へ下降。

 

こうした政治事情を背景に、「同盟」党首であるサルビーニ副首相は「今なら選挙に勝てる。過半数確保も・・・たとえ過半数は無理でも、右派政権を主導できる」という思惑で、連立を解消して総選挙に打って出る動きを示しています。

 

ルイジ・ディマイオ副首相率いる「五つ星運動」とコンテ首相は、こうしたサルビーニ副首相の党利党略的とも言える政治的な動きを批判しています。

 

****伊連立政権が危機に、副首相が解散総選挙を要求****

イタリア連立政権で副首相兼内相を務める極右のマッテオ・サルビーニ氏が8日、連立への支持を撤回し、解散総選挙を要求した。同政権は危機にひんしている。

 

右派政党「同盟」を率いるサルビーニ氏は、もう一人の副首相で反既成勢力を掲げる「五つ星運動」の党首であるルイジ・ディマイオ氏と、さまざまな政策をめぐって衝突を繰り返してきた。

 

サルビーニ氏は同日さらに圧力を強め、政権維持に必要な議会での過半数はすでに失われたと述べ、選挙の実施を要求した。

 

サルビーニ氏に加え、セルジョ・マッタレッラ大統領と個別に協議したジュセッペ・コンテ首相は、議会を招集するのはサルビーニ内相ではないと突き放した。

 

その上で同氏に対し、政府の活動を「突如妨害する理由」について、「変化の可能性を信じた国民、有権者に説明し、正当性を示す」よう訴えた。

 

同盟は世論調査で優位に立っており、選挙が前倒しされればサルビーニ氏に有利に働くことが考えられ、同党より小規模で同じく右派の「フォルツァ・イタリア」との連立政権樹立の可能性も出てくる。

 

現地通信社は8日、早ければ20日にも上院が開会され、政権の退陣表明が行われる可能性があると報じた。その後数日のうちに議会解散もあり得るとしている。

 

同国憲法では、議会解散後5070日以内に選挙を実施しなければならないと定められている。 【89日 AFP】

***************

 

サルビーニ副首相兼内相は14日にも内閣不信任案を採決に持ち込もうとしていましたが、一応20日以降に先延ばしする形で、ややブレーキがかかりました。

 

****選挙急ぐサルビーニ内相に逆風 イタリア、不信任案採決先延ばし**** 

イタリアで総選挙の前倒し実施を目指すサルビーニ副首相兼内相が13日、「逆風」で譲歩を迫られた。上院でコンテ政権に対する不信任案の14日採決を要求したが、第1与党「五つ星運動」や最大野党「民主党」の抵抗で、審議は来週に先延ばしが決まった。

 

不信任案は9日、サルビーニ氏が提出した。同氏が率いる第2与党「同盟」が不法移民排除で人気を集め、支持率が37%に高まる中、総選挙実施で同盟主導の右派政権発足を狙った。

 

同盟と五つ星の連立政権は昨年6月に発足したが、税制や公共事業など基幹政策で対立してきた。コンテ首相は両党に属していないが、五つ星に近い。

 

上院では13日、不信任案の早期採決に、同盟のほかベルルスコーニ元首相の中道右派「フォルツァ・イタリア」と極右政党が賛成したが、過半数に満たなかった。

 

採決は20日以降に行われることになったが、民主党が五つ星に同調する方針を示したことで、不信任案の成立に不透明感が出てきた。

 

五つ星のディマイオ副首相兼経済発展・労働相は、総選挙について「用意はできているが、決めるのは大統領だ」と述べ、実施には慎重な構え。五つ星の支持率は18%に低迷する。

 

一方、民主党のレンツィ元首相は13日、「上院の決定は、新たな多数派形成の可能性を示した」と発言。コンテ政権が崩壊した場合、五つ星との組閣交渉に前向きな姿勢を示した。

 

上院で不信任案が成立した場合、マッタレッラ大統領は新たな連立政権を模索するか、今秋に総選挙を実施するかの選択を迫られる。【814日 産経】

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このところイタイリア政治は、サルビーニ副首相兼内相の「同盟」とディマイオ副首相兼経済発展・労働相の「五つ星運動」が表舞台にありましたが、ここにきて極右「同盟」と近いベルルスコーニ元首相の中道右派「フォルツァ・イタリア」、「五つ星運動」と連携する動きを見せているレンツィ元首相の「民主党」といった、かつてのイタリア政治を動かしていた勢力の存在も再びクローズアップされてきています。

 

このように目まぐるしい政権交代が起きるというのは、戦後62回の政権交代を経験してきたイタリア政治の「伝統」でもあります。

 

10月にイタリア総選挙、イギリス「合意なき離脱」となると・・・・「リーマンショック」再来か】

「同盟」サルビーニ副首相は10月の総選挙実施を目指しており、そこで過半数確保を狙っています。

総選挙後に「同盟」政権が樹立できれば、目指すところはEU離脱とも言われています。

 

ただ、イギリスと異なり、イタリアは共通通貨ユーロを使用しており、EU離脱のためにはユーロ離脱も必要になります。

 

また、GDP比率で見たとき、イタリアは先進国では日本に次いで高い公的債務を抱えている国です。いわば爆弾を抱えた状態にもあります。

 

こうしたこともあって、EU離脱で迷走するイギリス以上に、イタリアのEU離脱は難しいと思われます。

 

ただ、離脱しないまでも、「同盟」単独政権となると減税などで財政規律が緩むことを市場は警戒しています。

 

****イタリアもEU懐疑派台頭、欧州経済は波乱含み ****

欧州は南北双方で政治の混乱期に突入している。

 

英国とイタリアのカリスマ的な右派政治指導者は、欧州連合(EU)との衝突をもたらす危険な権力拡大を目指している。こうした動きは両国経済を混乱に陥れ、すでに停滞している欧州の成長も阻害する恐れがある。

 

英国のEU離脱(ブレグジット)期限は10月末に設定されている。離脱が混迷を極めるリスクが影を落とす中、世界5位の規模を誇る英経済は既にマイナス成長に転じた。9日発表された4-6月期(第2四半期)の英国内総生産(GDP)は年率0.8%減少。企業信頼感の落ち込みが響いた。

 

英国のマイナス成長は2012年以来だ。

ボリス・ジョンソン首相が1031日に断固としてEUを離脱すると表明したことで政局も揺れる中、弱い統計発表を受けてポンドは一時、数年ぶりの安値に沈んだ。

 

一方、イタリアでは反移民を訴えるマッテオ・サルビーニ副首相が10月の解散総選挙を要求している。世論調査によると、サルビーニ氏は選挙で勝利を収める可能性が極めて高い。

 

サルビーニ氏は9日、連立政権への支持を撤回し、議会に内閣不信任案を提出した。同氏は大型減税を約束しているが、実行に移せばEUの財政規律に違反し、イタリアの重債務を懸念する債券投資家に動揺が広がる恐れがある。

 

政治リスクコンサルティング会社ユーラシア・グループの欧州責任者、ムジュタバ・ラフマン氏は「理由は異なるが、EUが英国とイタリアに約束通りの恩恵をもたらしていないとの考えが強まっている」と指摘。「ジョンソン氏とサルビーニ氏はいずれも、EUに対する交渉力を強めるために国内の過半数を束ねようとしており、似た戦略をとっている」と述べた。

 

両国に迫る異変は、冷戦後の政治体制を巡る揺り戻し現象だ。欧州のみならず世界の多くの有権者が、グローバリゼーションや国際協定、テクノクラート(実務官僚)による政治支配に反旗を翻している。

 

サルビーニ氏が党首として率いる「同盟」のような反体制的な運動や、英保守党のように既存政党でもぜい弱な党に属する政治家の一部は、こうした不満を取り込んでいる。今や2つの欧州主要国で、政治の変化を求める人々が、大きな経済混乱を招くリスクを冒している。

 

ただ、ローマ社会科学国際自由大学(JUISS)のジョバンニ・オルシナ教授は、「両国の大きな違いとして、イタリアは多額の債務と通貨ユーロを持つために複数の面で英国より不利な位置付けにある」と述べている。

 

オルシナ氏は「EU離脱は英国にとって困難ではあるが、実行可能だ」と指摘。「だがイタリアでは、欧州経済と自国経済の統合が深化したため、離脱の代償が高すぎる」と語った。

 

EUはここ10年で、さまざまな危機を切り抜ける力があることを証明してきた。調査によると、欧州有権者の大半は引き続きEUを支持し、しばしば自国政治家よりEUの方に高い信頼を寄せている。

 

2019年終わりにかけての動きは、EUの危機管理能力を再び試すことになるかもしれない。111日には欧州中央銀行(ECB)とEU執行機関である欧州委員会で新たな指導部が誕生する。

 

ジョンソン英首相のEU離脱計画は、今秋のいつかの時点で解散総選挙が起こる原因となる可能性がある。それはジョンソン氏自身の選択かもしれないし、あるいは合意なきEU離脱を阻止するために議員らが強いるからかもしれない。

 

イタリアでサルビーニ氏が指導者の座に就けば、ドナルド・トランプ米大統領やブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領のような、政治の非主流派から台頭した世界のリーダーと肩を並べることになる。

 

大方のエコノミストは、サルビーニ氏が約束している景気刺激策はイタリア経済にとって持続可能な解決策ではないとみている。

 

だが、痛みを伴う構造改革と厳格な財政政策にうんざりしているイタリアの有権者たちは、サルビーニ氏の「代替療法」にチャンスを与えそうだ。

 

金融市場は既に、イタリアの多額の債務が及ぼす影響に不安を募らせている。

 

イタリア政府は2018年の一時期、財政赤字を拡大する案を検討したが、程なく撤回した経緯がある。投資家がイタリア国債に売りを浴びせて国内銀行が打撃を被り、一時リセッション(景気後退)に陥ったためだ。

 

サルビーニ氏のレトリックには、金融市場の懸念の声を押し切り、徹底した減税を実施したい考えが垣間見える。【812日 WSJ】

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サルビーニ副首相は10月の総選挙実施を目論んでいます。

10月にはボリス・ジョンソン首相の「合意なき離脱」も予定されています。

 

双方実現すれば、欧州発の「リーマンショック」再来にもなりかねないと懸念もされています。

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北朝鮮  社会の実態を垣間見せるいくつかのトピックス

2019-08-15 23:14:31 | 東アジア

(【8月13日 デイリーNKジャパン】 バスを待つピョンヤン市民・・・でしょうか)

 

【貧しくて自分の家すら買えない人ですら、携帯電話は欠かせない】

北朝鮮の話。と言っても、やれ「短距離弾道ミサイルがどうこう」とか「日本批判がどうこう」、あるいは「強制収容所みたいな存在がどうこう」といった話ではなく(その類は大手メディアが毎日詳しく扱っていますので)、実態がよくわらない「不思議の国」の実情に関するもの。

 

それも、ピョンヤンの特権階層と地方農民・一般市民との格差がどうこうといった話ではなく(そこも気になるところですが、全体を総合的に把握できるような情報が少ないので)、「フーン、北朝鮮でね・・・」といった断片的なトピックスから、最近目についたものをいくつか。

 

「不思議の国」の実相の「一面」が垣間見えるかも。

 

****「革命的な恋愛」はもう古い…北朝鮮で流行る「出会い系ビジネス」****

北朝鮮で利用されている携帯電話の数は、500万台とも600万台とも言われる。

 

1人で複数台持っている人もいると思われ、KT南北協力タスクフォースチーム長イ・ジョンジン氏の推計によると、ユーザー数は450万人に達する。つまり全人口の2割近くが携帯電話を利用している計算になる。

 

そんな中で携帯電話を利用した新しいビジネスが続々と登場している。例えば、注文を受けて食事や品物をデリバリーするビジネスはその典型だが、平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきたものは、出会い系サービスだ。

 

北朝鮮では1980年代ごろから恋愛結婚が一般化しているが、見合い結婚も行われている。トンジュ(金主、新興富裕層)と権力層を結びつけるこんなお見合いビジネスも存在する。

 

そして、顧客の理想に基づいて相手を探す日本の結婚情報サービスと似たビジネスが、携帯電話を使って行われているという。

 

利用にあたって必要となるのは「チョナ・トン」と呼ばれるものだ。直訳すると「電話・お金」という意味になるが、携帯電話の通話料金をプリペイドでチャージし、それを他のユーザーとやり取りするという形のサービスで、送金ともキャッシュレス決済とも言える。(中略)

 

出会いを求める人はまず、「チョナ・トン」をチャージし、それを前払いで仲介業者に送金する。その後、容貌、健康状態、職業、家柄、財力など相手に求める条件を通知文(携帯メール)で業者に知らせる。

 

業者は、それに応じて相手の個人情報リストを送信する。料金は30ドル(約3190円)からで、相手に求める条件に応じて異なるという。

 

かつての北朝鮮では、恋愛と結婚など私生活においても、朝鮮労働党や政府が理想とする家族のイメージが重視され、職場が相手を紹介することがよくあった。

 

しかし、2014年に脱北した両江道(リャンガンド)出身の脱北者は、「もはや党が求める『革命的な出会い』や『革命的な家庭』などの概念は、若者たちに通じない」として、次のように説明した。

 

「若い男女の出会いを仲介するビジネスとして登場したのは、恋愛観が自由になった今の北朝鮮社会を反映したものだ。恋愛結婚が増えていることも同じ文脈で読み取れる」

 

気軽に出会いと別れを繰り返す最近の若者にとっては、携帯電話を使ったサービスは都合がいいようだ。一方で、携帯電話すら持っていない若者は、出会いの対象から除外されてしまう。「食事を抜いてでも携帯電話を買う」のは、生き残るための投資でもある。

 

北朝鮮においても、恋愛や結婚に貧富の格差が確実に影響しているといわけだ。【8月10日 デイリーNKジャパン】

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携帯電話がないと男女の出会いもままならないということで、「食事を抜いてでも携帯電話を買う」ということになるようですが、そのあたりは下記のようにも。

 

****「スマホを買うために家も売る」北朝鮮、今どきの新常識****

韓国には「フォン・プア」(Phone poor)という和製英語ならぬコングリッシュ(韓国式外来語)がある。

 

新しく出たばかりのスマートフォンを買うためにカネをつぎ込み、借金までして貧しい暮らしを送る若者を指す言葉で、「モバイル・プア」「スマート・プア」とも呼ばれる。

 

北朝鮮でもそんな若者が登場した。しかし、スケールが違う。スマホを手に入れるために家を売り払ってしまうというのだ。

 

「貧しくて自分の家すら買えない人ですら、携帯電話は欠かせないと考えている」と話す平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、家を売り払ってまで資金づくりをする人も中にはいると伝えた。

 

平均的な4人家族の1ヶ月の生活費が50万北朝鮮ウォン(約6500円)である一方で、国営企業の平均的な月給は4000北朝鮮ウォン(約52円)。

 

市場での商売で得たカネでその穴を埋めつつ暮らすというのが北朝鮮国民の一般的な暮らしだが、携帯電話はガラケーでも100ドル(約1万600円)から、ハイエンドモデルのスマートフォンなら700ドル(約7万4500円)もする。

 

700ドルと言えば、平壌郊外の農村の住宅1戸に相当する値段だ。地方都市の郊外なら、その5分の1から10分の1が相場だ。家を売り払えばちょうど携帯電話1台が買える計算になる。

 

情報筋は、そこまでして携帯電話を買う風潮があることについて、こんな社会背景を挙げた。

 

「友達や家族とのコミュニケーションは携帯電話で行う。直接顔を合わせる回数は減って、携帯電話で挨拶する時代になった。携帯電話がなければ友達との関係が絶たれてしまう」

 

別の平壌の情報筋は「朝鮮の人々は食事を抜いてでも電話は持ち歩くべきと考えている。ご飯も食べられず、タバコもまともに吸えないのに、携帯電話だけは持っている」と述べた。

 

スマートフォンを買うことは、重要な投資でもある。商人たちは、自分の扱っている商品の価格情報をスマートフォンで調べる。食堂は、スマートフォンで出前の注文を取る。

 

それ以外にもネットショッピング、送金、タクシーに加え、ご禁制の韓流コンテンツも見られる。下手をすると、見ただけで命すら危ぶまれる状況に追い込まれかねない韓流だが、SDカードに保存しておけば取り締まられてもすぐに隠すことができる。

 

商売にも娯楽にも使えて、命を守ってくれることすらあるスマートフォン。家を売り払ってでも欲しくなるのは当然だろう。【8月13日 デイリーNKジャパン】

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“家を売り払えばちょうど携帯電話1台が買える”というのも日本的常識では驚きですが、男女出会いサイトはともかく、すべての面で情報がないと生きていけないような社会にあっては、家を売っても携帯を・・・というのは、ある種合理的なのかも。

 

【リープフロッグ(カエル跳び)】

話が横道にそれますが、携帯が市民生活を変えるツールとなること、携帯やキャッシュレス決済など新たな技術が固定電話や銀行システムといった旧来技術を飛び越えて一気に広まることなどは、アフリカも同様です。

 

携帯・スマホが普及すれば、充電のための電気も必要になります。

 

****イノベーション、社会変えたい****

アフリカの今を語るのに欠かせないキーワードがある。「イノベーション(革新)」だ。貧困や医療などの問題に対し、起業家たちが最新の技術と発想で挑んでいる。アフリカの未来を変えうるのだろうか。(中略)

 

 ■1日3円、携帯で学習

ケニアの首都ナイロビ東部にあるスラム街。トタン屋根の家がひしめき合う。

その一角に親子5人で住む一家を訪ねると、ポール・オチエング君(15)がソファに座り携帯電話を真剣に見つめていた。

 「

理科の問題を解いているんだ」。携帯電話のショートメッセージサービス(SMS)を使った学習サービスを使い始めて、3年になる。高校入試が迫り、勉強にも力が入る。

 

携帯の画面には、4択問題が表示されている。SMSで回答を送ると、答えと解説が返ってくる。先生に自由に質問できる機能もある。「数学の点数が50点から90点台まで伸びた。将来は会計士になりたい」

 

サービスを提供するのは、ケニア発のスタートアップ企業「エネザ・エデュケーション」。教師1人あたりの生徒が60人以上にもなる教師不足の現状を憂慮し、12年に地元の若者2人が設立した。今では500万人のユーザーを抱え、ガーナコートジボワールへの展開も始めている。

 

特長は二つ。ガラケーでも使えることと、1日3シリング(約3円)の低価格だ。ケニアではスマホの普及率は高くないが、ガラケーなら9割の家庭にある。貧困層でも払える利用料に抑え、ユーザー数を増やすビジネスモデルで成長した。

 

ポール君の父イサイア・ンディワさん(43)は不定期に建設現場で働いて月収は1万シリングほど。「テキストは数百シリングもする。でも1日3シリングなら払える。息子はクラスでも成績上位になったからね。今は娘にもやらせているよ」(ナイロビ

 

 スタートアップ投資拡大、技術普及も「カエル跳び

アフリカのスタートアップ企業への投資は近年、急拡大している。

 

現地メディア「ウィー・トラッカー」の調査によれば、18年にはアフリカのスタートアップ企業に対するベンチャーキャピタルからの投資額は7億ドル(約750億円)を突破。前年からの3倍以上の伸びをみせている。分野別では金融とITが融合する「フィンテック」をはじめ、健康や教育、農業など多岐にわたっている。

 

スタートアップから大企業に成長した例もある。ナイジェリアを拠点にネット通販などを手がけるeコマース「ジュミア」は、スタートアップとしてアフリカ初の「ユニコーン」(推定価値が10億ドル以上の非上場企業)と言われ、今年4月にはニューヨーク証券取引所に上場を果たした。

 

なぜアフリカでいま、スタートアップ企業が急成長をしているのか。日本貿易振興機構(JETRO)中東アフリカ課課長補佐の高崎早和香氏は「現代の技術をうまく当てはめ、社会課題の解決につなげている例が目立つ」と解説する。

 

また、「リープフロッグ(カエル跳び)」と言われる現象もアフリカ特有だ。先進国が段階的に技術を進歩させてきたのに対し、一足飛びに最新技術が普及するような現象を指す。

 

ケニアを中心に爆発的に利用者を増やしてきたモバイルマネー「エムペサ」はその好例だ。銀行口座も持たなかったような人たちが、当然のように携帯電話を使った決済を利用している。

 

アフリカの社会課題への取り組みは、国際機関やNGOによる援助が中心となってきた。「近年のスタートアップ企業は、社会課題がビジネスによって解決可能だということを示している。ビジネスには持続可能性という大きな強みもある」と高崎氏は話す。

 

ナイロビ大のウィニー・ミツラ教授(開発学)は「イノベーションはアフリカの発展に欠かせない」とし、「政策的にも各国政府が、革新を力強く推し進める環境を整えることができれば、よい未来につながるだろう」と語った。

 

 ■電源事業に商機、日系商社続々

日系企業も熱い視線を注ぐ。なかでも総合商社がこぞって参入するのが、電源と家電などを組み合わせた新サービスだ。

 

三井物産住友商事は18年、ケニアのITベンチャー、エム・コパ社への出資を相次いで表明した。同社は太陽光発電システムと携帯電話用充電器、照明やラジオなどをセットで割賦販売する事業を手がけ、いまではウガンダやタンザニアなどでも展開する。

 

顧客は約30ドルの頭金を払ってセットを受け取り、残額を最低で1日約50セントずつ支払う。完済すれば自分のものになる仕組みだ。

 

支払いは、携帯電話を利用したモバイルマネーで行うのが特徴だ。いまだ6億人以上が非電化地域に住むとされるサハラ砂漠以南でも、携帯電話は急速に普及した。

 

携帯電話でのキャッシュレス決済も広がっており、電気が届かない地域なのに「携帯電話も、(携帯を)充電するための電源も必要」(安永竜夫・三井物産社長)な状況になった。三井物産はそこに商機を見いだし、出資を通じて「新事業の芽にならないか検討している」という。

 

丸紅も今年6月、ケニアとタンザニアで同様の事業を手がける英アズーリテクノロジーズに出資を発表。発電設備やテレビに衛星放送約60チャンネルの視聴権がつく。三菱商事コートジボワールなどでの同様の事業に参画する。

 

携帯電話やキャッシュレス決済といった新しいインフラに注目する企業は多く、ソフトバンクグループは昨秋、モバイルマネー事業を展開するエアテル・アフリカに出資した。【8月14日 朝日】

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なお、携帯でのSNSが政治体制を変える大きな力となることは、「アラブの春」などの多くの最近の政治現象が示すところですが、そのあたりは「超監視社会」北朝鮮ではまた特殊でしょう。

 

【北朝鮮では常識とも思われている理不尽さと、意外にまっとうなものも機能した事例のバランス】

****北朝鮮で注目「赤い自転車の女」殺人事件の顛末****

北朝鮮で20代女性を殺害し、現金と持ち物を奪った容疑で逮捕された朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の元兵士に判決が下された。

 

言い渡された刑は、一般的な量刑の相場より軽いものだった。このような場合には、市民の間から不満の声が上がるものだが、今回に関してはそうなっていないと、デイリーNKの内部情報筋が伝えた。

 

情報筋によると、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)に在住する元兵士は、25歳の女性を殺害し、自転車と現金を奪ったが、後に逮捕された。先月中旬に公開裁判が行われ、そこで言い渡されたのは教化刑(懲役)10年の刑だった。それに対して市民の大多数が「死刑になると思ったのに」と驚きを示しているという。

 

大幅な減刑となった理由は、その不幸な身の上にある。

この元兵士は、10年にも及ぶ兵役を終えて昨年、故郷の清津に戻ってきたが、家はもぬけの殻になっていた。兵役中に両親ともに亡くなっていたのだ。生まれ育った家で一人暮らしを始めた元兵士だが、食べものをいかに確保するかという問題にぶち当たった。

 

兵役を終える前の兵士は、商売に手を出したり違法行為に手を染めたりして、今後の生活資金を稼いでから除隊する。除隊時に所属部隊から受け取るのは、わずかばかりの食べ物だけだからだ。

 

しかし、充分な生活資金を準備できるのは、密輸や脱北を見逃す代わりに多額のワイロが受け取れる国境警備隊や、市場がある都市や近郊に駐屯している部隊の兵士くらいで、後はほぼ、着の身着のままの状態で軍隊から投げ出される。

 

この兵士は、清津市人民委員会(市役所)を訪ねて、就職口の斡旋と食料の配給を求めたが、うまく行かなかったようで、市場に出て物売りをしてその日暮らしをするようになった。

 

彼は、輸城川(スソンチョン)の渡し船に乗って市場に出勤していたが、船で赤い自転車を持った20代の子連れの女性を見かけた。自転車を持っているくらいなのだから、ある程度財産があるだろうと思ったのか、元兵士は船から降りた女性の後をつけて襲いかかり、現金と自転車を奪おうとした。ところが、女性が叫び声を下げて激しく抵抗したため、顔と鼻を手で強く押さえつけて窒息死させてしまったという。

 

通報を受けた清津市保安署(警察署)は捜査に乗り出し、被害女性のものと思われる赤い自転車に乗っていた元兵士がいるとのとの通報を受けて逮捕した。

 

元兵士は取調べに素直に応じた。また、隣人たちも彼の普段の生活態度や気の毒な事情を語り減刑を求めた。

 

予審(捜査終了後起訴までの追加捜査、取り調べ)を終えた保安署は、生い立ちや兵役、両親が亡くなったこと、生活苦の中にあったことを踏まえ、偶発的な犯行だとの報告を上げたようだ。その結果、大幅に減刑された懲役10年が言い渡されたというわけだ。

 

通常、量刑相場から大きく外れた判決が出た場合、何らかの裏取引があると考えるのが一般的だが、今回の場合は、元兵士の苦しいながらも誠実な生活態度が反映された裁判結果だとして、市民は驚きつつも、不満の声は上げていないと情報筋は伝えた。もちろん、被害女性の遺族は別だが。

 

この兵士は、咸鏡北道会寧(フェリョン)にある全巨里(チョンゴリ)教化所(刑務所)に移送され、現在服役中だ。減刑はされたものの、人権侵害の温床で衛生状態が極めて悪い上に、食べ物を差し入れする家族がいない彼が、生きて出所できるかは誰にもわからない。【8月14日 デイリーNKジャパン】

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北朝鮮兵士の窮状については、国境警備隊兵士が食糧難から中国領に越境して強盗した・・・といった類の話【7月27日NEWSポストセブン】もあります。

 

しかし、国境警備隊は非常に恵まれた部隊です。

 

“同じ地域にある軍隊でも、部隊によって置かれた状況は全く異なる。国境警備隊の場合は、密輸で儲けた資金を蓄えているため、食糧、衣類ともに充分に配給を受けている上に、自主的に耕した畑から取れる作物もあるため、兵士たちの栄養状態は良好だ。

 

そんな状況を知っている親たちは、息子を一般の部隊ではなく国境警備隊、海岸警備隊、海軍などに送り込むためにかなりの額のワイロを支払う。これはもはや一般的な現象だ。”【2018年12月26日 Newsweek】

 

そういう恵まれた状況になかった兵士の末路が上記記事ですが、個人的に興味深いのは当該兵士の話より(北朝鮮における一般市民の窮状はある意味常識的ですので)、理不尽な処刑がよく話題になる北朝鮮でも、こういうケースでは情状酌量されるのか?ということ、“市民は驚きつつも、不満の声は上げていない”といった「世論」的なものが存在するのか?、また、こういう話はどのようにして市民に広まるのか? ということの方です。

 

****妊婦も殺すワイロ漬け医療…「金正恩命令」も効かず****

北朝鮮では国家機関や朝鮮労働党の幹部らが権力を笠に着て、庶民からなけなしのカネを搾り取り、私腹を肥やす腐敗が横行している。

 

金正恩党委員長はこうした不正腐敗を厳しく取り締まる姿勢を見せているが、それほどの効果を見せていない。こうした不正腐敗は医療現場にも及んでいる。

 

北朝鮮は、かつては無償医療を誇っていたが、1990年代に「苦難の行軍」といわれる深刻な食糧危機に見舞われ完全に崩壊した。

 

北朝鮮と国交がある英国外務省が2015年7月に発表した「北朝鮮の医療施設と医師のリスト」という4ページの資料によると、北朝鮮の医療施設は劣悪で、衛生水準は基準以下だと指摘。

 

病院には麻酔薬がない場合がしばしばあるため、北朝鮮での手術はできる限り避けることや、即時帰国するように勧告している。実際、麻酔なしで手術を受けたことのある脱北者は、壮絶な体験について語っている。

 

医療崩壊という現実のなかで、現場の医師たちは献身的に診療に携わっていたが、国から出る雀の涙ほどの給料に頼っていては、生きていくこともままならない。

 

結果、ベテランで優秀な医者たちは、自宅で民間診療所を開き、経済的に余裕のある特権階級幹部やトンジュ(金主)を顧客に医療活動を続けている。北朝鮮で最大規模を誇る産婦人科医院「平壌産院」は、特権階層や富裕層しか利用できなくなってしまった。

 

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると6月、平壌産院を訪れた妊婦が適切な治療を受けられず死亡。北朝鮮当局は同産院の不正実態を集中的に調査し、産婦人科医6人を電撃解任したと伝えた。

 

RFAの情報筋によると、船橋(ソンギョ)区域に住んでいた妊婦が出産を控えて呼吸困難に陥り、平壌産院を訪れた。しかし、ワイロをわたすことができず、控室に追い出され呼吸が停止し、胎児と一緒に死亡したというのだ。

 

北朝鮮では社会のあらゆる場面でワイロが必要となるが、これこそ最も極端な例と言えるかもしれない。

 

妊婦の死亡に対して、平壌産院は船橋区域の産婦人科で妊婦の健康異常を早期に正常検診せず対策も立てていなかったからだと責任を回避しようとした。死亡した妊婦の遺族は、平壌産院で適切に治療していたら絶対に死んでいなかったと抗議したが、受け入れられなかった。

 

北朝鮮当局が自画自賛する平壌産院で、「お金がないという理由」で治療を受けられなかったという噂は住民の間で広まった。当局は医師らのクビを切ることによって住民の不満を抑えようとしたが、医療当局に対する恨みは収まることがないようだ。(後略)

 

平壌在住のRFAの情報筋は、「平壌市大同江(テドンガン)区域の文殊(ムンス)に位置する平壌産院は、2000年代以前から平壌女性の初出産や三つ子、双子を身ごもった地方在住の女性達が無償で出産できる『幸せのゆりかご』と呼ばれていた」と語る。しかし、医療崩壊の現実のなかで、金正恩時代に入ってからは一部の特権階級しか利用できなくなった。一般の女性が出産するには無条件にワイロを渡さなければならない。(後略)【8月4日 デイリーNKジャパン

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話の本筋の、ワイロがはびこる医療現場・・・ということは、これもある種常識的な話で特段の驚きはありませんが、この話で興味深かったのは、そんな北朝鮮でもやはり、十分な医療を施さずにに犠牲者が出たというようなことは問題視されるのか・・・・という点。(それとも、単に上層部へのワイロが足りなかったのか)

 

兵士の窮状とか医療現場の腐敗といった、「日本的基準ではとんでもないことだが、北朝鮮ならそういうのは常識ともと思われるようなこと」と、裁判における情状酌量、不誠実な医療への処罰といった「北朝鮮でもそういう“まっとうなもの”が機能しているのか」ということ・・・・この二つの側面がどのようにバランスしているのか・・・そこが知りたいところで、それがわかれば社会の実態も見えてくるところですが、そのあたりがよくわかりません。

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トルコ  高まる国民不満に、寛容なシリア難民政策を転換 シリア北部「安全地帯」への移送を目論む

2019-08-14 23:04:19 | 中東情勢

(アラビア語の看板を掲げるイスタンブールの電器店(ロイター)。シリア難民の流入・定着でこうした店舗が増えたことも、地元の反感につながっている【8月14日 産経】)


【最大の受入国トルコにおける「客人」としてのシリア難民】

内戦が続くシリアでは国民の半数以上の1300万人が住む家を追われており、そのうち650万人がシリア国内で、残りは国外で暮らしています。

 

国外に逃れたシリア難民の最大の受入れ先は隣国トルコで、その数は360万人と言われています。

トルコ以外では、レバノン100万人、ヨルダン66万人、イラク25万人、欧州100万人とも。【JICA トルコ事務所長 安井毅裕氏】

 

欧州が押し寄せるシリア難民で揺れたことは記憶に新しいところですが、トルコは欧州全体の3倍以上のシリア難民を受け入れています。

 

このことが、EU加盟や多くの問題でトルコが欧州から人権問題で批判を受ける際に、「欧州は口では人権を主張しながら、実際は難民を受入れようとしないではないか」というトルコ・エルドアン大統領の不満にもなります。

 

トルコにおけるシリア難民の暮らしぶり、状況については、2016年時点とやや古いものにはなりますが、以下のようにも。

 

注目されるのは、トルコにおけるシリア難民は、受入国トルコの負担が大きい国際法上の「難民」ではなく、「客人」として扱われていること、その9割が難民キャンプ外で暮らしていることです。

 

****トルコのシリア難民****

トルコに押し寄せるシリア難民

世界で最も多くのシリア難民を受け入れている国が、隣国のトルコです。(中略)ほかの隣国よりも経済的に強く、国境の管理が比較的ゆるやかで、ヨーロッパへの玄関口でもあるトルコに、多くのシリア難民が集まっています。

 

また、トルコと国境を接するシリア北部は、シリア国内でも戦闘の激しい地域であり、戦闘から逃れてくる難民が短期間に大量にトルコに流れ込んでくることもあります。1週間で約15万人のシリア難民がトルコに押し寄せたこともあります。

 

難民キャンプの外に住む人々

トルコには25ヵ所の難民キャンプがあり、トルコ政府によって運営されています。20164月時点で、難民キャンプで生活しているシリア難民は、トルコで暮らすシリア難民全体の1割程度の約253千人。9割は難民キャンプ以外の場所で生活しています。

 

難民キャンプの中では住む場所と食料が提供されます。その一方、難民キャンプの外では自分で賃貸住宅を借り、食料を手に入れる必要があります。

 

ただし、難民キャンプでは自由度が少ない、あるいはプライバシーが確保しにくい、などというマイナス面があることから、経済的な負担を伴ってでも、自由度の高い、難民キャンプの外での生活を、あえて選択する人が多く存在します。

 

シリア難民の生活

難民キャンプの外で賃貸住宅を借りると、その相場は月300400トルコリラ(12,00016,000円)です。日本に比べると安価ですが、難民にとっては大きな負担です。そして、家賃だけではなく食料などにも費用がかかります。

 

シリアで蓄えた貯金を切り崩すだけでは生きていくことができないので、仕事を見つけなければなりません。

 

トルコで働くための就労許可を取得することは困難なため、ほとんどのシリア難民が非合法に働かざるを得ません。また多くの場合、建設や農作業などの単純労働しか仕事が見つかりません。

 

就労許可を持たないシリア難民はトルコの労働法で守られないため、最低賃金は保障されません。トルコの最低賃金は143トルコリラ(約1,700円)ですが、多くのシリア難民は115トルコリラ(約600円)程度の賃金で働いています。

 

また、すべてのシリア難民が仕事を得ることができるわけではありません。特に、高齢者や障がい者が仕事を見つけることは困難です。働くことができず、貯金が底をつき、トルコで生活していくことができなくなり、危険なシリアに戻っていく人たちもいます。

 

シリア難民の法的地位

トルコ政府は、シリアから逃れてきた人たちを「難民」としては扱っていません。一時的保護(Temporary Protection)の枠組みのもと、「客人(guest)」として扱っています。

 

これはつまり、シリアからトルコへの入国、そして滞在を認め、シリアに強制的に帰すことはしないが、難民条約上の「難民」としての法的地位は認めない、というものです。

 

トルコ政府のこの姿勢は厳しいものに見えるかもしれません。しかし、難民条約上の「難民」としての法的地位を認め、権利を保障することはトルコ政府にとって大きな財政的な負担が伴います。そのため、一時的保護の枠組みのなかでシリア難民を「客人」として処遇することは現実的な処置と言えます。

 

シリア難民に対して高まる反感

シリア難民がトルコに押し寄せてきた当初、トルコ人はとても温かく受け入れました。近所のトルコ人たちは難民に食料や毛布などの生活必需品を提供していました。

 

しかし、難民のトルコでの生活が長くなるにつれ、トルコ人の間でシリア難民に対する反感が広がっています。トルコ人とシリア難民両者の間の暴力事件がニュースになることは珍しくありません。

 

トルコ人と話をすると「シリア難民が自分たちの仕事を奪っている」という意見を聞きます。今でもシリア難民に対して親切なトルコ人は多くいるものの、反感を持っているトルコ人も多くなっているのが現状です。

 

将来への不安

「難民」としての法的地位は認められていないものの、シリア難民の権利が全く保障されないわけではありません。一時的保護の枠組みの中で医療、教育、就労などの権利が保障されています。

 

病院での医療を無料で受けることができ、トルコの公立学校に通うことができ、労働許可を取得して合法的に就労することが認められています。

 

しかし、実際にはそれらの権利は十分に享受されていません。例えば、教育を受ける権利は保障されているものの、現実には学校の数が少ないため学校に通えない、労働許可の取得は現実には極めて困難であるため不法就労を続けなければならない、ということが起きています。

 

教育を受けることなく大きくなっていく子どもたち、そして安定した仕事に就くことができないという現実を目の前にし、シリア人は将来に大きな不安を感じています。また、トルコ人の中で高まるシリア難民に対する反感も、その不安に拍車をかけています。【AAR Japan

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トルコが360万人ものシリア難民を受け入れていると聞くとき、「トルコは受け入れにともなう負担をどうしているのか?」という疑問がわきます。

 

その答えのひとつは、上記のようにトルコ政府が財政的に多くを負担する難民キャンプで生活しているのは1割程度にすぎないこと、また、「客人」という立場で諸権利が制約されていること、建前上は保証されている権利も、実際には行使が難しいこと、結果的に多くのシリア難民が自力で、不十分な公的庇護のもとで暮らしていることでしょう。

 

【国民のシリア難民への不満がイスタンブール市長選で顕在化 難民政策を転換するエルドアン政権】

そうは言ってもこれだけ多くの難民を受け入れることは多くの困難がともないますが、それでもトルコ・エルドアン政権が受け入れてきたのは、同じイスラム教徒という意識・共感のほかに、オスマン帝国の後継国家として大国トルコの復活を果たすという、エルドアン政権の「新オスマン主義」の発想があったと指摘されています。

 

しかし、上記2016年当時のレポートでも「シリア難民が自分たちの仕事を奪っている」といったシリア難民への反感が指摘されているように、難民のトルコでの生活が長くなるにつれ、その数が増えるにつれ、問題・軋轢が拡大します。

 

そして、その不満が顕在化したのが、先のイスタンブール市長選挙での与党敗北でした。

これを機に、トルコ政府は寛容なシリア難民政策からの転換を図っています。

 

****「歓迎されざる客」となった難民 シリア政策誤算でトルコの重荷に****

360万人以上のシリア難民が暮らすトルコで、難民に対する反感と、彼らを積極的に受け入れてきたエルドアン政権に対する不満が強まっている。

 

政権側も、難民に寛容だった元来の姿勢を転換し始めた。シリア内戦からトルコへ逃れ、首都アンカラや最大都市イスタンブールなどの都市部に根を張った難民の立場は、「同情の対象」から「歓迎されざる客」へと急速に変わりつつある。

 

したたかな難民たち

国際機関などの援助を頼りに、劣悪な環境で身を寄せ合う無力な人々-。中東の「難民」は、日本人が一般的に思い浮かべるこんなイメージには、必ずしも当てはまらない。難民キャンプを出て、したたかにビジネスチャンスをうかがう人は多い。

 

たとえば近年のトルコでは、男性の「毛の悩み」がシリア人の収入源になっていた。

 

2016年、イスタンブールを取材していた私は、頭部に大きな絆創膏を張った男性がやたらと目につくことに気が付いた。しかも、男性たちはほぼ例外なく薄毛である。

 

(中略)男性たちの多くはサウジアラビアなど富裕な湾岸アラブ諸国からの観光客で、旅行ついでにイスタンブールで安価な植毛手術を受けていくのだとか。(中略)

 

ただ、トルコ語とアラビア語は言語体系がまったく違う。そこで医療機関側との仲介役となっているのが、トルコ語を身につけたシリア人だった。その嗅覚の鋭さに敬服したものである。

 

このほかにも都市部では、シリア料理レストランや衣料品店など、多くのシリア人がビジネスを広げ、同胞を雇い入れている。トルコ商務省の統計によれば、全土でシリア人が設立した企業は約1万5000社に達するという。

 

暴力事件も増加

トルコは、シリア難民の最大の受け入れ国だ。中東のニュースサイト、アルモニターによると、人口約1500万人のイスタンブール都市圏でシリア人の割合は約3・7%。実に55万人超の難民が、11年にシリア内戦が発生して以降の短期間で流入・定着した。シリア人が集住する地区には、アラビア語の看板があふれている。

 

もちろん才覚に優れた者ばかりではなく、商業的に成功しているシリア人は一握りだ。

 

とはいえ、街の急速な変化に不安や反感を抱くトルコ人が増えるのも不思議はないだろう。しかも、トルコは近年、経済が低迷し、通貨安に伴う物価上昇や失業率の高止まりに苦しんでいる。

 

そうしたフラストレーションを反映するように、トルコ人とシリア人の間での暴力事件は増加傾向にあった。そして不満は必然的に、内戦当初からシリア問題に介入し、難民の受け入れにも積極的だったエルドアン政権に対する批判にもつながる。

 

今年春に行われた統一地方選で、エルドアン大統領の与党、公正発展党(AKP)は、アンカラやイスタンブールといった大都市の市長ポストを失った。

 

特にイスタンブールは、かつてエルドアン氏が市長を務めたAKPの牙城と目されていただけに、敗退のインパクトは大きい。難民問題がエルドアン氏の求心力を低下させる要因の一つになったとの分析もある。

 

エルドアン氏は選挙中、自身の難民政策に批判的な野党候補らを強く非難していた。だが、選挙後は一転してアラビア語の看板設置を制限する措置や、難民の住居登録地に関する規制を相次いで導入。国民の反シリア人感情が思いのほか強いことを見てとり、姿勢を修正した可能性がある。

 

新オスマン外交のツケ

そもそもエルドアン氏は、シリア内戦当初から反体制派を支援し、アサド政権の退陣を主張してきた。シリアを影響下に収め、かつてのオスマン帝国の後継国家として大国トルコの復活を果たす好機とみたためだ。その外交政策は「新オスマン主義」と呼ばれた。シリア難民の大量受け入れも、その路線上にあった。

 

しかし、アサド政権はロシアやイランの助力で生き長らえ、いまや反体制派が勝利する可能性はほぼない。

内戦の混乱に乗じてイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が台頭したことは、結果的に、トルコが敵対する少数民族クルド人勢力の伸長をも招いた。米国主導の有志連合が、ISに対抗させるためにクルド勢力を支援したためだ。

 

クルド勢力に国境を脅かされることになったトルコは、シリアへの軍事介入を余儀なくされ、米国との関係も冷え込んだ。

 

トルコ経由で流入したシリア難民に欧州各国が拒絶反応を示し、ポピュリズム(大衆迎合主義)勢力の伸長につながったことは記憶に新しい。これに対してエルドアン氏は、日ごろは人権問題で口うるさくトルコに注文を付ける欧州が、難民の受け入れに及び腰なことを批判していた。

 

ところが現在では難民問題が、エルドアン氏自身にとっての重荷となっている。トルコ政府は、戦闘が収束している地域出身の難民の帰還を支援するなどとしているが、荒廃した母国よりも経済的なチャンスが多いトルコを選ぶ難民は多いだろう。誤算続きだったシリア政策のツケは、今後も重くのしかかる。【814日 産経】

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トルコ国内におけるシリア難民に対する在留管理も厳しくなっているようです。

 

****トルコ、シリア難民の管理厳格化 市民に不満、寛容政策を転換 滞在364万人***

内戦のシリアからの難民を最も多く受け入れてきた北隣のトルコのエルドアン政権が、在留管理を厳格化する方向にかじを切った。

 

長期化する内戦でシリア難民の帰還に見通しが立たずトルコ市民がいらだちを募らせていることが背景にある。最大都市イスタンブールからの退去を迫られる難民は、「苦境に理解を」と訴えている。

 

(中略)トルコ国内のシリア人は「一時的保護」制度で登録された県にとどまらねばならないが、多くのシリア人は仕事を見つけやすい大都市に無登録のまま移り、トルコ政府によれば、スタンブール県で登録されたシリア人は国内最多の54万7千人だが、実際にはこれを大きく上回るシリア人たちが暮らすとされる。

 

こうした中、イスタンブール県は7月22日、無登録で滞在するシリア人に8月20日までに退去するよう命令を出した。当局による公共交通機関での身分証明書のチェックを徹底し、無登録者をほかの県に移送するほか、違法入国者はシリアに送還する方針だ。

 

背景には、6月下旬のイスタンブール市長選で、エルドアン大統領率いる政権与党・公正発展党(AKP)が野党の共和人民(CHP)に敗退、長年の牙城(がじょう)を明け渡したことがある。同市内のあるAKP支部長は「選挙戦で有権者がシリア難民の増加にうんざりしているとわかった。新たな対策を取らざるを得ない」と話す。

 

一方、CHPはAKPのこれまでのシリア難民政策に批判の矛先を向ける。イスタンブール選出のCHP議員エルドアン・トプラク氏は、「シリア人が多く住む地域では地元市民が治安悪化を心配し、安い労働力はトルコ人から仕事を奪う。受け入れ能力の限界を超えており、厳格に管理すべきだ」と語る。

 

カディルハス大学の5~6月の調査ではシリア難民の存在について、市民の67・7%が「不満」と答え、17年の54・5%から増え続けている。(中略)

 

 ■「行き場ない状況」 多くは無登録

イスタンブールで無登録のまま暮らすワエルさん(29)は7月下旬、朝日新聞の取材に「こわくて外に出られない」と訴えた。

 

シリアでの徴兵を逃れるため、13年にシリアを出て、国境を越えたハタイ県で登録した。ホテルで働いたが日々の生活もままならず、16年にイスタンブールに移り病院で働くようになった。(中略)

 

ハタイに移送されても、仕事を見つけるのは難しい。無登録で捕まったシリア人がトルコ国内ではなく、シリア北部に送還されたとの報告も相次ぎ、不安が募る。

 

ワエルさんは「シリア難民の負の側面だけでなく、トルコに貢献している部分もみてほしい。行き場がない状況をわかってもらいたい」と話した。【810日 朝日】

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【シリア北部に「安全地帯」を設置して、そこへトルコ国内のシリア難民を移送】

エルドアン政権が、シリア難民の「帰還先」として目論んでいるのがシリア北部地域で、現在クルド人勢力が支配している一帯に「安全地帯」を設けて、クルド人を国境から遠ざけるとともに、トルコ国内のシリア難民をそこへ移住させようとするものです。

 

トルコ・エルドアン政権がテロ組織として敵視するシリア北部のクルド人勢力に対しては、シリアへの軍事侵攻でその排除も厭わないという強行姿勢で、クルド人勢力を対IS掃討作戦のパートナーとして重用してきたアメリカとの対立が続いています。

 

一応、シリア北部での安全地帯構想の実現に向け、アメリカとの間で「共同作戦センター」を設置することで合意したことが87日に発表されましたが、まだ流動的・不透明な部分も少なくありません。

 

****トルコ軍のシリア侵攻が切迫、クルド、“ISカード”でけん制****

(中略)トルコはテロリストと見なすクルド人の勢力拡大が自国の脅威に直結するとして米国にクルド人支援をやめるよう要求。国境のシリア側に「安全保障地帯」を設置し、トルコ軍がその一帯に進駐し、クルド人を国境地域から排除する構想を米側に提案してきた。

 

米国は「安全保障地帯」の設置を認める代わりに、米・トルコ部隊による合同パトロールの実施と、トルコ軍がクルド人を攻撃しないよう保証を求め、この対立が解けていない。

 

「安全保障地帯」の規模についても、米側は長さ約140キロ、奥行き14キロと主張しているのに対し、トルコは奥行き30キロ以上を要求し、難航している。

 

トルコは現在、国内にシリア難民360万人を抱えているが、これら難民の一部の帰還場所として「安全保障地帯」を活用したい意向を持っており、できるだけ広大な一帯を確保したい考えだ。(後略)【88日 WEDGE

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仮に「安全地帯」が設置されても、“荒廃した母国よりも経済的なチャンスが多いトルコを選ぶ難民は多い”という状況では、その「帰還」はかなり強引なものになることも想像されます。


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イギリス  ジョンソン首相が旗を振る「合意なきEU離脱」で揺らぐ連合王国の団結

2019-08-13 22:30:51 | 欧州情勢

731日 ジョンソン首相は北アイルランドを訪問して地域政党指導者と会談 「合意なきEU離脱」に反対する北アイルランドのカトリック系地域政党「シン・フェイン党」党首(中央女性)【https://www.youtube.com/watch?v=EXpaKicuQ_g

 

【流れに乗るのがうまいだけの日和見主義者?】

「期限の10月末までに必ず離脱を実現する。〈たら〉〈れば〉はない」と言うボリス・ジョンソン首相の実現で、イギリスの「合意なきEU離脱」がどうなるのか・・・・わかりません。

 

なにしろ、あのトランプ大統領以上に、ジョンソン首相は言うことが時、相手でころころ変わることで昔から有名な人物ですから・・・・。

 

ジョンソン首相が、決して“信念を貫く”ようなタイプ、あるいは“真実を重んじる”タイプの政治家では「ない」ことは、下記の2016年国民投票時のエピソードや、新聞記者としてスタートした際のエピソードで明らかです。

 

****ハードな新英首相に備えよ!****

ボリス・ジョンソンは若い頃からEUの天敵として知られていた。英デイリー・テレグラフ紙の記者としてブリュッセルに駐在していたときは、欧州官僚の悪口をせっせと書き送っていた。

 

しかし、英政府が2016年のEU離脱の是非を問う国民投票を決めたときには心が乱れた。有力政治家として新聞に寄稿するに当たって自分の立ち位置を決めかね、2種類の原稿を用意した。

 

残留支持のバージョンと、断固離脱のバージョン。迷った末に彼が選んだのは後者、EUによる「植民地化」を終わらせろと叫ぶ激烈な一文だった。

 

この選択で彼の政治家人生が、そしてイギリスとヨーロッパの未来が書き換えられることになった。あの国民投票では、反EU派の僅差の勝利に、ジョンソンのカリスマ性が大いに役立った。

 

その後は不運なテリーザーメイ首相(当時)がまとめた離脱合意案を葬り去るのに奮闘した。そして今は保守党内の党首選挙を制して首相となり、世界第5位の経済大国をEU圏外の未知なる領域へ導こうとしている。

 

こういう流れだから、イギリス国民はダウニング街10番地(首相官邸)の新たな住人を信用できない。もちろんジョンソンは今も昔も、与党・保守党の多数派を形成するEU懐疑派のアイドルだ。(中略)

 

しかし、それでも彼の本心(そんなものがあるとすればの話だが)には疑問符が付く。この人物は本当にEU離脱が正しいと信じているのか、それとも流れに乗るのがうまいだけの日和見主義者なのか。

 

彼を嫌いな大にとっては、言うまでもなく答えは後者。興味があるのは権力だけで(5歳の頃には家族に「世界

の王」になりたいと言っていたそうだ)、勝つためなら平気で主義を曲げる。

 

EU離脱をあおるために、イギリスのEUへの拠出金は週に3億5000万ポンド(約470億円)もかかっているという誇大な数字を触れ回った。

 

彼を好きな人たちも、彼が信用できるとは思っていない。(後略)【86日号 Newsweek日本語版】

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****だからボリスは憎まれ、愛される****

1988年、英タイムズ紙の若い見習い記者が、でっち上げの引用をしてクビになった。なぜばれたかと言うと、「引用」に事実の誤りがあり、発言の主とされた著名な歴史家に恥をかかせたからだ。

 

ジャーナリストにとって、でっち上げは最悪の罪。普通ならそこでキャリアが絶たれるが、ボリス・ジョンソンは違った。

 

彼はすぐにデイリー・テレグラフ紙の記者に採用され、外国特派員になり、高給のコラムニストに昇格した。そしてジャーナリズムの世界で得た名声を基に政治家デビューを果たし、ついに首相の座にまで上り詰めた。

 

23歳だった新人記者時代のエピソードは、ジョンソンのキャリアについて重要な2つの点を示している。

1つは性格に難があること。もう1つは、普通なら足をすくわれるはずの失敗を、乗り越える力があることだ。(後略)【86日号 Newsweek日本語版】
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まあ、あえてジョンソン首相をかばって言えば、世の中の政治家の多くが“信念を貫く” “真実を重んじる”タイプではなく、恐らくそうしたことは政治家として役立つ特質なのでしょう。

 

【風は「合意なき離脱も可とする」方に吹いている?】

いずれにしても、彼の本心(そんなものがあるとすればの話ですが)はともかく、離脱に向けた強気の姿勢をアピールすることが、現在の自分の政治的立場にとって必要だという認識はあるでしょう。

 

私だけでなく、今後の展開は誰も(おそらくジョンソン首相自身も)定かではないところですが、総選挙と密接に絡んでくるようです。

 

****政権発足直後に早くも不信任の動き ジョンソン英首相 総選挙実施も*****

7月24日に就任した英国のジョンソン首相に対し、早くも内閣不信任決議案を提出する動きが出ている。

 

保守党など与党勢力は下院で、わずか1議席差でかろうじて過半数を維持しているにすぎず、1人が造反すれば不信任決議案は可決し、総選挙が実施される公算が大きい。

 

そうなれば、ジョンソン氏が「いかなることがあっても実現する」と公約した10月末までの欧州連合(EU)からの離脱に関し、「合意なき離脱」が現実味を帯びる。

 

「経済を混乱させる合意なき離脱を阻止する」

最大野党・労働党のコービン党首は5日、英中部ダービーシャーで記者団にこう訴え、ジョンソン氏がEUとの合意なき離脱を辞さない構えをみせていることを理由に不信任決議案を提出する意向を表明した。

 

不信任決議案提出のタイミングは、夏季休会中の議会が再開する9月3日以降、「かなり早い適切な時期」に設定するという。

 

与党勢力の基盤が不安定なため、不信任決議案が可決する可能性は高い。(中略)

 

コービン氏が狙うのは、不信任決議案の可決でジョンソン内閣を総辞職に追い込むことだ。しかし、政権交代を狙うコービン氏らが首相に就くために必要な下院の過半数を得る保証はない。

 

また、ジョンソン氏は下院解散の時期を遅らせることで、離脱期限の10月末以降の総選挙実施をもくろんでいるとされる。混乱の中、自動的に合意なき離脱を実現する方策だ。

 

総選挙を意識してか、ジョンソン氏は首相就任後、国内向けの政策を相次いで発表している。7月末には合意なき離脱に備えた医薬品の確保などのため、21億ポンド(約2700億円)の追加予算を表明。5日には、英国内の病院の病床数の拡大や病棟の増築を行うため、18億ポンド(約2310億円)を拠出すると明らかにした。

 

野党議員の一人は「ジョンソン氏は国内向けの政策を充実させて国民の支持を急いで集めようとしている。総選挙に備えている証拠だ」と指摘する。

 

保守党のクレバリー幹事長は4日、英スカイニューズ・テレビに対し「保守党は総選挙を始めるつもりはない」とした上で、労働党の不信任決議案提出が「総選挙実施の引き金になる可能性がある」と認めた。【89日 産経】

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ジョンソン首相の心中を推察すれば・・・

 

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新首相の立場で考えてみよう。2016年の国民投票の結果から見ても、今次の保守党党首選挙の結果から見ても、風は明らかに「合意なき離脱も可とする」方に吹いているではないか。

 

優柔不断の誹りを免れ得なかったメイ前首相と違い、自分は不退転のリーダーなのだとアピールしつつ、ブレグジット党(旧・英国独立党が、保守党を離れた強硬離脱派を糾合して、新たに旗揚げした)とも連携して総選挙に臨んだならば、勝機はある。

 

これが(本稿の〈上〉で述べた通り)、事実上、再度の国民投票になったとしても、またしても離脱派が勝つのではないか。【87日 林信吾氏 Japan In-depth

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実際、世論調査結果でも・・・。

 

****何としてでもEU離脱実現すべき、英国民の過半数支持=世論調査****

英紙デイリー・テレグラフがまとめた世論調査によると、ジョンソン英首相は、議会を休会させてでも欧州連合(EU)からの離脱を断行すべきだと英国民の過半数が回答した。ジョンソン氏は、EUと合意できなくても10月31日に離脱すると表明している。

調査では「ジョンソン氏は、議会がEU離脱を阻止しようとすることを防ぐために必要なら議会を休会させるなど、あらゆる手段を使って離脱を実現すべきだ」との考えについて、54%が支持する、46%が支持しないと回答した。

どちらか分からないと回答した人を含まず、1645人の回答をまとめた。

1783人の回答を基にすると、保守党の支持率は6%ポイント上昇して31%。野党労働党は27%だった。【813日 ロイター】

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本当かね・・・・上記結果で意外です。

メイ首相の頃までは、残留派が離脱派を上回っているという調査結果が出ていたように思うのですが・・・

まあ、2016年も大外れでしたから、あまり細かい数字を詮索しても仕方ないのかもしれませんが。

 

直近の選挙結果はジョンソン首相には手痛いものでした。

 

****下院補欠選で敗北 ジョンソン首相に打撃****

英国で、ボリス・ジョンソン首相が就任後初めて迎えた下院補欠選挙の投票が1日に行われ、ジョンソン氏率いる与党・保守党の候補が欧州連合残留派の野党候補に敗れた。

 

これにより、下院での与党側と野党側の議席数の差はわずか1議席となり、ジョンソン氏に打撃を与えた。

 

英西部ウェールズのブレコン・アンド・ラドノーシャー選挙区で行われた今回の補欠選は、EU離脱(ブレグジット)派で保守党員の現職と、残留派の自由民主党候補という分かりやすい二択となった。

 

定数650の下院は、ブレグジットをめぐり党派を超えて分裂。命運を分ける投票時にも、造反や棄権が間々ある。

 

今回の敗北により、ジョンソン首相は夏季休暇明けの来月3日に開会する議会で、難しい運営を迫られることになり、第2次世界大戦後の英国史上最も重大な局面の一つを、数人の議員の気分に委ねざるを得ない状況に置かれた。 【82日 AFP】

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“数人の議員の気分に委ねざるを得ない状況”は、この補欠選挙で勝とうが負けようが同じですが、離脱・残留の二択で敗北したということが影響が大きいようにも思えます。

 

【強硬離脱を選べば連合王国の団結が揺らぎかねない】

ここまでの話は(長くなりすぎましたが)前置きで、今日の本題は「合意なきEU離脱」となったときに焦点となる北アイルランド問題の話です。

 

****合意なきEU離脱はアイルランド島統一につながる、アイルランド首相が見解****

アイルランドのレオ・バラッカー首相は26日、英国の欧州連合離脱(ブレグジット)について、英国が合意なき離脱に踏み切れば、北アイルランドでは英領に残ることを疑問視する住民が増え、ひいてはアイルランド島の統一につながる可能性があるとの見解を示した。(中略)

 

離脱協定案の争点となっているのは、英領北アイルランドとEU加盟国アイルランドとの境界で離脱後に必要になる厳格な国境管理を回避するための「バックストップ」条項だ。バックストップ条項によれば、英国は離脱後もEU単一市場にとどまることになる。

 

日刊紙アイリッシュ・インディペンデントなど各メディアが報じたところによると、バラッカー氏はアイルランド北部ドニゴール州のサマースクールで、英国が合意なき離脱に突き進めば北アイルランドの住民たちはイングランド、スコットランド、ウェールズと共に連合王国(英国)の一員であることに疑問を持つようになるとの見解を示し、「北アイルランドで穏健派ナショナリストや穏健派カトリックを自認し、おおむね現状に満足していた住民たちの関心はアイルランドとの統一に向かうだろう」と述べた。 

 

バラッカー氏は離脱協定が成立するためにはバックストップ条項が必要との考えだが、1031日の期限までのEU離脱に威信をかけるジョンソン氏はバックストップ条項の破棄を公言。EUが新たな交渉を拒絶すれば、英国は合意なき離脱に踏み切ることになる。 【728日 AFP】

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一方、ジョンソン首相は・・・

 

****英首相、「アイルランドを救う」ためEUが譲歩と予想=サン紙****

ジョンソン英首相は、欧州連合(EU)離脱を巡る協議でEU側が土壇場で譲歩し、「アイルランドを救う」ため合意に応じると考えている。英紙サンが12日、関係筋の話として報じた。

同紙によると、合意なき離脱で最大の打撃を受けるのはアイルランドであり、ジョンソン首相はアイルランド国境問題を巡るバックストップ(安全策)でEU側が譲歩すると確信しているという。

EUはこれまでに、メイ前英首相と合意した離脱協定案を再交渉する用意はないとの立場を示している。【813日 ロイター】

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これは、ションソン首相お得意の、根拠もない、都合のいいホラ話の類のようにも思えます。

 

****イギリスが強硬離脱すれば、南北アイルランドは統合へ向かう****

<北アイルランド紛争が終結して20年余り、EU離脱で国境が復活すれば南北統合の機運は高まる>

(中略)北アイルランドの平和(と、それなりの繁栄)は多くの血であがなわれた。しかし今、それが新たな脅威にさらされようとしている。

「ブレグジット(イギリスのEU離脱)のせいだ」と、英クイーンズ大学ベルファスト校教授のコリン・ハーベイは言う。「イギリスがEU離脱を決めてから状況は急激に悪化した」

アイルランドの寛容化
北アイルランドとの「連合王国」を形成するイギリスが10月末に合意なき離脱に踏み切れば、この国境線はその日から、再び越えられないものとなる。北アイルランドは連合王国の一部としてEUを離脱することになるが、南のアイルランド共和国はEUの忠実な加盟国だ。この分断は経済から政治、治安の問題まで深刻な影響を及ぼす。

それだけではない。いざEU離脱となれば、北アイルランドの人たちは「自分はどこの国の人間か」という深刻な問いを突き付けられることになる。この島は南北に分断されているよりも、統合されたほうが幸せなのではないか。和平成立後は忘れられていたそんな疑問が、再び頭をもたげている。

こうした論争は、今や親英派か親アイルランド派かという従来の対立軸を超えて広がっている。穏健な親英派を代表するアルスター統一党(UUP)の前党首マイク・ネスビットでさえ「親英派住民の多くが、南北統合でEUに残るべきか、EUを離脱してイギリスに残るべきかで悩んでいる」と語る。

アイルランドの南北統合というテーマは、ブレグジットをめぐる大混乱がもたらした予期せぬ副産物と言えそうだ。

(中略)英リバプール大学教授で両国関係に詳しいジョン・トンジによれば、今年に入ってからの世論調査では「北アイルランド住民の50%前後が、自分は親英でも親アイルランドでもないと答えている」。この数字は1998年の和平合意時点では約33%だったし、紛争の続いていた時期にはもっと低かった。

一方、南北アイルランドが統合されたら厳格なカトリック教会の支配下に置かれるというプロテスタント系住民の昔ながらの懸念は、南の社会の劇的な変化によって薄らいでいる。

 

カトリックのアイルランドは2015年に同性婚を合法化、昨年には中絶も自由化し、今や北よりも寛容な社会になっている。「今のアイルランドは近代的な多元主義の民主国家だ」とトンジは言う。

北の世論は「EU残留」
(中略)ブレグジットが決まった時点で、1998年の和平合意の理念は破棄されたに等しい。マキューエンは言う。「北アイルランドの詩人ジョン・ヒューイットの言葉を借りるなら、『私はアルスターの男でアイルランド人でイギリス人、そしてヨーロッパ人だ。どれか1つでも欠ければ私は否定される』のだ。ところがブレグジットは、私たちのこうしたアイデンティティーを突き崩す。おまえはアイルランド人でもヨーロッパ人でもあり得ないと宣告されるに等しい」

そして経済の問題がある。北アイルランド経済省の7月の報告によれば、イギリスの合意なきEU離脱は「直ちに極めて深刻な影響」をもたらす。人口180万人の北アイルランドで約4万人分の雇用が失われかねないという。

「あらゆる経済指標が既に下降している。どこまで下がるか分からない」と、ベルファストにあるネビン経済研究所のポール・マクフリンも言う。(中略)


南北の統合を求める声
(中略)4月段階の調査によると、南側では有権者の62%前後が南北統合を支持。一方、北では3月の調査で45%が統合に反対し、賛成は32%にとどまった。ただし「分からない」という回答も23%あった。

「『分からない』派の多くが支持に転じたら僅差の勝負になる」とリバプール大学のトンジは言う。「離脱後に国境管理が厳しくなればなるほど、統合への支持が増えるだろう」

イギリスのボリス・ジョンソン首相は「合意なき離脱」に舵を切っているから、リアルな国境が復活する可能性は高い。それを見越して、アイルランドのレオ・バラッカー首相は726日の演説でこう言ったものだ。「皮肉なもので、強硬離脱を選べば(大ブリテンと北アイルランドの)連合王国の団結が揺らぎかねない」と。

そのとおり。トンジも言う。強硬離脱のシナリオは「連合王国の一体性に対する前例のない挑戦を招いている。北アイルランドだけでない。スコットランドやウェールズにも反発がある。30年後も連合王国が今の形で存続しているかと問われれば、極めて難しい問題だとしか答えようがない」。【81320日号 Newsweek
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ちなみに、スコットランドでの世論調査によると、スコットランドの独立の是非を問う投票が実施された場合、賛成票を投じるとの回答が過去2年あまりで初めて多数派を占めたとも。【85日 ロイターより】

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アメリカ  香港の情勢を「暴動」と呼び、中国の対応を評価するトランプ大統領

2019-08-12 22:55:21 | アメリカ

(12日、香港国際空港の出発ロビーを占拠するデモ隊【812日 産経】)

 

【混乱続く香港 空港の航空便運行も取り消し】

一昨日も取り上げた香港情勢については、依然として衝突が続いています。

 

****香港デモ、10週連続 地下鉄駅でゴム弾や催涙ガス発射****

香港の「逃亡犯条例」改定案の取り下げなどを求めるデモは10週連続で行われ、11日も参加者と警官隊が衝突した。

 

2カ月にわたって続いているデモは、参加者と香港政府の双方が譲らず、鎮静化の兆しが見えていない。

11日午後には、ヴィクトリア公園に集まったデモ参加者たちが、警察による禁止措置に反して主要道路に流入。これをきっかけに、警官隊と衝突が起こった。

 

中心部の数カ所でも、警官隊がデモ参加者たちに向けてゴム弾を発射。繁華街の尖沙咀(チムサーチョイ)や湾仔(ワンチャイ)地区では、警官隊が催涙ガスを使ってデモの解散を試みた。

 

地下鉄駅の中で発射

湾仔地区では、デモ参加者たちが警官隊に火炎瓶やれんがを投げつけ、警官隊が警棒で参加者たちを制圧にかかる場面もあった。

 

地下鉄の駅の中で撮影され、ツイッターで拡散された動画には、警官隊がデモ参加者たちに向け至近距離でゴム弾を発射している様子や、エスカレーター付近で警棒を使って参加者たちを叩いている模様が映っている。

 

BBCのスティーヴン・マクドネル記者はツイッターで、「この衝撃的な動画では、香港の警官隊が地下鉄駅で民主化を求める活動家を追いまわし、無差別に(ゴム弾を)発射している。警察が挑発されているのを見てきたが、これには閉口した。林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は警察は独自調査をしているので(この件に関する)調査は必要ないと話している」と現場の様子を説明した。

 

地下鉄の葵芳(クワイホン)駅では、警官隊が催涙ガスを駅の中に向けて発射した。地元メディアによると、閉鎖状態の地下鉄駅の中で催涙ガスが使用されたのは初めてだという。

 

ソーシャルメディアでは、警官隊の発射した物が当たったとされる、片目から大量に出血している女性の画像が拡散された。

 

デモ参加者たちの新戦略

マクドネル記者によると、デモ参加者たちは小グループで何カ所かに分散して抗議行動をし、警官隊が現れると逃げるという戦略を取り始めているという。

 

地元メディアは、警官隊の一部が私服でデモ参加者たちに紛れ込み、参加者の不意をついて逮捕する場面もあったと報じた。

 

11日には香港国際空港でも、3日連続で座り込みの抗議行動があった。衝突や逮捕などはなく、航空機の発着に影響はなかった。

 

デモ参加者たちの要求は…

政府は犯罪容疑者の中国本土への引渡しを可能にする「逃亡犯条例」改定案の審議を棚上げにしたが、デモ参加者たちは改定案を完全に取り下げることを求めている。

 

デモ参加者たちはさらに、警官隊の暴力行為に対する調査や、林鄭行政長官の辞任も要求している。【812日 BBC】

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今日12日には香港国際空港の航空便運行も取り消されています。

 

****香港 国際空港 抗議活動できょうの運航取り消し****

香港の航空当局によりますと香港の国際空港は空港内で行われている抗議活動のため、現時点ですでに出発済みの便や搭乗手続きが終わっている便を除いてこのあと、すべての航空便の運航を取り消すということです。

 

香港では、容疑者の身柄を中国本土にも引き渡せるようにする条例の改正案をめぐって抗議活動が相次ぎ、12日はSNSを通じて、日本時間の午後2時から空港内で抗議活動が呼びかけられていました。

到着ロビーには大勢の市民が集まり、座り込みを行っているほか、一部は出発ロビーでもシュプレヒコールをあげています。

 

香港航空会社「空港に近づかないように」

香港の航空会社キャセイパシフィックは、日本時間の午後5時、ホームページで声明を発表し、香港の航空当局からの指示にもとづいて香港国際空港からの12日の運航便をすべてキャンセルすると明らかにしました。

空港で行われている抗議活動が理由だとしていて、乗客に対し、「不要不急の渡航は延期し、空港には近づかないようにしてほしい」と呼びかけています。【812日 NHK】

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【トランプ大統領 香港のデモを「暴動」と呼び、中国政府が対処すべきと また、習主席が「責任をもって行動している」とも】

こうした香港情勢について、抗議行動を支援しているとされるアメリカと中国が「内政干渉するな」云々で対立を深めているという話は前回ブログでも取り上げました。

 

もっとも、そういう米中対立はトランプ大統領個人の考えとはかなり違うようだ・・・というのが今日の話です。

 

トランプ大統領自身は、香港の問題はあくまでも中国の問題であり、これに関与する意思はないというもののようです。

 

****香港の「暴動」、中国が対処すべき=トランプ米大統領****

トランプ米大統領は1日、「逃亡犯条例」改正案の撤回を求める香港のデモについて、「暴動」であり、中国政府が対処すべきだと発言した。オハイオ州の選挙イベントに向かう際、記者団の質問に答えた。

 

トランプ大統領は、中国が香港に介入する可能性があるとの現地報道を懸念しているかとの質問に対し「(香港では)長い間、暴動が続いている」と発言。「香港は中国の一部だ。中国が自ら対処する必要がある」と述べた。

 

中国政府は、香港のデモについて、背後に米当局者がいると主張し、関与を止めるよう要求している。

 

トランプ大統領は先月、中国の習近平国家主席が香港の大規模デモに対し「責任ある行動」を取っていると確信していると発言。中国が望めばデモを阻止することは可能との見方を示した。【82日 ロイター】

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ここで注目されるのは、トランプ大統領が香港の混乱を「暴動」と表現していることです。

「暴動」という言葉には、運動の正当性を擁護する姿勢ではなく、社会秩序を乱す動きというネガティブな評価が感じられます。

 

同様の発言は、かつて「天安門事件」についても問題となりました。

 

****トランプ氏、天安門事件を「暴動」と呼ぶ 米大統領選TV討論会****

米大統領選の共和党候補指名争いで首位を走るドナルド・トランプ氏は10日、米CNNによるテレビ討論会で、1989年に中国・北京の天安門広場で行われた民主化運動を「暴動」と呼んだ。

 

司会役のジェイク・タッパー氏は、トランプ氏が1990年に米男性誌プレイボーイ上で述べた天安門事件についてのコメントに対して批判が上がっていることを受け、トランプ氏のコメントを求めた。

 

これに対しトランプ氏は、天安門で起きたことを支持していないと強調した上で、「(中国政府は)暴動を抑え込んだ」と発言した。【2016311日 AFP】

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また、香港に関しての中国の対応を評価するような発言も。

 

****トランプ氏 習主席の“香港デモ”対応評価****

香港の逃亡犯条例改正に反対するデモが激しさを増す中、トランプ大統領は22日、習近平国家主席が「責任をもって行動している」と評価した。

香港では、21日のデモに主催者発表でおよそ43万人が参加し、一部が中国政府の出先機関の建物に落書きするなどした。

一方、地下鉄の駅では、突然現れた白い服の集団がデモ参加者らを標的に、傘や木の棒で次々と襲いかかった。この映像を見たか聞かれたトランプ大統領は、直接は答えなかったものの、デモに対する当局の対応が「比較的暴力的ではない」との認識を示し、習主席の対応を評価した。

トランプ大統領「中国はデモを封じることができるが、習主席は責任をもって行動している」

また、大統領は「習主席が正しいことをすると願っている」と述べた。【723日 日テレNEWS24

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一連のトランプ大統領の発言からわかるのは、中国共産党支配を香港にも拡大していこうとする動きに対し、香港の「自由」を守ろうと行動している抗議行動に、トランプ大統領は全く関心をもっておらず、力で秩序をいじしようとする中国の対応をむしろ評価しているということです。

 

言い換えれば、人権とか民主化といった価値観に対する無関心であり、強権的支配の容認です。

 

こうした大統領の選好は、習近平国家主席やプーチン大統領、あるいは金正恩朝鮮労働党委員長に対する強い共感にも通じるものであり、強権支配だろうが何だろうが、ぐだぐだ文句を言う国内反対勢力を抑え込んで、アメリカの経済的利益になる取引をまとめてくれる指導者・政治体制が好ましいという考え方の表れでしょう。

 

【トランプ大統領・習主席が米中交渉をまとめたいなら、香港に武力介入しないように主張すべき】

こうした姿勢はオバマ元大統領はもちろん、ブッシュ、レーガンといった保守派大統領とも全く異質なものです。

 

トランプ大統領としては、米中間のディールを取りまとめるためには、香港については口出ししないというところのようですが、かつてのアメリカであれば、下記記事のように、むしろ香港への中国の武力介入を防ぐために米中貿易交渉を利用しようというものだったでしょう。

 

なお、下記記事の表題は文意にそぐわない、誤解を与えるもののように思えます。むしろ“米中交渉を香港の「切り札」に”といった方が適切なようにも。

 

****【社説】香港を米中貿易交渉の「切り札」に ****

米中貿易交渉はただでさえ複雑化しているが、それでもまだ足りないかのように香港問題が合意を不可能にしかねない要因として浮上してきた。

 

香港市民が、中国から約束された1997年からの50年間の自由を守るため、民主的改革を求め抗議行動を続けていることに対し、中国当局は次第に威嚇的姿勢を強めている。中国国務院香港・マカオ事務弁公室の楊光報道官は6日「火遊びする人々は、火によって滅びる」と述べるとともに、中国は抗議行動を鎮圧する「強大な力」を持っていると警告した。

 

香港に配備された人民解放軍の駐留部隊もこうした力に含まれている。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は5日、香港は「極めて危険な状況に突入しようとしている」と指摘し、秩序を回復させる決意を示した。楊報道官も、これとほぼ同じ文言を繰り返した。

 

香港での失政はすべて、ラム氏と彼女を支える中国政府当局者の責任だ。犯罪容疑者の中国本土移送を可能にする逃亡犯条例改正案をラム氏が強行可決しようとしたことが、抗議行動の引き金となった。彼女は、条例案は「死んだ」としながらも、同案の撤回は拒否している。彼女はまた、抗議行動参加者に対する警察と、中国政府の支援を受けた暴漢らの暴力行為に関する捜査も拒否している。

 

中国は、民主派の候補を排除し、自らの下請け役による香港政府の運営を確実にすることで、民主主義の要求を妨げてきた。香港市民が街頭で抗議をしているのは、それ以外に自分たちの自由を守る方法がないからだ。

 

中国の習近平国家主席がデモを終わらせるために軍の派遣を決めれば、確実に暴力的な衝突につながり、恐らくは流血の事態を招くだろう。こうした侵攻は、自由貿易と金融の窓口としての香港にダメージを及ぼすだろう。

 

だが習氏は、中国本土にとっては、民主主義の実例を示すデモの継続を容認するよりも、香港侵攻の方がリスクが小さいと考えるかもしれない。

 

この文脈からすると、トランプ大統領が先週、香港に関して習氏を支持したことは残念だ。中国軍が介入するかもしれない懸念について聞かれたトランプ氏は次のように話した。

 

「香港で恐らく何かが起きようとしている。今何が起きているかを見ると分かるように、長期間にわたって暴動が起きているからだ。そして、中国がどのような意見を持つのかをわたしは知らない。ある時点で彼らがそれを止めようとするだろうと言う人もいる。だが、それは香港と中国の問題だ。香港は中国の一部だからだ。彼らは彼ら自身でそれを解決しなければならない。彼らにアドバイスは必要ない」

 

しかし、習氏が貿易分野での合意を望むのであれば、習氏にとって必要なアドバイスは「香港に侵攻すべきではない」というものだ。

 

香港は中国だけの問題ではない。中国は香港返還に関する英国との取り決めにおいて「一国二制度」を約束しており、香港の将来は「国際的な」課題である。この特別な地位は、中国には認めていない通商上およびビザ(査証)の特権を米国が香港に認めている法律上の根拠となっている。

 

トランプ氏は、香港問題で習氏の言い分を認めることが米中貿易交渉での合意成立の手助けになると考えているのかもしれないが、それもまた、間違っている。

 

中国軍部隊が攻撃態勢を取り、大量の逮捕者や死者を出すことになれば、民主党は、トランプ氏の発言内容を使い、同氏が中国による弾圧を招いたと主張するだろう。

 

トランプ氏はまた、中国との通商合意に対し、米議会で超党派による圧倒的な人数の反対に直面するだろう。そして、すでに決定済みのものよりも一層厳しい関税を中国に適用すべきだとの圧力に直面することになるかもしれない。

 

トランプ氏が中国のとの通商合意を望むのであれば、習氏に対し、香港への中国軍部隊の出動を引き続き見合わせるよう伝えなければならない。【87日 WSJ】

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なお、トランプ大統領が「ディール」の観点から米中交渉を見ているのに対し、政権内には、中国に対する不信感が強く、現在の米中対立を今後の覇権を争うものとしてとらえる見方が根強くあります。

 

そうした対中国強硬派の思惑は、中国の香港への武力介入を阻止することではなく、むしろ香港の抗議デモを煽ることで中国を介入に追い込み、中国を「悪玉」にしたてることにある・・・との見方も。

 

“もし、アメリカが香港デモをオーガナイズしているのなら、以前にも書きましたが、「第2次天安門事件」が起こり、それを口実に、米欧日・対中経済制裁にもっていきたいのでしょう。クリミア併合後の対ロシアのように。

そうなると、アメリカ企業も相当な損害が出ますが、「覇権にはかえられない!」と決意している勢力が、今のアメリカを牛耳っている。それは、トランプさんというより、昨年10月、中国に「宣戦布告演説」をしたペンスさんのグループなのでしょう。”【87日 北野幸伯氏 MAG2NEWS】

 

この二つの異なる姿勢が混在していることが、トランプ政権の対応が首尾一貫しない原因でもあるでしょう。トランプ大統領自身の中にあっても、本来の宥和的姿勢と周辺が焚きつける強硬姿勢が混在しているのかも。

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