(【2月17日 NHK】)
【イラン・アメリカ 両国のトップが、互いに相手が先に行動を起こすべきだと主張して相譲らない状況】
周知のように、イランと米バイデン政権に関して、トランプ前大統領が一方的に離脱したイラン核合意への復帰をめぐっての動きが報じられています。
制裁解除で経済を立て直したいイラン・ロウハニ政権、国際協調を重視する米バイデン政権ともに、核合意を再起動させたい思いはありますが、ともに国内に強硬派を抱え、簡単には動けない状況にあります。
現段階では、イランは「米の制裁解除が先」、アメリカは「イランの合意遵守が先」と、ともに相手側の譲歩を求めており、進展が難しい状況にもあります。
このままでは事態はデッドロックに乗り上げ、6月のイラン大統領選挙で対米強硬派大統領の誕生し、両国関係は交渉もできない状況に悪化、中東地域の軍事的緊張と、核の拡散に歯止めがかからなくなることも懸念されています。
****「米バイデン政権とイラン核合意の行方」(キャッチ!ワールドアイ)****
アメリカのバイデン政権の発足で新たな展開に期待が持たれていた「イラン核合意」についてです。激しさを増す両国の駆け引きとイランの国内情勢を読み解きます。出川解説委員です。
Q1:アメリカでバイデン政権が発足してから、まもなく1か月を迎えます。これまでのアメリカとイランの関係をどう見ていますか。
A1:はい。バイデン大統領が、選挙戦での公約通り、「イラン核合意」に復帰するかどうかが注目されていましたが、もうすでに、深刻な「ボタンの掛け違い」が起きています。
バイデン大統領は、7日に放送されたアメリカのCBSテレビのインタビューで、「イランを交渉の場に戻すために、アメリカから先に制裁を解除することはあり得るか」と質問されると、「あり得ない」と答えました。そのうえで、まず、イランが核合意の制限を超えてウラン濃縮を行うのを停止する必要があるとの立場を示しました。
これに対し、イランの最高指導者ハメネイ師は、同じ7日の演説で、「アメリカこそが、すべての制裁を完全に解除しなければならない。それが確認できれば、われわれは核合意を再び守る。この方針は絶対であり、変わらない」このように述べて、核合意から一方的に離脱したアメリカが制裁を解除するのが先だという立場を強調しました。
このように、両国のトップが、互いに相手が先に行動を起こすべきだと主張して相譲らず、アメリカによる核合意への復帰も、制裁の解除も、見通しが立たない状況です。そして、イランは、バイデン政権の発足の直前から、核合意から大幅に逸脱する動きを見せています。
Q2:どのような動きですか。
A2:
▼まず先月はじめ、ウランの濃縮度を20%まで引き上げました。これは、核合意が結ばれる以前の濃縮度に戻したことになり、明白な核合意違反です。イランはその意図を否定していますが、濃縮度を20%から、核兵器級の90%まで引き上げるのは、技術的には難しくないとされ、国際社会に危機感が広がっています。
▼続いて、先月下旬、新型の高性能の遠心分離機を使って、ウラン濃縮活動を始めました。
▼さらには、核兵器の材料にも使われるおそれがある「金属ウラン」の製造を開始したことが、先週、IAEA・国際原子力機関によって確認されました。
▼そして、アメリカによる制裁解除がなかった場合、今月20日以降(筆者注 イランが通告している査察停止は23日から)、IAEAによるイランの核施設への「抜き打ち査察」の受け入れを停止すると予告しています。
Q3:イランがこうした動きを見せる背景には、何があるのでしょうか。
A3:バイデン政権に揺さぶりをかける狙いがあると考えられますが、イランの国内政治も影響しています。
イランのロウハニ政権は、「アメリカが制裁を解除すれば、直ちに20%の濃縮をやめる」と表明していますので、核合意を壊す意図がないことは明らかです。この4年間、トランプ大統領の退任をひたすら願い、挑発に乗らないよう、忍耐を重ねてきました。バイデン政権には、速やかに制裁解除を実行してもらいたいと切望しています。
ところが、核合意を維持したい国際協調派のロウハニ大統領、思い通りに行動できなくなっています。トランプ政権による核合意からの一方的離脱と制裁の影響で、反米の保守強硬派が台頭し、去年、議会の多数を握りました。
去年、革命防衛隊の司令官や、核開発計画を推進してきた科学者が暗殺されたことへの報復の意味も込めて、12月初め、議会が、政府に対し、核開発の拡大を義務づける法律、「制裁解除に向けた戦略的措置法」を制定しました。
この法律に、▼ウラン濃縮度を20%に引き上げることや、▼IAEAの抜き打ち査察に協力しないことなどが盛り込まれているのです。
ロウハニ大統領は、今年の夏で任期満了を迎えます。6月に大統領選挙が行われる予定で、すでに、いわゆる「レームダック化」が始まっています。
制裁で苦しい生活を強いられる国民の不満をバックに、政権奪還を狙う保守強硬派が、ロウハニ政権を弱腰と批判し、圧力をかけていることも、ウラン濃縮度の大幅な引き上げなど、一連の強硬な動きの背景にあるのです。
そして、すべての重要な問題の決定権を握る最高指導者のハメネイ師は、「アメリカとの直接交渉を禁止する」と述べています。ロウハニ大統領のできること、残された時間、少なくなっています。
Q4:イラン政府が「制裁が解除されなければ、IAEAの抜き打ち査察を受け入れない」としているのは、そうした保守強硬派の主導で作られた法律に基づいてのことなのですね。このまま今月20日の期限を迎えると、どうなるのでしょうか。
A4:このままでは、まず制裁は解除されないでしょう。今後、IAEAが、事前の予告なく調査する「抜き打ち査察」ができなくなりますと、イランの核開発計画の実態を、十分に検証することができなくなり、軍事転用が秘密裏に進むのではないかとの疑念が関係国の間に広がります。そうなりますと、核合意を維持してゆくこと自体が、非常に難しくなります。
Q5:アメリカが政権交代しても、イラン核合意を元の形に戻すのは、簡単ではなさそうですね。
A5:正直なところ、かなり厳しくなっていると思います。制裁解除がないまま、6月のイラン大統領選挙を迎えれば、反米強硬派の大統領と政権が誕生し、核合意の存続はおろか、アメリカとの対話の機会も作れなくなる恐れがあります。
ただし、まだ望みが消えたわけではありません。バイデン新政権の陣容を見ると、イラン核合意の成立に深く関わった当時のオバマ政権の要人たちが、外交・安全保障問題担当の高官に指名されています。一方、イランのザリーフ外相も、EU・ヨーロッパ連合による仲介を受け入れる意向を示しています。
双方とも、仮に、核合意が崩壊した場合、中東地域の軍事的緊張と、核の拡散に歯止めがかからなくなり、イスラエルやサウジアラビアなども巻き込んだ戦争に発展しかねないと危惧しています。今こそ、日本を含む国際社会が、核合意を維持するため、双方の対話の機会を設定し、外交努力に全力を注ぐことが大切だと思います。【2月17日 NHK】
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【アメリカのイエメン対応や国連制裁「復活」撤回など、事態改善に向けた動きも】
事態を更に困難にする抜き打ち査察受け入れ停止の23日が迫るなかで、状況を改善させる方向の動きとしては、アメリカのイエメン対応の変更があります。
****イランの核合意骨抜きに国際社会反発 23日から査察停止****
イラン核合意の履行状況を検証している国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は16日、イランが23日から抜き打ち査察の受け入れを停止すると通告してきたことを明らかにした。ロイター通信などが伝えた。
核開発の完全な検証が困難になる恐れがあり、合意当事国ドイツの外交筋が「まったく受け入れられない」と述べるなど、国際社会の反発が強まっている。(中略)
その一方で、緊張緩和のきっかけとなり得る動きも出ている。バイデン米大統領は今月上旬、イエメン内戦を「終わらせるべきだ」と述べ、15年から内戦に介入している親米のサウジアラビアなどへの軍事支援を停止すると述べた。
サウジなどは内戦で、イランと連携するイスラム教シーア派系の民兵組織フーシ派と戦っている。バイデン政権は「世界最悪の人道危機」(国連)の解決のため、トランプ前政権が行ったフーシ派の「テロ組織」指定も解除する意向を表明。
こうした動きについて、イランのザリフ外相は、「(米国が)過去の誤りをただす一歩になりうる」と評価した。
ただ、米側は将来、イランのミサイル開発や周辺国への影響力行使に制限を課す協議もイランと行う方針で、同国側は警戒を強めている。双方の隔たりは簡単には埋まりそうにない。【2月17日 産経】
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また、バイデン政権は、国連安保理の対イラン制裁「復活」を一方的に主張したトランプ前政権の方針を撤回することを安保理に通知。
****米、対イラン国連制裁「復活」撤回=安保理に通知****
米政府は18日、2015年のイラン核合意に基づき解除された国連安保理の対イラン制裁「復活」を一方的に主張したトランプ前政権の方針を撤回すると安保理に書簡で伝えた。バイデン政権は前政権が離脱した合意への復帰を検討している。
トランプ前政権は18年に核合意から離脱。その後、イランの合意違反があった場合に国連制裁を再発動させることができる核合意の仕組みを利用し、昨年9月に制裁「復活」を主張していた。ただ、核合意に残る英仏独は復活を認めない立場を示していた。【2月19日 時事】
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【米 合意復帰・対話の用意を表明 EUを軸にした環境整備への期待も】
こうしたなか、ブリンケン米国務長官は、イランが核合意を順守すれば合意に復帰する立場、また、イランと対話する用意があることを明らかにしています。
****米、イランと対話の用意 トランプ前政権の方針転換****
ブリンケン米国務長官は18日、イランが核合意を順守すれば「米国も同様の対応をとる」とし、合意に復帰する立場を示した。そのためにイランと対話する用意があることも明らかにした。米英独仏の4カ国外相によるオンライン形式の会談で述べた。
トランプ米前政権は2018年に核合意から一方的に離脱し、イランに対して「最大限の圧力」政策を続けた。バイデン米政権はこの方針から転換した形で、今後のイラン側の出方が注目される。
4カ国外相が出した共同声明によると、外相らは、イランが濃縮度20%のウランや金属ウランの製造に乗り出したことに懸念を表明し、イランを核合意の順守に立ち戻らせることで一致した。
外相らは、イランが国際原子力機関(IAEA)に抜き打ち査察の受け入れ停止を通告したことについても「重大な行動の結果」を考慮するよう求め、再考を促した。英独仏以外の核合意当事国である中国ならびにロシアと協力していくことも確認した。(後略)【2月19日 産経】
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また、別の米高官は、EUがイランとの対話に向けた会合を開催すればアメリカも参加する用意があることを明らかにしています。
****EUが調整すれば米はイランとの対話に向けた会合参加へ=米高官****
米国は、欧州連合(EU)がイランとの対話に向けた会合を開催すれば参加する用意がある。米高官が匿名を条件にロイターに明らかにした。
実現すれば、2015年にイランと主要6カ国が結んだ核合意の復活に向けた道が開ける可能性がある。トランプ前米政権は、核合意から一方的に離脱すると表明していた。
米高官は、米英仏独4カ国の外相会談後に「そうした会合が開かれれば、われわれは参加する用意がある」と語った。
これに先立ちEU高官は、イラン核合意参加国の英中仏独ロおよび米国の会合をEUは開催する用意があると述べていた。【2月19日 ロイター】
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事態改善に向けた米バイデン政権とEUの思惑は概ね一致しているようです。
ただ、アメリカ・イラン双方とも国内外の反対勢力を振り切ってまで動けるかどうかですが・・・。
****イラン核合意・識者談話****
◇EUと思惑一致
中川浩一・三菱総合研究所主席研究員(米国の中東外交)の話
バイデン米政権が欧州連合(EU)を仲介させる条件でイランとの対話の用意を表明したのは、6月のイラン大統領選で保守強硬派が勝利するのを阻止したいバイデン政権と、対イラン制裁を解除し、ビジネスを再開させたいEUの思惑が一致したからだ。
今後イラン大統領選に向けて米・イラン間のチキンゲームが加速するだろう。ロウハニ大統領をはじめイラン穏健派が、国内の強硬派を抑えて米国との対話を受け入れられるかが注目される。
バイデン政権は本音はイラン核合意に一刻も早く復帰したいが、イランと敵対するイスラエルやサウジアラビアに加え、国内では共和党の反発も強く、簡単には戻れない。
そのためバイデン大統領は、まずイランが合意を逸脱する措置を停止することが復帰の条件だと強調し、今回の対話表明もその方針を変えたわけではない。
トランプ前政権が構築した対イラン包囲網を支持してきたイスラエルやサウジは、バイデン政権の核合意復帰を断固として止めようとするだろう。
特にイスラエルは、オバマ政権時代のぎくしゃくした関係に戻ることが予想されており、復帰阻止のため対イランで独自の行動を取る可能性もある。【2月19日 時事】
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「先ず相手の譲歩が先だ」というのは交渉ごとの常ですが、EUを仲介とする形で、両者同時に半歩ずつ譲るような「落としどころ」を見つけられるか・・・模索が続いています。
上記記事にもあるイスラエルの対応には不安がありますが。