孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

“陣取り合戦”の様相を呈している国際社会 有利な陣形を作るべくグローバルサウスに働きかける米中

2023-09-20 23:28:34 | 国際情勢

(15日、キューバの首都ハバナで開幕した「G77プラス中国」首脳会議=ロイター【9月16日 読売】)

【「陣取り合戦」の時代に入った国連】
現在の国際社会は、欧米と中ロの対立によって国連安保理での決定ができない状況で、いかに多数の支持国をあつめて「有利な状況」をアピールするか・・・という陣取合戦のような様相を呈しています。

****中国とロシアのコンセンサスがなければ国連憲章は改正できない 「陣取り合戦」の時代に入った国連***
(中略)
ロシアのウクライナ侵略以来、機能しなくなった国連安全保障理事会 〜「自分がいい形勢をつくらなければいけない」というゲームの時代に入った
秋田浩之氏(日本経済新聞コメンテーター))(中略)2022年から国連総会の意味が激変してしまったと思います。(中略) 国連安全保障理事会という中枢の場所で、侵略しているロシアとそれを支持している中国が拒否権を握っているという意味では、国連安全保障理事会は機能しなくなっているのです。(中略)

そんな国連に出て何をするかと言うと、理想的には「みんなで協力して一致点を探る」ことも行うべきだとは思います。それ以上に、囲碁や将棋のような盤上にみんなが出かけて行き、「自分がいい形勢をつくらなければいけない」というゲームの時代に入ったのでしょう。何かが決まるのではなく、国連とはそのような場所だということです。(中略)

今後は国連が機能しないまま、陣取り合戦の時代がずっと続いていくかも知れません。

グローバルサウスの国々をどのようにして西側に引き寄せるか
(中略)
秋田)国連総会でみんなが一斉に投票すると、どれだけロシアに批判的な票が増えたか、どれだけ支援する国があるのかがわかる。それが何かの決定につながるわけではないのですが、「悪いことはできない」という圧力にはなります。その意味では、グローバルサウスと言われる途上国や新興国を、どう西側に引き寄せるかが重要だと思います。

グローバルサウスをどのようにこちら側に引き寄せるのか 〜中国・ロシアの周りを陣取りして、自分たちに有利な陣形をつくるために途上国・新興国を引き寄せていく
(中略)
秋田)私は先週まで旧ソ連のジョージアのトビリシに行き、その後は大西洋を越えてニューヨークを訪れ、それぞれの国際会議に出ていました。(中略) トビリシの方はウクライナ問題が中心でした。ニューヨークの方はイギリスのシンクタンクが主催した会議で、アングロサクソン系の元高官や識者が多く参加していました。「2泊3日で世界の問題を討論する」という合宿形式で、50人くらいの少人数で行いました。(中略)

印象的だったのが、「グローバルサウスをどうやってこちら側に引き寄せるのか」という内容が重要なテーマとしてあり、そこに議論が集中していたことです。なぜかと言うと、世界のいまの国際政治は「碁」です。陣取り合戦のような状態になっていて、中国やロシアと交渉しても、いまは戦争になってしまっているから、なかなか埒が明かない。ですから、碁のように周りを陣取って、自分たちに有利な陣形をつくるために途上国・新興国を引き寄せていく。(後略)【ニッポン放送NEWS ONLINE】
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【「G77プラス中国」首脳会議 2014年以来9年ぶり、114か国の首相や閣僚らが出席】
そうした流れで、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる、これまでは“その他大勢”的な立場にあった国々の意向注目され、外交戦略としてそれらの国々の支持取り付けが重要になっています。

「大国」を常々アピールする中国は、こうした場面では“途上国の一員”を主張して、途上国の代表者のようにふるまいます。

****「G77プラス中国」首脳会議、9年ぶり開催…キューバが呼びかけ114か国の代表出席****
新興・途上国でつくるグループ「G77プラス中国」の首脳会議が15日、キューバの首都ハバナで開幕した。

構成国は「グローバル・サウス」と呼ばれ、世界的な食料や燃料価格の高騰への結束した対応を確認する見通しだ。

G77は1964年に77か国で発足し、その後、参加国が134に増えた。首脳会議は2014年以来、9年ぶりとなる。経済危機に直面する議長国キューバが呼びかけ、114か国の首相や閣僚らが出席した。

キューバのミゲル・ディアスカネル大統領は「貧困や飢餓などに最も苦しんでいるのは南の国の人々だ」と強調した。中国共産党政治局常務委員の李希リーシー中央規律検査委員会書記は、「中国は常に発展途上国の家族であり、グローバル・サウスの一員だ」と述べた。【9月16日 読売】
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会議の内容としては、“先進国主導の国際秩序がもたらす不公平に「グローバルサウス」と呼ばれる国々が「深い懸念」を表明、是正を求める声明を採択して閉幕した。”【9月17日 共同】とのこと。

2014年以来9年ぶり、114か国の首相や閣僚らが出席・・・・あまり大きな扱いはされていない会議ですが、“陣取り合戦”の様相を呈している現在の状況からすれば、また、“プラス中国”と言う形で中国が影響力を行使できる場であるということなどで、以前に比べて重要性が増しているように思えます。

【アメリカ 太平洋島しょ国との首脳会議】
一方、中国に対抗するアメリカも動いています。

****バイデン氏、太平洋島しょ国との首脳会議を25日開催****
米政府は、バイデン大統領が太平洋島しょ国で構成する「太平洋諸島フォーラム(PIF)」の首脳をホワイトハウスに招き、来週25─26日に第2回首脳会議を開催すると発表した。地域への関与を強めて域内で影響力を高める中国をけん制する狙いがある。

ホワイトハウスのジャンピエール報道官によると、バイデン氏は会議で地域における共通の優先事項に対処する米国の決意を再確認し、さまざまな分野で島しょ国との協力を深める意向。

気候危機への取り組み、経済成長の促進、持続可能な開発の推進、健康安全保障の強化、違法漁業対策、人と人とのつながりの拡大などの分野が含まれるという。 第1回首脳会議は昨年9月に開かれた。【9月20日 ロイター】
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南太平洋島しょ国は、その地政学的重要性もあって、米中の陣取り合戦の主戦場のひとつともなっています。

****米中が太平洋島しょ国をめぐって勢力争い 太平洋戦争で日米が戦った地域が、なぜいま注目を集めるのか****
かつて太平洋戦争で、日米が激戦を繰り広げた太平洋の島々。いま、この島々をめぐって、アメリカと中国の勢力争いが激しさを増しています。なぜ、米中両大国がこの地域に注目しているのか、そして、日本は、この地域にどう関与していくべきなのでしょうか。

(いま、なにが起きているのか)
太平洋島しょ国は、赤道を挟んで位置する島々で構成される14の国と地域です。
地域最大の国はパプアニューギニアで、人口はおよそ1000万人。そのほかの国は人口が100万人に達しない比較的小規模な国です。これまでは、アメリカ、オーストラリア、日本などとの関係が深く、中国の足がかりは小さいとみられていました。

激震が走ったのは、去年4月、ソロモン諸島が中国と安全保障協定を結んだことです。両国政府は協定の内容を明らかにしていませんが、オーストラリアのメディアは、▼ソロモン諸島が中国に軍や警察の派遣を求めたり、▼中国の船舶がソロモン諸島を訪問して、補給を行ったりすることができる内容が盛り込まれていると報じました。

ことし7月、中国の習近平国家主席は、北京で、ソロモン諸島のソガバレ首相と会談し、日本政府の関係者は、会談の中では、安全保障協定の運用に向けた協議も行われたとみています。

こうした安全保障面での関係強化が影響したとみられる、日本にとっては心配な事案が起きています。
(中略)外務省によりますと、日本政府は事前に、すべての国に直接、出向いて(処理水放出について)説明を行い、これまでのところ、13の島しょ国からは明確な反対の声は出ていません。その一方で、ソロモン諸島のソガバレ首相は、「放出は、人々や海洋、経済、暮らしに影響を与えるもので、強く抗議する」という声明を出し、中国と足並みをそろえる形となりました。

中国は、国交のあるそのほかの国々にも、ソロモン諸島と同様の安全保障協定の締結を働きかけています。
こうした状況にアメリカは危機感を強めていて、巻き返しに出ています。

バイデン大統領は、去年9月、この地域の14の国と地域の首脳などを招いた初めての会議を開き、中国に対抗していくため、8億1000万ドル、日本円にして、1100億円あまりの支援を表明しました。

また、ことし5月、ブリンケン国務長官は、ソロモン諸島の隣国、パプアニューギニアを訪れて、防衛協力協定に署名しました。協定は、現地政府が認める施設や区域を、アメリカ軍が使用できるというもので、海軍基地や空港、港湾施設などが候補にあがっています。

7月には、オースティン国防長官も現地を訪れて、協定について協議を行い、期限が15年であることや、9月にもアメリカ軍が使用できる施設について具体的な調整を始めることなどを明らかにしました。

(なぜいま、島しょ国なのか)
太平洋島しょ国をめぐって、なぜいま、米中が勢力争いをしているのでしょうか。
一連の動きの引き金となったのは、中国がソロモン諸島をはじめ、地域への関与を強めたことですが、これについて、日米の当局者は、中国軍が、この地域の軍事戦略上の利点を2つの面から着目したからだとみています。(後略)
【8月31日 NHK 梶原崇幹解説委員】 
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【ロシアの“裏庭”で存在感を増す中国 アメリカも働きかけ強める】
旧ソ連の中央アジアはもともとはロシアの“裏庭”的な存在でしたが、昨今はロシアがウクライナで手一杯なこともあって、中国の影響力拡大が目立ちます。

****中国、中央アジア5か国と首脳会議…ウクライナ問題で「12項目の提案」支持取り付け狙う****
中国と中央アジア5か国による首脳会議が18日、西安で開幕した。中国の 習近平シージンピン 国家主席は先進7か国首脳会議(G7サミット)開催をにらみ、中央アジア各国との連携を誇示しつつ、ウクライナ情勢を巡る国際世論にも影響力を及ぼそうとしている。

対面での開催は初めてとなる。習氏は19日に各国首脳との共同記者会見に臨む。中央アジアとの関係強化に関する演説も行い、巨大経済圏構想「一帯一路」を通じた経済協力や投資の強化を提唱する。ロシアによるウクライナ侵略が主要議題となるG7サミットに対抗する形でウクライナ問題も議論する。中国が掲げる「12項目の提案」への支持取り付けを図る見通しだ。

中国外務省によると、習氏は17、18の両日、各国首脳との個別会談もこなした。強権的手法が指摘されるカザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領には「カザフが国情にかなった発展の道を歩むことを支持する」と述べた。中国が「内政に干渉している」と批判の矛先を向ける米欧を意識した発言となる。

ロシアとのつながりが深い中央アジアには日米欧が取り込もうと動き、中国側は「地政学的な駆け引きの戦場にしてはならない」( 秦剛チンガン 国務委員兼外相)と警戒する。中央アジアは習氏が重視する一帯一路の起点でもあり、鉱物資源も豊富で、経済面での要衝でもある。

ロシアは中国との連携を重視する一方、「勢力圏」と位置づけてきた中央アジアで中国の影響力が強まることを警戒している。プーチン露大統領は9日、モスクワでの旧ソ連による対ドイツ戦勝記念日の式典に中央アジア5か国の首脳全員を招待。演説で「ソ連の人々すべてが共通の勝利に貢献した」と一体感を強調した。しかし、中央アジア各国には、ウクライナ侵略を受けて、ロシアと政治的に距離を置く動きも見られる。【5月19日 読売】
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アメリカも、こうした中国の影響力拡大に対抗。

****アメリカ、中央アジア5カ国と初の首脳会議 中国・ロシアけん制****
バイデン米大統領は19日、米国と中央アジア5カ国の協議枠組み「C5プラス1」による初の首脳会議をニューヨークで開いた。バイデン政権は、旧ソ連構成国だった5カ国とウクライナに侵攻するロシアとの関係にくさびを打つとともに、中央アジアで影響力を強める中国をけん制したい考えだ。

中央アジア5カ国はカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン。ホワイトハウスによると、バイデン氏は中央アジアの豊富な鉱物資源を開発し、その供給網を守るためにC5プラス1による「重要鉱物に関する対話」の立ち上げを提案。欧州からトルコ、カスピ海を経由して中央アジアを抜ける「中央回廊」と呼ばれる物流ルートへの投資と開発を促進するとした。

ロシアは経済的な結びつきが強い中央アジア5カ国を勢力圏と捉えている。ただし、ロシアによるウクライナ侵攻開始以降は、各国のロシアと距離を置く動きも指摘されている。また、中国もこの地域を巨大経済圏構想「一帯一路」の重要な沿線として重視。習近平国家主席は5月には5カ国の首脳を中国に招き「中国・中央アジアサミット」を開催している。

バイデン政権は2月にブリンケン米国務長官をカザフスタンに派遣。C5プラス1の閣僚会議を開くなど関与を強める動きを見せていた。首脳会議はニューヨークで開催されている国連総会の「ハイレベルウイーク」に合わせて開かれた。【9月20日 毎日】
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アメリカと中ロはそれぞれ岩盤支持層とも言うべき関係国を有していますが、そのどちらにも属さない中間層の国々をめぐって、今後“陣取り合戦”が更に激しさを増すと思われます。

一方、対象となる国の側では、米中を両天秤にかけて、自国にとって最大の利益を引き出そう・・・といった動きもあるのでしょう。
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ロシア アフリカ諸国にトルコ経由で穀物供給 陸上輸送ではウクライナと中東欧でバトル再燃、WTO提訴

2023-09-19 23:19:39 | 欧州情勢

(ロシア・ソチで会談に臨むプーチン大統領(右)とトルコのエルドアン大統領(2023年9月4日公開)【9月5日 AFP】)

【ロシア 黒海経由の穀物輸出合意(黒海イニシアティブ)に復帰せず】
ロシアは、トルコと国連が仲介した黒海経由の穀物輸出合意(黒海イニシアティブ)について、西側諸国がロシア産の穀物と肥料の輸出が阻害される要因を取り除いていないとして、7月に履行を停止。

これにより世界有数の穀物輸出国ウクライナからの穀物輸出のメインルートが止まっています。

注目されたトルコ・エルドアン大統領とプーチン大統領との会談でも、進展はありませんでした。

****ウクライナ穀物輸出問題で進展なし ロシア・トルコ首脳会談****
ロシアのプーチン、トルコのエルドアン両大統領は4日、ロシア南部ソチで会談し、ロシアが7月に離脱したウクライナ産穀物の黒海経由の輸出合意に復帰できるのかについて協議したが、進展はなかった。ただし、両国はこの問題を引き続き協議していくと説明している。

プーチン氏は会談後の記者会見で、ウクライナが黒海経由の穀物輸送ルートを悪用し、ロシアを攻撃しているなどと主張。また、食糧不足に見舞われているアフリカの国々に向け、ロシア産穀物を無料で提供すると改めて説明するなど、輸出合意への復帰に後ろ向きな姿勢を崩さなかった。

一方、輸出合意の仲介役を務めてきたエルドアン氏は「短期間で期待に沿えるような解決策を得られると信じている」と述べ、協議を継続する姿勢を示した。その上で、ロシアが満足できる解決法を探り、同じく仲介役である国連とも協議していくことを明らかにした。【9月5日 毎日】
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ロシアは合意履行停止と並行して、ドナウ川を利用した代替ルート施設を含むウクライナの港湾施設や穀物倉庫などを繰り返し攻撃しており、ウクライナと西側諸国はロシアが食料を戦争の武器として使用していると非難しています。

****露、穀物輸出港への攻撃激化 食料危機あおる狙いか****
ウクライナ産穀物を黒海経由で輸出する「穀物合意」の失効後、主要な代替輸送ルートを担ってきた同国南部オデッサ州のドナウ川流域への露軍の攻撃が激化している。

3、4日には港湾施設が相次いで攻撃され、農耕機械や倉庫が被害を受けた。条件付きで合意復帰をちらつかせるロシアは、ウクライナの穀物輸出を妨害して世界の食料危機をあおり、自身の要求を国際社会に聞き入れさせる思惑だとみられている。
4、
ウクライナ軍によると、露軍は3日未明、オデッサ州をイラン製の自爆無人機(ドローン)25機で攻撃。4日未明にも17機以上のドローンで攻撃した。ウクライナ軍が大半を撃墜したが、攻撃でドナウ川流域の港湾施設が損傷。露国防省は「燃料貯蔵施設を攻撃した」などと主張した。

ロシアの離脱で穀物合意が7月に失効した後、ウクライナは代替輸送ルートの構築に着手。8月に黒海に独自の「代替回廊」を設定したが、運搬船が露軍に攻撃される恐れもあり、これまでに4隻の利用にとどまっている。

一方、露軍の支配下にないドナウ川流域の港の役割が拡大している。

しかし、ロシアは合意離脱後、オデッサ港やドナウ川流域のイズマイル港、レニ港などへのミサイルやドローンによる攻撃を激化。ウクライナ当局の8月末の発表によると、同月だけで港湾インフラが少なくとも8回の露軍の攻撃を受け、計27万トンの穀物が失われた。港湾施設の損傷で港の搬出能力も低下している。

ロシアは港湾施設への攻撃を続ける一方、「条件が満たされれば合意に復帰する」とし、国際社会を揺さぶる構えだ。ロシアは合意復帰の条件として、国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」への露農業銀行の再接続などを提示。ロシアは合意復帰をてこに対露制裁を緩和させ、自国産穀物の輸出を拡大して食料価格高騰に苦しむ貧困国などへの影響力を強める思惑だ。

ロシアの揺さぶりは一定の結果を出しつつある。合意を仲介した国連のグテレス事務総長は8月末、ロシアの合意復帰に向けて「一連の具体的な提案」をロシア側に提示したと発表。ロシアに一定の譲歩を示す内容である可能性がある。

同じく合意を仲介したトルコも、ロシアの合意復帰に向け、露産穀物の輸出拡大を支援する案をロシアと協議する方針を表明。4日の両国首脳会談でもこの案が協議された。

ただ、ウクライナはロシアに安易な譲歩をしないようトルコや国連に求めており、合意再開を巡る先行きは曲折が続く見通しだ。【9月5日 産経】
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上記記事にある“国連グテレス事務総長が8月末にロシアに提示した「一連の具体的な提案」”の中身と思われますが、国連がロシアに対し、ロシア農業銀行がルクセンブルクにある子会社を通じて国際銀行間通信協会(SWIFT)の決済網に30日以内に「実質的に接続できるようにする」と伝えたことが明らかになっています。

「国際銀行間通信協会(SWIFT)」へのロシア農業銀行の再接続はロシア側が求めていたものですが、詳細はわかりませんが、ロシア側は合意復帰には不十分としています。

****国連、ロシアにSWIFT決済網への30日以内の接続可能と伝達****
国連がロシアに対し、ロシア農業銀行がルクセンブルクにある子会社を通じて国際銀行間通信協会(SWIFT)の決済網に30日以内に「実質的に接続できるようにする」と伝えたことが8日、分かった。ロイターが書簡を確認した。

国連のグテレス事務総長は8月28日、ロシアのラブロフ外相に「SWIFTは、RSHBキャピタルが現在の債券発行者としての地位に基づいて加盟を申請し、SWIFTの食品・肥料取引にアクセスする要件を満たしていることを確認した」と伝えた。

ロシアは今年7月に黒海経由のウクライナ産穀物輸出合意を離脱しており、グテレス氏はロシアに復帰するよう説得するためにロシアの穀物・肥料輸出の改善を促進させる4つの措置を説明した。

グテレス氏はラブロフ氏に対し、国連は「ロシア連邦の黒海イニシアティブへの復帰と全面的な運営再開につながるという明確な理解に基づいて」あらゆる措置を直ちに進める用意があると語った。

ロシア外務省は今月6日の声明でグテレス氏の提案に懐疑的な見方を示し「ロシアが得たのは実際の制裁の適用除外ではなく、国連事務局からの新たな約束だけだった」と表明。「これらの最近の提案に新しい要素は含まれておらず、わが国の農産物輸出を正常な状態に戻すという点で具体的な進展をもたらす基盤にはなり得ない」と主張した。【9月9日 ロイター】
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【ロシアとトルコ アフリカ向けロシア産穀物輸出で合意 中東カタールが財政支援 ウクライナ問題で独自の対場をとる中東湾岸諸国】
一方、ロシアとしても単にウクライナ産穀物輸出を止めるだけでは世界の食糧危機をつくりだす“悪役”となってしまいます。

昨今の国際情勢においては、アメリカや欧州、あるいはそれに対抗するロシアや中国の意向だけでなく、それがどれだけ多くの国々の支持を得られるか、いわゆるグローバルサウスの存在が強く意識されるようになっています。(大国の考えだけでなく、その他大勢の国々の考えが意識されるという点では“民主的”になったのか? その実態は精査する必要がありますが)

ロシアも、冒頭【毎日】に“食糧不足に見舞われているアフリカの国々に向け、ロシア産穀物を無料で提供する”とあるように、そうしたグローバルサウスの支持を得るための動きも見せています。

トルコでロシア産穀物を小麦粉に加工してからアフリカ諸国へ提供する・・・とも報じられていますが、その具体的内容や“無料”の仕組み、更にその効果・影響についてはよくわかりません。

****ロシア、トルコがアフリカ向け穀物輸出で合意と発表 カタールが支援****
ロシアは6日、トルコがカタールの財政支援を受けて、ロシアがアフリカに輸出する予定の100万トンの穀物を割引価格で取り扱うことに基本的に合意したと発表した。

インタファクス通信によると、ロシアのグルシコ外務次官は記者団に対し「全ての原則合意が得られた。近く全ての当事者と実務的な折衝に入る」と述べた。

トルコがロシア産穀物の輸出を取り扱うとしているが、トルコが果たす役割の詳細は明らかにされていない。(後略)【9月7日 ロイター】
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アラブメディアは、今回のカタールなど、ウクライナ問題における中東湾岸諸国の役割を高く評価する向きもあるようです。

****湾岸諸国による調停が、黒海の穀物合意を救うかもしれない****
(中略)この(プーチン・エルドアン両氏の)会談でプーチン氏は、ロシアが1カ月につき最大で100万トンの穀物をトルコに供給し、それをトルコが特に必要性の高い国々に輸出するという提案を行ったと報じられている。さらに、カタールがこうした活動の財務面において中心的役割を担うことが予想された。

最近カタール政府はウクライナ戦争関連の人道支援への関与を深めており、ウクライナにおける健康、地雷除去、教育の支援に1億ドルの拠出を行うなどしている。

この支援に関しては、7月に行われたカタールの首相と外相を兼任するシェイク・ムハンマド・ビン・アブドルラフマン・アール・サーニー氏と、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の会談で話し合いが行われた。ゼレンスキー氏の10点平和計画に関する話し合いに加え、両氏はウクライナの将来的な再建と黒海の穀物回廊へのカタールの投資についても話し合った。

カタールは平和調停の取り組みにあたって、この問題を中立の調停国として扱うという意思を示したサウジアラビアおよびUAEと同じ道筋を辿っている。

2022年9月、サウジアラビアとトルコの支援により、ロシアとウクライナは英国、米国、モロッコからの国外ボランティアを含めた約300人の捕虜交換を行った。

そしてつい先月には、サウジアラビアがジェッダで首脳会談を開催し、ウクライナの領土保全に関するさらなる対話を呼びかけた。サウジアラビアは2月にもウクライナへの4億ドルの人道支援をとりまとめた。この支援の内訳は、1億ドル分の人道支援、3億ドル分のエネルギー資源という形となっている。

UAEも人道支援の提供や、さらなる捕虜交換の支援に対して積極的な関心を示している。昨年10月にサンクトペテルブルクを訪問したUAEの大統領を務めるシェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン殿下は、ウクライナとロシアの調停を申し出たと報じられている。

今回の戦争期間中、UAE政府はウクライナに対して常に人道支援の提供を行ってきた。まさに先週も、UAEはウクライナの医療セクター支援を目的として救急車23台を積んだ船を送っている。UAEは支援プログラムの一環として、2022年10月に行った1億ドルの人道支援に加え、ウクライナに合計50台の救急車を提供することを目標に掲げている。

穀物合意の更新を想像することは不可能ではないが、まずは複数の明確な障害を克服しなければならない。この合意はトルコ、そして潜在的には国連も関与して実現する可能性はあるが、両陣営が関与しない解決策は想像し難い。

しかしながら、ロシアは自国からの穀物輸出を促すため、この合意に自ら条件を付け足そうとする可能性が高い。さらに、この合意への資金援助や実行支援のため、新たに外部のアクターが引き入れられる可能性もある。そうなった場合、その役割を担うのは湾岸諸国になる可能性が最も高い。

穀物合意はこの戦争における唯一の厄介な問題というわけではなく、再交渉がその他の障害への解決策を見出すための並行的な外交努力に繋がる可能性はある。

ウクライナの人々(と西側諸国)が外交によってウクライナ再建への明確なプランがもたらされることを願っているのは明らかであり、ウクライナ政府にとっては湾岸諸国のパートナーたちによる統一戦略によりインフラ再建への資金援助が実現する可能性もある。

こういった取り組みは、湾岸諸国が協力することで成功の可能性が大きく高まるだろう。彼らは既に、他の世界のアクターに比べて優れた結果を出せることを示しているのだから。【9月14日 ダイアナ・ガリーヴァ博士(オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジの元アカデミック・ビジター) ARAB NEWS】
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【ウクライナ産穀物輸出の陸上ルートでは、中東欧諸国とウクライナでバトル再燃】
黒海ルート、その代替ルートが機能しないウクライナにとっては、中東欧を通過しての陸上輸送が(量的には大きく制約されるものの)当面の重要な穀物輸出ルートになります。

しかし、このルートに関しては通過国である中東欧諸国の国内市場に安価なウクライナ産穀物が流出し、国内農業部門に大きな打撃を与えるとの批判が中東欧諸国からあり、調停にあたったEUは中東欧諸国国内での販売禁止を認める期間限定措置をとっていました。

EUが、その期間限定措置(今月15日が期限)の延長をしない決定をしたことで、この問題が再び表面化。ポーランドなど中東欧諸国がウクライナ農産物に対し独自の輸入規制を発表し、ウクライナと中東欧諸国間のバトルとなっています。

****東欧5カ国のウクライナ産穀物輸入規制 EU、延長を認めず****
欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は15日、ポーランド、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアの東欧5カ国に認めていたウクライナ産穀物の輸入規制を、期限の15日以降、延長しないことを決めた。ポーランド、ハンガリー、スロバキアの3カ国は独自に規制を継続する方針を表明した。

ポーランドなど5カ国は、ロシアによるウクライナ侵攻後、ウクライナ産穀物の主要な輸出ルートとなっており、比較的安価なウクライナ産穀物が国内市場に流入し、農業に打撃を与えているとしてEUに対応を求めていた。このため欧州委員会は5月、9月15日までの期間限定措置として、ウクライナ産の小麦やトウモロコシなどの5カ国内での販売禁止を認めた。

欧州委員会は15日の声明で、こうした措置の効果で「5カ国での市場のゆがみはすでに解消した」と結論付け、今後、穀物の過剰供給を避けるため、ウクライナが輸出許可制度などの措置を30日以内に導入することで合意したと発表した。ウクライナは18日までに行動計画を提出する。

一方、既に独自の輸入規制継続を表明していたポーランド政府に続き、ハンガリー政府も15日、ウクライナの農産物24品目について独自の輸入禁止措置を発表。スロバキア政府もウクライナ産穀物の輸入禁止措置を発表した。
ルーマニア政府はウクライナの行動計画の発表を待ち、対応を決める。

4カ国とも、ウクライナ産穀物の国内通過は引き続き、認める方針。ブルガリア議会は14日、輸入規制の撤廃を議決している。

EUのドムブロウスキス欧州委員は15日、加盟国の独自の輸入規制について「ウクライナ産穀物に対する一方的な措置は控えるべきだ」と述べた。

欧州委員会の今回の決定についてウクライナのゼレンスキー大統領は15日、通信アプリ「テレグラム」で「ウクライナとEUの真の結束と信頼の模範だ」と歓迎する一方、独自の輸入規制については「近隣国の決定が、それにふさわしいものでなければ、ウクライナは文明的な方法で対応をする」と警告した。

シュミハリ首相は、「テレグラム」に「EUの加盟国には、ウクライナの農産物に対する違法で一方的な規制を控えるよう求める。そのような規制は世界貿易機関(WTO)の仲裁対象となり得る」と投稿した。【9月16日 毎日】
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上記記事にあるように、中東欧諸国はウクライナ産穀物の「通過」は認めていますが、ハンガリーは国内市場での販売禁止を野菜など24品目に大幅に広げています。

ウクライナ・ゼレンスキー大統領は“文明的な方法で対応”と述べていましたが、ポーランド、ハンガリー、スロバキアの3ヶ国をWTOに提訴しました。更に、改善されなければ報復も辞さない構えです。

****東欧3カ国をWTO提訴 穀物輸入規制、報復措置も****
ウクライナ経済省は18日、安価なウクライナ産穀物の流入を警戒して独自の輸入規制措置を決めたポーランド、ハンガリー、スロバキアの東欧3カ国を世界貿易機関(WTO)に提訴したと発表した。

ウクライナのカチカ通商代表は米ニュースサイト、ポリティコのインタビューで、3カ国の措置が「法的に誤っていることを証明することが重要だ」と指摘した。特に影響が大きいポーランドの措置が撤廃されなければ「報復を余儀なくされる」と述べ、ポーランド産の果物や野菜のウクライナへの輸入を規制する可能性を示唆した。【9月19日 共同】
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ハンガリー・オルバン首相はもともとロシア寄りでウクライナには冷淡ですが、ハンガリー同様にEU内では西欧的価値観への異論を示すポーランドはロシアの脅威を最も強く意識する国で、武器供与などでウクライナを積極的に支援しています。

ただ、話が国内農業などに及ぶとまた別の対応・・・ということでしょう。特にポーランドは来月に下院選挙を控えて与野党が接戦を繰り広げていますので、国内農業にマイナスの影響を与える措置は絶対に認められないところでしょう。

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イタリア最南端ランペドゥーザ島で急増する移民 ポーランド・ベラルーシ国境で再び「移民の武器化」か

2023-09-18 23:33:26 | 難民・移民

(ランペドゥーザ島で伊本土への移送を待って列に並ぶ移民たち【9月16日 CNN】 人口7千人未満の島に2日間で7千人が到着したとも)

【移民・難民急増でイタリア・メローニ首相、「持続不能」】
欧州を目指す不法移民・難民の問題は欧州にとっては社会不安を惹起し、政権を揺るがしかねない大きな問題ですが、最近北アフリカからイタリア最南端ランペドゥーザ島に到着する移民・難民が急増しています。

****不法移民、過去最多の上陸=1日で5100人―伊最南端島****
北アフリカから海路で欧州を目指す不法移民らの上陸地として知られるイタリア最南端ランペドゥーザ島に12日、密航船110隻で計5100人余りが到着した。1日の人数としては過去最多。ANSA通信が13日伝えた。
 
ランペドゥーザ島には13日午前も移民ら約1300人が上陸。同日未明には生後5カ月の乳児が船から転落し、水死した。母親は西アフリカ・ギニア出身の少女で、親族らと共に北アフリカのチュニジアを出港したという。
 
イタリアに上陸する移民らはこのところ急増。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年は9月10日までに計11万5200人と、前年同期の2倍近くに達している。【9月14日 時事】 
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1日で密航船110隻というのは想像しがたい数字です。

以前から多くの者が利用していた密航ルートではありますが、ここにきて急増している背景には、天候が密航に適していること、従来の危険な木造船に代わって金属製ボートが使用されるようになったこと、トルコやバルカン半島を通過する陸上ルートが「壁」の建設などで利用が難しくなっていること・・・などがあるとも報じられています。

この事態に、イタリアのメローニ首相は「持続不可能だ」として、EUに対応を求めています。

メローニ首相は移民・難民に厳しい極右政党を率いています。これまでのところは「極右」としての突出した対応は報じられていませんが、まだ移民・難民が急増していなかった4月に非常事態を宣言し「強制送還」の方針を示しています。

****イタリア首相、EUに対応要求=移民問題、もう「持続不能」*****
イタリアのメローニ首相は15日、中東や北アフリカから不法移民が大挙して押し寄せている現状に一国で対処するのは「持続不可能だ」と述べ、密航船の阻止など問題解決に向け、欧州連合(EU)に積極的な関与を求めた。X(旧ツイッター)に投稿した動画で語った。

移民急増の背景には、アフリカの貧困や治安悪化、自然災害、クーデターなどの政情不安があると指摘される。

動画でメローニ氏は、ミシェルEU大統領に書簡を送り、10月のEU首脳会議で移民対策を議題とするよう求めたと明らかにした。フォンデアライエン欧州委員長には、海路で欧州を目指す移民らの上陸地として知られるイタリア最南端ランペドゥーザ島を共に訪れ、実態を直視するよう提案したという。【9月16日 時事】
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上記メローニ首相の要請を受けて、フォンデアライエン欧州委員長がランペドゥーザ島を視察、対策強化を発表しています。

****イタリア南部の島で移民が急増 EU委員長、対策強化を発表 アフリカ諸国への資金援助を加速****
イタリア南部のランペドゥーザ島で、アフリカからの移民が急増していることをめぐり、EU(=ヨーロッパ連合)のフォンデアライエン委員長が17日、島を訪問し、移民対策の強化を発表しました。

イタリアでは今年に入り、去年と比べて2倍にあたる、およそ12万6000人の移民が到着しているほか、南部のランペドゥーザ島では先週、島の人口よりも多い、およそ7000人の移民が押し寄せ、大きな問題となっています。

こうした中、AP通信によりますと、EU(=ヨーロッパ連合)のフォンデアライエン委員長が17日、イタリアのメローニ首相とともにランペドゥーザ島を視察し、10項目からなる移民対策の計画を発表しました。

計画では、違法に入国する移民の取り締まりを強化する一方、チュニジアなどアフリカ諸国への資金援助を加速させることで、急増する移民を抑制するとしています。

イタリア政府は今年4月、急増する移民について、非常事態を宣言し、違法に入国する移民を強制送還する方針ですが、国連は「イタリアなど最前線の国だけが移民を受け入れるのではなく、周辺国が歩み寄って解決する必要がある」として、各国に移民受け入れへの協力を呼びかけています。【9月18日 日テレNEWS】
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【ポーランド・ベラルーシ国境で再び「移民の武器化」か】
欧州を目指す移民・難民に関するもう一つのニュース。

ベラルーシ・ルカシェンコ大統領の強権支配とそれを批判する欧州諸国の対立を背景に、2021年10月、11月頃、ベラルーシが移民・難民を意図的にポーランドに送り込み、政治状況を悪化させようと試みている、これを阻止しようとするポーランド当局との間で移民・難民は蹴られるボールかピンポン玉のように翻弄されている、そして寒さで生命の危機も・・・という案件がありました。


いったんは沈静化していましたが、また同じような動きがあるようです。

****ポーランド ベラルーシからの違法越境が急増で警戒強化****
ポーランドでは、ことしに入って隣国のベラルーシから国境を違法に越えようとする人たちが急増していて、ポーランド政府は、ベラルーシが移民を意図的に越境させ国境地帯を不安定化させようとしていると警戒を強めています。

ポーランドはベラルーシとおよそ400キロにわたって国境を接していて、2年前、ベラルーシ側にヨーロッパを目指す中東やアフリカの人たちが大勢集まって越境しようとし混乱に陥りました。

その後、ポーランド政府は国境地帯のあわせて190キロにフェンスを設置しました。

国境警備隊によりますと、ことし1月から先月までの越境の件数は、未遂も含めて2万件を超え、去年1年間をすでに5000件近く上回っています。

国境地帯には川や沼などでフェンスがない場所も広範囲にわたり、国境警備隊は数十機のドローンを使って上空からのパトロールを強化しています。

国境警備隊の広報担当者は、NHKの取材に対し、監視カメラの映像などから、ベラルーシ軍が移民を車で運び越境しやすい場所を教えるなど越境を支援している証拠があると主張しています。

さらにポーランド政府が懸念しているのは、ベラルーシが受け入れたとされるロシアの民間軍事会社ワグネルの戦闘員の存在です。

ポーランド政府は戦闘員が越境しようとする人に紛れて何らかの工作活動を行うことを懸念していて、先月、国境警備を増強するため、新たに1万人規模の兵士の派遣を決めました。

ポーランド政府の主張についてベラルーシのルカシェンコ大統領は否定しています。

「ハイブリッド攻撃」のおそれも
2年前、ポーランドとベラルーシの国境にヨーロッパを目指す中東やアフリカの人達が大勢集まって越境しようとし、混乱に陥りました。

この事態をめぐり、ポーランドを含むEU=ヨーロッパ連合は、ルカシェンコ政権が偽情報の拡散やサイバー攻撃など非軍事的手段も組み合わせて相手国の不安定化を狙う「ハイブリッド攻撃」に移民を利用したと非難しました。

欧米メディアでは「移民の武器化」などとも呼ばれました。

ポーランド政府は、ことし、違法な越境が急増していることを受け、ベラルーシが再び移民を利用しようとしていると警戒しています。

さらに、モラウィエツキ首相は、ことし7月、ロシアの民間軍事会社ワグネルの戦闘員がポーランドとの国境地帯に向けて移動しているとの情報があるとし、戦闘員が「ハイブリッド攻撃」に利用されるおそれがあると懸念を示しました。

ポーランド政府は、ロシアが同盟関係にあるベラルーシの背後で国境地帯の不安定化を画策しているとみていて、先月、ブワシュチャク国防相は「軍事的に見ればベラルーシがロシアの一部であることは周知の事実だ。『ハイブリッド攻撃』がロシア側で調整されていることは間違いない」と述べ、ロシアをけん制しました。

一方、ベラルーシのルカシェンコ大統領は、移民の利用を否定していて、先月末、ワグネルの戦闘員についての懸念に関しても「根拠がなくばかげたことだ」と述べるとともに、ポーランドが国境周辺へ軍を派遣して緊張を作り出していると批判しました。

安全保障の専門家「ロシア 突きつける脅威とみるべき」
ポーランド政府が国境警備を強化していることについて、安全保障政策に詳しいポーランドのシンクタンクのヤロスワフ・コチシェフスキ氏は「ポーランドは選挙モードに入っている。政府は国境の問題を利用しようとしているように見える」と話し、来月の議会選挙を前に国の安全に取り組む姿勢をアピールするねらいがあると指摘します。

その一方、「『ハイブリッド攻撃』だけでは他国を侵略することはできないが、弱体化させることはできる」とも話し、ベラルーシ側の動きには対応する必要があると説明します。

そして、「大局的に国境地帯で起きていることは、ロシアがヨーロッパの中部と東部に突きつける脅威とみるべきだ。ロシアがウクライナにとどまらず活動を広げようとするならば、ベラルーシを利用する。ポーランドやバルト三国はそれを懸念している」と話し、NATO=北大西洋条約機構に加盟するポーランドなどとロシアの同盟国ベラルーシが国境を接するこの地域の情勢に注視する必要があると強調します。【9月17日 NHK】
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ポーランド側の国内政治事情も関係しているとの指摘もあり、実態がどれほどのものになっているかは定かではありません。ポーランド側は、ベラルーシ当局が移民・難民にフェンスを超えやすい場所を教え、はさみや梯子も与えていると主張しています。

なお、差別的政策やメディア規制でEU内にも批判があるポーランドの下院選挙は10月15日予定です。

****ポーランド、10月に下院選 8年の保守政権に審判****
ポーランドのドゥダ大統領は8日、下院(定数460、任期4年)選挙を10月15日に実施すると発表した。約8年政権を維持する保守与党「法と正義(PiS)」に審判が下される。愛国主義を掲げるPiSは法の支配を巡り欧州連合(EU)との溝を深めており、結果次第でEUとの関係改善につながるかどうかも注目される。

ロイター通信などによると、世論調査でPiSが中道の最大野党「市民連立」をわずかにリード。PiSは子育て世代への補助や年金増額などの政策で人気を集めてきたが、メディア規制やLGBTなど性的少数者に対する差別的な政策などへの反発も強い。【8月9日 共同】
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“現時点では与党がわずかにリードするものの、景気減速で支持は伸び悩み、野党が追い上げる構図”【9月17日 Kabutan】とも。接戦のようです。

【人道支援における“格差” 人道とは言っても善意でなく、やはり戦略的、政治的なもの】
移民・難民に関しては、以前から欧米の支援対応に“格差”があることが指摘されています。
端的に言えば、ウクライナ難民に関心があつまる一方で、アフリカの難民の窮状は無視される・・・・といった現実。

****【支援の“格差”】ウクライナへの支援が集まる一方で多くの難民は過酷な環境に… 人道支援の実態とは?****
ロシアの侵攻によりウクライナ避難民には各国から支援が集まっている。一方で、同じように紛争から逃れてきたのにも関わらず、数多くの人たちが中々支援が受けられないでいる。大阪大学大学院国際公共政策研究科教授・GNV編集長のヴァージル・ホーキンス教授に人道支援の課題を聞いた。

<<以下、ホーキンス教授インタビュー全文>>
――紛争は世界各地で起きているのに、ウクライナとそれ以外の地域で支援に大きな差があるのはなぜか。
人道支援は、人道と呼ばれてはいるものの、人命を中心に決められるものでもない。国が支援を出すということ自体が、善意でやってるというのではなく、やはり戦略的、政治的なもの、もしくは、自国のあるいは自分の政権のイメージアップを図るためのものである場合が多い。

ウクライナはわりとわかりやすい。ロシア=ウクライナ戦争がヨーロッパで起きてるわけで。世界において影響力の大きい西側諸国たちの関心が非常に強い。

さらに、冷戦の時から敵視してきたロシアという強敵があるので、“とにかくロシアを止めないといけない”というような政治的な利益は、西ヨーロッパにもアメリカにもある。つまり、これらの国の利益に非常に大きく一致している。日本ももちろんその中に入る。

一方、“世界最悪の人道危機”といわれるイエメンは、実は政治的利益が絡んでいるが、逆のパターン、つまり注目したくないパターンだ。

サウジアラビアがイエメンに攻撃を仕掛け、イエメン全国を囲んで、人道危機を引き起こしているが、アメリカも日本もサウジアラビアを支援する側に立っている。つまり、侵攻する側、人道危機を引き起こしている側、攻撃を仕掛けている側を支援しているので、目をつぶった方が得ということだ。

アフリカになると、逆にその戦略的な政治的な関心が低くなってしまう。政権をどうしても守らなくてはいけないなどのような側面があまりないので、戦略的な価値が低く見られる。

――紛争の被害国の状況と世界の支援状況には、どれほどギャップがあるのか。
アメリカがウクライナに出している支援だけで見ても、全世界のすべての国がほかのすべての国に国連を通して出している人道支援の額を上回っている。

ウクライナで苦しんでる人は当然たくさんいて、人道支援が必要なのは間違いないが、そこでたくさんの人が飢え死にしているわけではない。一方で、イエメン、南スーダン、コンゴ民主共和国、マリでは、多くの人々が飢え死にしている。

人道的なニーズが全く違うにも関わらず、お金が集まっていない。今の世界の支援の状況と、紛争による被害の状況、その人道的なニーズは、どう見てもバランスがおかしい。

さらにいえば、国連が人道支援を集める際に、これぐらいのお金が必要だ、というニーズを発表するが、これも実は実態とはズレている。つまり、ニーズそのものではなくて、どれぐらいが集まりそうか、ということを考慮して設定することがある。

例えば、約20年前にアメリカがイラクに侵攻した際、アフリカの紛争の人道的なニーズの方が大きかったのにも関わらず、イラクに対する国連が出す人道的なニーズの金額の方が圧倒的に多かった。それはアメリカが国としてのイメージ回復のために資金をたくさん出すだろうと想定されたからだ。

今回もウクライナは大きく注目されていて、多額の支援金を出す国が複数あるなかで、ニーズは高く設定されている。しかし、逆にコンゴ民主共和国に対しては、どう頑張っても十分には集まらないと分かっているため、ニーズ自体も低く設定されているのが現状だ。

――メディアが注目していないけれど、規模でみると大きな人道危機が起こっている地域は、どのような理由で注目されないのか。
コンゴ民主共和国、南スーダン、イエメンなどメディアが注目していない地域というのも、国からの視点で考えると、やはり政治的、あるいは戦略的な価値が低いとみられるようなところだ。

国民側の視点から考えると、その被害者たちにどれほど共感ができるのか、というところだ。この共感できる要因については様々な側面があるが、ひとつの側面は、やはりその生活水準だ。

ウクライナにいる人たちが自分とちょっと似たような暮らしをしていそうだ、車に乗っている、アパートなどに住んでいる、といった考えだ。一方、南スーダンの農村部に暮らす人たちの生活には、あまり共感ができない、という側面がある。

また、日本のメディアはアメリカのメディアにも影響を受けているので、アメリカが重要視していることを日本も重要視する傾向がある。色々な要素が複雑に絡み合っている。

現在、ウクライナ以外のほかの国からも多くの難民が出ている。今年、紛争が起きたスーダンにおいても、日本人が飛行機に乗って去ってから報道はほとんど消えたが、紛争は当然終わっておらず、むしろ大きくなっている状態だ。今年だけで、現時点で約480万人の難民と避難民が出ていると言われている。

メディアと人道支援は密接に関わっている。つまり、メディアの注目が集まっているところにも支援が集まり、注目されてないところには多くの支援は集まらない。

卵と鶏の話ではあるが、メディアがどこに注目するかが、多くの人命に関わっている。【9月18日 日テレNEWS】
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移民・難民問題は、世界政府が存在せず、国家に分かれている現実のもたらす「欠陥」だと思います。
そうしたなかで、格差があろうが、差別的であろうが、何らかの“人道支援”が行われるだけ、昔の世界に比べまだまし・・・と考えるべきでしょうか。
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イラン  厳戒態勢で迎えたアミニさんの急死から1年 核交渉から離脱はしないものの前進もなし

2023-09-17 23:01:22 | イラン

(スカーフをかぶらず、肩に巻いて街中を歩く若い女性たち=テヘランで9月9日、AP【9月17日 毎日】)

【アミニさんの急死から1年 力で抗議活動を鎮圧したものの、くすぶる不満 変化の兆しも】
イランでは、1年前の2022年9月16日におきた警察の暴行による一人の女性の死が、逮捕の理由となったヒジャブ(スカーフ)の被り方だけにとどまらず、国民の支配体制への不満に火をつけ、政治体制を揺るがすほどの大きな抗議活動となりました。

しかし、危機感を持った当局は実弾使用を厭わない強硬な鎮圧を行い、抗議活動による死者は500人にのぼったとも。

****アミニさんの急死から1年、イラン国内の変化は****
クルド系イラン人女性のマフサ・アミニさんが警察に拘束されたのちに急死してから、およそ1年が経過した。当時22歳のアミニさんの死が発端となった抗議デモはイラン全土に広がり、1979年に起きたイスラム革命以来で最悪な政治的混乱の一つにまで発展。イランの支配層はこの1年間、抗議活動に対する圧力を強め続けている。

<抗議活動はどのように始まったか>
アミニさんが9月16日に亡くなった後、すぐに抗議活動は始まった。アミニさんは、イランで義務付けられているイスラム教の服装規定に違反した疑いでその3日前に風紀警察に逮捕されていた。

政治からは距離を置き、内気な性格だったというアミニさんは、テヘラン市内の駅に降りたところで拘束された。

アミニさんの訃報はソーシャルメディア上で拡散された。故郷の北西部クルディスタン州サッゲズで執り行われた葬儀で発生したデモは、イラン支配層の聖職者に対する怒りと異議から「女性、命、自由」の声と共に全国に広がっていった。

死因について家族は頭部や手足を殴打されたことが原因だと主張しているが、当局は既往症によるものだと否定。こうした対応がアミニさんの死に対する怒りをさらに強めた。

<デモの参加者は何を望んでいるか>
女性や若者が最前線に立って抗議活動を行うことも多く、デモ参加者は「独裁者に死を」と唱えながらイランの最高指導者ハメネイ師の写真を燃やすなどイスラム共和国の象徴を非難の対象にしている。

髪を覆い隠すことや、ゆったりとした服を着用することを義務付けている法律に反対の姿勢を示すため、女性たちはスカーフを頭から外して燃やした。こうした抗議には女子学生も参加した。

デモはとりわけ、北西部のクルド人が多く住む地域や、南東部のバルチ族の居住区など、国から長年差別的待遇を受けてきた少数民族が暮らす地域で勢いを増した。

また、イスラムの服装規定を守らない女性も増加。チェスやスポーツクライミングの選手が頭部を覆うスカーフ「ヒジャブ」を着用せずに試合に出場したことをきっかけに、有名人女性らもヒジャブ着用のルールを破り、抗議活動への支持を示した。当局はアスリートや俳優など複数の著名人に対し、渡航禁止や懲役刑を言い渡した。

<抗議デモの鎮圧>
抗議活動は年が明けてからも続き、治安部隊はメッセージアプリへのアクセスを制限したほか、催涙ガスやこん棒、場合によっては実弾を使用するなど、明確なリーダーを持たないデモ隊に対して強力な弾圧を行った。民兵組織「バシジ」が中心となり、反政府デモの取り締まりを率いた。

人権団体は71人の未成年者を含む500人以上が殺され、数百人が負傷、数千人が逮捕されたとしている。イランはこの騒乱を巡り、7人に死刑を執行した。

当局は公式な死者数の推計を発表していないが、数十人の治安部隊が「暴動」によって命を落としたと表明している。

<変化はあったか>
当初は抗議活動の鎮圧に手こずった支配層エリートだが、イラン革命防衛隊の後ろ盾を受けて権力を強化している。  
アミニさんが拘束を受けて亡くなって以降、風紀警察の多くは路上から姿を消した。だが、風紀警察が取り締まりを再開し、ベール非着用の女性を特定して罰するために監視カメラが導入されると、デモの勢いは弱まった。

当局はベールが「イスラム共和国の信念の一つ」だとして、かぶっていない女性にはサービスを拒否するよう官民双方に命令。従わなかった数千の事業所が、一時的な閉鎖に追い込まれた。

ただ、多くの国民は髪を覆い隠さないイラン女性が増え続けていると指摘しており、議会は服装規定違反に対する懲役期間を延ばすことや、規則に背いた有名人や事業により厳しい罰則を設けることも検討している。

抗議活動を巡っては国外も反応。西側諸国はイランの治安部隊や数十名の当局者に対する新たな制裁を科し、既に複雑化しているイランと西側諸国の関係にさらなる緊張をもたらしている。

<イラン指導者はどのように地位を保持するのか>
アミニさんの一周忌を控えた最近の治安部隊の動きからは、イランの支配層が少しの反対意見も許さない姿勢であることがうかがえる。

活動家らは、デモ関係者の逮捕や尋問のための出頭要請、脅迫や解雇など、恐怖や不安をあおる措置が行われているとして当局を非難した。

ここ数週間でジャーナリストや弁護士、活動家、学生や大学関係者、著名人、死亡したデモ参加者の家族などが標的となっている。少数民族の当事者は特に多いという

社会不安についてイラン当局は、米国やイスラエルをはじめ敵対する諸外国によるものだと非難。逮捕される恐れがある人々にとっては、よりリスクの高い状況になっている。

イラン経済は制裁や失策の打撃を受けており、国民は不安を募らせる一方だ。こうした中での厳しい取り締まりは、支配層と国民の間に入った亀裂を深める危険性が高く、さらなる情勢不安を招きかねない。【9月16日 ロイター】
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抗議活動鎮圧後もスカーフを被らない女性が増加しましたが、当局は抗議再燃を懸念して厳しい取締りは控えるようになっていました。

しかし政権の支持基盤である保守派へのアピールもあって、最近は再び(少なくとも表立っては)取締りが強化されています。ただ、あまり厳しくすると再び不満が・・・ということで及び腰のところもあって、その効果は限定的とも。

****「脱スカーフ」イランで増加 女性死亡・デモから1年 変化の兆し*****
(中略)デモ以降、長く抑圧されてきた女性の人権意識が高まり、若い世代を中心にスカーフをかぶらない人が増えている。当局は着用対策を強化するが、効果は限定的。イスラム教に厳格な革命体制下の社会に変化の兆しが出ている。

飲食店や衣料品店が並び、若者でにぎわう首都テヘラン中心部のエンゲラーブ通り。テヘランに住む会社員のナファスさん(23)が9月上旬、腰まである長い髪をスカーフで隠さずにベンチに座っていた。「革命を象徴するスカーフは嫌い」

イランでは1979年の革命以降、公共の場では、外国人も含めて女性は髪を隠すスカーフの着用が法的に義務付けられている。だがナファスさんは「私たち若い世代は古い服装を受け入れたくない」と反発する。

街でスカーフを身につけていない女性の姿は目立っている。女性の拘束が相次げば「デモが再燃する」(テヘラン市民)との声があり、体制側が大規模摘発といった強硬策に乗り出せないジレンマに陥っている可能性がありそうだ。デモ以降、イスラム教の価値観からタブーとされていた女性のバイク運転が顕著になるなど、社会は変容している。【9月17日 毎日】
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上記【ロイター】にもあるように、政権側は社会不安についてアメリカ・イスラエルをはじめ敵対する諸外国による画策だと非難しています。

最高指導者ハメネイ師は9月11日、イラン内部に危機をつくり出すための組織をアメリカ政府が設けたとし、アメリカが民族・宗教の違い、女性問題などで混乱を起こそうとしていると批判しています。

一方、バイデン米大統領は15日、アミニさんやその後の抗議デモで犠牲になった人々を追悼する声明を出し、アメリカがイランの人々に寄り添い、女性への暴力に抗議していく姿勢を改めて強調しています。
また、アメリカ財務省は15日、抗議デモ参加者らへの暴力的な弾圧等に関わったとして、29の個人・団体に追加の制裁を科しています。

そうした状況で迎えたマフサ・アミニさんの死から1年。
抗議再燃を警戒する当局は、首都テヘランの中心部の広場や通りで多数の警官や治安部隊が警戒に当たる厳戒態勢を敷きました。

当局の警戒もあって、小規模なものを除いて、大規模な抗議行動や衝突などは報じられていません。

****イラン・反スカーフデモ1年 治安部隊が厳戒態勢 遺族の一時拘束も****
イスラム革命体制が続くイランで、髪を覆うヘジャブ(スカーフ)のかぶり方が不適切として拘束された女性の急死を機に抗議デモが拡大してから、16日で1年となった。

AP通信などによると、この日、治安部隊が厳戒態勢を敷く中、一部地域でゼネストや散発的なデモがあった。昨年のデモでは体制打倒を叫ぶ市民もいたとされ、当局は神経をとがらせているとみられる。(中略)

ノルウェーに拠点を置く人権団体「ヘンガウ」などによると、アミニさんの死去から丸1年となる16日、出身地の西部クルディスタン州ではゼネストが実行された。

一方、同日、アミニさんの父親は同州サゲズで娘が埋葬された墓地に向かうところをイラン革命防衛隊に一時拘束され、警告を受けたという。

テヘランではこの日、女性刑務所で収容者が自分の服に火を付けて抗議し、治安部隊が殺傷能力の低いペレット銃を発砲したとの情報もあるが、死者は出ていないという。

また、北東部マシャドなど一部の都市でデモがあり、治安部隊が催涙ガスを使用したという。ただ、各地で厳戒態勢が敷かれていたことから、昨年のような大規模なデモには発展していない模様だ。【9月17日 毎日】
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【拘束中の米国人5人解放で、60億ドルの凍結資産解除】
イランとアメリカの間では、イラン資産凍結解除と引きかえにイランの刑務所で拘束中の米国人5人が解放されるという緊張緩和的な動きもありました。

****イランが拘束の米国人5人解放、進展は継続=米大統領補佐官*****
米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は22日、イランの刑務所で拘束中の米国人5人が解放される合意について進展しているとの考えを示した。ただ、解放日程は明言しなかった。

イランは、韓国で凍結されている60億ドルのイラン資産の解除などを条件に5人の最終的な出国を許可する第一歩として、8月10日にそれまでの1人に加えて残り4人を刑務所から移送して自宅軟禁下に置いた。

サリバン氏は会見で「イランとの合意通りに事態が進んでいると考えている。まだ経るべき段階があり正確な日程は未定だが、進展は続いていると考える」と述べた。

5人の出国まで数週間を要する可能性があるとみられているが、イランが許可すれば、核問題やシーア派支援などを巡り対立するイランと米国にとって大きな問題が取り除かれることになる。【8月23日 ロイター】
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こうしたイランとの“取引”に対し、アメリカ国内では野党・共和党が批判を強めています。
バイデン政権は凍結解除資産は「人道目的にのみ使われる」と釈明してはいますが・・・・

****米、イラン資産「再凍結可能」 共和党は反発強める****
米国務省のミラー報道官は12日の記者会見で、イランで軟禁下にある米国人5人解放のため、バイデン政権が凍結解除を承認したイランの資産60億ドル(約8800億円)に関し「人道目的にのみ使われる。必要ならば再凍結できる」と述べた。野党共和党が核開発を進めるイランを利するなどとして反発を強めており、火消しに追われた。

イランのライシ大統領は12日放送の米NBCテレビのインタビューで「人道目的とはイラン国民が必要とするものであれば何でもという意味だ。国民のニーズはイラン政府が判断する」と語った。

凍結解除となるイラン資産は韓国にあり、カタールに送金される。【9月13日 共同】 
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【前進しない核合意再建協議】
イランとの関係の“本筋”である核合意再建協議の方は、相変わらず難航しています。

****英仏独がイラン制裁継続へ 核合意「守られていない」****
イランの核開発制限を巡る核合意の当事国である英国、フランス、ドイツは14日、イランが合意を守っていないとして、10月中旬に緩和するはずだった制裁の一部を継続するとの共同声明を出した。ロイター通信によると、イランは反発している。

声明では、イランが2019年以来、合意を守ろうとせず、濃縮ウランを合意で認められた量の18倍以上保有しているなどと指摘。英外務省によると、合意が守られていれば、欧州連合(EU)や英国が科す個人や企業に対する制裁の一部が10月18日に緩和されるはずだった。

今後は国連が科している制裁の一部も、3カ国の制裁として取り込む。【9月15日 共同】
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当然のように、イラン側も反発

****ベテラン核査察官を拒否=米欧の非難に反発―イラン*****
国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は16日、イランの核開発を検査してきた複数のベテラン査察官について、同国政府が受け入れを一方的に停止したと発表した。監視業務が一段と制限されることは避けられない。米欧諸国がイランの協力姿勢の欠如を非難したことへの報復とみられる。

グロッシ氏は「前例のない一方的な措置を強く非難する」と強調。受け入れ停止対象の査察官らが「欠かすことのできない役割を担っていた」とし、イラン側の措置で高度な専門性を有する中心メンバーがおよそ3分の2に減ると説明した。

米国と英仏独3カ国は今月中旬のIAEA理事会で、監視業務へのイランの対応について、「真剣に取り組むことを意図的に拒否している」と批判。欧州3カ国は核合意で解除が予定されていた対イラン制裁の継続も表明し、イランが反発していた。【9月17日 時事】
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【欧米との核交渉からは足抜けせず、同時に、外交成果を喧伝することで国民の視線を逸らせつつ、友好国との関係強化も同時に図る多角化戦略】
こうしたなか、8月末に南アフリカで開催された第15回BRICS首脳会議では、イラン及びサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピア、アルゼンチンの6カ国が新たな加盟国として認められました。2024年1月1日からこれら諸国が加わり、BRICS加盟国は11に増えます。

“8月29日、ライーシー大統領は国内外メディア向けの記者会見で、「BRICSや上海協力機構(SCO)のような連合は、イランの経済の潜在力を開花させるため、また西側の単独覇権主義に対抗するための絶好の機会である」と述べた。同大統領は同時に、西側との制裁解除に向けた交渉から離脱する予定はないとも発言した。”【9月1日 中東調査会】

前進しているようには見えない核合意再建協議ですが、イラン・ライシ政権は「離脱」する考えもないようです。

冒頭に触れたような国民の不満もくすぶっている、来年には議会選挙もある・・・といった状況で、イラン指導部は大きな変化を起こすことも考えていないようです。逆に言えば、譲歩して核合意を前進させる考えもないようにも。

****イラン:BRICS新規加盟発表に対する国内の反応****
(中略)
中東諸国がBRICSに寄せる期待には、多極化する世界を象徴する新しい多国間枠組、ひいてはその人口や経済力を踏まえての新たな市場の開拓といったものが挙げられる。

これらについてイランも同様だが、同国には西側中心の現行の国際秩序へのカウンターとして捉えている様子が強く見られる。この背景には、イランの置かれてきた国際的状況と歴史的経緯がある。

2018年5月、トランプ前米政権は核合意から単独離脱し、イランに対し「最大限の圧力」キャンペーンを科した。これにより、イランは国際送金網から切り離され、厳しい金融・石油取引制限を加えられることとなった。

こうした事情から、イランは、失業率の増加、インフレ、通貨の暴落等、財政的に厳しい状況に置かれた。

この反動として、イランは制裁の「無効化」を合言葉に、中国、ロシア、近隣諸国、アジア、南米、アフリカ、イスラーム諸国等との全方位外交を推し進め、貿易量を徐々に回復させるとともに、原油輸出量を増加させてきた。つまり、2021年8月に成立したライーシー政権は、欧米諸国の対応如何に拘らず自活できる体制作りに精力的に取り組んできたということだ。

これは、米国から科された経済制裁に対する反応であるとともに、国際協調路線を敷きながらも制裁解除を実現できなかったロウハーニー前政権の失敗からの教訓でもある。

ライーシー政権の「バランスの取れた外交」「近隣重視外交」には、前政権が取った欧米偏重路線の失敗を批判する意味合いも含まれており、多分に同国の内政事情を反映したものでもある。

加えて、イラン国内では、昨年9月以降のヒジャーブ強制着用に対する国民の反感が強まっており、民衆の体制に対する不満が嵩じる危険性が燻っている。また、民衆の経済状況の悪化に対する不満も根強い。

2024年3月には議会選挙が、2025年中頃には大統領選挙も予定される。そうした状況の中で、イラン体制指導部としては、欧米との核交渉からは足抜けせず、同時に、外交成果を喧伝することで国民の視線を逸らせつつ、友好国との関係強化も同時に図る多角化戦略を講じているのだろう。

総じて、イランは、他の中東諸国と似た期待をBRICSに寄せる一方で、米国へのカウンターや第13期(ライーシー)政権による成果のアピール材料としての役割もBRICSに併せ持たせている。【9月1日 中東調査会】
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インド  G20合意成立で国際社会に存在感アピール 「バーラト」国名問題に透けるヒンドゥー至上主義

2023-09-16 23:24:21 | 南アジア(インド)
(インド モディ首相 【9月7日 Forbes】)

【G20首脳宣言合意 インドはグローバルサウス盟主としての国際的存在感アピール】
今月9日、10日に開催されたG20サミットは、議長国インド・モディ首相にとって、グローバルサウスのリーダーとして国際社会における存在感を示せるかの“正念場”でもありました。

****G20議長国インド、グローバルサウス盟主へ正念場*****
9日に開幕した20カ国・地域首脳会議(G20サミット)は食料危機など世界規模の課題への対処で一致できるかが焦点だ。

議長国インドはサミットで「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国の「盟主」としての立場を固めたい考えだが、ロシアによるウクライナ侵略を巡り日米欧と中露が対立する中、成果を示せるか正念場となった。

「南北間の溝であれ、東西間の距離であれ、食料やエネルギーの問題であれ、次世代のために解決策を見つけなければならない」。インドのモディ首相はサミット冒頭、こう述べ、参加国に団結を促した。

「南北」は北半球の先進諸国と南半球を中心とした途上国、「東西」はウクライナ問題を巡る日米欧と中露の分断を指す。モディ氏は分断の結節点として諸課題の解決に乗り出すと意向を込めたとみられる。

その狙いの焦点にあるのはグローバルサウスだ。ウクライナ侵略に伴う食料やエネルギーの問題、債務の問題も特に影響を受けるのは途上国。気候変動も途上国には先進国が引き起こしたとの思いが強い。サミットの議題とされたのは主に途上国の関心事だ。

インドの事務レベル交渉担当者は首脳宣言について「かつてないほど途上国の声を反映した文書になる」と強調した。

中国の習近平国家主席はサミットを欠席したが、モディ氏に好都合との見方もある。アフリカ連合(AU)のG20入りには途上国のリーダーを自任する中国も支持を表明。習氏がいれば、モディ氏の存在感が薄まった可能性がある。一方で中国が積極的な新興5カ国(BRICS)拡大に対しては、インドは自らの存在感が低下することを懸念しているとされる。

そうしたモディ氏が神経をとがらせたのはウクライナ問題。紛糾して成果文書をまとめられなければ、議長国のメンツはつぶれる。友好国ロシアへの配慮もあったとみられ、途上国が直面する問題に比重を置きたかったとみられる。

ただ、欧米側にはロシアの侵略を見過ごすわけにいかないとの姿勢も強く、調整は難航。各国代表がウクライナ侵略を巡る文言で一致したと報じられるが、欧米が模索したウクライナのゼレンスキー大統領のサミット参加は、インドが受け入れなかったとの情報もある。

G20が合意に到達しても、インドが日米欧が期待する形で連携を強めるかはなお見通せない。【9月9日 産経】
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ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立のなかで、インドは難しい調整を迫られましたが、前回に比べるとややロシア寄りの合意文書で、何とか合意を取り付けることに成功しました。

分裂を回避して合意を示せたということでは、インド外交・モディ首相の「成果」とも言えるでしょう。

****分裂回避へインド奔走、G20「合意」を優先…ロシア批判せず****
9日に開幕した主要20か国・地域(G20)首脳会議は、ロシアのウクライナ侵略を巡る対立が先鋭化する中で、首脳宣言の合意に至った。全方位外交を展開する議長国インドが分裂を回避するため奔走した成果と言えるが、ロシアにも一定の配慮を示し、直接的な批判を避けたものとなった。

「今は我々全てが共に歩くときだ。食料やエネルギーの課題に対し、具体的な解決策を講じなければならない」。ナレンドラ・モディ印首相は会議冒頭にこう述べ、各国の協調を促した。

インドは議長国として2月以降に行われた全てのG20の閣僚会議で、共同声明を採択できなかった。首脳会議で宣言が採択できないという史上初めての事態を避けようと、インドは昨年インドネシアで採択されたG20の首脳宣言の文言を踏襲しようとした。

昨年の宣言では、ロシアを名指しせずに「ほとんどの国がウクライナでの戦争を強く非難した」との文言を盛り込んだ。しかし、これにロシアは抵抗し、中国も同調してきた。

今回は、侵略を「ウクライナでの戦争」とした上で、食料・エネルギー供給への悪影響を強調した部分では「異なる見方や評価もあった」とロシアに配慮したとみられる文言もあった。

インドは今回のG20を成功に導き、国際社会の中で存在感を高めようとしていただけに、ある外交筋は「インドは相当な危機感を抱いていたようだ」と指摘する。いち早く交渉をまとめて懸念を拭い去るため、採択の成果を会議初日にアピールしたとみられる。

インドの交渉担当者は9日の首脳会議中も、米欧やロシアとの間で協議を続けた。その結果、モディ氏は9日午後の会議で「合意に至った」と表明し、満面の笑みを見せた。

宣言が合意に至った背景には、米欧とロシアのいずれも、大国間の対立から距離を置こうとするインドなど新興・途上国「グローバル・サウス」の意向を無視できなくなっている事情がある。アフリカ連合(AU)のメンバー入りも決まり、G20では今後、グローバル・サウスの発言力がさらに高まる見通しだ。

一方、インドは、昨年のG20に参加したウクライナを招待しなかった。対立の激化を避けるためだったとみられている。ウクライナ外務省報道官は、宣言の侵略に関する表現について「全く誇れるようなものではない」とSNSで批判し、「我々が会議に出席していれば、ウクライナ情勢をより良く理解してもらえただろう」と不快感を示した。【9月10日 読売】
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【インドを取り込みたいアメリカのインド重視姿勢】
首脳宣言内容については、ロシアが「バランスが取れている」と称賛する一方で、ウクライナは「全く誇れるようなものではない」と批判していることからも、おのずとその性格がわかります。

それでも欧米、特にアメリカがインドとの対立を避けて合意したのは、インドを中国・ロシアに対峙する自陣営に取り込みたいという思惑、インド重視の考えがあってのことでしょう。

****米、印を賛辞 ウクライナ表現後退も関係重視****
「インドの議長国としての指導力を示す重要なできごとだ」。バイデン米大統領の最側近であるサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は9日、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の首脳宣言をこう評した。

ロシアによるウクライナ侵略に関する批判のトーンが前年のインドネシア・バリ島でのG20サミット首脳宣言より弱まった中でも、議長役のモディ首相の手腕に賛辞を贈ったのだ。

バイデン氏の今回の訪問には、インドを自国に引き寄せたいとの心情が随所ににじんだ。8日のインド到着直後にモディ氏との会談。6月に同盟国の首脳以外で初めて同氏を国賓としてホワイトハウスに迎え、最大級の厚遇をみせてからわずか2カ月半の短期間でさらに首脳会談を重ねることで、いかにインドを重視しているかを示した。(中略)

バイデン政権がインドを重視する背景には、同国の市場規模の大きさや先端技術分野での台頭など経済面に加え、同国との良好な関係がグローバルサウスと呼ばれる新興・途上国の取り込みに寄与するとの期待がある。

巨大経済圏構想「一帯一路」を通じてアフリカ諸国や中東への浸透を強める中国への対抗軸とする狙いからだ。

バイデン政権の対中政策を主導するキャンベル氏は「米国にとり21世紀で最も重要な2国間関係はインドとのそれだ」とまで語る。米国の超大国としての地位が相対的に低下し世界の多極化が進む中、バイデン政権は、次代を見据えたインドとの関係構築を急いでいる。【9月9日 産経】
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アメリカのインド重視の姿勢は今に始まった話ではなく、2007年の米印原子力協定、2008年の原子力供給国グループガイドライン修正に見られる、ダブルスタンダード批判にもかかわらず核拡散防止条約(NPT)枠外のインドを特別扱いする一連の流れでも明確に示されていました。

このアメリカのインド重視の姿勢は対中国包囲網という観点からさらに強化されています。

今回の「合意」は一部の国だけで水面下で進められたようで、日本・岸田首相は蚊帳の外だったようです。
****突然の首脳宣言合意 日本政府関係者「聞いてない」「ふざけるな」****
それは世界中の報道関係者だけでなく、参加国関係者にとっても突然の知らせだった――。(中略)

モディ氏の発言の真偽を確かめると、外務省幹部は「発言を聞いていないので知らない。少なくとも、私がここに来るまではまとまっていなかった」と驚いた表情で話した。

ある交渉関係者は「首脳声明に合意したなんて一切聞いていない。対外発信の前に、(G20メンバーである)我々には知らせてほしい」と話した。そして一言、「驚いた。ちょっとふざけるなという感じだ」とこぼした。【9月11日 毎日】
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【「大国意識」とシンクロする民族意識・アイデンティティ重視 ヒンドゥー至上主義の危うさも】
とにもかくにも、モディ首相としては首脳宣言を合意できたことで「大成功」でしょう。これでインド・モディ首相の「大国意識」に弾みも・・・

「大国意識」は、国名変更による自らのアイデンティアピールとシンクロします。
インドが今回G20で「インド」ではなく「バーラト」という呼称を使用したことが話題になりました。

****国名変更を画策か…インドは大国意識に目覚め、「中国も恐れるに足らず」の危険度****
首脳会議宣言の未採択という史上初の事態は回避
(中略)インドは今回のG20サミットを是が非でも成功させ、国際社会の中で存在感を高めようと躍起になっていた。

主な成果は、インドが主導する形でアフリカ連合(アフリカ55カ国・地域で構成する世界最大級の機関)の正式なメンバー入りが決まったことだ。「グローバルサウスと呼ばれる途上国・新興国の声をG20に反映させる」という、ナレンドラ・モディ印首相の公約が達成できた形となった。

今回のサミットは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と中国の習近平国家主席が欠席するという異例の展開もあった。

一方、筆者が注目したのはインドの「国名変更」に関する動きだ。

インドが国名変更? 植民地時代の負の遺産を払拭へ
G20サミットで、モディ首相の議長席に置かれた英語の国名プレートは「インド」ではなく「バーラト」だった。サミットの公式夕食会の招待状も「バーラト」大統領名で出されており、「インドは国名をバーラトに変更するのではないか」との憶測が広がっている。

インドの憲法上では、英語の「インド」とヒンディー語の「バーラト」の両方が正式な国名だが、国際会議などの場では「インド」が使われてきた。「インド」は英国植民地時代の呼称、「バーラト」は古代インドの伝説上の王バラタの領土を意味するサンスクリット語であり、植民地時代以前から使われてきた呼称だ。

モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)はヒンズー至上主義を掲げている。BJPの支持団体である「民族義勇団」は「バーラトの呼称を広く使うべき」と主張していることから、国名変更の動きは来年4月の総選挙を念頭に置いた政治的な布石だとの指摘がある。

人口約14億人の8割を占めるヒンズー教徒の支持を得て、BJPが総選挙で勝利する戦略だというわけだ。この見方が正しければ、総選挙の終了後にこの一件が落ち着く可能性は高い。だが、筆者は「名実ともに大国となったインドで植民地時代の負の遺産を払拭する動きが加速するのではないか」と考えている。

そこで思い出されるのは約10年前、日本を抜いて世界第2位の経済大国となった時の中国だ。(中略)

中国に対する強硬路線に舵を切るのは時間の問題か
ジョー・バイデン米大統領とモディ首相はG20サミットに先立って会談を行い、「両国は民主主義的な価値観や半導体のサプライチェーン(供給網)など幅広い問題で協力する」との共同声明を発表した。

9月9日付ブルームバーグの記事によると、米政府高官は「中ロ首脳のG20欠席はインドを著しく失望させたが、我々の存在に謝意を示した」との見解を述べている。

米国は無人航空機の調達を求めるインドの要請に積極的に応ずる姿勢を示す(9月9日付日本経済新聞)など、中国の脅威を念頭に安全保障面での協力も深めようとしているが、その緊密ぶりには目を見張るものがある。

9月8日付ブルームバーグによると、中国の台湾侵攻を想定し、米国からインドへ「どのような貢献ができるのか」という非公式の問い合わせがあったという。インドの選択肢の1つは、軍艦や航空機の修理・整備施設や物資を提供する後方支援拠点だ。驚くべきことに、北方国境沿いで軍事的な関与を強めた場合、中国がこの戦いに対応せざるを得なくなる可能性まで分析しているという。

大国意識が高まり、米国という強い味方も得た現在のインドにとって、中国は「恐れるに足らず」になりつつある。かつての汚名(1962年の国境紛争で中国に大敗)をそそぐために、中国に対する強硬路線に舵を切るのは時間の問題ではないだろうか。【9月15日 デイリー新潮】
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もともと国境問題でインドは中国と厳しく対立する状況が続いていますが、“中国は「恐れるに足らず」”という強硬路線を加速させるのか・・・・(軍事力が必要になりますので)そこらはわかりませんが、私が懸念するのは総選挙対策にしろ何にしろ、「バーラト」という古代インドの伝説に由来する呼称を持ち出したことで、今後モディ政権のヒンドゥー至上主義が更に加速するのではないか・・・ということです。

****インド、国名にヒンディー語「バーラト」使用で波紋 「あくまでも国内の政治闘争の一環だ」専門家が解説****
(中略)ただ、皆が一様に言うのは、これはあくまでも政治闘争の一環だという印象でした。

インドでは2024年に総選挙が行われます。その総選挙に向け、ヒンズー至上主義を掲げるモディ首相が率いる与党インド人民党(BJP)は、イギリス植民地時代からの脱却を象徴するため、ヒンディー語のバーライトに国名を変更したいとの思惑があります。

一方、インドの最大野党である国民会議派を含めた複数の野党は、BJPに対抗するため新たな連合「インド全国開発包括連合(INDIA、インディア)」を結成したばかりです。ですから、バーラトの使用はBJPの選挙目的です。【9月7日 中川コージ氏 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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モディ首相・インド人民党(BJP)のヒンドゥー至上主義の危うさをこれまでも何回も取り上げてきたところです。

古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」にも登場するバラタ族に由来する「バーラト」という国名使用の発想には、後世のインドにおけるイスラム王朝の成立、イスラム教徒の拡大という歴史を意図的に排除したいという意識が露骨に出ているように思われます。

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小学校教師、教え子にイスラム教徒の男児をたたかせる インド****
インド当局は26日、小学校教師がイスラム教徒の男児を順番にたたくよう教え子に指示した事件を受け、捜査に乗り出した。事件の映像はインターネットで出回り、怒りの声が広がっている。

事件は24日、ウッタルプラデシュ州の私立小学校で発生。映像には、教師が表向きは掛け算を間違えたことを理由に、7歳の男子児童をたたくよう他の児童に指示する様子が映っている。

教師は泣きながら立つ男児を横目に他の児童に対し、「どうしてそんなに軽くたたくの? もっと強くたたいて」と命じた。さらには「顔は赤くなっているから、代わりに腰をたたいて」と指示した。

警察のサティヤナラヤン・プラジャパット警視はソーシャルメディアに投稿した動画で、映像について検証済みだとして、この教師に対して当局が措置を講じると述べた。治安判事によると、男児の父親がムザファルナガル地区の警察に告訴した。

この生々しい映像を受け、インターネット上では失望の声が広がった。野党・国民会議派のラフル・ガンジー氏は、がヒンズー教徒が多数派であるインドで、与党・インド人民党が宗教的不寛容をあおっていると非難した。

人権団体は、ヒンズー至上主義を掲げるナレンドラ・モディ首相が2014年に就任して以降、少数派のイスラム教徒に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)や暴力が増加したと指摘している。 【8月27日 AFP】
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なお、ヒンズー至上主義者は「インド」の呼称を植民地支配と結び付けていますが・・・
“ヒンズー至上主義の極右ナショナリスト団体でBJPの支持母体とされる民族義勇団(RSS)はかねて、インドという呼称を植民地支配の過去に、バーラトという呼称をインドの古代の歴史に結びつける説を声高に主張してきた。だが歴史家は、インドという名称は世界最古の文明のひとつを生んだインダス川と関係があり、数千年前にさかのぼるとしてこうした説を否定している。”【9月7日 Forbes】
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パレスチナ問題解決を目指した「オスロ合意」から30年 悪化するばかりの現実ではあるものの・・・

2023-09-15 23:06:01 | パレスチナ

(1993年9月13日、米ホワイトハウスでオスロ合意に調印し、当時のクリントン米大統領(写真中央)が見守る前で握手するPLOのアラファト議長(右)とイスラエルのラビン首相【9月14日 ロイター】)

【オスロ合意が目指した2国家共存から遠のくばかり】
中東のイスラエルとパレスチナが平和共存をめざした「オスロ合意」から、9月13日で30年が経過しました。

****オスロ合意****
オスロ合意は93年、ノルウェーが仲介し、米国が後押しして調印され、95年までに2国家共存へ向けた細部も取り決められた。

その内容は、(1)イスラエル軍は67年の第3次中東戦争で占領したヨルダン川西岸とガザ地区から徐々に撤退(2)パレスチナは暫定自治を実施(3)両者は和平交渉を継続(4)99年までに双方が首都と主張するエルサレムの帰属や、境界の画定を目指す――というものだった。【9月15日 毎日「オスロ合意30年 2国家共存、道険し」】
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しかし、「オスロ合意」が目指したものと現状の乖離は甚だしく、合意は形骸化し、当事国・関係国の情勢も変化し、合意実現への道筋はまったく見えません。

****オスロ合意30年 2国家共存、道険し*****
(中略)だが、双方で強硬派による合意への反対は激しかった。

イスラエル側では、合意を結んだラビン首相が95年に極右に暗殺され、96年に右派の第1次ネタニヤフ政権が発足して交渉は停滞するようになった。

さらに、00年、野党リクード党首(当時)のシャロン氏=後に首相=がエルサレムにあるユダヤ教とイスラム教の共通の聖地「神殿の丘」を強引に訪問し、反発したパレスチナ側が第2次インティファーダ(民衆蜂起)を開始。05年までに計4000人以上が死亡し、和平の機運は消えた。

パレスチナ側では、07年にイスラム組織「ハマス」がガザで支配を確立し、イスラエルへの武力攻撃を始め、対立は一層深まった。

オスロ合意では、西岸の入植地を巡る取り決めの不備もあった。ユダヤ人の入植地は、占領地への移住を禁じた国際法違反とされるが、合意では触れられていない。

96年以降、計15年にわたって政権を握るネタニヤフ氏は、西岸の領有権を主張する右派に応え、徐々に入植地を拡大。93年に11万人強だった入植者は今、70万人を超える。(後略)【同上】
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正直なところ、この状況で「オスロ合意」を語ることには無力感、虚しさも漂いますが、合意を再建するにせよ、新たな枠組みを目指すにしろ、「オスロ合意」は議論の出発点でしょう。少なくとも、パレスチナ現状をこのまま放置していいということはないでしょうから。

****オスロ合意30年 根本から立て直す時だ*****
4度の戦争を引き起こした対立にようやく終止符が打たれる――。所作はぎこちなかったが、イスラエルのラビン首相とパレスチナ解放機構のアラファト議長が米ホワイトハウスで握手した時、世界はそう希望を抱いたはずだ。

2人にはノーベル平和賞が贈られた。和平への期待が大きかったぶん、現状への失望は深い。

ノルウェーが仲介役を果たした「オスロ合意」が署名されて13日で30年となる。イスラエルが第3次中東戦争で占領したヨルダン川西岸地区とガザ地区などから撤退する。そこにパレスチナ国家を樹立し、イスラエル国家と共存する。この「2国家解決」が基本的な枠組みである。

だが現実は全く逆の道をたどった。イスラエルは「中東のシリコンバレー」とよばれるほど先端産業を中心とした発展がめざましい。一方、パレスチナ国家はいまだ実現せず、人々は高い失業率にあえぐ。多くの検問に遮られ移動の自由すらままならない。

特に深刻なのが、占領地へのユダヤ人の入植拡大だ。国連安保理は繰り返し非難してきたが、イスラエルは意に介していない。パレスチナ国家となるはずの西岸地区に、今や約50万人のユダヤ人入植者が住んでいる。

昨年末に発足したイスラエル連立政権に加わる極右政党党首は「パレスチナ人は存在しない」とうそぶき、西岸の併合すら公言する。2国家解決は遠のくばかりだ。違法な占領の既成事実化を許してきた国際社会の責任は重い。

一方、パレスチナ自治政府は選挙を繰り返し延期し、汚職蔓延(まんえん)が指摘される。ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスとは分裂したままだ。

国際情勢も変わった。米国は中国との競争に傾注し、中東での存在感が陰る。パレスチナを支持していたアラブ諸国も相次ぎイスラエルとの国交正常化にかじを切った。

パレスチナ人の苦悩と絶望は深まるばかりだ。世界銀行などの調査では、半数以上に継続的なうつ症状が見られるという。理不尽な状況の放置は紛争が絶えない中東で時限爆弾を抱えるに等しい。

オスロ合意を根本から立て直す必要がある。今もイスラエルには強い影響力を持つ米国が、中断した和平交渉再開に向け仲介すべきだ。

日本など国際社会に求められるのは、合意履行を支える意思を示し、各地に散る難民も含めてパレスチナ人の生活を支えていくことだ。凄惨(せいさん)な戦争が再燃する時代だからこそ、対話がもたらした平和の芽を絶やしてはならない。【9月13日 毎日】
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“世界銀行などの調査では、(パレスチナ住民の)半数以上に継続的なうつ症状が見られる”という件については、下記のとおり。

****パレスチナ人の半数以上が「うつ症状」 占領長期化で 世界銀行調査****
世界銀行とパレスチナ自治政府などは、ヨルダン川西岸とガザ地区に住むパレスチナ人の半数以上に「うつ症状」があるとの合同調査結果を発表した。長年続くイスラエルによる軍事占領やパレスチナの経済危機が影響しているとみられる。

調査は昨年、5876人のパレスチナ人を対象に実施し、今年7月に発表された。調査によると、西岸では50%、ガザでは71%の住民に継続的なうつ症状が見られ、7%はPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状があった。また、過去1年以内にトラウマになるような出来事を経験した住民は西岸では35%、ガザでは65%だった。

占領下のパレスチナは恒常的な経済危機にあり、失業率は西岸で13%、ガザでは45%に達し、特に若者の失業率が高くなっている。

調査ではイスラエル、パレスチナ間の「紛争」が継続していることや、イスラエルが課している移動規制、生活環境の悪化などが積み重なり「住民の心の傷を深くしている」と分析した。特に慢性疾患を持つ住民や障害者には深刻なうつ症状があると指摘。国際社会はパレスチナに対し、財政支援や住民の心理ケアなど包括的な対応が必要だとした。

昨年は、8月にイスラエルと過激派組織「イスラム聖戦」がガザで3日間の戦闘を繰り広げ、400人以上が死傷。西岸でもイスラエル軍とパレスチナ人戦闘員らが頻繁に衝突した。【8月19日 毎日】
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長年続くイスラエルによる軍事占領やパレスチナの経済危機・・・・当然に、イスラエルに対する憎悪も深まります。

敵意を感じているのはイスラエル側も同じ

****ユダヤ人入植者、敵意むき出し****
「イスラエルはパレスチナと戦い、勝利しなければ。そうすれば、パレスチナ人はここから出ていくだろう」。

ヨルダン川西岸の中央部に2018年に建設されたユダヤ人入植地「アミハイ」。近くの丘に住宅を建て、周囲のパレスチナ人が入植地を攻撃してこないようにと監視を続ける移住者のホシェンさん(37)は敵意をむき出しにした。

パレスチナ自治政府は、パレスチナ人約310万人が住む西岸を将来独立した際の「領土」と位置づけるが、イスラエルはその土地を分断するように入植地の建設を続ける。その一つ、アミハイの人口は約300人。簡素な家屋が建ち並ぶが、一部では高級住宅の建設も進み、幼稚園などの教育施設もオープンした。

18年からここに住むレルマンさん(35)は、オスロ合意を「最悪の内容だった」と切り捨てた。西岸には古代にユダヤの王国があり、ユダヤ教の聖地も多い。入植者たちは「神から与えられた土地」だと主張する。レルマンさんは、パレスチナ人がこの地で国家を樹立した歴史がない点を論拠に、「彼らには国家を持つ権利はない」と訴える。【9月15日 毎日】
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【合意当時から変化した当事者、関係国の状況】
イスラエルに、パレスチナへの敵意を隠さない極右勢力も参加した「史上最も右寄りの政権」が誕生したことはこれまでも何度も取り上げてきたところです。

一方の当事者であるパレスチナ側は、アッバス議長率いる自治政府とガザ地区を実効支配するハマスに分裂し、その統一が出来ません。この分裂状態では現実問題としてイスラエルとの実効性のある交渉もできません。

****内部分裂の終結訴え=ハマスなどと会合、参加拒否の組織も―パレスチナ議長****
パレスチナ自治政府のアッバス議長は30日、エジプト北部のアラメインで自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏らと会合を開き、「(パレスチナ内の)分裂を終わらせなければならない」と訴えた。ハマスは2007年にガザを武力で制圧。アッバス氏率いるパレスチナ主流派組織ファタハとの対立が続いている。
 
会議にはファタハとハマスの他にもパレスチナの各勢力が出席したが、対イスラエルの抵抗運動を強める武装組織「イスラム聖戦」は参加を拒否した。AFP通信によるとハニヤ氏は、選挙を通じて「新たに包括的な評議会(議会)を立ち上げなければならない」と主張した。【7月31日 時事】 
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こうした統一に向けた話はときどき浮上しますが、それぞれの思惑で立ち消えになる・・・というのがこれまでの話です。ただ、高齢のアッバス議長に万一のことがあれば、混迷は更に深まることも予想されます。

パレスチナ問題を取り巻く国際情勢も変化しました。

アメリカは、オバマ政権はイスラエルに入植地の全面凍結を求めたものの、トランプ政権は入植地拡大を追認し、エルサレムをイスラエルの首都と認定して米大使館を移転。パレスチナ側からの信頼を失いました。

バイデン現政権は、ウクライナ支援に追われ、外交戦略的には対中国が最優先・・・パレスチナへの関心は薄れたようにも見えます。

アメリカの中東離れ、イランの影響力増大を受けて、アラブ諸国はイスラエルとの関係改善に向かいました。

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イスラエルは近年、パレスチナを支えてきたアラブ諸国との関係改善に尽力しており、20年にはアラブ首長国連邦などアラブ4カ国と国交を樹立した。アミドロール氏(11~13年までネタニヤフ氏の安全保障顧問を務めた右派の元イスラエル軍幹部)は地域大国サウジとの国交正常化が実現すれば、「他の国々も後に続く」とみる。

アラブ諸国にとっては、IT、防衛などの分野で先端技術を持つイスラエルとの関係改善は自国の利益に直結するという現実がある。

ネタニヤフ政権はパレスチナの外堀を埋め、自国に有利な和平交渉を進める環境作りをもくろむ。アミドロール氏は「時間がたつほど、パレスチナの立場は苦しくなる」と主張する。【9月15日 毎日】
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ただし、アラブの盟主を自任するサウジアラビアは、簡単にはパレスチナを切り捨てることはできません。今後、イスラエルとの関係改善交渉において、何らかのパレスチナ対応をイスラエルに迫ることができるポジションにあるとも言えます。

【結局は事態改善は2国家共存でしか実現できない そのためには・・・】
上記のような情勢で、「オスロ合意」が目指したものは、合意当時より遠のいている、状況は更に悪化していると言えます。

パレスチナ政策調査センターがヨルダン川西地区とガザ地区で行った調査が13日に発表されましたが、パレスチナ人の64%が「オスロ合意前よりも現状は悪化している」と答えています。

パレスチナの今後については「2国家解決」に対し71%が「現実的ではない」と答え、また、パレスチナの苦境を打破するための具体的な手段については、交渉、平和的な抵抗、武装闘争の三つの選択肢のうち、交渉を支持した人は20%にすぎず、武装闘争が53%にのぼったとのこと。

イスラエルの「史上最も右寄りの政権」を相手に「2国家解決」は現実的と思えない・・・交渉でどうにかなる状況ではなく、武装闘争しかない・・・という心情は理解はできますが、今のイスラエル相手に武装闘争というのは交渉以上に非現実的でしょう。アラブ諸国からの実質的な支援も期待できません。イスラエル側の優位性をさらに高める結果になるだけでしょう。

一方のイスラエル側の右派には「西岸の完全併合」という考えも聞かれますが、これもイスラエルにとって現実的はないでしょう。

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イスラエル政府筋から西岸の完全併合が公然と語れることもあるが、そのような動きは現実的には難しい。

完全併合なら、パレスチナ人にもイスラエル国民としてユダヤ人と同じ待遇を与えてユダヤ人国家から別の国に衣替えするか、民主主義と相いれないようなパレスチナ人への差別待遇を行うかどちらかを選ばなければならないからだ。

既にパレスチナ人や多くの国際人権団体は、イスラエルが西岸で人種隔離を行っていると非難している。【9月14日 ロイター】
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結局、オスロ合意が目指した「2国家解決」しか道はないように思えます。

交渉が現実のものとなるためには、イスラエルの「史上最も右寄りの政権」がより協調的な政権に変わることと、パレスチナ側の「統一」が必要でしょう。

そのうえで、サウジアラビアとアメリカの仲介があれば・・・・

今のところは、イスラエルについても、パレスチナについても、交渉の前提条件すら遥か遠いものにしか見えませんが。

ただ、イスラエル・ネタニヤフ政権は司法改革問題で大揺れ状態ですし、パレスチナ側も前述のようにアッバス議長の政治力があるうちに何とかしないと・・・という状況がありますので、ともに「変化」の要素はない訳ではありません。
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欧州にとっての中国  パートナーであると同時にライバル デリスキング重視

2023-09-14 22:49:04 | 欧州情勢

(EUのフォンデアライエン欧州委員長(左)と握手する中国の李強首相=9日【9月10日 共同】)

【パートナーであると同時にライバル デカップリングではなくデリスキング】
欧州が中国との関係をどのように見ているのか・・・
一番の関心事は経済的関係でしょう。 人権問題や民主主義に関していろいろ問題はあっても、やはり巨大市場としての中国、欧州への投資国としての中国は大きな存在です。 一方、公正な競争が行われているのかという点にも関心があるところでしょう。

安全保障面は、中国は距離的に遠いこともあってウクライナ侵攻で示されたロシアの脅威のような緊迫したものはないものの、そのロシアに対し中国が軍事支援することへの警戒は強くあります。

また、台湾問題に関しても、産業が台湾製半導体に依存していることから、中国が台湾に侵攻すればロシアのウクライナ侵攻以上に深刻な世界経済の動揺を招くのではないかという不安もあります。

****ロシアは敵国・中国は協力国?ヨーロッパは中国をどう見る(油井’s VIEW)****
ドイツは、国家安全保障戦略で「ロシアを最大の脅威」とする一方で、中国については強い警戒感を示しながらもロシアとは異なる見方を示しました。 この違いは、世論をある程度、反映しているのかもしれません。

“中国はヨーロッパにとって必要なパートナー”
ヨーロッパのシンクタンク「欧州外交評議会」が先日発表した、 ドイツを含むヨーロッパ11か国を対象に行った世論調査では、ロシアを「敵国」と答えた人がドイツでは62%、11か国の平均では55%でした。

「欧州外交評議会」は、「軍事侵攻以降、ヨーロッパの人達のロシアに対する見方は大きく変わった。ロシアを敵国・競合国とみなす人が、全体の3分の1からほほ3分の2に急増した」と説明しています。

一方、中国については、敵国と答えた人はドイツで18%。11か国の平均でも11%と低い。「協力国」とみなす割合がドイツ(33%)でも11か国平均(43%)でも最も高くなっています。

「欧州外交評議会」は「ヨーロッパの人達の中国に対する見方は驚くほど変わっていない。中国はヨーロッパにとって必要なパートナーという見方が主流だ」と分析しているのです。

この世論調査の結果を、中国政府は歓迎しているようです。
「世論調査の通り、中国と欧州は協力のパートナーだ。競争相手ではない。首脳間の共通認識を実現するために欧州と協力する用意がある」(中国外務省報道官)

ヨーロッパの対中政策は2つの勢力にわかれる
アメリカからもこんな見方が出ています。アメリカの新聞ワシントンポストで、外交コラムニストのザカリア氏は「世界の他の国々は私たちと同じ目で中国を見ていない」と題したコラムで、ヨーロッパや東南アジアではアメリカの対中国政策が強硬すぎるとして懸念や警戒が強まっていると報じたのです。

ただ、一方で、ヨーロッパの中国に対する見方は揺れているとされています。

欧州外交評議会は、「ヨーロッパの対中国政策は、アメリカに近いEUのフォンデアライエン委員長と中国により融和的で関係改善を主張するフランスのマクロン大統領の2つの勢力にわかれる」としています。

その上で、世論は、現時点でマクロン氏を支持している一方で、中国がロシアに対する兵器の供与などに踏み切れば大きく変わる可能性があると分析しています。

ヨーロッパの中国に対する世論がロシアのように変わるかどうか。中国の今後の行動次第と言えそうです。【6月16日 NHK 油井秀樹キャスター】
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EUは中国との関係について、パートナーであると同時に競争相手かつ体制的ライバルであり、デカップリング(切り離し)ではなくデリスキング(リスク軽減)に向けて取り組むとしています。

****EU首脳、対中関係におけるデリスキングの方針を確認****
EUは6月29~30日、ブリュッセルで欧州理事会(EU首脳会議)を開催し、ロシアによるウクライナ侵攻に関連した今後の支援策、安全保障と防衛、域外政策のほか、対中政策や経済政安全保障に関する総括を採択した。

対中関係に関しては、EUのパートナーであると同時に、競争相手かつ体制的ライバルであるとする中国の位置づけを再確認。

気候変動などの世界的な課題においては協調し、経済面では公平な競争環境の確保と互恵的な関係を目指すとしつつ、重要分野での中国依存の軽減など、デカップリングではなくデリスキング(リスク軽減)に向けて取り組むとした。(中略)

このほか対中関係では総括で、緊張が高まっている台湾海峡に関して懸念を表明し、武力による一方的な現状の変更には反対するとした。EUの一貫した立場として、「一つの中国」政策もあらためて確認した。新疆ウイグル自治区や香港などの人権問題にも言及した。【7月4日 JETRO】
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中国はEUに対し、より明確な関係強化を求めています。

****中国、戦略的パートナーシップで立場明確にするようEUに要請****
中国の外交担当トップ、王毅・共産党政治局員は欧州連合(EU)の外相に当たるボレル外交安全保障上級代表に対して、中国との戦略的パートナーシップについてEUは立場を「明確化」する必要があると伝えた。

EUと中国は2003年に立ち上げた包括的戦略的パートナーシップで貿易や投資を超えた関係強化を表明した。

ただ、EUは19年以降中国を「経済的競争相手」、「システミック・ライバル」と見なし、ウクライナに侵攻したロシアと中国が緊密な関係を維持していることを警戒している。

中国外務省の(7月)15日の発表によると、王氏とボレル氏は14日、インドネシアのジャカルタで地域会合に参加した際に会談した。王氏はボレル氏に対して、中国とEUはコミュニケーションを強化し、相互信頼を高め、協力関係をさらに強めるべきだと指摘、EUは「揺れ動く」べきではなく、言動により関係後退を促すようなことがあってはならないと伝えた。【7月15日 ロイター】
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中国としては、米中対立を踏まえ、EUとの関係強化を図りたいところ。

****中国、EU首脳会談に意欲 李首相、関係安定を強調****
中国の李強首相は9日、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長とインドの首都ニューデリーで会談し「共に努力し、年内に中国EU首脳会談を成功裏に実施したい」と表明した。中国外務省が10日発表した。中国は米中対立を踏まえ、EUとの関係強化に動いている。

李氏は「中EUの安定した関係をもって、世界情勢の不確実性に備えるべきだ」と強調。バイデン米政権が対中経済関係で提唱する「デリスク(リスク回避)」を念頭に「中国の発展と開放は世界と欧州のチャンスであり、リスクではない」と訴えた。クリーンエネルギーや気候変動対策で協力を進めたいとした。【9月10日 共同】
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【個別案件では摩擦・トラブルも】
EUは「揺れ動く」べきではなく・・・・とは言いつつも、個別の案件で見ると、欧州と中国の間の摩擦・トラブルも目立ちます。

****欧州委、中国製EV調査を公表 市場競争阻害を懸念****
欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は13日、フランス・ストラスブールの欧州議会で今後1年の施政方針について演説し、中国製の電気自動車(EV)への補助金が市場の公平な競争を阻害していないかを調査すると公表した。中国の補助金支援により安価な中国製EVが市場に広く流通しており、欧州の自動車メーカーが警戒感を強めていた。

公平な競争をゆがめるような不当な補助金が調査で正式に確認されれば、欧州委が中国製EVに追加関税を課す可能性がある。

フォンデアライエン氏は13日の演説で「EVは極めて重要な産業で欧州で大きな可能性を秘めている」とした上で「世界市場は今や安い中国のEVであふれているが、その価格は巨額の政府補助で人為的に低く抑えられている」と非難。「欧州市場をゆがめており容認できない」とした。

フォンデアライエン氏は先駆的な欧州の太陽光発電企業が過去に多額の補助金を受ける中国企業との競争にさらされ、倒産を強いられたと指摘。「中国の不公正な貿易慣行が(欧州の)太陽光発電産業に与えた影響を忘れてはいない」と訴えた。

一方、対中戦略について「『デカップリング((経済切り離し)』ではなく『デリスク(リスク回避)』だ」と強調。サプライチェーン(供給網)などの依存リスクを低減しつつ、経済関係を維持していく考えを示した。

EV普及を図る中国は近年、EVの輸出を拡大。欧州メディアによると、欧州の電気自動車市場における中国のシェアは過去約2年で倍以上に拡大した。

中国メーカーのEVは欧州勢に比べて価格が安く、ドイツ自動車大手のBMWのオリバー・ツィプセ最高経営責任者(CEO)は中国の自動車メーカーは欧州産業に「差し迫ったリスクをもたらす」と危機感を示した。(後略)【9月13日 産経】
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EVに関しては、日本も中国、東南アジアで中国企業に市場を奪われつつありますが、その件はまた別機会に。

今回のEU対応について、中国は「EUが予定している調査は『公正な競争』という名のもと、自らの産業を守ろうとする目的で、あからさまな保護主義的行動だ」(中国商務省 何亜東 報道官)と反発しています。

国別で見ていくと、ドイツでは戦略的分野の企業への中国の影響力拡大に警戒する動きがあります。

****ドイツ、中国企業による衛星新興企業の完全買収を阻止=政府筋****
ドイツ政府が13日、中国企業による衛星スタートアップ企業クレオ・コネクトの完全買収を禁じたことが分かった。政府筋2人がロイターに明らかにした。

同筋によると、経済省は、すでに53%株を保有している上海垣信衛星科技に独企業エイティレオが保有する45%株を取得させないと決定。内閣も同意したという。

クレオ・コネクトはスペースXの衛星通信サービス「スターリンク」のように、2028年までに300基以上の小型低軌道衛星と地上インフラからなるネットワークを構築し、グローバルな通信サービスを提供したいと考えている。

最近、ロシアの侵攻に対するウクライナ軍の防衛にスターリンクが使用される可能性が取り沙汰されたこともあり、この分野は戦略的に重要視されている。

ドイツは対中姿勢を厳しくしており、昨年11月には国内半導体メーカー2社への中国からの投資を阻止。ショルツ首相は中国への依存を減らす必要性を訴えている。【9月14日 ロイター】
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ドイツ経済は最近「欧州の病人」ともまた言われ始めたように、他の欧州諸国より悪い状況にありますが、高齢化による労働力不足、緊縮財政による公共インフラの老朽化、新たな成長産業への投資不足に加え、中国経済依存の体質も構造的弱さのひとつとされています。

中国経済依存体質のため、最近の中国経済不振の影響でドイツ経済が悪化している側面もあります。

イタリアが「一帯一路」からの離脱の方針であることは、以前のブログでも取り上げました。

****伊首相、一帯一路の離脱を中国首相に伝達 米報道****
米ブルームバーグ通信は10日、イタリアのメローニ首相がインドの首都ニューデリーで中国の李強(り・きょう)首相と9日に会談した際、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱する意向を伝えたと報じた。

イタリアは2019年に主要7カ国(G7)加盟国で唯一、一帯一路に協力するとの覚書を結んだが、イタリア政府内では「(同国への)経済的な恩恵が乏しい」として一帯一路に否定的な声があがっていた。

ブルームバーグによると、メローニ氏は10日のニューデリーでの記者会見で離脱の是非について明言しなかったが「(李氏との会談で)一帯一路について話した」と認めた。メローニ氏は離脱について年内に結論を出すとみられる。(後略)【9月11日 産経】
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【スパイ行為を問題視するイギリス】
“英メディアによると、イタリアは離脱に伴う中国側の反発を警戒しているという。”【同上】とも。

経済ではなく安全保障面で中国と揉めているのがイギリス。

****英議会調査担当者、中国のスパイ容疑で逮捕 英報道****
英紙タイムズ(電子版)は10日までに、ロンドン警視庁が3月に中国のためにスパイ活動をした疑いで英議会の調査担当者ら2人の男を逮捕していたと報じた。

英メディアによると、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に出席したスナク英首相は中国の李強首相と10日に会談し、「英国の議会制民主主義に対する中国の干渉に重大な懸念を抱いている」と伝えた。

タイムズ紙などによると、2人の男のうち1人は20代の英国人で、公務秘密法違反の疑いで逮捕された。逮捕当時、議会の調査担当者を務めていた。

この男は数年にわたり中国問題を調査し、対中政策に関わる与党・保守党議員に情報を提供したり政府の行動について提言したりする役割を担っていた。対中強硬派のトゥゲンハート安全保障担当閣外相やカーンズ下院外交委員長ら保守党の機密情報を扱う政治家とつながりがあったとされる。男は過去に中国に滞在していたときに工作員として勧誘された可能性があるとみられている。

逮捕されたもう一人の男については、30代との情報以外はほぼ不明。2人は保釈されたが、ロンドン警視庁は捜査を続けており、英メディアは「英議会を標的にした最悪なスパイ行為の一つだ」と指摘した。

近年、英議会では中国によるスパイ行為や中国と密接な関係にある人物が関与する事態が懸念されている。英紙ガーディアンによると、英議会のスパイ監視機関である情報・安全保障委員会は7月、中国が英国を積極的に標的にしているとの見解を示した。

昨年1月には、英情報局保安部(MI5)が、中国共産党の外国でのプロパガンダ工作を担う中央統一戦線工作部(統戦部)と連携して活動する女性が英議員らに対し、献金を通じて英国の政治に干渉しているとの警告を発した。

中国による人権侵害などを監視する英人権団体「香港ウオッチ」の最高責任者、ベネディクト・ロジャーズ氏は10日のツイッターで「われわれは(中国の)スパイ網に対抗する努力を強化し、常に警戒を怠らないようにしなければならない」と訴えた。【9月11日 産経】
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中国は、イギリス側が「スパイ行為」としていることに対し、「完全に根も葉もないことだ。断固反対する」と強く反発、「イギリス側が政治的に騒ぎ立てることを止め、相互に尊重し、平等に付き合う精神に照らして、建設的な姿勢で両国関係の発展を推進するよう希望する」(中国外務省 毛寧 報道官)とも。

こうした案件を並べると対立の面が目立ちますが、一方で、特にトラブルもなく(ニュースになることもなく)拡大する経済関係という側面も。
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中国  処理水放出で日本批判は続けるものの、政府対応は抑制的に 世論はすでに沈静化

2023-09-13 22:51:01 | 中国

(【9月12日 WEDGE】】不鮮明ですが、中国検索大手・百度が提供しているキーワードごとの検索回数を表示するサービス「百度指数」 
青がキーワード「日本」 緑はキーワード「福島」 ピークは8月24日)

【日本批判に抑制的対応も】
福島第一原発の処理水放出に対する中国政府の反発は、日本産水産物全面禁輸という日本から「想定外」(野村農水相)「異常な対応」との声が上がる強いもので、更に、大量のいやがらせ電話といった非常識な国民レベルの反応も。

日本側の観測データ公表、IAEA(国際原子力機関)の分析などにもかかわらず、表向き、中国政府の頑なな姿勢自体は今も変わっていません。

****IAEAの分析結果 中国「海洋放出の承認でない」****
IAEA=国際原子力機関が、福島第一原発の処理水放出後の海水の放射性物質の水準が日本の制限値以下だったと発表したことをめぐり、中国政府は「いかなる観測も海洋放出に対する承認ではない」と認めない姿勢を示しました。

IAEAは、原発近くの海水の分析を独自に行った結果、放射性物質「トリチウム」の濃度が日本が設けた制限値を下回っていたと明らかにしています。

これに対し、中国政府は。
中国外務省 毛寧報道官 「いかなる観測も、日本が海洋に『核汚染水』を放出することへの承認ではなく、日本側が欲しがっている正当性や合法性を付与することはできない」

中国外務省の報道官は12日の記者会見で、IAEAによる分析について「事務局が日本に対して技術的な意見や、支援活動を提供しているに過ぎず、国際性と独立性がない」と批判しました。

そのうえで「いかなる観測も海洋放出への承認ではない」とし、「日本は世界に核汚染の危険を転嫁することを直ちに停止すべきだ」と主張しました。【9月12日 TBS NEWS DIG】
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ただ、日本批判は国際的には広がっておらず、中国側の対応も“これ以上、日本批判を強めていく考えもなさそうな・・・”という雰囲気がにじみ出てきています。

国民不満の“ガス抜き”は一定にしたし(ガス抜きに使われる日本は大迷惑ですが)、日本批判がコントロールできなくなって政府批判に繋がるようなことも困るし・・・といった思惑でしょうか。

****「日本人の入店お断り」撤去要求 中国当局、反日過熱抑制か*****
中国遼寧省大連で「日本人の入店お断り」との張り紙をした焼き肉店に当局が撤去を求めたことが中国の交流サイト(SNS)で物議を醸している。

東京電力福島第1原発の処理水海洋放出開始から7日で2週間。当局は日本への嫌がらせを容認してガス抜きを図る一方、反日感情の過熱は抑え込もうとしているとの見方もある。中国に住む邦人らは事態が沈静化に向かうかどうか注視している。

大連の焼き肉店の動画は今月4日ごろに投稿された。張り紙は日本語と中国語で記され、店主が当局の撤去要求を拒否したとした。短文投稿サイト、微博(ウェイボ)には「愛国心の表れだ」「民族の英雄」と店主を支持し、当局の対応を疑問視する書き込みが相次いだ。

これに対し中国世論に影響力があり、共産党機関紙、人民日報系の環球時報で編集長を務めた胡錫進氏は「店主に賛成しない。国家間の対立を差別的行動に転じさせてはならない」と戒めた。関係者によると店主は最終的に地元政府や警察に従い、張り紙を撤去した。【9月7日 共同】
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これまでことあるごとに日本批判を先導してきた環球時報の元編集長・胡錫進氏の主張に対し、中国ネットユーザーからは「全部あんたがそそのかしたせいだろう」といった批判・揶揄もあるようです。

****「われわれは自らの嫌日感情を管理すべき」、中国著名ジャーナリストが主張****
(中略)
「中国と日本が外交的に対立し、特に日本の原発汚染水排出問題で対立こそしているものの、それを相手国民に対する差別行為に変えてはならない」と指摘。「日本社会でそのようなことがあってはならない。そして中国社会でも同様にボトムラインを守るべきだ」と論じている。

胡氏は中国が礼儀の国であり、門戸開放政策を進めているとした上で「われわれは日本の対中政策に反対し、日本という国に対して強い意見を持っているが、中国に住む、あるいは一時的に滞在するすべての日本人を厚遇し、その安全を確保し、差別されないようにしなければならない。これは対外開放政策における『標準装備』なのだ」と訴えた。

そして「日本政府の歴史認識から現実行為までの多くの稚拙な表現が中国社会の憤慨を引き起こすのは必然である。しかし、私たちは嫌日感情の放出の仕方が私たちの利益を損なうことがないよう、必要な管理を行う必要がある」

「中国社会は日本の汚染水(処理水)放出問題で原則的な立場を堅持しながらも、かなりの感情管理をしてきた。日本では街中の中国人に『日本から出て行け』と要求し、非常に醜悪な態度を示している。人口規模が日本の10倍以上もある中国社会では今のところこのような攻撃的な態度を示したという報道は見られない」と主張。

「各個人の態度は多種多様であってもいいが、合理的な愛国心という集団的認識は揺るぎないものであるべきだ」と結んでいる。

微博では胡氏の書き込みがトレンドワードランキングに登場するなど注目を集めた。中国のネットユーザーからは「胡さんの言うとおりだ」「日本政府に反対するのと、相手の国民とやり合うのは別の話」「高尚で理性的な愛国を守ろう」などの支持が寄せられる一方で、「国粋主義をあおり立てたあんたが冷静になれって言ってもなあ」「あなたには(言動の)ポリシーというものがないようだな」「全部あんたがそそのかしたせいだろう」「中国に胡錫進が1人だけでよかった。100人もいたら滅んでるわ」など、胡氏の言論に批判的な意見も少なからず見られた。【9月6日 レコードチャイナ】
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胡錫進氏は、中国国内での和服への偏見に対しても、その言い様は日本からすれば失礼極まるものではありますが、話の趣旨としては抑制的対応を求めています。

****「和服を過度に気にするのは日本への買いかぶり」=中国紙元編集長が主張****
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報元編集長である胡錫進(フー・シージン)は7日、「和服を過度に気にするのは日本への買いかぶりだ」と主張した。

先日、湖北省武漢市の盤龍城国家考古学遺跡公園で漢民族の伝統的な衣装である漢服を着た女性らが写真撮影をしていたところ、公園の職員らが「日本の服装でここへ来てはいけない」などと追い出そうとし、女性らが「中国人が自分の国の服を知らないの?」「これは日本人の服じゃないわ」と反論するなど、押し問答になった。

この騒動が注目を集めたことを受け、胡氏は自身の動画チャンネルで「われわれの社会は今、日本の要素をどう扱うかという問題で少し緊張しすぎている」と指摘。「小日本(日本に対する蔑称)はわれわれがそれほどまでに注意を払うに値する存在ではなく、そのようにするのはいささか買いかぶり過ぎだ」と主張した。

そして、「現在の最大の戦略的駆け引きの相手は米国であり、日本は米国の追随者に過ぎない。中国のGDPはすでに日本の3倍以上で、宇宙航空技術、電気自動車技術、インターネット応用技術など多くの分野で日本を追い抜いている」と主張。さらにロケットの打ち上げや高速鉄道、高速道路網、核兵器戦力や通常兵器などを挙げ、「これらはいずれも日本の実力とは比べ物にならない」と自賛した。

その上で、「中国社会は現在、自信に満ちているはずで、当時の日本の侵略がもたらした民族の悲しみが、引き続きわれわれが日本と付き合う上での主導的な感情であってはならない」と言明。「われわれはもう日本を恐れる必要はなく、日本との摩擦が発生した際には、日本に対する恨みを蔑視へと変えることができる。日本に対する認識と感情を調整することは、中国が完全に立ち上がるための必要なステップだ」と自論を展開した。

胡氏はまた、「『日本は中国に対して戦略的に文化を浸透させている』という過激な言説を目にしたが、これはもう何十年も衰退し続けている日本を買いかぶり過ぎている。この海を隔てた隣人『小日本』に今できるのは、わずかに残った部分的なリードと誇りを守ることだけだ」とし、「『恐日』を続ける人々には現代中国人としての自信を持ってほしい。われわれの戦略的な考えの大部分は米国に向け、軽重をはっきりと把握し、日本との衝突を全局的なものととらえてはならない。日本を安定的に抑えてそちらからの妨害を減らすことで、より多くの精力を対米ゲームに向かわせることは、中華民族の大きな知恵の一部だ」と主張した。【9月8日 レコードチャイナ】
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「小日本」「日本に対する恨みを蔑視へと変える」等々・・・(中国世論をなだめるレトリックもあって)日本からすれば非礼・尊大なもの言いではありますが、日本が文化的侵略を考えている訳でもなく、日本文化を許容したところで「侵略」と騒ぐようなものでもなく、過敏な「恐日」は無用のこと・・・というのは大筋ではそのとおりでしょうし、中国側がそうした対応をとるようになれば、日本としても中国との付き合い方が非常に楽になります。

環球時報元編集長という立場の者が上記のような日本批判に抑制的な主張を展開するというのは、中国当局の意向を反映したもの・・・・かも。よくわかりませんが、中国ではそういうことはしばしば見られることではあります。

もう少し明確なところでは、ASEAN関連首脳会議に出席した李強首相は“立ち話”で、処理水放出を批判しつつも、日中関係の「改善と発展を推進したい」との意向を伝えたとのことです。

****中国・李強首相 処理水めぐり反発の一方で「関係改善」にも言及 岸田総理との“立ち話”****
中国政府は李強首相が6日、インドネシアで岸田総理と立ち話をした際に、関係改善にも言及したことを明らかにしました。

中国外務省 毛寧 報道官 「李強首相は日本の福島の『核汚染水』の海洋放出問題について、中国側の立場を表明した」

中国外務省によりますと、李強首相は6日、岸田総理とインドネシアで短時間の立ち話をした際、東京電力の福島第一原発の処理水について「核汚染水」と呼び、「世界の海洋環境や大衆の健康と子孫の利益に関わる問題だ」と主張しました。

そのうえで、「隣国などと十分に協議し、責任のある方法で処置すべきだ」と求めたということです。

一方、今年が日中平和友好条約の締結から45年であることについて触れ、「歴史をかがみに、未来に向けて両国関係の改善と発展を推進するよう希望する」と言及したということです。

中国は処理水の海洋放出に日本産水産物の全面禁輸措置を取るなど猛反発していますが、対話は継続したい考えとみられます。【9月7日 TBS NEWS DIG】
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【中国世論において沈静化した日本批判】
更にはっきりしているのは、処理水問題に関して中国世論における日本批判の“熱”が冷めていることです。

****「処理水問題」で中国世論が急速に鎮静化したのはなぜ?****
「処理水問題の影響はほとんど見当たりませんでした。探すのが大変なぐらいでしたよ」

上海市在住の日本人駐在員Aさんのぼやきだ。(中略) 「抗議活動をしている人はいるか?」「日系スーパーの客入り」「日本食材を使っていませんとの貼り紙はあるか」「(日本人街に限らず)買い占めで売り場から塩が消えていないか」あたりに着目して見てきてほしいとお願いしていた。

Aさんが向かったのは上海市西部の虹橋地区。日本人駐在員が多く、日系のレストランやショップが数多く集まる地域だ。すごい光景が展開されているのでは……と意気込んで向かったAさんだが、行ってみると冒頭の感想になったという次第だ。

「日系スーパーにはちょくちょく来ていますけど、前と客入りは変わらないように見えます。中国人も減っていません」(Aさん)(中略)処理水のニュースもなんのその、にぎわいは変わっていないという。

Aさんの訪問の1週間前、海洋放出直後の週末となった8月25日、26日の時点でも、北京市や広東省の日本食レストラン経営者によると、客入りは2〜3割減程度でとどまっていたという。
「日本食材は使っていませんと張り出しているレストランはありました。でも、数十店舗並んでいる中でたった2軒だけ、探すのは大変でしたよ」(Aさん)(中略)

「唯一、影響を感じたのは塩売り場ぐらいですかね。日本産の塩が山積みになっていて、全然減っていない様子でした。入荷したのは今年2月で、検査にも合格していますという貼り紙も貼られていましたし。ただ、中国人の買い物客は全然気にしてないようで、私が写真を撮っていると、なにか面白いことがあるのかとよってきて、初めてその貼り紙に気づいたという様子でした」  

処理水に猛抗議、日本への迷惑電話が殺到、中国人観光客が日本旅行をキャンセル、汚染への恐怖から中国産の海産物まで買い控えられるように……。日本での報道とはかなりイメージが違う。  

「ネットニュースやSNSの書き込みでは処理水の話は見かけましたけど、職場とか身の回りでも処理水が話題になったり、なにか影響を感じたりすることはありませんでしたね。処理水で大パニックの記事を書け!と日本から指示が来た上海駐在日本人記者が『なにもないです。無理です』とお手上げだったという、笑い話のような噂も聞いています。まあ、これほど無風なのは上海だからかもしれません。中国は広いので、大都市と田舎は別の国ぐらい違うと言いますよね」(Aさん)

中国全土でも「処理水問題」は沈静化
実は上海市だけではなく、中国全体で処理水に関する話題は急速に沈静化している。

中国検索大手・百度が提供しているキーワードごとの検索回数を表示するサービス「百度指数」を見ると、海洋放出が始まった8月24日は爆発的な話題になったものの、急激に興味が薄れていることがわかる。

原稿執筆時点(9月9日)と放出前の数値を比べると、キーワード「日本」で1.5倍程度、キーワード「福島」で2倍弱とまだ高い水準ではあるものの、ネットの炎上は終わったと言えそうだ。  

筆者も処理水問題で多くのメディアから寄稿依頼があったほか、有名テレビ番組出演の打診もあるなど忙しい日々が続いていたが、そろそろ打ち止めの予感がしている。  

ともあれ、日本メディアでは「なぜ中国はこれほど強烈な反発を」という視点から報じられていたが、どちらかというと「なぜ反発は持続しなかったのか」を考えたほうがいいのではないか。  

その理由は、政府レベルと民間レベルの双方に背景がありそうだ。  

まず、政府レベルだが、中国政府は人民の焚きつけには抑制的だったという点だ。日本の水産物全面禁輸という強硬措置をとり、日本への強硬姿勢と人民の健康を守るというポーズを示した一方で、それ以上には踏み込まなかった。  

中国政府には「人民の感情を傷つけた」というお得意のフレーズがあり、公的な制裁や規制ではないが、人民が自発的にやっていることなのだという形で、商品の不買運動が展開されることがしばしばある。今回はネット世論を取り締まるなどのブレーキは踏まなかったものの、焚きつけるアクセルも踏んではいない。  

続いて民間レベルだが、処理水に関してさらに注目が高まるような続報がなかったことはポイントだろう。東京の飲食店で「中国人へ 当店の食材は全て福島産です」と書かれた看板が掲げられたこと、橋本徹・元大阪府知事がネット番組でホタテ10個を食べることを中国人の入国条件にしようと発言したことなどは中国のSNSでも取りあげられていたが、炎上を加速させる材料とはならなかった。

中国ではホットなニュースが次から次へと代わり、大炎上した事件もまたたく間に忘れられていく。日本だって似たようなものだが、市民生活を一変させたコロナによる都市封鎖ですら、「そういえば大昔にそんなこともありましたな」的な反応で帰ってくることが多いのだ。  

筆者はこれを〝偉大なる忘却力〟と名付けている。人々の注目をひくニュースが次から次へと飛び交うアテンションエコノミー(関心経済)の時代だけに、何事もさくっと忘れられていくわけだが、世界一のスマホ大国である中国ではそのスピードが半端ない。  

また、中国共産党の鶴の一声でそれまでのルールががらりと変わってしまうお国柄、これも忘却力を高める要因になっているように思う。(中略)

中国社会は変化しつつある
そして、もう一つ、中国社会の成熟もあるのではないか。筆者は処理水の海洋放出を受けて、中国社会ではもっと強烈な反日ムードが広がると予測していた。

食の安全という中国人の琴線に触れやすいテーマ、海洋放出の方針が発表された2年前から中国からは強い反発のメッセージが発せられていたこと、米中対立において日本が米国陣営に強くコミットしていることから判断したものだ。  

想起していたのは2012年の尖閣諸島国有化に抗議する反日デモ、そして1999年の在ユーゴスラビア中国大使館の誤爆事件に抗議する反米デモだ。純粋に怒り愛国心をむき出しにしている人もいたが、怒る側に身を投じなければ売国奴として吊し上げられかねないとの警戒心から参加する人の方が多かった。  

それと比較すると、炎上の最中でも気にせず日系スーパーや日本料理店にでかける人が相当数いるというのは大きな変化のように思う。ネットの騒ぎで盛り上がって迷惑電話をかけて面白がる人もいれば、浮ついた社会の空気に我関せずといつもどおりの暮らしをしている人もいる。  

そうした層は上海市などの大都市、リテラシーの高い中産層以上に限られているのかもしれないが、中国経済の成長に伴い成熟した層が増えているのではないか。中国をひとくくりで語れない、その傾向が強まっていることは認識すべきだろう。  

また、付言しておきたいのは中国人が〝偉大なる忘却力〟を発揮して処理水のことを忘れたとしても、水産物全面禁輸という措置はそう簡単には撤回されないという点だ。狂牛病問題を受けての日本産牛肉の禁輸措置は2021年の解除まで18年間にわたって継続された。  

福島原発事故を受けての10都県(福島、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、新潟、長野)の食品、水産物の禁輸は12年が経った今も解除されていない。日本政府は中国以外の販路拡大や加工場整備などの支援策を表明しているが、短期での解除はないという前提での、しっかりとした取り組みが必要になる。【9月12日 WEDGE】
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世論もさほど盛り上がっていないし、中国政府としては振り上げた拳をどのように下すか思案しているところかもしれません。

日本側も、中国側のそのような状況を前提に取り組む必要があります。
ただし、上記記事最後にあるように、禁輸撤回といった自身の面子を潰すようなことはなかなかしないでしょうから、禁輸は相当期間続くかも。日本としてはその対応が必要です。

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チリ  軍事クーデターから50年 両極化で激しさを増す左右の分断

2023-09-12 22:55:59 | ラテンアメリカ

(軍事クーデター50年を前に行われたデモ行進に反対するグループと警察の衝突 このような衝突は、ピノチェト政権時代の犠牲者が埋葬されている墓地でも発生しました。チリ政府の発表によれば、警察は催涙弾と放水車によって衝突の沈静化を図りました。【9月11日 Pars Todayより】)

【ピノチェト将軍が実権を握った軍事クーデターから50年 民主主義の尊重などを訴えるデモ行進に妨害も】
11月10日、南米・チリではピノチェト将軍が実権を握った軍事クーデターから50年の節目にあたり、ボリッチ大統領も参加して民主主義の尊重などを訴えるデモ行進が行われました。

****チリ軍事クーデター50年を前にデモ行進 妨害グループと警察の衝突も****
南米チリでピノチェト将軍が実権を握った軍事クーデターから50年になるのを前に、民主主義の尊重などを訴えるデモ行進が行われ、これを妨害しようとするグループと警察との間で衝突が起きました。

1973年のピノチェト将軍らによる軍事クーデターから11日で50年。チリの首都サンティアゴでは10日、ピノチェト独裁政権時代の犠牲者を追悼し、真実の解明と正義、民主主義の尊重などを訴えるデモ行進が行われ、遺族らとともにボリッチ大統領も参加しました。

大統領府や墓地の周辺では、デモの妨害を図るグループが警備を担う警察に対して石や火炎瓶を投げ、警察が放水車や催涙弾で応戦しました。

AFP通信によりますと、ピノチェト独裁政権下では、死者や行方不明者が3200人を超え、およそ3万8000人が拷問を受けたといわれています。【9月11日 TBS NEWS DIG】
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【右と左の間で振れるチリ政治の振り子】
南米チリのここ数十年の政治を超簡単に振り返ると、左派と右派の間で振り子のように揺れてきたことがわかります。

特筆すべきは、1970年の大統領選挙により、人民連合のアジェンデ氏を首班とする社会主義政権が誕生したことです。アジェンデ政権は世界初の民主的選挙によって成立した社会主義政権でした。

しかし、急進的な施策は社会混乱も惹起し、軍部とも対立が激化。そうした混乱のなかで1973年、アメリカを後ろ盾とするピノチェト将軍が軍事クーデターによって権力を掌握することに。こうした中南米におけるアメリカの画策は広く見られるところで、中南米諸国の“反米”傾向を生むことにもなっています。

このクーデターのさなか、軍が包囲する状況で自ら自動小銃を手に抵抗したアジェンデ大統領は降伏を拒否して自殺。この壮絶なアジェンデ政権崩壊を描いた映画が「サンチャゴに雨が降る」 サンチャゴに・・・はラジオで繰り返し流された、クデーターの危機を政権支持者に知らせる暗号メッセージ。

ピノチェト独裁の軍事政権は反体制派と見なされた左派系市民に対し徹底した弾圧を行いました。
“後の政府公式発表によれば約3,000人、人権団体の調査によれば約3万人のチリ人が(軍内の「死の部隊」や秘密警察による)作戦によって殺害され、数十万人が各地に建設された強制収容所に送られた。国民の10分の1に当たる100万人が国外亡命し、失業率22%、さらには国民の4分の1のGNPが全くなくなる”といった惨状に。

この混乱のなかで失踪したアメリカ青年の事件をモデルにした映画がシシー・スペイセク主演の「ミッシング」

さしもの軍事政権も国民批判を受けて1990年に終焉。文民政権に移管されることになりました。
その後、チリ政権は左派政権が続いていましたが、2010年に民政移管後初の右派大統領が誕生。

2013年には左派、2018年には右派が勝利し、2021年に現在の左派ボリッチ大統領が誕生しています。

昨年9月、左派ボリッチ大統領はピノチェト軍事政権下で成立した憲法の改正に臨みましたが、その急進的内容への抵抗が大きく失敗しました。

****チリの「革新的」新憲法草案、国民投票で否決…女性の権利拡大や先住民の自治権認める内容****
南米チリで(2022年9月)4日、アウグスト・ピノチェト元大統領による軍事政権(1973〜90年)下で制定された現行憲法に代わる新憲法の草案の是非を問う国民投票が行われ、否決された。選挙管理委員会によると、開票率99・95%で賛成38・14%に対し、反対は61・86%に上った。

草案には教育、医療福祉を巡る国の義務や女性の権利拡大が明記された。人工妊娠中絶の権利や先住民の自治権を認める革新的な条文も盛り込まれていた。

チリでは2019年10月、地下鉄運賃の値上げ発表に端を発した国民の抗議デモが拡大した。新憲法制定はデモ隊が求め、20年10月に行われた制定の必要性を問う国民投票では約8割が賛成した。制憲議会が草案をまとめ、改めて国民投票が行われたが、左派色の強い制憲議会への不信感が国民全体に広がったとみられる。

結果を受け、ガブリエル・ボリッチ大統領は「大多数の国民の意見を反映した制憲プロセスに着手する」と述べた。1980年制定の現行憲法は教育や福祉で国の義務が明記されておらず、格差拡大の一因と指摘されていた。【2022年9月5日 読売】
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この左派ポピュリズムとも批判された憲法改正の失敗について、“欧米メディアは、かねてから、チリの新憲法案は、左派的で急進的に過ぎ独裁主義に道を開く可能性があり、承認されればチリの政治も経済も不安定化するとの警鐘を鳴らしていたが、最近にしては珍しく、欧米の論調と当該国の有権者の投票態度が一致した。”【9月30日 WEDGE】との評価も。

ただ、“ポピュリズムを否定したチリの市民的成熟を示すもの”というよりは、“中間派が右派と共に、急進的過ぎた憲法案を拒否しただけの現象であって、市民的成熟を示すものではなく、要するに中間派の票が右に行ったり、左に行ったりしているだけとも解釈できよう。”【同上】とも。

目下の状況は、振り子が「右」に振れているようにも。

経済低迷、治安悪化の状況で左派ボリッチ大統領の支持率は低下、今年5月に行われた新憲法の草案を作成する憲法審議会の議員を選ぶ選挙では右派が勝利しました。

****チリの憲法草案作成メンバー選挙、右派が圧勝 左派大統領に打撃****
南米チリで(5月)7日、新憲法の草案を作成する憲法審議会の議員50人を選ぶ選挙があり、右派勢力が圧勝した。

左派のボリッチ大統領にとっては新憲法の制定を主導できなくなり、大きな打撃だ。右派勢力は現行憲法に肯定的な立場のため、新憲法草案がどのような中身になるかは見通せなくなった。 チリでは選挙で選ばれた憲法審議会が新憲法の草案を作り、国民投票でその是非を問う。

選挙管理当局の発表(開票率99・98%)によると、2021年の大統領選でボリッチ氏に敗れた右派のカスト元下院議員率いる共和党が22議席、他の右派連合が11議席を獲得。左派連合は17議席だった。憲法審議会には先住民の代表者1人も加わる。

草案の条項の承認には審議会の5分の3の賛成が必要。このため左派主導での草案作成は難しくなった。新憲法草案の是非を問う国民投票は12月に実施される予定。

軍事独裁政権時代の1980年に制定された現行憲法は新自由主義を重視し、貿易や医療、年金分野などあらゆる市場が開放された。

チリは90年の民政移管後に安定成長を果たし、「南米の優等生」と称された。しかし、その裏では格差が広がり、19年には大規模な反政府デモが発生。デモ隊は格差の元凶に現行憲法があるとして新憲法の制定を要求した。翌20年の国民投票で新憲法を制定することが決まった。

ボリッチ氏は格差是正のために新憲法が必要だと訴えてきた。7日の選挙の結果を受け、敗北を認めたうえで「チリのことを最優先に考え、(新憲法草案づくりの)プロセスに取り組んでほしい」と右派勢力に呼び掛けた。一方、カスト氏は首都サンティアゴで演説し「失敗した政府を倒した」と述べた。

22年に新憲法案の是非を問う国民投票が実施された際は、左派系主導で作られた内容が急進的だと批判され、否決された。【5月9日 毎日】
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【「民政復帰以降で最も両極化が激しくなっている」】
右と左の間で振れる振り子が次第に真ん中あたりに収斂してくれば社会も落ち着くのでしょうが、往々にして政権への批判から反対側に過度に振れることも。

****軍事クーデターから50年迎えたチリ、政治的分断なお解消されず*****
ちょうど50年前の1973年9月11日、チリでは陸海空軍と警察がクーデターを起こしてサルバドル・アジェンデ大統領の左派政権を打倒し、世界に衝撃を与えた。その後20年にわたる軍政が始まり、多数の人々が弾圧によって殺害される事態に発展した。

クーデターの指導者アウグスト・ピノチェトは、1980年代にかけて大半の南米諸国で誕生した親米右派の独裁者の先駆け的な存在。チリに市場経済モデルを根付かせた半面、数多くの逮捕や拷問、失踪事件を起こした時代の指導者として特徴付けられている。

そして大統領宮殿では11日、クーデター発生時刻に合わせて軍政による犠牲者への黙とうをささげる行事が実施された。

ボリッチ大統領は「痛ましく、また間違いなくわが国の歴史の転機になった日をわれわれは追悼する。クーデターはその後に続いた出来事と不可分だ。クーデターの瞬間から人権が侵害されたのだ」と語った。

ただそれから半世紀を経た今も、チリでは左右両派の政治的分断は解消されていない。軍政の犠牲者と遺族らは、政治的公正や説明責任を求める声を強めているが、国内で犯罪増加への懸念が広がる中で、右派勢力は着々と地歩を伸ばしつつある。

軍事クーデターの記憶を新たにするための大がかりなイベントを提唱してきたボリッチ氏に対しては、一部の政治家や有権者が反発。最近の世論調査では、国民の60%が過去のクーデターに関心がないと答え、約4割はクーデターが起きたのは当時のアジェンデ政権に大半の責任があるとの見方を示した。

アジェンデ政権が試みた過激な改革が混乱を招いた面があるのは確かで、保守派からはピノチェト政権になってチリは中南米でも屈指の政治的安定性と経済的な成功、治安の良さを確保できたとの主張が聞かれる。

2019年には格差拡大に抗議する反政府デモが活発化し、ピノチェト政権下で制定された憲法を制定し直す取り組みが進められた。しかし昨年の国民投票ではこうした新憲法草案が反対多数で否決され、左派勢力にとって大きな痛手となった。

現在のチリについて専門家の1人は「民政復帰以降で最も両極化が激しくなっている」と指摘した。【9月12日 ロイター】
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モロッコ地震  旧宗主国フランスからの支援を受入れを渋るモロッコ 微妙な仏・モロッコ・アルジェ

2023-09-11 23:19:33 | 北アフリカ

(地震の後、がれきの中を歩いて避難する住民ら=モロッコ・マラケシュ郊外で2023年9月9日【9月10日 毎日】)

【「過去120年あまりで最大規模」 死者2100人超 更に増加する恐れ】
北アフリカ・モロッコ中部で8日深夜(日本時間9日朝)に発生したマグニチュード(M)6.8の地震で、内務省は9日深夜、死者が2012人、負傷者が2059人に上ったと発表しいています。しかし、被害の全容は分かっておらず、犠牲者は今後さらに増える可能性があります。

****死者2100人超に=「この世の終わり」「助けて」―山間部で救助難航か・モロッコ地震****
北アフリカのモロッコ中部で8日に起きた強い地震で、被災地では10日も懸命の救助活動が続いた。AFP通信によると、これまでに少なくとも2122人が死亡、2400人以上が負傷した。犠牲者はさらに増える恐れがある。被災者らは「われわれには助けが必要だ」と支援を求めた。

震源とみられる中部アルハウズ県などで住宅を含む建物が倒壊し、多数の死者が出ている。被害の大きい地域は山間部で、現地に入るルートの確保は容易ではない。救助活動は難航しているもようだ。モロッコ王室は9日、3日間の服喪を宣言した。

震源に近い町の男性はフランスのテレビに「石が落ちてきて、人の叫び声が聞こえた。何が起きたか分からなかった。この世の終わりだと思った」と地震の様子を語った。別の男性は「食べ物も飲み物も、住むところもない。誰も助けに来ない」と悲痛な表情を浮かべた。

中部の観光都市マラケシュでは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されている旧市街で建物に被害が出た。世界保健機関(WHO)の東地中海地域事務局は、X(旧ツイッター)に「マラケシュとその周辺で30万人以上に影響が出ている」と投稿した。

マラケシュや周辺地域では、地震に遭遇した外国人観光客らが住民と共に逃げ惑った。大勢の人々は余震や建物の倒壊を恐れ、夜間も路上で過ごした。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の専門家は9日の声明で「人命救助は今後24〜48時間が極めて重要だ」と強調。救援活動は数カ月に及ぶとの見通しを示した。

米地質調査所(USGS)などによれば、震源はマラケシュから南西に約72キロ離れたアトラス山脈の山中。日本政府関係者によれば、邦人の被害情報は入っていない。

モロッコでは1960年の西部アガディール地震で1万2000人超が死亡した。今回はそれ以来の規模の被害になるとみられている。【9月11日 時事】 
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モロッコは、「世界最大の迷路」とも呼ばれるフェズの旧市街、「青の街」として有名なシャウエン、「南方の真珠」とも評され、屋台・大道芸などで活気あふれるマラケシュ旧市街、更にはサハラ砂漠観光等々、観光的には見どころが多い国で、日本でもおそらくアフリカではエジプトに次いでツアー観光客が多い国ではないでしょうか。

ですから常時一定数の日本人観光客も滞在していると思われますが、新婚旅行中のマラケシュのホテルで地震に遭遇し怖い体験をされた方などはいらっしゃるようですが、今回地震で被害にあわれた日本人は今のところは報告されていないようです。

地震の被害がおおきくなった理由は、「過去120年あまりで最大規模」(アメリカ地質調査所)という地震そのものの規模に加えて、深夜という時間帯、更に、建物の多くが耐震性を考慮していないものだったことなどがあげられます。

【難航する救助・支援活動 期待される国際支援】
いずれにしても、時間との勝負の救助活動ですが、途上国モロッコに大きな力があるとは残念ながら思えません。
しかも交通も寸断されている山間部の被害が大きいということで救助活動は難航しています。

支援にあっても、寝泊まりの場所・食料・水・電気など、すべてが不足していることが想像できます。

****モロッコ地震、食料や水などの確保に苦戦 各国が相次ぎ支援へ****
マグニチュード(M)6.8の地震発生から3日目を迎えた10日のモロッコの被災地域では、食料や水、避難場所をなかなか確保できない状況に置かれている。

震源地を含めて被害が大きかった場所の多くが山間部に位置し、たどり着くのに苦労するため救助活動も難航。国営テレビによると、これまでに死者は2122人、負傷者は2421人に達した。行方不明者の捜索は続いており、既に1960年以降に同国で起きた地震として最大となった死者数はさらに増える公算が大きいとみられる。

中部の都市マラケシュから南に40キロ離れたムーレイ・ブラヒム村では、被災した男性(36)が「われわれは何もかも、家も全て失った」と語り、まだ政府からほとんど支援が受けられないので水や食料、電力が不足していると訴えた。

こうした中でモロッコ政府は10日、被災者支援に充当する緊急予算を計上。救助チームの強化や水と食料、テント、毛布の配布に動きつつある。【9月11日 ロイター】
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こうした状況でスペインなどから救助隊も入って活動しています。

****モロッコ地震 死者2000人超 各国が救助隊を派遣****
これまで2000人以上が犠牲となるなど、甚大な被害が出ているモロッコで発生した地震で、各国が救助活動の支援に入りました。(中略)

救助活動が続くなか、スペインは軍の救助隊を派遣したほか、フランスやカタールなど各国が支援に入っています。

日本時間12日朝に生存率が急激に下がるとされる発生から72時間を迎えるため、迅速な活動が期待されています。【9月11日 テレ朝news】
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スペインはジブラルタル海峡をはさんで対岸。歴史的には19世紀からモロッコを侵略し、20世紀初頭にはジブラルタル海峡に近い北部リーフ地域はスペインの植民地となりました。

独立後の今でも、セウタとメリリャはスペインの飛び地となっています。

そうした地理的近さ、歴史的つながりもあってのスペイン救助隊の活動でしょう。

【歴史的経緯に加え今日的課題もあって、フランスからの支援受け入れに消極的なモロッコ】
一方、1912年フェズ条約で北部リーフ地域以外のモロッコ大部分を植民地としたのがフランス。
なお、フランス・スペイン以外にも、「列強」のドイツやイギリスもモロッコを狙っていました。 

映画「外人部隊」や「モロッコ」もこの植民地時代のモロッコが舞台。 「カサブランカ」は第2次大戦中のモロッコが舞台。
こうした映画で独特の印象があるモロッコですが、フランスにとっては良くも悪くも深い絆が。

そういう旧宗主国の立場として、フランスは国際救助・支援活動の中心にあってしかるべきところ。
実際、上記記事によれば一部支援はフランスからも入っているようですし、本格的支援活動についても、マクロン大統領は「準備は出来ている、あとはモロッコ側の判断次第」といった趣旨の発言をしています。

しかし今朝のTV報道によれば、モロッコ側はフランスからの支援受入れに消極的のようです。

****モロッコ・人道支援受け入れ・政治的駆け引き****
米国、中東諸国、ヨーロッパなど世界中の国が様々な支援を提案しているが、フランスを含む複数の国に対してモロッコ側が受け入れを渋っている。 マクロン大統領はムハンマド国王6世に文書を送っている。【9月11日 JCCテレビすべて】
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フランスとモロッコの間には、植民地時代からの「因縁」があるようです。昨年のサッカーWカップでも「因縁の対決」が話題になりました。

****歴史が生んだ因縁対決=フランスとモロッコ―W杯サッカー****
14日の準決勝で激突するフランスとモロッコには、歴史的な因縁がある。

フランスはモロッコの旧宗主国で、国内には多くのモロッコ系住民が暮らす。前回王者にダークホースが挑む構図となり、互いの意地がぶつかり合う熱戦になりそうだ。

フランスは1907年からモロッコに軍事侵攻を始め、12年に植民地化。モロッコはナショナリズム高揚などを背景に、激しい闘争を経て56年に独立を果たした。地理的な要因もあり、同国は今大会で破ったスペイン、ポルトガルに支配されていた歴史も併せ持つ。

今大会の準々決勝でフランスとモロッコがいずれも勝利した10日夜にはパリのシャンゼリゼ通りに約2万人が集まり、一部が暴徒化。当初は両チームのサポーターが平和的に喜びを分かち合っていたものの、警官隊に爆竹を投げ付けるなどし、70人以上が身柄を拘束される事態に発展した。

準決勝の日にはさらなる人出が予想され、再び混乱が起きる可能性もある。(後略)【2022年12月13日 時事】
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このあたりは日本と韓国の関係などを考えれば、ある程度想像できるところですが、同じフランス植民地だったアルジェリア・フランス関係に比べたら、モロッコ・フランス関係は悪くなかったとも。

両国の間には、植民地支配をめぐる歴史的経緯以外にも、フランスがモロッコなど北アフリカからの移民を制限していること、マクロン大統領の電話盗聴事件にモロッコが関与しているとされていること、更に西サハラ分離独立をめぐってモロッコと対立関係にある隣国アルジェリアとフランスの関係が改善されていることなど、今日的対立要因もあります。

なお、前出サッカーWカップ「因縁の対決」(勝負はフランスの勝利)直後に、フランスはモロッコに対するビザ発給制限撤廃を発表し、両国関係の緊張緩和を図っています。

****フランス、モロッコに対するビザ発給制限撤廃を発表****
フランスのカトリーヌ・コロナ外相は金曜日、モロッコ人に対するビザ発給制限を撤廃することを発表した。1年以上緊張状態が続いた両国の関係が改善の兆しを見せている。

コロナ外相は金曜日、モロッコの首都ラバトでモロッコのナセル・ブリタ外相と会談した後、「我々はパートナーとしてのモロッコとの間に領事関係を再確立するための措置をとった」と述べた。

フランスでは不法移民への対策を求める世論の圧力を受けて、昨年、アルジェリア、モロッコ、チュニジア国民へのビザ発給を制限することを発表した。フランス国内の不法滞在者の強制送還をこれらの国が拒否していることが理由とされている。

フランスに対しモロッコから見返りがあったかについては、直ちには明らかにされなかった。ブリタ外相は、フランスの制限撤廃は制限導入と同様に一方的な決定だったとしている。

フランスはモロッコに対し、同じ旧植民地であり東隣のアルジェリアよりも全般的に良好な関係を保ってきた。

しかし、2021年夏に、モロッコがスパイウェア「ペガサス」によりエマニュエル・マクロン大統領の携帯電話などを監視していた疑惑が報じられると、両国の関係は悪化した。モロッコはこの疑惑を否定し、「ペガサス」の保有についても否認している。

ビザ発給制限の撤廃は、サッカーワールドカップカタール大会準決勝でフランス対モロッコ戦が行われた2日後に発表された。(後略)【2022年12月17日 ARAB NEWS】
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【アルジェリアとの関係改善を図るマクロン仏大統領】
マクロン大統領は昨年8月にアルジェリアを訪問して、アルジェリア独立戦争の過去の清算に加えて資源確保のために関係改善を図っていますが、このことはアルジェリアと対立するモロッコにすれば「不快」な動きともなっています。

もともとフランスとアルジェリアの間には、植民地支配・独立戦争という「負の遺産」があります。
マクロン大領は過去の清算を行いたいようですが、アルジェリア指導部の抵抗で清算が進まない事態に苛立ちも。

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アルジェリアにおけるフランスの植民地支配の負の遺産から脱却したいというマクロン大統領の長年の願望と、彼が持つアルジェリア当局がそうした負の遺産に固執しているという印象と不満は、昨年大きな問題を引き起こし、今回の訪問にも影を落とすかもしれない。

選挙運動中にマクロン大統領は、アルジェリアの国民性はフランスの支配下で鍛えられたものであり、同国の指導者はフランスへの憎しみに基づいて独立闘争の歴史を書き換えてしまったと示唆したのだ。

その結果、アルジェリアはフランス大使を召還して協議し、領空をフランス機に対して閉鎖する事態となった。このため、サヘル地域(サハラ砂漠南縁部)でのフランスの軍事作戦の輸送ルートも複雑化した。【2022年8月25日 ARABNEWS】
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こうした状況を変えるべくなされたのが、昨年8月のマクロン大統領のアルジェリア訪問でした。

****フランス、アルジェリアと関係改善探る 中ロの接近警戒****
フランスのマクロン大統領は(2022年8月)27日、アルジェリアのテブン大統領とエネルギー分野の連携強化などを盛り込んだ共同声明に署名した。

中国、ロシアのアルジェリアへの接近を警戒し、旧宗主国として関係改善を模索する。天然ガス産出国のアルジェリアに欧州への供給増を働きかける狙いもある。

マクロン氏は25~27日にアルジェリアを訪問した。共同声明は「両国は新たな関係を始める」と明記し、天然ガスや水素分野などでの協力強化を宣言した。アルジェリアがフランスから独立した独立戦争(1954~62年)を巡り、歴史検証委員会を共同で立ち上げることでも合意した。

訪問の背景には、中ロのアルジェリア接近への危機感がある。中国は5月、アルジェリアと事業費4億9千万ドル(約670億円)の石油開発で合意した。

タス通信によると、ロシアとアルジェリアは11月「砂漠の盾2022」と名付けたテロ対策の軍事訓練を初めて共同で実施する予定だ。

米欧が主導する国際秩序に対抗するため、中ロはアフリカ大陸との関係強化を目指している。

一方の(アルジェリア大統領)テブン氏は7月末、メディアのインタビューに「(中ロなどでつくる)BRICSに興味を持っている。経済的にも政治的にも力を持っている」として参加に関心を示した。BRICSはウクライナ侵攻で孤立を深めるロシアが重視している。

仏・アルジェリア関係は独立戦争などを巡る長年のしこりがある。フランスが独立運動を激しく弾圧したことや、仏軍側に立って戦ったアルジェリア人「アルキ」を見捨てた過去があることが今も不信感につながっているためだ。

マクロン氏が2021年「フランスが植民地化する前にアルジェリアという国はあったのだろうか」「アルジェリアのシステムは疲弊している」などと発言したことも、関係悪化に拍車をかけた。

マクロン氏は今回の共同声明を関係修復に向けた一歩と位置付け、中ロとの接近を食い止めたい考えだ。アルジェリアでは広くフランス語が通じ、多くのアルジェリア移民がフランスに渡っている。経済面の協力をもとに関係改善を進めやすいとみている。

アルジェリア産天然ガスの欧州への供給増を求める狙いもある。ウクライナ危機に絡んでロシアが欧州連合(EU)への供給量を絞っており、欧州各国は代替の調達国を探す必要がある。

アルジェリアは主要天然ガスの主要産出国だ。EU統計局によると、20年にEUが輸入した天然ガスはロシア産(43%)、ノルウェー産(21%)に続きアルジェリア産が8%を占めた。パイプラインで供給を受けるイタリアやスペインの依存度が高いほか、フランスも自国の天然ガス需要の8~9%が液化天然ガス(LNG)で調達するアルジェリア産だ。

マクロン氏は26日、「EUが天然ガス調達国を多角化するのに貢献してくれている」と語った。アルジェリアがイタリアへのガス供給拡大を決めたことに謝意を示した。今回のアルジェリア訪問には仏エネルギー大手エンジーのカトリーヌ・マクレガー最高経営責任者(CEO)が同行しており、フランスへの供給についても働きかけがあった可能性がある。【2022年8月28日 日経】
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