孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

スーダン  世界が忘れた戦闘 580万人以上が住む家追われる 戦闘が収束しても残る傭兵問題

2023-11-10 23:25:46 | アフリカ

(スーダン軍とRSFの紛争により、特にダルフールでは、RSFと連携するアラブ民兵によって多くの地域が焼き払われている。【11月5日 ARABNEWS】  かつてのダルフール紛争時の民族浄化の悪夢が蘇ります)

【「スーダンのことは世界的に忘れられている」】
詳細に報道されているパレスチナ・ウクライナ以外にも、日本ではほとんど報じられることのないまま続く紛争も多々あります。

まったく報じられないのでは知り様もありませんが(そういう紛争が多いのでしょうが)、かろうじてときおり報じられるのがスーダンの内戦。

スーダンでは、今年4月15日、国軍と準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)の統合問題を背景に、軍が主導する統治評議会議長のトップ、ブルハン国軍最高司令官と、同副議長でRSF司令官のダガロ氏の権力闘争としての武力衝突が発生して、今もなお続いています。

****スーダン 武力衝突から半年も首都中心に戦闘続く 人道危機懸念****
アフリカのスーダンで軍と準軍事組織が武力衝突を始めてから(10月)15日で半年となります。いまも首都ハルツームを中心に散発的な戦闘が続いていて、和平への道筋が見えない中、580万人以上が国内外での避難生活を余儀なくされ、さらなる人道危機が懸念されています。

スーダンではことし4月以降、軍と準軍事組織、RSF=即応支援部隊の間で武力衝突が続いていて、15日で衝突が始まってから半年となります。

国連によりますと、これまでに少なくとも1200人以上が死亡したほか580万人以上が国内外での避難生活を余儀なくされています。

地元メディアなどによりますと、戦闘が続く地域では食料や医療物資が不足しているうえ、衛生状況が悪化したことによってコレラやデング熱といった伝染病の感染が広がっているということです。

また、武力衝突によって、日本人を含め多くの外国人が退避を迫られ、国際社会による支援活動にも支障が出ていて、さらなる人道危機が懸念されています。

エジプトやサウジアラビアなどスーダンの周辺国は、軍とRSF双方に停戦や和平交渉を呼びかけていますが、双方は戦闘を続ける姿勢を崩しておらず、和平への道筋は見えない状況が続いています。

国連難民高等弁務官事務所“580万人以上が住む家追われる”
UNHCR=国連難民高等弁務官事務所によりますと、スーダンでは、紛争が起きてからの半年間で、あわせて580万人以上が住む家を追われ、国内避難民となったり、国外に逃れたりしているということです。

このうちおよそ30万人が避難してきた南スーダンでは、多くの人が雨期でぬかるんだ地面に木の枝とシートを組み合わせただけのテントを建てて暮らしていて、水たまりや泥の上にベッドを置いて眠る状況が続いているということです。

また、WFP=世界食糧計画によりますと、食料不足も深刻となっていて、子どもの5人に1人が栄養不足に陥り、ほとんどの家庭が食事を全くとらずに数日間を過ごすことがあるということです。

現地にいるWFPの緊急支援の担当者は「紛争が続く中で国境を越えてくる人々の状況は悪化の一途をたどっている。母親の手の中で眠る子どもたちが翌朝も生きているか分からないという痛ましい事態に直面している」と述べ、危機感を示しています

病院で働く日本人「スーダンのこと 世界的に忘れられている」
武力衝突から半年となるスーダンの首都ハルツームの病院で働いている国際NGOの日本人職員が、現地での過酷な医療現場の実態を明かしました。

一時滞在中のフランス・パリで今月5日に取材に応じたのは、「国境なき医師団」の職員としてハルツームの総合病院で現場の取りまとめを務める末藤千翔さんです。

末藤さんが勤務する病院は24時間体制で緊急医療を提供している数少ない総合病院ですが、衝突以降、市内が電力不足に陥ったことで発電機を稼働させて医療活動を続けているということです。

ただ、発電機を動かす燃料も不足していることから、外来や緊急手術にも24時間対応することができなくなっているということです。

また、電力不足の影響で、入院患者の病室では扇風機が使えないことから、蚊を媒介とするマラリアなどの感染のおそれがある中でも患者が子どもを連れて屋外で寝ているということで「最も弱い立場ある患者が病院で厳しい状況に置かれていることは非常に心苦しい状況だ」と話していました。

さらに、ハルツームでは子どもなどの栄養不足も深刻で「栄養失調の子どもは免疫力が落ち、病気になりやすく、さらに病気になると食べ物も食べられずに衰弱する負のスパイラルになっている」と懸念を示していました。

そのうえで「スーダンのことは世界的に忘れられている。いまも首都では戦闘行為が続いていて、多くの人が生活を奪われていることを知って、日本や世界から何ができるか考えてほしい」と話していました。

教育支援活動行うNGO職員「求められているのは停戦」
スーダン南部で教育支援活動を行う日本のNGOの職員は子どもたちの多くはいまも教育を受けられず、受け入れにも限界があるとして厳しい教育環境について語りました。

NGO、JVC=日本国際ボランティアセンターのスーダン事務所の現地代表の今中航さんはNHKのオンラインインタビューに応じました。

今中さんは、スーダン南部の南コルドファン州で子どもたちが正規の学校で学ぶための補習校で教育支援にあたってきましたが、4月の武力衝突を受けた情勢の悪化に伴い、5月に日本に帰国しました。

その後補習校の授業再開に向けて、7月末にスーダンに戻り、現在は北東部のポートスーダンを拠点にしています。

補習校は先月9月中旬に再開できたものの、現地の学校は閉鎖されたままで、教育を受けられなくなった子どもたちやその家族から参加の希望があり、可能な範囲で受け入れているということです。

今中さんは「子どもたちは楽しそうにしてくれていますが、予算やスタッフにも限りがあり受け入れには限界があります。最近は付近の情勢も落ち着かず、子どもやスタッフが心配です」と話していました。

さらに、現地では現在も電力が途絶えた状態で、教育面も含め厳しい環境が続いているということです。

今中さんは「一番求められているのは、停戦です」と述べた上で「スーダンの一般の人たちは誰も戦闘を望んでいません。私たちと変わらない人々が巻き添えになり続けていることを知ってもらいたいです」と訴えていました。【10月15日 NHK】
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欧米からも、日本からも遠いアフリカ奥地の出来事、石油のように特に世界が困るような資源も関係していない、国際的な地政学上も大きな影響がない・・・ということに加え、“これまでに少なくとも1200人以上が死亡”ということで、発生ひと月余りで死者が10倍の12000人を超えているパレスチナ・イスラエル、様々な兵器の見本市・実験場の様相も呈しているウクライナに比べると、スーダンの紛争は低温度でくすぶり続けている状況で、そのあたりが「スーダンのことは世界的に忘れられている」原因・背景でしょうか。

もっとも、死者数などの実態はよくわかりません。
下記報道によれば“米NGO「武力紛争地域事件データプロジェクト」は、4月の衝突開始以降の死者は少なく見積もって1万人以上としている。”とあるように、はるかに大きな犠牲者が発生しているとの見方もあります。
アフリカの奥地でどれだけの犠牲者がでようが、欧米・日本のメディアはあまり大きな関心を払わない・・・あるいは、知ろうとしても情報がない・・・というのが現実です。

“民間人がこの危機の矢面に立たされており、その多くが銃撃戦に巻き込まれ、民族差別の標的にされ、強奪され、レイプされ、食糧不足や医療支援へのアクセス不足の結果、死亡している。双方が相手側の虐待や人道的アクセスの妨害を非難している”【11月5日 ARAB NEWS】

いずれにしても、580万人以上が国内外での避難生活を余儀なくされているなど、住民の生命・生活を著しく脅かして要る点ではパレスチナやウクライナと変わりありません。

【ハルツーム 路上に遺体が散乱】
現在も、首都ハルツームでは路上に戦闘後の遺体が散乱している状況とも。

****紛争激化のスーダン、首都路上に遺体散乱****
スーダンでは、国連がダルフール地方での正規軍と準軍事組織の戦闘の激化に警鐘を鳴らす中、首都ハルツームの一部地区の路上に遺体が散乱している。
 
ハルツームのナイル川対岸に位置するオムドゥルマン在住の女性は9日、AFPの電話取材に応え、「きのう戦闘があり、軍服を着た遺体が中心部の路上に転がっている」と話した。
この証言は、他の目撃者の証言でも確認されている。

別の目撃者は、域内に唯一開院していたオムドゥルマン北部のナウ病院に砲弾が当たり、勤務していた女性が死亡したと話した。

スーダンでは4月、軍が主導する統治評議会議長のトップ、アブドルファタハ・ブルハン国軍最高司令官と、同副議長で準軍事組織「即応支援部隊」司令官のムハンマド・ハムダン・ダガロ氏が衝突。
ハルツームとその周辺、広大な西部ダルフール地方で激しい戦闘が続いている。

RSFは一つの主要都市を除いてダルフール地方全域を掌握している。

現地では通信が切断されており、RSFの前進により民族的理由に基づく大量殺人が発生する懸念が高まっている。

米NGO「武力紛争地域事件データプロジェクト」は、4月の衝突開始以降の死者は少なく見積もって1万人以上としている。 【11月10日 AFP】
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【ダルフール 戦闘再び激化】
首都ハルツーム周辺と並んで紛争の主戦場となっているのが西部のダルフール。

ダルフールは、“ダルフール地方は、2003年に始まった紛争で荒廃した。独裁体制を敷いていたオマル・バシル大統領(当時)に少数民族の反政府勢力が蜂起し、政府がアラブ系民兵組織「ジャンジャウィード」を利用して反撃。数十万人が死亡、200万人以上が自宅を追われた。”という“世界最悪の人道危機”とも呼ばれた悲劇を経験した地域です。
(“数十万人”というアバウトな数ですまされるのが国際社会の関心の薄さと、アフリカにおける情報把握の難しさを示しています。)

しかも、現在戦闘を行っている準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)は上記アラブ系民兵組織「ジャンジャウィード」を前身とする組織です。
最近の戦闘は再び激しさを増しているようです。かつての“民族浄化”の悪夢が蘇ります。

下記は隣国チャドで難民支援活動を行う「国境なき医師団」からのアピールです。

****スーダン:西ダルフールで戦闘再燃 約7000人が隣国チャドに避難****
[国境なき医師団]
スーダン・西ダルフール州の州都ジェネイナで、戦闘と民間人に対する大規模な暴力が再燃し、11月1日から3日にかけて、女性と子どもが大半を占める約7000人が隣国チャド東部のアドレに避難を余儀なくされた。

国境なき医師団(MSF)は、その後2日間で36人の負傷者を治療、アドレでのスーダン難民、チャド人双方への人道援助即時拡大の必要性を訴えている。

襲撃の危険の中チャドへ
MSFのプロジェクト・コーディネーターであるアルカッスーム・アブドゥラハマネは「ジェネイナは今年6月にも、悪夢のような暴力の激化に見舞われ、住民の多くは襲撃される危険の中でチャドへの避難を余儀なくされました。その後、街の状況は比較的穏やかになり、他の地域からの避難民を受け入れていましたが、現在、戦闘と恐怖に再び支配されています」と話す。

アドレでMSFのアウトリーチ・コーディネーターを務めるシュテファニー・ホフマンは、「スーダン難民の新規入国者数は、11月に入ってからの3日間で、10月の総数を上回りました。家が壊され、何も持たずにスーダンを離れなければならなかった母子を目の当たりにしたこともあります」と話す。

心身ともに傷を負う人びと
MSFはアドレの国境にある簡易診療所で、子どもにはしかの予防接種や、栄養失調のスクリーニングを行い、専門医療が必要な小児急患はMSFが運営するアドレ病院に搬送し、チャド保健省のスタッフとともに治療に当たっている。

4人の子どもを連れて国境を越えた33歳の女性、アムネさんは「昨晩、妹の家が爆撃されました。隣にあった私たちの家にも燃え移ったので、家族で外に飛び出しました。持ち出せたのはこのドレスだけ。妹の消息は分かっていません」と話した。

アドレ病院には、ジェネイナから逃れた27歳の男性が、手足に複数の銃弾を受けた状態で到着した。道路で襲われた16人のグループの中で唯一の生存者だと話す彼は、死んだふりをして生き延び、別の難民のグループの助けを借りて国境を越えた。

難民となった人の中には、家族の消息を知るため国境から数百メートル離れた場所でスーダンからの新規到着者を待っている人もいるが、そこで初めて家族や友人が亡くなったと知らされる人も多い。MSFは現在、過酷な移動を強いられた難民への心のケアや、飲料用の貯水タンクの設置に当たっている。

紛争から逃れ、再び人道危機の中へ
4月にスーダンで紛争が起きて以降、何百万人もの人びとが住まいを追われた。その多くは避難民としてスーダンにいるが、推定110万人が国境を越えて近隣諸国に避難。その大半は、これまでいくつもの人道危機に直面してきたチャドにいる。【11月10日 時事】
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【現在の戦闘が収まっても国内に取り残される傭兵の問題】
武器のレベルで国軍と差がある準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)がこれほど長期にわたって戦闘を継続できているのは、武器支援する外国勢力が存在するからでしょう。RSF指導者はUAEとロシアを含む外国勢力とつながりがあるとされています。

兵士の面で言えば、チャド、中央アフリカ共和国、リビアからスーダン紛争に参加する戦闘員が流入しているとのことで、RSFはこうした戦闘員を利用しているようです。

****紛争に苦しむスーダンは、サヘル地域からいかにして戦闘員を引き寄せているのか****
(中略)専門家によれば、スーダンにはアフリカのサヘル地域(北はサハラ砂漠、南はサバンナと熱帯雨林に挟まれた地帯で、西はマリから東はスーダンに至るアフリカ12カ国にまたがる)全域から戦闘員が引き寄せられているという。

このような若者の流入は、その多くが他の紛争や自国での生活基盤の喪失によって自暴自棄に追い込まれた結果であり、アフリカ大陸、中東、そしてそれ以外の地域の安全保障の力学に重大な影響を及ぼす可能性がある。

「これらの勢力は大義のためではなく、単に給料のために戦っている。つまり、彼らは民間人の生命や財産を考慮していないということだ」とワシントンに本拠を置く戦略国際問題研究所アフリカプログラム上級研究員のキャメロン・ハドソン氏はアラブニュースに語った。

約1億3500万人が住むサヘル地域は、ステップ気候で、季節的な降雨と干ばつに見舞われやすいという特徴がある。鉱物資源は豊富だが、指導者の欠如、汚職、地政学的要因などから、極度の貧困に悩まされている。

マリ、ブルキナ・ファソ、そして最近ではニジェールで軍事クーデターが相次ぎ、ダーイシュやアルカイダと関係のあるイスラム過激派組織による長期にわたる反乱と相まって、さらなる不安定化を招いている。

地域経済が、急成長する若者の人口に対する雇用を創出できる状況にないため、サヘル地域は、地域に蔓延する暴力、小火器の拡散、暴力的な過激主義はいうまでもなく、数多くの紛争に対応するために、意思のあるなしにかかわらず、ますます新兵の供給源となっている。

事例証拠によれば、チャド、中央アフリカ共和国、リビア、スーダンのダルフール地域から多くの戦闘員がRSFの隊列に加わるために、荒廃したスーダンの首都ハルツームに集結している。(後略)【11月5日 ARABNEWS】
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国軍とRSFの戦闘が停止すれば問題が収まるかと言えば、そういうことでもないようです。

“現在、戦闘員の流れは西から東へとスーダンの都市中心部に向かって移動しているが、RSFの軍事活動がスーダン中部で停滞すれば、この流れは変わる可能性がある。起こりうるシナリオのひとつは、戦闘員が各々の村に戻り、部族間の紛争や過激化が進むことだ。

「スーダンは、何千人もの失業した傭兵が国内に取り残され、自分たちの生活を維持するために住民を食い物にするという見通しに直面することになる」「このような軍閥主義への回帰は、スーダンの周辺地域を今後何年にもわたって紛争に巻き込む可能性がある」とハドソン氏は言う。”【同上】

パレスチナでの戦争は、こうしたスーダンの危機的状況への国際的関心を低下させるという問題も惹起しています。

“ガザでの戦争とそれに付随する人道危機が国際的な関心を集めている限り、スーダンの交戦勢力への資金、武器、戦闘員の流れを止めようというアピールは聞き入れられず、将来的に深刻な結果を招く可能性がある。”【同上】
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AI安全サミット開催  米・欧・中の主導権争いも表面化 国連ではAI使用自律型兵器のルールづくりへ

2023-11-09 23:38:00 | IT AI

(AI安全サミットで対談するスナク英首相(左)とイーロン・マスク氏(右)【11月8日 ロイター】)

【AI安全サミット 主催国の英、「AI大国の中国抜きに真剣な議論はできない」と中国も招く】
生成AIの開発で一気に加速した感があるAI(人工知能)が身近に存在する世界。

AIが今後の世界を大きく変えていくであろうこと、ただ、ある面では人間の能力を超えた存在にもなるAIに対し人間はどのように向き合っていけばいいのかというこれまで経験したことのない事態に世界は直面していること、そうした事態に大きな不安・懸念・困惑が存在すること・・・多くの者が感じているところです。

とかく技術開発が先行しがちなこの問題に、国家主導であるべきルールを設定する必要があるという認識で、今月1日~2日、AIのリスク管理に関する世界初の「AI安全サミット」がロンドンで開催されました。

会議には欧米・日本だけでなく、「AI大国の中国抜きに真剣な議論はできない」との主催国イギリスの意向を受けて中国も参加。また、オープンAICEOやイーロン・マスク氏らの民間からの参加者も。

****AI安全へ国際連携宣言 英で初のサミット、日米中含む28カ国参加*****
人工知能(AI)の安全管理やリスクへの対応策を協議する世界初の「AI安全サミット」が1日、英ロンドン郊外のブレッチリー・パークで2日間の日程で始まった

。英政府が主催し、初日は日米英や中国など参加28カ国がAIの安全確保に向けた国際連携をうたった「ブレッチリー宣言」を発表した。

英政府によると宣言は、AIのリスクや将来性に関する理解と責任の共有に向けて各国が協調的に取り組むための指針となる。AIが生物テロやサイバー攻撃に悪用されたり、自律型のAIが制御不能に陥ったりすることなどの危険性を念頭に、AI開発に携わる全当事者に「透明性と説明責任の確保」を促した。

サミットにはスナク英首相の招待に応じてハリス米副大統領、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長ら首脳・閣僚級やAI開発企業の代表ら計百人以上が出席。日本からは岸田文雄首相が2日の会合にオンライン参加し、現地会合には小森卓郎総務政務官が出席する。

中国からは呉朝暉(ごちょうき)科学技術省次官が出席し、「AIの安全に関し各国と対話を強化したい」と述べた。
英政府は「AI大国の中国抜きに真剣な議論はできない」との立場をとるが、日米などは中国が知的財産の窃取や偽情報の拡散でAIを悪用することへの懸念を強めている。

対話型AI「チャットGPT」を開発した米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)や、短文投稿サイトX(旧ツイッター)オーナーのイーロン・マスク氏らも出席者リストに名を連ねた。

2日目の日程終了後、英国が議論の成果を踏まえた議長総括を発表する。

ブレッチリー・パークは、第二次世界大戦中に英国の暗号解読の拠点施設となり、解読不能とされたナチス・ドイツのエニグマ暗号の解読で重要な貢献を果たした。【11月1日 産経】
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****AIサミットが閉幕 国家主導による新型AIの事前検証・評価で合意安全管理への連携強化うたう****
英ロンドン郊外で開かれた人工知能(AI)のリスク管理に関する世界初の「AI安全サミット」は2日、主催の英政府が最先端AIの安全な開発に向けた討議の成果をまとめた議長総括を発表して閉幕した。

最終日は日米英など同志国の首脳・閣僚級や国際機関、AI開発企業の代表らが会合を開き、企業が次世代AIモデルを公開するに際し、事前に国家主導の検証・評価を受けるようにすることで合意した。

AIのリスクと可能性に関する国際的な理解の共有に向け、複数の専門家らによる報告書を作成することも確認した。

スナク英首相は閉幕後の記者会見で国家主導の新型AIの検証・評価に関し「従来は開発企業自身がAIの安全性を検証していたところに問題があった」と指摘し、今回の合意は「画期的だ」と自賛した。

AI開発で国家の関与を打ち出したのは、インターネットの発展を企業の自由に任せたことが悪用などの弊害を招き、政府や国際機関の対応が後手に回ったことへの反省がある。

検証・評価では、英米では両国がそれぞれ設置を決めた「AI安全研究所」が担当する。一方、報告書はAI研究の世界的権威であるカナダのヨシュア・ベンジオ氏が作成を主導し、半年後に韓国で開かれる次回サミットまでの完成を目指すとしている。

スナク氏はサミットに中国を招いて国内外の一部で反発を受けたことについて、中国の参加は「英国が(AI関連の主要な)関係者を結集する能力があることを示すものだ」と主張し、中国の参加は「長期的にみて正しい判断だ」と強調した。一方で中国は2日目の同志国による討議には参加せず、日米欧などの主要国との溝も改めて浮き彫りとなった。

スナク氏は記者会見後、サミットに参加した米企業家のイーロン・マスク氏とロンドン市内で会談した。両氏は米SF映画「ターミネーター」を引き合いに、自律型のAIが制御不能に陥り、人間に危害を加えたりすることのないよう、強制的に作動停止できる装置を設けることの必要性などで一致した。【11月3日 産経】
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【一定の合意形成の一方で、今後の主導権をめぐる争いも露呈】
AIの安全確保に向けた国際連携・・・それは当然必要なことではありますが、AIが今後の世界の主軸となる技術だけに、この分野で主導的な立場を確保したい、自国に有利な枠組みにしたいというアメリア、EU、イギリス、さらにはそうした欧米主導に対抗する中国・・・それぞれの思惑が絡みあいます。

****米欧がAI規制で主導権争い 中国は体制維持を重視****
英政府が1日、世界初の「人工知能(AI)安全サミット」を開催した。AIの規制を巡っては、民間の自主規制を重視する米国と、巨額の制裁金も含めた規制を目指す欧州連合(EU)が主導権を競っているほか、統制色の濃い規制を導入した中国もルールづくりのイニシアチブを取る構えだ。

バイデン米政権はAIを現代の最有力技術と位置づけ、プライバシー侵害やアルゴリズムによる差別を防ぐリスク管理を最優先課題に掲げる。10月30日の大統領令は軍事、経済、公衆衛生への影響が懸念されるAI技術の開発で、安全試験の結果などを政府に提供することを義務づけた。米企業が制度設計に参画した。

EUは理事会と欧州委員会、欧州議会の3機関が対話型AI「チャットGPT」などの生成AIを含む包括的なAI規制案の細部をめぐり交渉を進めている。規制案をめぐっては、EU欧州議会が6月に賛成多数で採択。法案成立には加盟27カ国の承認なども必要で、2026年ごろにも実施される見込みだ。

一方、中国は8月に「生成AIサービス管理暫定規則」を施行した。生成AIの提供者や利用者に「社会主義核心価値観」の堅持を求めるなど、共産党政権の安定維持に重点を置く統制型の規制が特徴だ。

国際的なルール作りをリードすることも狙う。習近平国家主席が10月に発表した「グローバルAI管理イニシアチブ」では、「イデオロギーによる線引き」などにより「他国のAIの発展を妨害すること」に反対すると明記した。中国企業への投資規制を進める米欧に対抗する狙いがあるとみられる。【11月1日 産経】
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****サミット主催の英国、「第3のAI大国」として主導権狙う 規制強化には慎重*****
スナク英首相が1日開幕した世界初の「人工知能(AI)安全サミット」を主催したのは、欧州連合(EU)や先進7カ国(G7)が生成AIの運用や規制に向けた共通の規範づくりで先行する中、世界のAI大国の一角を占める英国もAI活用をめぐる国際的な議論で主導権を確保したいとの思惑がある。

英国には現在、300社以上のAI関連企業が存在。官民を挙げてのAI研究への資金投資や、大学などでの研究者の育成も活発に行われ、「英国は米国、中国に続く第3のAI大国」(英政府高官)と見なされている。

英国は2020年のブレグジット(EUからの離脱)以降、当初の期待に反して経済の停滞傾向が目立っており、AI関連分野で存在感を示すことで雇用および投資の拡大の起爆剤としたい考えもある。

サミットなどを通じた英国の取り組みで特徴的なのは、例えばEUが人権侵害といったAI乱用のリスクを低減させるため、罰則も含めた規制強化を前面に打ち出しているのに対し、英国はAIの活用に向けた基準づくりに軸足を置き、差別化を図っている点だ。

スナク首相は10月26日の演説でAI技術に関し「産業革命やインターネットの誕生と同等の変革をもたらすと確信している」と述べ、規制強化を急がない考えを表明した。

スナク氏は一方で「AIは新たな危険をもたらす」とも指摘し、AIのリスクなどを検証する世界初の研究機関を英国に設立する計画を明らかにしている。

英国としてはAIのリスクに関して政府や国際機関、関連企業の間で共通理解を深め、EUなどによる他のAI関連の枠組みとの相互補完を視野に国際的な運用基準やルールづくりを主導したい考えだ。【11月1日 産経】
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こうした各国の思惑を受けて、会議では主導権争い、対抗意識なども表面化したようです。

****米中「AI連携」宣言も角逐浮き彫り 英の橋渡しに限界も****
英ロンドン郊外で1日に開幕した「人工知能(AI)安全サミット」は、参加29カ国・地域がAIの安全確保に向けて国際連携をうたった宣言文書に署名する一方で、AI2大国の米中の角逐も改めて浮き彫りとなった。

英国は、AIの活用や規制を巡る主導権確保を目指す米中や欧州連合(EU)などの橋渡し役を演じることで存在感の発揮を目指したが、限界も目についた。

ハリス米副大統領は1日、サミット会場から離れたロンドンの米大使館で演説し、AIを使った顔認証システムの悪用による罪なき人々の投獄や偽情報、誤情報の流布は「民主主義の存亡に関わる脅威だ」と指摘し、これらの対処に向けた「地球規模の取り組みが必要だ」と訴えた。

ハリス氏の発言は、米欧などと対立する専制主義勢力、中でもAI大国の中国を念頭に置いたものであるのは明らかだ。

ハリス氏は「未来のAIは人権と人間の尊厳の向上、プライバシー保護、機会均等のために使われるべきだ。それにより民主主義は強化され、世界はより安全になる」と強調した。

一方、サミットに出席した中国の呉朝暉(ご・ちょうき)科学技術省次官は1日の演説で、バイデン米政権がAI向け先端半導体の対中輸出規制を強化したことを踏まえ、「私たちは相互尊重と平等、互恵を支持する。AI知識の共有と技術公開に向けた国際協力を求める」と述べ、米国の動きを牽制(けんせい)した。

スナク英首相は中国をあえてサミットに招待することで、AIの安全に関する国際協調の構築を図った。だが、英国内では身内の保守党からも「中国にとってAIは国家管理の手段であり国内治安維持の道具だ」(トラス前首相)などとして参加に批判的な意見が相次ぎ、思惑通りの成果を収めたとは言い難い。

また、ハリス氏はこの日の演説で、米国がAIの安全に関する指針策定などを主導する「AI安全研究所」を設立すると表明し、数日前に英国が同様の研究所を「世界初」として設置すると発表したのをかき消すような行動に出た。

スナク氏は1日にハリス氏と会談し、将来的に両研究所が連携することを確認したが、米英の力関係に照らせば、米国に主導権を握られる可能性は高い。

さらに、ハリス氏が米大使館で独自に演説を設定し、多数のサミット参加者が途中で会場を抜け出さざるを得なくなったため、英政府関係者の間では「米国の妨害行為だ」として不満の声が上がったという。【11月2日 産経】
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【独自の立場の中国 あくまでも“共産党統治の安定性を揺るがさない範囲での国際協力”】
中国をめぐってギクシャクした対応も。二日目、イギリスは中国抜きで欧米日の「同志グループ」で会合したと発表していますが、中国は参加していたと主張・・・よくわかりません。

****中国、2日目会合も出席と主張 AIサミット、英公表せず****
英政府が1〜2日に主催した「人工知能(AI)安全サミット」で、中国側は初日に続き2日目の会合に参加したと主張していることが3日、分かった。ロイター通信が報じた。英政府は2日目の参加者は日米欧など「同志」グループの代表者だとし、中国の参加について公表していなかった。

英政府は、AI大国の中国を交えた議論が重要だとして招待。初日の全体会合には中国科学技術省の呉朝暉次官が参加し、演説していた。ただ各国では中国のAI悪用に対する懸念が強く、2日目の公表を避けた可能性がある。

ロイターによると、中国科学技術省の関係者は2日目の会合にも呉氏がいたと明らかにした。【11月4日 共同】
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その中国の言う「各国と協力」というのは、あくまでも“共産党統治の安定性を揺るがさない範囲での国際協力”

****習主席、AIで国際協力表明 世界ネット大会、限定的か****
中国の習近平国家主席は8日、浙江省烏鎮で開幕した「世界インターネット大会」でビデオ演説し「各国と協力して人工知能(AI)の安全な発展を促進する」と述べた。ただ、中国政府はAIに独自の言論規制を敷いて海外勢を排除しており、共産党統治の安定性を揺るがさない範囲での国際協力にとどめるとみられる。

生成AIを巡り、中国政府は言論を統制する管理規則を8月に施行し、国家政権転覆を扇動したり、国家安全に危害を加えたりする内容が生成されてはならないと規定。政府方針に適合した国内のIT企業が開発したAIに許可を与えている。【11月8日 共同】
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今回の「AI安全サミット」については“AI規制の必要性については一定のコンセンサスが得られたものの、具体的な方法や、だれがその取り組みを主導するのかについては意見の相違が残っている。”“世界的なAI監視への道のりは、まだ長い。”【11月8日 ロイター「AI安全サミット、早くも米・欧・中が覇権争い 遠い合意到達」】とも。

【国連総会の第1委員会(軍縮) AIを使用した自律型致死兵器システムに関するルールづくりに着手】
生成AIを中心とする民生用AIの開発以上に現実先行で進むのがAIの軍事利用。映画「ターミネーター」の世界が現実となりつつあります。

AIを使って人間の判断に基づかず攻撃する自律型致死兵器システム(LAWS)は、“LAWSは実用化されれば火薬、核兵器に次ぐ「第3の軍事革命」になると注目を集める一方、武力行使の判断が瞬時に下され、一気に紛争に発展する恐れが指摘されている。”【11月2日 共同】との危険性も指摘されており、国連総会の第1委員会(軍縮)は11月1日、LAWSへの対応が急務だと強調する決議案を日本やアメリカなど164カ国の賛成で採択しました。

****AIが敵を殺害する兵器、国連のルール作り決議にロシアとインド反対・中国とイスラエル棄権****
人工知能(AI)が自律的判断で敵を殺害する「自律型致死兵器システム(LAWS)」に関する国際的なルール作りに向けた決議が1日、国連総会で軍縮問題を扱う第1委員会で賛成多数で採択された。LAWSに関する決議採択は初めて。12月の国連総会本会議でも採択の見込みだ。

LAWSについて規制する条約はない上、ロシアが侵略するウクライナの戦場がAI兵器の「実験場」となって飛躍的に技術が進展している。国際的なルール作りが急務となっていた。

決議はオーストリアが提案した。採決では、日米など先進7か国(G7)を含む164か国が賛成した。反対はインドやロシアなど5か国、棄権が中国やイスラエルなど8か国だった。

決議はAI兵器の使用について、国際人道法の適用の必要性、軍拡競争などの懸念も盛り込んだ。LAWSの規制に関する各国の見解を報告書にまとめ、来年9月に始まる国連総会に提出することも明記した。

米ニュースクール大学メディア研究学部のピーター・アサロ准教授は本紙に「決議採択によって法的拘束力のある条約作りに向かうことになる。今後、決議に反対したロシアなどの国をどのように巻き込んでいくかが課題となる」と語った。【11月3日 読売】
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インドネシア  民主主義「後退」 イスラム主義台頭 「庶民派」ジョコ大統領の権力私物化

2023-11-08 23:32:29 | 東南アジア

(【11月7日 日経】大統領候補プラボウォ国防相(右)と副大統領候補のジョコ大統領長男ギブラン氏(36))

【「後退」も見られるインドネシア民主主義 イスラム主義の影響拡大】
東南アジアにおける民主主義の現状を概観すると、ベトナム・ラオスは日本とは価値観が異なる社会主義国であり、ミャンマーはスー・チー氏を拘束し、反政府活動を厳しく弾圧する軍事政権、タイでは選挙で第1党となった政党が政権から排除され親軍政党とタクシン派の大連立・・・というように、あまり前進していない、むしろ後退の感もあるように思えます。

そうした中にあって、従来の軍部や政治エリートではなく、庶民派大統領として圧倒的民意を受けて登場したインドネシアのジョコ大統領は東南アジア民主主義にとって期待される存在でした。

2期目も終盤にさしかかった現在(来年2月 次期大統領選挙)でもその人気は健在ですが、民主主義の在り様に関してやや疑問も。
全体的傾向としては、選挙を意識している面もあって、イスラム主義にすり寄る(あるいは、押し切られる)ような傾向も見られます。

インドネシアにあっては次第に強まるイスラム主義の流れとどのような関係を持つかが政権維持にとって重要で、そのあたりはイスラム穏健派宗教指導者を副大統領候補に選んだジョコ大統領の2期目の選挙戦から強く意識されたところでもあります。

****インドネシア刑法改正の衝撃…「婚外交渉」に加え「婚前交渉」「同棲」も禁止、違反者は禁錮刑に****
反対運動が加熱する可能性も
インドネシア国会は12月6日、満場一致で刑法の改正案を可決した。
インドネシア刑法はオランダ植民地時代の産物であり、現代の社会状況を反映していないとして長年議会で検討されてきたが、与野党の議論が深まらずこれまで先送りされてきた経緯がある。しかし2019年から本格的な国会審議が開始され、同年は反対運動の高まりを受けて採決に至らなかったものの、今回、満場一致で初めて改正されることになった。

改正法では、これまでの刑法でも禁止されていた既婚者による婚外交渉に加え、未婚者による婚前交渉や同棲も禁止とされ、違反した場合には最長1年の禁錮刑が科される。このため、バリ島など国際的な観光地を訪れる未婚のカップルや恋人同士による性交渉も、刑法違反となる。

一応、第三者である近親者による通報がなければ摘発はされないと規定されているが、宿泊しているホテルの従業員などが近親者に通報し、その近親者からの訴えをもとに警察が乗り出すという可能性も考えられるため、観光産業への影響を懸念する声が出ている。

このほかにも、大統領や副大統領などへの侮辱が禁止されているが、今後、大統領批判の言論統制に利用される可能性も懸念されるほか、呪詛を行う「黒魔術」の禁止や、医療関係者以外による避妊の宣伝や勧誘、宗教への冒涜など、社会のあらゆる問題に踏み込んでおり、反対運動が盛り上がることも予想される内容となっている。

イスラム教の規範が優先される現状
インドネシアは約2億6000万人という世界第4位の人口を抱え、そのうちの約88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム教徒人口を擁する国である。

しかし1945年の独立時にイスラム教を国教とするイスラム国を選択せず、キリスト教(カソリックとプロテスタント)、ヒンズー教、仏教、儒教の信仰も憲法で保障、保護する「多様性の国」の道を選んだ。

とはいえ、圧倒的多数を占めるイスラム教徒の規範や習慣、禁忌などが、政治経済社会文化のあらゆる場面で優先される事態が起きているのが実状だ。このためイスラム教では禁忌とされる性的少数者であるLGBTQや、小数の異教徒、少数民族への差別や人権侵害が絶えず、問題となっている。

今回の刑法改正もこうしたイスラム教の規範が色濃く反映する形となっており、ヒンズー教徒が多数の観光地バリ島で反発が強くなっているのには、そうした背景があるからとされている。(中略)

婚前交渉や黒魔術の禁止ばかりがニュースで取り上げられがちだが、今回の改正刑法にはこのほかにも問題視されている条文がある。

その一つとして人権団体などが問題を指摘しているのが、「大統領、副大統領への侮辱罪」で、これは最高で3年の禁固刑が科される。最高権力者2人への侮辱は刑法違反だとしているものの、侮辱と批判の区別が明確に示されていいないため恣意的な運用の余地が残り、今後、大統領らへの批判が封じ込められる可能性があると懸念されている。

こうした規制は言論の自由や報道の自由とも関連し、ジャカルタ市内国会議事堂前のデモなどでも厳しく糾弾される事態を招いている。

さらに偽ニュースを意図的に拡大させた場合は、最高6年の禁固刑と合計5億ルピア(約440万円)の罰金を科される可能性があり、未確認ニュースの流布に関しては最高2年の禁固刑・罰金1000万ルピア(約8万8000円)となる。これは一般ネットユーザーだけでなく、報道機関にも関係してくる可能性がある。

そのほか、元々禁止されている妊娠中絶に関して、医療関係者などを除く人が避妊手術の宣伝や勧誘を行った場合にも、100万ルピア(約9000円)の罰金が科される。また宗教への冒涜も最高3年の禁固刑、SNSやインターネット上での冒涜は禁固5年の刑が適用されることになり、注意が必要だ。

もっとも、これまでもイスラム教を冒涜したとして、中華系キリスト教徒(プロテスタント)の元ジャカルタ州のバスキ・プルナマ(通称アホック)知事が失職、訴追、有罪判決を下された例などがあり、イスラム教あるいはイスラム教徒への冒涜は頻繁に摘発されるものの、キリスト教や仏教、ヒンズー教、儒教など、憲法で保障された他の宗教への冒涜事件はあまり摘発されない。

こうした事例も多くあることから、今回の刑法改正は「多数派イスラム教優先の結果」とされており、刑法上の公平、公正が問われている。

次期大統領選を意識した可決か
インドネシアは2024年2月に大統領選挙を迎える。すでに各政党や有力候補者の動きが活発化するなど政局は大統領選を視野に入れ始めている。

改正刑法は、今後、施行規則など詳細を詰めることから3年間は施行されず、早くても2025年12月6日からの適用となる。このため、毎回お祭り騒ぎと騒乱となることが通例の大統領選の次回実施には間に合わないものの、施工前でも報道や言論の自由、大統領や副大統領への侮辱、宗教への冒涜などに国民の注意と関心が指向されることは間違いない。

国会の審議も、本来は大統領選に間に合う日程での成立を2019年以来探ってきたとされるものの、宗教団体や人権組織、マスメディアの思惑を各政党が忖度したり、配慮した結果、多数の賛成を得られなかったという背景がある。

今回、大きなニュースとして内外のマスメディアが取り上げている婚前交渉や同棲に関しては、「時代に逆行する」「人権侵害の可能性がある」などと指摘されているが、インドネシア国内では「長年の懸案だった刑法改正がようやく成立した」「インドネシア社会の基本的規範が反映された」と歓迎する声もある。

その一方で、LGBTQや憲法で規定されていない異教徒、民間伝承の継承者、マスメディア、人権団体などからは反対と危惧の声が多く上がっており、今後は対立が表面化して政局に影響を与える可能性も懸念されている。【2022年12月16日 大塚智彦 現代ビジネス】
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民主主義の後退ということでは、少し遡りますが2019年に、汚職撲滅委員会(KPK)の独立性を奪い、捜査権限を縮小する変更も実施されています。

****インドネシア「最強の捜査機関」骨抜きで汚職跋扈****
摘発恐れた国会議員が仕組んだ弱体化、今や権力者はやりたい放題

「インドネシアの最強捜査機関」と言われ、国民から高い支持と信頼を得ていた「国家汚職撲滅委員会(KPK)」。ところが、2020年1月からの6月までの半年間の捜査実績が過去最低レベルに留まることが、外部の汚職監視組織や団体の指摘でこのほど判明した。

きっかけは昨年9月にあった。厳しい汚職捜査が自らの身辺や周辺に及ぶことを危惧した国会議員が中心となり、国会で「KPKの人事刷新、権限縮小、監視機関の設置」などを内容とするKPK法の改正案をさっさと可決してしまったのだ。政党を超えた国会議員の利害が一致した結果だ。こうして汚職捜査を恐れた議員たちによる、KPKの「牙を抜く」作戦はまんまと成功した。

当時国会前では「KPK改正法案は『KPK弱体化法案』に他ならない」として学生や人権活動家によるデモが荒れ狂った。しかし、ジョコ・ウィドド大統領の指導力も及ばず、法案は可決してしまった。

だが半年が経過した今、この時反対派やマスコミが危惧したとおりに、最強の捜査機関「KPK」はすっかりその面影を潜め、汚職容疑者らは逮捕拘束を免れ、白昼大手を振って歩くような事態となっている。

1998年に、民主化のうねりの中で崩壊したスハルト長期独裁政権時代の最大の悪弊だった「汚職・腐敗・縁故主義」(KKN)を払拭してこそ真の民主化は成就する、として新生インドネシアが掲げた高邁な理想は、早くもその危機に直面している。(後略)【2020年6月30日 大塚智彦 JBpress】
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なお、2019年の「KPKの人事刷新、権限縮小、監視機関の設置」に関して、ジョコ大統領が率先した訳ではありません。推進する議会と反対する世論の板挟みで対応に苦慮したことも事実です。

また、冒頭の「婚前交渉」「同棲」禁止の刑法改正についても、2019年に議会で審議された際も、ジョコ大統領は世論の反発を考慮して採択延期を議会に要請しています。

このようにジョコ大統領が率先している訳ではありませんが、結局イスラム団体や議会の思惑に強く抗することも出来ず、変更を容認する結果となっていることも事実です。
ですから、上記のような民主主義後退はジョコ大統領のせいと言うより、インドネシアの社会・政治の問題と言うべきかも。

一方、ジョコ大統領が率先して進めるカリマンタン島への首都移転に関しては、十分な審議がなされないまま法律が成立し、建設工事が進行しているとの指摘もあります。

****別の島に首都移転するインドネシア、険しい山道の先の丘の上で建設進む…費用の大半は民間投資頼み****
インドネシアで、ジャワ島のジャカルタから直線距離で1200キロ・メートル離れたカリマンタン島のヌサンタラに首都機能を移転する建設工事が急ピッチで進んでいる。2045年完了を目指すジョコ・ウィドド大統領の目玉事業は移転費用の約4兆円の大半を民間資金に頼る計画で、資金調達がうまく進むかが課題だ。(中略)

地元メディアが7月に報じた世論調査では、57%が首都移転に同意しなかった。「開発費用をほかの問題に使う方が有益」「ジャカルタは首都として適切」などの理由からだった。(後略)【10月24日 読売】
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【ジョコ大統領長男が資格要件を緩和して、かつての宿敵プラボウォ国防相とセットの副大統領候補に 権力私物化批判も】
そして次期大統領選挙。ジョコ大統領は3選はできません。
過去2回の大統領選挙でジョコ大統領と争ったプラボウォ国防相が「3度目の正直」で再び出馬しますが、プラボウォ国防相とセットになる副大統領候補にジョコ大統領の長男が。しかも、年齢規定に適さないところを無理やり最高裁判断で押し切る形で。

一方、ジョコ大統領が所属する与党からはプラボウォ国防相とは別の候補が出馬するという、非常に分かりにく形になっています。

ジョコ大統領は与党においては一党員に過ぎず、与党を牛耳るのは党首でもあるスカルノ元大統領の長女、メガワティ元大統領であり、政権への影響力を行使しようとするメガワティ元大統領とジョコ大統領の間には確執がある・・・とも言われています。そのあたりが、今回大統領選挙の屈折した様相につながっています。

****インドネシア大統領選、現職ジョコ氏長男が副大統領候補に****
2024年2月のインドネシア大統領選に出馬予定のプラボウォ国防相(72)は22日、ジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)を副大統領候補にすると発表した。

ジョコ大統領は国民から人気が高く、ギブラン氏の副大統領選出はプラボウォ陣営にとって追い風になるとみられる。

ギブラン氏は現在、ジャワ島・ソロ(スラカルタ)市長。憲法裁判所は候補者の資格要件を緩和し、同氏の副大統領候補としての立候補が可能になった。

プラボウォ氏は今週の2つの世論調査を含め、今年行われた大半の調査でジャワ州のガンジャル前知事に僅差ながらリードしている。ジャカルタ特別州のアニス前知事は支持率で3位につけている。

ジョコ大統領は今週、自身は大統領候補に全く関与しないと表明した。ただ政界関係者の話では、ジョコ氏は引退後も影響力を維持する意向で、水面下でプラボウォ氏への支持集めに動いている。【10月23日 ロイター】
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****現職大統領長男、副大統領候補に インドネシア、私物化批判****
来年2月のインドネシア大統領選に出馬を表明しているプラボウォ国防相(72)は22日、記者会見し、ジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)を副大統領候補とすると発表した。

憲法裁判所は16日に候補者の資格要件を緩和、ギブラン氏擁立を可能にしており、ジョコ氏が政治を私物化しているとの批判が高まっている。

ジョコ氏とギブラン氏が所属する闘争民主党は別の正副大統領候補を届け出ており、ジョコ氏と党首のメガワティ元大統領の亀裂が確定的となった。【10月23日 共同】
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ジョコ大統領は長男ギブラン氏だけでなく、親族を次々に政界に送り込んでおり、“庶民派の仮面が剥がれる”との批判も出ています。

****インドネシア・ジョコ大統領の「庶民派の仮面」はいよいよ剥がれるか****
インドネシアでは、来年2月14日に大統領選挙(第1回投票)の実施が予定されており、残りの期間が4ヶ月を切るなかで『政治の季節』は佳境を迎えつつある。

(中略)(2期務めた)ジョコ氏は次の大統領選に出馬出来ない。

一方、足下においてもジョコ氏は依然として高い支持率を有しており、ジョコ氏による支持の行方は大統領選の行方に影響を与えるものと見込まれる。

(中略)(与党)闘争民主党による公認決定を巡っては、ジョコ氏はガンジャル氏が自身の『後継者』であるとの考えを示したものの、同党は党首であるメガワティ元大統領の影響力が強く、公認候補の決定にもメガワティ氏の意向が強く反映されるなか、ガンジャル氏とタッグを組む副大統領候補の行方に注目が集まってきた。

上述のようにジョコ氏は依然として支持率が高いことを理由に、ジョコ氏の人気の高さを大統領選の追い風にしたいとの思惑が高まるなか、闘争民主党内では現行憲法で規定されている大統領選候補者の年齢規定(40歳以上)を「35歳以上」に引き下げる旨の議員請願が憲法裁判所に提出される動きがみられた。

この背景には、ジョコ氏の長男でジョコ氏がかつて務めた同国中部のジャワ州スラカルタ(ソロ)市長のギブラン・ラカブミン・ラカ氏(36歳)を擁立したいとの思惑が影響していると考えられる。

同国政界においては長らく、歴代政権が親族の重用や家族主義的な動きをみせることが根深い汚職体質を招いてきたこともあり、今回の動きに対して法律家をはじめとする識者が懸念を示すとともに、市民による反対デモが発生する動きもみられた。

こうしたなか、憲法裁判所は16日に上述した議員請願に対して「6(反対)対2(賛成)」の反対多数で棄却する決定を下しており、表面的にはギブラン氏を副大統領候補に擁立することは不可能になったようにみえる。ただし、この棄却決定に関しては「地方政府の首長に選出された経験があれば、大統領選挙への出馬要件が満たされる」と除外規定が付記されており、現在スラカルタ市長を務めるギブラン氏は副大統領候補として出馬することが可能になるなど、その道が拓かれた格好である。

なお、憲法裁判所の裁判長は2018年からアンワル・ウスマン氏が務めるが、アンワル氏は2021年に前妻と死別した後、翌22年にジョコ氏の妹であるイダヤティ氏と再婚するなどジョコ氏の義弟であり、今回の判断を巡って『出来レース』との見方もくすぶる。

ジョコ氏は貧困家庭に生まれた後、大工や家具輸出業を営んだ後にスラカルタ市長を機に政界進出を果たし、ジャカルタ特別州知事を経て2014年に大統領に就任した経緯があり、同国政界においては長らく政治エリートやその親類縁者、元軍人などが占める状況が続いたため、異例の経歴を背景とする『庶民派大統領』として注目された。

しかし、2020年に実施された統一地方選挙において、長男のギブラン氏がスラカルタ市長に、娘婿のボビー・ナスティオン氏が北スマトラ州のメダン市長に当選するなど、ジョコ氏の大統領任期の終了が近付くなかで親類縁者が相次いで政界進出を果たしており、庶民派の仮面が剥がれる動きがみられた。

そうした中での今回の憲法裁による決定は、ジョコ氏自身が政界の階段を駆け上がってきた流れを息子に受け継ぎたいとの思惑を反映したものと捉えることが出来る。

さらに、ジョコ氏の次男で起業家、Youtuberのケサン・パンガレプ氏が2019年の前回大統領選でジョコ氏支持をいち早く表明したインドネシア連帯党(PSI)の党首に就任し、来年11月に実施予定の統一地方選で西ジャワ州のデポック市長選に出馬する意向を明らかにするなど、政界進出の準備を進める動きをみせている。(中略)

一方、ジョコ氏は自身の大統領退任後を見据えて親類縁者の政界進出を進めるなか、(ジョコ氏の主要支持団体のひとつである)プロジョによるプラボウォ氏への支援表明の背後で(ジョコ大統領長男)ギブラン氏が同陣営の副大統領候補となれば、そうした動きをさらに後押しする格好となる。

他方、ここ数年の同国政界では堅調な景気拡大が続いているにも拘らず若年層を中心にフォーマルセクターでの雇用機会が乏しく、深刻化する政治腐敗などへの不満の『受け皿』として宗教右派(宗教保守主義)が支持を広げて台頭する動きがみられるなか、庶民派で名を売ったジョコ氏も結局は既存政治家と『同じ穴の狢』であることが露呈する動きは宗教右派のさらなる台頭を招くことも考えられる。

世界最大のイスラム教徒を擁するも、その大宗は穏健であることが対内直接投資の受け入れなどを通じて近年の経済成長を後押しすることに繋がってきたと考えられるものの、ここ数年は様々な法律改正により宗教保守色を強める動きがみられ、政策運営を巡って内向き姿勢が強まる兆候も出ている。

来年の大統領選や総選挙、統一地方選に向けた動きは、その後の同国の在り様を大きく左右するものとなる可能性に注意が必要になると言えよう。【10月17日 西濵 徹氏 第一生命経済研究所】
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権力への執着はエリートでも庶民派でも同じと言うべきか、あるいは、権威もカネもない庶民だからこそ、一度つかんだ権力に執着すると言うべきか・・・。

いずれにせよ、権力の私物化批判で更に宗教右派勢力が拡大する事態となれば、インドネシアの民主主義にとっては憂慮すべき事態でしょう。

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アメリカ  接戦州でトランプ氏がバイデン氏をリード 若い世代で進むバイデン離れ パレスチナも足かせ

2023-11-07 23:25:07 | アメリカ

(裁判をうまく乗り切れるか(10月25日、ニューヨークの裁判所で)【11月7日 Newsweek】)

【スイング・ステートでリードするトランプ氏 バイデン氏の勝ち目は・・・】
これまでも何度も言っていますが、私はトランプ前大統領の政治スタイル・・・建前とかポリティカルコレクトネスみたいなものを無視したやり方は嫌いです。

人権、平等、民主主義・・・そうした(面倒で厄介な)価値観を重視せず、「きれいごと言わずに、要するに自分たちの利益になればいいんだろ。他人のことなど知ったことか。気にくわない奴らは叩きのめせばいいだけ」的なスタイルは単に品格を欠くだけでなく、やっていいことと悪いことの垣根を低くし、国民を大きな災いの方向に引っ張っていく危険があると考えています。それはアメリカだけでなく世界に影響します。

逆にそうした政治スタイルが、現状に不満を募らせる人の中に既存の価値観を壊す姿勢に強い共感を示す人も多い理由でしょう。

そうしたトランプ嫌いの私にとっては、目の前が暗くなるニュース。

****米大統領選まで1年「接戦州でトランプ氏がバイデン氏をリード」****
2024年11月の米大統領選を巡り、米紙ニューヨーク・タイムズが勝敗の鍵を握るスイング・ステート(2大政党の間で支持が「揺れる州」)で世論調査を実施したところ、6州のうち5州で共和党のトランプ前大統領(77)の支持率が民主党のバイデン大統領(80)を上回った。

20年大統領選ではバイデン氏が6州とも制しており、世論調査の結果通りなら、24年は当落が逆転することになる。大統領選の投票日まで5日であと1年となったが、バイデン氏の再選を不安視する声が広がりそうだ。

調査は10月22日〜11月3日、西部アリゾナ、ネバダ、南部ジョージア、東部ペンシルベニア、中西部ミシガン、ウィスコンシンの6州で実施された。携帯電話と固定電話で計3662人の有権者から回答を得た。

2大政党の指名候補がバイデン、トランプ両氏になった場合、ウィスコンシンを除く5州でトランプ氏の支持が4〜11ポイント上回った。6州の総計ではトランプ氏48%、バイデン氏44%だった。

回答者の20年大統領選での投票先と比較すると、白人の45歳未満でトランプ氏は20年に5ポイント下回っていたが、今回は逆に8ポイント差でリード。非白人の45歳未満でもバイデン氏のリードは39ポイントから7ポイントに縮まり、若者や中年層がバイデン氏から離れつつある状況が浮かんだ。

◇バイデン氏「高齢すぎる」71%
バイデン氏が「高齢すぎる」との回答が71%に上った一方で、3歳年下のトランプ氏が「高齢すぎる」との回答は39%にとどまった。また、バイデン氏の後継候補と目されるハリス副大統領とトランプ氏の比較でも、トランプ氏が3ポイント差で勝った。

一方、人物を特定せずに「バイデン氏以外の民主党候補」とトランプ氏を比べた場合、民主党候補が48%でトランプ氏(40%)に差をつけ、6州全てで上回った。

今回の調査結果からは、民主党はバイデン、ハリス両氏以外の候補を立てた方が、共和党で本命視されるトランプ氏に対抗しやすいとの傾向が出た。現状では党内から有力な挑戦者が出ていないが、バイデン氏の支持低迷が続けば、選挙戦略の見直しを求める意見が強まる可能性もある。【11月6日 毎日】
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州ごとに選挙人獲得を争う(現状にそぐわない)アメリカの大統領選挙制度にあってはスイング・ステートの多くを失えば絶対に勝てません。またトランプ政治が4年間続くのか・・・と思うと、暗澹たる気分にもなります。

「高齢」バイデン氏の数少ない売りは、「トランプに勝った。今度も相手がトランプなら勝てる」ということだったのですが、それもなくなったようです。

「バイデン氏以外の民主党候補」ならトランプ氏を上回るという調査結果は、有権者の多くがバイデン(おそらく不人気ハリスも)以外の候補者を強く望んでいることを示しています。

これまで民主党では、トランプ氏の復権阻止を優先するなら党内でもめるのは賢明ではない、党内の有力な若手は現職との争いを避けて「次の次」を狙っている・・・という状況でしたが、そんなこと言ってられない状況にもなっています。

政策別に見ると、「経済」「移民」「イスラエル・パレスチナ問題」でトランプ氏がバイデン氏をリードしています。

*****トランプ氏、重要6州のうち5州でバイデン氏をリード 米世論調査****
(中略)政策別に両氏の信頼度を聞いたところ、「経済」に関しトランプ氏を信頼すると答えた人が59%なのに対し、バイデン氏は37%にとどまった。「移民」ではトランプ氏53%に対し、バイデン氏は41%。イスラエル軍とイスラム原理主義組織ハマスの戦闘が続く「イスラエル・パレスチナ問題」では50%対39%でトランプ氏が高い信頼を得た。

バイデン氏は「人工妊娠中絶」で49%を得てトランプ氏の40%を上回り、「民主主義」に関しても48%対45%でリードした。

トランプ氏は来年1月から本格化する共和党の指名候補争いで圧倒的な人気を維持。今回の世論調査では複数の刑事訴追をされながらも重要州でバイデン氏に対抗できる勢いを示した。

一方、バイデン氏は有権者の多くが大統領選の投票で重視する「経済」で評価を得られておらず、経済対策の強化が支持拡大のカギとなりそうだ。【11月6日 産経】
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【若い世代で広がるバイデン離れ、トランプ支持】
世代で見ると、若者のバイデン離れが上記調査でも見られますが、逆にトランプ氏は若者の支持を広げています。

****アメリカ大統領選まで1年 若者の支持広げるトランプ氏 治安悪化…バイデン氏“逆風”****
アメリカ大統領選挙まであと1年。バイデン大統領とトランプ氏の再戦になるとの見方が強まる中、若い世代のトランプ支持が増えています。
   ◇◇◇
ニューヨークにあるビルの屋上で先月26日、多くのトランプ支持者らが集まり、ハロウィーンパーティーが行われていました。トランプ前大統領の仮装をした人や、トランプグッズを身につけた人も。ニューヨークの40歳以下の共和党員が集まる「青年部」のイベントです。実はこの青年部では、8割の人がトランプ氏を支持しているというのです。(中略)

さらに30歳未満の若い世代の支持が伸び、再選を目指すバイデン大統領を上回っているのです。

30歳未満(18〜29歳)の支持率 ※エマーソン大学(10月調査)
トランプ氏:45.0% バイデン氏:42.9%

前回の大統領選挙では、バイデン氏の勝利を支えたと指摘される若い世代の支持を、トランプ氏が逆に取り込みつつあるのです。(中略)

トランプ大統領の誕生から約7年。今の司法制度や政治制度のあり方を批判するトランプ氏の考え方が、若い世代にまで浸透していることがうかがえました。 さらに、長引くインフレなど現状の経済への不満も、若い世代のトランプ支持を後押ししているといいます。

ニューヨーク共和党青年部 ワックス代表
「若い世代にとってトランプは変革の担い手、つまり現状を打破する存在なんです」(中略)
   ◇◇◇
一方、現職のバイデン大統領は難しい局面が続いています。
中東情勢への対応に苦しむ中、最新の世論調査で支持率は37%と、自己最低に。(ギャラップ社10月調査)今月81歳を迎える高齢への不安も根強いままです。先月、NNNのカメラの前で階段につまずく場面もありました。

さらに、逆風になっているのが「治安」をめぐる問題です。
今回、バイデン氏が演説した町、フィラデルフィアでは今年9月、100人以上の若者が複数の店舗で略奪を行う事件が起きました。去年に比べ、店での窃盗や車の盗難が大幅に増えていて、全米でも同じような傾向がみられます。
住民の中には、自主的に夜の見回り活動を始める人たちも。警察官の数が十分ではないと感じています。

見回り活動の主催者 「犯罪や殺人が多すぎると感じる。(バイデン)政権が十分に取り組んでいるとは思えません。不満です。とても不満です」

さらに、治安悪化に拍車をかけているのが薬物問題です。
市内の通りに集まるホームレスの人々。その多くが薬物中毒者です。腕に力が入らず、歩くこともままならない状態の人や、注射針を耳に挟んでいる人も…。以前から薬物の取引が行われていたこのエリアは、ここ数年で状況がさらに悪化しているといいます。

支援団体の女性 「バイデンは何もしてくれない。政府にとっては、どうでもいいことなんでしょ」

こうした中、全米の世論調査では、5割近くが治安対策でトランプ氏がいる共和党の政策の方を支持すると答えています。

より良い犯罪対策を行えるのは? ※NBCの世論調査(9月)
共和党:46% 民主党:20%(後略)【11月6日 日テレNEWS】
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【「イスラエル・パレスチナ問題」で若い世代・非白人層のイスラエル批判 対応に苦慮するバイデン大統領】
最近大きな問題となっている「イスラエル・パレスチナ問題」でも若い世代・非白人層というこれまでバイデン氏・民主党の地盤だった階層でのイスラエル離れが目立ち、従来どおりイスラエル支持を前提とするバイデン氏は難しい対応を迫られています。

****アメリカで目立つイスラエル離れ、Z世代、非白人層に広がるパレスチナへの共感 ユダヤ系団体も停戦求め議会座り込み、来年の大統領選に影響【2023アメリカは今】****
パレスチナ自治区ガザへの軍事行動を進めるイスラエルと長年、深い関係を築いてきた米国の世論に”地殻変動”の兆しが指摘されている。

Z世代と呼ばれる1997〜2012年生まれの若者や非白人層の間ではパレスチナへの共感が目立つ。米首都ワシントンでは、米国に住むユダヤ人たちが連邦議会で停戦を訴える抗議活動を行い、数百人が逮捕される事態も起こった。

▽ワシントンの大学生、次期大統領選では「イスラエル重視のバイデン氏支持しない」
「パレスチナの子どもたちやその両親が日々殺され、住宅がじゅうたん爆撃を受けているのを見るのは本当につらい。ガザの人々は声を上げることもできず、私たちが代弁者にならなければいけないと思った」。ワシントンの名門黒人大学、ハワード大に通うレベッカ・アベラさん(20)とラマトウ・ンジョヤさん(18)は、ホワイトハウス近くで10月下旬に開かれたパレスチナ系団体による抗議デモに参加した理由をこう語った。

アベラさんはエチオピア、ンジョヤさんはカメルーンにルーツを持つアフリカ系米国人女性。中東と個人的な縁はないが「声を上げるのにパレスチナ人である必要はないと思う。アフリカの困難の中にも共通点があるし、例えば日本で何かが起こったときに私たちが日本人でなければ反対できない、ということはないはずだ」と話す。

米大統領選では、18歳以上で有権者登録をした米国民に選挙権が与えられる。2024年11月の次期大統領選で初めて一票を投じるンジョヤさんは「イスラエルを重視するバイデン大統領への失望が、大統領選の影響としてきっと現れるだろう」と指摘する。アベラさんは「バイデン氏はパレスチナの解放を望む米国内の意見をくみとれていない」と語気を強めた。

▽米国の世論調査、全体ではイスラエル支持が根強いが…
米ABCニュースによると、イスラム組織ハマスがイスラエルに攻撃した10月7日の後に実施された五つの世論調査では、イスラエルに共感するとの回答が、パレスチナに共感するとの回答よりも3〜5倍多かった。米国内でのイスラエル支持が根強いことに変わりはない。バイデン氏もいち早く「テロは決して正当化できない」と、イスラエル支持を打ち出した。

歴代の米政権は中東での戦略的利益からイスラエルとの強固な関係を構築してきた。巨額の軍事支援を長年続け、国連安全保障理事会ではイスラエルの武力行使やパレスチナへの入植地建設を非難する決議案などにたびたび拒否権を行使してきた。

国内政治の観点からも、イスラエル支持が欠かせない構図がある。米調査機関ピュー・リサーチ・センターによるとユダヤ系米国人の人口は子どもを含めて推計約750万人(2020年)。その7割超が民主党を支持する。

資産家が多く、ロビイスト団体は強力な資金力を誇る。他方、米国の人口の4分の1を占めるとされるキリスト教右派・福音派は信仰上の理由からイスラエルを強く支援。こちらは共和党の大票田で、トランプ前大統領の有力支持基盤としても知られる。

▽若者、非白人、民主党支持者はパレスチナに共感する傾向
一方で、世論調査の全体数よりも、年齢層や人種などによる傾向に注目すべきとの指摘も多い。

米キニピアック大学の世論調査では、全体で61%がイスラエルに共感すると回答(パレスチナに共感するとの回答は13%)したが、共和党支持者では86%(パレスチナへの共感は3%)、民主党は48%(同22%)と、党派による差が出た。

年齢別でみると、65歳以上はイスラエルに72%が共感する(パレスチナへの共感は9%)と答えたのに対し、18〜34歳では41%(同26%)と違いが浮き彫りになった。Z世代(1997〜2012年生まれ)とその上のミレニアル世代(1981〜1996年生まれ)の多くがこの層に重なる。

白人は69%がイスラエルに共感(パレスチナに共感は10%)すると回答したが、黒人はイスラエルへの共感が36%(同23%)、ヒスパニック系は52%(21%)だった。

将来的に現在の若い世代が有権者の中核を占め、白人層の人口比率が過半数を割っていけばイスラエル支持の米世論が地殻変動を起こすと言われるゆえんだ。

▽SNS普及で情報入手、人権に強い関心
ミレニアル世代は2016年の大統領選に向けた民主党候補指名争いで、格差是正を訴える左派サンダース上院議員の躍進を後押しし注目された。

プログレッシブ(進歩派)と呼ばれる急進左派グループが米国で台頭し、2020年大統領選ではサンダース氏の支持を受けたバイデン氏が、トランプ氏との接戦を制した要因となった。その下のZ世代はさらに人種的、民族的に多様で進歩的とされる。交流サイト(SNS)など情報発信ツールの使い方もたくみだ。

象徴的なのが今回、X(旧ツイッター)などを通じて停戦要求行動に多くの若者を動員している米ユダヤ系左派団体「JEWISH VOICE FOR PEACE(JVP、平和のためのユダヤ人の声)」らの活動だ。

もともとは1996年に米西部にあるカリフォルニア大学バークリー校の学生3人がイスラエルとパレスチナの平和グループとして設立した団体だ。イスラエルによるガザへの軍事行動を受けて10月18日にはワシントンの米連邦議会周辺で大規模集会を開催。禁止されている議会建物内での座り込み抗議活動も展開し、数百人が逮捕された。10月27日にもニューヨーク・マンハッタンにある主要駅のグランドセントラル駅を占拠。大勢が集まり駅構内は一時封鎖された。

「アメリカに住むユダヤ人の多くの家庭では、私たちの安全のためにイスラエルは不可欠だと言われて育てられてきた。でも、SNSが普及してガザなどの情報が直接入ってくるようになり、疑問を持つ人が増えた」。JVPの活動に参加したワシントン在住の20代大学生は「若いアメリカ人は人権や正義に強い関心がある。政治的変化を起こす力も持っていると思う」と話した。【11月5日 47NEWS】
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バイデン大統領としてはパレスチナの惨状が拡大すれするほど支持基盤が揺らぐという国内政治問題にもなります。

そうした事情もあってネタニヤフ首相に人道配慮・一時戦闘中断を求めていますが、ネタニヤフ首相は聞く耳持たないようです。

****バイデン大統領がネタニヤフ首相と「戦闘の一時停止」協議するも「激怒」****
米バイデン大統領とイスラエル・ネタニヤフ首相が電話会談
飯田)アメリカのバイデン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相が電話会談を行いました。ここの関係はどうですか? 
クラフト(経済アナリストのジョセフ・クラフト氏))国務省の幹部から聞いた情報では、アメリカが激怒しているようです。ネタニヤフ首相は極右派の思想で、バイデン大統領は左派です。もともと折り合いがつかないなかで確執がありました。(中略)

アメリカとしては、ハマスの奇襲は許されるものではないため、当初はイスラエル支援の立場を取りました。しかし、イスラエルのガザ地区空爆でパレスチナ市民の犠牲者が多く出てしまった。それにバイデン大統領は相当悲しんでいて、ネタニヤフ政権に対して自制を求めたのです。

ネタニヤフ政権の優先順位は「ハマス壊滅」、次に「人質解放」、3つ目が「パレスチナ人の安全・人権」です。対するアメリカは「人質解放」がトップで、次に「パレスチナ人の人道支援」、最後に「ハマスの壊滅」なので、折り合いがつかないわけです。(中略)

しかもバイデン大統領とネタニヤフ首相の信頼関係が薄い分、言うことを聞かない。そこに米政府は憤りを感じています。(後略)11月7日 ニッポン放送 NEWS ONLINE】
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イスラエル支持でまとまっているように見える共和党は、この問題を大統領選挙の争点に据え、バイデン氏の「弱腰」を責める構えです。

****米大統領選の争点と化したイスラエル・ハマス衝突****
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ攻撃がエスカレートする中、米国では、共和党右派が来年大統領選に向け、バイデン政権の「弱腰対応」を批判、政争の具にする動きを見せ始めた。ホワイトハウス側は防戦に躍起となっている。(後略)【11月7日 WEDGE】
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ただ、両親がパレスチナの移民であるミシガン州出身の民主党下院議員・タリーブ議員の激しいイスラエル批判に対する問責決議が共和党右派主導で11月1日に行われましたが、共和党側から多数の「造反」が出て否決される結果に。

アメリカ政界でもイスラエルに批判的な意見が高まっていることを示した結果にもなったとも報じられています。【11月6日 “共和党から「大量造反」パレスチナ系議員の“反イスラエル言動”が不問に…米政界でイスラエルに批判的な意見広がる?” FNNプライムオンラインより】

これはイスラエル・パレスチナの問題だけでなく、下院議長選出で露呈した共和党内の穏健派と右派の対立をも反映した結果かも。

話を大統領選挙に戻すと、危機感を強めた民主党がバイデン氏を別候補者に差し替えるか、あるいはトランプ氏の裁判の進展で地殻変動級の変化が生じるか・・・しないと、再び4年間トランプ氏に振り回されることになりそう。
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アフガニスタン  アヘン生産は95%減 農家や薬物依存者対策は? 覚醒剤生産が急増

2023-11-06 22:19:38 | アフガン・パキスタン

(地元の人によると、橋の下に住み着いた人は2000人を超える。そのほとんどが、薬物依存症に陥っているとみられている。【2022年12月10日 TBS NEWS DIG】)

【アフガンのアヘン推定製造量が昨年に比べ約95%減少】
アフガニスタンが世界最大のケシ栽培国で、世界のアヘン・ヘロイン供給で圧倒的シェアをしめてきたことは周知のところ。

タリバンも旧政権時代はケシ栽培を禁止したものの、その後は容認し、逆に関与することで反政府活動の資金源としていたことも周知のところ。2018年に発表されたアフガニスタンの違法薬物に関するアメリカ政府の報告書には「タリバンの資金源の6割は、薬物取引に由来している」とも記されています。

また、そうしたアヘンなどの麻薬の一部は国内に流出し、失業などの社会問題も背景に、深刻な麻薬汚染を社会にもたらしていることもたびたび報じられてきました。

そうしたこれまでの情報からすると、非常に意外な印象を受けたのが下記記事。

****アフガン製アヘン95%減 国連、タリバン麻薬禁止で*****
国連薬物犯罪事務所(UNODC)は5日、アヘンの最大製造国アフガニスタンで、今年のアヘンの推定製造量が昨年に比べ約95%減少したと発表した。イスラム主義組織タリバン暫定政権による昨年4月の麻薬禁止令を受けて激減した。

アフガン産のアヘン推定製造量は昨年、世界の約80%を占めた。昨年の製造量は6200トンだったが今年は333トンとなった。

全土でアヘンの原料となるケシの栽培面積が急減し、小麦への転作が進んだ。小麦はケシよりも安価なため農家の収入が著しく減った。

UNODCは、農家がケシ栽培を再び始めないよう、農業支援の強化が必要と指摘した。【11月6日 共同】
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【1年前までは、従来と変わらないケシ栽培、禁止対策に本腰を入れているようには見えないタリバンの状況が方知られていたが・・・】
タリバンではなく、国連薬物犯罪事務所(UNODC)が言うのですから本当なのでしょう。

確かに、タリバンは政権復帰後は、2022年4月に手のひら返しで再びケシ栽培を禁じていました。
ただ、これまでの報道ではあまり本腰を入れているようには思えなかったのですが。

1年前の下記記事では“当局はこれまでのところ国内にはびこるヘロイン取引をほとんど取り締まっている様子はなく、広大なケシ畑の耕作も続けられている。” “(麻薬取引に関し)体裁を取り繕うために形だけの摘発を実施しているとしか思えない”と。

****アフガンで違法薬物価格が高騰 タリバンの禁止令で****
アフガニスタンは世界最大の麻薬輸出国の一つである。同国を支配しているイスラム主義組織タリバンが違法薬物の取引を禁止して以来、同国で薬物価格が急上昇していることが新しいデータからわかった。とはいえ、タリバンが実際に禁止薬物を取り締まっていることを示す証拠は限定的だ。

政府や非政府組織(NGO)を対象に人工衛星画像を利用した調査を提供しているアルシスがアフガン全土から収集したデータによると、2022年4月にタリバンがアヘン栽培の禁止令を公布して以来、同国内のアヘン価格は50%超上昇し、覚醒剤のメタンフェタミンも値上がりしているという。

薬物の取引が正式に禁止され、価格が高騰する以前は、20年にわたり反政府活動を繰り広げていたタリバン自身も麻薬の密売から利益を得ていた。アフガンはアヘンとヘロインの世界最大の生産国であり、ここ数年は結晶メタンフェタミンも製造している。

専門家らは、禁止令はまだ広範囲には施行されていないように見えるものの、今後取り締まりが実行された場合、流通が細るのではないかとの懸念が価格を押し上げていると分析する。

アルシスの衛星画像が示すように、当局は多くの麻薬製造施設や市場を閉鎖させることで少なくとも一部のメタンフェタミン取引を取り締まっているように見え、そのことが価格の上昇に火をつけた。

禁止の可否はアフガンだけでなく世界にも影響
アヘンの原料となるケシの作付けシーズンは間もなく始まる。ケシを原料とする麻薬鎮痛剤のオピオイドはアヘンより幅広く普及しているが、現地のタリバン司令官がオピオイドをどこまで禁止する考えなのか、そもそも禁止できるのかは依然として不透明だ。

専門家らは、この問題はタリバンだけでなく世界的な麻薬供給の未来をも左右する可能性があると指摘する。

情報筋は、禁止令を徹底できなかった場合、女性の自由を制限するイスラム過激派として悪名高いタリバンは国際社会から一層孤立するとみている。

だが国民の多くが農業に従事し、中でもケシが主要な換金作物となっている同国でケシの取引を標的にすれば、国民の深刻な反発を招く可能性がある。タリバンが21年に政権を奪取して以来アフガンは過去最悪の経済崩壊に陥り、失業と貧困が拡大している。

アフガンの麻薬取引に関する報告書を著した研究者であり、専門家であるデビッド・マンスフィールド氏は、「(タリバン政府が)麻薬取引を禁止するなか、アフガンの人々がこれまで依存してきた他の生計手段、つまり軍への入隊や都市の建設現場での作業といった選択肢は消滅している」と説明する。

「現地のタリバン政権関係者は、禁止令をあくまで推し進め、人道的危機を深刻化させ、民心が離れていくリスクを冒すだろうか。それとも国民からの抵抗を恐れてこのままケシ栽培を黙認するだろうか」

タリバンは薬物取引を突然禁止した後、2カ月の「猶予期間」を設けると発表した。ケシ栽培農家に代わりの作物を探す時間を与えるためというのが表向きの理由だ。

しかしアルシスによると、当局はこれまでのところ国内にはびこるヘロイン取引をほとんど取り締まっている様子はなく、広大なケシ畑の耕作も続けられている。

アルシスは収穫されたケシが摘発された多くの事例を記録しているものの、ほとんどのケースは「体裁を取り繕うために形だけの摘発を実施しているとしか思えない」と話す。

とはいえマンスフィールド氏は、薬物価格の上昇は「市場は明らかに、禁止令が実際に施行され、今後麻薬の流通量が不足することを懸念している」ことのあらわれだと言う。

タリバンにとっては禁止がリスクに
オランダのラドバウド大学のロメイン・マレジャック准教授(国際関係)は、薬物価格が上昇したことで、農家にとってはケシの栽培を続ける動機が強まったと指摘する。

「実際のところ、タリバンにとって禁止令の施行はリスクが高い」と同氏は言う。「薬物の取引を禁止すれば収入が減り、国民からの支持が低下する。政権存続のためには、単に国際社会を満足させることよりも支持率を維持することの方が重要だろう」

アヘンの生産を止めさせようとすることはかねて、アフガンの歴代の統治者にとっては危険な試みでもあった。タリバンは政権を追われる前の00年に、ケシ栽培を制限することに成功していた。だがその後同国が経済破綻に陥ったため、アヘン生産の中心地である南部地域からの支持を失うことになった。

01年に米国が主導した有志連合がアフガンに侵攻した後、アヘン生産は再び活発化した。国際社会がアヘン撲滅作戦のために数十億ドルの支援を提供したにもかかわらず、ケシの栽培面積は3倍近くに拡大した。西側諸国を後ろ盾とする政府が同国を統治していた間はタリバンだけでなく、政府と関係のある軍事的指導者も麻薬取引から利益を得ていた。

アフガンは長い間、大麻など他の薬物も生産してきたが、世界の麻薬取り締まり当局は、最近はメタンフェタミンの製造が拡大してきていると警告する。禁止する法律がなく、また原料として使われる植物エフェドラ(マオウ)が現地に自生しており、広い地域で入手できることが背景にある。

アフガンが製造にかかわっているとされるメタンフェタミンは、オーストラリアのような遠い地域でも押収されている。マンスフィールド氏は「我々はアフガンがメタンフェタミンの一大生産地となっていることを把握している」と説明する。「アフガンにはメタンフェタミンの原料となる植物があり、販売する店や製造施設があり、そしてメタンフェタミンが押収されている」
(2022年10月31日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)【2022年11月1日 日経】
*********************

“戦場カメラマン・渡部陽一が見た、アフガニスタンの「ケシ畑」”【1月18日 渡部陽一 JBpress】でも、たくさんの地域でケシ畑が確認されたことを報じています。

上記のような報道がなされてから約1年、事態は様変わりした・・・・のでしょう。

【禁止措置のフォローはなされているのか? 農家対策は? 依存者対策は?】
ただ、これまで農家がケシ栽培を行ってきたのは、内戦で破壊された国土には十分な灌漑設備もなく、換金作物としてはケシぐらいしかなかったため。

したがって強権でケシ栽培を禁じた場合、そのフォローがなければ農家は収入を失います。

前出記事にもあるように「薬物の取引を禁止すれば収入が減り、国民からの支持が低下する。政権存続のためには、単に国際社会を満足させることよりも支持率を維持することの方が重要だろう」と思われてきました。

タリバンはそこらをどのように手当したのでしょうか?
ケシ栽培を強権で禁じることはできるでしょう。ただ、タリバンがその代わりの作物栽培を手助けするようなフォロー策を講じるようには思えませんが・・・。

冒頭記事ではケシに代わって小麦栽培を行っているようにも記されていますが、それで農家の暮らしが立ち行くのでしょうか?

タリバンにとっては、そんなことより、国際評価を高めて国家承認や支援拡大を実現するのが急務なのでしょう。

それともうひとつ、タリバン政権がほとんどフォローしていないのでは・・・と想像するのが、すでに存在する大量の麻薬依存者対策。

タリバンが強権でケシ栽培を禁じ、麻薬取引を本格的に禁じれば、麻薬の小売価格は暴騰し、これまで安価な麻薬に依存してきた多くの人々が供給を絶たれることになります。

依存患者への麻薬を急に絶てばその禁断症状は激烈なものになるでしょう。これこそタリバンにたら「知ったことではない」ということかもしれませんが。

下記記事も1年程前の麻薬患者の実態について報道したもの。

****アフガンに巣食う“麻薬の闇” タリバン支配のその後【報道特集】*****
イスラム武装組織タリバンが実権を握ってから1年余り経ったアフガニスタンでは今、麻薬のまん延に人々が苦しんでいる。現地取材から見えた中毒者の壮絶な生活、緊迫の摘発現場。そこには、“麻薬の闇”に隠された事実が…麻薬汚染の実態に迫った。

■まん延する“麻薬” アフガンで何が
アメリカ軍の完全撤退とともに前政権が崩壊したアフガニスタンでは今、国民の9割が貧困ラインを下回る生活を余儀なくされている。貧しい生活と、長年の戦争によって家族や友人を亡くした喪失感から、麻薬に手を染める人は後を絶たない。

20年ぶりに実権を握ったイスラム組織タリバンは、薬物の撲滅を目指し、摘発を強化していると主張している。
2022年8月、私たちは西側テレビメディアとして初めて深夜に行われる摘発の同行取材を許可された。摘発にあたるのは、治安部隊に属するタリバンの戦闘員だ。(中略)

目的の地区に入ると車から降りたタリバン兵たちが、麻薬中毒者の捜索に散らばる。
須賀川記者 「今あそこ逃げている、逃げている、逃げている!が―っと逃げて行った」 「路上に歩いていた3人くらいを突然タリバン兵が座れと言って、壁際に座らせて…これ正直ですね、彼らが麻薬中毒であるかどうかの検査はもちろんしていないんですよね」

拘束された人たちが、次々と車に乗せられていく。(中略)

次に向かったのは、カブ―ル郊外の草木もまばらな荒れた丘。兵士たちが駆け下りていく。
須賀川記者 「ほとんど見えないけど、斜面に人影が…この辺りが麻薬中毒者たちがたむろしているところらしいんです」

下まで降りると、異様な光景が目に飛び込んできた。
須賀川記者 「見て、布の下にいるんだ。これがいわゆる住まいみたいになっているんですね」

山肌を掘り、ビニ―ルシ―トなどを被せただけの穴に多くの人が住んでいた。 兵士に囲まれ大声で激しく抵抗する老人がいた。(中略)なかなか動かない老人に、兵士が暴力を振るっていた。この丘の捜索だけで、100人以上が拘束された。(中略)

彼らはどこに連れていかれるのか。私たちは移送先にも同行した。 カブ―ル郊外の、アビセンナ薬物治療病院。アフガニスタンで唯一の薬物依存症の回復施設だ。

病室のベッドは、患者たちで埋まっていた。この病院の収容人数は約1000人だが、常に満床の状態が続いているという。(中略)

何をするでもなく、ただふらふらと病院内を歩き回る患者も。 タリバンは、薬物の摘発は効果が出ていると強調するが、取材を進めると疑念を抱かざる負えない事実が次々と明るみになってきた。(中略)

■須賀川記者がタリバン幹部に問う「本当に薬物を撲滅しようとしているのか」
須賀川記者 「タリバンがパトロ―ルに来たけど完全に素通りだね。サイレンは鳴らしているけど」
夜の摘発には取材陣を同行させて取り締まりをアピ―ルしたタリバンだが、この日は麻薬中毒者を放置していた。
タリバンは、本当に薬物を撲滅しようとしているのか。私たちは、昼間に再び薬物治療病院をたずねた。

須賀川記者 「私の左手側に白い服を着た人たちがいるんですが、勧善懲悪省ですね。きょう麻薬中毒になった患者たちにイスラ―ムの教えをもう一度教えるために来ているんですね」

続々と広場に出てくる薬物依存症の患者たち。勧善懲悪省は、イスラムの教えに国民が従うよう行動を監視し、時によっては処罰する組織だ。その職員の説教が始まった。(中略)

■「タリバンは薬物取引で利益を得ている」農家が証言
アヘンは、ケシの実を削って出る白い乳液を加工して作られる。アヘンの原料、ケシの実を今も栽培しているという情報を得てその農家に向かった。 そこには、収穫後のケシの実が無造作に積み上げられていた。つぼみにはカミソリで切りつけた形跡が。まぎれもなく、アヘンの原料となる乳液を採取した後だ。

この農家は、ケシの実の栽培どころか、アヘンの製造まで手掛けていた。倉庫の入り口に山積みになっていたのは…
須賀川記者 「これ麦とかカモフラ―ジュで置いているんですけど…いきなり下に無造作に置いてある、これいわゆるケシの実から取った最初のアヘンの原料ですね」(中略)

ケシ農家の男性 「農家にはそこまでお金は入らない。工場と密売人だけが儲かるんです」
タリバンとの関係を聞くと、口をつぐんだ。

ケシ農家の男性 「タリバンは我々と関わりません。関係ありません」
しかし、別の農家に話を聞きに行くと、そこの男性が怯えながらもタリバンこそが薬物取引の中心的存在だと証言した。

農家の男性 「はっきり言います。タリバンは薬物取引で利益を得ている。そうでなければ、工場も市場も全て破壊するはずです」

須賀川記者 「工場もあるのですか?」
農家の男性 「もちろんあります。工場もあるし、取引もしています。1キロ2キロの問題じゃない、何千キロも作っています。それを隠せるわけがない。タリバンが関わっていなければ、輸出なんてできません」【2022年12月10日 TBS NEWS DIG】
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事情・実態はともあれ、アフガニスタンのアヘンの推定製造量が昨年に比べ約95%減少したのは朗報でしょう。特に国際社会にとって。アフガニスタンにとっても本来的には今後にとって極めて重要なことです。

ただ、それにともなう農家への代替作物支援とか、依存者対策とか、そいったことをどれだけ行ったうえでの措置だったのかは疑問が残ります。

【覚醒剤生産が急増】
あと、覚せい剤原料の麻黄がそこらに自生するアフガニスタンは覚せい剤製造でも世界最大国です。

****アフガニスタン、覚醒剤生産が急増 国連薬物機関調査****
アフガニスタンは覚醒剤のメタンフェタミン(メス)の生産で著しい成長をみせていることが、9月10日に発表された国連薬物犯罪事務所(UNODC)の報告書で明らかになった。(中略)

報告書を発表したUNODCによると、アフガンのメスの多くは合法的に入手可能な物質から生産されるか、自然生育するエフェドラ植物から抽出されたものだという。

アフガンでのメス生産により合成麻薬市場が混乱し、中毒を助長する可能性があるため、国内と地域の健康と安全に対する脅威が高まっていると報告書は指摘する。また、EUや東アフリカからはアフガン由来とみられるメスが押収されたという報告がもたらされている。(中略)

アフガニスタン内務省のアブドゥル・マティーン・カニ報道官は「タリバン政権はあらゆる危険ドラッグと麻薬の国内での栽培、生産、販売、使用を禁止した」と述べている。

当局は644ヶ所の生産施設のほか、禁止麻薬が栽培、加工、生産されていた約1万2000エーカーの土地を破壊し、5000回以上の捜索で6000人を逮捕した。

カニ氏は「闇活動もあるため、早期撲滅は不可能だ。だが我々は、麻薬全般、特にメスの撲滅を目指す4ヶ年の戦略計画を策定した」と話している。

昨年11月に発表された国連の報告書には、タリバンによる政権奪還以降、アヘンの栽培量は前年比32%増加しており、当局が22年4月に栽培禁止を発表した後、アヘン価格が上昇したと報告されている。アヘン販売により農家収入は21年の4億2500万ドルから22年には14億ドルと3倍に増加した。

同報告書では、アフガン経済が急減速したことで違法薬物市場がはびこり、人々は生きるために違法栽培や密売に手を染めるようになったと指摘している。

アフガンでは干ばつや深刻な不況のほか、数十年にわたる内戦と自然災害によってもたらされた継続的な被害に直面している。かつて欧米からの支援を受けていた頃に経済の支えとなっていた国際金融の機能が停止したこともあり、経済環境の悪化で人々は貧困と飢餓、麻薬中毒へと追い込まれつつある。

メディアにコメントする立場にないとして匿名を条件に語ってくれた同国保健当局の担当者によると、病院には約2万人の薬物中毒患者がおり、大半がメスによるものだという。このうち女性は350人で、子供も治療を受けているが、その人数や年齢については明らかにしなかった。【9月20日 NewSphere】
***************

薬物汚染としては、アヘン・ヘロインより覚せい剤(メス)の方が本筋のようです。

こうした麻薬栽培・製造、薬物依存をもたらしてきたのが経済環境の悪化による貧困と飢餓、将来への希望のなさ・・・でしょう。
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ウクライナ  戦局は膠着 ウクライナ内部の不協和音も 欧米には支援疲れ、関心低下で和平協議の声も

2023-11-05 23:06:24 | 欧州情勢

フォンデアライエン欧州委員長㊨とゼレンスキー・ウクライナ大統領(4日、キーウ)

欧州連合(EU)フォンデアライエン欧州委員長は4日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)でゼレンスキー大統領と会談し、同国のEU加盟問題について協議した。フォンデアライエン氏は共同記者会見で「多くの成果があった」とウクライナの取り組みを評価。「改革が完了すれば、加盟プロセスの次の段階に進める」と述べた。
ゼレンスキー氏も会見で、EU加盟に向けて汚職対策の強化といった改革を進める考えを表明した。【11月4日 日経】

「支援疲れ」が広がる中でEUの結束、ウクライナ支援をアピールした形ですが、現実問題としては汚職まみれの国ウクライナのEU加盟には高いハードルがあります。

10月6日、スペイン南部グラナダで開催されたEU首脳会議では、フォンデアライエン欧州委員長は首脳会議後の記者会見で「加盟手続きは実力に基づき、近道はない」と。

EUのミシェル大統領は首脳会議前、ドイツ誌シュピーゲル(電子版)に、ウクライナの課題などが解決すれば「30年までに(ウクライナの加盟を)認めることは可能だ」との見通しを示したが、首脳宣言は時期について言及しなかった。【10月7日 産経より】

加盟が認められるにしても相当先の話です。 戦争後の復興対策にはなりますが。

【戦局は「膠着状態」】
ウクライナでは戦局が膠着し、ウクライナ軍の反転攻勢は夏以降ほとんど前進が見られていません。

****ロシア軍の防衛線・人海戦術に苦戦、拠点都市の奪還進まず…ウクライナの反転攻勢5か月****
ウクライナ軍がロシアに占領された南・東部の領土奪還を目指す大規模な反転攻勢の着手から4日で5か月となる。

ウクライナ軍は主戦場と位置付ける南部ザポリージャ州一帯の戦線で、露軍の防衛線と人海戦術に手を焼き、戦況は膠着こうちゃく状態に陥っている。

東部では露軍が犠牲をいとわぬ攻勢に転じ、反攻の阻害要因になっている。

ウクライナ軍は2日、ザポリージャ州の補給拠点都市メリトポリ方面で「敵の人員と装備に損害を与えた」と発表し戦果を強調した。

ただ、ウクライナ軍の足踏みは長期化している。ウクライナ軍が反攻でメリトポリ奪還の起点から約15キロ・メートル南方のロボティネに到達したのは8月だ。それ以降、ほとんど前進できていない。ロボティネからメリトポリまで約75キロ・メートルある。

ウクライナ軍の反攻は、ロシアが一方的に併合した南部クリミアと露本土の間にある拠点都市を奪還し、クリミアを孤立させる狙いだったが、年内の実現は不可能な情勢だ。露軍がウクライナ領の約17%を占領している状況は5か月前からほぼ変化がない。

ウクライナ軍のワレリー・ザルジニー総司令官は、英誌エコノミストとの最近のインタビューで、戦況が「膠着状態にある」と述べた。総司令官が率直に苦境を認めたのは、米欧から迅速に高性能兵器の支援を受けなければ戦局を打開できないとの危機感があるためとみられる。

ウクライナ軍は10月中旬以降、南部ヘルソン州ドニプロ川東岸の露軍占領地域への渡河作戦を実施して、拠点を維持しているとみられるが露軍は抵抗している。

対する露軍は10月10日頃から東部ドネツク州アウディーイウカで攻勢に出ている。ウクライナ軍は一帯での露軍側の死傷者が5000人を超えたと主張する。露軍の損失は記録的な水準に拡大しているとされるが、露軍は部隊の追加投入を続けている。露軍がプーチン大統領の出馬が有力視される来年3月予定の大統領選に向け「戦果」を得ようとしているとの見方が根強い。

英国防省は、露軍による巡航ミサイルを使った攻撃が減少している点に注目し、ウクライナのエネルギー施設を攻撃するため温存している可能性があるとの見方を示している。【11月3日 読売】
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【ウクライナ政権内部、軍との関係で不協和音】
ウクライナにとって懸念されるのは、戦線が膠着状態にあることによって、国内的な不協和音が表面化してきていること。
そして、国際的には「支援疲れ」が進行し、ロシア軍の領土支配を許した状況で和平協議を求める声が強まることです。

上記記事でウクライナ軍のザルジニー総司令官が「膠着状態にある」と述べたありますが、ゼレンスキー大統領は「膠着状態ではない」と否定しています。

****ウクライナ政権と軍に不協和音 大統領、求心力低下を警戒****
ロシアの侵攻を受けるウクライナの政権と軍の間で、対外発信や幹部人事に関して不協和音が生じている。十分な意思疎通を欠いていることがうかがわれ、失態が続けば政権の求心力低下につながる恐れもある。ゼレンスキー大統領は神経をとがらせているとみられる。

ウクライナ軍のザルジニー総司令官は英誌エコノミストへの1日の寄稿で「戦争は新たな段階に入りつつある。第1次世界大戦のような、変化の少ない消耗戦だ」と述べ、ロシアに有利な状況が生まれていると指摘した。

この発言について、大統領府高官はウクライナメディアに「私が軍にいたら、前線で起きていることや今後の選択肢について報道機関に話したりしない」とけん制。軍最高司令官を兼ねるゼレンスキー氏も4日の記者会見で「膠着状態ではない」と述べ、ザルジニー氏の戦況分析を否定する形となった。

ゼレンスキー氏が3日発表した特殊作戦軍の司令官人事では、交代となった前司令官が「理由が分からない。報道で(交代を)知った」と暴露した。【11月5日 共同】
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客観的に見て「膠着状態」にあるのは否定しようがないように思われますが、これを認めないゼレンスキー大統領及びその周辺には「焦り」「苛立ち」みたいなものも感じられます。

一般に、勢いがあるときは多少の対立は隠されますが、事態がうまくいかなくなると内部の不協和音も表面化してきます。

****ゼレンスキー政権内不和か 米誌タイム報道、波紋広がる****
ウクライナのゼレンスキー大統領が対ロシア戦勝利に固執し、新たな戦略や方向性を打ち出すのが難しくなっているとの匿名の政権高官発言を米誌タイムが報じ、波紋を広げている。

侵攻が長期化し、国際社会の支援継続が不透明さを増す中、政権内部の不和を示唆する内容。側近は火消しや発言者捜しに躍起になっている。

記事は10月30日に公開された「ゼレンスキーの孤独な戦い」。ロシアやウクライナでの取材経験が豊富な記者によるゼレンスキー氏本人や複数の政権関係者へのインタビューを基にしている。

ゼレンスキー氏は「私ほど勝利を信じている人間は誰もいない」と訴えたが、側近の一人は「大統領の頑固さが、戦略や方向性を示そうとする政権の努力に水を差している」と指摘。全土奪還にこだわるゼレンスキー氏に早期の停戦交渉入りを持ちかけることはタブー視されているという。

また、ある高官は、侵攻当初に作戦会議で冗談を飛ばし周囲を和ませていたゼレンスキー氏が、最近は報告を聞き命令を出すと、すぐ退室するようになったと明かした。【11月3日 共同】
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新たな戦略や方向性を打ち出すのが難しくなっているかどうかはわかりませんが、そういう話が漏れてくるあたりに“うまくいっていない状態”がうかがえます。

【欧米で拡大する「支援疲れ」】
国際支援が生命線のウクライナにとって、関係国の「支援疲れ」は死活的に重大な事態です。そうした「支援疲れ」を表面化させないためにも反転攻勢で明確な成果が欲しかったところですが、それが出来ない。そうしたことへの「苛立ち」が上記の不協和音にもなるのでしょう。

アメリカでは共和党主導の下院の予算審議でウクライナ支援を除外する案が可決されています。

****米議会、イスラエル支援の予算審議難航 ウクライナ除外、政権は反発****
米連邦議会ででイスラエル、ウクライナ支援を巡る予算審議が難航している。バイデン大統領が両国への支援を盛り込んだパッケージ型の予算を求めたのに対し、野党・共和党がウクライナ支援を除外し、直接関係のない歳出削減までも意図した法案を下院で可決させたためだ。与野党対立が激しさを増し、両国支援のあり方に影響を及ぼしている。(中略)

法案を主導したのは、10月下旬にマッカーシー前下院議長の後任に決まったジョンソン議長(共和党)。(中略)
下院案は、共和党の一部の保守強硬派が反対するウクライナへの軍事支援も盛り込まなかった。市民が戦闘に巻き込まれているパレスチナ自治区ガザ地区への人道支援も除外した。

上院民主党トップのシューマー院内総務は、「ひどい欠陥のある提案だ」と述べ、下院案を上院では審議しない考えを示した。バイデン氏も拒否権を発動する考えを示している。

(中略)ウクライナ支援と一体化させた法案でなければバイデン氏が認めない可能性が高く、調整は難航必至だ。【11月4日 毎日】
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パッケージにしないとウクライナ支援単独では議会承認が難しい・・・というのもアメリカの実態です。

イタリアでは偽電話でメローニ首相が「本音」を吐露

****ウクライナ戦争「みんな疲れている」 メローニ伊首相が偽電話で「本音」ポロリ****
ロシアの侵略が続くウクライナ情勢を巡り、イタリアのメローニ首相が「みんなが疲れている」と欧州の「本音」を漏らした音声会話がインターネット上に流出した。アフリカ首脳を装ったロシア人コメディアンのいたずら電話で語ったもので、伊首相府は1日、偽電話の被害にあったことを認めた。

メローニ氏は会話の中で、ロシアに対するウクライナの反攻は「期待したようにいかないだろう。紛争の行方を変えなかった」と発言。「解決策を見つけないと(紛争は)何年も続くとみんなが気づいている」として、調停の必要性に触れた。

国営イタリア放送協会(RAI)によると、首相府は会話は9月18日のもので、アフリカ連合(AU)首脳を装った偽電話だったと説明した。ロシア人は「ボバンとレクサス」の名前で知られる2人組で、これまでにカナダのトルドー首相、ポーランドのドゥダ大統領らが偽電話の被害にあっている。【10月2日 産経】
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【国際的関心は中東へ】
ウクライナ・ゼレンスキー大統領にとっては、国際的関心がイスラエル・ハマスの戦闘に移ってしまっていることも不運と言えば不運。ただ、常に新たな出来事は起こりますので・・・

****「中東に注目移っている」 ゼレンスキー氏、関心低下に懸念****
ウクライナのゼレンスキー大統領は4日、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘に関して「中東での戦争に(世界の)注目が移っているのは明らかだ」と述べ、ロシアのウクライナ侵攻への関心低下に懸念を示した。首都キーウ(キエフ)を訪問した欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長との共同記者会見で語った。英BBC放送が報じた。

報道によると、会見でゼレンスキー氏は、ウクライナ情勢への関心低下は「ロシアの狙いの一つだ」と指摘した。

一方、ウクライナ軍のザルジニー総司令官が英誌エコノミストへのインタビューで戦況の「行き詰まり」を認めたことへの見解を問われ、ゼレンスキー氏は「誰もが疲弊しており、異なる意見もある。しかし、現況は『行き詰まり』ではない」と訴えた。

また、米欧の当局者がウクライナ政府に対し、ロシアとの和平協議に関する議論を持ちかけたとする米NBCの報道にも言及し、「ロシアとの交渉の席に着くよう圧力をかけている米欧の指導者はいない。こんなことは起きない」と否定した。

ロシアは2022年2月にウクライナへの全面侵攻を開始した。ウクライナは23年6月から南部ザポロジエ州などで反転攻勢を始めたが、ロシアによる3段構えの防御線の一つ目を一部で突破するにとどまっている。一方、ロシアが10月から東部ドネツク州で仕掛けた攻勢も、大きくは進展していない。【11月5日 毎日】
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【欧米からは和平協議の声も 譲らないロシア ウクライナにとっては難しい判断】
上記記事にあるように、戦局の膠着、支援疲れ、関心の低下を受けて欧米はウクライナにロシアとの和平協議を持ちかけたとの報道があります。

****欧米当局者、ウクライナに停戦交渉の可能性について協議もちかけ “何を諦めるか”大まかな概要含む 米NBC報道****
ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、さらに、中東情勢の緊迫化で関心も低下する中、アメリカのNBCは4日、アメリカ政府高官らの話として、欧米の当局者がウクライナに対し、ロシアとの停戦交渉の可能性について協議をもちかけていたと報じました。

NBCによりますと、この中には停戦のために、ウクライナが何を諦めなければいけないか、大まかな概要が含まれていたとしています。

協議の一部は、先月開かれたウクライナ支援のための会合で行われたということです。

ロイター通信によりますと、この報道に対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は4日、今はロシアと停戦について交渉するときではないという姿勢を改めて示しました。【11月5日 日テレNEWS】
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“NATO=北大西洋条約機構がウクライナの安全保障に関与することで、ロシアによる再侵攻を抑止する案も浮上しているとされる”【11月5日 FNNプライムオンライン】

ただ、和平協議と言ってもよほどの事がない限りロシアは今の支配地域を放棄はしないでしょう。ウクライナ・ゼレンスキー大統領が現状を呑むのも難しいところ。

なお、ロシアでは一定に戦争停止を求める世論もありますが、領土の返還を条件とした戦争の停止は、例えプーチン大統領の決定があったとしても支持されていません。

****ウクライナ戦争の停止、露国民7割が支持 露世論調査****
「仮にプーチン大統領がウクライナとの戦争停止を決めた場合、その決定を支持するか」とロシア国民に尋ねたところ、70%が「決定を支持する」と回答したことが、露独立系機関「レバダ・センター」の10月の世論調査で分かった。プーチン政権は従来、「国民の大多数がウクライナでの軍事作戦を支持している」と主張してきたが、今回の調査結果は露国民内での厭戦(えんせん)機運の高まりを示唆した。

レバダ・センターは10月19〜25日、18歳以上の露国民約1600人を対象に世論調査を実施。結果を31日に公表した。

それによると、冒頭の質問に対し、37%が「完全に支持する」と回答。「おおむね支持する」とした33%を合わせると計70%が戦争停止を支持した。一方、「あまり支持しない」は9%、「全く支持しない」は12%で、9%は「回答困難」とした。

レバダ・センターは同時に「仮にプーチン大統領がウクライナとの戦争停止と、併合したウクライナ領土の返還を決めた場合、その決定を支持するか」との質問でも世論調査を実施。

この質問形式の場合、「完全に支持する」「おおむね支持する」とした回答者の割合は計34%まで低下した。反対に「あまり支持しない」「全く支持しない」との回答は計57%に上った。残りは「回答困難」だった。

半数超の露国民が領土の返還を条件とした戦争の停止は支持できないと考えていることが明らかになった形だ。【11月2日 産経】
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ウクライナ、ロシアのどちらが譲歩するのか・・・どちらも譲歩せず膠着状態が続くのか・・・どこまで欧米はウクライナを支援するのか・・・いろいろと難しい判断を要する時期にさしかかっています。
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インド  グローバルサウスのリーダーを目指すも、インド周辺国では中国主導の動き

2023-11-04 22:46:26 | 南アジア(インド)

【グローバルサウスのリーダーシップをめぐる中国とインドの激しい争い】
9月にインドの首都ニューデリーで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議の頃から、グローバルサウスの代表としてインドの国際的立場が強化されているという、あるいはその可能性を論じる報道がしばしばなされています。

****中国の見せる「夢」から、途上国が醒めはじめた...グローバルサウスの新リーダーはインドか?****
<カネと威嚇で途上国を取り込んできた習近平の計画に暗雲が。「共産主義+帝国主義+拡張主義」に見えた限界>

9月9~10日にインドの首都ニューデリーで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議は、ある重要な変化を象徴している。議長国インドが掲げた「ひとつの地球、ひとつの家族、ひとつの未来」という希望的すぎる宣言の背後に、グローバルサウスのリーダーシップをめぐる中国とインドの激しい争いがあるということだ。

10年前は、この分野でインドが中国の本格的な競争相手になるとは想像もつかなかった。それが今や、両国は世界の大きな変化の先端で交錯している。

中国は少なくとも1960年代の初め以降、西側に対抗する途上国の擁護者を自称してきた。毛沢東が掲げた「農村から都市を包囲する」戦略は、30年代の内戦で国民党政権を倒した勝利の方程式でもあった。

新しい方程式では、打倒するべき「都市」はアメリカが主導する先進国、「農村」はそれ以外の国々で、共産主義の中国は自然の摂理により「農村」側の指導者・救世主となる。アメリカは最終的に征服され、中国が宇宙の中心に返り咲くはずだった。(中略)

その後、中国経済が持続的な高度成長に入るとすぐに、新しい共産党指導者を通じて古い帝国主義的な拡張主義が復活した。その意味を西側が理解していなかったことが中国をどのように利したのかは、太平洋島嶼(とうしょ)国を見ればよく分かる。(中略)

ただし、中国の勢いはいくつかの理由で弱まりつつつある。まず、南シナ海での攻撃性は沿岸諸国を警戒させ、平和的台頭という主張が偽りであることを証明している。中国の海洋帝国主義の犠牲になったフィリピンは、中国との実りなき盟約を捨ててアメリカ陣営に復帰した。

さらに、国家が支配する目標主導で投資と輸出に偏重した経済は、機能していない。最近の債務危機とパンデミックからの回復の失敗は、今後の見通しも厳しいことを物語る。

その結果、一帯一路のインフラプロジェクトで中国政府からの資金が枯渇し始めている。また、グローバルサウス、特にアフリカは、中華思想が人種差別と表裏一体であることに気付くようになった。

そして、西側と中国は互いに敵視を強めており、途上国は巻き込まれることを警戒している。ブラジルとインドは、BRICSの拡大が、中国による世界経済秩序の破壊を手助けしていると不満を見せている。

パキスタンに兵器を次々供給
このような状況で、インドは中国に代わってグローバルサウスのリーダーとなる態勢を整えている。インドは1950年代の冷戦下で中立主義と反植民地主義を掲げた非同盟運動の創設メンバーであり、その一貫した代弁者である。

人権問題を抱えてはいるが、世界最大の民主主義国家として、中国のような政治的抑圧は行っていない。

インドがグローバルサウスのリーダーを目指すことは、西側にも受け入れられる。西側は既に、中国からサプライチェーンを移転する主な行き先としてインドに注目している。

ただし、中国はインドの挑戦をおとなしく受けるつもりはない。軍事的には国境紛争をさらに誘発するだろう。インドのもう1つの敵国であるパキスタンには、既に戦闘機、誘導ミサイルフリゲート艦、攻撃型潜水艦を供給している。

中国がインドに与え得る最も危険な脅威は、チベット高原から流れる水資源を完全に支配することだ。

それでも、こうした中国の脅威に対して西側も断固とした態度で臨めば、中国はインドの台頭を止めることはできないだろう。

重要なのは、グローバルノースとサウスの仲介者としてのインドの立ち位置に、西側がしびれを切らさないことだ。「冷戦2.0」の中国と西側の間で、ほかのグローバルサウスもインドに倣って中立を保つようになれば、インドは世界に大きな貢献を果たすことになる。問題は中国がそれを許すかどうか、だ。【9月20日 Newsweek】
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【ネパール 毛派ダハル首相の対中傾斜】
ヒンズー至上主義を進めるインド・モディ政権が世界最大の民主主義国家かどうかという疑問、あるいは貧困・格差・差別などの深刻な国内問題はさておくとしても、国際関係に絞ってもインドにとって中国に対抗してしていくのは容易なことではありません。

足元のこれまでインドの勢力圏と見られていた地域でも中国の影響力は着実に強まっています。

ネパールでは、昨年12月、共産党毛沢東主義派(毛派)のダハル議長が新首相に任命されましたが、ダハル氏は中国寄りとされています。

****ダハル新首相が就任=対中傾斜強まる可能性―ネパール****
今年11月の下院選を経てネパールの新首相に任命された共産党毛沢東主義派(毛派)のプスパ・カマル・ダハル議長(68)が26日、首都カトマンズの大統領府で就任宣誓を行った。ダハル氏が首相に就くのは3度目。
 
毛派と、オリ元首相率いる統一共産党(UML)が次期連立政権の柱となる。2党はかつても合流し中国寄りの政策を展開。比較的インド寄りだったデウバ前政権と比べ、対中傾斜が強まる可能性がある。【2022年12月26日 時事】 
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今年9月には、亡命政権がインド領内に置かれるなどインドが支えるチベットに関して、ネパール・ダハル政権は中国との共同声明で「チベット問題は中国の内政だ」と明確にしています。

****チベット「分裂許さず」 中国ネパール共同声明****
中国外務省は26日、訪中しているネパールのダハル首相との共同声明を発表し、ネパール側はチベット問題について「中国の内政だ」との見解を改めて示し、中国からの「分裂を図るいかなる活動」にも反対する意向を表明した。

中国政府は、亡命したチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を「分裂主義者」と敵視。チベット自治区で独立を求める動きを警戒する。ダハル氏は中国寄りの姿勢を明確にした格好だ。

中国の李強首相は25日、ダハル氏と北京で会談し、政府高官によるハイレベル往来を含む両国の人的交流の拡大で一致した。【9月26日 共同】
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【要衝モルディブ 親中国政権経へ交代 駐留インド軍の撤退を求める】
また、9月30日に行われたインド洋の島しょ国でシーレーンの要衝でもあるモルディブの大統領選では、野党候補で首都マレ市長を務める親中国派ムイズ氏(45)が、現職で親インド派のソリ氏(61)に勝利しました。

****モルディブ大統領選  “親中国”野党候補が勝利 政権交代で中国の影響力拡大か****
インド洋の島国モルディブで9月30日、大統領選挙の決選投票が行われ、中国寄りの野党候補がインドを重視してきた現職大統領を破りました。

大統領選の決選投票は、2期目を目指す現職のソーリフ氏と野党候補のムイズ氏の対決となり、選挙管理委員会によりますと、ムイズ氏が54%の票を獲得し勝利しました。

現職のソーリフ氏は、過去の中国寄りの外交方針を転換し、インドとの経済・防衛協力を進めてきましたが、ムイズ氏はインド軍の駐留が「国の主権を損なう」など批判し、中国との関係強化を訴えていました。

モルディブは海上交通の要衝にあり、政権交代によって中国の影響力が再び拡大する可能性があります。【10月1日 TBS NEWS DIG】
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インド・中国の影響力が交差するモルディブでは、親中国政権と親インド政権の交代が繰り返されています。

前々政権は親中国政権で「一帯一路」を掲げる中国からの資金により空港や橋などのインフラ整備を進めました。
しかし過度の中国依存を批判するソーリフ氏に交代し、親インドへ転換。
そして今回は前々政権で閣僚だったムイズ氏が勝利して、再度親中国へ。

勝利したムイズ氏は駐留インド軍撤収を求め、インドと協議を開始しています。

****モルディブ、駐留インド軍撤収交渉を開始─次期大統領=BBG****
インド洋の島国モルディブのムイズ次期大統領は、駐留インド軍撤収に向けた交渉を開始したと明らかにした。ブルームバーグ・ニュースが27日にインタビュー記事を配信した。

インドと中国はインド洋での影響力拡大を目指している。ムイズ氏は大統領選で駐留インド軍撤収を主要な公約に掲げていた。

ムイズ氏はインタビューで、交渉が「既に非常に成功している」と説明。「われわれは互恵的な2国間関係を望んでいる」と述べ、インド兵が他国の軍部隊に取って代わられることはないとも話した。

インド軍部隊約70人はインドが支援したレーダー基地と偵察機を維持。軍艦によるモルディブ排他的経済水域のパトロール支援も行っている。【10月27日 ロイター】
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【スリランカ 親中国政権が崩壊したものの財務問題で中国を無視できない インドへの強い警戒感も】
インドに有利な方向に変化したのはスリランカ。昨年7月、明確な親中国政権であったゴタバヤ・ラージャパクサ大統領が市民の激しい抗議活動の前に国外逃亡し、辞任に追い込まれました。

親中国政権崩壊という点ではインドとしては歓迎するところでしょうが、スリランカは依然として中国に巨額の債務を負っており、中国との関係を無視できないのも現実です。また、もともとスリランカにはインドへの強い警戒心もあります。

****インドに有利な展開か?****
ラージャパクサ体制の下、地域戦略において中国の後塵を拝してきたインドには有利な状況にみえる。実際、インドでもそうした楽観論は多い。(中略)

これに対し、ナラヤナン元国家安全保障顧問は、スリランカで発生した「人民闘争」のエネルギーが今後、反インドのナショナリズムに向かう恐れも否定できないと警鐘を鳴らす。

実際のところ、スリランカでは「インドの介入」には、党派を超えてきわめて敏感である。今回の政変においても、ゴタバヤの国外逃亡をインドが支援したとか、ウィクラマシンハが新大統領に選出されるようインドが議会工作を働いたなどといった噂が飛び交い、インド側は否定に追われた。

ウィクラマシンハ新政権は発足直後から、印中のバランスをどうとるのか、さっそく難しい問題を突き付けられることとなった。

7月末、中国海軍の衛星追跡艦「遠望5号」が、中国企業が権利をもつハンバントタ港に8月11日から寄港予定であることが明るみになったのである。

寄港許可は前政権期に出されていたようだが、ミサイルの軌道なども把握する能力があるとみられる「スパイ船」の寄港について、インド側は「注視している」とのメッセージを発しつつ、米国とともにスリランカ側に再考を強く迫った。これを受け、ウィクラマシンハ政権は、寄港延期を中国側に打診した。

これに中国は強く反発し、スリランカ政府は、「いっさいの科学的調査を領内で行わない」ことなどを条件に16日からの寄港を認めた。

スリランカが現下の経済危機を乗り越えるためには、主要債権国である中国の協力が不可欠なのはいうまでもない。10億ドルの中国への返済期限が年末に迫るなか、スリランカは中国との間で40億ドル規模の財政支援について交渉している。

台湾をめぐる緊張が高まるなか、ウィクラマシンハ大統領がいち早く、「一つの中国」政策に変更はないと中国側に明言したように、スリランカは中国への配慮も必要だと考えている。インドや西側に全面傾斜するというわけにはいかないのである。(後略)【SPG笹川平和財団“揺れるスリランカをめぐるインドと中国の影響力争い―クアッドは役割を果たせるか?”】
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【中印国境問題でカギとなるブータン 中国と関係改善が進む】
こうした周辺国の動向もありますが、何と言っても中印関係の主戦場は衝突が繰り返される中印国境。その中印の綱引きの舞台となっているのがブータン。

“インドは大きく2つの地域、インド「本土」と北東部に分かれていて、その2つの地域は、ネパール、ブータン、バングラデシュに挟まれた鶴の首のような細い領土でつながっている。
 
この細い部分は最も狭いところで幅17キロしかない。東京から横浜でも27キロ程度あるからとても狭い地域だ。この部分を攻められると、インド北東部全域がインド「本土」から切り離されてしまう安全保障上の弱点になっている。 そのため、インドはブータンと協定を結んで、ブータンにインド軍を駐留させて守ってきた。”【2017年 8月7日 長尾 賢氏 JB Press】

2017年にはブータンが領有権を主張するドクラム地方で中国が道路建設を始め、中国軍とブータンの代理人インド軍がにらみ合いを続けました。

そのブータンが中国との関係を改善・強化しようとしています。インドにとっては由々しき事態です。

****中国との国境紛争でブータンが譲歩? インドは黙っていられない****
<中国とブータンが長年続けてきた領有権争いが力づくで決着しつつある。軍事的、経済的にブータンとつながりの深いインドは警戒の目を向けている>

ヒマラヤの小国ブータンが、隣国・中国との関係正常化に向けて動きつつあり、反対隣のインドが懸念を募らせている。中国は近年、ブータンとの領有権交渉で優位に立ち、ブータンを交渉のテーブルに引き寄せている。

中国とブータンは約400キロの国境を接しているが、正式な外交関係は結んでいない。この状況が変われば、周辺地域の安全保障に重大な影響が及ぶ可能性がある。

10月23日から24日にかけて、タンディ・ドルジ外相率いるブータンの代表団は、中国外交部の孫衛東副部長と第25回国境画定協議を行った。

その後、中国とブータンは共同声明を発表。「中国政府とブータン政府との間の国境画定および境界設定に関する合同技術グループの機能に関する協力協定に署名した」と述べた。

無味乾燥な文言だが、それがとてつもなく大きな意味を持つ可能性がある。ブータンの外相は今回、中国の韓正・国家副主席とも会談を行った。かつて中国共産党の政治局常務委員も務めた韓正とブータン外相との会談は、異例のことだ。

これは中国とブータンの外交関係正常化に向けた協議が加速していることを示しており、大きな意味を持つ。そしてこの展開は、中国との関係が悪化しつつあるインドを大いに不安にさせることだろう。(中略)

ブータン(首都ティンプー)は立憲君主制を採用しており、ヒマラヤに残る最後の王国だ。インドは1949年に結んだ条約(その後2007年に改定)の下、ブータンとは「特殊な関係」にあり、ブータンの安全保障を担保する立場にあった。(中略)

中国はブータンに対して、直接的な外交関係の樹立を促しているが、それを実現するためには、国連安保理の常任理事国と正式な外交関係を持たないというブータンの政策を変える必要がある。ブータンはアメリカとも正式な外交関係を築いておらず、インドが両国の仲介役を果たしている。

今後ブータンが外交関係を拡大するにあたっては、安全保障面の後ろ盾であるインドに容認してもらう必要がある。インドは現在、中国と戦略的に対立しており、インド政府が中国とブータンの直接的な外交関係樹立に同意する可能性は低いだろう。

しかしブータンのロテ・ツェリン首相はインドの新聞「ヒンズー」とのインタビューの中で、「理論的には、ブータンが中国との二国間関係を持つことに何ら問題はない。問題はいつ、どのように関係を築くかだ」と発言した。(後略)【11月2日 Newsweek】
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****中国外相が「地域の統一性」強調、インドとの国境紛争で****
中国の外交トップ、王毅共産党政治局員兼外相は5日、チベット自治区南部の林芝市で開かれたフォーラムで、インドとの間で激化しているヒマラヤ山脈東部の国境紛争に関し、「両国は互いに尊重、信用し合い、ともに地域の統一を保って主権と領土保全を相互に尊重する必要がある」などと述べた。

林芝市は、インドのアルナーチャルプラデシュ州境から約160キロの距離にある。

中国は今年、同州がチベット南部の一部とする地図を発表し、インドを怒らせた。インド外務省は、ロイターのコメント要請に即座に応じなかった。

中国とインドは、2020年の国境衝突の後、関係が冷え込んでいる。フォーラムは18年にヒマラヤ山脈周辺の国などが参加して始まり、3回目の今年はネパールやパキスタン、アフガニスタン、モンゴルなどの政府関係者が出席したものの、インドは18、19年同様に欠席した。

チベットを巡っては、米政府が8月にチベット族の子どもたちを寄宿学校へ入校させて「強制同化」させる取り組みに関与したとされる中国当局者にビザ(査証)発給制限措置を科し、中国側がそうした行為を強く否定。

王氏はこれについて、「一部の西側勢力」がチベット問題でこしらえたうそは擁護できず、イデオロギーに基づくもので、やがて事実が明るみに出るだろうと述べた。【10月6日 ロイター】
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日米主導の中国包囲網クアッドにインドも参加するなど、対中国を強く意識するインドですが、以上のようにインドを取り巻く情勢をみていくと、どちらかと言えば中国ペースの動きになっていおり、インドとは宿敵関係にあるパキスタンを含め、中国主導のインド包囲網も作られていくようにも見えます。
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自国の負の歴史への向き合い方 イギリス、オランダ、ドイツ、フランス、そしてオーストラリアの場合

2023-11-03 23:21:59 | 国際情勢

(訪問先ケニアで、地域住民たちと一緒に座り、言葉を交わすチャールズ国王)

【イギリス チャールズ国王、ケニア訪問で「深い悔恨」の意を表するものの、公式謝罪はせず】
自国の負の歴史への向き合い方は各国固有の事情がありますし、その対応も様々。微妙な政治情勢も絡んでくることもあって難しいものがあります。

イギリス チャールズ国王
「過去の悪行について、最大の悲しみと深い後悔の念を抱いています。ケニアの方々に対し、忌まわしく不当な暴力行為がありました」

イギリスのチャールズ国王が10月31日、アフリカのケニアを公式訪問しました。12月にケニアが独立から60周年になるのを前に現在の「両国の温かい関係」をたたえるのが目的。

イギリスの植民地だったケニアでは、1952年から1960年にかけてイギリス統治への反乱が弾圧され、1万人以上が死亡したとされています。

植民地時代の残虐行為や奴隷貿易などを巡っては、チャールズ国王に対し、「国を代表した謝罪」を求める声も上がっていました。

チャールズ国王はイギリスが植民地支配下で行ったケニア人への弾圧行為を認め、「弁解の余地はない」と語りましたが、公式謝罪はありませんでした。

****英国王、旧植民地時代のケニア弾圧「深い悔恨」 公式謝罪はせず****
英国のチャールズ国王は10月31日、公式訪問中のケニアの首都ナイロビで開かれた夕食会であいさつし、英植民地時代に英側による弾圧で多数のケニア人が死亡したことについて「深い悔恨」の意を表した。

欧州では近年、過去の人種差別や植民地支配を巡り国家元首らがどこまで踏み込んだ謝罪をするかが注目されているが、今回は公式謝罪はなく、一部のケニア人を「失望させたかもしれない」(英BBC放送)と報じられている。

国王は「いまわしく不当な暴力行為だった。弁解の余地はない」と語り、「最大の悲しみと深い悔恨」の意を表した。

ケニアは1963年に英国から独立したが、52〜60年の独立闘争では英側の弾圧で1万人以上が死亡したとされる。2013年に英政府は5000人以上に2000万ポンド(約36億円)の補償金支払いを表明したが、謝罪や補償が十分でないとの声も根強かった。

今回、明確な謝罪が見送られた背景には、「立憲君主制」による制約もあるとみられる。王室に詳しいユニバーシティー・カレッジ・ロンドンのヘザー・ジョーンズ教授はBBCに「国王が個人的に謝罪を試みても、政府の承認が必要になる。立憲君主国の王として、公の場で発言できることには制約がある」と指摘した。スナク首相は謝罪に消極的と報じられている。

オランダでは今年7月、国王が過去の奴隷貿易について人道に対する罪と公式に認め、「皆さんの王として謝罪する」と述べた。同じ欧州の王室による公式謝罪を受け、英王室の姿勢が注目されていた。

近年は、米国で始まった「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事だ、BLM)」運動を受け、人種差別や過去の植民地政策を巡る議論が活発化している。【11月1日 毎日】
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日本を含め多くの列強が植民地支配を行っていますが、植民地支配で最大の利益を得たのは“大英帝国”イギリスでしょう。しかし、故エリザベス女王は一度もそのことで謝罪は行っていません。

“初代のエリザベス女王と違って、故エリザベス2世に国政を動かす権限はなかった。しかし英連邦諸国への度重なる訪問を通じて、女王がイギリスという国とそのシステムを体現する存在だったことは事実。そして過去の植民地支配を一度もわびなかったことも事実だ。”【2022年9月20日 “植民地支配の「罪」をエリザベス女王は結局、最後まで一度も詫びることはなかった” Newsweek】

【オランダ ルッテ首相に続き、国王も奴隷貿易関与を謝罪 ルッテ首相、インドネシアに対しても謝罪】
前出記事にあるオランダ国王の奴隷貿易に関する謝罪は以下のようにも。

****オランダ国王、奴隷制関与を謝罪 「人道に対する罪」****
オランダのウィレムアレクサンダー国王は1日、オランダが過去に奴隷制度に関与したことや、その影響が現在も続いていることを謝罪した。

旧植民地を含むオランダの奴隷制度廃止から160周年となるのを記念してアムステルダムで行われた式典で「オランダの奴隷制の歴史を思い起こすこの日、私はこの人道に対する罪について許しを請う」と述べた。その上で、オランダ社会における人種差別は問題として残っているとの認識を示した。

ルッテ首相も昨年12月、オランダが過去の大西洋奴隷貿易に責任があり、そこから利益を得ていたと認めて謝罪していた。

オランダ王室は同月、植民地の歴史における王室の役割について独立調査を委託しており、2025年に結果がまとまる予定だという。【7月3日 ロイター】
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なお、オランダ・ルッテ首相は2022年2月17日、インドネシア独立戦争(1945~49年)においてオランダ軍が拷問などを「頻繁かつ広範囲」に行っていたとの調査結果を受け謝罪。「オランダ政府を代表してインドネシアに深く謝罪する」と述べています。

【ドイツ 大統領がタンザニアで植民地時代の犯罪を謝罪 ユダヤ人虐殺に関する責任では、イスラエルに対する“負い目”になっている側面も】
11月1日には、東アフリカ・タンザニアでドイツのフランクワルター・シュタインマイヤー大統領が「ドイツ人があなた方の祖先にしたことに許しを請いたい」と謝罪しました。

****ドイツ大統領、植民地時代の犯罪の「許し」請う タンザニア****
ドイツのフランクワルター・シュタインマイヤー大統領は1日、訪問先の東アフリカ・タンザニアで、自国が植民地支配中に犯した犯罪を「恥じる」と述べるとともに、その残虐行為に関する自国民の認識を高めていくと約束した。
独領東アフリカの一部だったタンザニアでは、1905〜07年に植民地史上最大の流血の惨事といわれるマジマジ反乱が起きた。専門家によるとこの反乱の際、独軍によって20万〜30万人の先住民が虐殺された。

シュタインマイヤー氏は、反乱の歴史を伝える南部ソンゲアのマジマジ博物館を訪問。独軍による虐殺を「恥」だと明言し、「ドイツ人があなた方の祖先にしたことに許しを請いたい」と述べた。

また「ここで起きたことは、われわれが共有する歴史だ。あなた方の祖先の歴史であり、ドイツにおけるわれわれの祖先の歴史だ」と述べ、さらに「われわれドイツ人は、あなた方が心を休めることのできない未解決の答えを共に探していくことを約束したい」とし、過去の「共同処理」に取り組む用意があると述べた。

シュタインマイヤー氏は前日の10月31日、ダルエスサラームでサミア・スルフ・ハッサン大統領と会談した際、植民地時代にタンザニアから略奪された「文化財や遺骨の返還」に関し、国として協力する姿勢を示していた。

英国のチャールズ国王も同日、訪問先のケニアで、植民地時代の独立運動を英国が弾圧したことについて「忌まわしく、正当化できない暴力行為」があったと認め、「過去の過ちについて最も深い悲しみと遺憾」を表明した。 【翻訳編集】
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ドイツの場合、ユダヤ人に対するホロコーストの歴史がありますが、これについては明快にその責任を認めています。

単に過去の反省・謝罪だけでなく、現在の国際関係にもその影響は及んでいます。

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2008年3月18日、メルケル首相(当時)は、クネセト(イスラエル議会)で約24分間にわたって演説した。イスラエルが建国60周年を迎えたことに敬意を表わすためである。(中略)

そして彼女は、「このドイツの歴史的な責任は、ドイツの国是の一部です。ドイツ首相である私にとって、イスラエルの安全を守ること、これは絶対に揺るがすことができません」と断言した。

この言葉によって、ドイツはイスラエルが紛争に巻き込まれた場合、原則としてイスラエル側に立つというメッセージを全世界に送った。【10月20日 新潮社Foresight】
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これを受けて、今回のイスラエル・ハマスの戦闘にあっても、10月8日にショルツ首相が発表した声明の中に、「イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」という言葉があります。

****ナチスの犯罪に対する負い目****
ショルツ首相は、メルケル前首相の路線を継承して、ハマスによる大規模テロという危機的な事態において、イスラエル支持の姿勢を改めて打ち出した。ドイツのイスラエル寄りの姿勢の背景には、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺に対する「負い目」があるのだ。

(中略)ドイツ政府は、イスラエルに対する軍事支援にも踏み切る。ドイツ国防省の10月12日付の発表によると、同国のボリス・ピストリウス国防大臣は10月12日、「イスラエルからリースされている2機の「ヘロン」型ドローンを返還する他、軍事資材や医療物資も供与する」と語った。

同国の緑の党の議員たちの間からも、イスラエルに対して武器を供与するべきだという意見が出ている。同党のアンナレーナ・ベアボック外務大臣は、「イスラエルは自衛する権利がある」と語った。(後略)【10月20日 “ハマス大規模テロ――なぜドイツはイスラエルを支持するのか”新潮社Foresight】
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【フランス アルジェリア植民地支配・弾圧への明確な謝罪なし】
フランスは広大な植民地をアフリカなどに有していましたが、特に本国と関係が深ったのがアルジェリア。

マクロン仏大統領は2018年9月13日、1957年にアルジェリアでフランス軍に拘束され行方不明となったモーリス・オダンの死について、軍の責任を認め、未亡人に謝罪しました。
ただ、アルジェリア植民支配・弾圧については未だ明確な謝罪発言はなされていません。

****仏マクロン大統領、慰霊祭初参加 60年前のアルジェリア人弾圧、謝罪発言はなし****
フランスと北アフリカの旧植民地アルジェリアが独立戦争中だった1961年10月17日、パリで起きたアルジェリア系移民の弾圧から60年となるのを前に、マクロン大統領が16日、現職大統領で初めて慰霊祭に参加した。大統領府は「許されない犯罪」との声明を出したが、マクロン氏自身からは謝罪の発言はなかった。

マクロン氏はパリ郊外のセーヌ河畔の橋で行われた慰霊祭で黙とうをささげ、遺族らに声を掛けた。

大統領府は、アルジェリア系移民のみに課された夜間外出禁止令への抗議で集まった約2万5000人が弾圧され、数10人が死亡し遺体がセーヌ川に投げ捨てられたことを認めた。死者数は従来の公式見解で3人とされてきたが、数百人規模と指摘する識者もいる。

禁止令を出した当時のパリ警視総監は、第2次世界大戦中の親独ビシー政権で多くのユダヤ人を強制収容所へ送ったとして戦後に裁かれ、実刑判決を受けたモーリス・パポン氏(故人)。大統領府の声明は「パポン体制下で行われた許されない犯罪」とする一方、弾圧の実行者が警察官であるとは言及しなかった。

マクロン氏は初当選した大統領選中に、アルジェリアの植民地化を「人道に対する罪」と糾弾していた。慰霊祭の参加について、パリ郊外ナンテールの市民団体「記憶のための連帯10月17日」のアフメド・ジャマイさん(55)は「フランスが虐殺を認める日のために30年活動してきたのに、大統領の直接の言葉が聞けないとは」と嘆いた。

両親が当時、パリでの抗議行動に参加していた同団体のマメド・カキさん(60)は「虐殺の記憶があまりにむごく、アルジェリア人の多くは子どもに語るのをタブー視してきた」と指摘。マクロン氏に対し「新しい歴史のページをめくる好機を逃した」と残念がった。

歴代仏政権が弾圧の事実と向き合ってこなかったことは、アルジェリア独立後も両国対立の背景の一つとなってきた。今月以降、マクロン氏自身の歴史認識を巡る発言を機に激化していた対立が緩和に向かう可能性もあるが、仏国内では右派系野党から「反仏プロパガンダに屈した」などと批判も出ている。【2021年10月17日 東京】
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【オーストラリア アボリジニへの歴代首相の謝罪に続き、憲法改正を試みるも大差で否決】
オーストラリアで問題になっている過去の歴史は先住民アボリジニの殺戮・差別。
2008年2月13日、ケビン・ラッド首相が議会で演説、過去のアボリジニに対する差別的政策について公式に謝罪。
2021年2月15日、スコット・モリソン首相も議会で「事実を認め、これまでの首相の言葉を繰り返す。申し訳ない」とあらためて謝罪。

アルバニージー首相は更に一歩進め、「アボリジナル・ピープルおよびトレス海峡諸島民を『最初のオーストラリア人』と認め、その意見を議会に届ける諮問機関ボイスを創設する」とする憲法改正を国民に問いましたが、当初は賛成の世論が多数だったものの、野党の反対もあって、次第に反対の世論が増え、国民投票では反対が6割を超える大差で否決されました。

****豪、先住民巡る改憲否決 国民投票で反対6割超える****
オーストラリアで14日、アボリジニなど先住民を巡る憲法改正の是非を問う国民投票が実施され、反対多数で否決された。先住民の指導者は15日、遺憾の意を示し、1週間にわたり先住民の旗を半旗にする方針を表明した。

国民投票では、先住民を「最初のオーストラリア人」と認めることや、先住民が影響を受ける問題を政府に諮問する組織「議会への声」設立の是非が問われた。

改憲には賛成が全国で過半数を占め、さらに全6州のうち少なくとも4州で過半数に達する必要があったが、全州で反対が多数を占め、全国では反対派が60%以上に上った。

先住民の指導者は「この大陸に来てまだ235年しか経っていない人々が、この地を6万年以上にわたって故郷としている人々を認めることを拒否するとは道理を超えている」と述べた。

今回の結果は先住民社会との和解に向けたオーストラリアの取り組みに大きな痛手となり、先住民問題への対応における同国のイメージも損ねるものとなる。【10月16日 ロイター】
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****オーストラリア、先住民の権利向上をめぐる国民投票「否決」...甘すぎた政府の理想と現実****
<アボリジニの未来のため、白豪主義の過ちを償おうとする首相の訴えは理想論としては完璧だったが、誤算と失策に悩まされる結果に>

10月14日、オーストラリアで先住民の権利をめぐる国民投票が行われ、否決された。是非が問われたのは、「アボリジナル・ピープルおよびトレス海峡諸島民を『最初のオーストラリア人』と認め、その意見を議会に届ける諮問機関ボイスを創設する」ための憲法改正案だった。

否決自体は想定内だったが、その規模は予想をはるかに超えていた。60%もの有権者が政府の改憲案を拒否したのだ。

この結果は人々に内省を促した。否決は先住民に対する国民の姿勢の表れなのか。それとも単に反対派の戦略がうわてだったのか。

多くの疑問が渦巻くが、確かなことが1つある。昨年5月の政権発足以来、改憲に取り組んできた労働党のアンソニー・アルバニージー首相にとって、敗北は甚大な打撃だ。

国民投票を実施したアルバニージーの気骨は称賛に値する。憲法で自分たちの存在を明文化し、諮問機関を設立することを先住民が求めた2017年の「心からのウルル声明」を尊重するという公約を、彼は守ろうとした。

先住民がよりよい未来を築けるようにその6万5000年の歴史を認め、白豪主義の過ちを償おうと、アルバニージーは訴えた。これは理想論としては完璧だったが、いざ改憲を実現しようとすると誤算と失策に悩まされた。

説明不足と先入観も敗因
まず、実現に課したハードルが高かった。改憲には全国の有権者の過半数が賛成票を投じ、なおかつ全6州のうちの4州以上で賛成票が過半数に達する必要がある。(中略)

一方、今回問われたのは理念だった。政府はボイスがどんな機関になるのか具体的な構想を示さず、有権者の承認を得た暁には議会がそうした決定を下すとのみ説明した。

先住民の声を政策に反映しやすくする機関の創設は既に国民の理解を得ていると信じたのも、失敗だった。確かにこの数十年で、裁判や調査が先住民迫害の衝撃的実態を明らかにした。歴史は再検証され、国民の意識も変わった。それでも有権者に改憲への賛同を取り付ける段になると、政府は説得力を欠いた。

22年の総選挙で労働党を圧勝させた民意が再び味方してくれると思い込んだのも、間違いだった。

先住民の大半はそんな変化を求めていないとの主張
具体的な構想を示さない政権のやり方に、22年に惨敗した野党・保守連合(自由党、国民党)は目を付けた。有権者の心をつかむのに苦心していた保守連合にとって、国民投票は千載一遇のチャンスだった。「分からないことにはノーと言おう」のスローガンを武器に、野党は有権者の心に疑いの種をまいた。

先住民の指導者であるジャシンタ・ナンピジンパ・プライス上院議員と先住民の実業家で元政治家のウォーレン・ムンディーンも担ぎ出した。先住民の大半は政府が提案するような変化を求めていないと、2人は主張した。

改憲案に込められた大義は、国民投票の否決により致命傷を負った。先住民を代弁するはずだったボイスは、目先の利益しか考えない政治家の手で封じられたのだ。【11月2日 Newsweek】
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ミャンマー  少数民族武装勢力の攻勢 「次世代のスー・チー」と(欧米で)期待される若い女性活動家

2023-11-02 23:32:02 | ミャンマー

(ミャンマーにおける人権やジェンダーに関する若者の声の代弁者として欧米メディアに注目されるティンザー・シュンレイ・イー氏)

【北東部で共闘する三つの少数民族武装勢力の攻勢 戦線は拡大も】
軍事政権が支配するミャンマーでは、民主派勢力と少数民族武装勢力による抵抗が続いています。

イスラエル軍によるパレスチナ難民キャンプ空爆が国際的批判を浴びていますが、常態化しているミャンマー国軍の暴力はもっと露骨にも見えます。

****ミャンマー空爆、29人死亡 国軍、避難民キャンプに****
ミャンマー北部カチン州で、少数民族武装勢力の拠点近くの避難民キャンプに9日夜、国軍の空爆があり、子どもや女性を含む29人が死亡、50人以上が負傷した。地元メディアが10日伝えた。

現場のキャンプはカチン独立機構(KIO)の軍事部門、カチン独立軍(KIA)の拠点から約3キロ。被害状況はKIA報道官が明らかにした。

ミャンマーではことし4月、北部ザガイン地域の国軍の空爆で、民間人ら160人以上が死亡するなど、市民を巻き添えにする攻撃が相次いでいる。【10月10日 共同】
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空爆に使用されるのはドローンのようです。
“この攻撃で、13人の子どもを含む少なくとも32人が死亡し、50人以上がけがをしたということです。
被害にあった避難民キャンプは国軍と対立する少数民族武装勢力の拠点の近くにあり、衝突の巻き添えになった可能性があります。”【10月10日 ABEMA TIMES】とも。

このような少数民族武装勢力との戦闘が続く状況でも国軍は、2015年に軍と少数民族武装勢力との間で結ばれた停戦協定から8周年を祝う記念式典を開催したとか。いささか皮肉というか滑稽でもあります。

****ミャンマー「停戦協定」から8年で記念式典軍のクーデターで形骸化****
ミャンマーで2015年、軍と少数民族武装勢力との間で結ばれた停戦協定から8周年を祝う記念式典が開かれました。

ただ、2年前のクーデター以降は一部の武装勢力が停戦を無効として軍との戦闘を始めるなど、協定は形骸化しています。

首都ネピドーで開かれた「全国停戦協定」の記念式典には、クーデターで実権を握ったミャンマー軍の幹部のほか、協定に合意している少数民族の関係者らが出席しました。

多民族国家のミャンマーでは、自治権の拡大や資源の確保などをめぐり、少数民族武装勢力と軍による内戦が各地で続いていましたが、2015年に8つの組織が軍との停戦協定に合意し、その後、新たに2つの組織が加わりました。

軍トップのミン・アウン・フライン総司令官は、「自由で公正な選挙を実施し、勝利した政党に政権を引き渡す」と述べたうえで、軍と対立するほかの少数民族武装勢力についても停戦協定に参加するよう呼びかけました。

ただ、協定に署名しているカレン民族同盟など3つの少数民族武装勢力は、2年前のクーデター以降、停戦を無効として軍に抵抗する勢力の支援に回っていて、協定はもはや形骸化しています。【10月16日 TBS NEWS DIG】
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ウクライナ、それに続くイスラエル・パレスチナでの戦闘に世界の注目が集まる中、忘れられることも多いようなミャンマー情勢ですが、先月末から複数の少数民族武装勢力が共闘して国軍への攻勢をかけていることが報じられています。

****少数民族が共闘、軍政30人殺害 ミャンマー、異例の一斉攻撃****
ミャンマー北東部シャン州などで(10月)27日、国軍の拠点に対し、三つの少数民族武装勢力が共闘して一斉攻撃を仕掛け、国軍兵士ら30人以上を殺害した。地元メディアが28日伝えた。

検問所などを占拠し、一部主要道も封鎖した。戦力で優位に立つ国軍への異例の攻撃で、2021年の国軍によるクーデター以降戦闘が長期化する中、戦況打開のため強攻策に出た可能性がある。

攻撃に関し、以前から協力関係にある「ミャンマー民族民主同盟軍」と「アラカン軍(AA)」、「タアン民族解放軍」が声明を発表。軍事政権を倒し、国軍による空爆をやめさせるとして、攻撃作戦開始を宣言した。【10月28日 共同】
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こうした地域では少数民族武装勢力が支配権を握ったエリアもあるようです。

****ミャンマー少数民族が独自戒厳令 軍政の支配力が弱体化か****
ミャンマー北東部シャン州の一部集落で、少数民族武装勢力が独自に異例の戒厳令を出した。独立系放送局「ビルマ民主の声」が31日伝えた。

2021年のクーデター以降続く軍政の支配力が弱まっている可能性がある。同州では最近、三つの武装勢力が共闘して国軍の拠点に一斉攻撃し、兵士らを殺害、検問所などを占拠していた。

攻撃は「ミャンマー民族民主同盟軍」や「アラカン軍」などが27日に開始。戒厳令は激しく攻撃した複数の集落で29日に発出し、市民に当面の自宅待機、飲食店に営業中止を要請したという。

武装勢力は国軍の兵士ら100人以上を殺害、約60拠点を占拠したと主張している。【10月31日 共同】
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戦闘は現在も続いているようです。

****激戦続くミャンマー、国軍兵41人投降の情報 北東部の軍事衝突、別の地域にも戦線拡大****
ミャンマー北東部シャン州で続く3つの少数民族武装勢力と国軍との軍事衝突を巡り、3勢力側は1日、国軍兵士41人が投降したと明らかにした。

現地からの情報によると、シャン州北部では10月27日、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)、タアン民族解放軍(TNLA)、アラカン軍(AA)が国軍への大規模攻撃「1027作戦」を始め、激戦が続いている。3勢力はこれまでに80カ所以上の国軍の前哨基地などを占拠し、6台の戦車を押収したと発表。同州クンロン郡区では30日、国軍の第143軽歩兵大隊に所属する兵士41人が投降したという。

一方、北部カチン州のカチン独立軍(KIA)と東部カイン州のカレン民族解放軍(KNLA)は1027作戦を支援するため、それぞれ拠点とする地域で国軍との戦闘を開始した。

ミャンマー国軍は31日、KIAがカチン州の幹線道路沿いにある基地を攻撃し、国軍兵士ら数人が死亡したと発表。国軍は報復でKIAの本部があるライザ周辺を空爆しているという。【11月1日 東京】
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****ミャンマー国軍、中国国境の要衝失う 少数民族武装勢力との戦闘で****
ミャンマー軍事政権は1日、北部シャン(Shan)州での三つの少数民族武装勢力との戦闘で、中国国境の要衝の町の支配権を失ったと明らかにした。

シャン州では先月27日から戦闘が激化していた。同州は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路(Belt and Road)」の一環で、10億ドル(約1500億円)規模の鉄道事業が計画されている。  

タアン民族解放軍(TNLA)、アラカン軍(AA)、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)の3勢力は、国軍の複数の拠点のほか、最大の貿易相手国である中国につながる主要道路を占拠したとしている。  

軍事政権のゾーミントゥン報道官は1日、中国・雲南省と国境を接するチンシュエホーに「政府や行政・治安組織はもはや存在しない」との声明を出した。  

6日間でシャン州の10か所で衝突が起きたという。死傷者の詳細は明らかにしていない。  

一方、中国外務省の汪文斌報道官は2日の定例記者会見で、中国は「すべての当事者に対し、即時停戦を要請する」と述べた。  

国連は、戦闘により多数が避難しており、一部は中国に逃れているとしている。  中国はミャンマー軍事政権を支援しており、主な武器供給国となっている。また、2021年の国軍による実権掌握をクーデターと表現していない。【11月2日 AFP】
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ただ、少数民族武装勢力の攻勢がどの程度の規模で、ミャンマ―全土の情勢にどれくらいの影響力があるのかは判然としません。

また、武力衝突には大勢の市民が巻きこまれており、国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、30日時点で6200人が家などを追われて避難民となっているとも報じられています。

上記記事にもあるように、戦闘は中国国境に近いエリアで、数百人が安全のため中国側に逃げ込んだとも。
ミャンマーとの国境に近い雲南省瑞麗市では「流れ弾」を警戒して学校が休校になったりもしています。

この事態に中国王小洪国務委員兼公安相が10月31日にミャンマーを訪問し、ミャンマー国軍トップのミンアウンフライン最高司令官と会談しています。

【必要とされる多数派ビルマ族と少数民族をまとめていく指導力 期待される一人「次世代のスー・チー」】
仮に少数民族武装勢力が大きな軍事的成果をあげたとしても、ミャンマー全土における状況の変化には多数派(約7割)であるビルマ族の側での動きが必要になります。 また、少数民族武装勢力とビルマ族をまとめていく指導力も必要です。

かつてであれば、スー・チー氏にその役割が期待されるところですが、スー・チー氏は国軍に拘束されて現在の情勢とは遮断されており、また、その統治期間における国軍に寄り添う姿勢(それが本心からのものだったのか、統治の上で国軍との協力が不可欠だったからなのかは定かではない部分もありますが)は少数民族側の信頼を失っています。

ミャンマーには国をまとめていく若い新たな指導力が必要ですが、注目される人物の一人に、国軍の弾圧を逃れ、地下に潜伏しているティンザー・シュンレイ・イーという女性がいるそうです。

****「次世代のスー・チー」が語る本家スー・チーの価値と少数民族乱立国家ミャンマーの未来****
<ウクライナ戦争とガザでのイスラエル・ハマスの衝突で、すっかり世界から忘れられたミャンマー内戦。国軍の弾圧に抵抗する反政府組織や少数民族の戦いは続き、国家の未来は見通せないが、この国には「次世代のスー・チー」と見做される31歳の女性がいる>

10月初旬、私はミャンマー国境沿いにほど近いタイ側の人口12万人ほどの街の端にあるカフェで、ある人物を待っていた。(中略)

ここからミャンマー側の街までは1キロもない。その街では最近県知事と警察署長がまとめてドローンで爆殺されたが、それは近くのオンライン詐欺の拠点と化している地区への電力供給を止めたから怒った胴元のチャイニーズマフィアが報復としてやったのだ、といった噂が流れていた。

その地区は貯め込んだ財産を狙った各種の周辺武装勢力の襲撃に悩まされており、国軍傘下でありながら地元カレン族の武装勢力とも通じる「国境警備隊」を雇って防ぎ切っているらしい。

まるきり山賊が跋扈する中世の様相だが、黄金の三角地帯を作り上げた麻薬王クン・サーが死んでからまだ15年ほどしか経っていないと考えれば、そこまで不思議ではないのかもしれない。

(中略)その人物、ティンザー・シュンレイ・イーは姿をあらわした。流暢な英語を操る31歳の彼女は、ミャンマーにおける人権やジェンダーに関する若者の声の代弁者として米タイム誌や英ガーディアン紙など多くの大手欧米メディアの取材を受け、米国務省の「次世代リーダー賞(Emerging Young Leaders Award)」や人権侵害に関する法律の名を冠したマグニツキー人権賞を受賞するなど、その発言は常に注目を浴びている。

2021年に起きたクーデターにより、ミャンマーはいまミン・アウン・フライン将軍率いる国軍によって実効支配されている。

民主派政党の国民民主連盟(NLD)を率いていたアウン・サン・スー・チーと側近はその際拘束され、現在はそのNLDの後継組織である国民統一政府(NUG)がわれこそは国を代表する正統な政府であると主張しているほか、元々国軍やNLDが政権を握っていた時期から対立していたその数20以上におよぶ少数民族の武装勢力が入り乱れて戦闘を続ける。

一口に武装勢力といっても、積極的に国軍と闘う勢力から自領を守れればそれでよいという勢力までそれぞれ思惑が異なり、なかには外国の支援を受けているものもある。

シュンレイ・イーのような都市部の若者たちは、当初こうした「伝統的」な反国軍武装勢力とはまったく違う、「市民的不服従(CDM)」と呼ばれる職場ボイコットやデモなど非暴力を中心にしたかたちで抗議活動を行っていた。

しかし国軍は容赦なく実弾や拉致・拷問をもってこれに臨み、現在までにわかっているだけで4000人以上の市民が殺害されている。

そうした現実の中で、クーデター発生から2年半が経った今、武器を取って抵抗するしかないと考える若者が増えていることは事実だ。彼らの多くは少数民族武装勢力から軍事訓練をうけ、NUGの軍事部門であるPDF(国民防衛軍)に合流し戦っている。しかし少数民族側がNUGとスー・チーを支持しているかというと、必ずしもそうではないらしい。

「スー・チー氏はいまでもNUGの精神的な支柱ですが、彼女は16年にNLDが政権を握ってからクーデターまでの5年間に渡って国軍との距離が非常に近かった。国軍もNLDも(人口の70%近くを占める)ビルマ人が中心となるグループであることも手伝って、少数民族からはビルマ人同士の主導権争いでしかないと見なされてきました」。シュンレイ・イーは言う。

NUGは首相を含む複数の「閣僚」に少数民族出身者を充てているが、それはこうした声に少しでも応えるための配慮だろう。

「それでも多くの人はスー・チー氏が再び指導者として方向を示してくれることを待ち望んでいます。しかし彼女はクーデターの初日に拘束されています。だからそれ以降の状況、例えばNUGがPDFを結成して武装闘争を始めたことすら知らない可能性もある。『彼女は私たちとともにいる』と断言できる人は誰もいないのです。

もし戻ってこられたとして、いまのNUGの方針を承認・支持するかは未知数ではないかと思います。そんな彼女をただ待っているがゆえに、前に進むことができない人たちも多い。でも私たちは違う。ただ前に進み、組織を作り、そして革命と共に歩むのです」

シュンレイ・イーは欧米メディアに登場しはじめたころ、よく「次世代のアウン・サン・スー・チー」と紹介されていた。なによりも女性であり、欧米諸国が好む人権や女性の社会的立場といった「普遍的価値感」をベースに英語で話せるからだ。

しかし彼女が政治的な活動を始めたのは2012年の国際平和デーにピースウォークを企画したことがきっかけで、この後NLDが15年の総選挙に勝ち翌年政権を発足させたあとも、例えばロヒンギャ問題への対応などを巡って常にスー・チー率いる政権に対して批判的だった。

彼女だけでなく、若者たちが見てきたスー・チーは「民主化の女神」ではなく、政権奪取後、現実的に大きな影響力を残す国軍となんとか妥協点をみつけようともがくもその足かせによって失敗する、輝きを失ったあとの姿なのだ。(中略)

曖昧な地帯に暮らす流浪の民たち
(中略)ミャンマーには135の少数民族がいるとされる。この街に逃げ込んだ人々もまた多様で、元々その地域に多いカレン族やタイ人(タイ族)だけではなく、最大勢力のビルマ族、地図上は真逆のミャンマー西側に位置するラカイン州から逃げてきたロヒンギャ族など、田舎であるにも関わらず街を歩いて見かける人種の幅が非常に広い。それぞれ信じる宗教も違い、モスクと寺院と教会とが狭い街中にいくつも見られる。(中略)

「ミャンマー」は多数派ビルマ人の国
(中略)シュンレイ・イーと会ったのと偶然同じ店で、今度は学生時代にサフラン革命(2007年の僧侶を中心とした反政府デモ)に参加して以来政治運動を続ける活動家と会った。

(中略)武装勢力向けの印刷屋が本業だという彼の見方は過度に楽観的ではなく、むしろ逆にともすれば冷めたともいえるものだ。

「革命はもうそのもっとも熱い季節を終えてしまった」という彼は、多くの人がいつでも祖国に帰れるようにと1年更新のピンクカードを申請するところ、10年有効な無国籍証を取得して仲間から「お前はクーデターが10年も続くと思っているのか?」と呆れられたらしい。

いま彼自身が力を入れているのは、サッカー大会や映画上映などのイベント開催を通じたこの街で暮らすミャンマー人たちの交流促進・コミュニティづくりだ。

彼は「他のやつらはみんなずっと『これからの政治はどうあるべきか』みたいな肩肘張ったつまらないことしか言わないから」とシニカルにいうが、私がこれを聞いて思い出したのは、そもそもミャンマーであれ旧国名のビルマであれ(これらは一般的に同じ言葉の口語と文語の表現の違いとされる)、その国の名前すら「多数派民族であるビルマ人の国である」という意識で命名され、3割を占める少数民族はこれまで常に無視されてきたということだ。

だから事実「(民族として)ビルマ人」ではない少数民族は外国人に「あなたは何人ですか」と聞かれたら当然自民族の名前を言う。

連邦制を唱え少数民族を幹部に据えるNUGですら、ゴールであるはずの各民族が統合された先の国家にも、その国民にも、ふさわしい名前すらあたえることができていないのが現状だ。これは国軍の支配に勝てたとしても残り続ける、ミャンマーが抱える根本的な問題ではないか。

この街に潜む統計上は数万人の「ミャンマー人」たちも祖国にいるとき同様、普段はそれぞれの民族や宗教ごとのバラバラで小さなコミュニティの中で暮らす。

活動家の彼にとってイベントを通じてそれらを結びつける試みは、あるいはこの小さな街の中に、今は名前すら持たない未来の母国の雛形を創造する試みなのだろうか...そんなことを考えながら、私の短い滞在最後の夜は更けていった。【11月2日 Newsweek】
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ティンザー・シュンレイ・イー氏に関する日本語報道はほとんどありませんが、英語版ウィキペディアによれば、“彼女はビルマの密林に避難し、反乱軍に加わり、銃器の使用訓練を受けた。 殺したくないと悟った彼女は、1ヶ月の訓練を終えて反乱軍の訓練キャンプを離れ、2022年半ばにタイに避難した。”ということで、武力闘争を行っている反政府勢力とは一線を画しているようです。

そいう平和主義も欧米に“受けがいい”理由のひとつでしょう。それで今の現実を変えられるのか・・・欧米だけでなくミャンマーの人々にどれだけ受入れられるのか・・・という問題はありますが。そのあたり、また情報があれば取り上げたいと思います。

なお、“すっかり世界から忘れられたミャンマー内戦”と形容してはいますが、アメリカもまったく忘れた訳ではないようで、アメリカ財務省は10月31日、ミャンマーで石油や天然ガスを扱う国営企業に対し、実権を握る軍の最大の外貨の獲得源になっているとして、制裁を科すと発表しました。アメリカ国民がこの国営企業に対して投資や貸し付けなどの金融サービスを提供することを禁止するとしています。【11月1日 NHKより】
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パキスタン 170万人超のアフガン不法移民を国外退去に  中国 脱北者を北朝鮮へ強制送還

2023-11-01 22:10:33 | 難民・移民

(パキスタン・チャマンのアフガニスタン国境で列をつくるアフガニスタン人難民を乗せたトラック(2023年10月31日撮影)【11月1日 AFP】)

【パキスタン政府 「不法移民」全員に国外退去命令 タリバン政権から逃れてきたアフガニスタン人も】
パキスタンはテロに関与しているとして、不法移民を11月1日を期限として全員国外退去させる方針を打ち出していますが、これには隣国アフガニスタンからの170万人を超える不法移民も含まれます。

****パキスタン、「不法移民」全員に国外退去命令 アフガン人も対象に****
イスラマバード(CNN) パキスタン当局は3日、国内の不法移民全員に対し、今月末までに国外へ退去するよう命じた。

暫定政府のブグティ内相は記者会見で、来月1日までに退去しない場合はあらゆる法執行機関によって追放すると述べた。

期限後には不法移民の事業や財産を没収し、不法に営業したりそれに加担したりした者は訴追すると予告した。
不法移民をかくまった国内の市民や企業も、「厳しい法的措置」の対象になるという。

偽の身分証明書や偽文書に基づく違法建築物を取り締まるプロジェクトチームも設置された。国家データベースと登録機関には、偽の身分証明書を失効させ、疑わしい例はDNA鑑定で確認するよう指示が出た。

国外退去の対象者には、隣国アフガニスタンから1979年のソ連の侵攻や、2021年のイスラム主義勢力タリバンの復権に伴って流入した173万人も含まれている。このうち数百人は、今年すでに国外へ追放されたとの情報もある。

ブグティ氏は会見で、今年国内で発生した大規模なテロ24件のうち、14件はアフガン人が実行したと指摘し、「証拠はある」と強調した。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは2日、タリバンの迫害を恐れてパキスタンへ逃げた多くのアフガン人が、同国で恣意(しい)的な拘束や追放の脅威にさらされているとして、深い懸念を示す声明を出していた。【10月4日 CNN】
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パキスタン政府は全アフガニスタン人の国外退去を望んでいるとのことで、不法移民だけでなく、滞在許可証を所有している者も強制退去させる考えのようです。

****パキスタン、アフガン不法滞在者を国外退去に****
(中略)国連の最新の統計によると、パキスタン国内には難民登録をしているアフガニスタン人が約130万人いるほか、88万人が滞在許可を得て暮らしている。

だが、移民問題を担当するシャーゼーン・ブグティ内相は、これに加え170万人のアフガニスタン人が不法に滞在していると主張した。

アフガニスタンでは、イスラム主義組織タリバンが復権した2021年8月以降、推定60万人がパキスタンに避難した。

国営通信APPは、ブグティ氏が会見で「パキスタンに居住する不法移民と不法滞在者に与えられた期限は11月1日だ」「出国しないのなら、州や連邦政府の法執行機関を総動員して強制退去させる」と述べたと伝えた。

政府筋がAFPに語ったところによると、政府は全アフガニスタン人の国外退去を望んでいる。「第一段階では不法滞在者、第二段階ではアフガニスタン国籍の人、第三段階では滞在許可証を持っている人が追放される」という。

在パキスタン・アフガニスタン大使館は3日、過去2週間で1000人以上のアフガン人が拘束されたとXに投稿した。うち半数がパキスタンに合法的に滞在しており、警察によるアフガニスタン難民に対する嫌がらせだと非難した。

ブグティ内相はまた、11月1日からは有効なパスポートを持ったアフガニスタン人のみ入国を許可するとしている。
アフガニスタン人は長年、パスポート代わりに同国の身分証明書で入国が認められていた。

アフガニスタンでは現在、パスポートの発行申請が殺到しており、取得までに長期間かかる。パキスタンの入国ビザ取得にはさらに数か月かかることもある。

ブグティ氏は取り締まりを実施し、アフガニスタン人の不法滞在者が所有する不動産や企業を没収すると警告している。 【10月4日 AFP】
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不法移民だから国外退去・・・もっともらしいですが、実質的には、戦乱を逃れてきた難民、タリバン政権の報復を恐れた亡命者などです。

またすでに何十年もパキスタン憎らし、生活基盤が完全にパキスタンになっている者も多く含まれます。

こうした者をアフガニスタンに強制退去させて、その者の安全はどうなるのか? 暮らしはどうなるのか? 大きな懸念があります。

****パキスタン 不法移民の強制送還 アフガニスタン人の安全に懸念****
イスラム主義勢力タリバンから逃れたアフガニスタン人が多く暮らすパキスタンの政府は、すべての不法移民を来月から強制送還する方針を示しました。国際的な人権団体などからは、本国に送還されるアフガニスタン人の安全への懸念が強まっています。

パキスタンにはおよそ40年前の旧ソビエトのアフガニスタン侵攻以降、戦禍を逃れた多くのアフガニスタン人が暮らしていて、おととしのタリバンの復権以降は、弾圧を恐れた前政権の関係者や人権活動家などが移り住みました。

こうしたなか、パキスタン政府はビザの取得や更新などの手続きを経ずに滞在しているすべての不法移民について、今月中に国外に退去するように求め、従わない場合は、来月から強制送還する方針を示しました。

パキスタン政府は、アフガニスタンからの不法移民は170万人に上るとしていて、今回の決定について、国内で発生するテロにアフガニスタン人が関わっている疑いがあるためだなどと主張しています。

首都イスラマバードでは地元当局がアフガニスタン人が暮らす一部の家を「不法な占拠を解消するため」などとして取り壊し、住民から非難の声が上がっています。

国際的な人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が強制送還の方針について「アフガニスタン人を迫害の危険にさらす」として中止を求めるなど、本国に送還されるアフガニスタン人の安全が脅かされることに懸念が強まっています。【10月29日 NHK】
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“アフガニスタンで実権を握る「タリバン」から逃れた移民も多く、国連機関は「強制送還されれば、人権侵害の重大な危機にさらされる」として中止を求めています。”【11月1日 TBS NEWS DIG】

パキスタン政府の強硬姿勢を受けて、すでに14万人超が出国したとも報じられています。

****パキスタンからアフガン不法移民ら14万人超出国、強制送還控え****
パキスタン当局は1日、アフガニスタン人を中心とする14万人以上の不法移民が既に出国したと明らかにした。2日からは国内に滞在する全ての不法移民を強制送還する方針を示している。

アフガンと国境を接する州の高官によると、この2週間で約10万4000人のアフガン人がイスラム主義組織タリバンに支配されている祖国に戻った。30年以上もパキスタンに不法滞在していた者もいたという。

一方、パキスタン内務省は不法移民の出国者数を14万0322人としている。(中略)

人権団体はパキスタンに強制送還措置の再考を求めている。 ただ、パキスタン政府は国内での武装攻撃にアフガン人が関与していると主張し、強硬姿勢を崩していない。【11月1日 ロイター】
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11月1日が期限ということで、国境には多くのアフガニスタン人が殺到しているようですが、タリバン政権も今回措置を批判しています。

****不法滞在のアフガン人、帰国期限迫り国境に殺到 パキスタン****
パキスタンに約170万人いる不法滞在のアフガニスタン人に対し、自主的に帰国しなければ強制送還するとした政府の期限が迫る中、10月31日には3万人近くが国境検問所に列をつくった。

パキスタンには、アフガニスタン人数百万人が暮らしている。そのうち、推定60万人が、イスラム主義組織タリバン(Taliban)がアフガニスタンの実権を再び掌握した2021年8月以降に避難してきた。

パキスタン政府は11月1日から、帰国を拒否する不法滞在のアフガニスタン人を、新設した収容施設に移送し、強制送還の手続きをすると発表していた。

パキスタンのサルフラズ・ブグティ内相は動画で、11月1日までは自主的な出国が認められるが、2日からは強制送還を行うと宣言した。

政府高官によると、カイバル・パクトゥンクワ州の国境では10月31日午後に少なくとも1万8000人が7キロにも及ぶ列をつくった。

入管当局によると、南部バルチスタン州の検問所には約5000人が押し寄せた。

タリバン暫定政府のモハマド・ヤクーブ国防相は、パキスタンの方針は「残酷で野蛮」だと非難している。

ペシャワルに住むアフガニスタン人の少女(14)はAFPに、滞在に必要な書類はないができるだけ長くパキスタンに残るつもりだと話した。
「アフガニスタンでは教育が受けられなくなるから私たちは故郷には帰らない」「父には、もし自分がパキスタン当局に逮捕されても帰るなと言われている。アフガニスタンには人生がないから」と語った。

首都イスラマバードでは、複数のアフガニスタン人学校が10月31日から休校している。教師らはAFPに、生徒が家族と一緒に身を隠しているからだと説明した。

市内では警察と政府関係者の立ち会いの下、貧しいアフガニスタン人が住んでいた、泥で造られた違法建築の取り壊しが行われていた。

難民の両親の元にパキスタンで生まれた男性(35)は自宅がブルドーザーに崩されるのを見ながら、「もうたくさんだ。道を教えてくれればきょうにも車を手配して出て行く。こんな屈辱には耐えられない」と嘆いた。

■前例のない取り締まり
パキスタンは、アフガニスタン人の強制送還は国の「福祉と治安」を守るためだとしている。
アフガニスタン難民の長期的な滞在が、パキスタンのインフラに大きな負担となっており、今回の方針は国民から幅広い支持を得られていると強調している。

弁護士や人権活動家らは、今回の取り締まりは前代未聞の規模だと指摘。当局に対し、アフガニスタン人が尊厳を持って去ることができるよう、もっと時間を与えるよう訴えてた。帰国を迫られている人の中には、数十年間パキスタンに住んでいる人もいる。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は10月31日、パキスタン政府は「脅迫、暴力、拘束」を用いて帰国を強制していると指摘した。【11月1日 AFP】
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【中国 脱北者を北朝鮮に強制送還 待ち受ける過酷な運命】
一方、中国でも北朝鮮からの脱北者の強制送還が問題となっています。

韓国の人権団体「北韓正義連帯」は10月11日、中国で収監されていた脱北者約600人が10月9日夜に北朝鮮へ強制送還されたと発表しました。  北朝鮮は8月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う国境封鎖を緩和し、海外からの自国民帰国を認めていますので、今回送還はこれに伴う動きとみられています。

****中国が「多数の」脱北者を強制送還、韓国政府が遺憾を表明****
韓国は(10月)13日、中国が北朝鮮からの亡命者を「多数」、強制送還したと発表した。

人権団体らはこれに先駆け、少なくとも600人の北朝鮮国民が中国から送還されたと報告していた。韓国政府は、この報告が真実だという可能性があると述べたものの、送還された人数については明らかにしなかった。

人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は、脱北者の多くは女性で、送還後に投獄されたり、性暴力を受けたり、殺される可能性があると指摘した。

中国の情報筋は、9日夜に数百人がトラックに乗せられ、収容施設から北朝鮮に送られたと報じている。

韓国統一省の具炳杉(クビョンサム)報道官は、「韓国政府は、いかなる状況においても、在外北朝鮮人を本人の意思に反して強制送還してはならないという立場を取っている。意思に反する強制送還は、国際規範のノン・ルフールマン原則に反する」と述べた。ノン・ルフールマン原則では、迫害される可能性のある難民や亡命希望者を追放・送還することを禁じている。

具報道官は、韓国は中国に抗議し、あらためて立場を表明したと述べた。一方、それ以上の詳細は明かさなかった。

国連のエリザベス・サルモン北朝鮮人権状況特別報告者によると、中国には違法入国した約2000人の脱北者が拘束されているという。

中国は脱北者を難民と認定せず、「経済移民」だとしている。外国政府や人権団体はこの立場を再考するよう促しているが、中国は脱北者を送還する政策を敷いている。

中国外交部の汪文斌報道官は12日、強制送還の報告について尋ねられると、「中国にはいわゆる『脱北者』というものは存在しない」と述べた。ロイター通信によると、汪氏は、経済的な理由で中国に不法入国した北朝鮮人に対して、政府は「責任ある態度」をとっていると述べた。

HRWは、北朝鮮が8月に国境を解放して以降、脱北者の強制送還への懸念が高まっているとしている。2021年7月以来、170人近くが強制送還されたことが確認されている。

また、今回強制送還された人々が、強制労働キャンプに収容される「深刻な危険性」があると指摘。さらに、拷問や強制失踪、処刑の可能性もあると述べている。

人権団体は、各国政府に「今回の中国の強制送還を非難し、将来的な強制送還を止めるよう呼びかけてほしい」と訴えている。

中国政府対しても、脱北者を難民認定するか、韓国など他国への安全な道筋を与えてほしいと要求している。【10月14日 BBC】
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脱北者の場合、中国当局から北朝鮮当局へ直接引き渡されますので、その後は完全に北朝鮮当局の管理下に置かれます。 脱北者がどのような境遇に置かれ、どのような処分を受けるか・・・想像に難くないところです。

****脱北者「看守は拷問のプロ」 中国での拘束・送還体験語る 今後も数百人規模か****
中国で拘束されていた多数の脱北者が、10月8日まで中国浙江省杭州市で開かれていた杭州アジア大会の前後に北朝鮮へ強制送還された。

過去に送還を経験した脱北者は、自らが体験した拷問などの人権侵害が繰り返されることを懸念する。今後も送還が続くとの見方もあり、韓国内からは中国政府に送還の停止を求める声が出ている。

◆「収容所で殴られ側頭部が陥没」
「強制送還という言葉がいかに恐ろしいかは、皆さんには想像できないでしょう」。23日にソウルで記者会見した脱北者の池明希チミョンヒさん(59)が、自らの経験を基に語った。

最初に脱北を試みたのは2010年7月。ブローカーを頼り、中国吉林省長春市に潜伏していた同年10月、中国当局に逮捕され、約3カ月後に北朝鮮両江道リャンガンドの収容所に送られた。

看守は韓国とのつながりを自白させるため、毎日池さんの顔が腫れるまで殴った。陥没した池さんの側頭部は今も治らない。
独房では自由にトイレに行くのも許されず、ズボンの中で排せつさせられたこともあった。

池さんは「看守は訓練を受けた拷問のプロだ。目も顔も真っ赤で、あえぎながらこん棒を振り上げて殴る。今も恐ろしい顔を忘れられない」と話した。

◆人権侵害に国際的な注目を
脱北は中国での出稼ぎ目的だと言い張って解放された。3回目でようやく脱北に成功し、16年から韓国に住む。強制送還は「中国政府の非人道的行為」だとして、「二度と起きないよう国際的な注目と支援をお願いしたい」と呼びかけた。

一緒に会見した脱北者支援団体の理事長で弁護士の金泰勲キムテフン氏は、今後さらに数百人が北朝鮮に送還される恐れがあると指摘する。

アジア大会閉幕翌日の10月9日には脱北者約600人がまとめて強制送還されたとされるが、中国で逮捕された脱北者女性から伝わった情報では、吉林省の収容施設では9日以降も脱北者170人程度が拘束されていた。金氏は同様の施設が中国に5カ所あるとみる。

別の支援団体は、中国で拘束されていた脱北者全員の約2600人がアジア大会前後にすでに強制送還されたとの見方を示している。

一方、金氏は女性の情報などに基づいて、一連の強制送還はまだ終わっていないと分析している。

北朝鮮は、中国で新型コロナウイルスが広まった20年1月から続けてきた国境封鎖を今年8月末に解いた。中国国内ではこの間に拘束された多数の脱北者が滞留していたが、中国側は大規模な送還が国際的な批判を受け、アジア大会に支障が出ることを避けるため、大会閉幕を待ったとみられる。

◆韓国側、中国に「懸念」
尹錫悦ユンソンニョル政権は脱北者の問題を重視しており、韓国統一省は10月19日、在韓国の各国大使館や国際機関の関係者を集めた説明会を開き、強制送還を防ぐための協力を要請した。アジア大会で習近平しゅうきんぺい国家主席と会談した韓悳洙ハンドクス首相は「懸念を伝えた」と説明している。

脱北者らで運営するラジオ局「自由北韓放送」代表のキム・ソンミン氏は「署名活動や大使館前でのデモなどできることは全てやった。後は尹大統領自身がメッセージを発信するしかない」と話した。【11月1日 東京】
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中国は脱北者の強制送還を巡り国際社会から人権軽視だと批判されていますが、北朝鮮との外交関係を優先し、残る脱北者についても追加的に強制送還する準備を進めているとのことです。


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