喫茶 輪

コーヒーカップの耳

「昭和の小さな村と…」

2021-02-01 10:03:33 | 
今朝の神戸新聞「読者文芸」欄の入選作。

←クリック。

記事拝借お許しを。
「昭和の小さな村と小さな命」(植田京子作)だが、懐かしい思いをした。
わたしが子どものころだが、うちの家は父が米屋をしてたので、近所で唯一電話があった。
木製箱型の電話機が柱に取り付けられていて、受話器が箱の横にぶら下がっている。
箱の正面に送話器があってそこに口を寄せて話したもの。
受話器を上げると、交換手さんが出て、「何番?」と訊かれ、「○○番」と言うと相手先につないでくれるというもの。
それに、よく呼び出し電話がかかってきた。
するとわたしがその家に呼び出しに行く役目だった。
隣保は20軒近くあったので、しょっちゅう。
冬の夜などは寒いので嫌だったが…。

選者の時里氏の評。
《長い作品なので、その一部しか載せられない。電話が普及していない但馬の山間の集落での一コマ。昭和の生活史としても貴重な証言。》

この詩を家内に読んでやった。
家内はやはり但馬の山間で育っている。すると、
「そうそう、川の向こうの油揚げや豆腐を売ってる小さな店のおじさん、コウタさんが大きな声で、お母ちゃんを呼んではった。「フジコさ~ん、電話です~で~っ」と。そのうち有線電話がついたけど」。
この有線電話というのも説明が面倒なもの。
今の若い人には考えられない話。

『完本コーヒーカップの耳』


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