あいよっこの旅ログ:::Part2:::

「女性のひとり旅は冒険の始まり!」

「人々の思念が心霊写真に?」斎場御嶽 その②

2008-02-10 23:10:41 | あいよっこの島々模様

                      寄満(ユインチ)から引き返し、三庫理(サングーイ)に向かう道に入ったとたん、なんだかほっとして大きく深呼吸しました。それまであまりにも濃密な空気を感じて、浅い呼吸しかできなかったのです。呼吸と一緒になにかが入ってくるような感覚があったのです。このことはまたあとでふれます。

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 ガイドブックやパンフレットなどでもおなじみの、この三庫理(サングーイ:写真)は特に自然の造形に驚きます。こんなに大きな石が本当にうまく組み合わさっているなあ! 2枚の巨岩でできた逆三角形の門(結界門のように思えます)を出ると、3平米ほどの狭い場所があります。東方向には、海の彼方に久高島を望むことができる遥拝所です。<o:p></o:p>

 お祀りの時にはここからお迎えした神様を、逆三角形の門を通っていただき、広場(下の写真)でおもてなしをするのでしょう。そしてさらに奥の場所におまねきして、さまざまな儀式をとりおこなうのです。

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 かつて島々の暮らしを支えるのは漁業でした。危険がつきまとう激しい労働の漁には男が、一方女たちが家や農業を守るのは自然な役割分担だったでしょう。そして神様に大切な人の無事を祈るのは女の仕事で、男はその気持ちを感じることで安心できたと思います。女が神様と近くなったのはとても自然なことだったのですね。女は愛する人のために、あるいは亡くなった愛しい人のために、お祈りをしました。絶対的・永遠的な神様の力と一体になりたかったのです。<o:p></o:p>

 

写真:サングーイの手前にある拝所。2本の鍾乳石の下にはつぼがあり、溜まった水の量でその年の収穫を占う。

 

 

 斎場御嶽(セーファウタキ)に入って感じたのはそんな祈りのエネルギー、思念というのでしょうか、です。あいよっこには、それは神さまの霊魂とか亡くなった人の霊とかではなく、生きた人たちの思いの強さという感じがします。そんなものが現実に感じられたりするのでしょうか? ノーベル生理学・医学賞を受賞したシャルル・ロベール・リシェは「エクトプラズム」というものを発見しました。(ウィキペディアを参照)ある種のエネルギーが関係しているようです。これが本当かどうかわかりませんが。

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 さらに不思議だったのは、この濃密な空気の場所で撮った写真に「オーブ」という白く光る玉が写っていたことです。前回の最後の写真にもひとつ写っているのに気づきましたか?後で思うのですが、この写真の岩は本当に人の顔に似ています。<o:p></o:p>

 「オーブは心霊写真ではなく、自然現象」というサイトはたくさんあります。たしかに雨は降っていなかったけど、雨上がりなので空気中に水蒸気はたくさんあったでしょう。もちろんゴミやほこりも。でもフラッシュをたいた別の場所では全く写っていないのも不思議です。水滴、ほこり、ゴミなどでも写るのでしょうが、でも実際のところはフラッシュが何に反射したのかは、わからないということです。目に見えない別のものの可能性がないわけではない、ということになります。あなたはどう思いますか?<o:p></o:p>

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あいよっこの旅ログは一週間ほどお休みします。よろしくね。<o:p></o:p>


「人々の思念に満ちた斎場御嶽(セーファウタキ)」その①

2008-02-06 21:36:47 | あいよっこの島々模様

 

 最初にここを訪れたのは世界遺産に登録された2000年の2~3年後でした

道路の標識もなく、「さいばおんたけ?はどこですか?」と聞くと、おじさんが一瞬怪訝な顔をした後「ああ、○○○(聞き取れない)ならまっすぐ進んで、郵便局を左に入って・・・」と教えてくれました。

 進入路は未舗装のがたがた道で、駐車場が整備されつつありました。読み方も、ましてここがどんなところなのかさえもわかりませんでしたが、ウタキというものが強く印象に残りました。

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今回は情報館である「緑の館・セーファ」も整備され、ここを通って入り口に向かいます。時折小雨がぱらつくお天気のせいもあり、観光客はめっぽう少ないです。入り口近くと出口で会っただけで、途中はまったく1人、かなり孤独でした。

正面の石畳の坂道に、参道の入り口「御門口(ウジョウグチ)」があります。道の右にある6つの香炉は内部の拝所の数を示しています。左側には3体の石つくり。これは可愛いくて風情があります。(写真)

 

ゆるやかな参道を登っていくと、切石に囲まれた石敷きの広場が現れてきました。この「大庫理(ウフグーイ)」には「大広間」とか「一番座」という意味があり、大切な儀式が行われました。琉球国王と国土を守護する聞得大君(きこえおおきみ)が、初めて就任する儀式が「御新下り(おあらおり)」でした。この際には、岩陰の一段高い場所に神様と枕をともにするための寝室がつくられたのです。この神様との聖婚によって聞得大君は加護を得て、霊力を宿すと考えられました。

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その先で道が左右に分かれているので、順路に従って左にまがると「寄満(ユインチ)」と呼ばれる場所があります。台所という意味ですがその機能はなく、「豊穣に満ちた場所」といった解釈がされています。このあたりの樹々はいっそう深くなり、光は遮断されて薄暗く、石灰岩の迫力あるおどろおどろしい形が迫ってくるように感じます。

写真:ユインチに続く道。ここをどんな人がどんな気持ちで通ったのかな?とつい想像してしまいます。

 

 

 

 

 

宗教は「非日常性」と深く結びついていますが、この場所の背景・ロケーションは本当に日常からちょっと外れた感覚、想像力、幻想力(妄想までいっては困る)などを掻き立てるには最適です。実は入り口から進むに従ってなんだか胸騒ぎのような、ざわざわとする感じを覚えていたのも、こんな背景のせいなのでしょうか?

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写真:迫力ある石灰岩の大岩。かなり圧倒されます。

 

 

その②に続きます。<o:p></o:p>


「ウタキや水場(カー)は集落の中心」

2008-02-04 23:43:40 | あいよっこの島々模様

 沖縄地方のことばって最初はチンプンカンプンでなじみにくいですよね。でも慣れてくるとどこか共通点もあり、なんとなくわかってきます。するとその呼び名が実にぴったりしてくるのが不思議です。<o:p></o:p>

石畳の坂道(カービラ)を降りたら、思いのほか広い場所が広がっていて、正面の素晴らしい見晴らしが飛び込んできました。段々低くなる緑の田畑や、その先には遠く青い海も見渡せます。

 

写真:降りたところから左側を見ると手前に女の川、その先奥に男の川が見えます。

   名前の由来と区別はその形から?

 

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山の中腹からは小さな滝が幾筋か流れています。これは大きな木の根元にある泉から湧いているようです。向かって左側上の流れが「イナグンカー(女の川)」で、樋(とい)は小さくて目立たなくてたらたらと流れている感じです。

反対に右側の石製の樋は大きくて豊かな水量を、石垣に囲まれた水場に勢い良く流しています。この下流が「イキガンカー(男の川)」で男が使用するそうです。この樋の横に石の小さな祠があり、水神を祀っています。古くからの井泉もやはりお祈りの場所だったのですね。

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下にできた小さな池はンマガンカー(馬俗川)と呼ぶので、かつて馬を洗っていたのでしょうか。現在ではここで、夏場になると子どもたちが水遊びをするそうです。豊かな水量と、良い景色を見ながらの水浴びはきっと最高。

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 水量も豊かですが、水質もとても良好で、環境庁の名水100選の、しかも当初の31件に選定されたのが自慢です。でも先におびただしいタニシやイモリを見たあいよっこは、「味見をする、試飲する」ということが全く脳裏をかすめなかったです。 

 

写真:石つくりの樋(とい)から勢い良く流れる水。後ろのうっそうと茂ったところに泉がある。

 

  

 

 神々をお祭りし祈りをささげる聖地である御嶽」は一般に「ウタキ」と呼びますが、西表島では「ウガン」と呼んでいました。本島で「ウガン」というと「御願」、つまり参拝することや人のこととなります。<o:p></o:p>

基本的にはりっぱな拝殿を設けたところは少なく、石や植物などの自然物を配置しただけのところも多いです。竹富島で見たウタキは香炉などの他はなにもないようでした。だからといって持ち帰るなどはもちろん、勝手に配置を変えたりすることも許されません。だけど必ず必要なのは木や森で、神さまは樹たちと相性が良いのでしょう。<o:p></o:p>

島の文化は外からの影響も受けつつ、その島固有のものを守るところも強く残っているところがまた魅力です。沖縄の島々に惹かれるのは、似ているようでいてそれぞれの島独特の文化・風習や雰囲気が感じられるところにあるのです。

 

次回はうたきのなかでも最高位である「斎場御嶽(セーファウタキ)」に行きます。


「さすが亜熱帯!でかでかタニシ、シリケンイモリ」

2008-02-01 23:45:19 | あいよっこの島々模様

 

本島南部の南城市周辺は琉球神話と深くかかわっています。琉球王国が開闢(かいびゃく:世界の始まり)するとき、創始神(アマミキヨ)が降り立ったという久高島を中心に、グスク(城)やウタキ(聖地)などの歴史遺産や史跡が数多く点在しているのです。古来よりこの地域を巡ることを「東御廻り(あがりうまーい)」と呼び、人々は祈りの巡礼をしていたそうです。今もしているのでしょうね?なんだか四国88ヶ寺めぐりと似ています。現在では「グスクロード」とか「スピリチュアルゾーン」と称していますが、観光のためには致し方ないのでしょう。<o:p></o:p>

沖縄の(1700年以前の)古くからの集落には数多くの拝所があり、神様はいつも生活と密着していました。その中で祭祀を司る最高の聖地がウタキで、たいてい樹木が生い茂った森の中にありました。それとともに生活に欠かせない水場も集落の中心にあり、カーと呼ばれる井泉もまた重要な拝所だったのです。垣花樋川(かきのはなひーじゃー)もそうしたカーのひとつ。ヒージャーガーというのは(垣の花集落の)「樋で水を引く井泉」という意味です。<o:p></o:p>

 

写真:急な坂道を100mほど下るとヒージャーがあります。かつては特に女性たちが洗い物や水を持ってここを上り下りしたのでしょう。

 

  ちょうど雨上がりで、ときおりぱらつくようなお天気でした。濡れた石畳の坂道を滑らないようにゆっくり降りていきます。おっ、道の真ん中に大きな巻貝の貝殻がっ! 10cm近くもあり、良く見ると貝殻にしてはぬめっと光っています。う、動いてる! じわじわと道を横切っているのです。ひっくり返してみると、ナメクジあるいはかたつむりのような中身がありました。(写真)これは大型のタニシらしいです。でっかい!さすが亜熱帯! 

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写真下:急な坂道には途中で一休みするための石が残っています。中休み石でタニシもひと休み。

 

さらに進むとこんどは黒っぽい爬虫類にギョ!あちこちで見え隠れしています。いやまてよ。これはトカゲよりメタボ体型だし、水のちかくに住むイモリではないのかな? 近づくとゆっくりと逃げるのですが、基本はじっとのんびりしているみたいです。まるで周辺の主のようなふるまいです。うーむ、ここはガラパゴスか。ちょっとオーバーか。<o:p></o:p>

 ネットで調べるとこれは琉球特産の「シリケンイモリ」らしいです。見た限りでは黒色基調で背中に金箔を貼ったもの、茶色の濃淡の2種類がいました。個体差か、性差かわかりません。水の流れに沿って下流に行くとますますイモリはうようよといっぱいいて、その先にはそうした小動物や魚などを狙っているらしいシラサギが悠然と立っていました。水に沿ってあらゆる動植物そして人間が生活していることを実感しました。<o:p></o:p>

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 小動物のほうに夢中になって肝心のカーを忘れてしまいました。次回にします。

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