あいよっこの旅ログ:::Part2:::

「女性のひとり旅は冒険の始まり!」

南紀といえばマグロとクジラ

2008-10-30 23:27:32 | 山は地球の見晴らし台

   紀州勝浦といえば「まぐろ」。紀伊半島のほぼ南端に位置するという地の利を生かして、生のまぐろの水揚げが盛んです。勝浦漁港では土曜日以外の毎朝、威勢のよいセリが行われます。

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水族館でスイスイ泳ぐ魚くんもいいけど、実際に食べる魚も大好き。魚市場と聞くとなぜか胸が高鳴ります。JR紀伊勝浦のホテルに泊まった翌朝8時過ぎ、「もう遅いかな」と思いながら、歩いて5分の距離にある漁港に行って見ました。

 

写真:セリは真剣勝負

 

漁港の上空にはとんびの群れが舞っています。そして今まさにセリの最中でした。セメントの地面にはたくさんのマグロが横たわり、それをとり囲んでいる男たち。あっ、女性も1人見えます。 マイクから流れる声は、なにやら調子をつけて唄っているようにも聞こえます。

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その場できびきびと頭を切りおとし、お腹を開いて内臓を処理する若い人たちもいれば、成約したまぐろをリフトカーで移動して、そのまま車に積み込む人たちもいます。喧騒の中にも整然とした、慣れた手はずで物事が進んでいきます。 おおっと、スキを見てトンビが急降下、なにかさらって舞い上がりました。

 

写真:その場で解体作業を始める人たち。

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街にはまぐろの美味しい店、扱っている店が50以上もあります。「生まぐろ食べ歩き」などのマップがいろんなところに置いてあるので大丈夫。あいよっこも居酒屋さんで「まぐろ丼」「アジの南蛮撞け」などを頂きました。砂糖甘さのないあっさりしたたれが素材を引き立てて美味しい!<o:p></o:p>

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南紀の海岸線は太平洋の激しい波で侵食され、面白い形や不思議な造形の場所が数多くあります。勝浦港の周辺には大小さまざまな島が点在して、東北の松島に似ているところから「紀の松島」とも呼ばれます。

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遊覧船に乗って紀の松島めぐり」に出発しましょう(写真)。Aコース(1500円:ホテルなどに割引券あり)は観光桟橋を出て、島巡りをした後、太地くじら浜公園に下船できます。台風15号が近づいていることもあり、波は少し荒く、空は曇っています。がっ、そんなのかんけーない! <o:p></o:p>

 

 

最初に小島と小島の間のせま~~いところを通り抜けるのがスリル満点。何万年、何億年とかけて自然が作った創造物には「らくだ島」「ライオン島」「鶴島」などの名前がついています。

 

写真:最初に通り抜けるのが右の狭いところ。

 

 

写真:手前の島が「らくだ島」で後ろにあるのは無人島の露天風呂。同じ色が重なってちょっとわかりにくいかなあ?

 

ところで、山成島は「その昔屋島の戦いに敗れた中将・平維盛(たいらのこれもり)が入水したと伝えられる島」という説明アナウンスがあり、「えっ?そうなの?」と耳を疑いました。なぜって、<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="29:野迫川村;" Address="野迫川村">野迫川村</st1:MSNCTYST>には「平維盛歴史の里」があり、ここが彼の最期の地と聞いたことが・・・。 まあいろんな説があるってことなのかな? <o:p></o:p>

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あなたは山と海のどちらが好き?

2008-10-22 22:59:22 | 山は地球の見晴らし台

 

 

写真:水中窓から見ていると、こちらも観察されているとわかる。

 

 ついに海にでたあー!なんだか嬉しい。小雨ながらも、山と比べると数倍明るい、そして広々だ。県道からR42に出て左折すると、砂浜に大きな岩石が見えます。高さ25m、周囲210mの「獅子岩」です(写真)。<o:p></o:p>

まさに目前の熊野灘に向かって吼えているようで、別名「日本のスフィンクス」とも呼ばれるそう。波の浸食と隆起による自然の造形は、時に奇跡的ともいえる面白い形を作るのですね。 

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 そこから1kmほど南にある「花の窟(はなのいわや)神社」も、巨石文化と深くかかわっていて、ご神体は高さ70mの巨大な岩塊です。周囲は深い天然林に囲まれていて、通常見られる木製の社殿はありません。日本最古の神社といわれます。

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お祀りしているのは、日本の国つくりをされた「イザナミノミコト(大地母神)」とその子どもである「カグツチノミコト(火の神)」です。史記が伝えるように、イザナミノミコトはイザナギノミコトと結婚して大八島国(日本の国)と35の神々を産みましたが、カグツチノミコトを産むときに火傷を負い、それがもとで「神逝る」とされています。神さまも逝去するなんて、人間くさいところがあるのですね。

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岩石の正面に壇をつくり、玉垣で囲んだだけの拝所は素朴で、「これが原初的なお祈りのかたちなのだ」と弥生時代に思いを馳せます。「花の時に花を以って祭る」(日本書紀)と伝わるように、春と秋の大祭日にはいっぱいの花で飾られるとか。上を見上げると結界の綱が高く張ってあります。こんなに高いところにあるのは初めてです。「お綱かけ神事」は大変だろうなあ。

 

写真:イザナミノミコトをお祀りしている拝所はシンプルです。

 

 「山と海のどちらが好き?」たいていの人は、山派か海派に分かれるなどといいますね。あいよっこは断然海なのですが、最近は山の魅力もわかってきました。でも「やっぱりそうか」と思うのは、くじら、いるか、魚たち、そのほか海に住む生物が大好きなこと。いつまで見ていても飽きないのです。動物園も好きだけど、水族館がもっと好きなのです。

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写真:見上げるとはるか高く結界の「お綱」が張ってあります。面白い形ですね。

 

 だから道の駅 ウミガメ公園」を見逃すわけにはいきません。道の駅に付随してウミガメを飼育するプールがあるなんて、とっても珍しい!泳いでいる姿はプールの上や、水中窓から見ることができます。大きさや種類はさまざまで、10匹(頭か?)くらいいました。

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 写真のウミガメ君はウミガメ公園のHPと同じみたいです! 好奇心が強いらしく、まっさきに、そして何度も寄ってきました。説明プレートによると、アカウミガメの「いっちゃん」かな?「頭と前足が白い・性別不明」とあります。

 

でも顔のクローズアップ、迫力あるでしょう?<o:p></o:p>

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七色ダムを過ぎると川底が真っ黒!

2008-10-19 15:28:20 | インポート

<st1:MSNCTYST w:st="on" Address="下北山村" AddressList="29:下北山村;">下北山村</st1:MSNCTYST>の上桑原を抜けると三重県<st1:MSNCTYST w:st="on" Address="熊野町" AddressList="34:熊野町;">熊野町</st1:MSNCTYST>です。このあたり和歌山県の飛び地・<st1:MSNCTYST w:st="on" Address="北山村" AddressList="30:北山村;">北山村</st1:MSNCTYST>があるので、3県が入り組んでちょっとややこしい。<st1:MSNCTYST w:st="on" Address="北山村" AddressList="30:北山村;">北山村</st1:MSNCTYST>の「おくとろ」に向かう予定を変更して、七色ダムを南下して海を目指すことにしました。

 

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七色ダム(写真)の下流に広がっているのは「七色峡」です。一見して他の川と違う印象を受けるのは、岸辺や川底の石が黒くてするどく尖っているからだと気づきました。名前どおり川の水面は、季節の移り変わりとともに七色に変化していき、春は新緑の薄い緑、夏は深い碧をたたえ、秋は黄や紅に染まるのだそう。川底が黒色ということが、周囲の景色や木々の色を反映しやすくするのでしょうか?

 

写真:七色峡の渓谷は石の種類が特徴的です。

 

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かつて北山川では木材を載せた筏(いかだ)が往来しており、現在その名残が「急流筏くだり」の観光イベントとなっています。当然ながら大変危険な作業でしたが、このあたりは特に急流のうえに滝もあるという大変な難所で、多くの人が命を落としたようです。近くの高岩には実行(じつかが)という行者が鎮魂のために刻んだ「南無阿弥陀仏」の文字が残っています。

 

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この黒い岩石を見て「このあたりが那智黒石の産地なのだな」と思い当たりました。<st1:MSNCTYST w:st="on" Address="神川町" AddressList="11:神川町;">神川町</st1:MSNCTYST>の神上という所には、「那智黒石の里」「まちかど博物館」という標識があり、「道の駅のように販売しているのかな?」と訪ねてみました。期待に反して小さいお店が一軒あるだけのようですが、那智黒石を配した庭が素敵です。ウインドウ越しに中を見ていると奥様が出てきて、向いにある製造所に案内してくれました。

 

写真:工場の周囲には那智石がいっぱい配してあります。

 

 

ご主人からは「金の配合量を調べる『試金石』として使われる」などといった興味深い話を説明してもらい、奥様がいれた美味しいコーヒーをいただきました。恐縮しつつ「磨けば光るペーパーナイフ一式」「園芸用那智黒小石」を購入しましたが、もっと大きな庭石とか墓石(!)なんかを買うと思われたのかなあ? 

 

<o:p>写真:これこそまさしく「試金石」!</o:p>

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この神川から出て、はるばる熊野川を下りながら磨かれた石が、那智の浜辺に打ち寄せられたものが「那智黒」となりました。ここでは「神上石」と呼ぶのが普通だそうです。現在は石をそのまま細工するより、砕いて混ぜて作る製品が多いそうで、お値段がまったく違います。おもてなし満点のお店は、原産地製造「仮谷梅管堂」(どう読むのかな?)です。

 

写真:小石(一袋¥600くらい)に海岸で拾ったさんごのかけらを。

   ペーパーナイフ(文鎮にもなるよ)はペーパーやすり3枚つきで¥2000

   しかし磨くのはいつのことやら・・・。

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自然の偉大さにひれ伏す

2008-10-13 22:00:31 | 山は地球の見晴らし台

                                           

 さて大峯山のところで、またまたいつもの道草をしてしまいました。その後無事に<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="20:川上村;" Address="川上村">川上村「</st1:MSNCTYST>杉の湯」のところに出ることができました! 広い道に出るとフツーに昼の明るさで、「山道(山の天気)ってそれほど暗いんだなあ」と思います。

 

<o:p> 写真:池原ダムから見ると、はるか下にきなりの郷などが広がっています。</o:p>

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今回の目的は<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="29:下北山村;" Address="下北山村">下北山村</st1:MSNCTYST>の歴史と伝説、そして自然を巡ることですよ。なので宿泊地は下北山きなりの郷「村立宿舎やすらぎ」です。ネットで申し込みすると、隣接する「きなりの湯入浴券」をもらえるのが嬉しい。んー、でもお部屋は公立なので?合宿風で、トイレも洗面所も共同です。(12食¥7000)温泉は新しくて立派で「ぐぅ~!」、お部屋はいまいちってところかな。

 

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次の朝も、のんびり台風15号のためにお天気は下り坂。山の上には雲がかかり、霧のような、もやのようなものがたちこめていて、9時過ぎだというのに場所によっては夕方のような感じです。

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「お天気の良い<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="29:下北山村;" Address="下北山村">下北山村</st1:MSNCTYST>に!」といった看板を見ましたが、たしかにダム湖のたっぷりとした水、川や池の水、山々から流れ落ちる水、さらに雨が降ってくるとどういうわけか元気が出ないのです。山や水の勢いに負けてしまいそうなのです。はっきりいうと「怖くてとても入れない」のです。お陽さまの力って本当に偉大なのですね。

 

写真:村内の川は比較的ゆったりと流れています。ダムが多いためでしょう。

 

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「ひとりでも大丈夫」と張り切って旅をしていますが、こんなとき古来よりヒトが群れになり、身を寄せ合って暮らしてきた意味がわかります。大自然の中でヒトが生きていくのは、とても恐怖に満ちていて不安がいっぱいです。たとえば車やケータイなど、また家とか衣服も含めて、文明の利器というものがなかったら、とても太刀打ちできないと初めて感じました。

 

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街中でたくさんの人や文明に囲まれていると、自分1人でなんでもできる、特に不便はない、と傲慢になっているのでしょう。実はたくさんの力で自分が生かされている、となかなか気がつかないのですね。<o:p></o:p>

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写真:トンネルを抜けて、和歌山県「七色ダム」に向かいます。

 

こんどお天気の良いときにまた来よう、と和歌山県に向かうことにしました。<o:p></o:p>

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経済的理由での変化はビミョーな気持ち

2008-10-08 16:02:39 | 山は地球の見晴らし台

2008/9/21付けの奈良新聞の一面、「行者宿に時代の波―変わる天川・洞川旅館街」という見出しが目に留まりました。修験道や行者宿について初めて知ったことがたくさんありました。内容を紹介します。

 

写真:写真が大峯山と無関係でスミマセン。先日行った「童仙房地区」で撮った秋風景です。名産のお茶畑が広がっています。

 

かつて洞川(どろがわ)の行者宿は、大峯山が「戸開け」(山開きのこと)される5月から「戸閉め」の9月まで、約5ヶ月間を中心とする営業でした。オフシーズンには各地にある「行者講」に、「クニ参り」と呼ぶあいさつ回りを行います。 

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しかし近年、行者さんが最盛期の半分ほどに減った一方で、一般観光客や普通の登山客が増加してきたそうです。また「星の観察会」「山伏修行体験」などの行事も増えてきました。必然的に客層が変わり、宿も「露天風呂設置」「部屋の改装」などの対応に迫られているのです。変わるのか変わらないのか、いつどのように、という選択が重要になっているのです。<o:p></o:p>

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写真:韓国寺の「高麗寺」は、日本のお寺と似てるところと、全く違うところがあります。

 

「行者講」というものが全国に存在し、これまで親類関係のようななじみの客が支えてきたのですね。そして修行体験参加者が増えたとはいえ、従来の行者さんたちは減っているらしいです。村の高齢化や状況の変化も影響しているようですが、四国88ヶ所や西国33ヶ所巡りが盛んになっていることを考えると、やはり女性を交えて、手軽に参加できる、というほうが人気もあるのでしょう。

 

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このあと熊野古道・修験道ゆかりの「熊野那智大社」(和歌山県)にお参りしたとき、とても驚いたことがあります。一緒に階段を登っていた一群は「こっち、こっち」といって大社とは違う方向に向かいました。「???」の疑問が解決したのは、隣接する青岸渡寺(せいがんとじ)に周ったとき。<o:p></o:p>

 

写真:高麗寺の御本尊は金ぴかに輝いています。

 

 

大社とはうってかわって、線香の煙がもうもうとたちのぼり大勢の人で賑わっています。お寺の中ではお祈りの人はもちろん、なにやら一心不乱に書いている人たちが並び、書いてもらう人たちも列をなしているのです。ここが西国33ヶ所巡りの第一番札所とわかりました。御朱印帳を何冊も抱えている人もいます。「わあ!すごい人気だなあ」と実感したのです。

 

 

写真:大きな違いが鐘楼にあります。鐘は地面すれすれまで長く、

床が、たぶん良く響くように、掘り込んであり、鐘を撞く棒は太く

二方向から伸びています。

 

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話は少し変わりますが、「日本古来の伝統だから」と女性の土俵入りを否定してきたすもう協会では、事件・問題が噴出しています。「これほど閉鎖的な組織で、こんな人たちが物事を決定してきたのだなあ」と感じてしまうことは残念です。「日本古来の伝統・文化」は脇に置いて、結局は「興行成績」つまり経済的なことが優先したのでしょう。

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あいよっこの個人的意見としては、大峯山の独自性や強い聖域性などは残して欲しい気持ちはあるのですが、こうした時流の変化に柔軟に対応することもいずれ必要になってくるような気がしています。ただ物事の変化が経済的理由によることは本当に残念ですが・・・。(「大峯山で考えたこと」終了)<o:p></o:p>

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