沖縄での一人暮らし

延べ8年間、沖縄で一人暮らしをしました。歴史・自然・文化を伝えます。

稚内から旭川へ

2024-07-23 | 国内旅行

【離島行きフェリー】

630発礼文島行きサイプリア宗谷号、715発利尻島行きアマポーラ宗谷号が見えます。

離島航路なのに、村営では無く民間フェリーです。それに稚内が出発拠点。旅行者には便利です。

沖縄のフェリーは村営。離島が出発拠点だったので、1日1往復の島だと離島に行くのは不便だった。


【稚内駅】
宗谷本線の終点、新しくなってます。

最北端の線路 最南端から北へ繋がる線路はここが終点です。
宗谷本線稚内駅 昭和3年12月26日開駅  指宿枕崎線西大山駅 昭和35年3月22日開駅 
と書いてある。

運賃表を見て、びっくり!
稚内から札幌まで約400kmで10,560円(特急自由席)
東京ー名古屋(のぞみ利用)約366kmも10,560円で、同じ料金。
北海道は広いというか、県庁に行くのも片道1万円もかかるのでは経済的に大変だ。
所要時間は、札幌まで特急で5時間。のぞみは東京名古屋間が1時間40分。
懐かしい夜行列車はダイヤから消え、今では夜行バスになっている。

駅を突き抜けて、線路は北に延びていた。

【稚内港北防波堤ドーム】
線路の先は防波堤ドーム。
1936年に完成。樺太がまだ日本だった戦前の話。ここから樺太行きの船が出ていた
波しぶきを避けて安全に船に乗れるよう作られた。
稚内から樺太(サハリン)までの連絡船は、当時は8時間かかった。

ガソリンを26L給油して、国道40号を通って、旭川を目指します。
【道の駅なかがわ】
岡山から自転車で来た青年と会いました。若い冒険家だ。
【北海道命名の地】 音威子府(おといねっぷ)村
谷沿いに「北海道命名の地」の看板を見つけた。
探検家 松浦武四郎が松前藩や幕府の命を受け蝦夷地を探検。アイヌ民族・文化を研究し、アイヌ文化を知って理解して貰おうと尽力した。
松浦は、北海道の地名9000箇所をアイヌ人への聞き取りによって収集した。
音威子府を探検中に、アイヌ語の「カイ」が「この土地で生まれた者」を意味すると教わり、1869年に「北加伊(カイ)道」)を考案。それが北海道になった。
偉大な人だ。
 
【道の駅びふか】
約3時間かかって、到着。
美味しそうな牛乳、かぼちゃあんパン、チーズクリームパン、人気の揚げたてコロッケ(北あかり)。

入口にパンが並んでいて、正面では何種類も揚げ物。いいね。

高速道路はまだ一部だけ。道の駅で休憩しながら走行します。

【道の駅もち米の里☆なよろ】
看板商品の「ソフト大福」は何種類もある。もち米で作った大福、美味しいよ。
近くの幌加内(ほろかない)町は日本一のそば生産量(作付面積・収穫量)だと。お世話になってます。
こちらはもち米だね。
もち米を作るときは、稲の花粉が混ざると品質が落ちるので、地域で一斉にもち米に取組んでいるんだね。

【面白いバス停】
これなんだろう。「42線」
羊さんじゃ無くて番号の方。バス停の数字が39線,40線,41線、42線と変わっていく。
調べると、開拓時代に農地整理が行われた際、土地が整然とした碁盤の目状に区分けされたため、番号の付いた「線」や「号」で呼ばれ、今も続いていると。

こちらも、味のあるバス停。さび付いてるね。
運行会社は「士別軌道」
「軌道」とあるが、既に鉄道事業は廃止され、今ではバスだけを運行。
行き先が士別とスクール。調べると、学校路線の巡回バスのようだ。
沖縄でも、学校の登下校時間帯だけ運行するバスがあったね。

続く。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (フーミン)
2024-07-24 13:20:08
こんにちは。
forever‐greenさんのご旅行は歴史や文化を知る旅ですね。
北加伊(カイ)道、勉強になりました。
私たちの旅行はザ・観光で物見遊山で違いすぎますね😅😆
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Unknown (forever-green)
2024-07-24 23:30:10
こんばんは。お返事遅くなりました。
長年月かけて自然が作り出したものや多くの人々が創り上げたものを観るのは楽しいです。松浦武四郎は2年前の旅行でも出てきました。
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