3日㈪、10時半に志賀郷の金河内町の阿須須伎神社へ。志賀郷七不思議の一つ、「茗荷祭」を参拝した。いつもは境内に雪が積もっているが、今年は春のような暖かさだった。
2年前は結構、雪が降っていた。
境内の茗荷田での茗荷の育成具合で、今年の稲の出来具合を占うという神事が行われる。
今年は拝殿で参拝し、祭礼後は四方義規宮司に続いて挨拶をさせていただいた。
私の亡くなった伯母・澄子は金河内町の梅原家に嫁いでおり、その家は今はないが梅原勉さん宅の裏の空き地に建っていたらしい。
伯父の梅原弘悟さんは私が小学生の頃、手のひらを脇の下に当てて「ボコッ」と音を出して、私と弟をゲラゲラ笑わせてくれた。さらに、自分のことを「ボコヤンと呼べ」と言って、さらに私たちはゲラゲラと笑って喜んでいた。
そのことも思い出しながら、阿須須伎神社にも都合がつく限り、参拝したいと思っている。
午後はお手伝いにも来ていただいて、「げんたろう新聞」第162号のラベル貼り作業。
14時には中丹広域振興局の奥野昌徳局長らがお越しになり、来年度予算についての説明を受けた。
来年度、京都府は万博関連のイベントに力を入れている(3500万円の振興局予算のうち、1000万円が万博関連)が、万博のようなイベントは規模が大きくても一過性のものであり、そういうことで「地域を活性化」させられた試しはない。万博が地域活性につながるという「夢」は、私が生まれる前、1970年の大阪万博までのことだろう。私から下の世代(40代以下)はそれほど万博への期待感がないのではないかと思う。
また、大阪万博を京都府北部にまで関連させようとするのは無理やり過ぎると意見を述べた。
「最近の京都府は北部を軽視するようになったという声を近頃、よく聞く」と苦言を述べ、振興局の役割はわずか3500万円の振興局の企画予算にあるのではなく、現場に近く、現場の声を聴いて本庁につないだり、管内の自治体との連携を図ることにあると思う。私からは振興局で「御用聞き」をするとか、「御用聞き」の窓口を作るなどしたらどうかと提案した。
また、先日の宅建業協会との意見交換で出ていた「移住者への支援で移住後一年間しか、住宅購入等への補助がないが、金融機関で住宅ローンを組もうとすると、今の会社で一年以上の勤務実績が求められる。せめて2年に延長することで、移住者でもローンが組めて、物件購入する件数が相当増えるはずだ」と伝え、本庁に条例改正を提案してもらうように要請した。
夕方には事務所の近所に「げんたろう新聞」を配達に行った。