今日の朝刊の一面は、「シリア攻撃」という大きな文字だった。
ここしばらく、シリアでの「化学兵器」による住民被害などが、報道されていたが、これほど早く米国がシリアを攻撃するとは思っていなかった。
思っていなかったのは、私だけかもしれないが、シリアという国のことを考えると、もう少し慎重な態度があっても良かったのでは?という気がしている。
今となっては、すっかり忘れさられた感のある「ダーイッシュ(日本では『IS』または『ISI』と表記されるコトが多かった)」が、ほぼ殲滅されたという報道があったのは昨年だったような気がする。
その「ダーイッシュ」が、本当に殲滅されたのかは、今だ確証のあるところではない、と思っている。
すなわち、散り散りバラバラになった「ダーイッシュ」が、今回攻撃をした米国、あるいは米国を支持した英・仏に潜み、テロを働く可能性もあるのでは?とという、懸念を持っている。
「ダーイッシュ」と「アサド政権」は、全く別物ではあるが(と、認識をしている。違っていればご指摘をお願いしたい)、シリアという国を舞台とした紛争という点で考えれば、不満分子となる人たちは確実に存在し、その人達が今回の攻撃の犠牲となったとき、その矛先はどこへ向かうのだろうか?という、懸念をしているのだ。
そして、攻撃開始直後に「米国の決意を支持する」と発表した安倍さんも、もう少し熟考したうえで声明を発表しても良かったのではないだろうか?
少なくとも、対米国との貿易関税という視点でみると、米国(トランプ氏というべきか?)にとって日本は「友好国」として見られているとは思えないような状況なのだ。
経済問題と国際問題を一緒に考えるのはおかしな話かもしれないが、今の米国(というかトランプ氏)にとって日本は、友好国なのだろうか?と考えた時、何も火の粉を浴びる必要はないのでは?という気がしている。
それほど、今回の「シリア攻撃」は、様々な危険をはらんでいるのではないだろうか?
一部では米国のシリア攻撃は、北朝鮮に対する威嚇のような側面もあるのでは?という指摘もあるようだが、シリアの国民にとっては、北朝鮮のことなど全く関係のない問題だ。
何より懸念するのは、このような紛争(あるいは戦争)によって、再び憎しみの連鎖が拡大するのでは?という点だ。
「ダーイッシュ(あるいは『IS』)」の始まりは、湾岸戦争だったと言われている。
以来、シリアを中心に中近東では民族間だけではなく、宗教間での紛争が続いている。
早い解決を望むのであれば、まず最初に武力ではない方法を模索する必要があったのでは?
国連が本来すべき役割だと思うが、常任理事国間で反目しあっている状況では、国連に期待することはできないだろう。
「化学兵器を使ったから攻撃」という、シンプル過ぎる発想が、世界に散ってしまったのでは?という懸念のある「テロリストたち」の活動理由を作ってしまったのでは?
文としてまとまりの無いものとなってしまったが、そんな懸念を持っている。