荻原浩著『それでも空は青い』(角川文庫お79-2、2021年11月25日KADOKAWA発行)
裏表紙にはこうある。
「うん」「いや」「ああ」しか言わない夫に、ある疑いを抱く妻。7歳年上バツイチの恋人との間にそびえる壁をどうにか飛び越えようと奮闘するバーテンダー。子どもの頃から築きあげてきた協力関係が崩壊の危機を迎える双子。外ではうまく喋れずに、じいちゃんと野球の練習ばかりしている小学生……。
すれ違ったりぶつかったり、わずらわしいことも多いけれど、一緒にいたい人がいる。人づきあいに疲れた心に沁みる7つの物語。
「スピードキング」
空がどんなに青くても、日差しが暖かくても、気持ちのいい風が吹いていても、人は死ぬ。……
藤嶋が死んだ?
ガキの頃から野球ばかりやってきた。中学ではエースで4番。県大会ではベスト4まで勝ち上がった。県立の強豪校に入ると、そこに藤嶋がいた。投げても、走っても桁違い。やがて、藤嶋はプロ野球選手になった。
藤嶋の訃報を知った俺は、キャッチボールをしようとアパートへ急ぐ。相手は?
「妖精たちの時間」
39歳でバツイチ無職の槙田が同窓会に出席した目的は、当時別世界からやって来た帰国子女だった桜井暎子だ。解散後、彼女が俺を待っていて、バーで並んで話す。「高校の時に、好きな人はいた?」「誰?」「ユウ」
「あなたによく似た機械」
夫の拓人はそっけない。話す言葉は「うん」「いや」「ああ」だけ。美純の今日のまともな会話は、冷蔵庫の「ドアが開いています」だった。掃除中に不思議な1本の小さなネジを見つけ、夫へ疑惑を抱く。
「僕と彼女と牛男のレシピ」
骨折で入院した28歳のバーテンダーの上林は、35歳の看護師の永峰衿子に恋をした。上林が彼女との結婚をほのめかすと、その度に彼女は天気の話にそらしてしまう。彼女が7歳年上で、バツイチのためだが、一番の理由は、牛男と暮らしているからだ。上林はなんとか壁を打ち崩そうと、オリジナルカクテルを作ってバーテンダー大会に出場することと、ウシオくんと野球をやろうと考える。
「君を守るために、」
愛犬のため寝室にセットした見守りカメラに、男の足が映り込んでいた。菜緒は新入社員の杉原くんにパソコンを見て欲しいからと嘘をついて自宅へ一緒に行ってもらう。幽霊が登場し、ストーカー被害も続いて……。
「ダブルトラブルギャンブル」
一卵性双生児の仁と礼。そっくりな僕たちは、試験などのとき、得意な方に入れ替わるなどうまくやっていた。礼に好きな子が出来るまでは。
「人生はパイナップル」
外でうまくしゃべれない奏太は、ホラ吹きのじいちゃんと仲が良い。中学の時に甲子園に出場したというじいちゃんに、小1なのに硬球でキャッチボールの訓練をさせられ、その後も野球の練習ばかりした。
じいちゃんは、なんのとりえもなかった海の底のハマグリだったぼくに、ひとつだけ胸を張れるものを、他人にいくらでも語れるものをくれた。
野球優先の進学に反対されて迷う僕にじいちゃんは言った。「好きなことが、うまくいくとはかぎらない。でも自分のことは自分で決めろ。そうすれば、失敗しても後悔はしない」
解説 中江有里
本書は、2018年11月にKADOKAWAより単行本として刊行。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)
いかにもストーリーテイラーの著者に、「やられてなるか、こん畜生」と思うのだが、しみじみとした話に心が痛くなり、そしてほんのり温かくなる。
「スピードキング」:まったく歯が立たなかった藤嶋の死にショックを受け、でも最後まで頑張ったと知って、自分もキャッチボールをしようとした相手はなんと!
「僕と彼女と牛男のレシピ」:ぜんぜん反応がなかった牛男が徐々に応えてくれて、それを見て彼女も…。
「人生はパイナップル」:戦争体験者のじいさんがいいね! 孫から見るとなにかとずれてると感じる点もあるが、その食い違いもいいね!
何回も失敗しても、何かやってやると年とっても山師根性が治らないで、家族から必死で止められてしまうじいさん。私の親父を思いだして、じ~んとなってしまった。
荻原浩(おぎわら・ひろし)
1956年大宮市生まれ。成城大学経済学部卒。広告代理店勤務、フリーのコピーライター
1997年「オロロ畑でつかまえて」で第10回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー
2005年「明日の記憶」で第2回本屋大賞と第18回山本周五郎賞受賞。2006年に渡辺謙主演で映画化。
2006年「あの日にドライブ」、2007年「四度目の氷河期」、2008年「愛しの座敷わらし」、2011年「砂の王国」でいずれも直木賞候補。
2014年「二千七百の夏と冬」で第5回山田風太郎賞受賞。
2016年「海の見える理髪店」で直木賞受賞。
その他、『ハードボイルド・エッグ』『神様からひと言』『僕たちの戦争』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『押入れのちよ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『ちょいな人々』『オイアウエ漂流記』『砂の王国』『月の上の観覧車』『誰にも書ける一冊の本』『幸せになる百通りの方法』『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』『金魚姫』『ギブ・ミー・ア・チャンス』、『それでも空は青い』『ストロベリーライフ』など。