山本文緒著『無人島のふたり 120日以上いきなくちゃ日記』(2022年10月20日新潮社発行)を読んだ。
これを書くことをお別れの挨拶とさせて下さい――。思いがけない大波にさらわれ、夫とふたりだけで無人島に流されてしまったかのように、ある日突然にがんと診断され、コロナ禍の自宅でふたりきりで過ごす闘病生活が始まった。58歳で余命宣告を受け、それでも書くことを手放さなかった作家が、最期まで綴っていた日記。
山本さん出世作、あのかったるい『プラナリア』を読んだ時の衝撃が忘れられない。その山本さんのうつ病の闘病日記『再婚生活』でのつらさ、その中での作家としての底力にも感心した。さらに、その山本さんの死への日記を紹介するなど私にはとてもできない。ルール違反になってしまうが、以下、長すぎる引用をご勘弁ください。
こう始まる。
2021年4月、私は突然膵臓がんと診断され、そのとき既にステージは4bだった。……抗がん剤治療は地獄だった。がんで死ぬより先に抗がん剤で死んでしまうと思ったほどだ。医師やカウンセラー、そして夫と話し合い、私は緩和ケアへ進むことを決めた。
そんな2021年、5月からの日記です。
5月25日(火)
突然髪が抜け始めた。……指でひっぱると束になって抜けて青くなった。……抗がん剤は一度しかやってないし、それも3週間ほど前に終わっていたので脱毛はもうしないものだと思っていたのでショックが大きかった。……洗面所に座り込んで狂ったように髪を抜いた。……うまく死ねますように。
6月1日(火)
(余命宣告を受けて、)帰りの新幹線のホームで……「4か月ってたった120日じゃん」と唐突に実感が湧いて涙が止まらなくなった。
6月2日(水)
(いびきをかいて居眠りをしていた夫を起こそうとして、そのままにした。) この人がいま「もうすぐ妻が死ぬこと」から解放されるのは寝ているときだけだと思ったからだ。
6月13日(日)
すごく調子が良い。なんだ、これ? 本当に私、もうすぐ死ぬの?
9月2日(木)
一週間、日記が書けなかった。私の体調は第3フェーズに入ったようで、……。
10月4日(月)
昨日から今日にかけてたくさんの妙なことが起こり、それはどうも私の妙な思考のせいのようだ。……今日はここまでとさせてください。明日また書けましたら、明日。
10月13日10時37分、山本文緒さんは自宅で永眠されました。……
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)
書く方にも、悲しい結末がわかっている本を読むのはつらい。でも、読んでよかった。この本があると知っていながら、山本ファンの私が読まないという選択肢はなかった。
読みながら思った、本当に悲惨な話だ。しかし、時に泣きながら、それでも昂然と新しく出版される本を見るまではと頑張り、そしてこの日記も本にしたいと書き続ける。そんな山本文緒さんが目の前にいるような気持になってしまった。
元担当編集者だという旦那さんが、いかにもつらそうで、そしてあまりにもやさしく、『再婚生活』を思いだしながら、「でも、山本さん幸せだったじゃない」とつぶやいてみた。
山本さんも、6月6日(p33)に書いている。
私の人生は充実したいい人生だった。58歳はちょっと早いけれど、短い生涯だったというわけではない。……今の夫との生活は楽しいことばかりで本当に幸せだった。お互いを尊重しあっていい関係だったと思う。
ゴルフ仲間の一人が、今ステージ4で闘病中です。
今日会ったのですが、効果がなくなった抗がん剤治療は全部やめて、緩和ケアの段階に行く決心をしたと聞かされました。
山本さんの本に出てくる唯川さんをはじめとする友人たちとの関係性がある意味参考になりました。
どこまで立ち入っていいのか?寄り添っていいのか? これから私も試行錯誤しながら辛い日を受け入れなくてはならないと思います。
山本さんがこうやって自分の体験を書いてくださったのは尊い行為だとつくづく思いました。
お友達はご自分をしっかり持ったすばらしい方のようで、お仲間も互いの距離感、自立性、敬意が確立しているようにお見受けします。それでも何をしたら良いのか、しない方が良いのかと、いろいろ迷いますよね。