(3日のつづき)
振り返ると、島井咲緒里女流二段がにこやかに笑っていた。
会場に将棋ファンは多くいるが、女流棋士に挨拶される人がどのくらいいるか。私は曖昧にお辞儀するのみだが、内心は誇らしかった。
大盤では、まだ「ボヤキネタ」が続いている。
中村修九段「谷川九段にもため息をつかれたことがありましてね。いい将棋だったのに悪い手を指されちゃった、と。これやられちゃうとダメです」
羽生善治名人にもそんなところがあるが、超一流棋士には相手の悪手を許さない厳しさがある。
将棋は中盤に向かわんとしているが、双方の構想が難しい。
鈴木環那女流二段「持ち時間10分は短いです。解説の声が全部聞こえてくるんですよ」
渡部愛女流初段が△6四銀と上がって、飯野愛女流1級が秒読みになった。▲2五桂と跳ねる。コーヤン流では頻出の手だ。中村九段「仕掛けられる前に仕掛けたということです」。
渡部女流初段が秒読みになった。飯野女流1級は▲1三桂成。以下△1三同角▲1四歩△2四角▲1三歩成(第1図)。これもよく出る局面だ。
これに渡部女流初段は△1三同角! 実は私もこれを読んでいて、△同香や△同桂と応じて端をグチュグチュ攻められるより、△同角と取って清算したほうがよい、と考えたのだ。
とはいえ角と桂香の交換は二枚換えでも後手がやや損で、渡部女流初段は駒損を回復する必要がある。
△8六歩。飯野女流1級は、両手を頬にあてて考え、▲8六同歩。
中村九段「後手は攻めようとしています。先手は長引かせようとしています」
△3六歩と打った。▲3七玉の逃げ越しを防いだ手で、味わい深い。飯野女流1級は▲7一角と打ち、馬作りを目指す。▲3五角成~▲3六馬となればグンと手厚くなる。
会場の後方に飯野健二七段がいた。愛女流1級によると、朝の父はそっけないとのことだったが、こうやって愛娘を応援しているのだ。
局面は▲3六馬に△5五歩。中村九段が「この辺がうまいですね」と褒める。
これに飯野女流1級が▲4八玉を▲3七玉と上がったのが不可解な手。▲3七玉を▲4八玉と逃げたいくらいだから、指し手があべこべである。
しかし渡部女流初段も負けてはいない。△1八歩と打ったのが、不思議流の中村九段も絶句した妙な手。屋上から目薬のような手で、こんなと金攻めが間に合うわけがないから、確信的な1手パスだ(第2図)。
中村九段「将棋のルールが違いますね」
渡部女流初段としては相手に何か指させて反撃したい意なのだろうが、それにしたってもう少し有効な手待ちがありそうなものだ。
飯野女流1級は▲7四歩と攻めたが、これは渡部女流初段の待ち受けるところ。手に乗って△7七飛成と角を取り、返す刀で△1九角。▲4八玉に、当たりになっている△6四銀を、グイッと△5五銀と出た。中村九段は△1九角で△5九角を指摘していたが、△5五銀の進出が抜群に味がよく、ここで渡部女流初段持ちになった。
飯野女流1級▲3三歩成(第3図)の金取りに、渡部女流初段は構わず△4六銀と銀を取った。勝ちました、とその顔が言っている。
中村九段「これだから穴熊はイヤなんですよ。取る一手でしょ、というところを攻められる」
数手後、飯野女流1級は▲3二とと金を取ったが、これがなんでもない。穴熊の遠さが利いている。再び中村九段「穴熊って好きじゃないんですよ。指すけど」。
渡部女流初段は△4八銀と打ち飛車を取り、△4六馬と質駒の金を取った手が詰めろ。ここで飯野女流1級が投了した。ときに13時02分。
大盤で感想戦である。飯野女流1級の▲3五角成は手厚く見えたが、一手早く▲3六金と、△3六歩を除去すべきだった(参考図)。これなら後の△1七同香成に、▲3七玉と上に逃げ越すことができたからだ。
飯野女流1級はいい将棋を落とし、またも決勝進出ならず。渡部女流初段は、貫禄の決勝進出というべきか。
渡部女流初段「次もがんばりたいと思います」
飯野女流1級は「これだから穴熊はイヤなんです」と観客を笑わせた。
私は昼食を摂りに表へ出る。この玉川高島屋S・Cで摂るのが本筋なのだが、そうしないのが私なのだ。
玉川高島屋から10分ぐらい歩いたところにある中華料理屋「龍園」に入る。ここのタンメンを食すのが定跡で、今年もそうした。左上の歯の調子が最悪なので口がマズかったが、タンメンはそれなりに美味かった。
とある直線道路では、二子玉川花みず木フェスティバルをやっていた。いろいろ出し物もあって見て行きたいが、今回は将棋観戦が主なので、私は高島屋に戻る。
午後2時すぎに会場に戻ると、小学生高学年と思しき2人と、中村九段、藤田綾女流初段が大盤で感想戦をやっていた。世田谷小学生竜王戦である。
続いて、中学生竜王戦。解説は島朗九段と、鈴木女流二段に替わった。解説はこのペアに限る。
対局開始。戦型は横歩取りになった。中学生の指し手は早く、とても解説が追いつかない。
島九段によると、今年は参戦枠の約4倍の申し込みがあったという。今は少子化が深刻で、どこの業界でも子供の参加者が少ないらしいから、この数字は驚異だ。
島九段「ほかの業界の方から、羨ましがられますよ」
先手君▲5六飛。島九段「名人戦第3局で指されるかもしれません」
後手君△6二玉。これ自体はよく見る手だが、先手君の目が光った。
(つづく)
振り返ると、島井咲緒里女流二段がにこやかに笑っていた。
会場に将棋ファンは多くいるが、女流棋士に挨拶される人がどのくらいいるか。私は曖昧にお辞儀するのみだが、内心は誇らしかった。
大盤では、まだ「ボヤキネタ」が続いている。
中村修九段「谷川九段にもため息をつかれたことがありましてね。いい将棋だったのに悪い手を指されちゃった、と。これやられちゃうとダメです」
羽生善治名人にもそんなところがあるが、超一流棋士には相手の悪手を許さない厳しさがある。
将棋は中盤に向かわんとしているが、双方の構想が難しい。
鈴木環那女流二段「持ち時間10分は短いです。解説の声が全部聞こえてくるんですよ」
渡部愛女流初段が△6四銀と上がって、飯野愛女流1級が秒読みになった。▲2五桂と跳ねる。コーヤン流では頻出の手だ。中村九段「仕掛けられる前に仕掛けたということです」。
渡部女流初段が秒読みになった。飯野女流1級は▲1三桂成。以下△1三同角▲1四歩△2四角▲1三歩成(第1図)。これもよく出る局面だ。
これに渡部女流初段は△1三同角! 実は私もこれを読んでいて、△同香や△同桂と応じて端をグチュグチュ攻められるより、△同角と取って清算したほうがよい、と考えたのだ。
とはいえ角と桂香の交換は二枚換えでも後手がやや損で、渡部女流初段は駒損を回復する必要がある。
△8六歩。飯野女流1級は、両手を頬にあてて考え、▲8六同歩。
中村九段「後手は攻めようとしています。先手は長引かせようとしています」
△3六歩と打った。▲3七玉の逃げ越しを防いだ手で、味わい深い。飯野女流1級は▲7一角と打ち、馬作りを目指す。▲3五角成~▲3六馬となればグンと手厚くなる。
会場の後方に飯野健二七段がいた。愛女流1級によると、朝の父はそっけないとのことだったが、こうやって愛娘を応援しているのだ。
局面は▲3六馬に△5五歩。中村九段が「この辺がうまいですね」と褒める。
これに飯野女流1級が▲4八玉を▲3七玉と上がったのが不可解な手。▲3七玉を▲4八玉と逃げたいくらいだから、指し手があべこべである。
しかし渡部女流初段も負けてはいない。△1八歩と打ったのが、不思議流の中村九段も絶句した妙な手。屋上から目薬のような手で、こんなと金攻めが間に合うわけがないから、確信的な1手パスだ(第2図)。
中村九段「将棋のルールが違いますね」
渡部女流初段としては相手に何か指させて反撃したい意なのだろうが、それにしたってもう少し有効な手待ちがありそうなものだ。
飯野女流1級は▲7四歩と攻めたが、これは渡部女流初段の待ち受けるところ。手に乗って△7七飛成と角を取り、返す刀で△1九角。▲4八玉に、当たりになっている△6四銀を、グイッと△5五銀と出た。中村九段は△1九角で△5九角を指摘していたが、△5五銀の進出が抜群に味がよく、ここで渡部女流初段持ちになった。
飯野女流1級▲3三歩成(第3図)の金取りに、渡部女流初段は構わず△4六銀と銀を取った。勝ちました、とその顔が言っている。
中村九段「これだから穴熊はイヤなんですよ。取る一手でしょ、というところを攻められる」
数手後、飯野女流1級は▲3二とと金を取ったが、これがなんでもない。穴熊の遠さが利いている。再び中村九段「穴熊って好きじゃないんですよ。指すけど」。
渡部女流初段は△4八銀と打ち飛車を取り、△4六馬と質駒の金を取った手が詰めろ。ここで飯野女流1級が投了した。ときに13時02分。
大盤で感想戦である。飯野女流1級の▲3五角成は手厚く見えたが、一手早く▲3六金と、△3六歩を除去すべきだった(参考図)。これなら後の△1七同香成に、▲3七玉と上に逃げ越すことができたからだ。
飯野女流1級はいい将棋を落とし、またも決勝進出ならず。渡部女流初段は、貫禄の決勝進出というべきか。
渡部女流初段「次もがんばりたいと思います」
飯野女流1級は「これだから穴熊はイヤなんです」と観客を笑わせた。
私は昼食を摂りに表へ出る。この玉川高島屋S・Cで摂るのが本筋なのだが、そうしないのが私なのだ。
玉川高島屋から10分ぐらい歩いたところにある中華料理屋「龍園」に入る。ここのタンメンを食すのが定跡で、今年もそうした。左上の歯の調子が最悪なので口がマズかったが、タンメンはそれなりに美味かった。
とある直線道路では、二子玉川花みず木フェスティバルをやっていた。いろいろ出し物もあって見て行きたいが、今回は将棋観戦が主なので、私は高島屋に戻る。
午後2時すぎに会場に戻ると、小学生高学年と思しき2人と、中村九段、藤田綾女流初段が大盤で感想戦をやっていた。世田谷小学生竜王戦である。
続いて、中学生竜王戦。解説は島朗九段と、鈴木女流二段に替わった。解説はこのペアに限る。
対局開始。戦型は横歩取りになった。中学生の指し手は早く、とても解説が追いつかない。
島九段によると、今年は参戦枠の約4倍の申し込みがあったという。今は少子化が深刻で、どこの業界でも子供の参加者が少ないらしいから、この数字は驚異だ。
島九段「ほかの業界の方から、羨ましがられますよ」
先手君▲5六飛。島九段「名人戦第3局で指されるかもしれません」
後手君△6二玉。これ自体はよく見る手だが、先手君の目が光った。
(つづく)