一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

新橋駅前での名人戦解説会(前編)「大内九段の嘆息」

2016-05-27 18:51:27 | 将棋イベント
先日の女流王座戦一次予選の全棋譜が公開された。私は▲和田あき女流初段×△山口恵梨子女流初段(当時)の一戦を再生したが、▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩の次の手に呆れた。
▲6六歩とはナンだ▲6六歩とは!?
あきちゃん、はっきり言ってやろう。こんなヘタレな手を指してるから勝てんのじゃ!
一から居飛車を勉強し直せぇ!!

   ◇

25日・26日は広島県福山市で名人戦第4局が行われた。その福山市は、私が敬愛する推理作家・島田荘司の出身地である。島田荘司が生んだ名探偵・御手洗潔(ミタライ・キヨシ)は長年映像化されなかったが、昨年3月、玉木宏のキャスティングで2時間ドラマ化された。
そして今年の6月4日(土)には同じキャスティングで、「星籠の海」が映画公開される。
まだ島田荘司を読んだことがないひとが私は羨ましくてしょうがない。なぜならその人はこれから、めくるめく島田ワールドに歓喜することができるからだ。もちろん映画を観てもよいが、ぜひ小説を読んでほしい。「ら抜き言葉殺人事件」以外は、どれもおもしろい。何でもいいので、図書館で借りて読んでください。
話を戻すがこの名人戦、第1局は羽生善治名人が「らしい」指し回しで快勝し、やはり名人ペースか…と私は感じ入ったものだった。
ところが第2局で羽生名人が佐藤玉を詰ましにいけず、逆転負けを喫してから流れが変わった。
第3局は羽生名人にいいところがなく、負け。となってみると、3局を終わって星一つの差なのに、早くも佐藤天彦新名人誕生の機運が高まってきたのである。この雰囲気は羽生名人も気付いているはずで、これは初めての経験ではなかったか。
そんな中での第4局である。2日目の26日、私は三たび新橋駅前に足を運んだのだった。

自宅最寄り駅の近くで金券(JR切符)を買っていたら、それに手間取って山手線に乗り遅れた。その次の京浜東北線に乗ったが、1分半は確実にロスした。
新橋駅前のSL広場に着いたのは午後6時39分だった。観客はいつも通りいっぱいいる。空はまた、一段と明るかった。
あらためて記すまでもないが、解説は大内延介九段、聞き手は藤森奈津子女流四段、駒操作は梶浦宏孝四段である。
現地は現在、夕食休憩が終わり、対局が再開されたところ。大盤ではその局面までを進めているところだった。大内九段はいつものように、椅子に座っていた。
「…△8三歩と謝るなんてヒドイ話で……」
と大内九段が語っている。1分半前に来ていたらもっと話を聞けたのに…と後悔するが、これが私の生き方だからしょうがない。「あとは佐藤八段がどう決めるかです。……△4四歩がどうだったんでしょうね」
解説会が始まったばかりというのに、早くも終了宣言である。私は回れ右をして帰りたくなった。
とにもかくにも現在の局面を見ると、確かに羽生名人が絶望的だ。指し掛けの局面もまとめづらいと思ったが、その形勢のままズルズルきてしまった感がある。羽生陣左側の角金銀が取り残されているのが哀しい。名人のこんな愚形を見たのは初めてである。
「残り時間は、佐藤八段が40分、羽生名人が1時間55分です」
と藤森女流四段が散文的に言う。
「起死回生の手がないんですね。控室で梶浦四段と検討したんだけれども、しのぐ手が見当たらないんです」
そう言って、大内九段が予想手順を続ける。「▲8五歩△9三玉▲9五金△6四飛▲8四歩。そこで△8九歩成▲同玉△8六飛▲7九玉△8四飛寄としますか。▲同金に△同玉は、▲8三飛△7五玉▲8七飛成。
そこで▲8四同金には△同飛と取ります。そこで▲8三飛と打つ。△同飛▲同金△同玉▲8二飛△9三玉に、じっと▲8一飛成で後手玉はシッシ(必至)なんですね」
変化の余地のない手順だ。これで先手が勝ちなら、こう進む可能性が高い。
「このまま羽生さんが負けると、くだらない将棋ですね」
大内九段はキッパリと吐き捨てた。「何の意味もない」
名人の拙局に、怒っているように見えた。
名人△8九歩成。「アマヒコ君、5分ぐらい考えて▲同玉と取りますよ」
しかし長くは待たせず、▲同玉の報が入ってきた。
「羽生さんが勝たないとレースがおもしろくないんですよね。もし負けたら1-3でしょう。1-3から防衛したケースはあるけれども」
名人戦で1勝3敗から逆転防衛した例は、1992年の第50期に1度あるだけだ。中原誠名人に高橋道雄九段が挑戦したシリーズで、A級順位戦では大山康晴十五世名人が感動的な活躍を見せ、話題になった期である。
「羽生さんがこんなに追い詰められるとは…」
大内九段が嘆息する。「局面が狭いんで、攻めがなかなかほどけないんです」
今日は風が強い。藤森女流四段の衣服もはためいているが、パンツなのでおもしろみがない。
指し手が入ってきた。△6四飛▲8四歩。まあ、そうであろう。
羽生名人は△8九歩成と捨て、△8七から飛車を打った。少考の▲7九玉に△8四飛寄とし、以下バタバタと進む。▲8一飛成まで、まさに検討通りだ。
「どうも受けがないですね」
あたりは静まり返っている。
と、前方の観客席にいたスーツ姿の男性が立ち上がり、踵を返した。
あ、あの人は…!?
私は衝撃を抑えきれなかった。
(つづく)
コメント
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