12、13日は名人戦七番勝負第3局。2日目は東京・新橋駅前のSL広場で大内延介九段による解説会があり、私はまたも出掛けた。やはり将棋の勉強は大事である。
現地着は午後6時40分。前回とほぼ同じ時間だが、空はずいぶん明るかった。陽が長くなったのだ。
観戦者も多く、ブアッ…という感じだ。大内九段はパイプ椅子に座っていた。聞き手は藤森奈津子女流四段、駒操作は前回と同じく梶浦宏孝四段が務める。
現在は2日目夕休までの手順を並べている。△6四香まで。
もう対局は再開されているので、すぐに指し手が伝えられた。▲3三飛。△3一金と△3四銀の両取りで厳しそうだが…。
大内九段「そう打ちましたか。実はさっき控室で梶浦君と検討してたんですけど、▲3三飛は危険という結論でした。ここは▲7四歩が検討の手順ですが…。
羽生さん、淡白になったな。▲3三飛、負けると負けを早めた手、となります」
佐藤天彦八段、△6五香と桂を取る。これを▲同玉は△5四角で寄り。そこで羽生善治名人は▲7七玉としたが、佐藤八段は△4二金と飛車に当てて△5七桂成とし、好調だ。
持ち時間は佐藤八段が30分を切り、羽生名人は1時間以上残している。形勢が思わしくない羽生名人の主張点がこれでもあるが、マギレがなくなれば時間は関係なくなる。
これには▲7六銀などの受けが考えられるが、△7三桂や△6四桂など、後手の攻めがつながる。
大内九段「ここで相当いい手がないと、先手は難しいです」
そこで羽生名人は▲2三歩成!! これには大内九段が驚いた。
「ええっ、▲2三歩成!! はあぁ……。二階から目薬のような手ですね。これで▲3二と~▲4二とを間に合わせようという。こういう手が間に合えばシッショウケイ(必勝形)ですよね。
でも佐藤君だから、▲4二とまでに寄せるんじゃないですか」
そう言って大内九段が検討を進める。が、意外にむずかしいところもある。
「寄せてみろと言われると大変か」
「第1局も第2局も逆転だったから…」
と、これは藤森女流四段。
時刻は7時にならんとしているが、気が付けば立ち見の観客は少なくなってきている。待ち合わせでたまたま寄った人が多いのだろう。
「しかし▲2三歩成ってすごい手だねえ」
大内九段があらためて嘆息する。第1局の▲5八金もそうだが、羽生名人には、余人では思いつかない手が出現することがある。先入観を捨ててあらゆる手を読むのが羽生名人の強さだ。
「難解ってことだね。ナンカイホークス。梶浦君、南海ホークスって知ってる?」
「知りません」
「……」
プロ野球の南海ホークスがダイエーに売却されたのが1988年。ハタチそこそこの梶浦四段が知るわけもない…か。昭和は遠くなりにけり。
「羽生さんもこれ落とすと大変だよね」
今年度の挑戦者はなかなか手強い。もし1勝2敗になれば、残り4局を3勝1敗で乗り切らねばならなくなる。しかし本局、雰囲気的にはもう先手持ちだ。
「結果論だけど、(△4二金では)△4一金だった? これでも先手は▲3四飛成とするんでしょ? これなら後の▲4一とが何でもないもんね」
現在7時8分。佐藤八段の持ち時間は20分を切った。
「とりあえず△5六成桂としたいよねえ」
現在は▲5五角の威力が強く、これをどかしたいのだ。調べてみると、後手有望の変化が多い。梶浦四段も後手持ちの見解だ。
空はすっかり暗くなった。SL広場前の向こうはビル群で、いくつもの巨大広告が掲げられている。ちょっと、ススキノを思わせる。
指し手が入ったようだ。それを告げる藤森女流四段が期待を持たせる。
「△7八飛成です」
会場が無言の驚きを示した。
たぶん▲同銀だろうが、△6八角▲7六玉△7三桂。以下▲同角成△同銀▲3二とでどうかだが、後手が一手余していそうだ。
「後手はシッシ(必至)を掛ければいいから」
本譜は△6七香成を利かした。大内九段は、これで寄るの? と懐疑的だ。
が、▲同銀に△6八角と進み、似たような変化となる。これに▲7六玉は△6四桂で後手勝勢。
そこで羽生名人は▲6六玉と上がったが、いかにも不安定だ。
大内九段「やっぱり▲7六玉は△6四桂で負けとみたんですね。でもこれも、角を持てば△8八角がありますよ」
梶浦四段も珍しく主張し、羽生玉を鮮やかに寄せた。これは後手が勝勢のようだ。
佐藤八段は△7三桂と跳んだ。もちろん△6五金までの詰めろだが、これが受けにくい。
客席から▲7四銀の声が出たが、それは「△6七成桂▲同玉△5七金▲7八玉△7七歩▲同角△6七銀▲8八玉△7六桂で後手勝ち」、と大内九段。
「どうですか皆さん、羽生マジックはありますか」
大内九段が聞くが、どうも起死回生の手はなさそうだ。「このまま指し手が入ってこないと、羽生名人が投了した可能性があります」
その時、スタッフ氏が大内九段に何事かを告げた。羽生名人が投了したらしい。時に7時51分。正確な投了は7時50分だった。
第1局は佐藤八段の粘りもあり解説会も休憩を挟んだが、本局は全体的にサッパリしていて、急転直下の投了の趣もあった。
これで佐藤挑戦者の2勝1敗となり、おもしろい星になった。羽生名人は苦しくなったが、当然このままでは終わるまい。
第4局は25、26日に広島県福山市で行われ、2日目はまたここで解説会がある。私も時間が合えば、また参加したい。
現地着は午後6時40分。前回とほぼ同じ時間だが、空はずいぶん明るかった。陽が長くなったのだ。
観戦者も多く、ブアッ…という感じだ。大内九段はパイプ椅子に座っていた。聞き手は藤森奈津子女流四段、駒操作は前回と同じく梶浦宏孝四段が務める。
現在は2日目夕休までの手順を並べている。△6四香まで。
もう対局は再開されているので、すぐに指し手が伝えられた。▲3三飛。△3一金と△3四銀の両取りで厳しそうだが…。
大内九段「そう打ちましたか。実はさっき控室で梶浦君と検討してたんですけど、▲3三飛は危険という結論でした。ここは▲7四歩が検討の手順ですが…。
羽生さん、淡白になったな。▲3三飛、負けると負けを早めた手、となります」
佐藤天彦八段、△6五香と桂を取る。これを▲同玉は△5四角で寄り。そこで羽生善治名人は▲7七玉としたが、佐藤八段は△4二金と飛車に当てて△5七桂成とし、好調だ。
持ち時間は佐藤八段が30分を切り、羽生名人は1時間以上残している。形勢が思わしくない羽生名人の主張点がこれでもあるが、マギレがなくなれば時間は関係なくなる。
これには▲7六銀などの受けが考えられるが、△7三桂や△6四桂など、後手の攻めがつながる。
大内九段「ここで相当いい手がないと、先手は難しいです」
そこで羽生名人は▲2三歩成!! これには大内九段が驚いた。
「ええっ、▲2三歩成!! はあぁ……。二階から目薬のような手ですね。これで▲3二と~▲4二とを間に合わせようという。こういう手が間に合えばシッショウケイ(必勝形)ですよね。
でも佐藤君だから、▲4二とまでに寄せるんじゃないですか」
そう言って大内九段が検討を進める。が、意外にむずかしいところもある。
「寄せてみろと言われると大変か」
「第1局も第2局も逆転だったから…」
と、これは藤森女流四段。
時刻は7時にならんとしているが、気が付けば立ち見の観客は少なくなってきている。待ち合わせでたまたま寄った人が多いのだろう。
「しかし▲2三歩成ってすごい手だねえ」
大内九段があらためて嘆息する。第1局の▲5八金もそうだが、羽生名人には、余人では思いつかない手が出現することがある。先入観を捨ててあらゆる手を読むのが羽生名人の強さだ。
「難解ってことだね。ナンカイホークス。梶浦君、南海ホークスって知ってる?」
「知りません」
「……」
プロ野球の南海ホークスがダイエーに売却されたのが1988年。ハタチそこそこの梶浦四段が知るわけもない…か。昭和は遠くなりにけり。
「羽生さんもこれ落とすと大変だよね」
今年度の挑戦者はなかなか手強い。もし1勝2敗になれば、残り4局を3勝1敗で乗り切らねばならなくなる。しかし本局、雰囲気的にはもう先手持ちだ。
「結果論だけど、(△4二金では)△4一金だった? これでも先手は▲3四飛成とするんでしょ? これなら後の▲4一とが何でもないもんね」
現在7時8分。佐藤八段の持ち時間は20分を切った。
「とりあえず△5六成桂としたいよねえ」
現在は▲5五角の威力が強く、これをどかしたいのだ。調べてみると、後手有望の変化が多い。梶浦四段も後手持ちの見解だ。
空はすっかり暗くなった。SL広場前の向こうはビル群で、いくつもの巨大広告が掲げられている。ちょっと、ススキノを思わせる。
指し手が入ったようだ。それを告げる藤森女流四段が期待を持たせる。
「△7八飛成です」
会場が無言の驚きを示した。
たぶん▲同銀だろうが、△6八角▲7六玉△7三桂。以下▲同角成△同銀▲3二とでどうかだが、後手が一手余していそうだ。
「後手はシッシ(必至)を掛ければいいから」
本譜は△6七香成を利かした。大内九段は、これで寄るの? と懐疑的だ。
が、▲同銀に△6八角と進み、似たような変化となる。これに▲7六玉は△6四桂で後手勝勢。
そこで羽生名人は▲6六玉と上がったが、いかにも不安定だ。
大内九段「やっぱり▲7六玉は△6四桂で負けとみたんですね。でもこれも、角を持てば△8八角がありますよ」
梶浦四段も珍しく主張し、羽生玉を鮮やかに寄せた。これは後手が勝勢のようだ。
佐藤八段は△7三桂と跳んだ。もちろん△6五金までの詰めろだが、これが受けにくい。
客席から▲7四銀の声が出たが、それは「△6七成桂▲同玉△5七金▲7八玉△7七歩▲同角△6七銀▲8八玉△7六桂で後手勝ち」、と大内九段。
「どうですか皆さん、羽生マジックはありますか」
大内九段が聞くが、どうも起死回生の手はなさそうだ。「このまま指し手が入ってこないと、羽生名人が投了した可能性があります」
その時、スタッフ氏が大内九段に何事かを告げた。羽生名人が投了したらしい。時に7時51分。正確な投了は7時50分だった。
第1局は佐藤八段の粘りもあり解説会も休憩を挟んだが、本局は全体的にサッパリしていて、急転直下の投了の趣もあった。
これで佐藤挑戦者の2勝1敗となり、おもしろい星になった。羽生名人は苦しくなったが、当然このままでは終わるまい。
第4局は25、26日に広島県福山市で行われ、2日目はまたここで解説会がある。私も時間が合えば、また参加したい。