第73期ALSOK杯王将戦第2局(主催:スポーツニッポン新聞社、毎日新聞社、日本将棋連盟)2日目である。藤井聡太王将の封じ手は、穏やかに角を引く手だった。
桂成りを防いで極めて至当で、これで1歩得で十分。片や菅井竜也八段は歩越しの角銀が使いづらい。例えば大山康晴十五世名人は振り飛車から△8四角と覗く形があったが、それは△8五歩が突いてあった。歩越しの角に迫力はなく、菅井八段に、微妙に誤算があったのではないか。
指す手がなくなった菅井八段は飛車をひとつ引き、6筋への転回を目論む。だがそれは藤井王将の飛車角を捌かせるのを甘受したわけで、玉砕戦術だ。
だがこの展開なら、藤井王将は望むところ。藤井王将、ここから最善手を指せば勝利を掴みとれる、と見たはずだ。
それでも菅井八段は馬を作り、桂を入手して、持ち直したかと思われた。
しかしそこで藤井王将が4筋に歩を垂らした手が妙手。私は、1968年4月5日・6日に行われた第27期名人戦(主催:朝日新聞社、日本将棋連盟)第1局・▲大山康晴名人VS△升田幸三九段戦の、87手目を思い出した。
藤井王将はさらに5筋にも歩を垂らす。第1局にも藤井王将の歩の垂らしが出てきたが、通常は「穴熊にはと金攻め」と言われるところ、藤井王将がやっている。これじゃあ玉の固さだけが残って、藤井王将必勝の理屈である。
最後は手筋の金捨て、端攻め、金打ちでフィニッシュ。藤井王将にかかると、簡単に敵玉が寄ってしまうのが不思議だ。
局後、藤井王将は「こちらの玉が安定した形で戦いを起こすことができた」と会心のコメント。いっぽう菅井八段は「封じ手の少し前に敗着を指してしまい、お話にならなかった」と吐き捨てた。
この敗着とは△4五桂で、どうも、ほとんど読みにない手をフラッと指してしまったようだ。
このあたりが不思議で、1分将棋の終盤戦ならまだしも、持ち時間がふんだんにある1日目でこんこんと考えながら、なぜにこんな悪手を指すのか、理解に苦しむ。
結果、菅井八段の△4五桂は盤上に残り、藤井王将の▲2九桂は盤上から消えた。これは取られたからだが、それは駒が働いたことを意味する。
藤井王将の完勝で、2連勝。挑戦者が2連勝して初めて面白くなるところ、これではあべこべで、もうタイトル戦の帰趨は見えた。ただ、王将戦は指し込み制である。事実2期前は、渡辺明王将(当時)が藤井竜王(当時)に指し込みを食らっているのだ。菅井八段はとにかく、一番は入れなければならない。
第3局は27日・28日。
桂成りを防いで極めて至当で、これで1歩得で十分。片や菅井竜也八段は歩越しの角銀が使いづらい。例えば大山康晴十五世名人は振り飛車から△8四角と覗く形があったが、それは△8五歩が突いてあった。歩越しの角に迫力はなく、菅井八段に、微妙に誤算があったのではないか。
指す手がなくなった菅井八段は飛車をひとつ引き、6筋への転回を目論む。だがそれは藤井王将の飛車角を捌かせるのを甘受したわけで、玉砕戦術だ。
だがこの展開なら、藤井王将は望むところ。藤井王将、ここから最善手を指せば勝利を掴みとれる、と見たはずだ。
それでも菅井八段は馬を作り、桂を入手して、持ち直したかと思われた。
しかしそこで藤井王将が4筋に歩を垂らした手が妙手。私は、1968年4月5日・6日に行われた第27期名人戦(主催:朝日新聞社、日本将棋連盟)第1局・▲大山康晴名人VS△升田幸三九段戦の、87手目を思い出した。
藤井王将はさらに5筋にも歩を垂らす。第1局にも藤井王将の歩の垂らしが出てきたが、通常は「穴熊にはと金攻め」と言われるところ、藤井王将がやっている。これじゃあ玉の固さだけが残って、藤井王将必勝の理屈である。
最後は手筋の金捨て、端攻め、金打ちでフィニッシュ。藤井王将にかかると、簡単に敵玉が寄ってしまうのが不思議だ。
局後、藤井王将は「こちらの玉が安定した形で戦いを起こすことができた」と会心のコメント。いっぽう菅井八段は「封じ手の少し前に敗着を指してしまい、お話にならなかった」と吐き捨てた。
この敗着とは△4五桂で、どうも、ほとんど読みにない手をフラッと指してしまったようだ。
このあたりが不思議で、1分将棋の終盤戦ならまだしも、持ち時間がふんだんにある1日目でこんこんと考えながら、なぜにこんな悪手を指すのか、理解に苦しむ。
結果、菅井八段の△4五桂は盤上に残り、藤井王将の▲2九桂は盤上から消えた。これは取られたからだが、それは駒が働いたことを意味する。
藤井王将の完勝で、2連勝。挑戦者が2連勝して初めて面白くなるところ、これではあべこべで、もうタイトル戦の帰趨は見えた。ただ、王将戦は指し込み制である。事実2期前は、渡辺明王将(当時)が藤井竜王(当時)に指し込みを食らっているのだ。菅井八段はとにかく、一番は入れなければならない。
第3局は27日・28日。