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「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた (137) 長尾家 50

2024年07月12日 12時29分55秒 | 甲越軍記
 長尾晴景に朝廷の綸旨たまわるの間にも、景虎を総大将として、宇佐美駿河守、本庄美作守の両将は金津伊豆守、山下又左衛門と戦い
中条越前守、加地安芸守、色部修理亮、新発田尾張守、竹俣、五十公野、鮎川摂津守、大川駿河守、本庄弥三郎、黒川備前守、新津、桃井など屋形勢は世良田九左衛門、野本大膳、篠塚宗右衛門、森岡十左衛門、八条左衛門大夫、五十嵐小文四、そのほか西古志郡の黒田勢が籠る河西城、黒滝城、新山砦、村松城、安田砦、菅名城、新潟城にて合戦する。
黒田和泉守は上田の城へ押し寄せ長尾越前守と戦いの真っ最中である。

天文十五年足利義輝公、正五位下左馬頭に任ぜられるによって
慶びとして、長尾弾正左衛門晴景より御太刀一腰、駿馬一疋、青銅三千疋を献上する。
御使に神余小次郎がこれに勤めた。 足利家より御内書を晴景に賜る。

ところが晴景は長尾家惣領でありながら武道に暗く諸士を愛せず、女色に溺れる始末であった。
城内奥には女たちが溢れ、宴遊昼夜をかまわず行う、このため国の政治は疎かになった。
城中に留まらず、花の宴などといい園遊会を開くときなどは数百の婦女を誘い、見目麗しき美女とあれば諸士、農婦の区別なく人妻であっても奪って城内に引き入れる
また男子であれば、少しの不敬で斬り捨てるなどの狼藉を行い、夫を失い、妻を奪われた者らの恨みはつのるばかりであった。



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2 コメント

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Unknown (Yoshi)
2024-07-12 15:21:05
初めまして こんにちは
二人に一人なると言われている癌、僕もその一人です。コロナの真っ只中2021年5月の連休明けに軽い気持ちで受けた健康診断の検便で潜血が認められあれよあれよという間の検査続きで癌と診断されました。
場所は肛門近くの直腸でステージ1とはいえすぐに切ったほうがいいと言われそれに従い6月21日に手術となりました。肛門から2センチ、上に20センチ切ってつなげたそうです。どうやら肛門から機械を入れて縫合したそうです。
ストーマにならなかったのは今の技術の進歩からでしょうか感謝しています。
とはいえ直腸がなくなると排便機能も普通とは異なり術後1年間ほどは日に十二回以上はトイレに駆け込んでいました。3年経った今でも五回くらいはいきます。僕の場合術後の放射線療法や抗がん剤治療はしていないのでその苦痛はわからないのですがyottinさん、頑張ってください。
僕は26年1月生まれですからyottinさんとは同学年ですね。
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Unknown (yottin)
2024-07-12 18:52:45
>Yoshi さまへ
初めまして
三年前ですか、コロナ禍では手術もたいへんだったでしょうね、お察しします。
でも早期発見でステージ1、ストーマと言うのですか人工肛門も免れて良かったですね。
私は直腸のすぐ上のS字結腸なのでストーマの確率が高かったそうですが、免れました。
腸閉塞で大腸の90%以上は未検査のままの手術なので、患部のみで暫定ステージ2でした、手術が終わってから肝臓や大腸検査を行ったので場合によってはまた手術と言う不安もありましたが、無事に済みました。
ただ場所が場所なので抗がん剤治療は患者任せということで受けています。
何しろ健康で来たので、今の未知への不安はそれなりに在りますが、神様にお任せして気楽にやろうと思っています。
S字結腸が無くなったので、私もたまる場所が無くなって最初は回数が多めと言われましたが、今は一日1~2回です。
そのうちにたまる場所も再生するらしいです。
お互い同年と言うことで同じような境遇ですが、心明るく暮らして生きましょうね。
ご丁寧なコメントいただきありがとうございます。
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