おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
アドラー自身の本の紹介の第7冊目は、『人はなぜ神経症になるのか』(原題は、“Problems of Neurosis”、岸見一郎訳、春秋社、1,900円+税)。アドラーの1929年の著作です。
構成は、以下のとおりです。
第1章 非建設的な優越性の目標
第2章 人生の諸問題に対処できないこと
第3章 共同体感覚の欠如と男性的抗議
第4章 愛と結婚の諸問題
第5章 神経症的ライフ・スタイルと心理療法
第6章 感情の神経症的利用
第7章 家族布置
第8章 早期回想
第9章 続・非建設的な優越性の目標
第10章 職業の選択と眠る時の姿勢
第11章 臓器言語と夢
解説
私は、この本から次の2つだけを拾い上げ、アドラーの言葉を忠実に引用しながら読者にアドラーの意図するところを提供します。
ただし、今までは、訳者の訳語をそのまま使っていましたが、ここでは一部を私なりの納得できる訳語に代えていることをご了承ください。
1.ライフ・スタイル論―優越性の追求と関連づけて
2.セラピー論
それでは、前半の今回は、アドラーのライフ・スタイル論を優越性の追求と関連づけてご紹介しましょう。
アドラーは、性格やパーソナリティという用語を避けてあえて「ライフ・スタイル」という言葉を使っています。
次の記述によってライフ・スタイルが人格心理学でいうところの「性格」と近い概念であることが明らかです。
「あらゆる神経症の問題は、人生の現実が要求するものを歪めたり否定したりするような困難な行動、思考、認知のスタイルを患者が維持しているということにあります」(第1章、P.7)
しかし、いわゆる性格とライフ・スタイルが違うところは、アドラーがライフ・スタイルをより動的に、劣等感を源泉とする「優越性の目標追求」と関連づけて捉えていることです。
「個人心理学では、優越性の目標を持つことが、神経症において決定的な要素であるが、目標そのものは常に自分が劣っていると感じているという経験にもとづいて作られる、と考えています」(第1章、P.7)
このライフ・スタイルは、いつごろまでに、どのように形成され、それが維持・固定されるのでしょうか?
「人生の最初の4年か5年に、子どもは、生まれつきの能力を最初の印象に適応させることで、自分自身のライフ・スタイルの原型を築き上げます。そして、そのようにして、撤回することのできないライフ・スタイルの基礎を築きます。これが後になって定式化されたライフ・スタイルへと発達し、人生の3つの課題に対する答えを条件づけることになります」(第3章、P.44)
アドラーは、ライフ・スタイルの原型が4・5歳までに築き上げられる、と言っていますが、現代アドラー心理学では、8歳まで、遅ければ10歳と言われています。
さらに見失ってはいけないことは、ライフ・スタイルを駆使して、人生の3つの課題―仕事・交友・愛―であるライフ・タスクに直面するとき、その人なりの回答を出すことです。
「行動の本当に重要な違いは個人の賢さではなく、建設的か、非建設的かの違いです。建設的ということで私が意味しているのは、全体としての人類の利益です。どんな活動についてであれ、その価値の最も実際的な評価は、全人類、現在だけでなく将来の人類に建設的かということです」(第5章、P.97)
ただし、ライフ・タスクに直面して、その人なりの回答を出そうとして機能するライフ・スタイルがバランスを崩すときがあります。
そのことに関してアドラーは、次のように言っています。
「個人的な優越性を追求すると、それは必ずや人生の課題のうちの1つをバランスを崩したかたちで拡大します。その場合、個人が抱く成功の理想は、社会的な名声か、事業の成功か、あるいは性的な征服に限られてくるようです。そこで現れてくるのは、戦う嫉妬深い立身出世第一主義者、他のすべての人を犠牲にして自分の利益を広げていこうとする仕事の実力者、さらに、自称ドンファンである恋の不義者です。どの人も人生の調和をかき乱し、多くの必要な要求を満たさないままにし、狭い行動領域においてさらに一層狂気じみた仕方で優越性を追求することで補償しようとします」(第9章、P.153)
長い文章になりました。まとめます。
今回は、アドラーのライフ・スタイル論のポイントとして
①ライフ・タスクとの関連において、そのバランスを重視しながら捉えていること
②ライフ・スタイルの健全さは、行動に移す場合の建設的(useful)か非建設的(useless)かの判断軸によって把握できること
をしっかりと押さえておきましょう。