かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか

2014年11月22日 | Books
今日は、絶好のコンディションの中、ゴルフ。でも結果は、散々。
なんでこうなるの?



佐々木さんの本が、新書で、出ていると知って、早速ゲット。
本書も、実際の講義を、本に書き下ろしたもので、読みやすい。
かつ、NHKでのブッダの言葉よりも、よりディープな内容になっている。
特に、後半は、佐々木さんの、専門の研究が明らかになる。

アショカ王の碑文、中国語に訳された律を読み比べることによって、真の意味を明らかにしていく。
例えば、破僧、つまり、破門になるケースは何か?お釈迦様の教えと違う考え方を唱えることと、儀式を一緒にしないことなのだそうだ。
そして、この解釈の変化から、爆発的な部派仏教への展開が起こったと分析されたのである。

佐々木さんは、原始仏教と、大乗仏教とは、別物であるという基本的な考えをお持ちだが、この破僧の解釈の変化が、大乗仏教が大きく花開いたきっかけになったことを発見されたことが、その大きな根拠になっていることを、本書を読んで知った次第。

最終章で、原始仏教での教えの重要なフレーズをまとめてくれているので、見出しのみ抜粋したい。
人生は「一切皆苦」
「学び」は、すべてに勝る
「執着」があると苦は消えない
人はみな「平等」である
「自己鍛錬」あるのみ
「心」を正しく持て

そして、最後に二つ。

「究極の真理へと到達するために精励努力し、心ひるむことなく、行い、怠ることなく、足取り堅固に、体力、智力を身につけて、犀の角の如く、ただ一人歩め」

「自分自身を島とし、自分自身を救いのよりどころとして暮らせ。ほかのものは救いのよりどころとしてはならない。法(教え)と島とし、法を救いのよりどころとして暮らせ。ほかのものを救いのよりどころとしてはならない」

日本の仏教とは、やはりずいぶん、感じが違う。
清々しい、厳しさを持った教えだと思う。
コメント
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