<ハロウィーンモンスターのお話のまた続きです。>
風がそよりと吹いてきた。
パッと目を覚ますと、なぜだか空には何かがキラキラ光ってる。
驚いてガバッと身を起こすと、
「起きたのかい、だんな。」といつぞやのカラスが傍らにいて言った。
「あれは一体何だい?」おいらが聞くと、カラスは
「あれはお月様だよ。」
「他のガラス玉みたいなのは何だい。」
「あれは星ぼしだよ。」と答えてくれた。
おや、おかしいな。おいらは風があるのに月もない星もない、そんな不思議な夜にしか目覚めることは出来なかったはずなのに。
「だんな、ハロウィーンだからじゃないのかい。街はパレードさ。早くワタクシめらも繰り出しましょうぜ。」
「行こう行こう。」「行こう、行こう。」コウモリもスパイダーもおいらを急かす。
にんまりと微笑む月、キラキラ光る星達を見上げながら、おいらもガシャンコガシャンコ街に急いだよ。
街はパレードさ。モンスターの大行進。その間に紛れてさ、子供達がおいら達の真似をしている。ばれないように化けなければダメだよ。そうでなければ、魔女たちの今晩のパイの中身にされちまう。
ああ、ハンサム黒猫はどうしているだろう。不細工ブチ猫は元気かなあ。気になるけれど、こんなに町が混んでいては、ちょっと遠出は出来ないなあ。
子供達が
「トリック・オア・トリィート、お菓子を頂戴よ。」と家のドアを叩く。おいらもどさくさに紛れて一緒に回ることにした。
太っちょおばさんのおうちは、おばさんもお菓子が大好き。だからお菓子が一杯だ。
やせっぽちおばさんのおうちは、自分が食べないからお菓子が余っていて一杯だ。おいらの秘密のポケットはお菓子で一杯だ。
子供達が言う。
「ねえ、あそこはやめようね。」「うん、やめよう。」
「なんでだい?」と聞いてみたならば、
「だって、あそこのおばあさんは本当の魔女みたいなんだもの。」
本当の魔女と魔女みたいは違うだろう。おいらは行ってみたくて仕方がない。だっていい匂いがするんだよ。
おいらは、子供達の前になってドアをガンガンと叩いた。
「うるさい!何だい?」開いたドアから出てきたおばあさんは噂どおりの怖い顔だった。
「ドリッグ・オア・ドリード、おがしちょうだい。」とおいらは言った。
「あげるお菓子なんかないよ。」とおばあさんは鬼のような顔で言った。
「だっていい匂いがするよ。ああ、待てよ。これは花の匂いだったのか。今は暗くて見えないけれど、素敵な庭を持っているんだなあ。」
「エッ、あんた分かるのかい。」
「エヘへ」と言って、おいらが腹をがりがり掻くと、
「おやまあ、コレは懐かしい。」とおばあさんはおいらの腹を撫ぜた。
「これは今は遠くに住んでいる子供達が、小さい頃に使った湯たんぽによく似ているよ。」
すると、おばあさんの顔はあんなに怖かったのに、・・・イヤイヤ顔は怖いまんまだ。ずっと怖い顔していたから、もう直らないらしい。だけれど、奥に行ったと思ったら、焼きたてクッキーを持ってきてくれた。
バイバイと言って振り返ったら、おばあさんは泣いていた。
誰だい、怖い顔をしたおばあさんを泣かしたのは。
クッキーはとっても美味しくってさ、子供達からも
「でかいお兄さん凄い、仮装も凄いが、度胸も凄い・・」
と褒められて、おいらはとっても得意になっていた。
街のはずれの小さな本屋にやって来た。子供達が、ここの爺さんは話は長いが優しいって言うからさ。
ドアを叩いて出て来たじい様は噂どおりに優しくて、気前よくお菓子をみんなに配ってくれた。その時おいらはドアの隙間から見えた戸棚の上に、あの本屋の年寄り猫の写真を見つけたんだよ。あの猫はこんな所から来ていたのか。
おいらが猫の写真を見ているのに気が付いたじい様は、その写真を持ってきてくれた。
「この猫を知っているのかい。」
「うん、ちょっとね。何処にいるんだい。」
「もう、いないんだよ。」とじい様は寂しそうに言った。
おいらの体の何処かがギリギリと鳴った。
「じい様、きっとあんたは誰かを見送るのが仕事なんだな。」と、おいらは何か言わなくてはと思って、やっとの思いでそう言った。
するとじい様は、にっこり笑って
「そうか、そうか。見送るのが私の仕事なのか。それならばおまえ様も見送って進ぜよう。」と言った。そして、
「おまえ様は何処から来なさった。」と聞くので、
「森の奥から。」とつい本当のことを言ってしまった。
「おまえ様は、そこに帰ってはいけないよ。帰るべきところに帰りなさいナ。」と優しげに言った。
なぜだか、おいらにはじい様が何を言ったのかすぐに分かってしまった。なんたって、おいらは頭がいいものだから。
だけど、それって・・・。
おいらはショックで動けなくなってしまった。
子供達はとっくに帰ってしまった。おいらは月が東から西に動いていくのを見ながらじっと固まっていた。
どこかで遊びまわっていたカラスが、戻ってきておいらを突いたので我に返ることが出来た。
「だんな、もうすぐ朝ですぜ、早く森に帰りましょう。」
「いやいや、おいらは森には帰らないよ。あそこはおいらの場所ではなかったんだ。」
おいらは、町外れのゴミ置き場に行った。
「だんなー、そんなばかな事しないで、森に帰りましょうや。一体誰に何を言われたっていうんですか。そいつはだんなの事分かって言っているんですか。」
「もう、お前はお帰りよ。残飯あさっていると思われてしまうよ。」
「どう思われたって良いんですよ。」
カァカァカァー、カラスは悲しそうに鳴きながらずっと、そのゴミ置き場から離れなかった。
朝日が昇ってきた。おいらの体はカシャカシャカシャとバラバラになっていく。そしておいらはもう目覚めない眠りに付く。だけど、その時おいらは最後の夢を見た。
風が通り過ぎていく、白い少女の姿をして。少女は指でどこかを指し示す。
つぐみが空を飛んでいく。つぐみは翼でどこかを指し示す。
何かがおいらを手招きしている。緑の、そうだ、あれは森の緑の木々だ・・・
★ ★ ★ ★ ★
おいらはゆっくり目を覚ました。太陽の光がキラキラ光っていたよ。
そうだ、おいらは思い出したよ。おいらはずっと、森のこの場所にいたんだよ。ずっとずっとね。
様々なものに日の光を遮られ、ずっと眠っていなくてはならなかったんだ。
う~ン、おいらは伸びをして、手を伸ばしてみた。
「おい新入り」すぐ近くの大木が言った。
「大きくなれよ。」
「うん、大きくなるよ。おいら。」
じゃあ、みんなバイバイ。
もしもおいらに会いたくなったらさ、森に会いに来ておくれ。たぶん、あんたの家の近くの森においらは住んでいると思うから。