森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

旅はここから ☆ 結構楽しい、羽田 ♡

2019-11-30 14:12:14 | トルコ旅行記

《トルコ旅行記番外編》

そのラスト記事(の予定)です。

このトルコ旅行は、10日間の旅と言う事になっています。そのパンフレット(旅のしおり)にも「×××トルコ大周遊10日間」と書いてあって、それが旅のタイトルなのです。

でもその1日目。書いてあることは一行。

「東京(羽田) 22:01 羽田空港国際線旅客ターミナル集合」

10分の1はこれか~って思いましたよ。

もちろん10日目も深夜のドーハで4時間、その後飛行機移動で観光ではありません。それでも深夜で何もなくてもドーハは海外で、飛行機内は旅の途中と言う感じはなくもないです。

だけど「羽田集合」で、これを1日とカウントするのかって笑える~。

 

しかしながら、確かにその日から旅は始まっていたのです。

午後10時集合と言えども、羽田までの移動のために午後3時過ぎに家を出ました。

そして羽田には午後5時半ぐらいに着きました。

ドーハに行く便を確認した後、羽田探索です♪

 

最初に発見したのは、「税関イメージキャラ、カスタム君コーナー」。

ここにはクイズや折り紙なども置いてあります。空港やこれから乗る飛行機でお子様を飽きさせない工夫がされているのですよね。

だけど、私たちがはまったのは、 ↓  の鏡。

鏡の前に立つと、いろいろと変装する私たち。ちょび髭を生やしたり、黒眼鏡を掛けたり、帽子を被ったり・・・・

鏡の前ではしゃぐ、かつては若かった二人。

デッキに出ると、少し雨模様でぼんやりしているような空港は、またそれで綺麗でした。

上の画像・・・・。

えっ、月だけ出てたの?

と、今見て一瞬そう思いそうになりましたが、あの上の光は、飛び立っていく飛行機の光ですね。

空港の風景、本当に私は好きなんですよ。

そしてこの頃は紫陽花の季節。空港内は紫陽花で彩られていました。

美味しいお食事をして・・・・・またフラフラと・・・・。

なんとこんな所もあるのですね。

またも、かつて若かった女が二人ではしゃいできました。

けっこう見るところがいっぱいです。

こんなイベントもやっていました。

美しい歌声に、なんだかものすごく得した気分になりました。

羽田ではたくさんの時間を持て余してしまうかもしれないと心配していましたが、なんだかんだと食べたり見たりしていたら、あっという間に集合時間になってしまいました。

トルコ旅行の第1日目の観光地は「羽田」で、そしてメッチャ楽しく堪能しました。

 

紫陽花の花やら終わってしまったイベントの話で、情報が古いと思われるかもしれませんが、きっと羽田空港はこの日と同じように、今も季節などに合わせて、訪れる人をもてなしているのではないかと思います。

 

実質9日、もっと厳密に言えば8日間の旅だったかもしれません。

だけど11日目、バスで深夜の銀座を走る・カプセルホテル経験・丸の内ホテルでのモーニングと言うオプションを自ら作ったわけで、足し算引き算をしたら10日間と言う帳尻はあったように思います。

さあ、今回の旅は根こそぎ書いたなあと思ったのだけれど、得意のささやかなことながら、あと一つだけあった事を思い出しました。でももう急ぐ旅でもないので、それは目次と共に年末にでも書く事にします。

とりあえず「トルコ旅行記」は、一応終了です。

今まで長々と読んで下さった皆様、ありがとうございました。

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その時、本当は彼は何て言ったのか。

2019-11-30 01:25:36 | トルコ旅行記

 《トルコ旅行記番外編》

晩秋の東京やら東京の近郊都市やら、ようやく色づいて来て、私も赤や黄色の色に心惹かれウロウロしております。いつまでもこの旅行記を書いて居てはいけないような気持ちになってきましたので(もう、いくらなんでも終わりですが)、今からドドドと更新して、いろいろと溜まっている私的お出掛け日記などの備忘録も吐き出して行きたいような気分。だけど今からじゃ、ドドドと言うわけにはいかないですよね (^_^;)

でも全部書いちゃったら、どうなるの ?

いやどうもしませんよね。

だって生きている限り、毎日は続くのですよ。書きたい事が枯れるなんて、あり得ない事ではないですか。

あっ、そうそう。だって私、野の花マニアだし、やりたい事は一杯あるし、見たいものもたくさんあるし、ささやかな日常にはささやかな喜びがいっぱい。

 

ってな話は今はどうでも良くて、帰りの飛行機の中で、私は不安でいっぱいな気持ちでいたのです。

自分の病気の話をちゃんとしたことが無いので分かり辛い話かと思うのですが、同じ病気の人の中では、私は軽症の方で、だからこんな風に旅行などにもホイホイと気軽に出かけていくわけですが、世の中「引き金になる」と言う出来事ってあるじゃないですか。

私は、この少々長かった旅行が、軽症の終わりのその引き金になってしまうのではないかと言う不安に駆られたのでした。

最初に出た機内食をちょっと食べた時に、息が上がるほど気持ちが悪く、もう何も食べられないと思いました。

今、帰りの機内食を見ると、結構皆美味しそうですね。

みんな記憶が無いです。

星子さんが言うには、真ん中の焼きそばは、なかなか美味しかったらしいのですよ。

 

だけど「人の記憶」と言うものは不思議なものですね。

数口食べて止めたものは記憶が残るのに、その他の物はどうしたのか分からない・・・・・。

要するに、そこに何かしらのストーリーがあるか否かで、記憶に留まるか否かなのかも知れません。

 

帰りも、イスタンブールからドーハ。ドーハから羽田と言うルートでした。

イスタンブールからドーハまでは星子さんと隣どおし。その後はまた離れてしまいました。

 

ドーハから羽田の時、私の隣には、黒い肌の男性が座りました。

私は、外国の男性の年齢がよく分かりません。結構な年齢かと思ったら、意外と若かったりすることもあると思います。

この人もその後からだんだん分かって来たのですが、高校生くらいだったようです。

イスタンブールからドーハまで、通路側に座った私の隣の人は、どんな人だったのかしら。きっと親切な人だったと思うのです。だけどあまり記憶が無いのです・・・・・。

 

それなのに、この青年の事はよく覚えています。

彼は後ろに座った人と友だちで、よく席を立って、後ろの友達と話していたのです。

少々トイレの回数が増えてきた私には大助かりです。

だけどそんな事を繰り返していた時に、私はある事に気が付きました。

彼は席に自由に戻らず、私が戻って来てから彼も戻ると言う事をずっとしていたのでした。

これは、単に私のせいで余計に立ったり座ったりするのが面倒だと思っただけなのかも知れません。だけど私はポジティブ思考な人で、こういう場合も、私の為にちょっとだけ待っていてくれたのだと感じてしまうのです。実際に戻ってきた時に、彼に「すみません」と言う事はなかったのでした。

飛行機が着いて別れる時に、メチャクチャな言葉を駆使して「ありがとう」はなんと言うのかと聞くと

彼は「マサラ」と言ったような気がしました。

だから私は「マサラ」は「ありがとう」かと思ったのですが、家に帰って来て調べても、さっぱり分かりません。私はあまり言語を聞く能力には長けていないのです(^_^;)

もしかしたら、彼は私の「サンキュー」に反応して、「マアレーシュ」と言ったのかも知れません。

「気にしないで」と。

 

 

そうです。

とうとう羽田に着きました。

だけど11時近くに羽田に着いたので帰る手段が無くて、家には帰れません。

それで私たちはカプセルホテルの初体験をしました。

  

こんな風になっているんですよ。なんだかんだと深夜の2時ごろに着いたので、シャワーを浴びてバタンキューでよく眠ることが出来ました。朝、星子さんとの約束の時間に寝坊するぐらい寝心地が良かったのでした。

カプセルホテル、お安かったのですが、地方のビジネスホテルぐらいのお値段だったかな。

だけどここ、私的には「あり」でした。

 

そして翌日の朝食は、かねてから実行したかった丸の内ホテルの「ポムダダン」にてのモーニングを頂きました。

お腹を壊していたのではないのかと言われてしまいそうですが、ここに来るのも計画のうちだったので、予定変更をせずに実行しました。だけど量は控えめです。

そしてこのお食事、本当に美味しかったです。

「あー、日本って、良い国だなぁ。」としみじみと思いました。

 

そしてこの先の話は、「非日常に憧れながら、日常を慈しむ その2」へ。

家に帰りついて、ようやく旅行は終わりです。

 

そうそう、体調の事ですが、その後私のあれ1週間以上も続き、こんなにひどいのは初めてで、やはり引き金になってしまったのかと不安になってしまいました。そして予約外で病院に行かなくてはならないのかと思ったのですが、その時急に閃いて、ヤクルトを(良い事なので商品名を隠さず)3日飲みましたら治ったのです。

さすが乳酸菌!!

ヤクルトがある日本って良い国だなぁ~。

 

と言うわけで、この旅行記の番外編も終わりと書きたいところですが、後ワン記事有ります。

その後、目次を作って写真の整理をして、リアルアルバムを作ろうかなあと、6月に行った旅行で12月になろうとしているのに楽しんでいます。

10日間は長い旅行だったけれど、これだけ長々と楽しめれば行った甲斐もあると言うものですね。

 

 


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そして帰りの空港では

2019-11-26 16:37:35 | トルコ旅行記

《トルコ旅行記番外編》

行きに何かあれば、帰りも何かあると言うものです。

イスタンブールの空港で、長々とお世話になったガイドさんと別れを告げました。最後まで席の移動など尽力をしてくださった良いガイドさんでした。

将来の夢は自分のお店を持って、シェフをすることらしく、時々日本に来て合羽橋辺りをウロウロしているらしいです。

息子さんは留学しようと頑張っている最中で、受験する学校を東大にしようかそれともドイツのどこどこにしようか考え中らしい・・・・・って、その話をバスの中でした時に、なんとなくみんなの反応が薄くて、ちょっと気の毒に思ってしまった私です。「東大」と言う名前を出したからには、もっと「おおっ !!」ぐらい言ってやれよんとか思ってしまいました。

きっと自慢の優秀な息子さんなのですよね。そして親バカって万国共通なのねって、ちょっと微笑ましかったです。

そして他人の息子に興味が無いのも、万国共通ですね。

 

このガイドの仕事の後、一か月ぐらいはお休みを取るとか言っていたような気がします。彼自身が優秀なガイドであると言うのもあるけれど、なんたって絨毯屋でもトルコ石の所でも陶器屋でも、皮革屋でもかなりみんなのお財布は緩みましたから、彼の懐も少々と言うか、かなり潤ったはずです。

ガイドさんも含めて、みんなニコニコしながらお別れしました。

 

空港内(サビハ・ギョクチェン)に入ってから、あまり何かを見て楽しんだ記憶がありません。私と星子さんの事だから、きっとどこかのお店に入ったり何かを見たりしていたと思うのですが、まったく記憶にないのです。ただやたらどこかのベンチに座っていた記憶しか・・・・・。

まあ、その辺はいらない記憶なんですよね、きっと。

ただ、やたら座っていたベンチのある所で、背後に座っていたご婦人方の会話が面白くて、思わず耳ダンボになってしまいました。その方たちもトルコ旅行の人たちだったのです。もちろん同じツアーの人ではありません。その中のひとりの人がものすごく怒っていて、言っていたことは・・・・・・・。

その人はそのトルコツアーで、ガイドさんが連れて行ったアチャコチャで、何も買わなかったのです。そりゃねぇ、買うものが無かったら買わないですよね、普通は。私も同類でしたから。そしたら最後にガイドさんがブチ切れて、もっと協力してくれてもいいんじゃないですかと言ってきたと言うもの。

 

「へぇ」と思い、思わず耳を澄ますワタクシ。

だけど怒っているのは一人だけ。もう一人の人は何て言ってたのか、あまり記憶もないのです。なんとなくのらりくらりと、その人の言葉を交わしていたのかも知れません。楽しい旅の終わりのその時に、聞きたくないお話だったのかも。

「あの人たちも生活が掛かっているのだから・・。」なーんて事を言ったかな、言わなかったかな・・・。

私が心の中で言ったんだっけな。

だけどこの怒れる人の言葉はごもっともだと思いました。

生活が掛かっていようがいまいが、高額なお店のリベートの為に、何も買わない人に文句を言うのはお門違いですよね。

だけどその収入を当てにしなければならないのだとしたら、どんなお客に当たるかはガイドさんにとっても賭けのようなもので、このガイドのシステムはあまり良いとは言えないなー。

 

しかも私がそちらのツアーに入っていたら、この私がそのガイドさんにブチ切られたりして・・・。

シェ~、クワバラクワバラ。

なーんてことを思っていたら、寝てました。

たぶんほんの数分・・・。

 

だけどまた他のベンチでもまた寝て、きゃぴきゃぴと言う声で目が覚めると、隣に座っている星子さんの所に数人の女性ツアー仲間がやって来て、お喋りをしていました。

ごく普通の声で「何の話?」と途中参戦しましたが、その時はかなり深い眠りから目覚めたようで、本当は自分が何処に居るのか分からずに「ここは何処」状態で目覚めたのです。

この事は、自分でも深く反省しました。

外国は日本とは違う。同じ平和ボケ感覚でいてはダメよ、などと、この先私が言ったとするでしょう。自分でもどの口が言っているんじゃと思いますよ。

周りにお仲間が結構いて、キャピキャピ言っていてくれていたから良いようなものの、海外の空港のベンチで熟睡なんてあり得ない事ですよね。

まあ、私の危機管理能力なんか、そんなものだったのかも知れません。諸々セーフで良かったです。

 

最終日の6月15日は睡眠不足な上に24000歩も歩いたので、クタクタだったこともあるし、薬を朝も昼も飲み損ね、夕方急いで飲んだけれど、ドドドと疲れが出て来てしまったようで体調悪し。

いつも元気な感じですが、医学に助けられているヘッポコな人なのねと、こういう時にその事を思い出させられるのです。

大丈夫かなぁと思いながらも、サバサンドも食べちゃってるし、いろいろと後の祭りです。

はっきり言って、トイレと仲良し。

だけどそこでも、歯磨き洗面中の人との触れ合いがありました。

家族と弟とで個人でのトルコ旅行から帰る人だったのですが、まるでどこかの民宿での洗面所で会ったと言う感じでした。その方はサンダル履きでラフなスタイル、顔を洗って歯磨きをして・・・・。そう寝る準備をしていたのですね。

飛行機に乗る=寝る準備。

個人旅行と言う点にも心惹かれましたが、旅慣れている雰囲気にも、「強者だな~。」と感心させるものがありました。

 

旅での出会いは、本当にささやかな一期一会。

これはこの旅行記の中でも度々出てきた言葉だったし、そのような出会いがたくさんあったと思います。

そしてやはりそこにはいろいろと学ぶことがあるなって思っているのです。

 

トップ画像は乗り継ぎのドーハ空港で。

静かな雰囲気の深夜の空港です。ドーハでは4時間近く時間があって、熟睡していたのはそこの集合場所でだったのかしら。

 この画像の右側にはげっそりした私が映っているのです。

  この画像の左側にはげっそりしたおばさんが映って…あっ、私ね。

 トイレと仲良しでも、なんか飲んでいました。

トルコリラを全部使いきって、上手くいったと思ったのに、なんとここでドルで払ったらお釣りをもらってしまいました。

些細な部分まで完璧なんて事は無いのですよね。

いったいそれが日本円でいくらにあたるかなんて事も興味もなく持って帰りましたが、今見てみると、結構綺麗なデザインでした。

《異国の物と言えども、お札なんで「見本」と書き込んでいませんが、正しい大きさでは映していません。》

こんな風に絵は繋がるデザインなんですね。

そしてこれも私のお土産になりました。

 


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コーヒーアクシデント

2019-11-23 14:16:55 | トルコ旅行記

《トルコ旅行記番外編》

今回の(と言いましても、すでに数か月前)旅行では、カタール航空を利用しました。

以前、「「ロスト」ロス」と言う記事内に書いたことですが

>『ところでトルコ旅行の時届いたパンフレットで、813便と言う数字を見た時に、一瞬、「マジ !?」とビビりました。見おぼえがある数字だと思ったのです。

でも墜落してしまう海外ドラマ「ロスト」の飛行機は815便だったのですよね。あー、良かった。』なんてことを言っていたのですよ。

 

だけどこの飛行機は、私的にはあまり快適とは言えなかったのでした。

まず席が星子さんと完全に離れてしまった事が挙げられると思います。ツアーで行く時、よく帰りはちょっと離れてとかあったりもしますが、行きから離ればなれとは珍しい事だと思いました。今までの旅行は添乗員さんが頑張ってくれていたのかしら。

12時間も一人旅かと不安に思いました。だけど救いは真夜中と言う時間帯だったのですね。

普通に寝る時間ですから。

だけど飛行機って、変な時間にお食事が出てきたり飲み物サービスがあったり、映画を見たい誘惑には逆らえないものがあるじゃないですか。そうそうは寝てなんかいないのですよね。

それなのにですよ。その映画が上手く映らないのです。映らないと言うより音声がちゃんと入らないのです。

快適に感じなかった一番の理由はそれだったように思います。

イヤホンを変えてもらったりもしたのですが、どうも接続が悪くて・・・・・・

なーんかつまらないなあ・・・・・・

そう思いながら、接続の部分を強く押し込んだりしてやっと1本を見終わり、次のをと思った時、いや、これはこんなことをしている場合ではないなと、私は急に焦ってイヤホンなどを耳から外し、急いで目を瞑りました。

と言うのは、いきなり私は飛行機に酔っていることに気が付いたのです。

この時飛行機は上へ下へと大きく揺れて気圧の波乗り状態でした。確かに経験のしたことのない揺れ方。それでも今まで、どんなに揺れても飛行機では酔わないのだと思い込んでいたのでした。

だから急激に来た

「あっ、もしかしたら私、気持ち悪いかも。」と言う感覚は、かなり衝撃的な物でした。

 

大昔ですが、佐渡に渡る船が大揺れで急に酔ってしまった時、休憩室の畳の上で横になり「私は床、私は船」と船と一体化したことは、酔い対策には効果があったのです。で、またも今回も「私は椅子、私は飛行機。」で乗り越えました。(ちょっと何言っているのか分からないと言われそうですね(^_^;))

だけど目は瞑っていましたが、とても眠られたものではありませんでした。

そうこうしているうちにお食事が配られる時間になりました。

なんだかげっそりとしていました。

お食事は頂きましたが、なんだか何を頂いたのか、美味しかったのかさっぱり分かりませんでした。珈琲もたいして美味しくも感じなかったし。

ところで私、この飛行機ではラッキーな事に通路側に座っていたのです。

 

昔・・・つまり12年前にイギリスに行った時や、更に昔の香港に行った時など、私は好んで窓際に座りました。窓際の方が窓の外の風景を楽しめるからです。トイレにたまに行きたいと思っても、通路側には知人が座っているので、何の問題もなかったのです。なんでみんな通路側が良いのかしらぐらいな事を思っていたのです。

だけど・・・・。

あーあ。歳を重ねるって悲しいなと思うのは、通路側にみんなが座りたがる意味が分かって来てしまった事なんですよね。

今回のように隣が全くの他人なら、通路側に座れたことは本当におばさん的には、助かるなあと言う所なんです。

 

私の横には、若いカップルが座りました。

窓際に座った女性は、ほとんど寝っぱなしで、食事が来ても私の横の男性が断っていました。もしかしたら女性は飛行機などが苦手な人だったのかも知れません。カップルでもあり、女性が寝っぱなしであったこともあって、殆どコミュニケーション無しで過ごしていました。

もちろん彼らが席を立ちたい時は、別です。ただ、昔の私がそうであったように、そうそう彼らの為に席を立つことはなかったのです。

ところがその「すみません。」を言われたのが、まだお食事のプレートが回収される前だったのです。

「ああ、はい。あっ、でもどうしようか。」と私は言いました。それで、席を立つために彼にまず私のプレートを持ってもらう事にしました。そして前に出ているテーブルを引っ込めて私は立ち上がり通路に出て、今度は自分と彼のプレートを持てば…(それとも彼の物は彼女が起きて持っていたのかしら・・・・。)とにかく彼を通路に出す事が出来るのですよね。

だけど私がテーブルを片付けている間に、とんでもない事が起きたのです。つまりプレートがほんの少し傾いて、まだ少し残っていた珈琲が私の服の上に零れてしまったのでした。

お互いに「あああ」と言ってしまったと思います。

「すみません、すみません」と彼は言い、私は服を拭き、だけど席を立ち私は言いました。

「とりあえず、ご用を済ませてくださいね。」と。

 

その間に彼の連れの方が席に残っているので、なんだか嫌味のようで嫌だったのですが、今それをやっておかなければ服がシミになってしまうので、濡れティッシュなどで服のケアをしました。その時、それをしながら私は少々冷静になって考える事が出来たのです。

世の中には、目に見えている部分は明らかに被害者でありながら、実はそうとは言えない事があると思いませんか。

確かに珈琲を服に掛けられたのは私です。

だけど気分がスッキリしてなくて、あまり美味しくないなと思いながら頂いた食事のプレートは、綺麗な状態に片づけられていなかったのです。珈琲の入っていたカップも雑にその上に置かれていて、そして中にまだ入っていることを私自身は知っていても、それを私はその人に告げなかったのです。揺れる飛行機、雑に置かれた珈琲カップ、中身が入ってるとは知らない・・・・・。こんなの何気なく仕掛けられた罠のようなものじゃん・・・・。

だから戻ってきたその人に私は言いました。

「これはさ、どう考えても私の渡し方が悪かったと思うの。だからこれから先は、一切この件は気にしなくて良いからね。」と。

 

だけど数時間後、その飛行機が目的地について降りる時になったっ時に、いつ用意したのか、二人が私に封筒を渡そうとしてくれたのです。クリーニング代にと。

私は吃驚して、その少しピンクがかった美しい封筒に目を落しました。

 

そしてバンバンと言うリズムで、過去に起きた嫌な出来事を思い出しました。

20歳の頃、知人の結婚式に出て、隣に座った見知らぬ夫人にジュースをドレスに零されて、それなのにおしぼりで拭かれ

「ほらっ、こうしておけばもう大丈夫よ。」と言われ、何も言えなかった昔・・・・・。

また違う時、飛行機の中で隣に座った友達に珈琲を零され、お互いに「キャッ」と悲鳴を上げたのに、

「大丈夫、大丈夫。」と自分の事だけを心配して、そして「あらッ、あなたも濡れたの。」と言いながらも一度も一言も謝らなくて、それまで信頼度が100に近かった友人の違う一面を見て、不愉快に感じた昔・・・・。

 

それに比べて・・・・

なーんて良い子たちなの~ !!!

育ちが良いんだなと、私は感じました。

 

だけど私は言いました。

「さっきも言ったけれど、あれは私が悪いんだって。気にしなくていいって言ったでしょ。」

「でもお洋服がシミになったら。」

「大丈夫。私お洗濯のスキルが高いから。」←別に高くない。単なるハッタリ。ただ、直後のケアが良かったのでシミにはならず。

「でも・・」と言う彼らは言います。こういう時、結局は受け取ることになってしまう事が多いと思うのです。だから私は更に言いました。

「旅は今から始まるんでしょ。こんな事でお金を払うなんてつまらない事でスタートさせなくて良いよ。」と。

すると

「それはあなたも同じじゃないですか。」と彼らは言う・・・。

ああ、確かにね。だけど私、まったく嫌な気分じゃなかったのです。

 

「じゃあさ、この後、もしもこの事を一回でも思い出す事があったら、あの人意外と良い人だったねとか言ってくれればいいよ。私もさ、これを良い想い出にするから。」と言って、その場を立ち去ったのでした。

きっと、「これを良い想い出にする。」と言われても、若い彼らの脳裏には「?」のマークが走り去ったと思います。

だけど私にとっては、やはりこれは良い想い出です。

今となっては、もう彼らの顔を思い出す事は出来ません。ただその美しい封筒のみが思い出されるのです。

 

一番後ろに座っていた私が飛行機から降りられるのは最後の方。

少し前に行くと、確か同じツアーの人だったなと言う方が、まだ座っていました。通路は渋滞していて、ちょうどそこで止まってしまったので、私はその方に挨拶をして、来る途中で飛行機が凄く揺れた事を話題にしておしゃべりをしました。

「初めて飛行機で酔っちゃって・・・。」と私が言うと、私の前に立っていた人がくるりと振り向いて

「私も。」と言いました。しばしの楽しいミニ(元)女子会タイム。

その人は残念ながら同じツアーではありませんでした。

お互いにこれから始まる旅にエールを送りあって別れました。

 

服からは、ちょっとだけ珈琲の香りがしていたかも知れません。だけどなんだかその時、素敵な旅になる予感がしました。

そしてその予感通りの旅になった事は、間違いのない事だったのでした。

 

   

   

機内食3回分。

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっと怖かったホテルの怪

2019-11-20 16:20:48 | トルコ旅行記

トルコ旅行記は、まだほんの少々続きます。

と言いましても、ここからは番外編です。別にトルコでなくてもと言う話で、名所名跡はまったく出てきません。

でもやっぱりそれは、私の旅行記であることには間違いのない事なのです。

 

4月のある日、「藤原竜也のラジオ」を真夜中に聴いていて、その中のある話がとっても怖いと思った私。

・「「Sky presents 藤原竜也のラジオ」12&13」の中に

>『いろんなものが「恐怖症」の竜也さん。怖いものの一つに、「怖い物」がある…って、分かり辛い書き方ですね。地方なんかに良く行く機会のある役者さんたちは、けっこう同じような経験をしているのではないですか。

ロケ先の旅館なんかで、テレビつけっぱなしや電気つけっぱなしで寝たりするときは、その怖い時みたいなことを、その時滞在していたお寺の住職に言ったら、指を鳴らして何かを唱えるとだいたいの雑霊は去ると教えてもらった。

そしてある時の真夜中、クローゼットの中のハンガーがカタンカタンと鳴りだして、そうだ、あれだと実行したら、耳元で「効かないよ」と声がした・……と言うお話だったと思います。

最後のオチの所で、本当に「キャー」って思いましたよ^^』

 

この話がとっても気に入った私は、しばらくは友達に会うたびにそれを話して「怖い」と言う共感を得ていたのです。

そしてその頃、横浜で会ったラッタさん(息子1)にも、その話をしました。

ついでに若い頃に旅館やホテルに泊まった時に、悪夢にうなされた話や金縛りにあった話などを入れて、今度トルコに旅行に行くのだけれど、怖いなぁと言いました。でもその時、言った途端にある事に気が付きました。同時にそれをラッタさんも気が付いたらしく、コントのように声が重なりました。

「『効かないよ』のトルコ語が分からなーい !!」

で、結局、気のせい?

って事になるよね、と言うオチが付いて、なぜかラッタさんとの会話だけ笑い話になりました。

 

なぜこの話が「トルコ旅行記番外編」になるのかって事ですよね。

それは、いわば前振りですね。

 

どこのホテルとは申しませんが・・・・・って前の「トルコ旅行記」の記事を読んでいたら、なんとなく分かってしまうような記述はあるにはありましたが、まあ、たぶんそこまで読み込んでいる方もいらっしゃらないと思うので、「とあるホテル」と言う事にしておきましょう。

毎回私は星子さんよりも、早くても30分後に寝るのです。もともと深夜族と言うこともありますが、あれやこれやの準備などをするのも遅いのです。ただその日は、荷物を早朝にドアの外に出さなくてはいけない日で、やることも多く、しかも翌朝のスタートが早いのです。やるべきことを終えて早く寝なくちゃと焦っていましたが、星子さん睡眠から安定の30分から1時間遅れのベッドイン。

ただ私、寝る時は本当にカウント5も掛からず深い眠りの中の人・・・・・。

 

しばらくその眠りの中に居たのですが、突然、ぶるるるると言う馬の嘶きのような音で、はっと目が覚めました。

馬が嘶くわけがないので、私は迷わずバイクのエンジン音かと思いました。

「こんな一流ホテルでも、静まり返った真夜中は音を通すのね。」と思ったのです。

事実、ホテル前の道路を再びバイクが通り過ぎていく音が聞こえてきました。

「だけど、そんな音で起きたくなかったな。」とまた思いました。

するとパチンパチンと音が聞こえて来て、私はベッドの中でクスリと笑ってしまいました。バイク音が聞こえるのなら、隣の部屋の音も聞こえると思ったからです。

なぜ笑ったかと言うと、私も寝る前にパチンパチンとベッド横の明かりのスイッチを付けたり消したりしたからです。

 

ところでなんでホテルと言うのは、あんなにあちらこちらに薄暗い電気が分かれてあるのでしょうね。

夜になると、全部つけていても部屋全体が薄暗いでしょう。

もう真ん中に煌々と明るい電気が欲しい所です。

それと常夜灯があれば良いじゃないですか、などと思わずムードもへったくれもない人を暴露してしまいました^^

 

そしてそのホテル、やたら薄暗い電気があちらこちらにあったのです。これを付けるとあっちのスタンド、そしてこっちのスタンド、ドア付近、あっちの壁側、こっちの壁側・・・・・・・・・。

そしてですね、私のベッドサイドと星子さんのベッドサイドのスイッチが別々の場所のスイッチで、全部で10個もあったのですよ。寝る時に真っ暗と言うのも危ないので、一か所だけ付けておくことにしました。そして私の方が後から寝るので、電気係は私です。その一か所のスイッチを見つけるのに、けっこうパチンパチンとやってしまったのです。

 

だから私は笑ったのです。お隣さんも同じ事をしていると思って。

だけどそのパチンパチンがずっとずっと続いて止まりません。

申し訳ないのですが、

「ちょっと頭、悪いんじゃないの。」なんて事を思ってしまいました。

おせっかいなので、隣の部屋に行って、

「もう、ここですよ。」とやってあげたい気分にもなりました。

そう言えば一回、この旅の途中で、やっぱり電気の件でヘルプしたことがありますよ。何をしたのか忘れてしまいましたが。助けたと言うと偉そうですが、私たちも一回鍵が開かなくて、助けてもらったこともあるのです。旅は助け合いですよね。

しかしもう既に真夜中だしな・・・・・・なんて事を考えていたのですが、流石に変じゃないの、これって思えてきました。

いくら周りが静かになった真夜中とはいえ、隣の部屋のスイッチを消す音が聞こえてくるものなのかしら。

それも延々と。

だいたい起こされたのだって・・・・・、と、そこの部分はあまり考えたくはなかったのでしたが、私は右側を下にして寝ないと、めまいを起こしやすいので、その日もその向きで寝ていたのです。道路は私が向いている右側にあったのに、最初のぶるるるると言う音は、左側の耳の斜め上から聞こえてきたのです。

「ちょっとだんだん怖くなってきたな・・・・・。」

恐怖を払うために、私は私の信じるある言葉を心の中で唱え始めました。

と、その時、あの「効かないよ」の話を思い出してしまったのです。

そして更に、ふと私は気が付いてしまったのです。もしも何かが私に何かを言う場合、それはトルコ語なんかじゃなくて、テレパシーと言うものなんじゃないかと。

すると、もしもそう言う言葉を発せられたら、私は私の耳元で私の声で日本語で「それ、効かないよ・・。」と聞くのではないかしら。思わずぞーっとしました。言葉が分からないから怖い目には合わないと言うのは甘い考えだったのだと気が付いてしまったからです。

 

しかしこの延々と音が続いているのは、洗面所で何か不都合が起きているとかかも知れないと思いました。

明日の朝、床がどうにかなっていたら嫌だから、チェックしに行こうかと思いました。

だけど、止めておこうと思いました。私のシグナルが鳴ったのです。

 

「起きだして行ったら思うつぼじゃん。」と。

思わず、「誰の」とツッコミを入れたくなるような発言ですよね。

 

意外とこれ、本気で思っていたのですよ。私、もう怖くて左側が向けません。だってスイッチはそちら側に有ったのですから。

それでどうしたのかと言うと・・・・。

 

私ね、ちょっと変な家の変な環境で育ったんですよ。いや、別にメチャクチャ変ってわけでは無いですよ。90%は普通の平凡な家です。ただ世の中にはいろんなことがあるな~と信じる事が出来る家だったと思います。

それで、わけの分からないスイッチの音が延々と続いていると思うと、気になって眠れないけれど、何かの意思があるのかと思ったら、怖いけれどいつも通りの対処法で行く事にしました。

「明日の朝、本当に早いのよね。申し訳ないんだけれどね、お付き合いできません。分かってあげられません。聞いてあげられません。ゴメンね。私は寝ます。」と息のような小さな声で言い、枕が動いてくれなかったので、ベッドメイキングでしっかりベッドに織り込まれた上にかかっているものを、力任せで引っ張り上げ、その中にもぐって寝てしまったのです。

 

その後にパチンパチンが続いていたか、私は知りません。なぜなら私は3秒かからずに眠りの中の人。

次に私が目覚めた時は、朝でした。

 

恐怖の源はたいがいは想像力にあると思っています。

それは分かっているのです。

朝起きて、真っ先に水回りチェックをしました。もちろんセーフ。犯人はこいつかとペットボトルもチェック。でも500mlのペットボトルはそうそうは鳴らないし、鳴ったとしてもあんなには鳴り続ける事は出来ないと思います。

ふと今思い立って、家のスイッチを付けたり消したりしてみました。

やっぱりこの音なんですよね。

 

やっぱ、ちょっと怖いじゃん。

 

翌朝はやっぱりちょっと睡眠不足な感じでした。

まあ、この話はオチもなく、ここで終わりです。

ここで自殺した人の話とか、夫婦で泊まった人が殺し合ったとか、そんな話(作り話)はナッシング。

 

しかし、いろいろあって、私のトルコ旅行は充実してたなぁと変な所で、今しみじみと感心している所です^^

トルコ旅行記番外編は、もう少し続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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半分、面白い

2019-11-06 01:24:01 | トルコ旅行記

トルコ旅行から帰って来て、友人に

「良かった ?」と単純に聞かれると、少しだけ私は戸惑って

「うん ?     うーん ?」と、首を傾いでしまっていたのでした。

帰国後すぐの時、

「とっても良かったよ~。お勧めできる場所だわ。」と言い淀んでいた私。

「絨毯屋さんがしつこ過ぎて・・・・・・。」

 

あんなにあんなにですよ、カッパドキアの風景に心惹かれ、可愛らしい猫たちと出会い、過去の遺跡に心トキメかしたというのに、開口一番の土産話がそれですよ。

いやいやいや、変な話ですが、私のリアル友達のほとんど、たぶん風景・遺跡・猫の話を誰も聞きたいとも思ってないし、話をしても聞かないと思う・・・・・・・・(^_^;)

だから私はブログを書いているわけですが。

 

で、友人たちとその話で盛り上がったその時、誰かが何でも最初から3分の一の値段から交渉し始めればいいのよねと言いました。

へぇ、そうなんだと私は思いました。

詳しい事を書くと誰かのプライバシーに触れる事になるので書けませんが、結局は、4分の一の値段まで下げて美しい絨毯を買った人がいました。

その売り方のあれやこれやに、私はもろに異文化と言うものを感じ、嫌悪を感じました。

良いものを安く買った人も高額なお金が入った売り手も、後から大きなバックマージンが入るガイドさんも皆満足したのかも知れません。だけどそれは、長い年月をかけた作り手の労働への敬意がぶっ飛ぶような売り方です。

結論から言えば、きっと、その絨毯には買った値段の価値しかないと言えるのだと思います。いや、本来のと言う意味ではありません。本来なんか関係ありません。売値がそのものの価値を決めてしまうような売り方だなと思ったのです。買われた方にとっては別ですよ。『本来の価値』で良いと思います。ただ売り手側にしてみれば、違うなと、私は感じたのです。

これは社会と言う海原に出た時に気が付いたことなのですが、今もそれが通用するかは分かりませんが、昔の私は物を売ることが得意な人だったのです。

だから感じたのです。売り方ひとつで物の価値をこんなに下げるやり方は違うのではないかと言う事を。私が売り手か買い手か、どちらの立ち位置に立ってその売買を見ていたのか、それは誰にも分からない事だったと思います。

黙っていられないので、ガイドさんに言いました。

すると彼は言いました。

「彼らがしつこいのは作り手のためだ。作り手の人々はお金に困っていて、早く現金を渡してあげたいがためだ。」と言いました。

確かにしつこ過ぎるー。

だけど言ったのはそこじゃなかったのです。どことは書けませんが。そのガイドさんの発言から、自分たちでも分かっているんだなと思いました。しつこいって。

 

でもほらっ、私、後からしみじみと考えるタイプなので、私も同じようにしつこく考えてみたら、これは私が日本の貨幣価値を持ち込んで考えていたからなんですね。

きっと今のトルコでは、4分の一になってしまった金額のうちの半分が作り手に入って行くだけでも、その金額で十分な金額なのかも知れません。お客は一人ではなく、それが毎日となれば、残りの半分の収入で売り手の社員一同とガイドのリベートなど十分なのでしょうね、きっと。

だけど・・・・と思います。

じゃあ、この買い方だったら、押しの強い人の勝です。何人かの人がこの絨毯屋さんで買い物をしました。

「30万で。」「40万で。」「二枚で100万で。」と口々に言いましたが、写真など見せあって「これを買った。」と言う人は、あまりいませんでした。中には半額で買った人も3分の2で妥協した人もいたかもしれません。

そこが面白い所じゃんと思う人もいるでしょう。

ただ、私はご免です。意外とそう言うのダメダメな人なんで。

あまりお得に買えそうもありません。誰かが値切った分を値切れなかった私がその分を穴埋めしそうですよ~(/_;)

 

もちろん今回は私はまったく買う予定はありませんでした。でも私は衝動買いが結構多い人。

家がフローリングにリフォームした後だったら、シルクは無理でも15万円ぐらいの小さ目なマットなど買ってしまったかもしれません。でも今は使う所が無いので無事衝動買いクリアできました^^

トルコ絨毯はかなり目の保養になる美しさを持っていました。

 

表と裏

 

 

 

あっ、いつ行ったかと言うと、ギョレメ野外博物館に行った日の出来事でした。これらも含めて観光の一環と思えば、それもまた楽しからずやと言う所でしたね。

 

同じ日に陶器屋さんに行きました。

  

このようなお買い物ツアーの部分では、作る工程などを見学させ、いろいろと工夫している部分が面白いと思いました。

 

 

 

 

かなりの目の保養になりました。

このお店では、私、ちょっと迷いました。食器は買っても後悔しない方です。ここで少々お高めのものを買っても、私はこの先、ずっとそれを大事に使うと思いました。だけど一枚の大きな鉢型のお皿を迷いに迷って、結局止めたのです。大きさが後ほんの一回り大きかったら、きっと買い求めたと思います。その時はかなり心トキメクブルーの色だったけれど、今はその柄も思い出せないので、買わなくても悔いなしと言う所です。

でもここでいろいろと物色したので、エジプシャンバザールでは小鉢やコーヒーカップなどを時間もかけずに買ったのだと思います。

 

トルコのお土産と言ったら、トルコ石なども挙げられると思います。

あのブルーの色には心惹かれるものがかなりあります。

ちょっとここだけは興味があったので行く前に検索しました。で、やっぱりそこで買うのは止めておこうと最初から決めていたのです。

実際に行ってみると、意外と感じのいいお店だと思いましたが、当初の計画通り、私と星子さんはそのお店を抜け出して、隣のタイル屋さんに行ってしまったのでした。私のお土産のタイルのほとんどはそこで買ったのです。

そのお店でも、ちょっと危うい事がありました。凄く素敵な壁掛けを見つけ、星子さんと柄違いで買う事にしました。値段交渉も話が付いて、いざお支払いと言う時に、ふとその壁掛けの下の方の柄が剥がれかかっているのに気が付いたのです。そう、その素敵な模様はタイルに貼ってあったシールだったのです。

もちろんそれはキャンセルさせていただきました。

 

トルコの(要らない)買い物ツアー。

最後は皮革屋さんでしたね。

私、ここはちょっと期待したいと思っていたのです。

何か夫や息子たちの男性陣へのお土産になるものなんかないかしらと思っていたもので。

でもここは革のコート屋さんでした。

私はお肉を頂かない動物の革は使わない事にしているんです。でも羊さんはそのお肉も頂くわけですから、許容範囲。頑張れば買えないお値段ではないし、少しは心は動きました。さっきも書きましたが、意外と衝動買いの人なので。

だけどなかなか気に入ったものが無かったのでした。私はdebu(今は !!)だけれど、決して大柄の人ってわけでは無いので、たいがいは袖が長い・・・・。

しっくりこないのです。デザイン的にまあまあかなと思ったものの裏地がバーバリー柄で、やはりそこが私的にはダメで止めました。途中まで良いものがあったら買うかもしれないという雰囲気が漂っていたので、トルコの方々のしつこさ攻撃にあっていましたが、そこは既に学習していたので、「買うものはナイナ。」と思ったら、その攻撃をササット交わし逃げ切りました。

なんだか疲れます。

「人生はもう長くもないというのに、こんなことで自分の時間を使いたくないものだわ。」と私が嘆くと、

「これが入っているからこのツアーは安いんだ。」と星子さんが言いました。

日帰りバスパックツアーでも山梨なんかは水晶の宝石屋さんやワイン屋さんに行くから安くなっているものもあるでしょう。それと同じって事ですね。

と言うわけで、私は結局、絨毯もトルコ石もコートも無しでガイドさんが連れて行ってくれた陶器屋さんでの買い物も無しでした。

お買い物ツアーの部分は、私的には無駄な時間に感じてしまいました。それでも様々な工夫から半分は面白かったと言うべきなのでしょう。

 

  

 

コート屋さんのミニファッションショー。

観客の人(ツアーのお仲間)も引っ張り出されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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カドキョイ散策とトルコのお土産あれこれ

2019-11-02 13:36:52 | トルコ旅行記

トルコ最後の観光場所はカドキョイと言うトルコの人が普通に行く商店街のような場所でした。

なんとここ、円はもちろんですがドルも使えません。トルコリラのみです。

もうそう言う事、せめて前日に言っておいてくれないかなぁ。

その時の私、もうトルコリラすっからかんよ。

あとは持っていたドルを使えば良いかなと思っていたものですから、ちょうど無くなって上手くいってたと思っていたくらいなのです。

まあ、頼みの綱は星子さんがまだたくさん持っていた事なのですが。

 

 

ガイドさんは、雰囲気でも楽しめればと思ったのでしょうね、きっと。

だけどこの街は、意外と楽しかったですよ。

ここが最後で良かったかも。

楽しい想い出のまま空港に行けたのですものね。

あっ、でもどこが最後でも楽しい想い出ばかりだったでしたね^^

 

 

なんか雰囲気ばっちり。

大きなワンコも狭い道の真ん中に寝そべっていましたが、そのワンコは飼われているんだなと分かりました。その子たちの耳には鑑札を付けられていたからです。

狭い通路、賑わう商店街、そしてその通路を陣取る犬やアヒル・・・・・

やはり画像は少なめになってしまいました。

 

それにこの頃ワタクシ、ちょっとイヤーな予感がしていたものですから。

ガラタ塔辺りから、なんとなく怠い・・・。

最終日であり気も緩み疲れも出てきたのかも知れませんが、薬をトランクから出し忘れて飲めない状態だったのです。

自分の病気の事は、このブログ内では詳しく語った事はないのですが、今までも上手く病気とはうまく付き合ってきて、時々その存在を忘れていました。だから今回も「別に平気でしょう。」とタカをくくっていたのですが、どうもそうはいかなかったみたいです。

なーんとなくお腹が痛くなるような予感がしていました。

 

ところで、「バザールでございます。その2」の中で、星子さんが自分に言い聞かせるように言った、

>「ここで美味しいサバを食べられたから、もう満足だわ。」

私は黙ってにっこりと笑いました。

だけど心の中では

「そりゃ、違うでしょ。」とにやりと笑っていたのです。

と言うくだりはここに繋がるのです。

 

何かでリサーチを入れて、サバサンドを食べてみたいと旅の初めから思っていた星子さん。

ガイドさんは「出来たらご案内いたします。」的な事を言っていたので、もしも運の悪い方向に何かが向かってしまったら、ダメだったと言う可能性もあったわけなのです。それを心配して「もう満足」だなんて強がりを言っていたのですよね。

だけど私は言いました。

「大丈夫よ。だって私昨日、星子さんがサバサンドを無事に食べる事が出来ますようにって、あなたの代わりに祈っておいたから。」

旅と言うものは、ほんのちょっとのマイナスがずっと心に残るものなのですよね。

ガラタ塔の所では書かなかったのですが、一階の所でトルコの王族の衣装を着けての写真館があったのですが、私、本当はチャレンジしたかった!
時間もなかったけれど、頑張ればなんとかなったと思うのです。だけど元気がなかったのです。

グランドバザールでは、本当はランプを買いたかった・・・・・。
でも頭の中で家の中の置く場所が見つからなくて止めてしまいました。
それはある意味正解だったのですが、やっぱりちょっと悔いが残っているんです。

だから星子さんだって、旅の最初から食べてみたいと思っていたサバサンドが食べられなかったら、きっと・・・・・・ねっ。

だから私、代わりに祈ったと言ったのでした。

 

別の願いが通じたわけではありませんが、このガドキョイで食べられることになりました。

 

 

だけどなんたって、私、お腹に不安を抱えていたものですから、星子さんが頼んでも、それを見ていればいいやと思っていたのです。でもまあ、卑しいものですから「一口頂戴」はありかなと。

席について、最初に戸惑った事は、

「そう言えばサバサンドって、トルコ語で何て言うのか聞くのを忘れっちゃったね。」と言う事だったのです。

星子さんが壁に貼ってある魚の絵を指さして、上手に伝えました。

下の画像だと、大きさがイマイチ分からないと思うのですが、これは結構大きくて、星子さんが半分に切ってもらいました。

それで「一口頂戴作戦」は立ち消えて、しっかりと頂いてしまいました。

だけどこれ、サバとパンは意外なくらい相性があっていて、記憶が残る美味しさだったのです。

しかし、後からこのサバサンドを前にしたそれぞれ二人の写真を見た時に、私は大笑いしてしまいました。

私はもろに、これを食べても大丈夫かしらと言う「ザ、不安」と言う顔をしているし、星子さんでさえ「疲れた~」と言う顔をしていたからです。とても美味しいものを目の前にしての顔ではなかったからです。

だけど先にも書きました通り、サバサンドは絶品でした。

 

 6月23日以降、日本のニュースでも、トルコのイスタンブール市長選挙戦の結果を伝えるお祭り騒ぎが流されていました。たぶん当選したのは下記の人だと思います。至る所で選挙戦が繰り広げられていましたが、このガドキョイでの支援者のダンス風景は印象的でした。

サバサンドを食べている時、同じツアーの人からの情報で雑貨屋さんが面白かったと聞いたので行ってみました。

そしてもしもまたイスタンブールに行く事があったら、私はこの街にはまた訪れたいと思いました。

この街はトルコの人、またはトルコの旅行者の街。

お店の人に交渉してもびた一文、いや、1リラさえ負けてくれません。あるのは親切な接客と優しい笑顔だけです。

私は思わずホッとします。

自信をもって付けられた定価。その値段を見て品定めをする楽しさ。

私はもう値段交渉をする買い物に飽き飽きしていたのだと思います。

そして買ったのは下の服なんです。安物ですが、夏中活躍しました。

 

本当はブルーの袖ありと迷ったのですが、今思うと星子さんはその後もトルコリラをたくさん持っていたので、もっと両替してもらってそっちも買えば良かったと思ったのですが、後の祭り事項が一個増えただけとなりました。

今でもこの服を着ると、

「イスタンブールで買ったんだ♪」とテンションが高くなります。

 

ついでなのでお土産あれこれをちょっとだけ載せてみます。

グランドバザールで追加で買ったタイルの飾り。額が付いていたのとブルーの色が珍しく、思わず買ってしまいました。

タイルは姉妹たちと母たちのために既に買ってあったのです。トルコ石屋さんを訪れた時に、そっと抜け出して行った(^_^;)隣のタイル屋さんで買ったタイル。鍋敷きにと思っていましたが、勿体ないので花瓶敷きなどに使っています。

これをカッパドキアの土産物屋で見かけて、絶対にどこかで買おうと思っていました。とうとうグランドバザールまでっ買えず、時間が無い中がばっと取って買いました。色とりどりあります。あえて値段は書きません。メッチャ安いです。

エジプシャンバザールで買った自分と家族のためのお土産です。これをトルコリラで支払ってしまったので、私は一気にトルコリラ貧乏になってしまった次第。

で、小鉢。

下のは小物入れです。食器としての安全性はクリアしてないのですって。鍵を入れたりピアスを入れたりなどに使います。これも机に並べるように買ってきました。15個ぐらいかな。

ガイドさんはこう言うお土産を「ばらまき」と言っていて、マロングラッセを勧めてきました。

まあそれはそれでいいのかも知れませんが、私の友達はやっぱり上のミニポーチとか上の小さな小物入れに凄く喜んでくれたのですよ。思った通りでした。

あとはスーパーで買ったGODIVAのチョコレートとか(普通のお値段でお安いのですよ~!!)トルコ産のチョコレートとか麩菓子のようなお菓子や蜂蜜とか。

またはナッツとかイチジクのドライフルーツとかくずマロングラッセとか(炊飯器ケーキで大活躍してあっという間になくなりました。)。そう言えば指輪も一個。指輪と言ってもお安いものです。円単位で行って三桁で買える(笑)

小口で働いていたりサークルに入っていたり、グループの違う友達など、(何気に今リア充なのかしら。)小さなものをたくさん買ったと思ったのにそれでもやっぱり数が足りなくなって少々苦労しました。

見てもお分かりだと思いますが、絨毯もトルコ石も皮革製品のコートも無しです。

観光がメインなので、私はこれで十分です♡

 

ガドキョイを後にして、私たちは帰りの飛行機に乗るために空港に向かいました。

だけどこの旅行記は、まだもう少し続くのでした。


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チャムルジャの丘と可愛い猫さん

2019-10-28 17:14:59 | トルコ旅行記

バザールでございます。その2」はグランドバザールに行って、ガラタ橋にあるレストランでランチのお話。

お話の流れで、次は「ガドキョイ」と言う街の散策日記を書こうかと思っていましたが、やはりここは時間の流れで書く事にしました。

6月に行ったトルコの旅行記を長々と書いているので、「忘れる」と言う事があっても然るべきことだと思います。しかしこの程度の時間で忘れてしまう事などは、むしろまったく要らない記憶と言えると思うのですね。

ところが時間が経ってくると、一緒くたにあるイメージの中に放り込まれると言う事があるのだなと、最近新たなる認識をしました。

この15日の観光は、トルコ観光の最終日であったが故なのでしょうか。

今思い起こすと、なぜか皆夕方のイメージがします。

イスティックラル通りで8時半、ガラタ塔で9時、グランドバザールで11時半、海辺のレストランが13時。

それなのにです。

早朝からの行動、ガラタ塔での充実、室内でのグランドバザール、ちょっと薄暗い写真ばかりが撮れたレストラン画像、そんな事も夕方イメージに影響していたかも知れません。

でも私は、やはり長い旅行の最終日だったと言うのが一番の理由の様な気がするのです。

そして私は、自覚なくかなり疲れていたのでした。

 

お食事後、私たちは「チャムルジャの丘」に向かいました。

その場所は、イスタンブールで一番標高が高く、そこからはイスタンブールの街が360度見回す事が出来るのです。

叶わない事ですが、ここには夜来るのがベストなのだそうですね。

なんとなく分かりますね。夜景がとっても綺麗だと思います。

 

 

 

整備された公園で花たちもイキイキと咲き、多くの人がこの場所を訪れて風景などに癒されていました。

ガラタ塔の展望バルコニーでもイスタンブールの街をグルリと見渡す事が出来ました。

ただこの場所との違いは「遠近」だと思いました。ガラタ塔から見た風景は近く、そしてチャムルジャの丘から見た風景は遠い・・・・

画像はイマイチなのですが、その美しい風景に何枚もまた写真を撮ってしまいました。

と、そこに猫さん登場。

猫さんが現れたら、私は写真を撮ります。お約束っ ♪ (14:44)

トボトボ

うん?

何か、用 ?

「そんなに直視されたら、キュンってなってしまうじゃないの ♡」

でも猫さんはそのまま行ってしまいました。

 

チャムルジャの丘では、いくつかの絶景撮影ポイントがあるようです。場所を変えつつ写真を撮りながら、その風景を堪能しました。

 

そしてカラスさん、発見 !

いやいや、「発見」などと大袈裟な。この丘にはたくさんいました。また、カラスさんは日本の真っ黒クロスケとは違いますね。

そう言えばインドでも違う色のカラスを見ました。

オレンジ色に染まる朝霧の中で/早朝のタージ・マハル

世界には130種類のカラスがいるのだそうですね。

 

再び猫さん発見。なんと先程の猫さんではないですか。(15:10)

そんな半端な所で何をしているのかしら。

―あれっ?

さっきの人だ !?―

―だから何かしらって言ってるでしょう !―

「ううう。ゴメンね。何かをあげたくても何にもないの。」

ー 別に何かをねだってなんかないじゃん。ー

そんな風に言われたような気がしました。

 

顔の表情が豊かな可愛い猫ちゃんでした。

 

トルコでは本当に行く先々で猫さんと出会い癒されました。

だけど私は変な所で神経質で、きっと触らせてくれたであろう猫さんたちにも、ノータッチを貫きました。

あの忘れられないカッパドキアの猫ちゃんにもです。

心配過剰だと言われたらそうかなと思いますが、猫の病気にはまったく詳しくないので、もし万が一にも外国の猫の病気を人間の私が介して我が家に運び入れたら嫌だと思っていたからです。

 

たくさんの猫さんを見てきたにもかかわらず、その頃の私はちょっとモフモフ禁断症が出ていたかも知れません。

まったく違うのに、我が家のももちゃんに見えてきてしまいました。↓

トルコの猫はこれで見納めでした。

ありがとうね、トルコ猫たち♡♡

「チャムルジャの丘」は、私の中では横浜の「港の見える丘公園」のような感じで、滞在している時は、風景が美しいな~と感動しながらも、別に来なくても良かったように思っていました。

だけどこのように、想い出を整理し見返してみると、ちょっと痩せっぽちの可愛い猫さんとの出会いや、

イマイチの画像であっても、その風景の美しさを思い出し、なかなかいい場所だったのねぇとしみじみと思い直したのでした。

バイバイ。イスタンブールの遠き街並み。

 

そして次は最後の観光場所である「ガドキョイ」へ。

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バザールでございます。その2

2019-10-27 02:43:11 | トルコ旅行記

※ 『「バザール」と言うと、「バザールでござーる」って言いたくなりませんか。でもそれは、ダメだろって事で、タイトルはささやかな抵抗でござーる。』

ってなことを、「バザールでございます。その1」

で言っていましたが、これは「その2」、

《海辺のレストランとグランドバザール》です。

 

時系列で言うと、ガラタ塔の後にグランドバザールに行き、そこからこのレストランに行きました。先にレストランの事を書こうとしているのかと言うと、トップ画像に載せる写真が縦なのか横なのかの問題でそうなったのですね。

ガラタ橋の下にある、ちょっとお洒落なレストラン。

 

 

トルコの朝のビュッフェ以外では、ここでのお料理が一番美味しかったように思いました。

カッパドキアでのお魚の料理も美味しかったし、なにげにトルコはお魚料理が口にあったのかも知れませんね。

考えてみれば、食材で嫌いなものはあまりない私ですが、お肉の中では一番豚さんがなじみが深いと言うか、食べやすいと言うか、つまり好きなんですね。それがこの10日間、まったくなかったものですから、お肉に関してはちょっと辛いものがあったかも知れません。

 

星子さんが、このお店が美味しかった以外に気に入った理由。

このツアーではお食事は全部コミコミなのですが、飲み物だけは毎回別に頼んで、その時にお支払いをするのです。

そのお金の集金を、いつも食事の最中に来るのです。

自分の手が空いた時に来るんだなと私は思っていたのですが、星子さんはスープを飲んでいようがメインディッシュなどを食べていようが来るその集金を嫌っていました。でもここでは、ほぼ食事が終わったであろう頃を見計らってきたのです。日本では当たり前の事を求めてはいけないのかも知れませんが、やはり感じのいいタイミングと言うのはありますよね。

 

 

ここのサバ、さっぱりしていながらふっくらとしていて本当に美味しかったです。飲み物もトルコ珈琲以外は水を頼む事が多かったのですが、ここで初めて炭酸水を頼んでみました。

その時、炭酸水をずっと苦手だと思っていたのは大きな間違いであったことが分かりました。

この夏、私は炭酸水をたくさん飲みました。このトルコで「飲んでみよう」と言うチャレンジをしたお蔭だと思っています。

 

この時星子さんが言いました。

「ここで美味しいサバを食べられたから、もう満足だわ。」

私は黙ってにっこりと笑いました。

だけど心の中では

「そりゃ、違うでしょ。」とにやりと笑っていたのです。

このお話の続きは、次の記事でね ♪

 

ガラタ橋の上には釣り人が何人もいます。テレビなどでこの場所を紹介したものを、後から見たのですが、もっとたくさんの釣り人がいました。時間にも寄るのかも知れませんが、この日は少ない方だったかもしれません。

 

そして私たちは次の場所に向かったのでした。

と、ここで時間を遡って、お食事の前にグランドバザールに行ったお話です。

グランドバザールはとっても大きくて、私なんかだとひとりで行ったら絶対に迷ってしまうと思います。

で、お約束のように時間が短いのです。

この門の前で説明をし、そして集合場所までガイドさんは案内してくれましたが、歩いて5分と言う感じではなかったですよ。速足で戻ったから5分で戻れたかもしれませんが、ガイドさんが案内してくれたカラスミのお店やその二階の綺麗な店舗で買い物をする人も多かったみたいです。

バスの集合場所の案内は絶対に必要な事でしたが、このカラスミのお店の前と言うのは、ガイドさんが仕掛けた罠ではないかと、私はひそかに疑ってしまいました。

 

だけどこの日は、お買い物時間が短いのは仕方がない事でした。空港に行くまでに目いっぱいの観光スケジュールを、このガイドさんは組んでくれたのですよね。有り難い事だと思いました。

が、やはりそう思っても、やっぱりバザールではもっと時間が欲しかったと思っています。

ただそれだけで、またイスタンブールには来たいと思ってしまったのでした。

思えば、それこそがこのガイドさんの仕掛けた罠だったのかも知れませんね。

 

買いたかったお土産の数は、前日までに相当揃えておいたのですが、あと少しだけ足りないと思っていました。

買うものも決めてあったので、ここでは雰囲気だけでも楽しめればいいかなと思いました。

それなのにまたも自分の家用にタイルを買ってしまいました。

ランプとかももっとゆっくり見たかったのですが、まあ、そこはきっぱりと諦める事が大事。

短い時間ですが、グランドバザールは楽しかったです。

 

 

 

 

h 

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ガラタ塔ふた回り

2019-10-22 01:17:42 | トルコ旅行記

「イスティクラル通り」を後にして、「ガラタ塔」に移動しました。

この日が早朝からの行動だったのは、ここに来て良く分かりました。ガラタ塔に着いたのは、午前9時だったのですが、すでにここは人がいっぱいいたのです。レストランに居た人たちは、モーニングを食べていたのでしょう。

とっても賑やかでそしてお洒落な感じがしました。

でも写真が無いなあと思って考えてみたら、外国の人だからと言って無遠慮にカメラを向けるわけもなく、人は避けてこのような写真を撮っていたのでした。

 なんだかさっぱり分かりませんね(^_^;)

本当のことを言うと、たぶん肉体的にはそうとう限界が来ていた私。

おまけに昨晩にちょっといろいろあって・・・・・・

いや、それはくだらない話なのですが、とにかく睡眠不足と、それに加え朝飲む薬さえもトランクに入れてバスに積み込んでしまったのです。普段はあまり薬のありがたさを実感してなかった私ですが、今回は嫌と言うほど実感せざるを得ない状況になってしまった最終日だったのでした。

そんな事も関係があったのでしょうか。

今思うと、ブログ的に必要な写真枚数が少なかったのでした。

入口です。少々並びました。

エレベーターで上に上がって行くと、展望台になっているバルコニーに出る出入口がレストランの中にあります。

気持ち的にはレストランでお茶をと言う気分ではありましたが、それだとこれ以下に載せた風景を堪能は出来なかったと思います。

イスタンブールの街が一望できるのです。

ぐるりと回る展望バルコニーはぎゅうぎゅうの混み様でした。

狭いうえに、絶景ポイントをゲットした人たちが動かないからです。

そこをすみませんすみませんと、回って行くのですが、ぎゅうぎゅうの所を廻って行く割には、なんだか人とのわずかな触れ合い譲り合いもイイ感じがしたような気がしています。

なぜならブログには載せられませんが、星子さんと二人で並んで撮ってもらった写真は、皆余裕でこの場所を楽しんでいたように写っていたからです。添乗員さんにも撮ってもらいましたが、この場所の警備の人にも撮ってもらいました。そう言えば仲の良い韓国のカップルの写真も撮ってあげたかも・・・・・? ←ちょっと記憶が薄い。

 

 

ぐるりと回った風景です。

「あっ、ここよね、入り口だったところ。」と言うと、もっと先よと、私の後ろに居た人たちが言いました。

「あらッ、そうだった ?」と先を行くと、やっぱりそこだったみたいで、だけど逆回りは出来ないのでまた1周してきました。

さっき写真を撮ってくれた人、すれ違って微笑みをかわした人などとも、よもやの再会 !!

ちょっとばっかし照れ臭かったけれど、もう一度この風景を堪能出来て、それはそれで良かったかなと思いました。←ポジティブ思考なんで^^

 

下る時、エレベータ前で並ぼうとした私に、階段で降りようと星子さんが誘ってくれました。

「なんだ~!? 階段で降りられたんだ。」と、それを知って、断る理由なんかある?

 

だけど最初の一段下の階。普通の壁に普通の事務所。

凄くガッカリしました。ずっとこれなの?

 

ところがその下に行くと

これが外から見える小さな窓ですよね ♪

そして徐々にいい雰囲気になりました。

 

降りてきた時に、エレベーターで降りてきたツアーの人と出会いました。

「なんで階段で降りようと思ったの。」などと聞かれたので

「物好きだからじゃないの。」なんて、わけの分からない返事をしてしまいましたが、もちろんそれは星子さんがと言う意味ではなく、二人ともと言う意味。

照れ臭いので、そんな言葉を使ってしまったのですが、本当は思っていました。

私たち二人とも、確かにその器は草臥れつつあるのだけれど、心はやっぱり冒険少女なのよねって。

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