森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

言葉を紡いで その3

2015-11-30 16:23:55 | メモリーズ

たった53の詩でも、あの時この時と書いた日の想い出は昨日の事のように思い出されるのです。

10年ひと昔と言いますし、過ぎた日はあっという間だったように思います。ですがそのあっという間のその日々は、大きな10年だったかもしれません。

言葉を紡いで その2」の続きです。

 

 

このブログを開いた時の一つのテーマは、それは「過ぎた過去の日々」でした。さりげなく自分史を織り込もうと考えていたのかも知れません。その過去の日々には、通り過ぎていった人々の想い出があるのです。会いたくてももう不可能になってしまった、若くして逝ってしまった人たち。

心の中で  過ぎていった者たちの手を取りて
僕は 語りかけている

僕は  忘れないよ
僕が  覚えているからね

僕は  忘れないよ
僕が  覚えているからね

それから僕は」より

 

ただこの詩とやはり対になっているひとつ前の「あの頃 僕は」を読むと、私の中の小さな野心を感じるのです。

捨てきれなかった夢の欠片を握り締め

― 私は生きる!! 生きる私の中でみんなも生きているんだよ。

そんな想いを感じるのです。

 

それから10年が経って、今の私は静かに自分の「老い」を見つめています。その準備は出来ているのか。

今年になって詠んだ「気まぐれに」はそんな詩。

このページの冒頭にも書き、繰り返しになってしまいますが10年の年月はけっこう長いし重いのですよね。

 

 このメモリーズの記事を書こうと、自分の詩をちょっと読み返しました。そして過去に書いた自分の詩に励まされている自分がいます。「老い」を見つめるのも大事な事だけれど、やっぱりポケットの中の夢の欠片を探したいと思えたからです。

 

そしてまた読み返した詩の中で、自作でありながら、いや自作だからこそだと思うのですが、泣かずにはいられないものがいくつかあるのです。

母へ」はその中の一つです。

 

またいっけん平凡な恋の歌に見える「春だから」と「秋の日に想う」は、ちょっと種明かしをしてしまうと、実は死んでしまった我が家の柴犬ココを思って詠ったものでした。たぶんこの詩で泣くのは私だけ。

大人しくて優しかったココちゃん。美しい茶色の毛並みで鼻白顔がとっても可愛かったココちゃん。でも最晩年は体の毛がぜんぶ抜けて、滅茶苦茶臭かったココちゃんー。

悔いる事がいっぱいです。

 

2011年は、それ以前それ以降と言う恐ろしい線が引かれた年だと思います。

そして私自身ずっと背負っていくらしい病気になり、私の人生にも大きな節目がやって来ました。その年の最後にそんな想いを込めた詩は「悲鳴」で、その後もなかなか気持ちは復帰せず、2012年の初頭も誕生日にも、詩に関して言えばですが何にもやる気が出なかったのでした。

人は辛くなると、歌うものなのでしょうか。

 

2012年に未だにまったく上達していないピアノを習い始めました。あなた様の想像通り、右手と左手が違うリズムで引くようになってから、あっという間に限界が来てしまいました。体調が悪かったり予定が立て込んでいたりする時にはお休みさせてもらっています。なのでさらに上達しません。ピアノのお稽古のオハナシは、もっと何か面白くなって来てからご報告しますね。ただピアノが下手くそであることと言葉に音をつける楽しさは別物です。

このマイブームは少々続きました。

ほとんど推敲しない私でしたが、音をつけるとなるとそうはいきません。この詩でなんでメロディが付くんだろうと思われる方もいらっしゃるかも。実はここに載せてあるのは、ほとんどが推敲前。失礼な事をしているのですよね、私。

メロディをつけるとなると、本当に指を折って字数を数え、なかなか楽しいひと時でした。

そして作った歌は、病気で家で療養中の父と看護している母の前でほとんど歌われてお仕舞です。

たぶん私は父に「ねえねえ。」と楽しいお気楽な話題を振ってみたかったのじゃないかと思うのです。それと辛い想いを歌に還元していたのかも知れません。

歌と父と言うのは、やはり微妙な繋がりがあったようで「船が出る」と言う曲を作ったら、私の中でブームは静かに去って行ってしまったのでした。

 

目次を作っていて、初めて気が付いたことですが、2014年は1篇の詩も作らなかったのでした。あまりにも様々な事が毎月あってそれどころじゃなかったのかも知れませんね。詩を作らないと言う習慣はずっと続いていたようで、日光の旅行記を書くにあたって、久しぶりにその旅行記の扉のイメージで書いたのが、上にも紹介させていただいた「気まぐれに」だったのです。

 

その時感じた事は、あの音をつける時代は無駄ではなかったなと言うことでした。少々理詰めで言葉を綴る私の詩。なんだかさっぱりと書けるようになったと感じたからです。物事は何でも絡み合って今に至っているのかも知れません。

 

これからも拙い詩を書き続けると思います。お目に止まったならば、どれどれとお立ち寄り下さったら幸いに思います。

最後にクイズです。

1月の詩〈その1〉」の中には三つの物語が隠れています。

さて何でしょうか^^

 

 

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そして僕は今日も君に言う。
「おはよう。」
「おやすみ。」

「愛しているよ」の変わりに今日も言う。
「おはよう。」
「おやすみ。」

ま・い・に・ち」より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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言葉を紡いで その2

2015-11-29 14:14:56 | メモリーズ

「歌は世につれ、世は歌につれ」ー。

言葉を紡いで その1」の続きです。

 

ブログを開いた2006年、子供たちの自殺が相次ぎました。

思わず作った詩が「命が千あるならば・・」であり 「ねぇ、君さ。。」でした。

その頃、私の子供たちはまだ二人とも学生。

彼らにも面と向かって言った事などなかった言葉を一気に語りつくしたような詩だったと思います。

推敲ナシのいっき書き。

私の詩はほとんどがそれなので、いつもどおりだったのですが、今思うと良く書いたなあと思うのです。

 

ただそれは2006年の子供たちへ語り掛けた詩だったと思います。

時は流れて、今またテレビを点けると、再び子供たちの自死のニュースがたびたび流されてきます。

今も死の誘惑に駆られている子供たちに、この詩で針の一本分でさえ死までの猶予が与えられるかは疑問です。

テレビから聞こえてくる彼らの叫びは、死をもって復讐とすると言うものでもなければ、死にたいは逃げ出したいの同義語でもない場合もあるような気がするからです。言うなれば、自身の抹殺願望のような・・・・・。

もっと言葉に力があったならばー。生きるヒントは野に咲く花からも飛ぶ鳥からも受け取れるー。

だけど彼らは心を閉ざした彼らは目も閉じて耳もふさいでいるのでしょうか。

 

たとえ力のない言葉でも、波のように繰り返す、そんな事が大切な事なのかも知れませんね。

 

時は

貪欲な略奪者だから

いつか君の耐えられない苦しさも奪っていってしまう

それは本当だよ本当だよ本当なんだよ

命が千あるならば・・」より。

 

 

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詩に関してもメモリーズは、もう少し続きます。 

 

 

 


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言葉を紡いで その1

2015-11-29 02:40:48 | メモリーズ

遠くに見えるのは

想い焦がれていた夢の国だろうか

それとも

・・・・・・・・・・・・・

 

 

あとわずかで11月も終わり12月がやって来ると、あっという間に新しい年を迎える事になるのではないでしょうか。

その新年と同時にこのブログもとうとう10年の節目を迎えます。それに向けていろいろとまとめ記事を書いています。

 

この記事を書こうと思った時に、ふと

「歌は世につれ、世は歌につれ」と言う言葉を思い出しました。

余談ですがこの言葉は、なんとことわざだったのですね。私はこれをある名司会者の方のオリジナルだったのかと、勝手に思い込んでいました。

「世は歌につれ」と言うのは、かなり稀なる例になるのではないかと思うのですが、「歌は世につれ」はまさしくその通りだと思います。

 

言葉を綴る「詩(うた)」でも、同じことが言えるのではないでしょうか。

 

この10年で53の詩をアップしてきました。

平均すると5作品と数は少なく、また拙い出来であったとしても、私にとっては大切な自己表現の手段だったのだと思います。

このブログは「A TREE IN THE FOREST 」と言う詩から始まりました。言うなればブログタイトルの「森の中の一本の木」の核のようなものを書いたのですね。

ずっと以前にも書いたことなのですが、この詩だけ読むと、「誰にも気づかれない世界の片隅に生きているけれど、私はちゃんとここにいるんだよ~」と自己主張をしているかのようにも取る事も出来てしまうのですが、実はそう言うニュアンスではなかったのです。

今思うと、自己発信のブログなのでそう言う意味であってもまったく問題がなかったなとは思うのですが。

A TREE IN THE FOREST」は20代前半に書いた「TREES」と対になっているのです。

 

それに対しての記事は別の所に書いたのですが、こちらに手直しして再掲させていただきます。

「まだ学生の頃、用があって日帰りで軽井沢に行かなければならないことが在りました。遊びで行く軽井沢ではなかったの で、心弾むという事もなかったのですが、それでも、家の周りには森も林も縁がなく、木々は公園にしかないようなところで育っていましたので、車窓に広がる森等をぼんやりと見て楽しんでいま した。

その時一瞬ですが、遠くの方に滝が見えたのです。その一瞬、私は思いこんでしまったのですね。誰も行かない、誰の手にも届かない所にその滝があると。でも滝好きの日本人のことですから、その遠くに見えた滝も何か名前のある滝だったのかも知れません。

 ですがそれが合図になったかのように、何かが胸に突き刺さってきました。それは凛としてたたずむ木々の姿でした。森の奥深い所で誰にも見られることもないのに、変わらずに立っている木々たち。

 その後幸せそのものだった学生時代を終えて社会に放り出されると、様々なちょっと辛い事を経験するようになりました。

 そんな時私は、ともすれば流されやすい自分の気持ちと対比して、遠くにあるその変わらずにそこにあるものを見つめていたのです。

この詩の中の「君」と言うのは、私自身の事です。変わらずにそこにある木々たちは、いつも、ただ「いる」というだけで私にエールを送り続けてくれたのでした。

  ところが時は流れて、ある時私はふと自分がいつの間にか、その森の中の一本の木であるような気がしてきたのです。またはそうでありたいと言う願望でしょうか。」

上記の元になった文は2006年の12月に書いたものなのです。この文章の後には、別の場所に違う意味も込めて書かれたこともあって、少々子供たちに対しての熱い思いが語られています。

元記事はここにあります。→「いつのまにか

 

仕事に関してはピークの頃で、熱い気持ちであふれていたのですね。今も冷めてしまったと言うわけではありませんが、緩やかに流れる場所に流れていったと言えばいいのでしょうか。

変わらずにと言う事は、あり得ない事なのです。遠い森の中の木々たちも、いつかは朽ちて倒れていくのです。

それでもやっぱり私はここにいます。

ただここにいます。

 

 

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TREES

2015-11-28 14:01:22 | 詩、小説

TREES

街には枯葉が舞っている頃
君はコートの襟を立てて  凍えながら歩いている

君は泣きながら
ベッドで体丸めて眠りに付く

 

想いを飛ばして
僕達に会いにおいで

僕達は変わらずに
ここにいるよ

 

砂粒のように舞う人々のざわめきは
心にぶつかっては削っていく

街には人間が溢れかえっていると言うのに
誰もが通り過ぎていくだけ

ひとりだ、ひとりだ、たった一人だ
そう街は歌う
君の心を伴奏にして

 

想いを飛ばして
僕達に会いにおいで

僕達は変わらずに
ここにいるよ

 

凛と背筋を伸ばしてさ
かいなを天に向けて
日の光を浴びながら
ここにいる

風に吹かれて
ここにいる

積もる雪の重さに耐えながら
ここにいる

 

 二十歳の頃、書いた詩です。

 

エッセイではありませんが、押してくださると嬉しく思います。いつもありがとう。

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なぜそんな昔の記事を載せたかには、少々意味があるのですが、それは次の記事で「ああ、そうか。」と分かる事になっています。

と言っても、別に社会的に意味のあることではなく、あくまで私的文章で大したことはないので、このような思わせぶりで申し訳なく思います^^

 

 


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さよなら、くーちゃん。

2015-11-27 13:12:16 | 梢は歌う(日記)
 
どじょっこメグちゃん
夫殿が2012年の夏に「めだか親父」になってから、みんなが出かけて部屋の中に私一人になっても、一人であって一人ではないと言う毎日が始まったように思います。つまり、私と猫、そして...
 

上の囲みは昨年の11月26日にアップしたものです。

 

結局、その時のめぐちゃんは数か月生きて今年になってから死んでしまいました。相棒だったもう一匹のドジョウが先に死んでしまった事を考えると、寿命まで生きたのかも知れません。

そして少なからず水の世界の仲間に囲まれて、孤独のうちに死ぬと言う事はなかったと思います。〈めぐちゃんって何と思われた方は、上の囲みの記事を読んでくださいね。

 

私は普段は、夫が趣味でやっている水槽の世界にはほとんど興味を示しません。

先日友人が家に来た時に、

「水の音に癒されるわあ。」と言った時に、

「そおおう?私にはうるさいわ。」と態度悪し。だって、毎日ずっと聞こえるんですよ、水槽の水の音。煩いですよ、本当に。

 

私がパソコンや仕事などをやっている机は、いつもは食卓になるテーブルです。

座っている真正面に水槽が三つ置いてあるのです。

 

ある時ふと顔をあげると、思わず一つの水槽をじっと見てしまいました。そこには体がくの字に曲がったメダカが一生懸命に泳ぐ姿があったからです。

あれっと思って思わず立ち上がり、水槽の傍まで行ってしげしげとそのメダカを眺めてしまいました。

やっぱりこれは奇形だわ。

思わず私、そのメダカに「くーちゃん」と名付けてしまいました。

 

動くので上手く撮れた画像はありませんが

 

真ん中にいるのがくーちゃんです。尾ひれが下に見えるでしょう。

ぼやけてしまいました。

 

 

 

これでは「へーちゃん」みたいですが、泳いでいる時はほとんど縦になっています。

くーちゃんは優雅には泳げません。他のメダカたちは、時にはぼんやりと浮かんでいる時もちょっとだけ尾ひれを動かして泳いでいる時もありますが、くーちゃんは常に全力で尾ひれを動かしています。

 

なんだか思わず「がんばれ、がんばれ」とエールを送りたくなります。

そんな頑張るくーちゃんの寿命は数か月でした。でも一生懸命に生きたくーちゃんには、ちゃんと他のメダカ同様の幸せはあったと思います。聞くことは出来なかったので真実は分かりませんが、そう信じるしかありません。

頑張るくーちゃんの泳ぐ姿には、私は励まされてきました。

さよなら、くーちゃん。ありがとう、くーちゃん。

 

何にもないような我が家の水槽の中の世界にも、そんなささやかな出来事があったのですよ。

 

 

メダカの水槽の中では「個」と言う事は重要視されません。皆その他大勢のメダカやエビたちです。区別がつかないからです。だからたった1匹になってしまったり、くーちゃんのような奇形だったりしないと、その「個」と言うものが生じてこないのです。

小さな水槽の世界はさながら私たちの社会と同じような気がします。

大概の者は、他者からは「個」を意識されないその他大勢の者だと思います。でもそれを嘆く必要は全くないのではないのかと、小さな水槽の中を眺めては、私はそう思うのでした。

 

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相棒14『第六話 はつ恋』

2015-11-26 01:05:43 | ドラマ(相棒)

今回の「相棒」、つまらなくなかったのですが、終わった時に一番最初に感じた感想は「長かったなあ。」と言うもの。

俗に「長く感じる」と「面白くない」は同義語のように取られてしまいそうなんだけれど、つまらなくなかったのに長く感じたと言う不思議な回でした。

「はつ恋」の切なさのようなものを描く為に微妙な緩やかさがあったからでしょうか。

 

このタイトルからして「初恋」ではなく「はつ恋」にしたのは、同じような理由からでしょうか。私はこういうのには拘ってしまう方。なんで「はつ恋」なのかって検索してしまいましたよ。

もちろん正解は分からない事ですが、なるほどなあと思う意見はちゃんとネットの世界に存在するので素晴らしいと思います。私がなるほどと思った意見は、ツルゲーネフの「はつ恋」についてのものですが、かなり参考になりますよ→ここです。

こんなのはライターさんに直接聞きたいところだけれど、出来ない事なので検索し推理すると言う新たな遊びがプラスされてしまいました。

しかし今シーズンのタイトルって、みんな癖があると思いませんか?

 

<以下は少々ネタバレしています。再放送時の視聴前の訪問にはお気を付け下さい。>

 

さて今回の物語の感想ですが、切ないと言うより男に哀れを感じました。

 

初恋の想いを貫いたのは、山本だけだったのかと思うと彼が可愛そうに感じたのです。彼女が去って行ってしまうような不安から暴力をふるってしまう山本。なぜ悪循環の深みにはまってしまうんだろうかと。ますます彼女の心は離れて行くばかりじゃないですか。それでも自殺までして彼女の人生から退場しようとは・・・・・!

遺体の傍に凶器を置き、万が一の時に彼女に疑いの目が向かないようにしたエピソードにしろ、本当に彼女の事が好きで守ろうとしたのだなと、しみじみとしたものを感じました。

山本は自分が消える事によって、彼女が幸せになる事を望んだのだと思いますが、果たして真実を知った彼女が自由に羽ばたいて新しい恋人の所に行くとは思えないわけで、無駄死のような気がしました。

 

ただあの青い鳥のオブジェは素晴らしかったですね。テレ朝の美術さんって本当に良いお仕事をするのですよね。いつも感心しています。

 

だけど他の人もきっと書くと思うことなのですが、裏山の山小屋のシーンはいろいろとチョットナと思いました。

あんなに目に付くところにあったのに、「ない」とあきらめかける亘。

裏山は危ないから行くなと禁止しているけれど、やんちゃな男の子たちは秘密基地にしていると言う園長。

そしたらさ、そっと時々見に行くでしょう、普通。

何やってるのこの地域の大人たちって思ってしまうわ、私。それに子供たちが時々行ってしまう場所だったのなら、その時にだって異臭とか異常な事はあったはず。

 

上手くまとまっているんだけれど、諸々雑だなあと思わず思ってしまったのでした。

だけど今回のライターさんのお名前は、谷口純一郎さんでその名前からなんだか純文学の方のような香りが漂ってきました^^

 

あっ、そうそう。米沢さんと亘のプチバトルシーンは楽しかったですね♪

 

あらすじ<HPから>

倉庫ビルの敷地で、転落死したと見られる男性の遺体が発見された。死亡していたのは、山本(内浦純一)という気鋭のジャンクアーティストで、腹部に は刺された傷が残っていた。右京(水谷豊)は、かねてから注目していた芸術家の不審死ということもあって、亘(反町隆史)と共に捜査に乗り出す。早速、山 本のアトリエを調べた右京は、そこで不自然に壊された作品を見つけ、何らかの手掛かりになるのではと復元を試みる。一方、捜査一課が山本の内縁の妻・玲奈 (笛木優子)から事情を聞いたところ、山本のDVが発覚。一課は玲奈に疑いの目を向ける。そんな中、右京と亘は、山本を支援していたアートディレクターの 由紀(中原果南)から話を聞く。彼女によると、山本と玲奈は初恋同士で結ばれたというのだが、右京は玲奈本人が言っていたことと、その由紀の証言が微妙に 食い違っていることに気づく。

気鋭の芸術家の不可解な死と美しい恋人に向けられた疑惑。
右京がこだわる“壊されたアート作品”の謎とは?
初恋を巡る儚い真実が、時を超えて解き明かされる!

ゲスト:笛木優子

脚本・監督

脚本:谷口純一郎
監督:和泉聖治

 

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ベンチ

2015-11-25 00:34:20 | 詩、小説

 

ちょっと失礼

そこ空いていますか

 

そんな挨拶などないままに

いつの間にか

私の隣に座って

そしてまた

いつの間にか去って行く

 

ちょっと失礼

そこ空いていますか

 

いいえと言ったら

ポツンと一人

どうぞと言ったら

お友達になれたかも

 

いろんな人がやって来て

いろんな人が去って行く

 

私はずっとここにいて

過ぎていく季節を

眺めてる

 

 

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時には冒険少女のように〈その4〉

2015-11-23 00:42:38 | 梢は歌う(日記)
 
時には冒険少女のように〈その3〉
そして、『赤羽』のお出掛け日記です!いきなり「そして」と言う接続詞もないもんだと言う感じですが、地名を出しておきながらお出掛け日記ではなかった前々回の記事「赤羽、気を付けて。」...
 

 

上の囲みは昨年の11月22日に、11月15日の赤羽でのオフ会の事を書いた記事です。

 

そしてこの記事は〈その4〉と書いてありますが〈その3〉の続きではありませんし、〈その3〉も〈その2〉の続きと言うわけではありません。

ただこれらの記事は皆、同じ言葉から始まっているようなものです。

それは、

―私は時々、ネットの窓から手を振って知り合った方々と会ったりもします。

 

11月18日にも私はお会いできることを凄く楽しみにしていたコトさんとお会いしました。

縁とは不思議なものです。

本当に不思議です。強く思っているので思わず繰り返してしまいました。

この方とはアメーバーピグと言うゲームで知り合いました。そのゲーム世界のお庭に、ある日ある方が突然いらっしゃいました。

「なぜ」と聞いたこともないのでどういう経路で来たのかは分かりませんが、その方は海外在住の方で心惹かれた私は勇気を出してお声がけをしてお友達になって頂きました。その方のご縁でコトさんとも知り合ったのです。

因みにコトさんのハンドルネームはコトではありません。この方のHNに何か意味があるのかなとふと調べたら、ある国の言葉でこの「コト」を連想させるものがあったので、それを使わせていただいてます。

 

ところで我が家の愛猫ももは、飼っている私たちには何とも言えない可愛らしさのある愛おしい猫なのですが、オメメパッチリの猫とは程遠く、一般的には「ぶすねこちゃん」の部類に入ってしまうのかと思っているのです。

 

でもコトさんは、我が家のもも吉の事を凄く可愛いといつも褒めてくださるのです。

時々、こちらのブログにも、もも吉の事を載せますが、アメブロの方にも稀に載せるのです。それらの記事は→こちらです。

 

そしてコトさん、この度今まで住んでいたドイツを引き払って一時日本に帰って来ることになったのですが成田から真っ直ぐ我が家のもも吉に会いに来てくれたのです。

たまたまその日仕事がオヤスミだったルート君が一緒に駅まで迎えに行ってくれました。

ルート君曰く。

「しかし、あの猫の良さが分かるとはお目が高い人だな。」

 

服とか荷物とかの特徴をお電話で聞いていたので、改札から出てきたコトさんはすぐに分かりました。

そして家で用意していた私のつたないお料理でお昼を頂くことにしたのです。

なんだか余裕がなくて〈いつも余裕はない私〉画像を撮り忘れてしまったのですが、メニューは

おでん、かぼちゃサラダ、塩麹鶏のお肉、ミニおにぎり。

まあまあだったと思います〈自画自賛・笑〉

 

コトさんの滞在時間は短かったのです。それでもその間、私はずっと彼女の話に耳を傾けていたいと思いました。彼女は「時には」ではなく「ずっと冒険少女」です。

「それでどうしたの。」「その次、どうしたの。」「その後、どうしたの。」と煩い私。

だって「ずっと冒険少女」のオハナシは本当に面白かったんです。

 

その時、私はぼんやり考えていました。

ずっと昔のそのまた昔、まだ20歳だった私があの時、

「いろいろと欲しいものはあるけれど、まずこれが一番容易いような気がするから、これから手に入れるわ。」と思わなかったら、私にも同じような人生の可能性はあったのだろうかと。

そう思うと目の前にいるコトさんが、いくつもあった私の可能性の一つの道を歩んだ人に思われ、彼女の今までの人生がとっても愛おしいものに感じたのでした。

手に入れるのは一番簡単に見えたのに、それを手に入れるためにフウフウ言い、とうとう今までの私の人生を費やしてしまった「これ」と言うのは、温かい普通の家庭の事です。

「普通」と言うのは意外と難しい事なのです。ただこの話を膨らませると、日本人の中流意識のまやかしや、何をもって「普通」と考えるのかと言う深い話になってしまうのかもしれません。

 

小雨が降り始めた中、ゆっくりと1時間近くの時間を掛けて、歩いて駅までお見送りに行きました。

 

おやっ!?

あれっ!?

今頃気が付くのもどうかと思いますが、私がとりあえず「家庭」とか言うやつからゲットするかなと考えていた頃、彼女は産声を上げていたんですね。

すっかり私は忘れて、まるで気持ちはアンとダイアナのようなものでした。

いやいや、コトさんには私はしっかりとバーサンに・・・いやぁ、そこまではないか。でもしっかりとおばちゃんには見えていたかもですね。

だからちゃんと「気持ちは」と書きましたからね。

 

さよなら、私の冒険少女。

来てくださってありがとう。

でもまだお話は1ページ目が終わったばかりのようなものです。私に2ページ目のお話を聞かせに、そしてもも吉に会いに是非またお立ち寄りください。

 

ずっと冒険少女のコトさんに出会って、会った時間は短くても心の中に元気と言う火が灯ったような気がしました。

 

そしてこの記事はいつもこの言葉で終わる事になっているのです。

― それでも、おはようとオヤスミを繰り返す毎日の中で、冒険少女のような気持ちは忘れずに、幾つになっても自分の世界は此処までだと決めてはいけないと思うのです。



 

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抱っこの大嫌いなもも吉。

―今日は我慢しなさい。

「ふにゃら、抱っこ以外のおもてなしが、私は得意なのにゃ。」って、もも吉。



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雨の雫

2015-11-22 13:15:33 | 詩、小説

 

雨の雫は空から落ちてくる小さな球体

加速して針のように変化する

 

突然の雨に

街が攻撃されている

 

寂しい人に突き刺さる

悲しい人にも突き刺さる

 

寂しい人は寂しさが増し

悲しい人には悲しみが増す

 

静かな雨の攻撃

 

ああ、遠くで風の音がしているな。

 

 

 

 

 

 〈エッセイではありませんが、ポチりと押してくださると嬉しく思います。いつもありがとう。〉

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相棒14『第五話 2045』

2015-11-19 01:04:39 | ドラマ(相棒)

2045年問題については、ここのまとめなどを読むと分かりやすいです。→ここです。

 

ジェームズ君、目も口もないコンピューターまんまで見ていても感情移入しにくい。それでも名前など付き言葉などを話すと、それは単なるプログラムに過ぎなくても、擬人化していってしまうものなのか。

因みにうちのお風呂だって言葉は話す。

「湯張の準備が出来ました。」とか「湯張が完了しました。」とか。でも擬人化し愛を感じる事など全くないよ。

共に頑張った想いが擬人化させたのか。

それだって研究者の菜美子とジェームズ君が共に頑張っているように見えるけれど、本当に頑張っているのは菜美子ひとりなんじゃないかとも思ってしまう。本体が動けば影が動くのと同じように、開発が進めば人工知能も進化するものではないのか。

またいくつもの人の感情パターンをプログラムすることによって、人工知能は人の感情は読み取ることは出来るようになるのではないかと思う。ただそれは人口知能自体が感情を持ち何かを感じると言うのではないと思う。

人の感情を読み解くのと自身が感じるのでは大きな壁があるのではないだろうか。

 

SF、大好き。

その割には今回の「相棒」はつまらなく感じて途中まで見ていました。

何となく最初から犯人はあの人だし、きっと動機もそんな所だろうしって、そんな薄々感が漂っちゃうし・・・・。

ジェームズ君が右京にチェスに負けたシーンの

「あなたの勝ちです。」は、なんかさらに変なのと思ってしまったのでした。でもそこがこの事件の解決の糸口になろうとは。

普通の人には気が付くことが出来ない微妙な所だと思いました。

 

ところが私、そんな冷めた目で見ていたにもかかわらず、ラスト前に心が大きく揺れました。

母性と言う言葉に弱いのか、それとも「さよなら」と言う言葉が切なかったのか、ジェームズ君の「ありがとう、菜美子」と言う言葉とともにパソコンの画面が消えて言ってしまうシーンが衝撃的だったのか、私はちょっと悲しくなってしまったのです。

ああ、昔見た「アゲハ蝶」と一緒だなと思いました。一人の人の熱演が心を打ったのです。

理解するものは多々いないと思います。そんな彼女の世界感。

殺されたエリート官僚〈とてもそうとは思えなかったんだけれど〉の藤井だって、まさか自分がそのような事で殺されるなんて夢にも思っていなかったと思います。

 

SFチックな今回の「相棒」は、ちょっと冒険シナリオではないですか。

それ故にラストの右京のまとめ発言には、ちょっとがっかりしました。

2045年に人工知能が進化を遂げた時に人間も負けない進化をして言って欲しいとか言うようなものだったかと。

なんだかチョー安易発言に感じ

人間の進歩とか進化ってなんだよって心の中で思ってしまったのでした。

 

ところで私、今日思ってしまったのですが冠城さん、セリフのない時にそんなにアピールしなくって良いですから、もう。

うざいわ、ちょっと。

あっ、すみません。ちょっと眠くなって来てしまったので思わず本音が・・・・m(__)m

 

※ ジェームズ君、知らないうちにネットに入り込んでくるある意味ウィルスになってしまったの?

それとも見えない世界を徘徊し、いつかモンスターになってしまうのかしら・・・。

 


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