森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

好きなんだなぁ。

2008-09-26 08:17:44 | 梢は歌う(日記)




<以下、藤原君の情報や関連記事ではありません。ただの御喋りです。>

近頃、なんとなく忙しい・・様な気がします。でも、なんか空っぽになりたくて、ブログ記事をせっせと書いてしまいます。もう、あなたは充分空っぽよと言われたら、ちょっと困ります・・・。
何かを書くことによって、何かを発散させるというタイプなので、書きたい気持ちは、それだけ鬱々とした気持ちが澱んでいるのかも知れません。

でも、出口に向かって書きたいことが一気に雪崩れ込んで行く感じが、時にはするのです。
このブログは「なんでもあり」と謳っているので、好きなことを書けばいいのですが、その好きなことがたくさんありすぎて困ります。アッ、「好きなこと」の意味が変わってしまいましたね。

―あたしは、このブログで何がしたいんだろう。―
時には、ふと真面目に思うこともありますよ。何も遊びなんだから、真面目に成ることないよと思うでしょ。私もそう思います。でも、気が付いたら643記事も今までに書いているんですよ。この記事で644。あっという間ですよね。

くだらないこと書いているよなぁ、と思うこともしばしば。だけどごく稀に「好きだなぁ」と、自画自賛の記事も実はあるんです。B型ですからね。自分を褒めるのは得意ですよ(笑)


出口に集中する想いの数々。(最近漫画の紹介ばかりで、たいそうなこと書いていないくせに、この言い方はないか。)
でも、―ゆっくり行こうよ、君。―って、自分に言い聞かせてみたりします。
萩尾望都のことも大島弓子のことも、いっぱいおしゃべりしたいなあ。イライジャ・ウッドの話もしたいなあ。他にもいっぱい・・・。

それで、これからは少し丁寧に書いていこうと思っています。(長くではなく・)
最近長いよね。反省しているんだ。すぐ長くなってしまうんです。

だから、このおしゃべりも終わり。


アレッ、何で竜也君って思いました。
だって、元気が出るんです。今日も頑張ろう。
私ね、なんで彼が好きなのかって、その経緯も理由もはっきりしているんですよ。ファンの人に叱られそうな経緯です。そんな話もゆっくり、いつかしたいなあ・・・

今日、暑くなりそうですね。週末ですし、今日もあなたの好きな人好きなことを思って元気に頑張りましょう。

と、言いながらブログは10日ぐらいお休みです。(映画ブログ『近未来二番館』は二つぐらい記事を書く予定です。お知らせします。)

お暇な時は、竜也君がお相手します(笑)

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あるよ!<3> 「アクメツ」

2008-09-24 15:07:01 | 漫画・マンガ・まんが
漫画の感想「あるよ!」繋がりで思い出したお話です。
このブログをはじめた頃のことなので、ちょっと古いお話なのです。


ある日の昼食時、話題は官僚の事だったり、議員年金の事だったり(あれは一体どうなったんじゃ!)年金の話だったりでイライラすることばかり。言葉がナイフのようになってしまう我が家の食卓は超過激な食卓なんです。呪いの言葉さえ飛び出します。

私はそれもちょっと嫌なんです。それでとぼけて言いました。


「じゃぁ、彼に頼んでくださいよ。ほら、ええと、題名なんだっけなあ。今度映画になるって言ってるアレ。」

「何、それ?」

「エッ、君知らないの?映画に成るって話題になっていたよ。」
子供より先に情報を仕入れたので、ちょっと得意な私。でも題名が分からない。
「ええとね、高校生が悪いやつらを暗殺していくとか言うやつ・・じゃないかな。」

「ああ~、あれか。」
「あれだな。」
「それ、あるよ。」
「まあ、やっぱり~。若い人に凄く人気があるんですってね。ぜんぜん知らなかったわ。」
「まあ、面白いよ。・・・?」
「だけど・・、映画化?過激じゃねぇ?」

ラッタ小僧とルートッチの微妙な反応は気になりましたが、休日の午後はソファでゴロゴロ読書タイムです。

―だけど、なんか可笑しいな。確か藤原竜也が主演って言ってなかったっけ?
(その頃から好きだったけど、今ほどではなかった、たっちゃん)
―こんな仮面なんか被っちゃう、彼が?
―こんなハイテンション、うわ~、何コレ、超過劇アクッション漫画じゃない・・・

と思って、ふと本の背表紙見て気が付きました。

「秋田書店、・・・秋田・・あれ、コレ『チャンピオン』じゃん。」

なぜか私は、こういう知っていてもあまり役に立たない知識は豊富なんです。


「あのう、私が言ったのはこれじゃなくて、『ジャンプ』掲載で、エーット、そうそうノートが凶器って言うやつ。」


「ああ、なんだ。『デス・ノート』ね。へエ、アレ、映画に成るんだ。あれもあるよ。ルートが持っている。」

「アッ、別にいいや。これ面白いから。一応、人と話をした時に恥を掻かせたら悪いから訂正に来ただけ。」


という訳で、私が最初に言ったのは「デス・ノート」。子供が貸してくれた本は「アクメツ」でした。wikipediaでそのページを見ると、二つの作品はテーマが似ているので、良く比較されるというようなことが記載されていて、我が家であったような混同も無理のないことなのかもしれません。


バイオレンス漫画であるこれは、一人一殺。悪を倒すと共に、自らを罰して処刑する。だけれど、また復活してアクメツは登場してくる。そのカラクリが知りたくてい一気読みしてしまいました。一冊読むたびに、自分の推理を語りにいく母の存在は、かなりお邪魔虫。

「読めばわかるよ。」
「ヤダ。先に推理するのが楽しいの。死んでると言っているけれど、死んでいないわけ?」
「イヤ、ちゃんと死んでるよ。」
「復活する体質・・・、でも、爆死で木っ端微塵もいるじゃない?」
「復活していないよ。ちゃんと死んでる・・・、アッ、でも復活といえるのかな、アレも・・」
「あっ! 閃いた。」



何度でも復活するアクメツの秘密は、そんなには引っ張られることはなく途中で分かります。
「デス・ノート」が死神と言う存在を登場させる、ブラックファンタジーであるのに対して、こちらはSF。

悪を憎み、悪といえども死の制裁を与えることに、自らも裁くアクメツ。過激な発想であリ、共鳴できるものではありません。でも人は「巨悪」というものにイラつきと憎しみを抱きつつ、どうして善いのかわからないジレンマの中で生きていることも多いのではないでしょうか。そんなジレンマの発散として、物語のヒーローは誕生してくるのですが、アクメツはそういった意味で、立派なダークヒーローで魅力たっぷりだと思います。


絵柄的に、女性には支持を得難いかもしれませんが、同じ暗殺者としてみるならば、キラよりアクメツの方が好きなんです。

印象に残ったエピソードは
日本の道路は彼に聞けという、政治と癒着の道路男が道路になってしまうお話。気持ち悪いし恐ろしい。
実在人物を連想してしまうのも過激。

―これの映画化、いやいや、アニメ化だって難しいよね。と、独り言。

「サンキュ!」
「へぇ、全部読んだんだ。キャーとか、ゲゲっとか言っていたのに。」
「まあね。でも面白かったよ。はい、返す。」
「いや、これはルートの本。」
「えっ、過激だから君の本かと思ったわ。」
「いやあ、彼の本って結構ヤバイ系いっぱいよ。」

「エッ、なにか。」と彼は穏やかに微笑みつつ登場。


・・・・・・・ということは、彼はアレ? 
の心の声「ルート君、君は、むっつり過激~
















アクメツ 1 (1) (少年チャンピオン・コミックス)
田畑 由秋
秋田書店

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「幸せの1ページ」「グーグーだって猫である」を観ました

2008-09-23 23:12:27 | 映画
秘密の島のニム
ウェンディー・オルー
あすなろ書房

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映画ブログ「近未来二番館」のお知らせです。

 「幸せの1ページ」の原作は、「秘密の島のニム」と言う児童書でした。ジョディ・フォスターの冒険ラブコメではありません。勘違いしていくと、ちょっとがっかり・・・、それは私のこと?

ポケモンやジブリ以外で、子供と一緒に自分も楽しめる映画はないかなと思われている方に、お薦めできる映画です。

感想はコチラです。→ココ

 

 子供と一緒に自分も楽しむことが出来る映画といえば、こちらもそうでした。映画館は子供と大人で満席でした。

このブログでも漫画の方は取り上げていた「グーグーだって猫である」。

映画の方も観てまいりました。

感想はコチラです。→ココ

 

 

TBなどは映画ブログの方にお願いいたします。

 


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「20世紀少年」エキストラ体験メモ

2008-09-21 19:37:12 | お出掛け日記

 昨晩(9月20日)の私は大忙し。マニキュアを塗り変えて、パックして、髪も染め直し、翌日のためのビーフシチューを作って洗濯も終了。着ていくものも、雨の準備もちゃんとして、出かけるための用意もバッチリです。

 なんだぁ、遣れば出来るじゃん、あたし。

って、いつも出かける前には思う私です。何処にそんなに気合を入れて出かけたかというと、タイトルにも書いたので、もったいぶることなかったですね。そうです。今日は、またも早朝に起きて「20世紀少年」のエキストラに参加してまいりました。

上の変な画像は、会場ではめていたリストバンドです。

 今度の私の相棒は「『劇場版相棒』エキストラ」の時と同様に、我が家の長男ラッタ青年です。

 

 今回の撮影シーンは来年8月末に公開の第三章。たぶんですが、かなり要のシーンだと思います。

もちろんネタバレするわけにはいきませんので、残念ながら内容については、ヒントさえも書くことは出来ません。

 

 ただ、私が思うには私もラッタ君も含めてですが、エキストラの他の皆様も、本当に良い仕事をしたと思います。

変な自信ですが、私は絶対に映っていないと思うのです。なぜなら、私は背が低いので、カメラが何度も近くに回ってきてもいつも人の陰です。でも、今日の私は良い気配士でした。

※ 気配士については「目指せ!一流気配士」をお読み下さい。

 

 この映画を来年観る時に、このシーンでは、きっと私はジーンと来てしまうと思うのですね。エキストラに参加した、しないは関係なくです。だから名もなきただの一人の人の気持ちがもの凄くよくわかってしまいました。既に感情移入度大です。なので演技とかじゃなくて、そこにいる群集の一人をごく自然に監督の要求どおりに頑張ってしまいました。

「監督の要求どおり」・・・、凄い事言っていますよねぇ。でも、そんな人は私だけではないと思いますよ。

ただの群衆の一人で、「点」のようなものなのですが、でも、そんな「点」が集まって、出来たワンシーン。私は、来年そんなところも見る楽しみが増えました。

 

 ところがですね・・・・。

午後はやられてしまいました。雨です。雨。

頭から足までびっしょりです。レインコートも傘も持っていきましたよ。でも、最後は足が足首まで水の中。お弁当を頂くのも大変でした。

 

でも、いつもは家では役に立たないラッタ君は、三年寝太郎男なので、こうするああすると、こんな時とっても頼りになるのです。

 

家に帰ってきてから、熱いお風呂に入って冷えた体を温めました。既にラッタ君は、疲れ果ててぐっすり寝ています。雲が流れてきたのでしょう。今、家の外は雷雨です。そんな雨の音を聴きながら、まぁ、今日は大変な目にはあったけれど、やっぱり楽しかったなと思えてくるのでした。

 

    こんなものを戴きました。ブックカバー自体が欲しかったので、嬉しかったです。それからこんなものも。

 

   明日のお昼は、キマリかな?

 

 

 

 

 

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僕らは陽気なジプシーだから

2008-09-20 03:25:22 | 梢は歌う(日記)

 誰かが膝をトントンと叩くので目が覚めた。

「ねぇねぇ、寝るならちゃんとした場所で寝たほうがいいよ。」

気が付いたら部屋は暗く、既に真夜中の1時半。転寝には長すぎた。ソファでしっかり寝てしまったわ。夢もいっぱい見ちゃったわ。

 家のドアの前で、凄く多くの若者ががやがやとパーティをしているの。何処かからの帰りみたいで、たまたま私の家の前で休んでいるみたい。お酒とかも飲んで、すっかり宴会気分。

ふと気が付くと、ドアは半開き。危ないなぁと思ってドアをそっと閉めにいくと、ドアの前にいた人たちは、ちょっと変わったシンクタンク集団で、ふと気が付くと(夢なので、そんなことばかり)私は二人の青年と一緒に彼らと行動を共にしている・・・

楽器を奏でること=音楽を愛することが仲間に成る条件で、そのテストが東大の教室であったり(スティッキ一本でドラムを叩くとか・・)、なんかいろいろとドラマは続いて、その夢の最後。

緑の丘をみんなで越えていく時に
「今日はいろいろあったから、みんな真っ直ぐ帰るんでしょう?」と私が聞くと、声を揃えて全員で
「まさか~♪」と応えた。

そうか。

人には疲れてしまうだろうと思えることが、実は彼らの活力源、エネルギーの源なんだな。

じゃぁ、またパーティ?
私の家の前で・・?
本当に元気だなぁ。

そんな私の心の声が聞こえたのか、一人の若者が振り向いて言った。

「僕らは陽気なジプシーだからさ。」

 

他にもいっぱい夢を見てしまったのだけれど、この夢はここで一回、目が醒めて終わり。

でも、最後のセリフが気に入ってしまったわ。

人や物に執着して変化を嫌っているような私だけれど、その反面は自分の生活に常に変化を求め、心はある場所で常駐することを嫌っている。フツーのおばさんの心の内側はジプシー・・・

もうこれからは「陽気なジプシー・kiriy」と呼んで下さい。・・・なんちゃって

真夜中に夢の話にお付き合いさせて、ごめんなさい。もう寝ます。朝目が覚めたら雨も凄いことになっているのでしょうか。

 そして、これから始まる一日に、いろいろな事があったとしても、それはドアを叩いてやってくる、人生のパーティの一分。だけど、洒落にならないパーティの余興もあるので、そこはくれぐれもお気をつけ遊ばせよ。(ワタクシも)

 

 

 

 

 


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あるよ!<2> 「聖☆おにいさん」

2008-09-17 12:03:35 | 漫画・マンガ・まんが

 つい先日、リンクさせていただいているYさんのブログを読んでいたら、ある漫画の事が書いてありました。

面白そうだな、読んでみたいなと思ったその時、ふと閃きました。もしかしたら、何でも出てくる「ドラえもん本箱」にあるかしら。
これって、息子達の本箱のこと。

二人の青年は兄の部屋でPCゲームの話題で盛り上がっていました。
恐るおそる母は
「あのう~ 、うちに『聖☆おにいさん』なんてものはありますでしょうか。」と聞きました。

「あるよ!」と、声を揃えて即答です。

の心の声「アッ、やっぱ、あるんだ~

「だからこの前、面白いやつ見つけたと言ったでしょ。」

「えっ、そうだったの。

「ふーんとか言っていたよ、ふーんとか。」

「記憶がないです。でもこれからは人の話を聞くように致します、すみません。」と言うのはの心の声。それを一言で言うと・・・・。

「ふーん。」

 近頃、「漫画」のカテゴリーと「家族スナップ」のカテゴリーが、リンクしがちです。

という訳で(どういう訳?)、「聖☆おにいさん」の感想です。

そう言えば、まだの会話がありました。これって、「ぶた」と「ひよこ」の会話ではありませんよ。ちょっと太目の「母」と我が家の長男「ラッタ君」との会話です。「デトロイト・メタル・シティ」の感想を書いたら、のキャラのイメージに不安が・・。ちょっと説明を入れたくなりました。

それで、話を元に戻すと

「友だちが外で昼食を取りながらこの本を読んでいて、思わず笑っちゃったって。」 ― Yさんゴメン、話題にしてしまいました。

「いや~、それはきついでしょ。この本と、『デトロイト・・』は特にラーメン屋で読んではいけない本だよ。違った意味で危ないと思うな。後、電車の中でも。笑いを堪えていて口が『~』になって、『あの人、変な人ね。』と思われる可能性が高い。」

という訳で、この本の感想を一言で言うと

「電車の中で読むべからず。」と言うことになりました。

と、ここで終わっちゃいけないか。

 

 ブッダとイエスは世紀末も無事に乗り越えて、東京立川のアパートにシェアして休暇中。

 

私の個人的な嵌りどころは、ブッダの「ブッタ」の漫画の一気買いとか、(『手塚治虫、すげぇ』とか言っちゃってるし)
遊園地でのやり取りや、商店街の福引と「パンチとロン毛」のコンビ結成とか・・・。

いや~、書き切れませんね。だって、どのページを開いても面白いんですよ。

基本的に他の人と絡むことはあまりなくて、ブッダとイエスの会話で成り立っていますが、それが全篇「パンチとロン毛」の緩々掛け合い漫才のようで、大爆笑と言うよりは静かに長く笑えます。

 この漫画の会話が面白いのは、二人のキャラ設定がはっきりくっきりしているからだと思います。

イエスはジョニデ似で浪費家、人気ドラマブログ運営中。そのアクセス数で一喜一憂していたり、新撰組グッズを買って喜んだり・・・
片や、締まり屋のブッダ。生まれてからいつだって動物に慕われていて、一度ぐらいは冷たくあしらわれるのが夢だったり・・・
と、愛すべき二人です。

 

という訳で、笑いたいけれど「デトロイト・・・」まではちょっとなぁと言う方に、お薦めいたします。

 

       

聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
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聖(セイント)☆おにいさん (2) (モーニングKC (1720))
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ただ、私はこの漫画を読んでいるとき、読み終わった直後、そしてブログに感想を書き始めての今と、少し思うことが違います。それは決して否定と言うものではないのですが、やっぱりそこが、子供(と言っても成人)とは違う、大人の私の部分なのだと思います。

その話は、大したことではありませんがお堅い話なので、またいつか書いてみたいと思います。「宗教のパロディ化」についてと言うとテーマが重いので、そこは逃げることにして、「逆引き知識は、本質にたどり着けるか」みたいなことを、ふと感じたのですが、それも私の中で連想ゲームが起きたゆえで、なぜそんなことを考えるのか、不思議に思われるかもしれませんね。

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「8月に生まれる子供」

2008-09-15 11:29:38 | 漫画・マンガ・まんが

 昨年(2007年)の9月20日に、私は「ロストハウス」に収められていた、この物語を読みました。 どうしてそんな日にちまで覚えているのか不思議に思うでしょうか。

 去年の今頃、私はイギリスに行く事前準備中。いろいろリサーチをしていました。その中でワーズワースの「虹」と言う詩のことを書きました。

「共鳴するのはここですか」と問うて、

So be it when I shall grow old,   

Or let me die!

の「Or let me die! 」を私はどうしても打ち込むことが出来なくて「・・・・」と書きました。

この四つの点にはいろいろな思いが凝縮されていたのです。

その記事はコチラにあります→☆

私がその時「8月に生まれる子供」を読んだばかりでなかったら、私はそこに「感性の死は詩人の魂の死であり、『さもなければ僕に死をあたえよ』と言う想いに共鳴し、その底辺に詩人の覚悟を感じて感動します。」と、「虹」の詩の感想を結んだと思うのです。

その気持ちも嘘ではありません。が、書けませんでした。

なぜなら、感性が死のうと、記憶が途絶えようと、アイデンティティーが消滅しようとも、それでも「命」として存在し続ける重い意味を、この「8月に生まれる子供」は、私に語りかけてきたからでした。その時、私の心の中には相反する二つの想いが混在していました。ゆえにそれが「虹」のその感想が書けなかった理由です。

 

 18才の種山びわ子は大学生。明日から夏休みと言うその日、ボーイフレンドとのデート中、びわ子の行動は変なことばかりでした。それが原因でその日は喧嘩別れのようになってしまいます。でもそれは病気の症状の表れだったのです。びわ子の病気は急速に老化するというものでした。7月、8月を経て、その時びわ子は・・・・。
びわ子がメチャクチャな文字で書く手紙
「父上様 母上様 皆様
前文を撤回いたします
いつの日かわたしが異常をきたし
たとえ・・・・・・・」

「・・・・」の部分はネタバレになってしまうので書きませんが、たとえこの物語を読んで、涙に掻き暮れたとしても、それは「可哀相」とか「同情」の涙ではないはずです。

 

このブログの「ワーズワースの詩」の日付から、私の日常日記をつけている「梢は歌う」の同時期の日付を見ると、
「ウォーキングをしながら昨日読んだ『8月に生まれる子供』の物語を友人に話した。」と言う文がはっきりと書いてあって、その日付が9月21日。それで、この物語をいつ読んだかが分かったというのが、文頭の「9月20日に読んだ。」の日付まで覚えていることの種明かしなんです。

 その時友人が言いました。
「漫画なんかにもそんなのがあるんだ。」

この「なんか」に反応してはいけません。漫画に対しての考えは年齢によって微妙な所があるからです。でも、私は偉そうに言いました。

「そうよ、文学も漫画も表現の仕方が違うだけで、ランクなんてないのよ。」

でも、漫画に対して「文学的」と言うと、なんとなく褒め言葉のような気がしてしまいます。なんとなく矛盾していますね。

 

暑い夏を経て秋の夜に落ちていく、そんな季節の 一人の時間に是非お読み下さい。自信を持ってお薦めできる短編です。

 

 

 

 

ロストハウス (白泉社文庫)
大島 弓子
白泉社

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↓映画の「グーグーだって猫である」に出てきた漫画を集めたものらしいです。「ダイエット」「四月怪談」は超お奨めです。

 

大島弓子セレクション セブンストーリーズ
大島 弓子
角川グループパブリッシング

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9月14日、「グーグーだって猫である」を観てきましたが、まだ感想は書いていません。「あるよ!<2>」で違う漫画の感想を書く予定でしたが、映画繋がりでこちらを先に書きました。

 

近頃、漫画感想ブログ運営中・・・


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あるよ!<1>    「デトロイト・メタル・シティ」

2008-09-13 18:17:11 | 漫画・マンガ・まんが

私がいくら映画好きでも、見たい映画を軒並みに見るということは、叶う身分ではありません。でも、映画好きなのでやっぱり見る予定のない映画でも、面白そうなものはチェックしてしまいます。

例えばある日、

  

こんな画像をチェックしていました。「セクシーボイス&ロボ」から松山ケンイチのファンです。(『L』じゃないのよね。)でも、この映画は「いつか」のお楽しみです。

後ろからルート君(我が家の次男です)が、ちらりと画面を覗きましたので
「意外とこの映画、好評らしいよ。漫画が原作なんだよね。」と、私が言うと、彼は一言
「あるよ、それ。」と言って持ってきてくれました。

   と言うわけで、「デトロイト・メタル・シティ」の感想です。

一番最初に、この帯のコピーに笑えます。

「申し訳ありませんが・・・・クラウザーさんが苦悩する度に笑えます。」
by ハロルド作石

そしてこの漫画の感想は、この一言に尽きると思います。

 はっきり言って、私の得意な漫画分野ではありませんが、思わず誰もいない深夜の部屋でプハハと笑ってしまい、思わず周りを見回してしまったと言う思い出が出来ました。
 余談ですが、そういう自分らしくないことをしてしまった時に、なんで周辺確認をしてしまうのでしょうね。後ろに誰かが立っていたらそれはそれで、とっても恐ろしいことですが。

インディーズ界デスメタルのカリスマ「クラウザーⅡ世」のその実態はお洒落な音楽が好きな心優しき青年根岸崇一.。

一番の嵌ってしまった場所は、その根岸君が実家に帰って、すっかり崇拝者になってしまっている弟に、クラウザーさんになって勉強を教える所です。

「信長を殺したのは?」
「クラウザーさん!!」
「確かに裏で糸を引いていたのは我輩だが・・」

と言うわけで、最初に言ったコピーの感想にまたも行き着くと言うわけです。

 

 いつものジャンルと違うものを読むと言うことも楽しいことですよ。
疲れて閉じたノートパソコンの上に、行儀悪くあごだけ載せて休憩している所を子供に目撃されても
「クラウザーさんの生首。」とボケることが出来ますから。

 

しかし・・・
なんでもあるのね、子供の本箱。
 

 

 

デトロイト・メタル・シティ 1 (1) (ジェッツコミックス)
若杉 公徳
白泉社

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「グーグーだって猫である」

2008-09-13 00:02:10 | 漫画・マンガ・まんが
グーグーだって猫である〈2〉
大島 弓子
角川書店

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この本を買ってくれた(『母の姑息な陰謀』参照)ラッタ君が「一冊で良かったかな。」と言いました。なるほどそれも分かります。

「グーグーだって猫である」の一巻は、どちらかと言うと
大島弓子が大好き、または猫が大好きという人の漫画のような気がします。

グーグーとビーとの出会いとその育児日記。なんとなく「猫好きの猫好きの為の猫日記」なのかと思ってしまいます。でも、その終わりに劇的に物語に転機が生じるのです。物語の転機は、すなわち大島さんの転機です。

 

ペットは家族。

その言葉は簡単です。でもペットにも病気のときもあれば、老いもやってきます。

ともすれば私たちは、彼らが去っていくことばかりを考えてしまいますが、その逆もあるわけです。

 

大島さんが書いた遺言書が心に残りました。

 

 そして、この物語はさらに詳しく書かれた2巻目以降に「猫好きのための・・」と言う枠も超えて、その世界に私を引きずり込むのでした。

退院の日にやってきたクロ。そして、公園で出会ったタマ。

 

私は2巻目の終わりから登場するタマのお話を、涙なくして読むことが出来ませんでした。

ここからはちょっとネタバレです。

ホームレスの男から猫疥癬の猫を引き取り、治療して慈しんで飼う大島さん。どうしてそんなことが出来るのでしょう。

読んでいると、どんどん胸が痛くなってくるのです。

そして、彼女が勘違いをしていたのだというくだりは、ハラハラ落ちる涙を止めることはできません。

猫が病気でも放置で、いっけん猫を無造作に扱っているように見えたホームレスの男性。あまりに惨めな猫の外見でしたが、虐待などは受けていなかったのです。それは、人を決して怖がらないタマの態度で分かります。そして公園に連れて行くと、タマは自分を連れていた男性を探して、いつも彼が座っていたベンチに行くと、じっとその場所を見つめているのです。

そして、彼女は気が付くのです。猫のことを思うあまりに、自分はその猫を可愛がっていた人から、猫を引き離してしまったのだと、相手の男性の気持ちを思うところ、感謝する所は、まるで詩的な短編小説を読むようでした。

 

三巻以降は、大島さんの猫愛も加熱して展開していきます。

 

9月6日公開の映画の方も順調にヒット中のようですね。行く予定の日も近づいています。予告編ではどう観ても猫がいっぱいと言う感じではないので、どんなお話なのか楽しみにしているんです。

 

 

 暑いとは言っても、暦の上ではもう秋。読書の秋の一冊に漫画じゃないと言わずに、大島弓子の猫愛の世界を垣間見てみませんか。命あるものにきっと優しい気持ちになれますよ。

 

 

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世界に愛は溢れている&中途半端じゃ時空は超えられない

2008-09-11 00:22:46 | テレビ・ラジオ

今日は「ゴンゾウ」と「正義の味方」の最終回でしたね。

前に「テレビの都合」で書きましたが、映画に行く予定を変更してもらって良かったです。

「ゴンゾウ」の最終回、「夏の終わり」は良かったですね。物語がサクサクッと進み、時計を見たらまだ15分。短い間にテンポ良く、犯人乙部の容疑が固まっていきます。

乙部が気持ちを変えなかったら、彼は高飛びに成功してしまったかも知れないという甘さは感じましたが、後は本当に面白かったです。

シナリオの古沢さんは流石ですね。

犯人の背景、動機、今までの状況、全ての謎を一気に最終回に持ってきたというのに、詰め込み感がありません。

余裕の時間割と言うか、最後のもなみのコンサートは「相棒」の優しさと通じているなと思いました。

 

 物語の感想ですが、
「愛」を教えてもらわないで育った子供は、「愛」を知らない。
「愛」を求めて苦しんでも、知らない「愛」に気が付くこともない。

「この世界に愛はあるの?」と問うて
「どうせこの世界に愛なんてないのよ。」と答えた者に、望むものを与え続けた不条理な愛の幻。

自殺は究極のエゴと聞いたことがありますが、乙部の母の絶望は分かりますが、まったく持って共鳴できません。なぜ、罪を背負ってしまった子供を見捨てて死んでしまったのかと、腹が立ちました。死ぬことによって子供を守ったわけではないですし、殺人犯の乙部がかわいそうにさえなってしまいました。

彼はその時から時が止まり、子供のまま。

だから、血まみれの黒木が切々と今までの物語に出てきた人々のことを語り「この世界に愛は溢れているよ。」と言うと、本当にあっさりと
「ごめんなさい。」と言って、人質だった理沙を手放したように感じました。そして黒木は自殺を図ろうとする乙部を隠し持っていた(自分の自殺用)銃で阻止する見事さでした。(でも、予想通り)

乙部の大人に叱られた子供のような誤り方が印象的でした。

 

佐久間との絡みも良かったですね。

私としては鶴の「バッチィー!」が嵌りどころだったのですが・・・(笑)

またいつか続編をやって欲しいと思います。

あらすじはコチラ

 

 ところで、もうひとつのドラマ、「正義の味方」の感想はいつも「アハハのハ」で終わりです。お気楽で楽しいドラマでした。でも最終回、私はちょっと涙ぐんでしまいました・・・(コホコホ)

容子と陸の告白&別れのシーンです。特に電車の中から
「俺もお前が好きだ。」と口が動く所です。それを見て、頷く容子。

なんて言うか、「青春は麗し」ですよ。遠い遠いさらに遠い昔を思い出してしまいました。

あらすじはコチラ

 

 


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