森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

2007-03-31 03:33:37 | 詩、小説

しんしんと夜が積ってゆく音に耳を澄ましているとね
あたしは「愛」の詩が詠いたくなる

だけれどさ誰に向けて詠おうか
遠い時間をさかのぼり、あの人に会いに行こうか

それともね
妻母のうすぎぬ、そっと脱ぎ捨てて
傍ら眠るこの人に詠おうか

金や銀、煌く雲に日は落ちて
夕べの祈りのその中に
あふれる思いが満ちてくる

愛しているよ
愛しているよ

あたしの思いと言葉を受け止めて




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「風林火山」面接試験

2007-03-29 01:54:48 | ドラマ (大河)
現在の道徳と常識を持ち込んでしまえば、非常と言う言葉では物足りず、酷い惨い人のする事に非ず、と非難してしまいたくなる勘助の仕官への道。

 ―だけど、今回から原作ありの「風林火山」―

 そして、ひとたび戦場に出れば武士の「仕事」は、敵の命刈り取る事。又、その「仕事」のためには自らの命もかけているわけで、おのずと生命観が、現在を生きる私とは違うに違いありません。

そこを踏まえて見なければならないのは、分かっているんです。
分かっているんだけど、気も合いそうにないいけ好かないやつだったとはいえ、言葉を交わし行動も共にした縁あるものを、あのように利用する事は、やはり私にとっては胸の痛いシーンではありました。


 青木大膳に板垣を襲わせ、そこを助けて士官の道筋を作る作戦ですが、その話に青木が乗れば、必ず裏切ってくる事は計算のうちだった勘助。その為の策も講じていた訳ですから、全て「ああなってこうなって」の計画通りだったということです。


 だけど板垣は勘助の「策」など見抜いていました。又、だけど、勘助はその上での板垣の行動も計算していました。

面白かったですね~。

詰め将棋と言うか囲碁の世界と言うか、そんな感じがしてしまいました。
よく、囲碁で、石をポツンと置いてそれを見ていた相手がう~ん、う~んとうなっていきなり
「まいりました。」
あの世界観ですよ。


 そして晴信はその解説をする囲碁マニアのような感じがしてしまいました。嬉しそうでしたよね。でも、晴信は解説者ではなく、当の勝負の相手ですね。板垣は唯の碁石の一つ。別に勘助は仕官がしたいだけで、勝負を挑んでいるわけではないのですが、晴信には勝負を挑まれたような、そんな感じがあったのでしょうか。ワクワクしていているような晴信でした。

晴信は乗りこなすことが難しそうな暴れ馬が、好きなんですね。


 勘助は甲斐に仕官がかないました。が、心痛いシーンが続きました。
勘助を重臣達の真ん中に座らせて、最初に言っていた以上の優遇条件を伝えます。そして、重臣達に意見を言わせるのです。


 このシーン、まるで就職試験の面接のようですね。

勘助が今までずっとずっと受けてきた冷たい視線が、ここにも多数ありました。心を傷つける遠慮ない言葉もありました。


 ―  知識あり  才能あっても  フリーター
 ―   フリーター  何年やっても  職歴なし
 ―   徒に    悲しからずや  四十二歳

なんて、詠んでいる場合ではないですね。(もう木曜日ですよ~。今頃テレテレ書いていてどうするんでしょうね。・・・まあ、いいや


でも、勘助が
「戦に勝つ極意は、戦をしないこと。」と言った時、重臣のほとんどが笑ったのに、晴信はピッカーンと閃いていましたね。流石ですわ。

だって、「常勝武田」の秘密の種明かしはそこにあるんですものね。(日にちがまたがったり、時間が深夜だったりすると、文体が変わっちゃってるかなぁ?)


二次面接が終わったら、最終テスト。次回は剣豪といざ勝負。



 策士勘助は、前回までの強さとは打って変わり、やたらヨロヨロして「策」で勝つ男と言うイメージが前面に出ていましたね。
又、その時代、国主が国を追われるということは、死にも値することなんだと平蔵の喜ぶ顔を見ていて、そう理解しました。そうすると、勘助の先週の行動も少しは理解できるかも知れません。
 これからは「?」に思うことがあっても、少し放置しておくことにしましょうと、思いました。


―あんれまぁ、今回は長いずら。もっと、早い、完結、でやるじゃんよー。そうでなかったら、アレだがね。―って独り言です。


<追記です>
ぐるっと一回りして、皆さんの記事を読んでまいりました。皆さんの記事があまりにも面白いので、ちょっと、落ち込んでしまいます。
それは、ともかくですが(仕方がないことなので)
我が家の子供は就活中。それでかなと思うのですが、『どうも勘助は仕官できました。』と言う感覚ではなくて、内定もらってバイト中とか、新入社員の研修期間中で本採用ではないと言う感覚の方に近くなってしまいました。次週は本採用への道。
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植木等の「花とおじさん」

2007-03-28 10:55:54 | 同じ時代の船に乗る

植木等さん死去 80歳 「無責任男」で一時代(朝日新聞) - goo ニュース

 

昔、ラジオの深夜放送のリクエストの企画で、一枚しか来なかった葉書の曲をかけると言うものがあった。

出さなかったのだが、出したらかかるかも知れないと思ったのが、この「花とおじさん」だ。この曲は、他の女の人が歌ってヒットしたが、もともとは植木等の曲だ。だから、もちろんその葉書には「植木等の」という文字を忘れてはいけない。

 

私は、この植木等が歌う「花とおじさん」が大好きで、初めて聞いたときからそれ以後いつも、まるで条件反射のように涙が出て来てしまう。

 

「サラリーマンは気楽な家業と来たもんだあ~」と、外では、明るく元気に頑張っている男達。でも、ひっそりとした家に帰って来ると、心を癒してくれるのは、自分を無言で励ましてくれる一輪の花。

その花は、本当の自分を知っていてくれる。優しくて責任感の強い自分のことを・・・

その花に水をあげていると、花は「うん、うん。」と頷いてくれているような気がしてしまう。

 

私は植木等が、大好きだった。だって、彼はスリムでハンサムだったから。私の父より年上だが、イメージが父と重なったのかも知れない。子供の時、いつも行っていた二番館の映画館で「日本一のゴリガン男」と言うのを見た。あんなふうに、智恵を生かして強気で生きてみたいものだなと子供心にも憧れた。

 

 お気楽無責任男を演じていた彼は、実は真面目な責任男だった。でも、たぶん彼のことが好きだった人は、みんなその本当の人柄を知っていたような気がする。

 

 「なんである、アイデアル」
「お呼びでない。」「はい、それまでよ~。」と言う言葉や「スーダラ節」など、たくさんのものを持っていた植木等だが、今私の心を通り過ぎていくのは、この「花とおじさん」だ。

 

この「花とおじさん」ってどんな曲と思われる方は→■

 (もう、リンクしてないともいます。音源が見つかりません。ここにあるよと教えて頂けたら幸いです。)

 

この曲を聴いていると、いつもこんな物語が頭に浮かんできていた。

―  男は(もちろん、キャストは若き日の植木等)、会社ではテキトーに調子良く遣っている会社員だ。ある日路地裏で、足を怪我している少女を助けてしまう。

酔っ払っていた男は、とりあえず家に連れて帰って手当てをしてあげるのだが、少女は自分の事は何も言わない。代わりに、小さな声でこう言った。

 

『あの、治るまでここにいてもいいですか。』

 

 最初は戸惑った男だったが、清楚な感じの少女に、何か事情でもあるんだろうと思い、自分の事もそのうち話すだろうと、何も聞かず置いてあげる事にした。

 

 でも、少女が家に待つ生活は、男にとっても予想以上に楽しいものだった。足を怪我している少女はこれといって何もしてくれるわけではないが、一緒に食事をし、今日あったことを話す。少女は微笑みながら聞いている。

 

男はだんだん、生活に張り合いが出てきた。

 

 だけど、そんな矢先。家に戻ると、少女が部屋の中で倒れていた。驚いて抱きかかえ
『どうしたんだよ。』と声をかけると、少女はやっぱり、小さな声で
『ごめんなさい、あたし本当は・・』と言って、息だえてしまった。

 

少女の事は、警察にも届けたが、結局何も分からないままだった。死因さえ、突然死と言われただけで、本当の事は何一つ分からなかった。

 

 ある日男は、スィトピーやデイジーや、マーガレットなどの花を買って不器用に花瓶に入れ、少女がいつも座っていた場所の近くに飾った。その花を見ていたら、涙が込み上げてきて、男は大きな声を張り上げて泣いた。

 

 ある日の会社。通りがかりに課長が男の肩をぽんと叩いて
『例の件、またテキトーによろしく頼むよ。』と言うと、男は
『俺、遣りませんよ。』と言っている。
『えっ。』課長は驚くが
『俺、テキトーになんか遣りませんよ。一生懸命に遣りますから。』
そんな風に呟く男の姿があった。 ―

 

植木等さん、楽しい時代をありがとう。


 

 

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スカッと今日に挨拶

2007-03-27 08:45:18 | ’08/12/7までの未整理日記
 
 「おはようございまーす。」


 昨日は晴れていたのに、今日はだんだん雨模様だそうですよ。でも、一雨ごとに春ですね。

 土日に出かけてしまうと、週初めは自分の時間がなかなか取れませんね。嘘うそ、今日の夜も出かけます。

 春は出会いもあるけれど、別れも多くってストレスが一杯です。時々どよよ~んと落ち込んでいる私ですが、
「おはよう」すっきり挨拶して、気持ち切り替えていきましょう。


「雨の日、晴れの日、曇りの日。いろいろあって365日」
ちょっと、今気に入っている言葉です。そんなこと言いながら、自分にエールを送っているのですよ。

 あなたの今日はいかがですか。今日も、みんな、いろんなことがあってもめげずに行きましょう。
ブーとか、プーとか言っていても、明日は来てくれるのですから。

いけませんよ。
「どうして、僕は明日の太陽を見ないというのだろう。」なんて言っていては・・・

―「風林火山」の感想執筆中・・面白かったですね―
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お墓参り風景 

2007-03-24 10:21:49 | 家族スナップ
 
 先日21日、例年通り姑と一緒にお墓参りに行きました。その時ルート少年はお留守番です。教習所通いで疲れていて寝ていたいというので、おいて行くことにしました。ラッタさんは、帰りに昼食を食べて帰ってくると言ったら、寝ていたのに食事につられて着いてきました。


いつもは張り切ってだか、又は遣らされてだかお墓の掃除を遣ってくれるラッタさんは今回は水を掛けてくれるだけです。

「俺、今日は水掛係な。」
「いいよ、じゃあ、はいここ掛けて、はいこっちも。」
その日は水も暖かく(井戸水なんですね)掃除するにはとっても良い日でした。
「だけどサア、墓場で『みずかけ係』なんて言うと、妖怪みたいな感じじゃない。」
「あっ、俺も今そう思ってた。特に『がかり』のところが。」
「じゃあ、ほら『妖怪みずかけがかり』、ここのところにもうちょっと水お願いね。」


そこにお寺の管理費を払って来た姑が来て
「じゃあ、私はこっちを磨こうか。」

これ姑。ニューフェイス。

お墓っていろんな形があるかもしれないですが、義父のお墓は隣と隣が椅子のひじのようになっているんです。低い平面のフラットな石で仕切られているんですね。

姑は、墓の横に行く時に
「ちょっと、ごめんなさいね、失礼しますよ。」って、お隣の仕切りを踏んで脇に行きました。
「ちょっと、おばあちゃん。お隣の方は『はい、いいですよ』なんて言っていないかも知れないじゃないですか。『ちょっと、あんたねえ』って言ってるかもよ。」


「おや、まあ。そんな近所じゃないですか。近所のよしみでそんな堅い事言わないでくださいよ。」
「大丈夫ですよ。何言われたって、都合の良いことに私達には聞こえやしないんだから、都合よく解釈しときましょう。」


「あ~、もしもし。あんたらねぇ。」

微妙に冷静に人の話を聞いている妖怪なのでした。



 帰りに回転寿司に行くことになりました。すると、私は家でグータラ転がっているルート少年が不憫になって来ました。この話では影の薄いパパさんに頼んで、家に立ち寄ってもらう事にしました。


「なんだお前。すしだと行くんかい。」
「まあ、そりゃね・・・」
「ちょっと待てぇ。すると、俺も家で寝ていたとしても寿司にはありつけたって訳か~。おい、なんか納得できないぞ。」


「何をぬかすか。君が付いてきたからお寿司にしようかって気にもなるんでしょうよ。来なければお昼は戴いたおはぎよ。私はそれでもいいんだから。」
「そ、それも~」


いいではないか、みずかけがかり。お墓参りは家族団欒のお気軽レジャーよ。今はいないその人もその時は一緒、ねっ。


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相棒「サザンカ咲く頃」

2007-03-23 08:32:40 | ドラマ(相棒)

 シーズン5の「相棒」のテーマは、時効廃止と優しさかなと思っていたら、最終回はやってくれましたね~♪

みんなが見たかった、こんな「相棒」。

「風林火山」では勘助の活躍無しで物足りず、知略謀略の攻防戦にワクワクしたかった方は、 み~んな「相棒」を見たら満足出来たと思いますよ~。

と言っても、見なかった方は後の祭りですね。再放送の時をお楽しみに。

 

・・・・・・・・

 

ちょっと、冷たかったですか~。でも、あぁなってこうなって、ニ時間丸ごと面白くて、あのセリフにもこのセリフにも感心していては、私には書けません。こんな時私はいつも、「詳しいあらすじはコチラ」と丸投げしてしまうのだけれど、この「あらすじ」なのに「詳しい」と言うのも、変だなと思って、途中からごく普通に「あらすじはコチラ」と書くようになったの気付いていましたか。

 

・・・・・ 

 

 ああ、そうでしたね。そんなこと興味ないでしたよね。すみません。でも、テレビ朝日の「相棒」のHPのストーリーは、本当に詳しく書かれていて、いつも感心していました。まるで、ドラマブログのようです。それでも、最終回の分は面白い所が多すぎて書ききれていませんでしたね。でも、だからといって私には、その穴埋めなどは出来ませんが。セリフや雰囲気から詳しくブログを書いてくださる方にもお任せです。

 

その詳しいあらすじはコチラ

    大都会東京の夜、緊迫した感じで物語は始まり、お正月のスペシャルの時のようでしたね。オープニングからワクワクしてしまいました。

 

今回音楽が良かったですよね。場面場面で闘う「相棒」感じてしまいました。

 

夜の大都会、ビルの屋上で争う男二人。だが、一人は転落してしまう。警察の捜査が入るが、下足根が残されていた。その様子をジーっと見つめる謎の男。翌日その下足根が盗まれてしまう。盗めるのは警察内部の人間、又は、それが出来る技術を持った人間。

 

が、その男も殺されて・・・

 

テンポ良かったですよね。どんどん引き込まれてしまいました。

 

以下メモ的ですが・・・

 

能面小野田さんの大活躍でした。本当にいつも無表情ですよね。だけど、それが又怖いのです。小野田さんと右京さんの朝食シーンの公園は、日比谷公園って、最初の時に教えていただいたのですが、ぜひ行ってみたいと思っています。

 

小野田さんのセリフは良かったですよね~

 

「写真持っていますか。」

「うん、偶然持っている。」―またまた・・と思ったら

「はい、これ鍵。」

 

壷から何かを出す時、薫に

「出してみて。爆発物だといけないから。」ってあなたさ・・

 

警察庁長官、岩佐に

「とっとと出て行きやがれ。」と引導を渡し、スカッとしましたね。

 

ラストに、去っていく岩佐に

「一度会ってみたいとおっしゃっていましたから。」 と二人を引き合わせます。

「君らしい餞別だ。」

私はこの「餞別」は最初「選別」かと思ってしまいました。ある意味掛詞かも知れませんね。

だけど、「いつかその二人の顔を見てみたいものだな。」と長官が言ったのは、嫌味みたいなものでしょ。それを、最後に持ってきて、フィナーレに使ってしまうなんて、もう拍手するしかないですね。    

 

凄いなと思ったのは、地方公務員法49,50条。49条は、地方公務員はその人事の不足を言うことが出来る。50条はそれを公開の場で口頭審議出来る。と言うようなもの。

確かめてみたいなと思っても、我が家の小六法は、開かずの扉の中のあの箱の下のその奥の箱のその一番下辺りに入っていて出来ませんが・・・

 

もう、凄いよ。右京さん。でも、本当に凄いのは脚本書いている櫻井武晴さんですか~

 

だけど、右京さんは頭脳明晰なだけではなく、強いんじゃないですか。アクションシーンも楽しめましたね。

 

    季節の花300より

 

・・・・・・・又、半年後お会いしましょう。

 

 夜景は「東京夜景」からお借りしました。何で、今頃書いているのかって思われた方は、一つ前の記事をお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「相棒」の視聴率 ☆

2007-03-23 08:32:17 | ドラマ(相棒)
 昨日の新聞に3月12日から18日のTVランキングが出ていました。さすが「華麗なる一族」ワイドショウでも話題になるくらいですから。30.4ですものね。これは、関東地域のデータですが、関西は紅白越えのですものね。凄いです。

でも、でもでも、「相棒」だって凄かったのですよ。「18.6」
どうだ、凄いだろうって、なんで私が自慢しているんでしょう・・・


ところで、私時々書ける時には、大好きなので「相棒」の感想を書いてきたのですが、先週最終回だったのに、書けていませんでした。面白すぎたのですよ。面白くて書けないって変ですが、気合が入りそうになって、しかも挫折したのですよ。情けないですね。

でもファンなのに最終回の分がないなんて、なんかこう背中が痒いと言う感じなので、なんか今更ですが、載せました。
私的には、気持ち引っ張ることが出来て、それはそれで良かったのですが。

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「タミフル」ですが・・・

2007-03-21 16:35:32 | ’08/12/7までの未整理日記
タミフル、10代投与を中止…異常行動また2例で(読売新聞) - goo ニュース

 ニュースネタが続いてしまいますが、今朝、この「タミフル」のニュースを見てちょっと気になってしまいました。


 我が家ではインフルエンザ経験者もタミフル経験者もひとりしかいません。それはルート君なのですが、彼は御丁寧に二回もインフルエンザにかかったことがあるんですよ。

 中学の時、インフルエンザに罹ったルート君にお医者様が
「今はいい薬が出来たのよ。」とタミフルを処方してくれたのです。劇的に楽になりました。特効薬と言うのは本当ですね。

ただ、今問題になっている異常行動のことですが、あのことはこのときの出来事だったのかと思うことがあるのです。


子供が病気の時、さりげなくなんども子供の部屋をのぞきに行く私ですが、たまたま覗きに行った時、ルート君はむっくり上半身を起こしました。

「どうしたの、トイレ?」と聞くと
「うん。」と答えます。だけど、手を伸ばし宙にある、何かを掴もうとしているのです。一生懸命に続けています。私は吃驚してしまいました。これって寝ぼけているわけ?熱にうなされているわけ?

 だけど、ルート君は立ち上がり部屋から出て行こうとします。そして、玄関の方に向かいます。
「ルート、そっちはトイレじゃないよ。」
私は、彼の向きを変えて、トイレまで肩を抱いて連れて行きました。でも、トイレに行きたっかのではないみたいなのです。

部屋に連れ帰っても何か言っていたような気がしましたが、私は怖かったのですよ。寝言に返事をしてはいけないと言うでしょう。だけど、全然目覚めないで、寝ぼけている子供の言っている事を、まるっきり無視は出来ない感じで、
「そうね、そうね、ほんとにそうね・・」とか言いながら、
「だからね、今はここに横になるのよ。」と寝かしつけ、しばらく子供の部屋でぼんやりしていました.


こんなことは、後にも先にもないことでした。だからと言って、このことは「タミフル」との因果関係があるかどうかを問うようなものではありません。時期も本当に一致しているか100%の確かさではありません。私の中では、薬の副作用と言う発想はなく、熱が下がっても、熱で錯乱するようなことがあるんだと思いました。

ただ、これは単なる寝ボケとは明らかに違う怖さがあったのです。

元気になった頃、その話しをしても、ルート君はまったく覚えていませんでしたよ。

私はたまたまドアを開けたのです。そしてその時たまたま子供がエクソシストのようにむっくりと起き上がったのです。そのときの様子を見ていたから、上のような経緯になったわけですが、そうでなければ熱も下がり、トイレに行くと言っている中学生の後についていく母親などいないと思います。

でも、ルート君はあの時何処に行こうとしていたのでしょうか。



「可能性」と言う情報であっても、判断基準の元になるわけですからもっともっと早い時点で、知りたかったです。「可能性」を知っていたら、起きなかった事故もあったのではないでしょうか。


 反面・・・・
朝、ニュースを見ていただんなが言いました。
「これ、きついなぁ。」
これは例年より遅れて流行っている、今年のインフルエンザなのにタミフルを使いたくても使えなくなってしまうことがきついといったのです。

前にみのもんたの「朝ズバッ!」で、タミフルが原因ではなく、インフルエンザによる脳症に原因があるようなことを言っていて、知り合いの看護婦さんはそれを支持していました。

ルート君の最初のインフルエンザの時、半端ではない高熱で、座薬を入れても39度近くあり、私は氷を入れた洗面器の中でタオルを絞り何度も交換しながら、インフルエンザの嵐三日が過ぎるのを頑張りました・・・



―何かを最初に間違えてしまった、気持ちの悪さを感じえません。
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父と子

2007-03-21 01:51:36 | ’08/12/7までの未整理日記
宮崎駿版の「人魚姫」、新作アニメ来夏に公開(朝日新聞) - goo ニュース

今朝新聞を開いたら、宮崎駿監督の新作「崖(がけ)の上のポニョ」の記事が載っていた。


宗介のモデルの一人は、「ゲド戦記」を監督した宮崎監督の長男吾朗氏。「仕事を理由に、幼い息子とかかわることがなかったという自省が監督の胸にある」と鈴木氏は説明する。



 父殺しから物語が始まる「ゲド戦記」。その偉大なる王が誰を暗に指し示しているのか、感じてしまった人は多いと思う。だが、あえて原作にない父殺しという重いストーリーを加え、またはそれは精神的なものの比喩だったとしても、深淵のテーマに触れておきながら、少しも描ききれていなかった、ゆえに「ゲド戦記」は、私の中ではイマイチである。


 だけど、今度はその父が、息子吾朗をモデルにするという。

子育ての反省は誰にでもある。自分の人生を作品に織り込んでいくと言うのは、何も問題がない。が、しかし・・・である。何でかみたいと言う気持ちが失せる。

宮崎版人魚姫と言えば、ワクワクしそうなものなのだが。

どうもこの親子は、映画で自分の気持ちを語り合っているような気がしてしまう。

だけど、この記事の内容からでも私はそんな風に感じてしまったのに、スポーツニッポンの記事はどうだろう。


吾朗氏が昨年、「ゲド戦記」で映画監督デビューしたことを、宮崎監督は自分への反抗ととらえ、「こんなことになったのは吾朗が5歳の時、仕事ばかりで付き合っていなかったからだ。二度と吾朗みたいな子をつくらないために」と反省の気持ちを込めているという。



かなりストレートだ。だいたい、<吾朗みたいな子>って、どんな子のことを言うのだろうか。まぁ、幼年時代、忙しい父親に構ってもらえない寂しい子供と言うことなのだろうなとは思うが、何処にもそんなことは書いていない。
<反抗><こんなことになった><吾朗みたいな子>一人歩きしそうな言葉が並んでいる。



私が上に書いたような「映画の中で・・」と言う事を言ったら、ラッタ君が
「壮大な親子喧嘩」と言った。


吾朗氏は自分がモデルになることを照れているらしいので、本当は違うのだと思うが、我が家と同じような事をふと感じてしまった人たちも、多いのではないだろうか。





 




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「風林火山ー信虎追放」と「華麗なる一族」

2007-03-19 01:08:23 | ドラマ (大河)
 今日「風林火山」と「華麗なる一族」を続けてみた人は、様々な所でこの時代が違う親子対決をなにげなく比べてしまったのではないだろうか。

 だけど、「風林火山」の方はいつもながら分かりづらい。私にはこの信虎という人物が、永久に分かりそうにない。

「戻る甲斐なし」と言う歌に、晴信の事を詠まれたかと喜んでいた信虎からは、晴信を厳しく育てるための今日までと言うものは感じない。
だけど追放された後、今川に命を絶たれると勘違いした信虎は
「私を討っても武田は滅びぬ。武田には晴信がいる。私が厳しく育てた嫡男晴信が・・」なんていうことをほざいていた。

 この性格破綻なんじゃないかと思われる父は、自分を追放した事によって初めて息子を認めたのだろうか。

そして復讐に燃える勘助にとって、もはや信虎は姿はあれど魂は死んだ切り捨てるには意味のないものであったのかもしれない、と言ったら、あまりにもお決まりな言い方かもしれない。

はっきり言ってこのシーン、なんだかあまり私には意味がない。ミツと信虎のお別れパーティみたいなシーンだった。


父への届かぬ思いは、追放する事によって伝わった。晴信は泣いていた。
きっと晴信は思っていた。
―僕の中心にいつも父がいた。僕はあの人に微笑みかけてもらいたくて、よくやったと褒めてもらいたくて、頑張ってきた。


父への届かぬ思いに、鉄平は命を懸けてしまった。


私はストーリーは前から知っていたので、その重いラストにあまり見る気持ちになれなかった。なので、毎回は見ていなかったのだが、終盤になってくると重いラストを知っていても、ついつい気持ちが引っ張られて見るようになってしまった。


やはり霊安室でのシーンは、涙が滲んでしまった。ただ、この父は鉄平の血液型を見て、わが子だったと気が付き、滂沱の涙を流すわけだけれど、この時ふと思ってしまった。渡された死亡診断書に記載された血液型が思っていたとおりのA型だったら、この父はどのような反応をしていたのだろうかと。

だけれど、命を懸けた想いは伝わった。高炉の火は再び灯った。だけど鉄平はいない。

吹雪が一瞬途切れ光がさした時、思いとどまって欲しかった。生きているうちに父に子供の頬を撫ぜて欲しかった。そんな思っても仕方のない事に思いを巡らせていた。


戦国と現在。そこには策略や野望も、また、変わらない人間の業と愚かさが同じように存在していた。


 
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