森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

人は眠りの前に何を思い、何を望むのか<その2>

2010-09-29 18:32:46 | 思いつくまま
人は眠りの前に何を思い、何を望むのか<その1>の続きですが、<その1>はこの記事の枕のようなものです。

21日の深夜に、日記代わりに書いた私の呟き。


20日はお墓参りに行ったり、姑に「ありがとう、いつも感謝している」と言われたり、面白いドラマを見たり、美味しい夕食を食べたり、楽しいラジオを聴いた り、ブログを書いたりしたのでしたが、何もしなかったと言う気持ちが強いのです。私は何をしたら、「今日は満たされた」と感じるのでしょうね。

間が空いてしまいましたが、この記事からはじめます。

面白いドラマを見ることは。私とっては大切な時間。
ジャンル問わず見るのは、映画も読書も一緒の傾向。
wowowでやっていた「アナ・トラヴィス」、これは凄く面白かったです。取り扱った事件が猟奇的なので、確かに気持ちは悪いのですが、刑事物やサスペンスは敵に謎が多かったり強かったりの方が面白いので、勢い過激度も増してしまうのですよね。
イギリスが舞台のニューヒロインは、今後にも期待できそうです(この先もあるのかなあ)

私的には満足度が高いドラマでした。


美味しい夕食・・・・ううう、既にそれが何だったかは謎です。ほぼ10日前の夕食、あなたは言えますか?
楽しいラジオは、「幸拓、オールナイトニッポンゴールド」。
この日の放送は、たぶん面白かったのかもしれません。・・・・微妙な言い方。
この話は、この先には食い込まないようにします。(でも、もうこの番組、熱心には聴かないと思う。方向性が変わったら聴くかもしれないけれど)

イベントがあったり人に感謝されたり、そして好きなもので満たされて家族と楽しい時間を過ごしたと言うのに、さて眠ろうと思ったらぽっかりと心の中に穴が開いていたのです。

また、私の贅沢病が始まってしまったのだと、私は思いました。

普通は、その日がそれなりなら、それなりに満たされたりもするものですが、そうはならない私の我儘。

私はお風呂に入ってゆっくり考えてみました。

何かがあって、又は何かをやって一日が埋まっていても心は埋まらない。それはなぜか。

それはやった事の内容に問題があるのかと思いました。
だからと言って、好きなテレビやラジオでは満足は出来ないなどと決して言うつもりはありません。それらのものには、多くの人が携わり多くの人の力によって出来上がっているもので、決して軽んじられるものではないからです。そして、ある時には、ひとつのドラマで、心満たされて眠りにつく日も多いかと思います。

私は思いました。

大切なのは「達成感」なのではないかなと。
良い事や楽しい事で一日を埋めても、何かが物足りない。でもそこにわずかでも、やるべきことをやったと言う満足が加われば、充実した一日が出来上がるのではないかしら。



もしも私が専業主婦で、それなりの家事をやりきれば、その段階でかなりの達成感は得られるのではないかと思います。それはそれで素敵な事だと思います。でもそこにプラスでわずかに仕事でもしていれば、そこまで含めてやるべき事は生じます。その仕事の「やるべき事」からも逃げてはいけないし、その部分の達成感を得ると言う事は凄く大きな部分だと思います。

だけど「達成感」は、今本を読もうと決意していたら読書、ブログに力を入れようと思ったらその記事を書く、そんな風に自分の目標のようなものを満足させても得る事が出来ると思います。
家事だって、今日はみんなのシーツを洗うと言う目標を達成した時に、その日が他に何もないつまらない日であっても、意外と満足できる日だったことはないでしょうか。もうひとつの大切は「目標」。

ふーん。
そうか~・・・・
近頃、私は目標が甘い。それゆえ何をしたら、その達成感を感じるのか具体的には見え辛い。
ううむ。
そこは更に考える部分だと思います。



眠りに着く前に、ふと一日を思い、ちょっとむなしい気持ちを抱えてそんな事を考えた、ある日の夜です。


眠りの前に人は何を思い、何を望むのだろう。
一日を終わらせる眠りに、時には人は人生の終わりの時を重ね合わせる事がある。
人生の終わりのとき、人は何を思い何を望むのか。
恵まれた楽しい毎日を送った人生で、満たされた最後を感じる事が出来るのだろうか。
それは今の私にはまったく想像すら出来ない。
ただ、満たされた一日の終わりを願うだけ。






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ぶつぶつ。。。

2010-09-28 02:06:49 | ツイート
土日月と、二泊三日で実家に帰っていました。

帰ってきたら、マイパソコンの調子が悪い・・と言うか、完全に無反応になっていました。
またもラッタ君が直してくれましたが、消したら、また点くかどうかは分かりません。

危うい生活です。

実家に帰ったら、面白い事が一杯ありました。
「ドガ展」にも行きました。
ブログは自己表現の場なので、この三日で考えついた事も書きたい・・・
「龍馬伝」4部もスタートですし。

更新できないと、書きたいことが溜まって行くし、タイミング逃して結局書かないなんてこともあるかもですね。

明日もこのパソコンが目覚めてくれますように。
もう真夜中なので寝ますね。

中身がない記事ですみません。突然沈黙してしまった場合の理由を先に言っておいたと言う訳なんです。。


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真夜中におしゃべり☆

2010-09-25 02:33:49 | ツイート
普通は<その1>の後には<その2>が続くもの。
でも、そうじゃないのが私なの!
と、威張って見せて誤魔化す。

昨日は朝からお仕事絡み、つまり一人の少年の事が気がかりで、ずっと気分が落ち込んでいました。ああなってこうなってと文章を綴る気分にもなれなくて・・・・
コメントのお返事も書けなくてすみません。

だから、ああなってこうなってと、文章を綴る事のない話題をちょっと。

私的、ミーハー記事です。

昨日知ったのですが、「相棒」って10月20日からスタートなんですね。10月の1週目からやるんだと誤解していました。
遅ーい!!
なんかがっかり。

正直に言うと、今、私の中でワクワク感がイマイチなので、今回のシーズンも盛り上がれるかあまり自身がないのですが、楽しみにはしているのですよ。

それから、これもまた昨日知りました。
11月15日午後11時50分からTBSでやる「25歳のおじいちゃん」。藤原竜也君のドラマです。
コメディ。
「黙阿弥オペラ」で早速、役の幅が広がりましたね。
これも凄く楽しみ。
このドラマの詳しい事は→ここです。

昨日知った楽しい事は、実はまだありました。
栗城史多と言う登山家さんがエベレスト登頂中です。ツイッターで「今」を呟いています。
「kurikiyama」がアカウントです。
USTREAMで生中継も時々やるみたいです。
予定では29日辺りが頂上に行くみたいで、そこでも生中継がありそうですね。

なんとなく、凄い時代ですね。

と言う訳で、もう寝ます。
目が覚めたら「ゲゲゲの女房」、最終回です。



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人は眠りの前に何を思い、何を望むのか<その1>

2010-09-23 02:48:12 | 梢は歌う(日記)
数日前のお話。タイトルとは程遠い所から始まるのが私流・・・

【墓参り&敬老の日】

20日の日は「敬老の日」。
ワタクシはすっかり忘れていました。と言うより、忘れたい。
誕生日や父の日母の日、いろいろあって、みんな自分には何もないか大した事もないのに、自分はあれやこれやと考えなくてはなりません。
時には、軽い皮肉もこめて、みんな「姑の日」とかひとり呟いても見たくなるのです。
でも実を言えば、日ごろの感謝もありますし、プレゼント選びはそんなには嫌な事でもありません。

だけど、この「敬老の日」は苦手です。長い間、スーパーばあちゃんゆえに無視してきました。でも、さすがに80を越すと、それはないんじゃないかなと思うようになりました。だけどよっぽど私よりも元気な義母に何かを贈るのって変な風に照れちゃって・・・と言うか、はっきり言うと「敬老の日」に何かを贈るのって好きじゃないんですね、きっと。心の奥底に「敬老の日」ってなんじゃい。日々変わらずに感謝&親切が普通じゃないのかなと馴染めないものがあるんです。

それでも、
「まっ、一応世間は『敬老の日』みたいだからさ。」とか言って、花なんか贈った事もあったかも。去年はどうしたかなと、ブログを読み返してみたら、一緒にユニクロに買い物に行ったときに彼女の買ったものをレジで奪って、お支払いを私がしたと言う、喜んでは貰ったけれど、やっぱり準備不足丸見え・・・

で、今年は一緒にこの日に映画に行く約束なんかを、たまたましました。
この時は、20日が何で祝日なのかなんて意識していない訳ですが、たぶんチケットを私が買って終わりになってしまったと思います。
そんな安上がりでいいのかと思うかもしれませんが、良いんですよ。
これはね、分かる人には分かっていただけると思うのですが、元気な義母は、まだ気持ち的には「してあげる」側の人間なのですよ。結局は返って来てしまうので、金額的なことはあまり関係がないのです。

ところが映画の約束をしていた時に、例の如く、私はまた余計な事を言った訳です。
「墓参りより映画が先でいいのかなぁ。」

いや、ふと、あっ、しまったかなとは思いましたよ。でも嫁として、映画優先の自分で良いのかと、自分の中の後ろめたさが言葉になってしまったのですよ。

折り返し電話がありました。
お天気を調べたら23日は雨。だから、予定を逆にしてと言うものでした。
でもなんかトゲトゲ・・・。ちょっと、私はズキズキ。
でも、一緒に暮らしていないと言う事は良い事ですよ。
しばらくしたら、「まっ、いいか。」ってなものですよ。

そして、墓参りの時、義母はその間に合ったお食事会で
「嫁さんに言われッちゃった~。」と、先の言葉をみんなに言った事を、笑い話のように私に言いました。でもそれって、もしかしたら「まったく~」的な嫁話だったかもで、そうやってちょっと感じたイライラを解消しているのだと思います。

20日の日も、途中で小雨がパラリと来ましたが、そんなに暑くもなく、墓参り日和でした。綺麗な花が飾ってあるお墓がいくつもあって、やはり映画よりこちらを先にして良かったと私は思いました。そして、それは母も感じたらしく、「なんかホッとした。」と言いました。


帰り道、お茶を飲んで帰ることになりました。私は払う気満々です。お茶でお茶を濁す算段で、もちろん自己満足のためです。
「あら、お墓に行ってくれたりしてるのに、私が出すわよ。」と義母。
「ううん、今日はワタクシが。」と言ったら、間髪いれずに
「今日は敬老の日だから、払いたいんだよ。」と旦那。
ああ、敢て、その祝日名を出されるとお茶代でうやむやにしようとしているワタクシとしては、ちとマズイものが。
「だってね、『敬老の日』って今朝気がついたものだから」とムニャムニャと言っていると、義母はニコニコしながら言いました。

「何言ってるの~。こんな風にいつも気を使ってくれて、嬉しく思っているのよ。『敬老の日』に感謝したいのは私のほうなの。」


この話は、ここで終わりです。


私は私であって運が良い。
義母がその人であって運が良い。
そんな関係を築いてくることが出来て運が良い。

そして、刹那、私はそう思ったのでした。

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ちょっとだけ、おしゃべり ☆ ドラマの話です。

2010-09-20 18:47:42 | テレビ・ラジオ

ちょっこし、「龍馬伝」のお話。
大久保利通は及川光博さんがやるのですね、イケメン追加で嬉しいじゃないですか♪
10月から「相棒」も始まるし、ミッチーは秋の顔~♪  (ミルキーはママの味♪ってな感じで・

38回の「霧島の誓い」は、3部の終わり、龍馬が日本を変えていく先頭に立つと言う決意を新たにするところです。
でも私、この回、女人禁制の山に何故おりょうは登ったのかにこだわって、どうもレビューが上手く書けません。何回も書き直し、結局馬鹿らしいのでやめることにしました。

像二郎さん、お元さん、そして例の如く弥太郎辺りにけっこう見ごたえがあったように思うのですが、どうも今回は主役二人の行動にマイナス的に見えてしまった事が多くて、それを私の場合は必ず+視点で見直ししようと足掻くから、疲れちゃったのですね。

まあ、いいです。4部、最終章に期待しましょう。
だけど霧島の頂上から見た風景は素晴らしかったですね。何か得したような気分になれました。逆鉾の伝説も面白かったです。あのシーン、ちょっとアーサー王の剣を抜く伝説を思い出しました。

近頃は、ドラマのお話はタイムリーなのでツイッターで呟いていたりもするのですが、今季は、なんと言うか、良く寝ました。
面白い面白くない関係なく、眠いんですよ、ドラマ時間が。
だからちゃんと見てもいないのに、偉そうな事が言えないだけです。

それでも好みはあるわけで。
もしかしたら今回は世間様の人気とはかなり違う好みだったかもしれません。
ちょっとズバズバ言って良いですか。単なる好みの問題なので、お気に触ってもスルーでお願いいたします。

ジョーカー」、お気に入りの俳優さん多数出演。でも、つまらなかったです。(平均視聴率は、14,2)

新警視庁捜査一課9係」、これ実は面白い。配役地味で個性派の集まりですし、見逃してもまあ良いかと言う軽いノリですが、見てつまらないと思ったことはなかったです。なんと言っても主題歌のV6の「only dreaming」が良いですよね。(平均視聴率14,7)

その後の「ホタルノヒカリ2」は、私なんかが応援する事もないような人気番組だったかと思います。夫の好みに合わないようで、最初見る気配もなかったのですが、何気なく私がチャンネルを変えてしまってから見るようになりました。
見ていて元気になれるような、そんな番組でしたね。(平均視聴率15,4)

見ない回数が多かったのに、実は好きだったのは「GOLD」。これは、もしかしたら世間の女性の反感を買いそうだなと、ふと思ったのですが、それが原因か視聴率が悪かったですね。天海さんのドラマで視聴率が悪いなんて気の毒です。特異な世界のお話なんですよ。でも野島脚本って、いつも特異な世界のお話を書く人なんじゃないかな。まあ、これも良く分かりませんので、深く突っ込む事もないですね。でも私は、ヒロインのお母さんの部分が好きなんですね。流産してしまった子供を心の中で育ててしまうところや(う、う、涙が出る)、エンディングの彼女が子供たちの手を繋いで、ずっと歩いていくシーン。(平均視聴率8,9)
彼女は決してその手を離さないんじゃないかと思うのです。(良い意味でですよ)

夫は「警視庁継続捜査班」とか見ていましたね。見られるときは見ていた「科捜研の女」、これは安定した面白さがありますよ。けなす所なんか何もないです。でも見なくてはならない番組でもないのが残念ですね。同じく見られるときにはと言うのに「崖っぷちのエリー」。これも実は面白かったです。けっこう実話・・・。でもふと気になって視聴率を調べてみたら・・・・
最高で8.1・・・・ううう、9話で打ち切りだったのですね。 (平均視聴率6,4)

裏番組の映画が、その頃面白かったですからね。我が家もそっちを見ていましたよ。山田優さん、めげずに頑張って~とエールを送ってしまいます。

そうそう、寝なきゃ良かったなあと後悔したのは「熱海の捜査官」。初回と最終回はマジに真剣に見ましたが、その真ん中眠くって、でも見たいからちょっとぼんやり見ていました。でも最終回で、あれっ、これはミステリーというよりはホ、ホラー・・? いやいや、ホラーとはまた違うかって、どんな話だったかな~、と心騒いでしまいましたよ。
面白かったです。
初回に、これって「ツインピークス」みたいだなって思ったのですよ。最後までその世界観でいってしまいましたね。

このドラマ。
「だいたい分かりましたよ。」

でもね、あんだけ寝ていては、まったくもって偉そうな事は一言だって言えませんよ~。まあ、オダギリジョーがかっこ良かったという事で。
私的には萩原聖人さんもムフフなんですが、栗山千明さんの三枚目ぶりも可愛かったです。
視聴率は、マニアックだったからか、あまり良くはなかったのですが、最終回の訳の分からなさが後を引き、口コミで再放送で人気が上がっていく番組かもしれませんね。それとも、DVDが売れればいいのかな?


近頃朝ドラの「ゲゲゲの女房」に嵌ってはいるのですが、それも今週で終わりです。
また、嵌っていると言えば海外ドラマも、なかなか面白い。

今季はあまり乗り切れなかったドラマでしたが秋ドラマに期待します。

「相棒」の予告編も入りましたね。時が早く過ぎていってしまうのは嫌ですが、10月になってまた「相棒」が始まるのは楽しみです

コメント (8)
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チャレンジひとり旅

2010-09-19 17:34:33 | お出掛け日記
山形は山の中。




「木曽路は山の中」とはちょっと違う。木曽路は本当に山の中にある。山形は、山に囲まれてその真ん中にあり、別の言葉で簡単に言えば「盆地」である。だから京都や山梨のように、夏は非常に暑い。
だけど、街を囲む山の表情は京都も山梨もみんな違うんだなと、しみじみと私は思ったのだった。




旅に出て、見聞が広がればいろんなことを考えたりもするものだ。だから、本のみからの知識ではなく、多くのものを見たくて、人は旅にあこがれるのかもしれない。もっと気軽にいろいろな所に行ってみたいが浮世のしがらみ断ち難く、そうも言ってはいられまい。

ようやく家族の心配もしなくても良い時代が来たと言うのに、誰かと行こうと思っても、その旅に出る算段・駆け引きが上手くいかない時がある。はやくも孫の世話で再び生活を縛られつつある人もいるし、半定年で家に居ることの多くなった夫の顔色を伺っている人もいる。姑がいたり自分の体調が悪かったり、失業していたりでその他諸々の理由。

自由でいるって難しいんだな。
私は、ちょっとそう思う。、

みんなと一緒、誰かと一緒。
そう言うのも楽しいが、人の人生の時計の針はみな違うところを指しているのかと思ったら、やはり自分の今のページに書き込めることをやらなくてはと、最近思うことしばしば。誰かを求めて不自由になる事だけは止めよう。







そうは言っても、なかなか勇気など出ないものですよ。

ひとり旅にチャレンジと言うと、けっこう多くの人がお若い時に経験しているのですね。
実は私も一人で山梨に行った時がありますよ。一人で甲斐路に乗って楽しかったです。でも、信玄の隠れ湯と言われている温泉の町で、家族と待ち合わせたのです。
一人でホテルにだって泊まったこともありますよ。更に若い頃、いろいろな都合で京都のホテルに一人。(退屈だったな~、アレは)
でも観光は友人と一緒だったのです。
つまり完全なひとり旅は経験がないのです。

それに、勇気が出なかった理由のひとつには、私はおしゃべりと言う点も上げられると思います。
「ちょっと、これ見て。あれ見て。これは凄いわよ。」的な事を、誰にも言わずに過ごせるのか。又は、運が悪ければ誰とも話さないで一日が過ぎてしまうかもしれないのに、そんな事に耐えられるのかとか、いろいろな不安を感じました。

でも、これは違いました。
私、「ツイッター」をこの為にやっていたんじゃないかなと思いました。
「見て、これ綺麗だよ。」と言える場所を見つけたのです。

ネットとリアルを立て分ける必要は、私には良く分からない事ですが、もしかしたら「そんなもの」と思う方もいるかもしれないですよね。でも私は二日間、沈黙していたかと言うとそうでもありません。誰にも話しかけられなかったかと言えば、それも違いました。意外と人は人の中で生きているものなんですね。(今思いましたが、猫とばかり話していたのかと心配された方もいたかも。大丈夫ですよ。人との触れあいけっこうありましたから~)

結果的には無言で過ごす心配はなかったわけですが、ツイッターや電話を使って家族サポートがあれば、おしゃべりな私でもひとり旅にチャレンジ出来ると思い始めていました。
後はきっかけ。
後は引き金。
そう、それが山形での「黙阿弥オペラ」だったのです。

なんとなくぼんやりしている間に、東京でのチケットがなくなってしまった「黙阿弥オペラ」。行けないと思うと、どうしても行きたくなってしまうものですよね。その時閃いたのです。
そうだ、山形に行こうと。
山形には他にもいつか絶対に行きたいと思っていた場所があるじゃない。
即座にチケットをファックスで申し込みました。
ところがお返事が来る前に、東京での追加チケット販売がありました。確実である事も選択して東京の追加公演も申し込み、行くことが出来ました。

私は庶民。
ゆえにお芝居は、一期一会のお付き合い。それはある意味ポリシーであり、かなり自由を頂いている家族への姿勢のようなものなんです。だから、山形公演のチケットは当たっても当たらなくてもどちらでも良い事に、私の中ではなっていました。ただ、一度やってみようと思った決意は勇気になりました。もしもチケットが当たったら、、私はこの夏、山形に行こう。でももしチケットが買えなかったら、もう少し近く、日光の裏見の滝辺りに行こうと決めました。

もちろん、裏見の滝も芭蕉絡みです。
でも突然チケットは送られてきました。

「黙阿弥オペラ」は本当に素晴らしいお芝居です。このお芝居を二回見るチャンスに恵まれて幸せでした。

いつも言っている事ですが、誰かが頑張っている姿を見ることは自分の励みになります。そして誰かを好きでいるということは、自分にとって大きなエネルギーになるものだと思います。

一人旅って行ってみたいという想いを、ご贔屓藤原竜也の芝居が観たいと言う気持ちがが後押ししたのです。

いつもの如く、長い旅行記は終わりです。こんなに長く書きましたが、5行で済ます事だって出来たのですよ。

「駄目かなと思っていた『黙阿弥オペラ』のチケットが山形公演で当たっちゃいました。
山形繋がりで、前から行きたかった芭蕉ゆかりの立石寺にも行きました。
空は晴れ渡り、山青く、だけど猛暑・猛暑・猛暑。
お芝居は楽しく、竜也は最高。立石寺では岩に染み入ったのは蝉の声ではなく、みんなの汗でした。
でも『チャレンジ、ひとり旅』楽しかったです。もうくせになりそうです。

おや!?
おやおや、なんかそれでも良かったかしら・・・

だけど旅の軌跡は心の中にあり。心の中は見えないゆえに、人はそれを言葉や映像や画像で模索し表現しようと、旅から帰りまたもう一度旅の扉を開けたりするのだと思います。






オマケ
【いきなり鉄女】


←これは、実は「こまち」


←私が乗ったのは、この「つばさ」。


←山形から山寺へ  仙山線
初めて手動のドアを経験しました。ほんのちょっとだけ、オロオロしてしまいました。










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山形市内観光

2010-09-18 03:25:53 | お出掛け日記
なんだか、読んでくださる方も飽きてきたんじゃないかと思われる今日この頃 

<チャレンジひとり旅その6>
気持ち的には、あまりの暑さと足がヨロヨロで、もうどうでも良くなってしまった市内観光。

どうでも良くなったと言いながら、私は強欲な女なのです。せっかく来たのだから勿体無や~、と思ってしまう。

それに山形市内は、意外と私のツボに嵌りそうな場所がいっぱいなんです。古い建物が好きですし、お城も好き。かなりリサーチして行きましたよ。でもだからこそ、自分の体力残量で観光ポイントを絞れたのだと思います。

シンプルな計画で行こうと思いました。

山形城跡霞城公園(かじょうこうえん)周辺オンリィ。

ちょうどその日は、24時間テレビの真っ最中。山形駅前もそのイベントを何かやっていて、素敵な歌声が流れてきました。空は青く、風も熱風ながら吹いてきて、なんか気持ちいいなと思いながら、とぼとぼ歩いていたら着きました。

霞城公園内「山形市郷土館



素敵な建物でしょ。こういうのを見るのって大好きです。ここは中も素敵でした。昔の病院として、映画のロケにも使えそうです。
そして、ここだけは来たかった山形城址。でもここは復元中だから完全な「跡」ではないのですよね。
山形城復元にかける、山形の人も想いには、なかなか熱いものがあると、私は感じました。
復元された二ノ丸東大手門の中には入れたのですが、そこで城を語るボランティアのおじさんの(他の人に語っていたのですが)声から、それを感じました。

山形城については詳しくは→ここを。









上の写真、なにげに観光パンフレットみたい・・・
思わず一人でクスクス。だけど旗が、ちょっとじゃまだなあ・・・

と、ここでもネコさんに遭遇。
何してんのにゃ?と、私が聞くと、
「だって、暑いから日陰から動かないのにゃ。ここ涼しいよ。」




ホントだ、木陰で涼しい。
あたしもちょっとお邪魔するわ。
「えっ、まだいるの。良いけど、邪魔しないでね。」


邪魔って、何の邪魔よ?
「私はアレを見ているのにゃ。」



あっ、本当だ。かっこいい。アレは誰?
「ここの城を建てた、最上義光だわさ。」
ひーん、
「何それ?」
いや、ふーんを打ち間違えたの・・・
「分かっているのにゃ!?」
まあね、と誤魔化していたところに、走ってきたお子様登場。

「マッマ~!!こんなところにネコがいるよ~。ワー、可愛い~!!!」

でかい、声が!
と思うまもなく猫はドロン。

最上義光については→こちら

おっと、この先画像切れです。画像はナッシング。
もう、外で立ち止まる事が嫌だったのですね。

その後、「最上義光歴史館」に行きました。

本当のことを言うと、最上義光って、名前は聞いたことがあるんだけど、誰だっけな~と思っていたのですよ。でもその歴史館の展示物で駒姫の肖像画を見たときに、「ああ~」と、すっかり思い出すことができました。

駒姫については→ここ
豊臣秀次の側室として京に上りながら、まだ実質的な側室にもなっていないのに、秀次切腹の折、刑場で処刑されてしまった15歳の美少女。
一気に記憶が蘇り、脳内では最上義光は思わず原田芳雄さんになってしまいました。大河の「独眼竜政宗」の影響ですね。

私はここではボランティアのおじ様に、丁寧に解説して頂いてなかなか面白い時間を過ごす事が出来ました。ここは展示物は、そうは多くはなかったのですが、興味深いものもありました。

郷土館もそうでしたが、この歴史館も入場料がタダ。
タダだからと言うのではなくて、そういう、なんて言うか、自分の町の歴史を大切にしている姿勢を、そういうところから感じてしまいました。


市内観光は、本当に欲張らずにこれだけです。後はお土産を駅ビルで少々買いました。
そう言えば失敗しました。いつもならお土産も写真撮ったりして記録に残すのに、すっかり忘れて、もうみんな食べてしまいました。
漬物やお肉、それからお菓子、はなまるのおめざで有名になったロールケーキ。みんな家族に好評でした。

というわけで、山形旅行記も後一回です。
エーっ、まだ続くんだって思いましたか。
だから、いつも長いんだって、あしからず。




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山寺その弐

2010-09-16 01:05:47 | お出掛け日記
チャレンジひとり旅その5

登りは大変でも、下りは楽々。でも本当に気をつけなくてはならないのは、その下りなのですよね。決して滑って転ばないように、凄く気を使って降りてきました。話は立石寺の続きです。
下りの時にはあがって来る、他の人の嘆きとか(まっだ~!?とか、死ぬ~)様子を聞く余裕があったので、それはそれで楽しかったのです。そして、汗もダラダラ出あがってくる人は、涼しい顔をして降りてくる私を、励みにしていたと思います。

―あんな太目の人でもなんて事のないような顔。きっと、この先急に楽になるのだわ。

なんて。

だけど、当の私は喉がカラカラ。いいえ、体中がカラカラ。もちろん飲み物は持って上りましたよ。でも持っていた500mlのポカリはあっという間になくなってしまったのです。

降りてすぐにまず、カキ氷なんかを頂きました。

これは登る前から決めていたんです。降りてからのお楽しみにと。

ほらっ、なんか昔ながらのカキ氷って感じじゃありませんか?もう、一気に生き返りましたよ。この時、お客は私一人。「やっていますか?」と聞いて入っていったお店は、手前がお土産屋さん、奥が食堂、良くあるパターンです。しばらくしたら、お店の若い人が外からやってきて、食堂の担当のおじいさんに小言を言ったのです。何かしらと思ったら、お客がいるのに、エアコンも入れていないと言ったみたいです。

ところが私、あまりに外が暑くて、そして屋根のある家屋に入りかき氷なるものを頂いたので、エアコンが入っていないなんて事に気がつかなかったのです。言われてみればそうだわ。

エアコンが入り、もう本当に生き返りました。

だけど、私、思わず、まあ私一人の為に申し訳ないですね、とか言いそうになってしまいました。でも、それは違うわよね。お店たるもの、万全を期してお客を待たなければ誰が入るかって。他の人はみな私のように鈍感じゃないんだからね。

ふむふむ、なかなか教訓だなあ、と私は思いましたよ。こんなカキ氷いっぱいの客と思ってはいけないんですよね。損をしても、客を呼び込む事が出来れば次もくるわけですし(人がいると、お客は入りやすいのですよね、事実帰る時にお土産屋さんのほうに人がいました。)この万全を期しておくというのが大事なのですね。  ・・・・・なんか、胸が痛いです。


落ち着いたところで、昨晩ラッタ君が教えてくれたお店に行こうと思いました。(「山形の夜は更けて」)
ちょっと戻って、駅の地図をしみじみと見て、場所を確認。

そんなに遠くはないけれど、ちょっと歩くみたいです。トボトボトボって・・・
えええっ~!!!

なんじゃ~、ここは。

だってそこは、また階段を何段も登って行かなければならない、山と言うほどではないから丘の上にあったのですよ。

帰ってから、ラッタ君にはその事はまったく言っていませんが、本当は秒の単位で
「おのれ~、ラッタ~!!」って呪ってしまいましたよ~。

でも、ちょっとだけ頑張った甲斐がありました。






美しさ抜群、和食のハーモニーでした♪

そうだった、献立表もお持ち帰りしたので、後で追加アップしておきましょう。
ここは、風雅の国と言う所です。

お食事の後は、この向いにある芭蕉記念館に行きました。ここの展示物は、私的にはちょっとハイレベルでした。でも研究者の人にはたまらないかも知れませんね。書がしたためられている掛け軸がいっぱいです。
でも、入り口には芭蕉の足跡の地図や、ビデオなんかが流れていて、なかなかな癒しの空間でした。

まっ、行ったと言う事で、良しとしましょう。(一番上の画像がそれです)


それから、こんな建物も。

旧伊藤邸。山形の古民家。


というわけで、そろそろ山形市内に戻りましょう。午後からは市内観光を無理のないように少々と計画していました。

―でっも~、もう、はっきり言ってどうでも良くなっちゃった。と、心の声。

残りはテキトーに行こうと思いました。

「山寺」はただそれだけの場所。そう思っていました。でも違いました。ゆっくり過ごそうと思ったらいくらでも過ごせる場所でした。朝、時間が余っていたので1時間早めにやってきたのです。帰りも1案と1時間時間をずらした2案があったのですが、結局遅い方の2案で帰ったのですよ。

ここは何処かと言ったら、なんと「山寺駅」の待合室。

―バイバイ山寺&立石寺








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龍馬伝37回「龍馬の妻」

2010-09-13 02:23:08 | ドラマ (大河)
大河の感想を書くと言う習慣は断ち切ったので、別に書かなくても良いのですが、もうすぐ終わりかなと思うと何かメモでも残したくなるって言うのも人情と言うものですか。

今回はタイトルどおり、おりょうさんが龍馬の妻になるまでのお話がメイン。
特筆する事もあまりないのですが、かいがいしく看護するおりょうさんの満ち足りた顔、龍馬と共に長崎にやってきたときの、終始微笑を絶やさない幸せそうな顔が印象的でしたね。
つかの間の幸せ。
彼女にとって、おそらくは人生で一番幸せだった頃。

わが夫殿が、
「ここまで来てしまっては、もうすぐ龍馬の終わりのときが・・・」と申しますので
「そうねぇ。今年も11月までだから、残すところ11回ぐらいかしら。」と私は言いました。
「イヤ、そうじゃなくてさ・・」

いいえ、分かっているのです。龍馬の暗殺のときがどんどん近づいて来たと、夫は言っているのですが、私にとってはそれがドラマの回数で換算されると言う、大河暦数年の性。

アレと同じですわね。

推理物や刑事物で残されたドラマ時間をふと見て、真犯人かどうかを見極めると言うあれですよ。
残された回数で、今後のドラマ展開を推理してしまいます。

このドラマはどれだけの幕末を見せてくれるのでしょうね。


幕末と言えば、あの龍馬の裏書のシーンは感激しました。
ああ、ここまで来たか・・・
本当にそう思えました。

そして、ああ幕末・・・
あまり好きな言葉ではありませんが、死亡フラグ立ちまくりでしたね、高杉さん。岡田以蔵亡き後、この高杉さんにトキメイテいる方の多いのではないですか。
喀血した高杉さんが自分の留学を諦めて軍艦を買うといったシーンがありますが、長州は凄いなと思ってしまいました。長州征伐がなくなったら、その対策にお金を使わなくていいわけです。すると藩のお金を使って人を育てるのですよね。凄い藩だと感心してしまいましたよ。

この後の高杉さんの物語は、ドラマの中で語ってくれる訳ですからどんな風に描いてくれるのかを楽しみにしたいところですね。

だけど最近、朝は教育番組、つまりEテレなんかを見ている私ですが、その番組のひとつに「日本語であそぼ」と言うのがあるのです。そこで、高杉さんの一応辞世の句と言われている句を知りました。

おもしろき こともなき世に おもしろく」
素敵な句だなと前から思っていましたが、この伊勢谷晋作を知ってから、更に印象深くなりました。この句はそのうちに出てくるかもしれませんね。

お元さん、容堂さん、弥太郎、亀山社中のお仲間、いろいろ濃かったけれど、今回はスルーと言う事で。


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山寺・立石寺

2010-09-12 17:05:06 | お出掛け日記
<チャレンジひとり旅その4>
山形駅から山寺へ。
二日目の午前中は立石寺。
閑さや 巖にしみ入 蝉の声』と芭蕉の句で有名なところです。

実は、この芭蕉の「奥の細道」を、私は密かにシリーズ化して記事に書き続けたいなと思っていたもの。これは隠している訳でもなく、時々言っては実行できないでいる「北千住に行きたい」は、この関係なのでした。図らずも、順番関係なくいつかは是非行ってみたかった「立石寺」に行くことが出来たのです。

しかし、此処。

半端じゃなくきつかったです。

「奥の細道」の立石寺のページには(ページと言うのはどうかな)
「岩に巌を重ねて山とし、松栢年旧り、土石老いて苔滑らかに、岩上の院々扉を閉ぢて物の音聞こえず。岸を巡り、岩を這ひて、仏閣を拝し、佳景寂寞として心澄ゆくのみおぼゆ。」

ふむふむ、凄くいい感じ。静寂と蝉の声。クッーたまらない・・・


ホームから見上げると

よし、あそこを目指すのね。

ホームから改札に向かう途中に・・・

大丈夫。凄く余裕を持って計画を立てました。


山寺駅は、駅から風流です。

行く途中にある対面石。こちらから見るとなにげにハート型に見えたので、何かロマンチックないわれでもあるのかと思ったのでしたが・・・・

貞観2年(860)慈覚大師が山寺を開くにあたり、この地方を支配していた狩人磐司磐三郎と大師がこの大石の上で対面し仏道を広める根拠地を求めたと伝えられている。
と言う事です。




サア、いざ!

しかし、この日も暑かったですよ~。


えーと、なんだって・・・
「岩に巌を重ねて山とし・・」


「松栢年旧り・・」


「岸を巡り、岩を這ひて・・」


「佳景寂寞として・・・」


確かに・・・・
言葉には嘘はないですよ・・・
でも、芭蕉先生・・・




曾良さん・・・



あなたたちがいらした元禄2年(1689年)5月27日(新暦7月13日)は、今年のように30年に一度の猛暑で異常気象などといわれる年ではありませんでしたよね。


それでも行かない予定だったのに勧められて尾花沢から引き返して午後3時ごろに、此処にたどり着いた二人。でも休みなく一気に登って行ったのは流石健脚の誉れの高い芭蕉・・・

その真実は知りませんが、勧められたということは、その時も既に訪れる人は少なくなかったのではないかと思います。
閑かさと言う言葉から、まるで人は芭蕉たちだけでもっと夕方のイメージも強いのですが、実際は違うのではなかったかと思われます。静寂と蝉と思うと、もっと晩夏のイメージもありますが、それははっきりと違います。

晩夏の断末魔の叫びにも似た蝉の声とは違う、遠くで穏やかに鳴く蝉の声。

その静かさは、芭蕉の心の中の静かさだったかもしれません。

芭蕉の句というのは・・・
あっ、ちなみにですね、此処から先はワタクシの暴走です。何がしの偉い先生たちの諸説なんかも参考にしていないので、(と言うか、お勉強していません。)だから、すっとぼけた事を言ってるかも知れないし、かぶっているかも知れませんがあしからず。ワタクシの感想ですから。

で、芭蕉の句というのは、絵画でいうと印象派と言うのではなく、つまり霊感によって、又はインスプレーションによって心のうちを叩き出し句にするタイプではなかったのだと思います。

この後訪れた「山寺芭蕉記念館」で、この句は、もともとは「山寺や石にしみつく蝉の声」が初案だったという文を見つけました。曾良による文献にあるそうですが、彼はその初案に推敲を重ねて、今知られている句に仕上げたのだと思います。彼の場合は積み重ねられた知識と教養が、句の贅肉をこそげ取り洗練されたものにしているのではないかと感じてしまいました。

つまり、5・7・5 の短い言葉の世界に練られた創作の世界が存在しているのではないかと感じるのです。
ゆえに時には、それに感動し、時には騙されて、頭の中でイメージが暴走し、カナカナカナや、ジィージィーと蝉を鳴かしてみせたりするのだと思います。

と、まじめなお話はこの辺にします。これがテレビだとチャンネルを変えられちゃう頃かもしれませんし。

で、ワタクシですが、もう死ぬかと思いましたよ。首に巻いたゲゲゲ手拭が、絞れば水が落ちるくらい汗をかきました。ちょっとは出掛けましたが、主に引きこもり生活の鍛錬なき生活の私には、ハードルなんてものじゃなく、そのバーは棒高跳びくらいありました。

一緒に登っている前後の人も大変・・・
「まっだ~!?」「死ぬ~」「こりゃ、きついわ」「行けるところまで行きゃいいよね。」とか、いろいろな声と、ハァハァと言う息遣いが聞こえてきます。とっても「閑さや~」なんてものじゃありませんて・・・

私も、ちょっとアカンかもって思ってしまいました。
「行きます」と言う自分の言葉に縛られてはいけないと思いました。せみ塚まで行ったのだから、そこで耳澄まして帰ってくればいいじゃん。何かアクシデントがあったら、一人だし、かなりかっこ悪いし、行かない勇気も必要だよ、と私は私と会話しました。その時、諦める勇気も必要だなと分かりました。だから、「もうちょっとだけ行っても良いかな。」と私は私に許しを請いました。

が、そこからは休憩ポイントなくふと気がつけば目指していた場所のわずか下まで来ていました。
だけどそこまで来た時に苦しくて、足が進まないのです。
私は石段に腰掛けて、ゆっくりと汗を拭き、ほとんどすっぴんに戻った顔にゆっくりと化粧をしなおしました。もちろん、その時は人はいませんよ。人前で化粧なんかしませんから、私。

化粧が終わると、風がヒューっと吹き抜けていきました。気持ち良い~!&復活~!!

そして目的地まで、わずか10段強の石段を登ってゴールです。
こんなところを下から登って行ったのですよ。


上の写真の左隣。↓




「佳景寂寞として心澄ゆくのみおぼゆ」
ふふふ、登ったもののみに与えられるごほうび↓ 




だけど私はヨロ~ヨロ~。「顔写っていれば良いですよ~。」って撮って貰ったのですが、化粧直ししたのに真っ暗だ~だからアップも出来るんですが、本当は髪をお見せしたかったわ。この前の何かのドラマのように髪が天パーみたいになっていたのですよ。

教訓。日ごろからの体の鍛錬は大切です♪ 



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