第一部が終わりました。
いつの回だったか、若き日の古今亭志ん生・孝蔵が公園で、先の見えない未来を想い描く事もなく落語の練習をただひたすらしている横を四三が走り去って、まだ何も絡み合う事もなかった二人を何気なくすれ違わせると言うシーンを見て、思わず私が
「カンクロウ、凄いな。」と言うと、
夫殿が
「やっぱり勘九郎は、生まれからして・・・なんだかんだ・・・・」
「えっ ? はぁ ? ああ、そちらではなく、今私が言ったのは『宮藤官九郎』、クドカンの事です。」と私は言いました。またしばらくしてから私が
「上手いな、カンクロウ。」と言いまして、あっ、そうかと思って「今のは中村勘九郎ね。」と付け加えました。
ややこしいぞ、二人のカンクロウと笑ってしまいましたが、いずれにしても凄いカンクロウ二人がその力を見せつけて、感動的な終わりを私たちに見せてくれたと思います。
「大地」が震えた1923年(大正12年)9月1日11時58分。
関東人が遺伝子レベルで刷り込まれているとしか思えない、関東大震災の恐怖。
大きな揺れが来ると、関東人は心の中で「とうとう来た !」と思う。それはその刷り込まれた関東大震災の恐怖が蘇えるからだと思います。
「あまちゃん」でクドカンは東日本大震災を描き、ドラマ的に傑作すぎて、私たちを震え上がらせたと思います。
彼は、私たちをドラマの中に引きずり込むのが上手すぎますね。
その直前までイキイキと生きていた人々。
ここではその姿をシマちゃんと言う人を通して感じさせてくれたのでした。
前半では、徒競走の親子対決を提案して、それで四三の退職問題が解決すると、ちゃんとそれも自慢して誇りに思っているのです。
治五郎の夢でもある神宮競技場を見て、次の世代に夢を託そうとするシマに、
「君だって走れる。」と言う治五郎。
浅草の12階から、
「見える見える」と競技場を望遠鏡で見ていたシマは、未来しか見ていなかったと思うのです。
だけど残酷にもその未来への夢は分断されてしまった・・・・・・・?
あれっ、おやっ ?
と言うのは、PC前の私のつぶやき。
せっかくセリフをメモしておいたのに、その紙が見当たりません。
23回の「大地」は胸をえぐられるようなセリフが多かったものですから、メモしておいたのです。でもきっとゴミと思って捨ててしまったみたいです。
と言うわけで、いつものように不正確なセリフですが、
シマの旦那さんの増野の言葉はには、本当に辛いものがありましたね。
「どこかで諦めなくてはいけないんですよね。もうどこかで諦めている自分がいます。」
「あの朝、初めて文句を言ったのです。ご飯が柔らかい方が好きなんです。だから固いって。これから先も一緒に生きていくんだから言った方が良いかなって。言わなきゃ良かった。ご飯が固くたってどうでも良い事だったんだ。」
もう泣きますよ~。
「種まく人」で、自分の無力さを感じて、自分の無事を知らせるために故郷に帰る四三。
その彼に義母の幾江は叱咤するのでした。
そしてお兄ちゃんが幾江にどう思うかと問われて、考えが及ばず思わず
「逆らわずに勝つ~ !!」と叫ぶシーンは良かったです。
(やっぱりセリフはあってないかもです(^_^;))
だけど四三はその兄の言葉で悟るのでした。
己以上の事を自分に求めるから逃げ出したくなるのですよね。
(あっ、そうか。今しみじみと頷きました。)
簡単に言えば、自分の出来る事をする。これにつきますよね。
ずっと走り続けてきた四三。そして最終回には人々に食べ物を届け続けると言う真の韋駄天になって、東京の街を走り続けたと言うエピソードで終わったのも良かったです。
シマちゃんはある時は三島家の女中さんで、ある時は女学生で、ある時は先生で、だけどいつも女子の立場から、まだやって来てはいない女性のスポーツの時代の幕開けを、密かに走り待ち受けている人に見えていました。この人はどうんな風にこの先関わって行くのだろうかと思っていましたが、まさか最終回の重要なキィになるために存在していたのかと、時に涙が流れました。
だけど四三の夢の中に出て来た(NHKお馴染みの幽霊)シマは、まるで未来に向かって走っているかのように、走る姿を彼に見せるのでした。
復興運動会の時に、増野は最後の望みを掛けたと思います。シマが生きていれば、必ず来ると。
だけどそこにやってきたのは、シマからの激励を受けていた絹江でした。
女子たちのリレー大会は素晴らしく、増野は人々の中に見守るシマの姿を見つけて近寄ろうとしますが、その時彼女の姿は消えて、増野は一人頷き受け入れるのでした。
だけど残酷にもその未来への夢は分断されてしまった・・・・・・・?
そうではなかったのです。
「種まく人」。
それは四三はもちろんでしたが、150歳まで生きたいと言う治五郎もそうだし、震災の時には笑いで人々を励まし、そして後には震災の話をして人々に伝えて行った志ん生も、そしてシマちゃんも、皆種をまく人だったのですね。
その種はいつか芽を出しきっと花咲く日も来ることでしょう。
最終回はある意味オールキャスト。
あの人この人と感想は言えません。とにかく「オールグー」ってな所じゃなかったでしょうか。
安仁子が来たり弥彦が来たりとそこはお祭り感があって、楽しかったですね。
そして五りん君はシマちゃんのお孫さん。でも彼にはまだまだ明かされるべきものがありそうですね。
と言うわけで、走り抜いてみんなを幸せにした四三編は終わりました。
えっ、視聴率 ?
イイじゃないの、別に。
しかし、みんなどんだけ好きなの。
戦国時代に幕末。
どんだけ本能寺が見たいわけ?
って、密かに思ってしまった私です (^_^;)
本能寺はまた来年、そうとうなクライマックス感を持ってやるんじゃないのかな。
それまでは、是非アベサダで楽しまれてはいかがでしょうか。