東京都による行政処分(教員減給処分)に対する違法判決(最判H24.1.16)は、憲法学的に重要な論点がございますが、ここでは、行政法学的な視点に重点を置いて述べます。
どうか、ご了承ねがいます。
【事件の概要】
Xらは、H15.10月ごろH16.5月ごろ、東京都立高等学校、東京都立養護学校に勤務する教職員であった。
H15年度卒業式、H16年度入学式、又はH15年度記念式典に先立ち、所属校の各校長は、音楽科の教員であったX5,X6に対しては、国歌斉唱の際に伴奏行為を命ずる旨の職務命令を、その余のXらに対しては国歌斉唱の際に規律斉唱行為を命ずる旨の職務命令をそれぞれ発した。(合わせて「本件職務命令」という。)
上記の卒業式や入学式等の式典において、本件職務命令に従わず、
X5、X6は、国歌斉唱時に伴奏行為拒否。
X7,X8,X9は、式場に入場せず。
X10は、卒業式に出席せず。
X11は国歌斉唱の途中で着席。
X12,X13は国歌斉唱の際に式場から退席。
X14は一度起立したがすぐ着席してその後起立せず。
X4を含むその余のXらは国歌斉唱の際に起立しなかった。
都教委は、H16.2.17、同3.30 同3.31、同4.6及び同5.26 X4を除くXらに、不起立行為などは、それぞれ地方公務員法32条及び33条に違反するとして、戒告処分。これらXらには、過去に同種の行為による懲戒処分などの処分歴はなかった。
また、都教委は、H16.4.6、X4に対し、不起立行為は、地方公務員法32条及び33条に違反するとして、給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分をした。H14.4.9に行われた平成14年度入学式の際の服装及びその後の事実確認に関する校長の職務命令に従わなかったことが、地方公務員法32条及び33条に違反するとして同年11.6戒告処分を受けたことを踏まえ、量定を加重するという処分量定の方針によるものであった。
【参照法令など】
*東京都の懲戒処分基準
職務命令違反1回目:戒告、違反2回目:減給1月、違反3回目:減給3月、違反4回目以降:停職。
*地方公務員法
(懲戒)
第二十九条 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
(小坂補足:4種類の懲戒処分え選ぶ点で、選択裁量。処分することができる、しないこともできる点で、決定裁量)
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
2 職員が、任命権者の要請に応じ当該地方公共団体の特別職に属する地方公務員、他の地方公共団体若しくは特定地方独立行政法人の地方公務員、国家公務員又は地方公社(地方住宅供給公社、地方道路公社及び土地開発公社をいう。)その他その業務が地方公共団体若しくは国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち条例で定めるものに使用される者(以下この項において「特別職地方公務員等」という。)となるため退職し、引き続き特別職地方公務員等として在職した後、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合(一の特別職地方公務員等として在職した後、引き続き一以上の特別職地方公務員等として在職し、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。)において、当該退職までの引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」という。)、特別職地方公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には、当該先の退職までの引き続く職員としての在職期間を含む。次項において「要請に応じた退職前の在職期間」という。)中に前項各号のいずれかに該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。
3 職員が、第二十八条の四第一項又は第二十八条の五第一項の規定により採用された場合において、定年退職者等となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期間を含む。)又はこれらの規定によりかつて採用されて職員として在職していた期間中に第一項各号の一に該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。
4 職員の懲戒の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。
【選択された訴訟】
訴訟相手方:東京都
*取り消し:行政処分を取り消せ
*国家賠償
【行政法上の論点】
裁量判断の合理性が欠如していることを示すためにどのような指摘を行うべきか
【最高裁の判例法理】
国家公務員の懲戒処分について、神戸全税関(最判昭52.12.20)
*効果裁量の審査方法:神戸全税関(最判昭52.12.20)より抜粋
「(三) 裁量権の範囲の逸脱について
公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である。ところで、国公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、都下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」
*国家公務員法
(懲戒の場合)
第八十二条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
○2 職員が、任命権者の要請に応じ特別職に属する国家公務員、地方公務員又は沖縄振興開発金融公庫その他その業務が国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち人事院規則で定めるものに使用される者(以下この項において「特別職国家公務員等」という。)となるため退職し、引き続き特別職国家公務員等として在職した後、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合(一の特別職国家公務員等として在職した後、引き続き一以上の特別職国家公務員等として在職し、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。)において、当該退職までの引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」という。)、特別職国家公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には、当該先の退職までの引き続く職員としての在職期間を含む。以下この項において「要請に応じた退職前の在職期間」という。)中に前項各号のいずれかに該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。職員が、第八十一条の四第一項又は第八十一条の五第一項の規定により採用された場合において、定年退職者等となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期間を含む。)又は第八十一条の四第一項若しくは第八十一条の五第一項の規定によりかつて採用されて職員として在職していた期間中に前項各号のいずれかに該当したときも、同様とする。
【本判決】
「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられる」
の判例法理を用いて判断。
第3
1(1)最高裁の一般法理:効果裁量→比例原則違反がないか。
(2)ア 不起立行為の性質・態様・結果:職務命令違反、重要な儀式、式典への影響あり。
イ 不起立行為の動機・原因:個人の歴史観。
不起立の態様:積極的妨害でない。 結果:支障の評価は困難。
2(1)戒告: 職務命令は合憲であり遵守確保の必要性あり
効果裁量の考慮要素:①学校規律秩序維持の必要性の見地から相当
+
②処分が不利益を及ぼさないこと
(2)あてはめ:処分歴のないものである→戒告処分選択裁量に逸脱濫用はない
3(1)減給:直接・将来の不利益を伴う+繰り返される→減給処分選択裁量の考慮要素:「相当性を基礎づける具体的な事情」→過去の違反の性質・処分歴の内容や頻度から、不利益より規律や秩序の必要性が大きい。
(2)あてはめ X4さん:式典妨害でなく服装にかかわる命令で2年前に1回の戒告処分歴→選択が重きに失する。(比例原則違反)
【宮川反対意見】(全判決文最後のほうにありますので、ぜひ、お読みください。)
*職務命令違憲説もある。
*戒告処分の不利益は過小評価されるべきでない。
*通常の戒告の対象行為(刑事罰対象)と本件不起立行為とは異なる。
【本判決の位置づけ】
戒告処分には広範な裁量を認め、減給・停職処分には厳格審査基準を提示した。
【本判決の検討課題】
*戒告とその他の懲戒処分との区別は適切か。(宮川反対意見)
*戒告処分においても「相当性を基礎づける具体的な事情」判断基準は必要ではないか。
*別件のX1(3回懲戒処分と2回不起立処分歴)とX2(不起立処分歴)の停職処分について本判決の判断基準を当てはめると、裁量の濫用といえるか。
********判決文 全文(ただし、第1は字数の関係で略)*****************
主 文
1 平成23年(行ツ)第263号上告人らの上告を棄却する。
2 原判決のうち平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの戒告処分の取消請求に係る部分を破棄する。
3 前項の部分につき,平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの控訴を棄却する。
4 平成23年(行ヒ)第294号上告人のその余の上告を棄却する。
5 第1項の部分に関する上告費用は,平成23年(行ツ)第263号上告人らの負担とし,第2項及び第3項の部分に関する控訴費用及び上告費用は,平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの負担とし,前項の部分に関する上告費用は,同号上告人の負担とする。
理 由
第1 本件の事実関係等の概要
(小坂補足:字数の関係で略)
第2 平成23年(行ツ)第263号上告代理人尾山宏ほかの上告理由について
1 上告理由のうち職務命令の憲法19条違反(同条違反に係る理由の不備・食違いを含む。)をいう部分について
原審の適法に確定した事実関係等の下において,本件職務命令が憲法19条に違反するものでないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(起立斉唱行為に係る職務命令につき,最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照。伴奏行為に係る職務命令につき,最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁参照)。所論の点に関する原審の判断は是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
2 その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 平成23年(行ヒ)第294号上告代理人石津廣司ほかの上告受理申立て理由について
1(1) 公務員に対する懲戒処分について,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており,その判断は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁,最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)。
(2)ア 本件において,上記(1)の諸事情についてみるに,不起立行為等の性質,態様は,全校の生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典において行われた教職員による職務命令違反であり,当該行為は,その結果,影響として,学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらすものであって,それにより式典に参列する生徒への影響も伴うことは否定し難い。
イ 他方,不起立行為等の動機,原因は,当該教職員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものである。また,不起立行為等の性質,態様は,上記アのような面がある一方で,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではない。そして,不起立行為等の結果,影響も,上記アのような面がある一方で,当該行為のこのような性質,態様に鑑み,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかは客観的な評価の困難な事柄であるといえる(原審によれば,本件では,具体的に卒業式等が混乱したという事実は主張立証されていないとされている。)。
2(1) 本件職務命令は,前記第2の1のとおり憲法19条に違反するものではなく,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであって(前掲最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決等参照),このような観点から,その遵守を確保する必要性があるものということができる。このことに加え,前記1(2)アにおいてみた事情によれば,本件職務命令の違反に対し,教職員の規律違反の責任を確認してその将来を戒める処分である戒告処分をすることは,学校の規律や秩序の保持等の見地からその相当性が基礎付けられるものであって,法律上,処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではないことも併せ考慮すると,将来の昇給等への影響や前記第1の2(5)の本件における条例及び規則による勤勉手当への影響を勘案しても,過去の同種の行為による懲戒処分等の処分歴の有無等にかかわらず,基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内に属する事柄ということができると解される。前記1(2)イにおいてみた事情に関しては,不起立行為等に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについて,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮を必要とする事情であるとはいえるものの,このことを勘案しても,本件職務命令の違反に対し懲戒処分の中で最も軽い戒告処分をすることが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとは解し難い。また,本件職務命令の違反に対し1回目の違反であることに鑑みて訓告や指導等にとどめることなく戒告処分をすることに関しては,これを裁量権の範囲内における当不当の問題として論ずる余地はあり得るとしても,その一事をもって直ちに裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法の問題を生ずるとまではいい難い。なお,原審は,本件職務命令の合憲性を否定する有力な見解があったことを指摘するが,その合憲性については前記第2のとおりであって,その他原審の指摘する事情はいずれも上記の判断を左右するものとはいえない。
(2) 以上によれば,本件職務命令の違反を理由として,第1審原告らのうち過去に同種の行為による懲戒処分等の処分歴のない者に対し戒告処分をした都教委の判断は,社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず,上記戒告処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないと解するのが相当である。
3(1) 他方,前示のように,前記1(2)イにおいてみた事情によれば,不起立行為等に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる。そして,減給処分は,処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における本給の一部の不支給という直接の給与上の不利益が及び,将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ上,本件通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこと等を勘案すると,上記のような考慮の下で不起立行為等に対する懲戒において戒告を超えて減給の処分を選択することが許容されるのは,過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為等の前後における態度等(以下,併せて「過去の処分歴等」という。)に鑑み,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきである。したがって,不起立行為等に対する懲戒において減給処分を選択することについて,上記の相当性を基礎付ける具体的な事情が認められるためには,例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合に,これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず,上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど,過去の処分歴等が減給処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきである。
(2) これを本件についてみるに,前記第1の2(3)エのとおり,第1審原告X4については,都教委において,過去の懲戒処分の対象とされた非違行為と同様の非違行為を再び行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,過去に同様の非違行為による戒告処分を受けているとして,量定を加重して減給処分がされたものである。しかし,過去の懲戒処分の対象は,約2年前に入学式の際の服装及びその後の事実確認に関する校長の職務命令に違反した行為であって積極的に式典の進行を妨害する行為ではなく,当該1回のみに限られており,本件の不起立行為の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれないこと等に鑑みると,同第1審原告については,上記(1)において説示したところに照らし,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から,なお減給処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとまでは認め難いというべきである。そうすると,上記のように過去に入学式の際の服装等に係る職務命令違反による戒告1回の処分歴があることのみを理由に同第1審原告に対する懲戒処分として減給処分を選択した都教委の判断は,減給の期間の長短及び割合の多寡にかかわらず,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き,上記減給処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと解するのが相当である。
4(1) 以上によれば,第1審原告X4及び同X2以外の第1審原告らの戒告処分の取消請求を認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決のうち上記請求に係る部分は破棄を免れない。
(2) 他方,以上によれば,第1審原告X4の減給処分が違法であるとして同第1審原告の同処分の取消請求を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができ,原判決のうち上記請求に係る部分に所論の違法はない。この点に関する論旨は採用することができない。
第4 結論
以上のとおりであるから,平成23年(行ツ)第263号上告人らの上告を棄却するとともに,原判決のうち平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの戒告処分の取消請求に係る部分を破棄し,同部分につき同被上告人らの控訴を棄却することとし,同号上告人のその余の上告を棄却することとする。
よって,裁判官宮川光治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子,同金築誠志の各補足意見がある。
裁判官櫻井龍子の補足意見は,次のとおりである。
1 事案の性格に鑑み,若干の補足意見を述べておきたい。
公務員の懲戒処分制度は,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために課される制裁である(多数意見の引用するいわゆる神戸税関事件に係る最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決参照)。一方,懲戒処分は,職員にとってその身分や勤務条件に重大な不利益をもたらすものであるため,懲戒の事由,手続等があらかじめ法定,周知されているべきであるのみならず,公正原則,平等取扱い原則,比例原則などの公務員の服務に関する諸原則を踏まえ,個々の事案に即して謙抑的に行使されるべきものである。神戸税関事件に係る上記最高裁判決の判示は,このような公務員の懲戒制度の基本的枠組みを踏まえた上で,当該行政組織の秩序の維持,職員の服務に第一次的な責任を有する懲戒権者の裁量を尊重するという,司法判断の基本的スタンスを画したものといえる。したがって,同判決も述べるように,当該懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き,当該懲戒権者がその裁量権を適切に行使しているとはいえない事案については,司法がこれに制約を加えることが必要となるものである。
そこで,多数意見は,本件の懲戒処分のうち,戒告処分については適法と認められるが,過去の処分歴等を理由に量定を加重される処分(以下「加重処分」という。)については,過去の処分歴等が減給などの加重処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するとして,過去の1回の不起立行為と同様の行為による処分歴のみを理由とする加重処分として課された減給処分を裁量権の範囲を超えるものと判断したものである。
2(1) 公務員の懲戒制度における処分の加重については,制度的に加重の在り方を定める法令上の根拠はないため,過去の処分歴等を個別事案の情状として考慮するのみとする考えも見られるところであり,加重処分そのものが裁量の範囲内といえるためには,懲戒の対象行為の態様や影響と加重処分による不利益の内容との権衡,公務秩序維持のための必要性などについて,上記に述べた懲戒処分制度の基本的枠組みを踏まえ,より慎重な判断が要求されるといわなければならない。
東京都(東京都教育委員会)における懲戒処分の処分量定については,入学式や卒業式等での国歌斉唱時における不起立(ピアノ伴奏の拒否を含む。本意見において以下同じ。)という職務命令違反の行為に対し,1回目は戒告処分とし,2回目以降からは加重処分を行うこととし,2回目で減給1か月,3回目で減給6か月,4回目以降は停職処分にする方針が採られていることがうかがわれる。
(2) これらの懲戒処分のうち最も軽い戒告処分と,その上の減給処分の差は大きく,更にその上の停職処分との間には大きな差がある。戒告処分は,職員の規律違反の責任を確認してその将来を戒める処分であって,勤勉手当の減額という条例上の不利益や将来の昇給等への間接的な影響はあるものの,法律上は直接的な給与上ないし職務上の不利益を含む処分ではないのに対し,減給処分は,法律上の不利益として給与そのものが直接的に減額されるのみならず,その結果が期末手当,退職金,年金等にも影響するなど給与上の多大な不利益を伴う処分である。さらに,停職処分は,法律上の不利益として停職中の給与が全額支給されないことによる大きな給与上の不利益に加え,教師の場合は停職期間中教壇に立てないことについての本人の職務上の不利益も大きく(生徒への教育上の影響なども無視できない。),極めて厳しい重大な処分であることが明らかである。したがって,東京都における上記(1)のような一律の加重処分の定め方,実際の機械的な適用は,そのこと自体が問題であるといわなければならず,また,懲戒の対象行為との関係における相当性が問題である。
本件の不起立行為は,既に多数意見の中で説示しているように,それぞれの行為者の歴史観等に起因してやむを得ず行うものであり,その結果式典の進行が遅れるなどの支障を生じさせる態様でもなく,また行為者も式典の妨害を目的にして行うものではない。不起立の時間も短く,保護者の一部に違和感,不快感を持つものがいるとしても,その後の教育活動,学校の秩序維持等に大きく影響しているという事実が認められているわけではない。
このような行為が繰り返し行われた場合に加重処分をすることは,それが相当性を欠くものでなければ許容されるものではあるものの,上記のように多大な給与上ないし職務上の不利益や影響をもたらす減給ないし停職の処分を前記(1)のように一律に機械的に加重処分として課すことは,行為と不利益との権衡を欠き,社会観念上妥当とはいい難いものというべきである。
3 さらに,本件が,さきに当小法廷が判示した起立斉唱に係る職務命令の合憲判断に関する判決(多数意見の引用する平成23年6月6日判決)に関係するものであるので,以下の点を付言しておきたい。
さきの上記判決において,多数意見は上記職務命令の合憲性を是認しつつ,思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを認めたものであり,そのことは,上記職務命令に従って起立斉唱することに自らの歴史観,世界観等との間で強い葛藤を感じる職員が存在することを踏まえたものといえ,処分対象者の多くは,そのような葛藤の結果,自らの信じるところに従い不起立行為を選択したものであろう。式典のたびに不起立を繰り返すということは,その都度,葛藤を経て,自らの信条と尊厳を守るためにやむを得ず不起立を繰り返すことを選択したものと見ることができる。前記2(1)の状況の下で,毎年必ず挙行される入学式,卒業式等において不起立を行えば,次第に処分が加重され,2,3年もしないうちに戒告から減給,そして停職という形で不利益の程度が増していくことになるが,これらの職員の中には,自らの信条に忠実であればあるほど心理的に追い込まれ,上記の不利益の増大を受忍するか,自らの信条を捨てるかの選択を迫られる状態に置かれる者がいることを容易に推測できる。不起立行為それ自体が,これまで見たとおり,学校内の秩序を大きく乱すものとはいえないことに鑑みると,このように過酷な結果を職員個人にもたらす前記2(1)のような懲戒処分の加重量定は,法が予定している懲戒制度の運用の許容範囲に入るとは到底考えられず,法の許容する懲戒権の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。
4 最後に,本件の紛争の特性に鑑みて付言するに,今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し,これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり,全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである。
裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
本件職務命令が憲法19条に違反しないとする多数意見に賛成する立場からこれに付加する私の意見は,多数意見の引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決において私の補足意見として述べたとおりである。
裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。
多数意見は,本件職務命令は憲法19条(思想及び良心の自由)に違反せず,また,第1審原告X4を除くその余の第1審原告らに対し戒告処分をした都教委の判断は懲戒権者としての裁量権の範囲にあるとするが,私は,そのいずれについても同意できない。なお,第1審原告X4に対する減給処分を裁量権の範囲を超えるものとした結論には同意できるが,理由を異にする。
第1 本件職務命令の憲法適合性について
1 原審は,第1審原告らがそれぞれ所属校の各校長から受けた本件職務命令に従わなかったのは,「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割に関わる第1審原告らの歴史観ないし世界観及び教育上の信念に基づくものであるという事実を,適法に確定している。そのように真摯なものである場合は,その行為は第1審原告らの思想及び良心の核心の表出であるか少なくともこれと密接に関連しているとみることができる。したがって,その行為は第1審原告らの精神的自由に関わるものとして,憲法上保護されなければならない。第1審原告らとの関係では,本件職務命令はいわゆる厳格な基準による憲法審査の対象となり,その結果,憲法19条に違反する可能性がある。このことは,多数意見が引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決における私の反対意見で述べたとおりである。なお,そこでは,国旗及び国歌に関する法律と学習指導要領が教職員に起立斉唱行為等を職務命令として強制することの根拠となるものではないこと,本件通達は,式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく,その意図は,前記歴史観等を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができ,職務命令はこうした本件通達に基づいている旨を指摘した。本件では,さらに多数意見が指摘する「地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性」について,私の意見を付加しておくこととする。
2 第1審原告らは,地方公務員ではあるが,教育公務員であり,一般行政とは異なり,教育の目標に照らし,特別の自由が保障されている。すなわち,教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,幅広い知識と教養を身に付けること,真理を求める態度を養うこと,個人の価値を尊重して,その能力を伸ばし,創造性を培い,自主及び自律の精神を養うこと等の目標を達成するよう行われるものであり(教育基本法2条),教育をつかさどる教員には,こうした目標を達成するために,教育の専門性を懸けた責任があるとともに,教育の自由が保障されているというべきである。もっとも,普通教育においては完全な教育の自由を認めることはできないが,公権力によって特別の意見のみを教授することを強制されることがあってはならないのであり,他方,教授の具体的内容及び方法についてある程度自由な裁量が認められることについては自明のことであると思われる(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。上記のような目標を有する教育に携わる教員には,幅広い知識と教養,真理を求め,個人の価値を尊重する姿勢,創造性を希求する自律的精神の持ち主であること等が求められるのであり,上記のような教育の目標を考慮すると,教員における精神の自由は,取り分けて尊重されなければならないと考える。
個々の教員は,教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するという場合,教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならない。したがって,「日の丸」や「君が代」の歴史や過去に果たした役割について,自由な創意と工夫により教授することができるが,その内容はできるだけ中立的に行うべきである。そして,式典において,教育の一環として,国旗掲揚,国歌斉唱が準備され,遂行される場合に,これを妨害する行為を行うことは許されない。しかし,そこまでであって,それ以上に生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては,自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められることはないというべきである。音楽専科の教員についても,同様である。
このように,私は,第1審原告らは,地方公務員であっても,教育をつかさどる教員であるからこそ,一般行政に携わる者とは異なって,自由が保障されなければならない側面があると考えるのである。
3 以上のとおり,第1審原告らの上告理由のうち本件職務命令が憲法19条違反をいう部分は理由がある。
第2 懲戒処分の裁量審査について
1 多数意見は,本件職務命令の違反を理由として,過去に同種の行為による懲戒処分等の処分歴のない第1審原告らに対してなされた戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)は,懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとはいえないという。そこで,私も,本件職務命令の憲法適合性に関する判断を留保し,また,本件戒告処分自体も憲法19条に違反する可能性があるが,その判断を留保し,その上で,本件の懲戒処分に係る裁量審査に関し,私の反対意見を述べる。以下,2において考慮すべき諸事情のうち第1審原告らの行為の原因,動機及び行為の態様と法益の侵害の程度について述べ,3において本件では戒告処分は実質的にみると重い不利益処分であることを指摘し,4において他の非違行為に対する処分及び他地域の処分例と比較すると不公正であることを述べる。
2 第1審原告らの不起立行為等は,「日の丸」や「君が代」は軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであり平和主義や国民主権とは相容れないと考える歴史観ないし世界観,及び人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者としての教育上の信念に起因するものであり,その動機は真摯であり,いわゆる非行・非違行為とは次元を異にする。また,他の職務命令違反と比較しても,違法性は顕著に希薄である。
第1審原告らが抱いている歴史観等は,ひとり第1審原告ら独自のものではなく,我が国社会において,人々の間に一定の広がりを有し,共感が存在している。また,原審も指摘しているが,憲法学などの学説及び日本弁護士連合会等の法律家団体においては,式典において「君が代」を起立して斉唱すること及びピアノ伴奏をすることを職務命令により強制することは憲法19条等に違反するという見解が大多数を占めていると思われる。確かに,この点に関して最高裁は異なる判断を示したが,こうした議論状況は一朝には変化しないであろう。
第1審原告らの不起立行為等は消極的不作為にすぎないのであって,式典を妨害する等の積極的行為を含まず,したがって,式典の円滑な遂行に物理的支障をいささかも生じさせていない。法益の侵害はほとんどない。
3 第1審原告らは,最初の不起立行為等で本件戒告処分を受けたのであるが,その処分が第1審原告らに与える不利益については過小評価されるべきではないと思われる。確かに,戒告処分は法の定める懲戒処分の中では最も軽いが,処分を受けると,履歴に残り,多数意見も認めるとおり勤勉手当は当該支給期間(半年間)において10%の割合で減額され,昇給が少なくとも3か月延伸される可能性があり,その延伸によりひいては,退職金や年金支給額への影響もあり得る。そして,東京都の教職員は定年退職後に再雇用を希望するとほぼ例外なく再雇用されているが,戒告処分を受けるとその機会を事実上失い,合格通知を受けていた者も合格は取り消されるのが通例であることがうかがわれる。
都教委は,不起立行為等をした教職員に対し,おおむね1回目は戒告処分,2回目は1か月間月額給与10分の1を減ずる減給処分,3回目は6か月間月額給与10分の1を減ずる減給処分,4回目は停職1か月の停職処分等という基準で懲戒処分を行っていることがうかがわれる。毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積加重されるのであるから,短期間で反復継続的に不利益が拡大していくのである。戒告処分がひとたびなされると,こうした累積処分が機械的にスタートする。
以上のとおり,実質的にみると,本件では,戒告処分は,相当に重い不利益処分であるというべきである。
4 教職員の主な非行に対する標準的な処分量定(東京都教育長決定)に列挙されている非行の大半は,刑事罰の対象となる行為や性的非行であり,量定上それらに関しても戒告処分にとどまる例が少なくないと思われる。原審は,体罰,交通事故,セクハラ,会計事故等の服務事故について都教委の行った処分等の実績をみると,平成16年から18年度において,懲戒処分を受けた者が205人(うち戒告が74人)であるのに対し,文書訓告又は口頭注意といった事実上の措置を受けた者が397人,指導等を受けた者が279人となっており,服務事故(非違行為)と認められた者のうち懲戒処分を受けたのは4分の1にも満たないとし,これによれば,戒告処分であっても,一般的には,非違行為の中でもかなり情状の悪い場合にのみ行われるものということができるとしている。
さらに,不起立行為等に関する懲戒処分の状況を全国的にみると,懲戒処分まで行っている地域は少なく,例えば神奈川県や千葉県では,不起立行為等があっても,またそれが繰り返されていても,懲戒処分はされていないことがうかがわれる。
このように比較すると,本件戒告処分は過剰に過ぎ,比例原則に反するというべきである。
5 以上を総合すると,多数意見がいう不起立行為等の性質,態様,影響を前提としても,不起立行為等という職務命令違反行為に対しては,口頭又は文書による注意や訓告により責任を問い戒めることが適切であり,これらにとどめることなくたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは,重きに過ぎ,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものであって,是認することはできない。この点に関する原審の判断は相当である。
第1審原告X4については,多数意見は減給処分の取消請求を認容した原審の判断を是認することができるとしており,結論において同じとなるが,上記のとおり,私の意見は理由を異にする。なお,多数意見は,過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなどの場合は,減給処分が裁量の範囲にあるものとされる可能性を容認していると思われる。そうであるとすると,前述のとおり式典は毎年度2回以上あり,不起立行為等を理由とする戒告処分は短期間に累積されていくのであるから,ある段階では減給処分がなされる可能性がある。多数意見は,起立斉唱行為に係る職務命令は思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを認めていることに鑑みると,ただ単に不起立行為等が累積したにすぎない場合に減給処分が裁量の範囲にあるものとされる可能性を容認することは,相当でないと思われる。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)
どうか、ご了承ねがいます。
【事件の概要】
Xらは、H15.10月ごろH16.5月ごろ、東京都立高等学校、東京都立養護学校に勤務する教職員であった。
H15年度卒業式、H16年度入学式、又はH15年度記念式典に先立ち、所属校の各校長は、音楽科の教員であったX5,X6に対しては、国歌斉唱の際に伴奏行為を命ずる旨の職務命令を、その余のXらに対しては国歌斉唱の際に規律斉唱行為を命ずる旨の職務命令をそれぞれ発した。(合わせて「本件職務命令」という。)
上記の卒業式や入学式等の式典において、本件職務命令に従わず、
X5、X6は、国歌斉唱時に伴奏行為拒否。
X7,X8,X9は、式場に入場せず。
X10は、卒業式に出席せず。
X11は国歌斉唱の途中で着席。
X12,X13は国歌斉唱の際に式場から退席。
X14は一度起立したがすぐ着席してその後起立せず。
X4を含むその余のXらは国歌斉唱の際に起立しなかった。
都教委は、H16.2.17、同3.30 同3.31、同4.6及び同5.26 X4を除くXらに、不起立行為などは、それぞれ地方公務員法32条及び33条に違反するとして、戒告処分。これらXらには、過去に同種の行為による懲戒処分などの処分歴はなかった。
また、都教委は、H16.4.6、X4に対し、不起立行為は、地方公務員法32条及び33条に違反するとして、給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分をした。H14.4.9に行われた平成14年度入学式の際の服装及びその後の事実確認に関する校長の職務命令に従わなかったことが、地方公務員法32条及び33条に違反するとして同年11.6戒告処分を受けたことを踏まえ、量定を加重するという処分量定の方針によるものであった。
【参照法令など】
*東京都の懲戒処分基準
職務命令違反1回目:戒告、違反2回目:減給1月、違反3回目:減給3月、違反4回目以降:停職。
*地方公務員法
(懲戒)
第二十九条 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
(小坂補足:4種類の懲戒処分え選ぶ点で、選択裁量。処分することができる、しないこともできる点で、決定裁量)
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
2 職員が、任命権者の要請に応じ当該地方公共団体の特別職に属する地方公務員、他の地方公共団体若しくは特定地方独立行政法人の地方公務員、国家公務員又は地方公社(地方住宅供給公社、地方道路公社及び土地開発公社をいう。)その他その業務が地方公共団体若しくは国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち条例で定めるものに使用される者(以下この項において「特別職地方公務員等」という。)となるため退職し、引き続き特別職地方公務員等として在職した後、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合(一の特別職地方公務員等として在職した後、引き続き一以上の特別職地方公務員等として在職し、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。)において、当該退職までの引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」という。)、特別職地方公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には、当該先の退職までの引き続く職員としての在職期間を含む。次項において「要請に応じた退職前の在職期間」という。)中に前項各号のいずれかに該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。
3 職員が、第二十八条の四第一項又は第二十八条の五第一項の規定により採用された場合において、定年退職者等となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期間を含む。)又はこれらの規定によりかつて採用されて職員として在職していた期間中に第一項各号の一に該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。
4 職員の懲戒の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。
【選択された訴訟】
訴訟相手方:東京都
*取り消し:行政処分を取り消せ
*国家賠償
【行政法上の論点】
裁量判断の合理性が欠如していることを示すためにどのような指摘を行うべきか
【最高裁の判例法理】
国家公務員の懲戒処分について、神戸全税関(最判昭52.12.20)
*効果裁量の審査方法:神戸全税関(最判昭52.12.20)より抜粋
「(三) 裁量権の範囲の逸脱について
公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である。ところで、国公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、都下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」
*国家公務員法
(懲戒の場合)
第八十二条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
○2 職員が、任命権者の要請に応じ特別職に属する国家公務員、地方公務員又は沖縄振興開発金融公庫その他その業務が国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち人事院規則で定めるものに使用される者(以下この項において「特別職国家公務員等」という。)となるため退職し、引き続き特別職国家公務員等として在職した後、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合(一の特別職国家公務員等として在職した後、引き続き一以上の特別職国家公務員等として在職し、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。)において、当該退職までの引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」という。)、特別職国家公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には、当該先の退職までの引き続く職員としての在職期間を含む。以下この項において「要請に応じた退職前の在職期間」という。)中に前項各号のいずれかに該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。職員が、第八十一条の四第一項又は第八十一条の五第一項の規定により採用された場合において、定年退職者等となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期間を含む。)又は第八十一条の四第一項若しくは第八十一条の五第一項の規定によりかつて採用されて職員として在職していた期間中に前項各号のいずれかに該当したときも、同様とする。
【本判決】
「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられる」
の判例法理を用いて判断。
第3
1(1)最高裁の一般法理:効果裁量→比例原則違反がないか。
(2)ア 不起立行為の性質・態様・結果:職務命令違反、重要な儀式、式典への影響あり。
イ 不起立行為の動機・原因:個人の歴史観。
不起立の態様:積極的妨害でない。 結果:支障の評価は困難。
2(1)戒告: 職務命令は合憲であり遵守確保の必要性あり
効果裁量の考慮要素:①学校規律秩序維持の必要性の見地から相当
+
②処分が不利益を及ぼさないこと
(2)あてはめ:処分歴のないものである→戒告処分選択裁量に逸脱濫用はない
3(1)減給:直接・将来の不利益を伴う+繰り返される→減給処分選択裁量の考慮要素:「相当性を基礎づける具体的な事情」→過去の違反の性質・処分歴の内容や頻度から、不利益より規律や秩序の必要性が大きい。
(2)あてはめ X4さん:式典妨害でなく服装にかかわる命令で2年前に1回の戒告処分歴→選択が重きに失する。(比例原則違反)
【宮川反対意見】(全判決文最後のほうにありますので、ぜひ、お読みください。)
*職務命令違憲説もある。
*戒告処分の不利益は過小評価されるべきでない。
*通常の戒告の対象行為(刑事罰対象)と本件不起立行為とは異なる。
【本判決の位置づけ】
戒告処分には広範な裁量を認め、減給・停職処分には厳格審査基準を提示した。
【本判決の検討課題】
*戒告とその他の懲戒処分との区別は適切か。(宮川反対意見)
*戒告処分においても「相当性を基礎づける具体的な事情」判断基準は必要ではないか。
*別件のX1(3回懲戒処分と2回不起立処分歴)とX2(不起立処分歴)の停職処分について本判決の判断基準を当てはめると、裁量の濫用といえるか。
********判決文 全文(ただし、第1は字数の関係で略)*****************
主 文
1 平成23年(行ツ)第263号上告人らの上告を棄却する。
2 原判決のうち平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの戒告処分の取消請求に係る部分を破棄する。
3 前項の部分につき,平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの控訴を棄却する。
4 平成23年(行ヒ)第294号上告人のその余の上告を棄却する。
5 第1項の部分に関する上告費用は,平成23年(行ツ)第263号上告人らの負担とし,第2項及び第3項の部分に関する控訴費用及び上告費用は,平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの負担とし,前項の部分に関する上告費用は,同号上告人の負担とする。
理 由
第1 本件の事実関係等の概要
(小坂補足:字数の関係で略)
第2 平成23年(行ツ)第263号上告代理人尾山宏ほかの上告理由について
1 上告理由のうち職務命令の憲法19条違反(同条違反に係る理由の不備・食違いを含む。)をいう部分について
原審の適法に確定した事実関係等の下において,本件職務命令が憲法19条に違反するものでないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(起立斉唱行為に係る職務命令につき,最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照。伴奏行為に係る職務命令につき,最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁参照)。所論の点に関する原審の判断は是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
2 その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 平成23年(行ヒ)第294号上告代理人石津廣司ほかの上告受理申立て理由について
1(1) 公務員に対する懲戒処分について,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており,その判断は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁,最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)。
(2)ア 本件において,上記(1)の諸事情についてみるに,不起立行為等の性質,態様は,全校の生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典において行われた教職員による職務命令違反であり,当該行為は,その結果,影響として,学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらすものであって,それにより式典に参列する生徒への影響も伴うことは否定し難い。
イ 他方,不起立行為等の動機,原因は,当該教職員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものである。また,不起立行為等の性質,態様は,上記アのような面がある一方で,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではない。そして,不起立行為等の結果,影響も,上記アのような面がある一方で,当該行為のこのような性質,態様に鑑み,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかは客観的な評価の困難な事柄であるといえる(原審によれば,本件では,具体的に卒業式等が混乱したという事実は主張立証されていないとされている。)。
2(1) 本件職務命令は,前記第2の1のとおり憲法19条に違反するものではなく,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであって(前掲最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決等参照),このような観点から,その遵守を確保する必要性があるものということができる。このことに加え,前記1(2)アにおいてみた事情によれば,本件職務命令の違反に対し,教職員の規律違反の責任を確認してその将来を戒める処分である戒告処分をすることは,学校の規律や秩序の保持等の見地からその相当性が基礎付けられるものであって,法律上,処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではないことも併せ考慮すると,将来の昇給等への影響や前記第1の2(5)の本件における条例及び規則による勤勉手当への影響を勘案しても,過去の同種の行為による懲戒処分等の処分歴の有無等にかかわらず,基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内に属する事柄ということができると解される。前記1(2)イにおいてみた事情に関しては,不起立行為等に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについて,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮を必要とする事情であるとはいえるものの,このことを勘案しても,本件職務命令の違反に対し懲戒処分の中で最も軽い戒告処分をすることが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとは解し難い。また,本件職務命令の違反に対し1回目の違反であることに鑑みて訓告や指導等にとどめることなく戒告処分をすることに関しては,これを裁量権の範囲内における当不当の問題として論ずる余地はあり得るとしても,その一事をもって直ちに裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法の問題を生ずるとまではいい難い。なお,原審は,本件職務命令の合憲性を否定する有力な見解があったことを指摘するが,その合憲性については前記第2のとおりであって,その他原審の指摘する事情はいずれも上記の判断を左右するものとはいえない。
(2) 以上によれば,本件職務命令の違反を理由として,第1審原告らのうち過去に同種の行為による懲戒処分等の処分歴のない者に対し戒告処分をした都教委の判断は,社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず,上記戒告処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないと解するのが相当である。
3(1) 他方,前示のように,前記1(2)イにおいてみた事情によれば,不起立行為等に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる。そして,減給処分は,処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における本給の一部の不支給という直接の給与上の不利益が及び,将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ上,本件通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこと等を勘案すると,上記のような考慮の下で不起立行為等に対する懲戒において戒告を超えて減給の処分を選択することが許容されるのは,過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為等の前後における態度等(以下,併せて「過去の処分歴等」という。)に鑑み,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきである。したがって,不起立行為等に対する懲戒において減給処分を選択することについて,上記の相当性を基礎付ける具体的な事情が認められるためには,例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合に,これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず,上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど,過去の処分歴等が減給処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきである。
(2) これを本件についてみるに,前記第1の2(3)エのとおり,第1審原告X4については,都教委において,過去の懲戒処分の対象とされた非違行為と同様の非違行為を再び行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,過去に同様の非違行為による戒告処分を受けているとして,量定を加重して減給処分がされたものである。しかし,過去の懲戒処分の対象は,約2年前に入学式の際の服装及びその後の事実確認に関する校長の職務命令に違反した行為であって積極的に式典の進行を妨害する行為ではなく,当該1回のみに限られており,本件の不起立行為の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれないこと等に鑑みると,同第1審原告については,上記(1)において説示したところに照らし,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から,なお減給処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとまでは認め難いというべきである。そうすると,上記のように過去に入学式の際の服装等に係る職務命令違反による戒告1回の処分歴があることのみを理由に同第1審原告に対する懲戒処分として減給処分を選択した都教委の判断は,減給の期間の長短及び割合の多寡にかかわらず,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き,上記減給処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと解するのが相当である。
4(1) 以上によれば,第1審原告X4及び同X2以外の第1審原告らの戒告処分の取消請求を認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決のうち上記請求に係る部分は破棄を免れない。
(2) 他方,以上によれば,第1審原告X4の減給処分が違法であるとして同第1審原告の同処分の取消請求を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができ,原判決のうち上記請求に係る部分に所論の違法はない。この点に関する論旨は採用することができない。
第4 結論
以上のとおりであるから,平成23年(行ツ)第263号上告人らの上告を棄却するとともに,原判決のうち平成23年(行ヒ)第294号被上告人X4以外の同号被上告人らの戒告処分の取消請求に係る部分を破棄し,同部分につき同被上告人らの控訴を棄却することとし,同号上告人のその余の上告を棄却することとする。
よって,裁判官宮川光治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子,同金築誠志の各補足意見がある。
裁判官櫻井龍子の補足意見は,次のとおりである。
1 事案の性格に鑑み,若干の補足意見を述べておきたい。
公務員の懲戒処分制度は,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために課される制裁である(多数意見の引用するいわゆる神戸税関事件に係る最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決参照)。一方,懲戒処分は,職員にとってその身分や勤務条件に重大な不利益をもたらすものであるため,懲戒の事由,手続等があらかじめ法定,周知されているべきであるのみならず,公正原則,平等取扱い原則,比例原則などの公務員の服務に関する諸原則を踏まえ,個々の事案に即して謙抑的に行使されるべきものである。神戸税関事件に係る上記最高裁判決の判示は,このような公務員の懲戒制度の基本的枠組みを踏まえた上で,当該行政組織の秩序の維持,職員の服務に第一次的な責任を有する懲戒権者の裁量を尊重するという,司法判断の基本的スタンスを画したものといえる。したがって,同判決も述べるように,当該懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き,当該懲戒権者がその裁量権を適切に行使しているとはいえない事案については,司法がこれに制約を加えることが必要となるものである。
そこで,多数意見は,本件の懲戒処分のうち,戒告処分については適法と認められるが,過去の処分歴等を理由に量定を加重される処分(以下「加重処分」という。)については,過去の処分歴等が減給などの加重処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するとして,過去の1回の不起立行為と同様の行為による処分歴のみを理由とする加重処分として課された減給処分を裁量権の範囲を超えるものと判断したものである。
2(1) 公務員の懲戒制度における処分の加重については,制度的に加重の在り方を定める法令上の根拠はないため,過去の処分歴等を個別事案の情状として考慮するのみとする考えも見られるところであり,加重処分そのものが裁量の範囲内といえるためには,懲戒の対象行為の態様や影響と加重処分による不利益の内容との権衡,公務秩序維持のための必要性などについて,上記に述べた懲戒処分制度の基本的枠組みを踏まえ,より慎重な判断が要求されるといわなければならない。
東京都(東京都教育委員会)における懲戒処分の処分量定については,入学式や卒業式等での国歌斉唱時における不起立(ピアノ伴奏の拒否を含む。本意見において以下同じ。)という職務命令違反の行為に対し,1回目は戒告処分とし,2回目以降からは加重処分を行うこととし,2回目で減給1か月,3回目で減給6か月,4回目以降は停職処分にする方針が採られていることがうかがわれる。
(2) これらの懲戒処分のうち最も軽い戒告処分と,その上の減給処分の差は大きく,更にその上の停職処分との間には大きな差がある。戒告処分は,職員の規律違反の責任を確認してその将来を戒める処分であって,勤勉手当の減額という条例上の不利益や将来の昇給等への間接的な影響はあるものの,法律上は直接的な給与上ないし職務上の不利益を含む処分ではないのに対し,減給処分は,法律上の不利益として給与そのものが直接的に減額されるのみならず,その結果が期末手当,退職金,年金等にも影響するなど給与上の多大な不利益を伴う処分である。さらに,停職処分は,法律上の不利益として停職中の給与が全額支給されないことによる大きな給与上の不利益に加え,教師の場合は停職期間中教壇に立てないことについての本人の職務上の不利益も大きく(生徒への教育上の影響なども無視できない。),極めて厳しい重大な処分であることが明らかである。したがって,東京都における上記(1)のような一律の加重処分の定め方,実際の機械的な適用は,そのこと自体が問題であるといわなければならず,また,懲戒の対象行為との関係における相当性が問題である。
本件の不起立行為は,既に多数意見の中で説示しているように,それぞれの行為者の歴史観等に起因してやむを得ず行うものであり,その結果式典の進行が遅れるなどの支障を生じさせる態様でもなく,また行為者も式典の妨害を目的にして行うものではない。不起立の時間も短く,保護者の一部に違和感,不快感を持つものがいるとしても,その後の教育活動,学校の秩序維持等に大きく影響しているという事実が認められているわけではない。
このような行為が繰り返し行われた場合に加重処分をすることは,それが相当性を欠くものでなければ許容されるものではあるものの,上記のように多大な給与上ないし職務上の不利益や影響をもたらす減給ないし停職の処分を前記(1)のように一律に機械的に加重処分として課すことは,行為と不利益との権衡を欠き,社会観念上妥当とはいい難いものというべきである。
3 さらに,本件が,さきに当小法廷が判示した起立斉唱に係る職務命令の合憲判断に関する判決(多数意見の引用する平成23年6月6日判決)に関係するものであるので,以下の点を付言しておきたい。
さきの上記判決において,多数意見は上記職務命令の合憲性を是認しつつ,思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを認めたものであり,そのことは,上記職務命令に従って起立斉唱することに自らの歴史観,世界観等との間で強い葛藤を感じる職員が存在することを踏まえたものといえ,処分対象者の多くは,そのような葛藤の結果,自らの信じるところに従い不起立行為を選択したものであろう。式典のたびに不起立を繰り返すということは,その都度,葛藤を経て,自らの信条と尊厳を守るためにやむを得ず不起立を繰り返すことを選択したものと見ることができる。前記2(1)の状況の下で,毎年必ず挙行される入学式,卒業式等において不起立を行えば,次第に処分が加重され,2,3年もしないうちに戒告から減給,そして停職という形で不利益の程度が増していくことになるが,これらの職員の中には,自らの信条に忠実であればあるほど心理的に追い込まれ,上記の不利益の増大を受忍するか,自らの信条を捨てるかの選択を迫られる状態に置かれる者がいることを容易に推測できる。不起立行為それ自体が,これまで見たとおり,学校内の秩序を大きく乱すものとはいえないことに鑑みると,このように過酷な結果を職員個人にもたらす前記2(1)のような懲戒処分の加重量定は,法が予定している懲戒制度の運用の許容範囲に入るとは到底考えられず,法の許容する懲戒権の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。
4 最後に,本件の紛争の特性に鑑みて付言するに,今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し,これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり,全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである。
裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
本件職務命令が憲法19条に違反しないとする多数意見に賛成する立場からこれに付加する私の意見は,多数意見の引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決において私の補足意見として述べたとおりである。
裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。
多数意見は,本件職務命令は憲法19条(思想及び良心の自由)に違反せず,また,第1審原告X4を除くその余の第1審原告らに対し戒告処分をした都教委の判断は懲戒権者としての裁量権の範囲にあるとするが,私は,そのいずれについても同意できない。なお,第1審原告X4に対する減給処分を裁量権の範囲を超えるものとした結論には同意できるが,理由を異にする。
第1 本件職務命令の憲法適合性について
1 原審は,第1審原告らがそれぞれ所属校の各校長から受けた本件職務命令に従わなかったのは,「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割に関わる第1審原告らの歴史観ないし世界観及び教育上の信念に基づくものであるという事実を,適法に確定している。そのように真摯なものである場合は,その行為は第1審原告らの思想及び良心の核心の表出であるか少なくともこれと密接に関連しているとみることができる。したがって,その行為は第1審原告らの精神的自由に関わるものとして,憲法上保護されなければならない。第1審原告らとの関係では,本件職務命令はいわゆる厳格な基準による憲法審査の対象となり,その結果,憲法19条に違反する可能性がある。このことは,多数意見が引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決における私の反対意見で述べたとおりである。なお,そこでは,国旗及び国歌に関する法律と学習指導要領が教職員に起立斉唱行為等を職務命令として強制することの根拠となるものではないこと,本件通達は,式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく,その意図は,前記歴史観等を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができ,職務命令はこうした本件通達に基づいている旨を指摘した。本件では,さらに多数意見が指摘する「地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性」について,私の意見を付加しておくこととする。
2 第1審原告らは,地方公務員ではあるが,教育公務員であり,一般行政とは異なり,教育の目標に照らし,特別の自由が保障されている。すなわち,教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,幅広い知識と教養を身に付けること,真理を求める態度を養うこと,個人の価値を尊重して,その能力を伸ばし,創造性を培い,自主及び自律の精神を養うこと等の目標を達成するよう行われるものであり(教育基本法2条),教育をつかさどる教員には,こうした目標を達成するために,教育の専門性を懸けた責任があるとともに,教育の自由が保障されているというべきである。もっとも,普通教育においては完全な教育の自由を認めることはできないが,公権力によって特別の意見のみを教授することを強制されることがあってはならないのであり,他方,教授の具体的内容及び方法についてある程度自由な裁量が認められることについては自明のことであると思われる(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。上記のような目標を有する教育に携わる教員には,幅広い知識と教養,真理を求め,個人の価値を尊重する姿勢,創造性を希求する自律的精神の持ち主であること等が求められるのであり,上記のような教育の目標を考慮すると,教員における精神の自由は,取り分けて尊重されなければならないと考える。
個々の教員は,教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するという場合,教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならない。したがって,「日の丸」や「君が代」の歴史や過去に果たした役割について,自由な創意と工夫により教授することができるが,その内容はできるだけ中立的に行うべきである。そして,式典において,教育の一環として,国旗掲揚,国歌斉唱が準備され,遂行される場合に,これを妨害する行為を行うことは許されない。しかし,そこまでであって,それ以上に生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては,自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められることはないというべきである。音楽専科の教員についても,同様である。
このように,私は,第1審原告らは,地方公務員であっても,教育をつかさどる教員であるからこそ,一般行政に携わる者とは異なって,自由が保障されなければならない側面があると考えるのである。
3 以上のとおり,第1審原告らの上告理由のうち本件職務命令が憲法19条違反をいう部分は理由がある。
第2 懲戒処分の裁量審査について
1 多数意見は,本件職務命令の違反を理由として,過去に同種の行為による懲戒処分等の処分歴のない第1審原告らに対してなされた戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)は,懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとはいえないという。そこで,私も,本件職務命令の憲法適合性に関する判断を留保し,また,本件戒告処分自体も憲法19条に違反する可能性があるが,その判断を留保し,その上で,本件の懲戒処分に係る裁量審査に関し,私の反対意見を述べる。以下,2において考慮すべき諸事情のうち第1審原告らの行為の原因,動機及び行為の態様と法益の侵害の程度について述べ,3において本件では戒告処分は実質的にみると重い不利益処分であることを指摘し,4において他の非違行為に対する処分及び他地域の処分例と比較すると不公正であることを述べる。
2 第1審原告らの不起立行為等は,「日の丸」や「君が代」は軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであり平和主義や国民主権とは相容れないと考える歴史観ないし世界観,及び人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者としての教育上の信念に起因するものであり,その動機は真摯であり,いわゆる非行・非違行為とは次元を異にする。また,他の職務命令違反と比較しても,違法性は顕著に希薄である。
第1審原告らが抱いている歴史観等は,ひとり第1審原告ら独自のものではなく,我が国社会において,人々の間に一定の広がりを有し,共感が存在している。また,原審も指摘しているが,憲法学などの学説及び日本弁護士連合会等の法律家団体においては,式典において「君が代」を起立して斉唱すること及びピアノ伴奏をすることを職務命令により強制することは憲法19条等に違反するという見解が大多数を占めていると思われる。確かに,この点に関して最高裁は異なる判断を示したが,こうした議論状況は一朝には変化しないであろう。
第1審原告らの不起立行為等は消極的不作為にすぎないのであって,式典を妨害する等の積極的行為を含まず,したがって,式典の円滑な遂行に物理的支障をいささかも生じさせていない。法益の侵害はほとんどない。
3 第1審原告らは,最初の不起立行為等で本件戒告処分を受けたのであるが,その処分が第1審原告らに与える不利益については過小評価されるべきではないと思われる。確かに,戒告処分は法の定める懲戒処分の中では最も軽いが,処分を受けると,履歴に残り,多数意見も認めるとおり勤勉手当は当該支給期間(半年間)において10%の割合で減額され,昇給が少なくとも3か月延伸される可能性があり,その延伸によりひいては,退職金や年金支給額への影響もあり得る。そして,東京都の教職員は定年退職後に再雇用を希望するとほぼ例外なく再雇用されているが,戒告処分を受けるとその機会を事実上失い,合格通知を受けていた者も合格は取り消されるのが通例であることがうかがわれる。
都教委は,不起立行為等をした教職員に対し,おおむね1回目は戒告処分,2回目は1か月間月額給与10分の1を減ずる減給処分,3回目は6か月間月額給与10分の1を減ずる減給処分,4回目は停職1か月の停職処分等という基準で懲戒処分を行っていることがうかがわれる。毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積加重されるのであるから,短期間で反復継続的に不利益が拡大していくのである。戒告処分がひとたびなされると,こうした累積処分が機械的にスタートする。
以上のとおり,実質的にみると,本件では,戒告処分は,相当に重い不利益処分であるというべきである。
4 教職員の主な非行に対する標準的な処分量定(東京都教育長決定)に列挙されている非行の大半は,刑事罰の対象となる行為や性的非行であり,量定上それらに関しても戒告処分にとどまる例が少なくないと思われる。原審は,体罰,交通事故,セクハラ,会計事故等の服務事故について都教委の行った処分等の実績をみると,平成16年から18年度において,懲戒処分を受けた者が205人(うち戒告が74人)であるのに対し,文書訓告又は口頭注意といった事実上の措置を受けた者が397人,指導等を受けた者が279人となっており,服務事故(非違行為)と認められた者のうち懲戒処分を受けたのは4分の1にも満たないとし,これによれば,戒告処分であっても,一般的には,非違行為の中でもかなり情状の悪い場合にのみ行われるものということができるとしている。
さらに,不起立行為等に関する懲戒処分の状況を全国的にみると,懲戒処分まで行っている地域は少なく,例えば神奈川県や千葉県では,不起立行為等があっても,またそれが繰り返されていても,懲戒処分はされていないことがうかがわれる。
このように比較すると,本件戒告処分は過剰に過ぎ,比例原則に反するというべきである。
5 以上を総合すると,多数意見がいう不起立行為等の性質,態様,影響を前提としても,不起立行為等という職務命令違反行為に対しては,口頭又は文書による注意や訓告により責任を問い戒めることが適切であり,これらにとどめることなくたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは,重きに過ぎ,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものであって,是認することはできない。この点に関する原審の判断は相当である。
第1審原告X4については,多数意見は減給処分の取消請求を認容した原審の判断を是認することができるとしており,結論において同じとなるが,上記のとおり,私の意見は理由を異にする。なお,多数意見は,過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなどの場合は,減給処分が裁量の範囲にあるものとされる可能性を容認していると思われる。そうであるとすると,前述のとおり式典は毎年度2回以上あり,不起立行為等を理由とする戒告処分は短期間に累積されていくのであるから,ある段階では減給処分がなされる可能性がある。多数意見は,起立斉唱行為に係る職務命令は思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを認めていることに鑑みると,ただ単に不起立行為等が累積したにすぎない場合に減給処分が裁量の範囲にあるものとされる可能性を容認することは,相当でないと思われる。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)