昼に釧路を出て札幌へ。
折角HACに乗ってあげようと思ったのだが、直前になって丘珠行きに天候調査が入った。どうやら札幌方面は天気が悪いようだ。
降りられなくて引き返すということになると洒落にならないので、安全のために急遽JRへ変更してトコトコと四時間かけて汽車で移動。
札幌へ着いてから調べてみたら、乗る予定だったHACは無事に着陸出来たらしい。何のことはない、搭乗率と収入向上に貢献したかったが残念だ。
ビジネスには安心感が欠かせない。北海道の冬は厳しい。
◆ ◆ ◆

【今月号の致知、テーマは不易と流行】
機内でじっくり読んだ今月号の特集は「不易流行」だ。
不易(ふえき)とは時代がいくら変わっても不変なもののことで、流行とは時と共に移り変わるもの、あるいは変えて行かなければならないもののこと。
俳人芭蕉は奥の細道の旅の中でこの言葉を体得し、発句の理念としたという。
彼は『去来抄』のなかで、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を辨え(わきまえ)ざれば風あらたならず」と言っている。
基本が分からなければ基礎が確立できないし、一方で時代の流れをくみとって新しい発想を加えて行かなくては溌剌とした句は作れない、ということだ。
しかしこの両者を取り違えたり、バランスを誤ったりすると良い伝統が失われ、おかしな方向へと道を誤ることになる。
何が不易で何が流行なのかを見極めるところに、変化しながらも続いて行くものと、いつかどこかで廃れて行くものとの差があるのである。
◆ ◆ ◆
「老舗(しにせ)」という単語がある。何代にも亘って世代を超えて続いている商家のことだ。
今月号には、茶道裏千家の前家元である千玄室さんと和菓子づくりで続く「虎屋」の社長黒川光博さんとの対談が掲載されているが、どちらも五百年以上伝統を継承し続けている。
ちなみに二百年以上続いている会社でみると、日本には三千社あるそうだが、韓国にはゼロ、中国には九社だそうだ。
革命的な政権の大混乱がある国ではこうした伝統は継承しにくいに違いない。
こうしてみるだけでいかに日本は万世一系の天皇家を戴いて、他国に比べると安定した国造りをしてきたかが分かるし、また伝統を守りながら進取の気質に溢れた創造的な経営者が多いのかも分かるというものだ。
なんと誇らしいことだろう。
◆
紙面の中で、「何百年も続く老舗を観察していると共通の者があるように思える」という一節があった。
曰く、「一つは創業の理念を大事にしているということ、二つ目には情熱、三つ目が謙虚、四つ目は誠実であろう」と。
創業の理念はただただ墨守するだけではだめで、そこに時代の変化と気風を先取りする進取の気質が求められる。
上記の対談の中で虎屋の黒川社長は、「和菓子も昔のように甘いものの少なかった時代の甘さと、現代のように和洋菓子が豊富にある時代の甘さは当然変わるべきだ」という趣旨のことを述べられていた。
そこに、今日世界に向かって日本の和菓子を売り込む日本の老舗和菓子屋の気概がある。
また老舗には社長から末端の社員までが情熱を共有できており、慢心や傲慢を戒める謙虚な社風がある。
なによりも誠実でない企業が長続きした試しはないだろう。
いずれもが不易の基をなすものであり、この不易を守り続けるところに生命の維持発展があるというものだ。
しかし変えなくてはならないところを「不易だ」と言い張り、変えてはならない根幹を「流行」の名の下に軽々しく捨てる者は多い。
改めて我が身を振り返り、自分の中の不易と流行について考えたい。
◆
それにしても、「流行」って江戸時代からの単語だったのだね。近世の新しい言葉かと思っていたが、我々の日常は伝統の上に成り立っているなあ。
折角HACに乗ってあげようと思ったのだが、直前になって丘珠行きに天候調査が入った。どうやら札幌方面は天気が悪いようだ。
降りられなくて引き返すということになると洒落にならないので、安全のために急遽JRへ変更してトコトコと四時間かけて汽車で移動。
札幌へ着いてから調べてみたら、乗る予定だったHACは無事に着陸出来たらしい。何のことはない、搭乗率と収入向上に貢献したかったが残念だ。
ビジネスには安心感が欠かせない。北海道の冬は厳しい。
◆ ◆ ◆

【今月号の致知、テーマは不易と流行】
機内でじっくり読んだ今月号の特集は「不易流行」だ。
不易(ふえき)とは時代がいくら変わっても不変なもののことで、流行とは時と共に移り変わるもの、あるいは変えて行かなければならないもののこと。
俳人芭蕉は奥の細道の旅の中でこの言葉を体得し、発句の理念としたという。
彼は『去来抄』のなかで、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を辨え(わきまえ)ざれば風あらたならず」と言っている。
基本が分からなければ基礎が確立できないし、一方で時代の流れをくみとって新しい発想を加えて行かなくては溌剌とした句は作れない、ということだ。
しかしこの両者を取り違えたり、バランスを誤ったりすると良い伝統が失われ、おかしな方向へと道を誤ることになる。
何が不易で何が流行なのかを見極めるところに、変化しながらも続いて行くものと、いつかどこかで廃れて行くものとの差があるのである。
◆ ◆ ◆
「老舗(しにせ)」という単語がある。何代にも亘って世代を超えて続いている商家のことだ。
今月号には、茶道裏千家の前家元である千玄室さんと和菓子づくりで続く「虎屋」の社長黒川光博さんとの対談が掲載されているが、どちらも五百年以上伝統を継承し続けている。
ちなみに二百年以上続いている会社でみると、日本には三千社あるそうだが、韓国にはゼロ、中国には九社だそうだ。
革命的な政権の大混乱がある国ではこうした伝統は継承しにくいに違いない。
こうしてみるだけでいかに日本は万世一系の天皇家を戴いて、他国に比べると安定した国造りをしてきたかが分かるし、また伝統を守りながら進取の気質に溢れた創造的な経営者が多いのかも分かるというものだ。
なんと誇らしいことだろう。
◆
紙面の中で、「何百年も続く老舗を観察していると共通の者があるように思える」という一節があった。
曰く、「一つは創業の理念を大事にしているということ、二つ目には情熱、三つ目が謙虚、四つ目は誠実であろう」と。
創業の理念はただただ墨守するだけではだめで、そこに時代の変化と気風を先取りする進取の気質が求められる。
上記の対談の中で虎屋の黒川社長は、「和菓子も昔のように甘いものの少なかった時代の甘さと、現代のように和洋菓子が豊富にある時代の甘さは当然変わるべきだ」という趣旨のことを述べられていた。
そこに、今日世界に向かって日本の和菓子を売り込む日本の老舗和菓子屋の気概がある。
また老舗には社長から末端の社員までが情熱を共有できており、慢心や傲慢を戒める謙虚な社風がある。
なによりも誠実でない企業が長続きした試しはないだろう。
いずれもが不易の基をなすものであり、この不易を守り続けるところに生命の維持発展があるというものだ。
しかし変えなくてはならないところを「不易だ」と言い張り、変えてはならない根幹を「流行」の名の下に軽々しく捨てる者は多い。
改めて我が身を振り返り、自分の中の不易と流行について考えたい。
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それにしても、「流行」って江戸時代からの単語だったのだね。近世の新しい言葉かと思っていたが、我々の日常は伝統の上に成り立っているなあ。