![]() | 家守綺譚 (新潮文庫) |
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梨木香歩の「家守綺譚」(新潮文庫)。
明記はされていないが、一乗寺の狸谷不動の名前が出ており、琵琶湖疏水と思しきものが流れているので舞台はまず京都。時代の方は、この作品だけから断定する事は困難だが、全体を流れる雰囲気と、単行本の方の帯には、「ほんの百年すこしまえの物語」と書かれてあったということを考え合わせると、どうも明治の後半を意識していると思われる。
主人公の綿貫征四郎は、売れない物書きだ。売れないのだが、ただの物書きではない。なにしろ文学士なのだ。今でこそ、学士様なんて超インフレ状態だが、当時の学士様は、今とはまったく価値が違う。私学が学士を出せるようになったのは、大正に入ってからだから、綿貫は、京都帝大卒の超エリートのはずだ。
その割には、綿貫は思い切り貧乏しており、学生時代の下宿を出ていくことも叶わなかったのだが、死んだ親友・高堂の父親から、娘の側に越していくからと、今まで住んでいた家の守を託される。渡りに船と、その家に移り住んだ綿貫だが、そこで出会うのは奇妙な事ばかり。
死んだはずの高堂が、掛け軸の絵の中からボートを漕いで、綿貫に会いに来る。このボートというのも、彼らが京都帝大の学生だったということを連想させる。なにしろ、ボート部と言えば、旧制三高。「われは湖の子」なのだ。そして、旧制三高は、ほとんど京都帝大とセットのようなもの。作品には描かれていないが、高堂もきっと、「琵琶湖周航の歌」を歌いながら現れたに違いない。
これだけではない。この作品世界は不思議でいっぱいだ。庭のサルスベリの木に惚れられたり、池で河童を拾ったり、白木蓮が竜の子を孕んだり。小鬼だって、人を化かす狸だって出てくる。しかし、このような多くの怪異が描かれている割には、作品世界は、不思議な静けさを湛えている。
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※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。