![]() | 天平の甍 (新潮文庫) |
クリエーター情報なし | |
新潮社 |
日本仏教の黎明期、日本に戒律をもたらすため、命をかけた中国僧・鑑真と、その渡日のために力を尽くした留学僧たちを描いた、「天平の甍」(井上靖:新潮文庫)。多くの人は、教科書などで、この作品の一部なりと読んだことがあるのではないだろうか。そこでは、鑑真が苦労に苦労を重ね、失明してもなお、日本に渡ってきたことにスポットが当たっていたと思う。
確かに、この作品の中心にあるのは、鑑真の渡日の物語である。鑑真は、留学僧の栄叡、普照からの要請に応え、唐で築いていた確固たる地位を投げ打ってまで日本に渡ろうと決意する。当時、日本に渡るということは、簡単なことではなかった。あの時代の木造船など、嵐が来れば、ひとたまりもなかったのだ。嵐に阻まれ、渡日失敗すること、なんと5回。高齢のうえ、光を失ってしまった鑑真だが、それでも日本に戒律をもたらすという情熱は衰えない。その姿は、宗教者かくあるべしということを我々に教えてくれるだろう。 しかし、それ以上に作者が描きたかったのは、留学僧たちのドラマだったのではないだろうか。
まず、日本に戒律をもたらすという使命を帯びて、唐に渡った4人の留学僧たち。もっともその使命に燃えていたのは、興福寺の僧・栄叡だった。しかし、鑑真を渡日させる目的を果たさぬまま、病に倒れ、唐土の土になってしまう。筑紫の僧・戒融は、唐土を自分の足で歩けるだけ歩こうと、受戒後まもなく、留学生の役目をおいて出奔してしまう。紀州の僧・玄朗は、一番日本に帰りたがっていたが、結局妻子を設けて、そのまま唐土に留まることになる。鑑真と共に日本に帰りつくことができたのは、大安寺の僧・普照だけであった。
そして、先輩留学僧にあたる業行。自らの勉学の才能に見切りをつけ、寺を渡り歩いて、ひたすら経論を写すだけの生活。30年近く唐土に留まり、莫大な写本を作ったが、その写本も結局は業行と共に海の藻屑となってしまう。
ひとつの物語の裏には、多くの人間ドラマが潜んでいる。それぞれの思いを持って、唐土に渡りながらも、結局は運命に従うしかなかった人々。そのような人々にスポットを当てた物語が織り込まれているからこそ、この作品は、一層我々の胸を打つのである。
(注)作品中では、「鑑真」の表記がこのレビューとは異なっています。このレビューでは一般的に使われている表記法を採用しています。
☆☆☆☆☆
※本記事は、姉妹ブログと同時掲載です。