![]() | ヒラノ教授の線形計画法物語 |
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岩波書店 |
我が国の金融工学の先駆者の一人、ヒラノ教授こと東工大名誉教授の今野博さんの、「ヒラノ教授の線形計画法物語」(岩波書店)。本書は、今野さんの自伝でもあり、今野さんの線形計画法の恩師に当たるダンツィク教授の追悼の書でもあり、また、線形計画法の歩みを解説した書でもある。
線形計画法自体は、高校の数学で習うようなものであり、原理そのもののは、そう難しいものではないうえ、その応用範囲はものすごく広い。しかし、変数の数が少ないうちは良いのだが、変数が多くなるにつれて、計算が困難になり、解を求めるのが困難になってしまう。まともに説いていては、計算機の計算速度がいくら早くなっても追いつけないような莫大な計算量となるため、解き方の工夫(計算のアルゴリズム)といったものが重要になってくる。現在、かなり大きな線形計画法の問題が解けるのは、計算機の速度以上に、解き方の工夫による計算速度向上が寄与しているためだ。ダンツィクは、その工夫に生涯をささげたと第一人者と言っても過言ではない人物だろう。
線形計画法は、間違いなく数学の一分野である。そして、特に経済学の分野では、それを応用できるものはいくらでもありそうだ。ところが困ったことに、日本の数学者は計算手法には関心を示さず、経済学者の方も計算のようなつまらないことは誰かにやってもらえば良いと思っているらしい。そこで、今野さんのような数理工学者の出番となる。しかし、アメリカの数学者には、細かい工夫が大好きな人がいて、エンジニアと協力して解法の改良に取り組んでいるという。それが、この分野での日米の格差につながっていると、今野さんは嘆く。
ところで、1975年のノーベル経済学賞は、線形計画法の応用である<資源の効率的配分方法>に対して、クープマンスとカントロビッチの2人に与えられた。ところが、この分野の最大の功労者であるダンツィクは、選から外されたのである。今野さんは、この理由を、ノーベル経済学賞に影響を持っている大物経済学者たちが、ダンツィクの仕事を数学であって、経済学ではないと考えたためだと推測している。
今野さんは、80年代に金融工学の分野に参入して、多くの経済学者たちと付き合ってきたが、彼らが、<経済学者の経済学者による、経済学者のための経済学>の僕であることを知ったそうだ。「経済学者は、現実に合わせて理論を修正することを好まない。また計算がお好きでない彼らは、面倒な計算をやらずに問題を解こうと考える。この結果、主流派経済学者は、現場のやっかいな問題を解くことに関心を示さなくなったのである。」(pp83-84)ということだから、経済学者たちが言っていることが、定性的で、百家争鳴なのも頷けるというものだろう。
このほか、有名なカーマーカー特許騒動についても述べられており、こちらもなかなか興味深い。アルゴリズムが特許になるのはおかしいということで、今野さんが原告となり 無効審判を起こしたのだが、数学のわからない裁判官が、判断することの不合理さなどがよくわかり、特許裁判の実態にはあきれる限りだ。今は知財高裁なんてものができているが、状況はどう変わったのだろうか。
また、本書には、線形計画法のいくつかの手法が、コラムとして示されている。数式が使ってあるが、本書を読むときは、読み飛ばして影響はないだろう。時間のある時に、ゆっくりと考えてみれば良いと思う。
本書は、淡々とした中にもユーモアを感じさせる文体で、線形計画法が、いかに重要な役割を果たしてきたかということ、その割には、それほど学問の世界で、十分に理解されていないことなどが良くわかるよう記されている。数学が苦手な方でも面白く読めるので、ぜひ一読してみてはどうだろうか。
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