文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評:ウチのシステムはなぜ使えない SEとユーザの失敗学

2016-01-14 09:23:50 | 書評:ビジネス
ウチのシステムはなぜ使えない~SEとユーザの失敗学~ (光文社新書)
クリエーター情報なし
光文社


 IT技術の発達とともに、世の中にはSE(System Engineer)と呼ばれる人種が飛躍的に増えた。本書はそのSEたちの実態をシニカルな口調で赤裸々に描いたものだ。著者の岡島裕史氏は、中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程を修了後富士総合研究所勤務を経て、現在は関東学院大学の准教授ということである。

 本書は、三部から構成されている。第一部の「SEという人々」では、SEに限らずIT業界で働く人たちが紹介されている。読んでみるとこれがまた大変な世界だ。まずIT技術者は、開発系と運用系に分けられる。この2つは仲が悪いらしい。開発系の方はものをつくるのだから、なんとなくカッコよく見える。それに対して運用系は、そこにあるものを動かすだけだから地味だ。給与も残酷なまでの格差があるという。しかし実際のシステムには必ずと言っていいほど欠陥が潜んでいる。その欠陥が顕在化すれば、真夜中でも呼び出されることがあるのは運用系の人たちである。彼らは、開発系の技術者の織り込んだシステムの欠陥を、<自らの肉体と精神を犠牲に「なかったこと」にする>(p18)という、極めて報われないない立場なのだ。

 SEの仕事は、上位職から下りてきた「要件定義書」に基づいてシステムの具体的な設計図を描き、プログラマたちに実際のプログラムを書かせることだ。ところが、この要件定義書が、顧客、営業、上級技術者間の駆け引きと妥協の産物として、<玉虫色かつ抽象的・形而上学的>(p32)なことが多いらしい。またプログラマたちの中には自分をアーティストと勘違いしている者もおり、恐ろしく管理しにくいという。上からはよくわからない要求を突きつけられ、思った通りに動かない部下を管理しなければならない。SEとはかなりハードな仕事なのである。

 第二部の「SEと仕事をするということ」では、実際のにシステム開発が、どのような工程で進んでいくのかが示される。開発依頼先企業の選定から始まり、依頼主の示す条件を文書に纏める「要求定義」、その中からシステム化によって解決できる部分を抜き出した「要件定義」、具体的なシステム開発のやり方が示されているが、こちらもなかなか辛口である。いくつか例を挙げてみよう。

 システム開発においては、「依頼主の業務を把握理解するスキル」と「その業務を高度化、効率化、合理化する技術のスキル」の二つが必要だというが、現実には<どちらか片方でも優秀なスキルを保有している人に当たれば僥倖というべきで、どちらもダメという人が実は一番多かったりもする>(p90)というのだから空恐ろしい。

 また、<SEは驚くほど実務を知らないので、まともなシステムをつくってもらおうとするなら、自社の業務をきちんと伝えることは必要かつ最重要>(p99)だということだ。動かないシステムのことで、ベンダーとユーザーが裁判で争っている話を時折耳にするが、おそらくこの部分のコミュニケーションが十分ではなかったのではないかと推測する。

 面白いのは、アジャイル開発について解説した個所だ。アジャイル開発とは、計画に使う時間を最低限に留めてごく小さなシステムを短期間しながら次第に機能を増やしていくというものらしい。実際の開発方法として最も有名だというエクストリーム・プログラミング (XP) の4つの原理のうちの一つが、なんと「勇気」だそうである。これには噴き出してしまいそうになったが、いかに開発現場が不確定さに溢れているかということを表しているのだろう。

 第三部「ユーザーとSEの胸のうち」では上下段に分けて対比される形で、システム開発におけるユーザー側とSE側のそれぞれの思っていることが示される。これが、かなりカリカチュアライズされており、抱腹絶倒の読み物となっている。まさかここまでのいいかげんさはないと信じたいが実際にはどうなんだろう。

 本書には、情報処理関係の専門用語が多く出てくるのだが、注として説明が加えられているので、笑いながらも知らない間にこれらの知識も身に付いていくだろう。しかしその一方で、まともに動くシステムができることがまるで奇跡のようにも思えてくるのはちょっと怖い。

☆☆☆☆

※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。

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