文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評:秋田殺人事件

2016-01-18 08:23:03 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
秋田殺人事件 (光文社文庫)
クリエーター情報なし
光文社


 かって秋田県の第三セクターが世間を騒がせたことがあった。首都圏における秋田杉の需要を増やすために作られた「秋田県木造住宅株式会社」が、千葉県でとんでもない欠陥住宅を大量に販売して大きな社会問題になったというものである。世にいう「秋住事件」だ。「秋田殺人事件」(内田康夫:光文社文庫)は、この「秋住事件」をモチーフにした浅見光彦シリーズの一冊である。

 このシリーズは旅情ミステリーと言われることが多いが、実はその時々の事件をモチーフにした作品も結構存在する。本作もその一つで、社会派小説としての性格が強いものだ。なおこの作品では、「秋田県木造住宅株式会社」は「秋田杉美林センター」という架空の名前に変えられている。作品の中では、秋田県はこの会社の巨額な使途不明金の問題で大きく揺れ動いていた。

 事件はアパート経営者の富田秀司という男が、車が燃えて火達磨になりながらも助けを求めて歩くという、かなりショッキングなシーンから始まる。更には米代川から、秋田県調査部部長付の石坂修という人物が死体で見つかるのだ。ところが警察は、この2つの事件を早々に自殺と断定してしまうのである。
 
 そんな秋田県に副知事として招かれたのが、文部省(作品当時)の女性課長で光彦の兄陽一郎の東大の後輩である望月世津子。行った先で何が待ち受けているか分からないということで、副知事の私設秘書という名目で光彦を同行させることに。

 つまり今回光彦は、いつものようにフリーのルポライターとして事件に首を突っ込んでいくのではない。副知事の後ろ盾があって、堂々と事件を調査していくのだから、このシリーズとしては、かなりの異色作といっても良いだろう。

 しかしいくら副知事のバックアップがあったにしても、一筋縄でいくようならミステリー作品にはならない。光彦たちを待ち受けていたのは、政治家、役人、経済界に暴力団、そして警察までが複雑に絡み合った、どろどろとした伏魔殿。実際の事件の方の真相がどのようなものであったかは、寡聞にして知らないのだが、内田氏もモデルが誰かということがすぐ分かるような話を、よくここまで書けたものだと感心する。

 ところでこのシリーズにはヒロインがつきものだ。望月世津子の方は美人という設定ながら、光彦との年齢差が大きいためヒロインと呼ぶのは少し違うようだ。しかしさすがに陽一郎の後輩。気持ちの良い女傑だ。

 この作品でヒロインを演じるのは、石坂修の娘の留美子である。秋田大学の2年生で典型的な「秋田美人」のようだ。かなりのミステリー好きということもあり、光彦とはかなりいい関係になっていたのだが、最後に光彦がある誤解をしたために今回もヒロインとはすれ違いになってしまった。誤解から秋田美人を袖にするとは、光彦の痛恨のミスといっても良いだろう。

 事件の結末だが、こちらはどうも不完全燃焼と言う感じだ。光彦が事件の全貌をレポートに纏めて、爆弾を投げ込んだ形で終わっているからである。筋は通っているが仮説も多く、それを裏付けるのは警察と検察の仕事だということで済ましてしまっている。

 殺人事件の実行犯は分かったと書かれてはいるものの、具体的に誰がどのような役割を演じていたのかは謎のままだ。こういった終わり方も、このシリーズでは珍しい。やはり実在の人物との関係で、さすがの内田氏もそこまでは書けなかったということなのだろうか。

☆☆☆☆

※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。

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