藍色回廊殺人事件 (講談社文庫) | |
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講談社 |
男女が車ごと断崖から落とされるというちょっと怖いシーンから始まる「藍色回廊殺人事件」(内田康夫:講談社文庫)。浅見光彦シリーズのひとつとなる旅情ミステリーだ。
今回の舞台は、四国徳島。光彦は八十八箇所の10番までの取材で徳島を訪れた。本書によれば、八十八箇所は、全てが弘法大師が開いたというわけではないそうだ。行基が開いた寺もかなりあり、今回光彦の取材対象である10番までのうち3番まどは行基の開基だという。こういった豆知識を作品の中に織り込んで、旅情を醸し出しているのがこのシリーズの特徴であり魅力なのだろう。
ところで、冒頭の事件は12年前の出来事で光彦が徳島を訪れたときには迷宮入り寸前だった。光彦は、祖谷渓のかずら橋で被害者の妹、飛内奈留美と出会う。彼女とは、このあと色々なところで、出会うのだが、そのツンツンした態度に、光彦の印象は最悪。高いところとお高くとまった女が嫌いな光彦は、この2つが重なり、「あんな女」扱い。
このシリーズでは、光彦とヒロイン候補とは色々な出会い方をしている。今回の奈留美とは、まるでラブコメ漫画を思わせるような出会い方だ。しかし、この作品でのヒロイン候補は奈留美だけではない。
光彦は、五百羅漢のところで今尾賀絵と名乗る女性とも出会う。しかし実はその女性は、賀絵の妹の芙美だった。こちらは姉から「あほな女」扱い。ということで、今回はてっきりダブルヒロインかと思っていたのだが、残念なことに、後半では二人ともあまり存在感がなくなっている。
取材先で必ずと言っていいほど事件に興味を持ってしまうのは光彦の病気のようなものだが、今回は奈留美のこともあり、案の定、12年前の事件に首を突っ込んでしまう。そしてもう一つ彼が興味を持ったのが、吉野川の第十堰問題だ。
これは、歴史的価値のある古い堰を壊して、多額の建設費をかけて1キロ下流に稼働堰をつくるというもの。この工事は、150年に1度の洪水に備えてのものらしい。この作品は、これに疑問を呈している。実は、シミュレーションなど、前提条件を変えたりパラメータをいじくればなんとでもなるようなものだ。だからシミュレーションにより出しましたというようなものは、きちんと前提条件や使われているアルゴリズムなどを検証する必要がある。この意味で本作品の問題意識は正しい。
そして、この可動堰の実施計画立案が始まったのも12年前。事件のもういっぽうの被害者である棟方崇は、建設会社に勤務していた。光彦はこの時期の一致に不穏なものを感じ取る。
この作品に描かれているのは政官財の癒着。公共工事にまつわる利権をテーマにして社会派ミステリーとしての性格を覗かせながらも、88箇所の寺や祖谷渓や脇町のうだつの町並み、伝統工芸の藍染めなどを紹介して旅情もたっぷりだ。更には、男女の愛憎、親子の情愛などを旨く絡まった面白いミステリーに仕上がっている。
ところで光彦は、警察が事故と見做したような事件を、まったく違う観点からひっくり返すことがよくある。この作品でもそういった場面が盛り込まれているのだ。ここから学べるのは、予断を持って物事を見ることの危険さだろう。これは、ミステリーという狭い世界に限らず、ビジネス一般にも通じること。ミステリーからでも色々学ぶべきことはあるのだ。
しかし、最後の1%で間違えているのもいかにも光彦らしい。あまり完璧な名探偵だと、読者は親しみがわかないものだ。だから、これも光彦を完璧な名探偵にはしたくないという作者の思いがあるからなのだろう(きっと)。
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※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。